■脊髄再生医学関連資料 研 究 概 説
脊髄修復における神経幹細胞
マイアミ医科大学 マイアミプロジェクト*会報8−2(2000年夏号)
Dr. Pantelis Tsoulfas
* マイアミプロジェクト(The Miami Project
to Cure Paralysis, a Center of Excellence
at the University of Miami School of Medicine)は、麻痺に関する世界最大、極めて包括的な研究センターで、せきずいの損傷から生じる麻痺の有効な治療方法の確立、究極的には治癒を目的とした研究プロジェクトを推進している。設立1985年。会長 バース・グリーン博士(Dr.Bath
Green 神経外科医)。
科学雑誌または最近の大衆向け雑誌でさえも、開くと必ず幹細胞に関する記事を目にする。この数十年の中で最も有望で最先端科学の一分野が、社会的に強い関心を呼んでいる。組織工学、移植、神経科学の研究者たちは、胎児および成体の神経系細胞の研究をしており、それらは治療の決定打へと繋がる可能性をもっている。
あらゆる科学的な探求でみられるように、この研究分野も急速に変動し、その分野の研究はより初期の情報の上に築かれていく。すなわち、この流れは、中枢神経系(CNS)を修復するための細胞置換術への道を開いた研究から始まっている。
この概説は、脊髄損傷により引き起こされる諸問題や研究の新たな段階の突破口となった初期の発見に関連付けながら、今や大きな関心事となったこの研究について説明する試みである。
幹細胞とは何か
幹細胞は我々の身体にある全ての細胞の母と呼ばれている。幹細胞の正式な定義は極めて明確なものであるが、その言葉はより広範囲に使われることがよくある。幹細胞は未成熟なもので、新しい幹細胞を形成するために際限なく分割して行くが、一方、その分割がまた、いくつかの分化した細胞タイプに成長するように設計された細胞、プロジェニター(pro-genitors)をも形作る。
一つの重要な特徴は、胚性幹細胞(ES細胞)の中には全能性(totipotent)のものがあることである。それらは、子宮内に着床するものも含む新たな有機体を作り出すのに必要とされる細胞全てを形成することができる。この可能性のため、人間のES細胞の使用が、(特に連邦政府出資の研究所での使用に関する規則を決定する政府レベルにおいて)、大きな議論の的となっている。
今日研究されている幹細胞のほとんどが、成長の後期に現れる。幹細胞は多能性(multi-potent)、すなわち細胞分裂により、全てではないが多くの種類の細胞を形成することができるのである。多能性細胞は損傷された器官の再生治療に対して大きな可能性を有しており、それらを適用することにより倫理上の反対意見は減少して行くであろう。その可能性を実現するには、まず、分化した部分を適切な細胞タイプへと誘導するのはどんな要素なのかを見つけ出さなければならない。理想的なのは細胞が未熟な状態(分裂段階)で獲得でき、それがその後適切な成熟をすることである。更に、移植後に、細胞は損傷された神経系ヘと集積し、安定した機能を果たす状態を維持しなければならない。
多能性神経プロジェニター細胞(multi-potent
neural progenitor cells)はより成長した胚や、成体から取り出すことが出来る。マイアミ・プロジェクト(Miami
Project)の研究者パンテリス・ツールファス博士(Pantelis
Tsoulfas M.D.)は、ES細胞ではないが、胚から取り出した幹細胞について研究している。「我々が研究している幹細胞は神経系自体からのものであり、それらは、中枢神経系に特有の細胞を生じる」と同博士は説明している。
全く最近まで、中枢神経系でのこの分化は最終的なものであると考えられていた、と彼は指摘する。細胞の運命を支配するのは、かつて考えられていた程厳密なものではないのかもしれない、ということを他の研究者達は気付きはじめた。実験室内では神経細胞は他の組織から形成され、中枢神経系の組織は血液系の細胞を含む他の細胞タイプを生じることを示してきている。今までのところ、神経系細胞(ニューロン、及びそれを支持するグリア細胞のアストロサイト、オリゴデンドロサイト等)の最も生産的な源となるのは胚性の神経組織であることが証明されている。
脊髄損傷の修復:幹細胞はどこに適合するか?
脊髄への損傷は、特殊領域に損傷を引き起こす。つまり、損傷による影響ははその原因や度合により変ってくる。機能が失われるのは、@細胞がその領域で死ぬこと A脊髄神経上を自由に情報を運ぶ神経繊維が切断されること、の二点が原因である。
頚髄損傷後における腕の特異的筋群の萎縮は、以前それらの筋群をコントロールしていた脊髄神経細胞の死が原因であろう。しかし、脚や膀胱のコントロールを失うことは、損傷部位以下の領域に以前到達していた神経繊維(軸索-axon)に損傷を与えることによるものである。現在の治療戦略は、失われた神経細胞を置き換えるのに幹細胞を用いることである。しかし、軸索にその損傷部位を越えて再生させるための橋渡しをさせるには、他の戦略が必要となる。軸索が髄鞘(myyelin)に正確に機能してもらいたい領域では、髄鞘を作り出すオリゴデンドロサイトへと成熟する幹細胞も役に立つであろう。
「我々の目標は細胞をニューロンやオリゴデンドロサイトになるよう方向づけることである。なぜなら、それらが損傷した脊髄を回復する助けとなるのに最も必要とされる細胞だからである。」「もし、異なる運命に向かうこれらの細胞の成熟をどのようなメカニズムがコントロールしているかを発見すれば、そのとき、移植にとって必要となる多くの細胞を我々は再生することができる」とツールファス博士は説明する。幹細胞はまた、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症を含む中枢神経疾患に対し、大きな希望となるが、細胞の運命を制御する方法についてほとんど解明されていないために、幹細胞移植はこれらの症状に対して未だに使用されてはいない。
中枢神経系における細胞置換への可能性の実現
1980年代の初め、いくつかの研究機関は、神経細胞となることができる不死化した細胞株(immortalized
cell lines)を開発した。胚の中枢神経系組織に操作した癌遺伝子を加え、際限なく細胞分裂が行われるようにしたのである。これが有益なものであるためには、この株が神経細胞(またはグリア細胞)にならなければならないし、移植後、腫瘍が形成されないよう癌遺伝子が消えていなければならない。
中枢神経系の細胞へと成熟できる能力を示した最初の神経細胞株は、げっ歯類やウズラの胚から発展させたものである。1990年代の半ばに、ソーク・インスティテュート(the
Salk Institute)にあるフレッド・ゲイジ(Fred Gage Ph.
D.)博士の研究室は、成体のげっ歯類と人間からの細胞株を開発した。成長し続けている脳か、新たな神経細胞を形成し続ける成体脳のある領域のみに存在するニューロンへと、これらの細胞株のほとんどが到達できたのである。
そうでない場合には、神経細胞はグリア細胞のみ(殆どアストロサイト)に変わり、そしてこのことが、脳が成熟すると、新たな神経成長を導くのに必要とされるシグナルを脳が失うという確証を強めているように思える。
マイアミプロジェクトで研究していたスコット・フィットモア(Scott
Whittemore Ph.D.)博士(現在はLouisville大学)はニューロンへと独自に発育していく細胞株を開発した。すなわち、宿主の環境に依存した細胞株の発育(ニューロンvs.
グリア)と異なり、フィットモア博士の RN33B細胞は常に(正常な)神経細胞となった。成体の中枢神経系に移植した後でさえ、これらの神経様の細胞は明らかに正常に成熟した。これは大変重要な原理を例証した前例のない発見であった。つまり、受容性の細胞を与えれば、成体の中枢神経系は神経細胞が適切に成熟するように正確に指令を与える能力を保持するというものである。
フィットモア博士の研究から明らかになったもう一つの原理は損傷された中枢神経系への細胞移植から得られた。損傷された脊髄や神経細胞を殺す薬剤にさらされた脳の領域にRN33Bを移植すると、この細胞は同一の神経細胞には成熟しなかった。それらはわずかに残存した宿主の神経細胞が存在する限界領域ではたしかに発達していたが、それらを成熟へと導く神経細胞がない領域では発達しなかった。
最近の彼の論述によれば、別の不死化させた神経細胞株は異なった行動をとるという。すなわち調整規則(setrules)がないことを同博士は強調している。ハーバード大学のエバン・シュナイダー(Evan
Snyder M.D.)博士によって開発されたある細胞株では、軸索を有髄化するオリゴデンドロサイトを形成することが示され、神経が損傷された領域で神経細胞の形成が可能があることさえも示された。だが、これらの実験上の発見が人間の脊髄損傷に応用される前に、細胞の運命がどのように決定されるのか、また損傷によって生じた生体環境における諸変化等に関して、更に多くのことを学ばなければならない。免疫学上の問題と同様、組織工学的に培養された細胞株で検出された遺伝学上の異常性も、もう一つの問題である。
幹細胞に着手する
@遺伝子工学技術およびA腫瘍を形成する可能性のある細胞により引き起こされる染色体異常が、研究者達を幹細胞研究へと向かわせた2つの理由である。しかし、多能性(multi-potentiality)には恩恵とジレンマの両面がある。「細胞の運命がどのようなものであり、細胞の成熟する方向性の制御メカニズムを細胞がどのように決めているかを我々は解明するよう努力している。」
「ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトヘと成熟すべく神経幹細胞に情報を与えているいくつかの成長因子を我々は研究している。」「異なる成長因子が細胞の成熟を方向付け、異なる運命へと導いている。残念ながら、損傷された脊髄が神経幹細胞のほとんどをアストロサイトとなるような環境を創り出しているように思える。」
「他の研究室でも同じような問題に取り組んでいるが、多くの研究室が同時に神経幹細胞に関する研究をすることは無駄だとは思わない。」と前述のツールファス博士は語っている。「細胞の成熟過程を我々はまだ知らない。そのことを発見することにより、細胞の運命を方向付けるための異なった、効果的な方法を創出することが出来るだろう。我々全員が、お互いの結果から学ばなければならない。」とも彼は述べている。例えば、人間の脱髄疾患または脊髄損傷の動物モデルの脊髄に移植された細胞(培養内でオリゴデンドロサイトになるベく操作されたもの)が、髄鞘を作ること、また細胞がアストロサイトに変わるのを妨げる方法にも大きな進展があったこと、が報告されている。
同博士は次のような注意を促している。 「今のところ、この技術には大きな制約があると思う。それは、異なる細胞タイプへ成熟するという幹細胞の能力のために、有益な細胞を得るだけでなく、脊髄にとって好ましくない細胞までも得てしまう可能性がある。アストロサイトがニューロン再生を阻害する瘢痕を創り出すと考えられている。これは好ましくない事実である。」
ほとんどの共同研究者達と同じく、同博士も慎重に見ており、次のように締めくくっている。「治療的使用を検討するより前に、研究室段階および移植後の段階の両者における幹細胞の行動を理解するため、より多くの研究が必要であり、この技術は一層の研究努力により前途有望なものになろう。」
(渡邉 誠 訳)
第35回日本パラプレジア医学会総会から
2000年11月8日〜9日、名古屋国際会議場にて第35回日本パラプレジア医学会総会が開催された。会場入口には学会のご好意で日本せきずい基金コーナーを設けることができ、これまでの出版物を参加者に配布することができた。基金からは役員1名を派遣した。
【せきずい再生】
初日に「車椅子からの開放をめざして」と題した川口三郎京都大学教授の特別講演が開催された。それは基金発会式「Stand
up 21 」の講演をさらに深め、研究に寄せられた批判に応え、その展望を示すものであった。
「哺乳動物の中枢神経系は従来考えられてきたこととは異なり、潜在的に非常に大きな軸索の再生能力と、再生した軸索を正しい経路に導き正しい標的に終止させるような自己組織化の能力を有している」こと、「その潜在能力を顕在化できれば、対麻痺や四肢麻痺になった脊髄損傷者の脊髄伝導路を修復して、再び歩き、手を動かすことが不可能な夢ではない」こと、をラットの神経修復過程を鮮やかに示すスライドをもって報告された。
最後に川口先生ご自身の研究は、マウスなどの実験動物レベルの研究で中枢神経伝導路の修復の検証ををもって終えられること、その次の臨床応用に向けた段階では、より大型のチンパンジーなどでの研究が必要となるが、こうした大型の「脊髄損傷動物」を作り出しながら飼育し研究を続けていくには、膨大な研究費とまったく新たな研究体制が必要になる、と述べておられたことが印象的であった。
実験用マウス1匹で10万円するとも報道されているが、こうした研究を少数の研究者の力のみで進めていく研究費の限界をも示すものであった。一刻も早く「基金」を財団法人化し、せきずい再生研究のための資金を民間にも募っていく活動を拡充する必要性を改めて感じさせられた。
夜のレセプションでは川口先生と総会議長の吉沢先生のご配慮で、川口先生と基金の役員がともに壇上に立ち、基金の活動へのご理解とご協力をお願いすることができたことに感謝したい。
【バイアグラ】
ED治療薬、クエン酸シルデナフィル(商品名バイアグラ)の効果については多くの研究者の報告がなされ、そのいずれもが脊髄損傷者への投与の有効性を認め、副作用がほとんど見られないことを確認するものであった。
海外の研究では、8回目の服用でその効果が最大になること、世界的には100mmg錠が主流であることが報告された。
専門医に対するアンケート報告ではほとんどの医師から、脊髄損傷者に対して保険適用すべきであるとの見解が示されたシルデナフィルへの保険適用に付いては、コンチネンス協会や全国脊髄損傷者団体連合会が厚生省にその実現を要望しており、またパラプレジア医学会に対しても両団体から学会の見解を求める要望がなされている。
パラプレジア学会としては小委員会を設置して見解を取りまとめ、保険適応を求めていく方向にあることが報告された。
【脊髄損傷医療の診療報酬】
高位頚髄損傷の分科会では、大和田隆医師(北里大学救命救急センター)が、2000年度の診療報酬基準の改定により脳卒中などの報酬単価が引き上げられたことを挙げて、パラプレジア医学会としても脊髄損傷医療の診療報酬基準の引き上げに動くべきではないか、と問題提起を行なっておられた。
これは、低く抑えられているリハビリ単価の引き上げとともに、脊髄損傷医療を病院経営上もバックアップしていけるような診療報酬単価の実現が、当事者団体、関連学会の課題であることを示している。
広告1ページ『頚髄損傷』
弁護士さんの協力
東京弁護士会所属の村田稔弁護士が、日本せきずい基金関係者の法律相談をしてくれることになりました。
村田弁護士は,生後1年半でポリオに罹り、それ以来、車いす生活を続けてもう50年以上が過ぎました。車いすの弁護士としての生活も28年に及びます。取り扱い分野は、交通事故による損害賠償とのことです。また1994年、『車イスから見た街』(岩波ジュニア新書)を出版。
車いす利用者にとってありがたいことに、首都圏ならば村田弁護士は,相談者の便宜を図った場所で相談に乗ってくれます。バリアフリーになっていない都心の弁護士事務所まで長時間かけて行くのが大変なせきずい損傷者にとっては、ありがたいことです。
*相談を希望する方は、日本せきずい基金事務局までご連絡ください。
<痛み>に関する体験談などを募集します
「医療従事者が分かってくれない」「治療を受けているが痛みがひかない」など、脊髄損傷に伴う痛みをどう克服するか、は生活の上で大きな問題として存在しています。 本号第U部の「脊髄損傷と痛み」で、情報ネットワークの構築を呼びかけていますが、その第一歩として、ご自身や家族の体験談、緩和法などについて、医療関係者も含め読者の皆様のご意見を事務局までお寄せ下さい。
■歯科の訪問診療について
訪問診療は社会保険適用で「訪問往診料」は920点。加入する医療保険により自己負担率は異なる(生保は自己負担なし)。訪問範囲は歯科も医科と同じく16km以内で、訪問診療のための交通費は患者の負担となる(但し、請求されることは実際には殆どないと言われる)。
歯科診療は一定期間反復して治療が必要となるため自宅近くの歯科が好ましいが、どこの医院で往診しているかは地元の歯科医師会に問い合わせをして下さい。
◆ カンパにご協力下さい
財団法人化の基本財産として目標は 3億円
* 同封の振替用紙は、カンパやこの機関紙購読料の支払いを求めるものではありません。
▼振込先(口座名は「日本せきずい基金」)
郵便振替 No.00140−2−63307
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編集人 特定非営利活動法人 日本せきずい基金・事務局
〒183-0034 東京都府中市住吉町4-17-16
TEL 042-366-5153 FAX 042-314-2753 頒価 300円
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