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特定非営利活動法人   Japan Spinal Cord Foundation
日本せきずい基金
設立準備会 ニュース

No. 5



基金発足イベント ”Stand up 21”に全国から200人が参加!

  日本せきずい基金は3年の準備活動を経て、1999年10月2日、発足イベントを江戸川区総合文化センター・ホールにて開催した。厚生省、東京都、江戸川区、日本財団、全国脊髄損傷者連合会などの後援を得て開催されたこの集会には、呼吸器使用の方もまじえ全国から200人が参加。せきずい損傷者の社会参加とせきずい再生研究の支援に、決意を新たにする場となった。

■ 集会は午後1時から、大濱眞理長の挨拶のあと、
   以下のように進行した。


 クリストファー・リーブからのビデオメッセージ

  リーブはこのビデオの中で、日本のせきずい損傷者や家族に対して決してあきらめてはいけないこと、せきずい再生がもはや現実になろうとしていること、日本せきずい基金と共に同じ目的のために歩むことを約束した。

 米国の傷痍軍人団体である東部退役軍人協会、麻痺退役軍人協会からの連帯のメッセージ。

 リーブの自伝『車椅子のヒーロー』の訳者、布施由紀子さんの挨拶。

 川口三郎京都大学教授の基調講「せきずい損傷の神経修復――車椅子からの解放をめざして」 この講演で川口先生は、「切断された神経は再生しない」という定説が今や世界の医学界で崩れ去りつつあること。また、ラットの切断された神経が再生し歩き出すまでのご自身の研究を紹介されながら、哺乳動物の中枢神経系が従来考えられてきた以上に、潜在的に非常に大きな再生能力と自己組織化の能力を有していることを強調された。

 トークセッション

「21世紀に望む――医療と福祉:
呼吸器使用者、重度障害者からの報告と討論」

  松井和子浜松医科大学教授の司会により、古跡さん、中山さん、曽我部さん、瀬出井さん、藤川さんがパネリストとして登壇。制度の谷間にある重度障害者の厳しい在宅介護の状況が語り合われた。



 民話とおしゃべり
車椅子女優の萩生田千津子さんを迎え、ペルーのケナフ奏者とともに歌や語りのひとときを楽しんだ。

 その後、懇親会を開き、午後8時過ぎに散会となった。



この Stand up 21 の報告集は、小冊子として刊行するため現在編集を進めています。  


集会アンケートから
    (順不同、要旨紹介)

 私は養護学校に勤めて、脊損や頸髄損傷の子供達とも接して居りました。身体の不自由さ、手も足も自由にならない子ども達やお母さん達の大変さをもよく知って居るつもりでした。今日、ここに出席して、皆さんの前向きの姿勢に大変感動致しました。私自身も、今は、脳梗塞1種2級の障害をもつ身となりましたが、今日は、元気と勇気を頂いたことを感謝します。

 皆さんのお仕事が世の光となりますよう。そして、日本の医学に貢献していることに誇りをもって下さい。やがて、本当に立って、歩けるようになることを、指一本でも動かせるようになりますように願って・・・。

 今日は人の尊厳、大切さ、常に前向にあきらめずに生きることの大切さを感じさせて頂きました。日本の福祉医療の貧困さを生で知らせて頂いた様な気がします。今日を機会に共に行動を起さなければと強く思わされました。感動と、行動しなければと思わせられました。1998年10月9日第三種郵便物認可(毎月3回8の日発行)

 福祉公社で仕事をしておりますが、このような会があることをもっと多くの特に一般の人々へ広めるためにも、会を充実させ発展させるためにも、マスメディアを上手く活用されてはいかがでしょうか?。

 義弟が今年1月、深夜交通事故にあい、本人共々生活が一変しどうなることかと思ってましたが、いい先生はじめ看護婦さんに恵まれ、入院生活を送っております。正直、家族にこういう人がいなければ、こんなに目と鼻の先でやっていても足はむかないんですものね。それでは申し訳ないので、少しでもお力になれれば幸いです。

 藤川さんに誘われ、来て良かったと思います。脊損、頸損の皆さんとその家族の皆さんが置かれている状況の厳しさは分っているつもりでしたが、改めて、より深く知らされた思いです。しかし、そのことより、そうした中で、しっかりと未来をみつめて着実な一歩一歩を進めていることが、今日参加した私の一番率直な感想です。

 生の声(頸損者)が聞く機会を与えて下さり、ありがとうございました。日本せきずい基金がキドウにのって、損傷者が一人でも多く、自立した生活 が可能になり、『生』を受けたカイのある人生が送れることを希望します。『神経』が再生出来る希望を持つ事が出来た方向は,素晴らしい事であったと感じました。

 トークセッションでは、皆様の意見に感銘をうけました。特に藤川さんの「介護する方の身体と心に気を付けて」というコメントには、自分の体験からもジーンときました。(私は健常者ですが、母のことを想い出しました。)

 なれた街で、住宅で、生活できるような世の中になるよう、それぞれの場で声を上げてゆきたい!!と、つくづく思いました。アメリカの例(本号5頁参照)をきいて、声を上げなければ何も変ってゆかないのではと。

 今日は、9月29日の東京新聞での記事を拝見し、参加しました。現在大学3年の私自身、2年前に部活のチアリーディングの練習中、仲間の不注意で顔面から落下し、頸椎を怪我しました。運良く骨折には至りませんでしたが、重いねんざを患い、現在もリハビリをして筋肉を鍛えています。私も(皆様に比べたら全く軽いのですが)、首、肩、腕、背中、頭の痛みが続いています。私も活動範囲が限られてはいますが、少しでも何かお役に立てることがあれば、お手伝いしたいと思っています。

 せきずい損傷者をめぐる様々な問題が浮きぼりにされ、大変勉強にもなりました。たとえば、ひとくちにC5と言っても、みんながみんな、同じ問題を抱えている訳ではないこと。障害の度合いよりもむしろ障害の質の違いに目をけていかなければならないことがわかりました。

 私の母は、腫瘍による損傷者(C2、C3)ですが、今日初めて母の障害は、"脱鞘"という現象が起きたせいなのだ。ということを知りました。母は四肢麻痺があり、体のあちこちの筋肉が不規則にこわばります。何かにつかまれば 立つことはできますが、ひとりで出かけることはできません。時々、呼吸も苦しくなります。障害の程度は軽いとされますが、はたで見ていても、すっきりした気分で1日を過ごせた日はありませんし、なんとか苦痛を軽くする手だてはないものかと思います(お薬があまり効かないのです)。

  70歳を越た母のような障害をもつ人が、高齢化するとどうなるのか。といった問題については、データの蓄積がないようなのです。 今後はこういう点についても、情報の収集、データの蓄積が大切だろうと思います。

  私はリハビリ病院に2年勤務していて彼と知り合い、患者としてではなく生涯支援していきたいという感情が生まれ、今は私にとって彼はなくてはならない存在となりました。その彼のためにと、大阪からやってきました。彼のためにという狭い目的で参加させて頂きましたが、重度の障害にも負けず遠路はるばる上京された方々や、参加されている人々の熱い思いに打たれ、もっと広い心をもたなければと反省しました。

  私達医療スタッフは患者さんのニード重視と言いながら「病気は治りません」「障害された部位は元に戻りません」と伝え、理解されないと「あの患者さんは受容できない」というレッテルを貼ってしまいます。

  患者さんの多くは、医師やナースに本念を伝えることができず良い患者になろうとして「病気を治してくれ」「手足を元に戻してほしい」ということが言えないのかもしれません。今日は生の本当の患者さんの思いを聞くことができたと思います。彼が車椅子から解放される日をただ手をこまねいているのは歯がゆい気がしますし、多くの人のために苦労されている人々に申し分けない気がします。微力ではありますが、お力になれたらと思います。




日本せきずい基金が”NPO法人”として認証されました


▼ 1999年10月15日、日本せきずい基金は東京都の認証を得て、特定非営利活動促進法(NPO法)に基づく「特定非営利活動法人日本せきずい基金」になりました。10月末までに東京法務局への法人登記、都税事務所への事業開始届を提出、設立にかかわるすべての手続きを完了しました。

事業活動の透明性を保証

  この認証により基金は毎年、東京都に対し事業報告書と決算報告の提出を義務付けられます。また設立目的に反する事業活動や組織運営に対しては、東京都が認証を取り消すことが出来ます。

  設立準備会の発足以来、基金は情報公開を組織運営の原則として活動してきましたが、これを法的にも、つまり何人(なんぴと)にも公開することが義務付けられたわけです。
   
社会的信用の拡大

  認証により基金は、人格なき法人(みなし法人)ではなく法に基づく公的な法人格を取得して、これまで社会福祉法人などに限定されていた各種の助成金の申請が可能になりました。また、国や自治体との関係を含め、活動の幅をさらに広げることができるようになりました。

活動へのはずみとして

  基金は当事者を中心とする団体として、せきずい損傷者の社会参加の促進と、せきずい再生研究の支援をより確かなものとするために、基本財産3億円以上の財団法人化をめざしています。

  私達の活動の意義をより多くの方々に理解していただき、浄財を募るうえで、NPO法人化は
その基盤を築くものであることを確信しています。私達の活動は今、この目的を達成する第2のステージに入ったのです。


■ クリップボード (基金及びせきずい再生関連報道から)

「百年の定説を覆す脳神経系の再生」
『中央公論』1999年11月号、p.180-200
シリーズ対談・立花隆のスーパー好奇心:川口三郎京都大学教授にきく。

<中枢神経は、切断されても、断端かその近くから植物のように新しく芽を出し、環境条件さえよければ正しい方向に伸びていく――ネコやネズミの実験で確認中の再生の条件を、ヒトの脊髄損傷に応用すれば、車椅子から立ちあがって歩けるほどの自己修復も夢物語ではない。通説の呪縛を乗り超える再生の謎>
「光が見えてきた脊髄損傷の治療」
『日経サイエンス』1999年12月号、p.36-47

著者:J. W. マクドナルド他(クリストファー・リーブ麻痺財団研究所)
<かつてはむなしい願いだった脊髄損傷の修復。いま、それが実現に向かっている>

 「北海道新聞」1999年11月6日朝刊 <21世紀 歩ける日を夢見て>

「読売新聞」1999年9月18日朝刊 生活欄 
<来月設立の日本せきずい基金 元スーパーマンも応援 落馬で脊髄損傷のリーブさんビデオで募金依頼 目標3億円>

「読売新聞」1999年10月「顔」欄 日本せきずい基金理事長・大濱眞さん

福祉系新聞「ビオラ」1999年11月20日号
<21世紀のせきずい再生を支援 日本せきずい基金設立。
元スーパーマンから応援のメッセージ>

医療系誌「バンブー」1999年10月
<福祉行政に要求するだけでなく、社会に貢献することが必要>と大濱理事長



アメリカでのリハビリ体験
   ――せきずいを損傷、3ヵ月後には 走れるまでに――

                  中久喜 健司

▼ 私がアメリカで受けた治療(リハビリ)について説明します。
まず私が怪我をしたのは1997年9月18日(現地の日付)で、スカイダイビングで着地の時に転倒し頭を打ってC5のあたりを骨折しました。足や腕などは怪我をしていなかったことは、その後のリハビリを考えると幸運でした。

  怪我をした時ははっきりと意識がありましたが、首から下は全く動かなくなっており、すぐさまカリフォルニア州サクラメントにある、UC (カリフォルニア大学)Davis Medical Centerという病院に運ばれました。

  始めは医師たちは手術すべきかどうか迷ったらしく、首の牽引をして数日間様子を見ました。その後結局、9月22日に手術を行いました。私の手術もクリストファー・リーブのように腰から骨を取り、首の破損部にその骨を使って、チタンワイヤーで固定するというものでした。そして、しばらく首を固定するために Halo vest(ハローベスト)を付けられました。

  手術後一日くらいでICUから普通の病棟に移った時の状況は、呼吸は何とかできるものの、少ししか空気を吸うことができず、食べ物をうまく飲み込むことができず、特に水を飲むと肺にすぐに入ってしまって、そのせいで痰がたくさん出て大変でした。もちろん、その痰を吐き出す力もないわけです。

  その時点では、足がかすかに動かせて、手は親指をかすかに動かせるくらいでした。体力的にはかなり辛い状況だったのですが、4日後の9月26日にはリハビリを開始していました。向こうでは、とにかく早くリハビリを開始することが重要だという考えが浸透していて、私の場合も他に怪我をしている部分がなかったので、すぐにでも始めることになったのです。

  セラピストはOTもPTも大学院を出ている人ばかりで、患者に対する接し方などが非常に優れていました。リハビリ中は必ず1人以上のセラピストが付きっきりで指導し、多くの場合はボランティアの人達が一緒にリハビリの手助けをしてくれるので、1人の患者に2人の人がついている事が多かったです。

  始めのうちは立ちくらみをしないように、体を起こす前に腹巻き(abdominal bind)をして、足全体を布でぐるぐる巻きにして起き上がるようにしていました。

  リハビリの内容は、始めの1、2日はベッドの横に座ってバランスを取ったり、殆ど動かない腕を利用してどのように、車椅子とベッドの間を移動するかという様なことをやりました。数日後には無理矢理持ち上げられて、まっすぐに立たされました。始めは10秒、それから徐々に時間を長くするという感じです。PTには殆ど女性はいませんでしたが、このようなかなり筋力を必要とするリハビリの補助ををやらなくてはいけないことも理由の一つなのかも知れません。

  それから、平行棒の所でセラピストに支えられると同時に、自分の手で支えながら、歩いたりエアロバイクを漕いだり、回復の度合に合わせて、できることをどんどんやって行きました。直径70cmくらいの大きさのゴムボールを使い、その上に座ってバランスを取る練習をしたり、サッカーボールほどの軽いゴムボールを患者どうしでキャッチボールしたり、いろんな遊び道具を使ったリハビリもやりました。でも、むやみやたらにたくさんリハビリをしていたわけでもなくて、セラピスト達は、やりすぎで筋肉を痛めてしまうことがないようによく配慮してくれていました。むきになって一生懸命やろうとすると、"Take a rest."と良く言われたものです。

  リハビリは午前、午後ともに1時間半づつだったと記憶しています。ベッドの上で一人でできるリハビリをいろいろ教わりやっていました。指のリハビリのための粘土の様なものももらって良く使っていました。

  私の場合、central code syndromeといって、上半身を動かす神経部分が大きなダメージを受けていたため、下半身は自分でもたった1日間の変化が分かるほどどんどん回復していたのですが、腕や手はなかなか動いてくれなかったので必死でした。

  10月下旬くらいにはなんとか一人で歩けるようになりました。しかし、11月5日に UC Davis Medical Centerを退院し帰国した時点では、まだ手をしっかり握る事はできず、左腕は重力に逆いまっすぐに伸ばすことができるかどうかという程度でした。

  帰国後は、仙台市の東北労災病院に入院しリハビリを継続しました。一通り体は動くようになっていたので、どんどんリハビリをして12月24日に退院するまでには、走れるようにさえなっていました。握力も東北労災病院で最初に計った時は3キロくらいでしたが、退院時には両手とも30キロ近くになっていたと思います。

  退院後もスポーツクラブに通い一生懸命トレーニングしたおかげで、今では全く日常生活には支障がない程度の筋力はついています。

  アメリカと日本の病院でのリハビリの違いは、開始の時期やアグレッシブさであると思います。患者が1人ではできないことを、力ずくで助けてあげてやらせることによって最大の効果を上げようとするのがアメリカでのやり方です。もちろん、細心の注意を払ってやっていました。

  またアメリカのセラピスト達は教育程度が高いという印象を強く受けました。患者への接し方が非常にうまい。どうすれば、患者がやる気を起こし、楽しくリハビリに取り組めるかをよく分かっている。

  アメリカでは、患者への説明がとてもしっかりしています。どうしてそれをやるのか、どうすればうまくできるのか、患者がきちんと理解できるように説明してくれました。それに比べ日本のセラピスト達は説明不足という感じは否めません。

  その背景には、日本では1人のセラピストが同時に何人もの患者を面倒見なくてはならない現状があります。つまり、日本では十分な体制が整っていないのです。日本でもどんどんアメリカの技術を取り入れようとしていますが、決定的に違うのは、アメリカでは怪我の直後からアグレッシブに患者にリハビリをさせようとするのに対し、日本では「無理せずにできるようになったらやりましょう」という感じでのんびりしているという所でしょうか。■


■ マジックハンドを利用してみて

  今までに何種類も使用しておりますが、なかなか自分の手の様にうまく使用できません。しかし、今回、デモを行った商品* は、とっても扱い易く細かい物を取るのに最適です。 

  例えば、1円玉等を取るのも、しっかりグリップし、髪の毛1本をつかむのも得意です。また、ハンドの部分の角度も90度、180度と回転でき、グリップしたい物によって可変出来ます。更に、手で握る部分の下側に、小さな磁石がついていて、クリップや画鋲やネジ等の小さな金属物を取るのに、屈まなくても取ることが出来ます。

  そして、実際に使用してみると、車椅子利用者が実生活上で、便利で手放せなくってしまう程の商品であると言う感想を持ちました。
    【群馬県 細野直久(胸損T5)】

  例えば、自動車内の小荷物を取るのに、電気を消し忘れた時等、住宅内においては、カーテンの開け閉め、電気のひもスイッチ引きに、離れた小物を取るのに、ハンガーを掛けるのに、ちょっとした手の届かない物を取りたい時に、床に落ちた小さな金属物を取るのに、その他、十分に便利に利用出来ます。とっても素晴らしい商品で、精度も抜群です。推奨します。ただ、あえて要望をするとすれば、握った状態の時にロックのかかる機能を備えれば、握力の弱い頚椎損傷の方の利用にも、更に便利になる事と思います。

* フィロス福祉サービス(TEL 0895-23-3065) 
   の「超軽量マジックハンド」 70cm 6300円
   東京代理店:勝矢(TEL 03-3656-5790)           
   ニューヨーク州脊髄損傷条例(New York SCI Act)

  脊髄損傷研究委員会(spinal cord injury research board)の設立に関し、公衆衛生法、公務員法ならびに州財政法を改正する法令
    【EPVA資料より 西木裕美訳】

▼上院および下院に代表されるニューヨーク州民は以下のような条例を定めるものとする。



【第1節】 法的認定および決意の表明

  州議会は、輸送手段の事故が主たる原因となって、毎年約1万名に及ぶアメリカ人が脊髄損傷をうけるという事実をはっきりと認識し表明する。

  脊髄損傷をうけると、大部分の人々はある程度まで健康をとりもどすが、神経組織にたいする損傷はもとにはもどらない、というのが長い間受け入れられてきた通常の識者の見方であった。この見方は劇的なまでに変わってきた。スウェーデン、合衆国および英国の研究者が実証的に示してくれたように、ダメージを受けた脊髄神経組織を修復することに対する基本的な生物学的障壁は存在しないのである。したがって、ヒト神経細胞損傷にとって有効な再生療法という可能性は、もはや単なる絵空事ではなく、現実的目標のひとつである。

  今日では、脊髄損傷によって苦労の多い生活を余儀なくされてきた人々が自己の損傷をある程度もとにもどると考えても、かつて以上に期待できないわけではない。しかし、何年にもわたって、巨額の資金が注ぎ込まれてきたのはリハビリテーション研究であって、その目標として治癒をめざす基礎的な神経系組織再生研究ではなかった。

  本条例の目的はまぎれもなく、脊髄損傷に対して治癒の見極めをつけるべき研究に資金の提供を行うことである。

【第2節】 以下に記載する新規の第W章を付け加えることによって、公衆衛生法第2条を改訂する。
 
第W章   脊髄損傷研究委員会
     250 脊髄損傷研究委員会
     251 権限および義務
……………………………………………………
250 脊髄損傷研究委員会

1.  脊髄損傷研究委員会が州行政府内に設けられるのは、これによって脊髄損傷研究プロジェクトの管理運営ならびに州財政法第99f節に準じて設けられる脊髄損傷研究信託基金の管理運営にあたるためである。同委員会によって管理される研究プロジェクトの目的は、こうした損傷およびその影響の全面的回復をめざす神経学的研究である。

 脊髄損傷研究委員会の構成員には、次の分野の代表が含れるものとするが、必ずしも限定するものではない。すなわち神経科学、神経学、神経外科、神経薬理学、脊髄損傷リハビリテーション治療学における各分野の代表である。委員会13名で構成されるものとし、うち7名は州知事による指名、2名は州議会上院暫定議長による指名、2名は下院議長による指名、1名は上院少数派政党院内総務による指名、1名は下院少数派政党院内総務による指名とする。

2.  同委員会委員には、食事や宿泊など、本章第251節に準ずる義務の履行に際して発生する通常の旅費を支給するものとする。

3.  同委員会委員の任期は4年間とし1999年1月1日を起点とする。

4.  任期の満了に際し、委員は後任者が指名されるまで引続き委員を務めるものとする。任期の開始後指名を受ける委員の任期は、残余の期であり、後任者が指名されるまでとする。まる4年任期を二期連続で務める委員は、その任期満了後4年の間は再任できないものとする。

5.  任命を受けた同委員会委員総数のうち、過半数をもって定足数とする。

6.  同委員会委員のうち、州知事によって選任される委員のひとりが委員長を務めるものとする。

7.  同委員会の会議の主催については少なくとも年2回とするが、必要と思われるなら、委員長による招請もしくは委員過半数による要請に従い、さらに頻繁に開催することも可能である。同委員会会議がとりわけ関心事とするのは、脊髄損傷研究プロジェクトやプログラムに関連する政策問題、研究の進捗度報告、および本章の意図を実現するために必要なその他もろもろの問題である。

8.  委員会委員には、公務員法第7節に準じて手当が支給されるものとする。



251 権限および義務

  本章第250節に準じて設けられる脊髄損傷研究委員会は下記の権限および義務を有する。

  1. 本章の諸条項を実現するために必要なもろもろの政策および手順を策定すること。

  2. 脊髄損傷の治療および治癒をねらいとする研究プログラムの指揮をとるため、州財政法第99f節に準じて設けられる脊髄損傷研究信託基金を原資とする助成金に対し、公共および民間の機関ならびに組織、適正な研究所などから寄せられてくる申請書の依頼、受け入れ、および審査をおこなうこと。委員会は行政長官(commissioner)に推薦の労をとるものとし、行政長官はその自由裁量において、委員会が推薦してくるこれらの申請書から助成金申請の承認を与えるものとする。

  3. 脊髄損傷研究に充当される州の基金が他のいかなる用途にも流用されることがないよう確保すること。

  4. 毎年、翌年次の1月31日までに年次報告書を州知事および州議会に提出すること。同報告書では本章のことが述べられ、脊髄損傷研究に充当される基金の状態についてのみならず、委員会の進捗度合についてもその脊髄損傷研究努力の結果に照らして言及されるものとする。

 
【第3節】 以下に記載する新規の段落(m)を付け加えることによって、公務員法第17節第1項を改訂する。

(m) 本節の目的から、保健省内脊髄損傷研究委員会の委員は「被雇用者」の用語に含まれるものとする。

【第4節】 首尾一貫性のない法の規定には異論もあるが、実施日を1999年4月1日とし、毎年、850万ドルを超えない金額が輸送手段・交通法第1809節に準じて徴収される付加税中の一般財源から、州財政法第99f節に準じて州会計検査院の管轄するところとなる脊髄損傷研究信託基金へと移し換えられるものとする。したがって当該資金は、州財政法第99f節に準じて脊髄損傷研究信託基金勘定口座に置かれるものとする。同口座からの支払いについては、会計検査院が規定するのと同様の書式細目において正確かつ非の打ちどころのない報告を要するものとする。

【第5節】 以下に記載する新規の第99f節を付け加えることによって、州財政法を改訂する。

第99f節 脊髄損傷研究信託基金

  1. この制定によって、「脊髄損傷研究信託基金」として知られるべき特別収入財源を州会計検査院および保健局長の共同保管のもとにおく。

  2. 財源の構成については、その目的のために充当されるすべての資金、本節もしくは他の何らかの法規定がこの財源に払い込むないしは貸与することを義務づけているすべての資金、輸送手段・交通法第1809b節に準じて課される強制的付加税によって徴収されるすべての資金から成るものとする。

  3. 財源の資金は、配分されると、公衆衛生法第2条第4章に準じて制定される脊髄損傷研究委員会の管理運営費、および同委員会によって管理運営される脊髄損傷研究プロジェクトの財源に利用できるものとする。

  4. 同財源からの支払いが可能であるのは、保健行政長官による承諾および確認がある証拠書類に関し、州会計検査官の監査および保証が行われている場合とする。


【第6節】 本条例は1999年1月1日から実施するものとする。

    人工呼吸器使用者の事故はなぜ頻発するのか
          松 井 和 子(浜松医科大学医学部臨床看護学)

▼ 相次ぐ器械呼吸使用者の事故死  筆者が、人工呼吸器で救命され、長期器械呼吸依存者となった人びとの相談を受けるようになってすでに10年近く経過する。多くは入院中の病院から退院を勧告されたが、転院先の病院が見つからない、どうしたら良いかとの相談である。筆者が相談を受ける対象は交通事故やスポーツ事故などで受傷した呼吸筋麻痺レベルの頸髄損傷である。これまで家族や医療関係者から直接相談を受け、継続的な係わりを持った25例中、明らかに器械呼吸の事故死と推測される死亡報告は5例ある。いずれもベンチレータのアラームが鳴っていたのに、迅速な対応が取れずに急性呼吸不全から死亡した例である。同じような事故の反復という印象が強い。

▼ 頻発する器械呼吸のトラブル  このような死亡事故に至らぬまでも器械呼吸、とくに気管切開による長期器械呼吸依存者の呼吸トラブルは日常茶飯事といってよいほど頻発している。例えば、ベンチレータの回路が気管切開部から外れる事故や吸引中ベンチレータのアラームを解除し、吸引後、アラームをオンにし忘れる事故などである。それは入院中でも在宅でも頻発する事故である。さらに気管カニューレの周囲に痰が付着して窒息状態になったり、呼吸回路に孔があいたり、吸引後、回路を気管切開部に接続し忘れる事故も発生している。

  1998年夏、自宅退院したAさんも在宅2ヶ月で3回も器械呼吸のトラブルを体験し、呼吸困難の恐怖にすっかりおびえきっていた。入院中の病院が在宅化プロジェクトチームを編成し、器械呼吸の安全性には充分配慮された自宅退院の例である。しかし在宅では呼吸回路の損傷、さらに痰の詰まりや回路の付け忘れなど初歩的な人為ミスから「とても苦しくて、怖くて、もう本当に死ぬかと思う」ほどの恐怖を体験し、非常に消極的になっていた。【「週刊医学界新聞」1999年11月1日号より転載】

▼ 当事者不在の医療  Aさんは気管カニューレのカフのエアを抜くことで声を出して話ができる。Aさんによると、器械呼吸に依存した状況やその恐怖感、さらに人工呼吸器の保守管理など当事者である自分を抜きに決定されてしまうことに対する無力感が非常に大きいという。「本人や家族が同席していても人工呼吸器の販売業者は医師を対象に説明しているにすぎず、本人や家族に質問の機会を与えようとしなかった。患者はあたかも判断能力がないと思っているかのようだ。とくに頸髄損傷のような重度の身体障害者は自己決定能力がなく、決定権もないと言わんばかりだ。人工呼吸器のユーザは使用する患者であるはずなのに、ユーザの意見や要望が全く取り入れられていない。一般の製品では考えられないことだ。人工呼吸器依存者にとって呼吸器は生命維持装置、しかし呼吸数や換気量の設定や確認は人間の目で確認しなければならない。回路の接続もすぐに外れたり、回路に孔があいたりする。これではいつ事故に遭っても不思議ではない」と語気を強めて事故の不安を訴えた。

  筆者が10年近く頸髄損傷の器械呼吸依存者と係わっていて初めて聴いた当事者の訴えである。Aさんのように気管切開で明瞭に話せる頸髄損傷者は日本では極めて稀である。多くは訴えたくても声を出せず、Aさんのように長く話せない状態にある。

▼ 先進国の安全対策  上記のようなトラブルは先進諸外国ではあまり見られない。筆者が調査したカナダやデンマークでは現在、そのような事故、特に器械呼吸による事故死は皆無と強調された。実際、バンクーバ市内でポータブルのベンチレータを携帯した電動車椅子でポリオの女性と介助者なしで散歩をしたこともあったし、会議で数時間同席したこともあった。その人たちに器械呼吸に対する不安や恐怖について尋ねても全くなしと回答された。彼らにも器械呼吸のトラブルが皆無ではない。しかし万一事故が発生しても、自力で対処できる自信があり、かつ地域に器械呼吸の安全管理がシステム化されているからだという。その安全管理は日本と比べると、以下の3点で顕著な差異を示す。


(1) 器械呼吸使用者のリハビリテーション:
   自力呼吸・自力発声・自力移動


  日本では「気管内挿管をしているから声は出せない」という発言が関連学会で現在なお通用する。しかし国内でも気管内挿管で明瞭に話せる人は少数だが実在するし、先進国では気管内挿管であっても話せるのが一般的である。

  落馬で頸髄損傷になった俳優、クリストファ・リーブの復帰主演テレビドラマに興味深いシーンがある。リーブ扮する器械呼吸使用者のマンションに乗り込んできた殺人容疑者がリーブの呼吸回路をナイフで切断するが、リーブは自力で呼吸し始め、インターネットで助けを呼び、危機を脱する。器械呼吸依存者のリーブにその演技を可能にさせたのは、彼が離脱訓練によって数時間自力呼吸が可能になっていたこと、カフのエアを抜いてもらわずともカフなし気管カニューレの使用で声が出せること、電動車椅子を吸引操作で自力移動が可能であり、パソコンを自力で操作できたからである。

  先進国では、器械呼吸の必要性が一時的か、長期的かによって管理方法が異なる。一般に呼吸筋麻痺レベルの頸髄損傷のように長期器械呼吸依存者と診断されると、気管カニューレはカフ付きからカフなしへと変更する。充分な換気量と気管カニューレ周辺のエアリークで発声が充分に可能になる。音声コミュニケーションはそのリハビリテーションの第一段階で実施すべきプログラムと強調した研究論文もある。介助者にカフのエアを抜いてもらわずとも、長期器械呼吸依存者が自力で声を出せ、長く話せるよう訓練することは器械呼吸の安全対策としても重要な要件である。万一、人工呼吸器の送風がストップしても、本人が声を出して事故発生を伝えられるからである。さらに人体側のアラームとしてユーザの音声を利用するには、器械呼吸の停止後、自力で呼吸できることが必要条件となる。

  移動障害のある器械呼吸使用者にとって数分でも自力で呼吸でき、声が出せ、長く話せることに加えて、安全対策に不可欠な訓練は自力で移動できることである。長時間の座位姿勢と電動車椅子の使用は、器械呼吸の安全対策としても重要な訓練である。先進国ではその3点が器械呼吸依存者の急性期リハビリテーションのプログラムに組み込まれ、安全性の効果が実証されている。なお具体的な訓練法については下記の文献 1)を参照されたい。

(2) ユーザとしての長期器械呼吸使用者

  わが国における器械呼吸の安全対策は、これまで装置に重点がおかれ、ユーザとしての器械呼吸使用者の意見や要望が採用されることは皆無に近い。器械呼吸使用者は医師の治療決定に従い、もっぱら生命を維持される受身の対象として扱われがちである。その扱いは長期器械呼吸使用者であっても変わらない。

  1997年訪日したカナダBC州地域器械呼吸管理の責任者 Irene Hanleyは、筆者とともに長期器械呼吸依存の頸髄損傷者を訪問し、個別に呼吸発声訓練プログラムを作成した。その指導中、とくに若い頸損者に「あなたがボス、訓練のイニシャティブをとるのはあなた」であり、「今日は訓練する気分になれないと感じたら、訓練の中止を決定するのもあなた」だと器械呼吸使用者自身の危機予知能力と自己決定の重要性を強調した。

  カナダBC州の器械呼吸長期使用者の大半は装置の1回換気量や呼吸回数を自己決定する。自由に話すには換気量も呼吸数も多めの設定が必要と彼らは経験的に学んでいる。成人男性の1回換気量が1200から1500、呼吸数も17から19という設定値を見たら、BC州でもICUのナースは仰天するそうだが、域器械呼吸管理の立場からすれば、地域生活者の呼吸設定値は医療管理下にある急性期と違って当然という見解である。「ICUの設定値では生活の活力が出てこない」とポリオ後遺症で40数年器械呼吸使用の女性は述べていた。

  生命維持装置といえども長期使用者にとって人工呼吸器は生活用具の一つであり、ユーザとしてその使用に主体的に関与するのは自己決定権の一つという考え方である。同様な考え方は、「デンマークの在宅器械呼吸に関する調査報告」(1995年)でも明記されていた。同報告書で器械呼吸使用者はベンチレータ・ユーザと呼ばれ、器械呼吸使用に関する自己決定権を持つ人として対象化されていた。報告書によれば、過去40年間ヘルスケア・システムにおける最も重要な変化の一つは、ケア受給者と供給者の関係の変化である。かつて治療ケア決定プロセスに受身の立場で従ってきた患者が、現在はケアチームの パートナーであり、参加者であると強調し、その変化が器械呼吸使用者の安全性のみならず生活の質的向上に大きく関与するという見解である。

(3) 在宅器械呼吸の公的安全管理システム

  先進国のもう1つの特徴は、装置とユーザに対する公的安全管理のシステム化である。カナダBC州ではその管理をBCリハビリテーション協会(BCリハと略)が州政府から委託されていた。BCリハは州内の長期器械呼吸使用者を全数把握し、その人びとが使用する人工呼吸器を保守管理し、必要ならバックアップ用の装置を提供する。州内の器械呼吸に関する事故はBCリハに報告され、事故原因の追究によって類似の事故を予防し、安全対策に反映させる。BCリハは介助者の器械呼吸ケア研修も定期的に実施する教育機関でもある。

  同様なシステムはデンマークでも導入されていた。デンマーク国内を東西に2分し、それぞれに1ヶ所、器械呼吸管理センターが設置されている。その2つのセンターがそれぞれの地域で生活する器械呼吸使用者の健康管理、情報提供と器械呼吸管理、及び介助者のケア研修を実施する方法である。

  なお、フランスや英国でも類似の在宅器械呼吸管理に関する公的な全国組織があることを、1980年代半ば、米国のA.I.Goldbergが報告している2)。

▼ 事故予防のためどのような対策を講じるべきか  本稿ではわが国、とくに在宅で頻発する器械呼吸の事故とその要因、および可能な予防対策について先進国の安全対策と比較考察した結果を述べた。多くは、装置がアラームで警告していたのに迅速かつ適切に対応できずに死亡に至ったと。日本の場合、その原因を追究すると、介護者の管理ミス、結果的に家族に責任を転嫁することになりかねない。<家族を追いつめることは避けたい> と事故原因は追究されず、結局うやむやに片付けられてしまうのだと、器械呼吸使用者を多く組織した難病患者団体の責任者から個人的に聞いたことがある。

  筆者が体験した5例の事故死も同様な懸念を示す。しかし、在宅器械呼吸の安全管理に自信を示す先進国と比較すると、事故予防の余地は多くある。その1つは、器械呼吸使用者をユーザとして活用すること、2つはユーザが器械呼吸を安全管理できるように、短時間でも自力で呼吸できる離脱訓練、発声と長く話せる訓練、さらに移動障害のあるユーザの場合は自力移動の訓練とポータブルの人工呼吸器が携帯可能な電動車椅子の使用を可能にするリハビリテーションの実施である。さらにもう1つ、重要な対策は全国レベル、あるいは自治体レベルの公的な安全管理システムの導入である。

  地域の器械呼吸使用者がどのように生活しているか、その生活の質をどのように評価しているかは、その国のヘルスケアシステムを評価する重要な指標になるとして、企画実施されたのが「デンマークの在宅器械呼吸に関する調査報告」である。その結果、デンマーク国内の地域器械呼吸使用者120人中110人が調査対象者となり、うち80人は重度の障害を持ち、器械呼吸に依存しながらの生活が良好と評価され、あまり良くないが19人、ポアーライフが1人だったという要約である。日本で同様な調査を実施したらどのような結果が得られるであろうか。


 文 献

1) 松井和子・荻野潔子:カナダBC州在宅人工呼吸ケアから学ぶこと――訪日した地域呼吸療法士 Irene Hanley 氏のコメントより、訪問看護と介護、3(4)、275-286、1998

2) A.I.Goldberg: Home Care for Life-Supported Persons- Is a National 
Approach the Answer?, Chest, 90(5),744-748, 1986

A.I.Goldberg: Home Care for Life-Supported Persons in England ? The Responaut Program, Chest, 86(6),910-914,1984

3) H.S.Kristensen, T.A.Nielsen & G.Nyholm : Report on Domicilliary
Mechanical Ventilation in Demmark,25, Muskelsvindfonden 1995




全日本学生応援団連盟の皆さん ありがとう

 街頭カンパ活動で47万3224円!

  11月22日から26日までの5日間、新宿駅南口で全日本学生応援団連盟が日本せきずい基金支援の街頭カンパ活動を行いました。

  23日には基金のメンバーも合流、道行く人々に脊髄損傷者支援の呼びかけを行いました。厚底靴でガングロのコギャルたちが結構小銭を入れてくれたことには感激。終日、声を嗄らして呼びかけていただいた学生応援団連盟の皆さまには、深く感謝致しております。

【参加した学生さんの手記から】

 11月26日、全日本学生応援団連盟本部記念祭(第48回)の社会奉仕の一環として、私は募金活動に参加した。朝10時のJR新宿駅南口には、これから会社へ向かう人や学生が足早に通り過ぎて行く。

 その中、われわれ中央大学応援団員は片手に募金箱、もう一方にせきずい基金のビラを握って声高らかに募金を呼びかけた。

  当初は、学ランに髭づら姿、おまけに重低音を響かせた呼びかけに、通行する人々は見て見ぬふり、迂回して通り過ぎて行った。しかし昼頃には昼食をとりにいく人たちが声をかけてくれるようになり、17時頃には帰宅する人々が「まだやっているの?!」と驚嘆ながら、募金箱に浄財を入れてくれるようになった。

  1円でも千円でも、はっきりいって関係ない。われわれの活動に少しでも共感してくれる人がいることを糧にして、腹の底から、心の奥深くから声を振り絞り、精一杯がんばったつもりである。

 日本せきずい基金は新しい団体で、道行く人々から「どういう募金なんですか」と尋ねられ、われわれの意図を伝えることに大変な苦労を覚えた。また、必死さをアピールすることで、われわれ学ラン集団が怪しい者ではないと理解してもらうことにも力を費やした。

  見た目以上になかなかハードな募金活動だが、終わった後は、人の役に立ったという清々しさが胸を駆け抜ける。

  こうして、人々が出社する時間から日暮れまでがんばって集めたのが47万円。少ないかもしれないが、自分達の汗の結晶として、せきずい基金の方々に快く受け取っていただきたい。

◆カンパにご協力下さい

財団法人の基本財産として目標は3億円(現在高300万円)

▼ 振込先(口座名は「日本せきずい基金」)

郵便振替 No. 00140−2−63307

銀行振込
みずほ銀行 多摩桜ヶ丘支店 普通口座 No.1702639
日本せきずい基金

発行所   障害者団体定期刊行物協会
       〒157-0073 東京都世田谷区砧6−26−21

編集人  特定非営利活動法人 日本せきずい基金・事務局

〒183-0034 東京都府中市住吉町4-17-16
TEL 042-366-5153 FAX 042-366-5133   頒価 300円

 ご希望の方には、この会報を「ワード」かテキスト形式の
   FDまたは Eメールで提供しています。


 



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