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日本脊髄障害医学会による外傷性脊髄損傷の全国調査(2018~2019)

日本脊髄障害医学会による外傷性脊髄損傷の全国調査

秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座 准教授 宮腰尚久
秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座 医員  工藤大輔

  • はじめに
    外傷性脊髄損傷の原因、発生率は地域、時代によって変化し、その疫学的な特徴を捉えることは予防対策を講じるうえでも重要です。わが国では、かつて新宮ら[1]が1990年代初頭に全国調査を報告しておりましたが、全国の脊髄損傷患者の登録システムがなかったこともあり、その後は特定地域での疫学調査が報告されるのみでした。今回、日本脊髄障害医学会(理事長; 島田洋一先生)の脊損予防委員会(委員長; 須田浩太先生)が主導した全国調査が26年ぶりに行われ、論文として公表されました[2]。この論文は、わが国の外傷性脊髄損傷の現状を把握するための最新の疫学データになります。
  • 調査方法
    2019年に、全国の計3771の二次・三次救急施設に調査票を配布し、前年の2018年1月から12月までの1年間に急性期入院治療を行った外傷性脊髄損傷について、受傷時年齢、性別、診断(頚髄損傷、胸・腰髄損傷、骨傷あり、なし)、受傷原因(交通事故、3m以上の高所からの転落、低所からの転落、重量物の落下あるいは下敷き、スポーツ、平地転倒、階段転倒、その他)、入院時の麻痺の程度(Frankel A, 損傷部以下の運動および感覚の完全麻痺・消失;B, 運動は完全麻痺だが何らかの感覚が残存している;C, 歩行不能あるいはできそうにない;D, 歩行可能あるいはできそうである(Frankel Eは調査から除外))、急性期治療(手術的治療、保存的治療、他院へ転送)、に対する回答をいただきました。
  • 結果
    有効回答率は74.4%(3771施設中2804施設)で、外傷性脊髄損傷の登録数は計4603人でした。表1は、主な結果を新宮ら[1]の報告と対比できるように示したものです。今回の推定発生率は、100万人あたり49人でした。受傷時の平均年齢は66.5歳で、70代にピークを認めました。男女比は3:1で男性に多く、Frankel Dが最多(46.3%)で、次いでFrankel C(33.0%)、Frankel A(11.0%)でした。頚髄損傷が88.1%と大部分を占め、うち骨傷のない損傷(非骨傷性頚髄損傷)が70.7%でした。受傷原因は、全体では平地転倒(38.6%)、交通事故(20.1%)、低所転落(13.7%)の順に多く、10代ではスポーツによる受傷(43.2%)が最多でした。スポーツによる受傷の内訳では、スキーが最多で11.9%でしたが、水泳や飛び込みによる受傷が占める割合はわずか4.4%でした。また、年齢が上がるにつれて平地転倒による受傷が多くなることが明らかとなりました(図1)。
    頚髄損傷と胸髄・腰髄損傷の比較では、年齢中央値は頚髄損傷で高く(頚髄損傷70.0歳、胸髄・腰髄損傷66.0歳)、最多の受傷原因は頚髄損傷では平地転倒、胸髄・腰髄損傷では高所転落でした。麻痺の程度では、頚髄損傷ではFrankel Dの割合が有意に多く、胸髄・腰髄損傷ではFrankel Aの割合が有意に多くなっていました。また、頚髄損傷に対する急性期治療は、保存的治療の割合が有意に多くなっていました。
  • 考察
    今回の調査[2]が行われた2018年の高齢化率(65歳以上の人口)は28.1%で、新宮ら[1]の調査年である1990~1992年の高齢化率(12.1~13.1%)よりもはるかに高齢化が進んでいました。この2つの年代における全国調査の結果を比較したところ、今回の調査では発生率が増加するとともに、平均年齢やピーク年齢が大きく上昇していました(表1)。また、Frankel Aの割合が減少し、Frankel C、Dが増加していましたが、受傷原因の最多は交通事故から平地転倒となっていました。これらの変化には、わが国の急速な高齢化による影響が大きく関与していると考えられます。さらに、今回の調査における頚髄損傷と胸髄・腰髄損傷の比較からは、高齢者では平地転倒による比較的軽症の頚髄損傷が多く、保存的治療が適応される割合が多いこと、ならびに、より年齢の若い活動性の高い集団においては、高所転落など高エネルギー外傷にともなう胸髄・腰髄損傷が多く、そのために完全麻痺をきたしやすく、骨傷を伴って破綻した脊柱に対する手術的治療の割合が多いことなどが示唆されました。
    いっぽう、かつての全国調査では、水泳や飛び込みによる受傷がスポーツ由来の脊髄損傷の21.6%と多くを占めていたことから[3]、この結果を踏まえ、日本脊髄障害医学会が中心となって飛び込みによる受傷防止のためのキャンペーンを全国の学校などに広げました。このような啓発活動が、その後の飛び込みによる脊髄損傷発生の減少につながったと考えられます。これは、疫学調査にもとづく対策が脊髄損傷の予防に貢献できた大きな成果であり、今回の調査結果(水泳や飛び込みがスポーツ由来の脊髄損傷に占める割合:4.4%)からも明らかとなりました。
    ちなみに、全国一の高齢県である秋田県では、2012~2016年における外傷性脊髄損傷の疫学調査を行っていますが(当時の高齢化率:30.4〜34.6%)、今回の調査と同様の傾向が明らかとなっており、受傷原因は平地転倒(32.1%)が最多でした[4]。したがって、わが国では、高齢者の転倒予防対策が今後の脊髄損傷予防のための大きな課題のひとつと考えられます。最近の研究では、転倒予防を目的としたバランス訓練や筋力訓練を主体とした運動療法によって、転倒が約23%減少したという結果も得られています[5]。このように、運動療法が転倒由来の脊髄損傷の予防に役立つ可能性はあると考えられますが、高齢者で運動機能が著しく衰えている場合には、運動療法のみでは対策が不十分である可能性もあります。このような高齢者においては、運動療法のみならず、転倒しにくい生活環境の整備とともに、杖や歩行器などの適切な歩行補助具を使用するなど、多様な転倒予防対策が必要です。
  • 今回の調査のまとめ
    今回、約30年ぶりとなる外傷性脊髄損傷に対する全国疫学調査が行われました。年間の発生率、頚髄損傷の占める割合、転倒による不全損傷(特にFrankel D)の割合がいずれも増加していましたが、その背景には、わが国の急速な高齢化の影響が存在すると考えられます。
  • 参考文献
    1) Shingu H, Ohama M, Ikata T, Katoh S, Akatsu T. A nation- wide epidemiological survey of spinal cord injuries in Japan from January 1990 to December 1992. Paraplegia. 1995;33:183–8.
    2) Miyakoshi N, Suda K, Kudo D, Sakai H, Nakagawa Y, Mikami Y, et al. A nationwide survey on the incidencea and characteristics of traumatic spinal cord injury in Japan in 2018. Spinal Cord. 2020. Online ahead of print.
    3) Katoh S, Shingu H, Ikata T, Iwatsubo E. Sports-related spinal cord injury in Japan (From the nationwide spinal cord injury registry between 1990 and 1992). Spinal Cord. 1996;34:416–21.
    4) Kudo D, Miyakoshi N, Hongo M, Kasukawa Y, Ishikawa Y, Ishikawa N, et al. An epidemiological study of traumatic spinal cord injuries in the fastest aging area in Japan. Spinal Cord. 2019;57:509–15.
    5) Sherrington C, Fairhall NJ, Wallbank GK, Tiedemann A, Michaleff ZA, Howard K, et al. Exercise for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev. 2019;1:CD012424.
  • 2018年に外傷性脊髄損傷に関する全国的な疫学調査がおこなわれ、結果がISCoS(国際脊髄学会)の会誌「Spinal Cord」に発表されました(※)。
    現在のところ、この調査が直近の最も大規模なものとなります。

https://www.nature.com/articles/s41393-020-00533-0

  • 「日本せきずい基金ニュース」no.87で、上記論文の日本語概要を掲載しました。
    これによると、日本国内での外傷性脊髄損傷の推定発生率は100万人あたり49人。2018年当時の人口(1億2650万人)にあてはめれば、年間発生数は6198人となります。

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