JSCF NPO法人 日本せきずい基金

脊髄損傷と痛み−−痛みに関する情報のネットワークを!−−



■ 脊髄損傷に伴う痛み

  脊髄損傷者の多くは、麻痺のみならず、難治性異常疼痛にも苦しんでいる。脊髄損傷について、従来、麻痺に関しては多くのことが語られてきたが、痛みに関しては正面から取り上げられることは少なかった。痛みは麻痺に比べ目に見えないものであり、主観的なものであるためである。また医療の場で、痛みが脊髄損傷の重要な付随症状であることが十分認識されてこなかったためでもある(疼痛管理が脊髄損傷者のケア項目に適確に組み入れられることは稀であった)。

  痛みを持つ脊髄損傷者は個々に訴えるすべしかなく、その受け皿は極めて少ない。麻痺と多少の異常感覚(鈍いしびれ等)はやがて受容できる場合もあるが、痛みを受容することは極めて難しい。厳しい激痛を抱えた場合、麻痺に直面した絶望から立ち直るための気持ちの切換えができないままに、暗い激痛の海の底にうずくまるようにして日々を過ごしている人も多いはずである。

  脊髄損傷者の抱える痛みには様々なタイプがある。受傷した周辺が筋肉痛的に痛む場合、麻痺によって体位の自己調整ができなくなったため、健常者でもそうであれば当然発生するであろうような筋肉痛や関節痛が痙性麻痺によって増幅する場合、損傷した脊髄節の神経が支配する領域・周辺に異常疼痛がある場合、損傷した脊髄節の神経が支配する部位以下の、麻痺し感覚を失ったはずの部分から自発性の異常疼痛(しびれの極致、電撃痛、灼熱痛、押圧痛、乱切痛等とも表現される激痛)が発生する場合、等々である。

  通常これらが複合している場合が多い。特に麻痺した部分や損傷した神経の支配領域周辺から発生する自発性の異常疼痛は、deaf-ferentation pain(求心路遮断痛)あるいは neuropathic pain(ニューロパシー痛、神経因性疼痛)と呼ばれる。この痛みは、神経の傷害ないし機能障害によって、末梢から脊髄後根を通って脊髄に入り、脊髄を上行して、脳の主要な中継センターである視床を経て体性感覚を知覚する大脳皮質へと感覚刺激が伝達されていく神経伝達体系に器質的な異常が生じたために発生すると考えられている。中枢神経損傷に起因するものを特に「中枢性ニューロパシー痛」と言う(以下、「ニューロパシー痛」と呼ぶ)。

  このニューロパシー痛は脊髄の損傷のされ方によって、部分的な痛み(片方の脚部だけ、背中だけ、胸から腕にかけてだけ等々)として現れる場合と、全身性の痛み(胸髄損傷で背腹部から両足つま先まで全部、頚髄損傷で肩胛骨周辺から両足つま先まで全部、等々)になる場合がある。これらの痛みには突発的、間欠的に発生するケース、何らかの刺激や衝撃を受けた時発生するケース、恒常的に続く慢性痛(じっとしていても常に痛い)とがある。なかでも慢性痛が多い。いずれの場合もしびれを伴っていて、けいれん、硬直、拘縮によって痛みが発生、増悪することが多い。とにかく、リハビリもままならないのである。

  このような脊髄損傷に伴う痛みには、通常痛み止めとして使われる非ステロイド系抗炎症剤−NSAIDs(アセトアミノフェン系、アスピリン系、その他ジクロフェナク系等々)はほとんど効かない。オピオイド(モルヒネ様作用を持つ天然及び合成の薬剤)も単独ではほとんど効かない(オピオイドについては近年新たな展開も見える−−後述)。難治性と言われるのはそのためでもある。筋肉痛的・関節痛的痛み、突発性の痛みの場合は、温湿布・冷湿布・アイシング・鍼・温灸・マッサージ等、あるいは安定剤服用、カプサイシン軟膏塗布等、その他何らかの理学療法的対処が疼痛緩和に有効な場合もある。

  手に負えないのが慢性的な厳しいニューロパシー痛である。特にアロディニア(正常な場合、痛みを感じないはずの刺激によって感ずる痛み)と感覚過敏を伴うニューロパシー痛は実にやっかいである。このような痛みは外傷性不全複雑脊損と非外傷性(脊髄腫瘍、脊髄炎、脊髄空洞症、放射線障害等による)脊損に多発する傾向がある。また中高年以降の損傷に発生しやすく、年を経るにつれて強まる傾向にあるとも言われる。初期において急性期痛、けいれん時痛、刺激に対しての痛み、突発性の痛みであったものが、慢性的自発痛へと変わっていくこともある。これら一切のことについてそのメカニズムはいまだ十分には解明されていない。

  米国ニュージャージー州立ラトガーズ大学のワイズ・ヤング博士(クリストファー・リーブ麻痺財団の諮問委員会のメンバー)は、他の研究者達の研究を引用しつつ、脊髄損傷者のうち、何らかの痛みを抱える者64%、ニューロパシー痛に悩む者55%、激痛性ニューロパシー痛に苦しむ者21%に達すると述べ、脊髄損傷者にとっての痛みの問題の重要性を指摘している。〔別稿参照〕




■痛みの治療の現状

  1980年代以降、痛みの発生機序や痛みの治療に関する研究は多面的な発展を見せている。の背景には、癌が人の病死因の4分の1~3分の1を占めるまでになり、癌患者の疼痛管理が医学的にも一層避けることのできない重要課題になった、という事実がある。しかも多くの癌性疼痛は、癌そのものやその治療手段を原因とするニューロパシー痛と重なりあっている。痛みの研究は、解剖学、生理学、生化学、薬理学、遺伝子研究等、様々な分野からのアプローチが必要な総合医学である。近年の生化学的研究の発展によって、痛みの発生機序、痛みに関する神経伝達メカニズムの解明に新たな前進が見られるという。従来ペイン・コントロール(疼痛管理)と言えば、末期癌のターミナル・ケアを主眼とする傾向が強かったが、近年では、様々な非癌性の難治性疼痛も対象とする幅広いものとなりつつある。

  こうした研究、治験、医療経験にもとづいて、現在、脊髄損傷に起因する難治性疼痛に適用可能とされている治療方法には以下のようなものがある。(治験的適用も含む)


1. 鎮痛補助剤の投与

  薬剤の本来の目的とは別に鎮痛効果も有するため使用される。一般に治療の第一選択肢とされている。主として中枢性神経伝達物質の作動に関与したり、神経細胞膜の異常興奮を抑える膜安定化作用を果たすことによって痛みを緩和する。( )内は薬品名の例。

(1) 三環系抗うつ剤

アミトリプチリン(トリプタノール)、イミプラミン(トフラニール)、クロミプラミン(アナフラニール)、アモキサピン(アモキサン)等々。

神経伝達物質セロトニンやノルエピネフリン(痛みを抑制する)の量を調節、濃度を高める。


(2) 抗けいれん剤

カルバマゼピン(テグレトール)……膜安定化作用。神経伝達物質ナトリウム(痛みを誘発)の経路遮断。

フェニトイン(アレビアチン) …… 同上

バルプロ酸ナトリウム(デパケン) ……神経伝達物質ガンマ・アミノ酸=GABA(痛みを抑制)の濃度を高める。

クロナゼパム(リボトリール、ランドセン)……膜安定化作用。GABA受容体への結合を増大。

等々


(3) 局所麻酔剤(抗不整脈剤)

メキシレチン(メキシチール)、リドカイン(キシロカイン)等……神経伝達物質ナトリウムを遮断。


(4) 痙性麻痺治療剤

バクロフェン(ギャバロン)……神経伝達物質GABAの誘導体。


(5) 精神安定剤(マイナートランキライザー)

ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)……膜安定化、筋弛緩作用。GABA受容体への結合を増大。        
前掲クロナゼパムは精神安定剤として処方されることもある。


(6) その他幾つかの向精神薬が膜安定化作用を持つとして処方されることがある。(セレネース、ヒルナミン等)


  以上のような薬剤を処方された経験のある脊髄損傷者は多いと思う。それぞれ人によって、有効度、効果が現れる量、期間、副作用の強弱に相違があり、何種類も組み合わせることがある。モルヒネとの併用のケースも多い。深刻な副作用が出る場合もあり、有効な最適量を確定するのが難しい。


2. 電気的刺激

  痛みが電気的信号として伝わることから、電気的刺激を加えることによって痛みの伝達を妨害する。電気的刺激によって痛みを抑制する神経系が活性化するといわれる。

(1)経皮的電気的神経刺激(TENS)

2個の電極を使い、一方を疼痛の支配神経根のある脊柱近くの皮膚に固定し、他方を疼痛緩和に最適と思われる場所を探して固定する。30~70Hz程度の最適と思われる周波数を選んで1日に3〜数回刺激を加える。有効であれば効力持続期間は3ヶ月〜2年くらい。激痛にはほとんど効果がない。強いアロデニアや感覚過敏を持つ人には逆効果のこともある。


(2) 硬膜外に電極を埋め込む

  脊髄や脳の硬膜外に電極と電池パックをワンセットで埋め込む。この治療が有効であるかどうか、最大の疼痛緩和が得られる最適の場所はどこかを調べなから手術で埋め込む。成功率や効力持続期間等必ずしも明らかではない。


(3) 脳深部刺激

  局所麻酔ないし全身麻酔を行った上で頭蓋骨にあけた小さな穴を通じて脳の中継センターのひとつである視床に電気ショックを与える。脳深部刺激は、脳のオピオイド受容体を活性化させ、痛みを抑制する神経伝達物質エンドルフィンの濃度を高めると考えられている。この治療法は、1990年代初めに癌の痛みの治療に実験的に行われたが,その後非癌性の難治性疼痛にも治験として行われるケースが出てきた。ただ、視床は痛みの伝達の中継点であるだけでなく、記憶や認識の中継点でもあるため、記憶が飛んだり、一時的に消失したりする後遺症が発生することがある。リスク、成功率、効果の持続期間はまだ明確ではない。


3. 神経ブロック

脊髄の伝導路への痛みのシグナルの発生源を封じる。

(1) 脊髄硬膜外への麻酔剤注入を持続的に繰り返す。

(2) 脊髄硬膜内(くも膜下)にフェノールグリセリンやアルコールを注入して脊髄神経を破壊。

  脊髄のどの場所にどのようなブロック剤を用いるかは、損傷部位や痛みの症状に応じて検討される。いずれもその成功率と有効期間は明確とはいえない。特に(2)の破壊的ブロックは麻痺を増強する。そのことで拘縮した関節の可動性は高まるが、ブロック部位によって様々な不都合が生じる。非癌性の慢性異常疼痛にはあまり有効でないと言われる。


4. 外科手術

痛みの伝導路の要所を外科的に切断・切除することによって痛みの伝達を断つことを狙っている。

(1) 脊髄後根の切断・焼灼
脊髄伝達路の最初の痛みのシグナル発生源を断つ。


(2) 脊髄後角の先端を包んでいるグリア細胞を焼く。
痛みのシグナルを調整、修飾する部分を消去することによって異常疼痛の発生を防ぐ。


(3) 脊髄前側索切断
上行伝導路が存在する前側索部分を切断し、痛みが上行して伝達されるのを断つ。

(4) 脊髄完全切断

(3)をより完全に行う。

(5) 大脳皮質の痛みを感知している部分を切除する。
  これらの手術は、脊髄損傷部位、痛みの症状、適・不適の慎重な検討のうえ行われる。成功率、有効期間については明確ではない。これらは不可逆的な破壊的治療法である。脊髄切断は原則として損傷部位より上で行われるため、切断髄節以下の麻痺の増幅、完全麻痺化は覚悟しなければならない。頚損の場合、呼吸機能への影響にも配慮が必要である。これらは、あえて人為的に中枢神経に損傷を引き起こすわけだから、新たな中枢性ニューロパシー痛の発生も懸念される(3.の(2)も同様)。成功しなかった場合、ダメージが大きいため、ギリギリの最後の手段とすべきであろう。


5.高用量オピオイド投与(点滴、経口内服)

  ニューロパシー痛にはオピオイド剤はめったに反応しないとされてきたが、近年、大胆な高用量のオピオイドを鎮痛補助剤と併用して投与することが試みられている。ケースに応じてさまざまなオピオイドが試される。モルヒネ(硫酸モルヒネ、塩酸モルヒネ)、ペチジン(オピスタン)、フェンタニール(フェンタネスト)、ペンタゾシン(ソセゴン)、ブプレノルフィン(レペタン)等々である。それぞれ、体内にあるオピオイド受容体(ミュー、カッパ、デルタ等幾つかのタイプがある)への作用の仕方に相違がある。副作用(呼吸抑制、便秘、催吐、眠け、せん妄、口渇、等)への対応を講じながら、最大限の疼痛緩和が得られるまで増量し、適量を確定する。耐性があるため増量は避けられない。副作用が強く現れるモルヒネ不耐性の人には適さない。脊髄損傷者にはもともと麻痺があるため、適量確定までの過程や副作用の管理は難儀である。


6.脊髄硬膜内(くも膜下)オピオイド注入(インプラント)

  脊髄にあるオピオイド受容体分布やその作動機序が解明されるにつれ、直接脊髄にオピオイドを作用させることによって、少量のオピオイド量で効率的に鎮痛を図る方法として注目されている。髄腔内にカテーテルを挿入してオピオイドを注入する。有効であれば、埋め込み口を作り体外注入ポンプとセットの留置カテーテルを設置する。どのオピオイド剤を使うかは医師の判断による。ケタミン、リドカイン、ミダゾラム等の麻酔剤が低用量追加される場合もある。この方法は、経口モルヒネ服用の1/100以下の量で同等以上の鎮痛効果が得られ、副作用を小さく抑えられる上、脊髄に不可逆的な破壊を与えない、とされている。

  しかし、まだ安全適量確定のプロセスにおけるリスク、効果、耐性等の見極めは明確ではない。また体外から髄腔内に持続的にあるいは繰返し「異物」を注入することによる脊髄への器質的、組織的影響の有無も最終的には不明。在宅管理ができるインフラも整っていない。頚損、高位頚損の場合、呼吸抑制とのからみでこの方法の適否が問題となるかもしれない。

  熟練した麻酔医による治験治療として行われる。挑戦する場合は、危機管理が行き届いている医療機関で行うべきである。


 7.脊髄後角NMDA受容体ブロック

  近年の脊髄生理学の進歩は、脊髄における痛みの伝達と抑制のメカニズムについて多くのことを明らかにしつつある。その一つにNMDA受容体に関する研究がある。

  脊髄の侵害受容線維から放出されるグルタミン酸やアスパラギン酸の濃度が高まると脊髄後角にあるNMDA受容体が、痛みを誘発する神経伝達物質のナトリウムやカルシウムを遮断しなくなり、ひいてはその自律的な反復連鎖反応によって痛みの増幅、慢性化を引き起こす。このような知見に基づいて、ニューロンのNMDA受容体をブロックすることによって痛みを抑える治験が行われるようになった。現在使用可能なNMDA受容体拮抗剤は全身麻酔薬のケタミンとせき止め剤のデキストロメトルファン(メジコン)である。いくつかの医療機関では熟練した麻酔医がケタミンを使った様々な治験治療を行っている。

  一方、脊髄後角に存在する痛みを抑制する神経伝達物質の受容体(オピオイド、α-アドレナリン、GABA、等々)とそれに対応する作動剤についても研究が進んでいる。オピオイドについては各種オピオイド剤(前掲5.6.参照)、α-アドレナリンについてはクロニジン等、GABAについてはバクロフェンやミダゾラム等である。

  前掲6.の脊髄硬膜内へのオピオイド注入の際の低用量麻酔剤追加もこのような知見に関連している。新しいNMDA受容体拮抗剤やGABA作動剤等の研究開発も進行中である。

  いずれにせよ、麻酔剤ないしは強い鎮静作用をもつ薬剤であり、昏睡に至らしめず意識清明のうちに鎮痛を得る最適量の確定は難しく、副作用の見極めも不明である。この場合も危機管理の行き届いた医療機関で治験に参加すべきであろう。


8.中医学的治療

  鍼、灸、温灸、気功、指圧、マッサージ等と数種〜十数種の漢方製剤を煎じた漢方薬服用との組み合わせで行われる。基本コンセプトは、「血の流れ、気の流れを良くし、お血(滞った古く悪い血)を取り去り、免疫を調整し、代謝を改善し、閾値(イキチ:生体に痛み反応を引き起こす刺激の最小限界値)を上げる」ということのようである。麻痺の改善も目指される。診断と処方はかなり個別的であり、経験をつんだ治療者との出会いによって左右される。良い出会いがあれば改善が見込まれるがおおむね長期戦であり、完全な除痛は期待できない。診断と処方がその人に合わなければ逆効果のこともある。(診断と処方に西洋医学的客観的基準を見出すのは困難)。


  以上、脊髄損傷に伴う異常疼痛の主要な治療手段を整理してみたが、いずれも必ず成功を約束できるものではなく、大きなリスクと隣り合わせである。これらの治療法のどれかを試した経験を持っている方も多いと思う。今もいろいろな治療法に挑戦し続ける人、幸運にも納得できる治療成果を得た人、ただ痛みに手をこまねいている人、様々な人がいるに違いない。もし一人ひとりが当事者の実際の経験に基づいた多くの疼痛情報に接することができれば、それぞれにあった難治性疼痛との闘い方を見出すのに役に立つのではないだろうか。




■ 痛みに関する情報のネットワークを!

  孤立して痛みに耐えることは、往々にして抑うつ状態と不眠を引き起こす。抑うつ状態と不眠は痛みに耐える力を弱め閾値を引き下げる。ともすれば、その悪循環に陥りやすい。できるだけ悪循環を回避するように努力し、痛みの問題の解決に取り組んでいきたい。疼痛管理はQOLの基礎条件である。納得できる疼痛管理がなければ麻痺の問題も乗り切れない。

  前述のように,今のところ除痛、疼痛緩和の決定的な治療法はない。しかし様々な治療手段はあり、有効なケースもある。日々,痛みに関する研究は新たな展開を見せている。たしかに、いずれも重い副作用か破壊的なダメージを伴うことも多く、慎重な判断とリスク管理が必要である。痛みの発生状況は人それぞれによって違う。副作用の現れ方も人それぞれである。ある人に無効であった治療法も他の人には有効である場合もある。同一人であっても受傷後の時期や体調によって痛みの現れ方や治療方法が異なることもある。

  一方、わが国のペイン・クリニック体制が遅れているのも現実である。本格的なペイン・クリニックを専門とする医師・医療機関を見出すこと自体が容易ではない。だからこそ、できるだけ多くの正確な鎮痛治療に関する情報を得ることが重要となる。しかも当事者の具体的な経験に基づくものが望ましい。新たにペイン・コントロ−ルに取り組もうとする場合、具体的にメリット、デメリット、副作用、失敗の教訓を学ぶためには当事者のネットワークが不可欠である。

  また痛みは主観的なものであるため、痛みのフラストレーションは結局自己解決しなければならない。自分の納得できる治療に出会うまで、痛みに耐え、痛みと共存する覚悟が必要である(これは激痛性慢性疼痛の場合、相当の精神力とエネルギーを必要とする)。当事者の経験に根ざした情報ネットワークがあれば、それを相互に支えることもできると考えられる。

  ペイン・コントロールの究極の目標は「完全な除痛」であるが、それは簡単には実現できない以上、痛みのしのぎ方、日々の生活の中での閾値を上げる(少なくとも下げない)工夫も疼痛管理に含まれると考えるからである。

  痛みを抱える脊髄損傷者の皆さんに提案したい。できることなら次の諸項目について――痛みの概要、性別、年齢、受傷ないし罹病歴年、損傷のタイプ、損傷部位、痛みの治療の経験、その結果、副作用への対応、治療を受けた医療機関、日々の痛みのしのぎ方、睡眠確保の方法(睡眠薬の選択も含む)、現況、知り得た最新の痛みや鎮痛に関する情報、等々――の情報交換の場を作れないだろうか。


  痛みのために身じろぎもできない時もある。しかし、少しでも余裕の時間があったら、少しでも孤立から脱し,今望むこと、あるいは誰かに助言したいことなどを発信できないだろうか。

  そして、こうした当事者事例のネットワークをベースに、ぜひとも,鎮痛、疼痛緩和の専門家のご協力を仰ぎたい。痛みに苦しむ者にとって、鎮痛は焦眉の課題であり、どうしてもペイン・コントロールの専門家のアドバイスが必要だからである。ターミナル・ケアとしてではなく、当分続く日常生活のQOL確保の条件である鎮痛のための専門的アドバイスが必要なのである。

  従来、脊髄損傷者の異常疼痛は、マイナーな問題として見られ,その上、難治として放置される傾向があった。そのため、脊髄損傷におけるペイン・コントロールの臨床例、治療例の体系的な集積が少なく、治療の限界になってきたと考えられる。

  できることなら、問題意識を持った専門医との出会いが広がり、これまでの限界が克服されていくことが期待される。

  また最近の痛みに関する研究では、急性期段階からの先制的、予防的疼痛管理が論点になりつつあるという。脊髄損傷の急性期,亜急性期、慢性期それぞれの段階に対応した一貫した医療ケアに、リハビリと並んで疼痛管理も相応に組み込まれていくようになることが望まれる。
(阿部 由紀)





<参考資料――最近の疼痛研究の主要論点概観>

1999年:疼痛研究の当り年

ニュージャージー州立ラトガーズ大学 ワイズ・ヤング(Wise Young)
(ホームページWise Wire掲載 2000年1月7日)


  1999年は、疼痛研究において収穫の多い年であった。以下、ニューロパシー痛とその治療に関する規範的な研究であると考えられる幾つかの論文を取り上げその概要を紹介する。

  順不同であるが、これらの論文は、痛みに関する研究分野で大きな前進があったことを明示する実践的理論的論点を扱ったものである。




◆ 脊髄損傷における疼痛発生率

  シダール(Sidall)、他のグループによる研究は、脊髄損傷後6ヵ月に発生したニューロパシー痛に関する最も体系的で系統的な研究の一つである。そこに示されている数字には驚くべきものがある。100人の脊髄損傷者のうち、40%が筋骨格痛を訴え、36%が損傷レベルにおけるニューロパシー痛を、19%が損傷レベル以下におけるニューロパシー痛を訴えている。結論的に言えば、全体の64%が何らかの痛みを抱えており、55%がニューロパシー痛と規定しうる痛みを、そして21%が厳しい痛みを抱えているのである。

  また筆者たちは、アロディニアを伴ったニューロパシー痛は不全頚髄損傷に多く見られ、筋骨格痛は胸髄損傷によくみられるとも指摘している。この研究は、長い間推測されてきた、脊髄損傷における痛みの発生率の高さとその厳しさを明確に示すものである。これは、決して脊髄損傷者の少数派に限定される小さな問題ではない。



◆ ニューロパシー痛におけるニューロトロフィン(神経栄養物質)の役割

  ミラン(Millan)は、その論文において、近年における疼痛研究の進歩について検討を行っている。彼は、従来からの炎症メカニズムの考え方に新たに追加された幾つかの疼痛伝達物質の役割を特に取り上げている。それには、陽子(水素イオン)、ATP(アデノシン三燐酸)、サイトカイン、ニューロトロフィン、NO(一酸化窒素)が含まれている。これらは、治療法として痛みの伝達を調整するための新たな目標を提供するものである。

  ついで彼は、疼痛研究分野で広く使われるようになりつつある新しい専門用語(例えば  ゛pro-nociceptive ゛=侵害受容に親和的な)を説明し、加えてNMDA受容体の役割を重視する興味深い研究について説明を与えている。すなわち、神経の疼痛刺激に対する閾値の低下と、シナプス後脊髄後角の諸経路および脊髄の疼痛認知センターを含む新たな脊髄疼痛伝達経路とにおけるNMDA受容体の役割である。その上で彼は、ニューロパシー痛の発生亢進におけるニューロトロフィンや他の神経成長因子の役割に焦点を当てている。

  この点についての彼の指摘は、われわれにニューロトロフィン治療法の無視してはならない「暗部」(問題点)を気づかせるものである。


◆ 疼痛遺伝子

  バスバウム(Basbaum)は、脊髄の疼痛メカニズムを研究する一流の科学者の一人である。彼はその論文において、彼の研究室が過去10年間に成し遂げた業績を要約している。すなわち、P物質受容体の重要性を明らかにしたこと、動物実験で特異的な疼痛症候群を引き起こす幾つかの遺伝子を発見したこと、である。これらの遺伝子には、動物が痛みとして認知する感覚を強めるプレプロタチキニン(PPK)遺伝子やニューロパシー痛の発生に必要なプロティンキナーゼCガンマ(PKCg)遺伝子が含まれる。疼痛認知をコントロールする遺伝子の発見は、ニューロパシー痛の遺伝子治療への道を開くかもしれない。

  このバスバウムの重要な発見に引き続いて、ポルガー(Polgar)、他のグループが、PKCg遺伝子が発現するニューロンの分布を解明している。これらのニューロンの詳細な分析は、それらが抑制的であるよりも興奮性であること、その大多数はニューロテンシンもしくはソマトスタティンを発現すること、またそのうち5%しかオピオイド‐ミュー受容体をもっていないこと、を示唆している。このことはまた、何故ニューロパシー痛がオピオイド治療法にあまり反応しないのかを説明するものである。それに比べ、ニューロキニン受容体をもつ細胞でPKCgを発現するものは殆どない。

  以上のような研究と並行してヴァィリム(Vilim)、他のグループも別の一連の遺伝子(NPFF、NPAF、NPSF)を解明している。これらは、炎症性疼痛の後に発現が上方調節されるが、ニューロパシー痛ではそのようなことはない。


◆ 炎症疼痛メカニズム

  長い間ニューロパシー痛の展開に炎症が一定の役割を果たしていると考えられてきたが、1999年の研究では、グリア細胞と脊髄におけるサイトカインの発現に焦点が当てられた。

  コルバーン(Colburn)、他の研究グループは末梢神経障害の7種の異なったモデルに対応する脊髄グリア細胞の炎症への反応をそれぞれ比較している。この研究モデルが開発され、今日広く受け入れられたことは、疼痛研究の最も重要な進歩の一つであり、この研究分野のいわばルネッサンスともいえる成果をもたらした。すなわち、さまざまな末梢神経疼痛モデルにおける脊髄グリア細胞の活性化とこれらのモデルにおけるニューロパシー痛発生亢進のための必要十分条件の同定である。同グループは、別の論文で、ある末梢性炎症疼痛モデルにおいて、疼痛に呼応してグリア細胞が脊髄におけるインターロイキン1−βの発現を変化させる一連の反応関連について記述している。

  一方、イグナトゥスキー(Ignatowski)、他の研究グループの以下のような研究成果は決定的な意味を持つものであった。すなわち、TNFα(腫瘍壊死因子)に対する抗体が末梢神経結紮に伴う疼痛を完全に排除すること、さらに、これとは逆に、この炎症性サイトカインの注入によって脳に変化が生じ、そのことがニューロパシー痛を亢進させかつ疼痛と一致する神経興奮を誘発すること、を明らかにした点である。

  これまで多くの科学者たちが、ニューロパシー痛を発症させている動物に産生する炎症性サイトカインがニューロパシー痛に一定の役割を果たしているのではないかと疑ってきたが、この研究は主要なサイトカインの一つが原因物質の役割を果たしていることを初めて確認し、直接論証したのである。

  インターロイキン1−α、同β、インターロイキン6は密接に関連しているので、これらの炎症性サイトカインのグループは治療上のターゲットになると考えられる。これらは従来適切な取り上げ方はされてこなかった。


◆ 神経伝達物質と疼痛

  今日の鎮痛治療法の中心をなすのは、疼痛伝達物質の調節である。例えば、オピオイド治療法、三環系抗うつ剤の投与等。疼痛に関連する神経伝達物質としては、オピオイド、P物質、グルタミン酸、GABA等が著名である。しかし近年新しいプレイヤーたちが登場しつつある。ディキンソン(Dickinson)とフリートウッド‐ウォーカー(Fleetwood-Walker)らは、脊髄における疼痛伝達に二つのペプチド(VIPとPACAP)が重要な役割を果たしていると述べている。これらは、その機能が不明であったためにこれまで殆ど無視されてきたあまり知られていない神経伝達物質である。

  一方、グルタミン酸受容体拮抗剤への関心があらためて再燃している。例えば、フィシャー(Fisher)とハーゲン(Hagen)は、麻酔医が麻酔を行う際よく使ってきた古くから知られているグルタミン酸受容体拮抗剤であるケタミンが、ニューロパシー痛を軽減することについて述べ、多くの臨床文献を論評している。この種の臨床文献は目下増え続けている。

  またファング(Huang)とシンプソン(Simpson)は、ケタミンが脊髄における c-fos 癌遺伝子の発現を抑制すること、今やラットを使った疼痛研究の主要手段になりつつあること、を明らかにしている。

  いずれ、疑いもなく、疼痛モデルにおけるこれらの神経伝達物質に関する研究が膨大な規模で行われるようになるであろう。そして、それを追うように、それらの伝達物質の作動を調整する薬剤が生まれてくるに違いない。


◆ 物理的治療法

  古くから行われている物理的治療法に強い関心を向けた研究が幾つかある。ムングラニ(Munglani)は、痛みに対して目ざましい効果をもつと思われる電磁波刺激の新しい治療法があると指摘している。過去20年以上もの間に、さまざまな研究グループから、このあまり理解されていない方法が他の治療法では手に負えない患者の痛みをコントロールしうる、という報告が行われてきている。この治療法が有効か否かの正式で厳密な判断はまだないが、ある信頼できる科学者が一流専門誌上で、この治療法の研究をさらに進めるべきであると主張している。これは侵襲的ではなく実用的な方法である。

  ラフィ(Laffey)、他の研究グループは、脊髄刺激が横断性脊髄炎に伴う痛みを軽減する、と報告している。これは、脊髄刺激治療法をより多く試してみる必要性を示唆する多くの報告の一つである。シーマン(Seaman)とクリーブランド(Cleaveland)の論文によれば、脊髄に何らかの刺激を与える臨床治療の対象の大半は脊椎(髄)疼痛症候群である。


◆ 痛みはうつ病のせいではない

  幾年もの間、ニューロパシー痛は精神医学的状況によるもの、何か現実のものではなく、頭の中で起きた想像された痛みと考えられてきた。痛みをもつ人々はしばしば抑うつ状態に陥るため、痛みにも効く三環系抗うつ剤の優れた効き目は、しばしば誤ってうつ病の予防の結果とされる。一つの答えの出ない問題として、ニューロパシー痛をもつ動物はうつ病も患うかどうかという問題がある。ニューロパシー痛をもつ動物は動きが鈍くなる傾向があるため、その判定は困難である。コンティネン(Kontinen)、他のグループは最近の研究でこの問題を取り上げ、ニューロパシー痛をもったラットの不安と抑うつを評価分析する作業を行った。この研究によると、ニューロパシー痛をもったラットは何ら判断しうる抑うつや不安を示さなかったばかりでなく、抑うつや不安があるという判断基準の下でそのラットがニューロパシー痛の徴候を示すかどうかを明らかにすることもできなかった。


◆ 要約すると――

  科学者や臨床医たちの痛みの問題に対する姿勢に大きな転換が生じてきた。ニューロパシー痛は、以前考えられていたよりもはるかに一般的であることが今日では明らかになってきている。脊髄損傷だけでも大多数の人が深刻な痛みに苦しんでいる。これは重大な求心路遮断を引き起こす他の神経傷害にも起こりうる。多発性硬化症、末梢神経損傷、四肢切断、卒中、横断性脊髄炎もそれに含まれる。科学者たちは、ニューロパシー痛のメカニズムの理解において大きな前進を成し遂げた。新たな神経伝達物質、疼痛伝達経路、痛みの原因等がほぼ週ベースで発見されつつある。神経栄養因子が痛みの増進の一因となっていることの発見、ニューロパシー痛に介在する遺伝子の同定、痛みの伝達物質である新しいペプチドの発見等によって、痛みを治療するための強力な生物学的基礎が与えられた。今広く認められている動物実験の疼痛モデルがニューロパシー痛のメカニズムと治療法を解明、評価分析する重要な手段となっている。さらになお物理的治療法への関心も高い。これは痛みを調整するさまざまな戦略へのよりオープンな姿勢が必要であることを物語っている。

  ニューロパシー痛は、もはや精神状況によるものとは見なされなくなっている。実際に起こっている生物学的現象である。これはまさに本質的な前進である。私は、以上でみてきたような研究の進歩の成果のうちで、多くのものが近い将来臨床治験可能な治療法へと移行していくのは十分期待できる、と考えている。
(阿部 由紀 訳)






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