会報7号

再 生

オデュッセウスの神話とのアナロジー(類似性)


ワイズ・ヤング(Wise Young M.D. Ph.D.)

▼ 脊髄損傷は電気コードや電話線を切断することと同様である言われる。しかし、電気コードへの比喩はスケールとしても、意味内容としても適切ではない。脊髄は動力を供給するわけではないからである。
 その点、電話線への比喩は的を射ている。脊髄が送り手と受け手の(運動神経と感覚神経からなる)双方向コミュニケーションのシステムであるということを適切に描いているからである。また、電話線はシステムの複雑性のニュアンスも伝えることができる。例えば、人間の脊髄の情報伝達量は、ニューヨーク・ボストン間の通信量に相当する。人間の脊髄には約2000万の軸索突起が確認できる。

 電話線への比喩は機能を回復するのに何が必要かという点になると、うまく説明できなくなる。電話線の場合には、切断された線の端と端をつなぐだけでよい。脊髄はこの決定的な点で異なっている。脊髄の中で信号をやりとりする軸索や神経線維はひとつのニューロンが伸びたものだからである。軸索はニューロンの細胞本体から養分や信号を受け取らなくてはならない。

 軸索が損傷を受けると、その軸索のうち損傷部位から末梢にある(離れている)部分は死んでしまう。損傷部位から細胞本体の近くにある部分も死んでしまうが、ニューロン自身は通常生き残っている。したがって、切断する前の目的ニューロンに再接続するために、生き残ったニューロンは損傷部位から軸索を長く再成長させなくてはならない。その作業の道のりが再生のすべてである。

 オデュッセウスの有名な神話は、いくつかの点で再生についてのより適切なアナロジーである。知っての通り、オデュッセウスは家からずっと離れたところに置き去りにされた。彼は過酷な旅行条件と敵に悩まされる。それは無風の海であったり、キュクロプスであったりする。同様に、損傷した軸索は自らの場所から遠く離れて、荒涼とした組織帯や、損傷部位に生息するマクロファージ群を無事に通過しなくてはならない。

 オデュッセウスは、サイレーンの誘惑に打ち勝つために自らをマストに縛り付け、キルケーの島から離脱した。やっとのことで彼が家に帰ったときには、彼が愛してやまないペネロペーには多くの求婚者がいたのである。

 損傷部位を通過してしまうと、今度は、軸索は美しくみずみずしいニューロンたちの誘惑を拒みつづけなければならない。軸索は1日に1mm以下という非常にゆっくりとした速度で成長し、道のりは1mを超えることもあるくらい長いので、旅路は数年を要することもある。しかし軸索は、他のニューロンからの若い軸索が目的地についてしまう前に目的地への道を見つけなくてはならない。


<出発>

 軸索が損傷する時には、損傷部位からの短い距離を残して死んでしまう。細胞本体タンパク質や他の原料を軸索に向かって短時間送りつづける。これらの原料はたびたび軸索の終点に集まり、球状の末端を形成する。これらの末端は細胞の廃品によって満たされて、脊髄の中に何年もの間とどまることができる。しかし、軸索は球の上のさらに枝を発芽させることができて、これらの枝や芽は損傷部位へいくらか伸びることができる。

 現在のところ、軸索を成長し始めさせる信号についてはあまりよく分かっていない。これらの信号が激しく損傷した脊髄に存在していることは確かである。なぜなら、損傷を受けた後の数日や数週間の間、軸索が生えて成長しているからである。激しく損傷した脊髄の中に高いレベルの炎症性のサイトカインやあらゆる種類の成長要素が含まれていることが現在のところ多くの研究によって明らかになっている。私がもっとも気にかけているのは、慢性的に損傷した脊髄である。そのため、激しい損傷を受けた脊髄から出され、慢性的な損傷を受けた脊髄からは出されていない、タンパク質や要素が何であるのかをつきとめる体系的な研究を我々は始めたところである。

 損傷を受けた多くの軸索の先端に形成される芽が出ない球について何かを調べるべきだろうか。これはそんなに重要な問題ではないかもしれない。なぜなら、軸索の多くが損傷部位の上から発芽し、その芽は損傷部位に向かって、そして損傷部位を超えてもいくらかの距離を成長することができるのを我々は知っているからである。成長要素や、IN-1、サイトカイン、そしてその他の要素が、そのような発芽が生じるのを刺激する役割を担っていることが証明されている。組織の修復や成長を刺激するこれらの要素の多くは、活性化したマクロファージや好中球やリンパ球を含む、脊髄を蝕む炎症性の細胞から発生している。


<損傷部位を通過する>

 損傷部位を通過することは困難を伴なう。もし損傷によって損傷部位のほとんど、あるいはすべての細胞が死んでしまったら、組織は空洞化し、嚢種を形成するだろう。このような嚢種は多くの脊髄の中に、小さな嚢種の集合体や、ひとつの大きな嚢種の形で発生する。脳脊髄液がこの嚢種を満たし、それは時間とともに大きくなっていくだろう。嚢種はしばしば脳室上衣細胞と呼ばれる細胞に内張りされて、星状膠細胞や神経膠瘢痕の濃い茂みがあるかもしれない。軸索は損傷部位の細胞や嚢種の迷路に侵入しなくてはならない。細胞の多く、例えば星状膠細胞、は軸索の成長を抑制する物質を分泌しているかもしれない。

 科学者はこれらの問題をいくつかの点で回避しようとした。発生段階の細胞や、嗅覚の包状になる神経膠細胞、生物原料をも脊髄に移植することで空白のいくらかを埋めることができる。多くの研究所が、損傷部位の端で増殖する星状膠瘢痕や、それらが分泌する細胞外基質分子を精力的に研究し始めた。しかし、問題は成長への物質的または化学的障害よりも複雑であるかもしれない。もし損傷部位に移植された細胞によって分泌される物質が、周りの組織の分泌物よりも親和的であるとしたら、軸索はただ単に損傷部位に留まり、先に進まないかもしれない。

 親和的ないし反発的指導分子の問題を自然界がどのように解決するかを発達神経生物学は解き明かし始めている。例えば、錐体路は我々の脳から脊髄へと発達した。すべての哺乳動物において、皮質脊髄軸索の大部分は脳幹へと進み、中心軸と交差し、脊髄へと長く伸びていく路を形成する。軸索が中心軸と交差する部分は特に興味深いところである。なぜなら、これは、組織の中に勾配を作るために特定の細胞群から出されるか、分泌された3つまたは4つの接着性分子の結合を伴なっているからである。この場合、軸索がどの場所にもくっつかないようにするために、親和的細胞接着性分子に対して受容器を解除することで解決を図る。


<家路を旅する>

 損傷部位を通過すると、軸索は細胞に満たされた組織を長い間旅することになる。これらの細胞には軸索の成長を抑制する分子を分泌するものもあれば、軸索と親和的な分子を分泌するものもある。もし軸索が、成熟した有髄軸索と接触してしまうと、接触した軸索は成長を停止してしまう。軸索がその道のりにある多くのニューロンのどれかのところで成長を停止してしまうと、もうそこから離れることはないだろう。最終的には、距離の長さが問題になってくる。頚部の脊髄が損傷した場合には、軸索はもとのところに戻るのに1m近くも成長を続けなくてはならない。胸部の脊髄が損傷した場合でさえ、成長を続ける軸索にまちがいなく合図を送るたくさんのニューロンが存在している。

 自然界はこの問題に対して面白い解決策を提示する。成長している間に、軸索は「ハイウェイ」モードとでも呼ぶべきものに入っていく。軸索はハイウェイに乗り、足をアクセルにかけ、できるだけ速く進み、道沿いにある道路標識や停止信号をすべて無視してしまう。目的地をすぎて成長した後で、軸索は道沿いにある目的地へ枝を伸ばすのである。

 例えば、錐体路の軸索のほとんどは、様々なセグメントレベルのニューロンに接続する複数の枝を持っている。同様に、脊柱の軸索も、脊髄の上部や下部のニューロンを神経支配する多くの枝を持っている。一般的に、成長中の再接続の戦略はできるだけ多く作り、動かないものは切り捨てていくことにある。

 軸索は、成長中に、細胞接着性分子であるL1を分泌する。神経栄養剤は軸索のL1の分泌を刺激する。実際、ねずみの形をしたL1は、NILEや神経成長分子に誘発された高分子タンパク質として描かれる。L1は興味深い分子で、受容器であるだけでなく、他のL1受容器をも刺激する。したがって、軸索がL1を分泌している時は、成長中の軸索は互いに束になって成長するのを好む。このプロセスは繊維束形成と呼ばれている。抗体がL1に対して適用されるときには、軸索は繊維束分離をする傾向がある。軸索が束になってそれぞれよく成長している時は、道のりにあるニューロンのサイレーンの誘惑を無視する傾向があるというのが、興味深い可能性のひとつである。


<家を見つける>

 オデュッセウスはどのように自分の家を見つけたのだろうか。神話の中では、オデュッセウスはもちろん家も妻のペーネロペーも覚えている。実際、軸索が自分のもといた家の記憶を持っているかどうかは、我々にはまったく分からない。軸索が利用できるものを単に占有し、元の接続が行なってきたことをする新しい接続を作るために脳が変わらなくてはならないこともまったく可能である。軸索が正しいニューロンに出会うまで、単に探索を続け、多くの異なったニューロンを占有することもまた可能である。正しいニューロンは、その時接続を維持する脳によって使われるものと定義される。結局、軸索が元の家を見つける必要はないかもしれない。

 再接続はいったん作られると、その適切な接続を維持するニューロンの活動によって大いに援助される。再生のこの側面はあまり真剣に考慮されてこなかった。長く維持される接続が存在しているのに、与えられた手足を使わないことが、手足をまったく動かないものにしてしまうことを示す確かなデータがある。もし本当なら、集中的なリハビリや、麻痺した手足の強制的な使用が、軸索の再生によって生じたどんな接続をも強化し、維持するのに必要であることを示している。接続を強化し維持するためにどんな活動をするべきか。ある活動を強調しすぎることが、他の接続を失わせる結果にならないだろうか。

 出発から数日以内に、オデュッセウスの家は求婚者にひきつがれた。同様に、損傷した部位のローカルな軸索は、損傷した脊髄の中で空白になったシナプス部位を埋めるために、発芽する。脊髄が損傷を受けた後に、ローカルな軸索は接続を奪われた損傷部位よりも下のニューロンを得ることができる。しかしながら、ローカルな軸索は接続が切断されたニューロンをみつけることはほとんどない。この分野で独創的な仕事をした神経科学者のマイケル・ゴールドバーガーは電子顕微鏡を使って、片側切断や背根切断によって神経切断された脊髄の中のシナプス結合の数を数えた。驚いたことに、空白のニューロンはほとんど見られなかった。数時間ないし数日以内に空白化した部位は埋められたのである。


<家を再建する>

 もしオデュッセウスの家が壊されたなら。脊髄への損傷は、筋肉をコントロールするニューロンを損傷するかもしれない。これは、もちろん、ポリオ、筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィー、および、その他の運動ニューロン欠損によっても起こる。力技の解決法はオデュッセウスに新しい家を建てることである。例えば、失われたニューロンを交換するために、神経幹細胞を移植して、この細胞をうまく扱って運動ニューロンにして、さらに軸索を末梢神経や適切な筋肉の中へと成長させることができる。この仕事は気の遠くなる話なので、ほとんどの科学者は問題の解決法として真剣に考えてはいない。

 他の革新的なアプローチがいくつかある。もし運動ニューロン欠損が筋肉の特定の部分に限定されるなら、運動ニューロン軸索を、脊髄の損傷を受けていない他の部位から転換することがひとつのアプローチとして考えられる。例えば、腓腹筋と腓腹四頭筋の運動ニューロンを協働させることによって、筋肉のある部分から他の部分に向けさせることが可能かもしれない。これは実際に動物の膀胱において行なわれている方法である。別のアプローチは、ビンの中に新しい筋肉とニューロンを成長させ、全体の回路を脊髄に移植することである。または、筋肉にニューロンを移植して、筋肉に刺激を与えさせ、そのニューロンと脊髄を再接続することも可能であろう。

 最終的には、オデュッセウスの家を再建することは、初めの場所にどのように建てられていたかを理解することから始めないとならない。我々は一度脊髄を成長させ発展させている。軸索の成長とニューロンの移住を方向付けた信号は、おそらく成長した脊髄の中にある程度今も存在している。その信号が何であるかを理解することによって、正しい細胞と接続をもたらす環境を複製することができるようになる。


<家に住む>

 再生と家に帰ることだけでは十分ではない。オデュッセウスのように、軸索は再び最終的にコミュニティの一部にならなくてはならない。軸索は、調整された動きを生み出すために多くの他の生き残った、もしくは再生された軸索とともに働かなければならない。彼の長い不在の間に、オデュッセウスの家族が変わってしまった。ペーネロペー、彼のコミュニティ、そして彼の国の全体が変わり、オデュッセウスなしの生活に慣れてしまっていた。 再びコミュニティの中で生活することを学び、再び機能を担うことは、多くの仕事と訓練を要するだろう。末永く幸せに生活することは何もせずに与えられるものではない。

 多くの再生された軸索は、違う家に帰って、機能を担うよりも痙攣や痛みのもとになるかもしれない。この事態をどうやって防ぎ、転換することができるか。軸索が家にたどり着き始め、適切な接続を促進維持し、好ましくない接続を減退除去するリハビリ活動を始めるかどうか、そしてそれはいつなのかを我々は認知できる必要がある。現在のところ、我々には、痙攣と痛みを効果的に評価し扱うことができる脊髄の十分な理解も、道具もない。

 再生後の機能回復のためのリハビリの重要性は、脊髄損傷研究においては真剣に主張されてこなかった。例えば、再生療法が行なわれた後のラットを運動させるようにしている研究所はほとんどない。ほとんどの科学者は、再生によって自然に機能を回復すると想定していた。そしてどんな種類や方法のリハビリが行なわれるべきであろうか?リハビリはどのぐらい早期に、どのくらいの期間行なわれるべきであろうか?その答えは機能回復の成功に不可欠である。 (1999年12月17日投稿 Wise Wire/Spine Wire のHPより)


[脚注]

 Wise Young, Ph.D., M.D., Professor II &  Director W. M. Keck Center for Collaborative Neuroscience Rutgers, State University of New Jersey (池田和弘 訳)

* 脊髄再生研究の1次資料はインターネットの
  PubMedからも入手できる(編集部)

  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez



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【脊髄再生研究紹介】

マウスの脊髄組織を再生

――精製したミエリンで免疫――

  
[ニューヨーク] マクギル大学(カナダ・モントリオール)神経生物学のSamuel David准教授らは、Neuron 誌(24: 639−647,1999)に、精製ミエリンを注入し、3週間後に脊髄を損傷させたマウスにおいて大規模に脊髄組織を再生させることに成功したと報告した。今回の研究はモントリオール大学と合同で行われたもので、「この10年間になされた脊髄再生分野における最も素晴らしい研究」と評価されている。

阻害物質を阻害して再生導く

 スタンフォード大学(カリフォルニア州パロアルト)神経生物学のBenjamin Barris准教授はChristopher Reeve氏が「私はまた歩けるようになる。そう自分に言い聞かせているんだ」といつも語ったことを回想した。Barris准教授は「これは彼がいつか起き上がって歩けるようになると私に思わせた初めての研究である」と述べた。Reeve氏はスーパーマンの役者として知られ、1995年に落馬して四肢麻痺に陥った俳優である。

 David准教授は「ミエリンは神経線維の軸索に巻きついている絶縁体の細胞膜で、そのおもな機能は神経細胞同士が連絡し合う速度を高めることである」と説明した。軸索は、神経細胞から伸びている線維で、その神経細胞から電気インパルスを伝達する機能を果たしている。

 1981年、ミエリンには中枢神経系の軸索が損傷を受けた跡に再生するのを妨げる阻害物質が含まれていることが知られるようになった。これまでのところ、2種類の阻害物質が同定されている。2番目の阻害物質は94年に同准教授らが同定した。同准教授らは、現在、3番目の阻害物質の同定に取り組んでおり、ミエリンには同様の阻害物質が多く含まれていると考えられている。その阻害物質を阻害して脊髄を再生させる方法が探究されてきたのである。

 免疫後55%で再生認める

David准教授は「すべての阻害物質が同定されていないので、わわれは次善策を採用した。すなわち、これらの阻害物質をすべて含むミエリンを取り出し、精製したミエリンでマウスを免疫したのである」と述べた。同准教授らはミエリン組織を精製した後、マウスの血流中に注入した。こうすることで免疫系が働き、免疫細胞がミエリンから放出された血流中の阻害物質を異物として認識して抗体を産出する。注入3週間後に脊髄を損傷させると、抗体が損傷された部位に集合している。

同准教授によると、免疫したマウスでは55%で再生が認められたのに対し、対照マウスでは全く認められなかった。再生が認められたマウスでは、運動皮質の筋肉活動を制御する脳領域で神経皮質の30〜75%が再生した。Barris准教授はDavid准教授の研究所見の論評で「従来より10倍の再生が得られている」と述べている。Barris准教授とDavid准教授はともに、このアプローチをヒトに適用できるようになるまでには多くの研究を行う必要があることを指摘した。次の段階は、マウスの脊髄を損傷された後にワクチンを投与しても、効果を発揮するかどうか検討することである。ヒトを対象とした治験を開始する前に、このアプローチの安全性を確立しなければならない。例えば、阻害物質に対する抗体が認知障害を引き起こさないことを証明しなければならない。Barris准教授は「患者は来年にも歩けるようになると考えてはならない」と注意した。

 それでも同准教授は、このアプローチによる治療の可能性は脊髄損傷患者だけではなく、脳卒中その他の脳損傷を受けた患者にも適用できるとしている。

 同准教授は「これらの結果はきわめて重要である。脊髄は優れた事例であるが、脳を冒す疾患では軸索が切断され、もはや再生しないのである。このことが脳卒中を発症すると麻痺が残る理由の一因である」と述べた。

 「科学」2000年6月号では「中枢神経の再生が可能になる」との小特集が組まれ、その中の論文で、川口三郎京大教授がこの研究に対する批判的見解を示している(編集部)。




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