会報4号


第1回医学講演会 へのアンケートから

6月6日、「脊髄損傷者の性」をテーマに大宮ソニックシティーで開催された第1回医学講演会は200名が参加し、大きな反響を呼びました。日本経済新聞を始め、共同通信の配信により全国の地方紙でも報道されました。
アンケートの一部をここに紹介します。

なお小谷俊一先生(中部労災病院)の講演録
『ED(勃起不全)の治療:有効な経口治療薬の登場』が出来ました。
ご希望の方は基金事務局までご連絡下さい。
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▼ 講演のことをたまたま新聞で知ったのですが、それまで日本せきずい基金のことはまったく知らなかったので「これは絶対聞きに行かなきゃ」と思い参加しました。講演を聞いていて,脊髄損傷の皆が本当にSEXのことで悩んでいることを知りました。

 自分は頚椎の不全で、腕とかの動きはかなり弱いのですが、下半身の感覚は少しあるので「やってもらえればいいや」ぐらいにしか思っていませんでした。でも今回の講演で、真剣に考えている人もいることを知りました。

  でもやっぱり皆が一番関心があるのは、脊髄のことだと思います。受傷したばかりの頃は何度も病院の先生に「神経を繋げてくれ」といって、そのたびに「今の医学じゃ治らない」と言われてつらくなったのを思い出します。そのうちにリハビリセンターに行き皆と話をするようになって、やっぱり皆が治ればいいと思っている反面、諦めているようにも見えました。

  そんな時、新聞で諦めないで頑張っている人たちがいるのを知ってうれしく思いました。脊椎の研究もずいぶん進んでいるんだということを知って、何もいえない気持ちになりました。

 皆さんのおかげで、自分もすごく勇気づけられました。微力ながらでも皆さんの力になれたらと思います。次回を楽しみにしています。


▼ 皆々様の東奔西走、想像するだけで頭の下る思いです。以前から脊髄神経を継ぐ研究はされておられるとは聞き及んでいましたが、かなり進んでおられるご様子…私ども障害を持ちまして27年になりますが、当時から手術が出来る様になった時に備えて,手足を動かして筋肉等を鍛えて…とリハビリに励んだものです。当時,本人は期待と希望が大きく、再生術はそんなに簡単なものではない事は知り得ませんでした。

  手足が動かせない事は,まだしも現実的にリハ当初は握力も低下し車椅子にも思う様に乗れませんし、腹は膨らんでパンパンになっても尿が出てくれないし,他人に触らせない部分も病気と思い握られ、管を挿入しなければならない。受傷当初はまだしも、リハに行ける様になり膀胱訓練に、まだ若き日には参りました(女性はもっと大変と思う)。

  それが現実では性の事まで皆で考え、問題提起し合える。本来ならば人間の生きる、又、生きた証ですよ。

  人と人が出会い,互いに惹かれ、共に生活し、愛し合い、それがどんな方法でも考え方・思考を超えて共に生きるには小生は一番重要な事である筈と思います。私は文学的な才がありません。表現力がないからうまく書けません。行為そのものだけでないのも事実ですが、結合できたら、感覚がなくとも相手が半分でも満足してくれると思います。自分も歓びを感じると思います。


▼ 立派な講演会を開催して下さり,ありがとうございました。会場で旧知の友人たちと思わず再会し、皆さんそれぞれに関心があることを改めて知りました。高校生から初老の人たち、リハビリセンターの職位の方々、皆さん熱心でした。末筆ながら貴会のますますのご発展と関係者皆々様のご多幸をお祈り申し上げます。


▼ 大阪から来ましたが、来て良かったと思いました。小谷先生がお書きになった「脊髄損傷者のための…(三輪書店)」は3年前、発売と同時に買って読みました。脊損の性の問題にアプローチしている病院へ就職したいと思っていましたが、求人がなかったので地元の病院で今は働いています。でも今日、講演を聞くことができて大変嬉しいと思いました。得るものの多い一日でした。明日から,もっと仕事をがんばろうと思いました。良い刺激になりました。すぐにでも脊損の仲間に知らせます。ありがとうございました。


▼ すごく充実した講演会だったのですね。内容も充実し、とても参考になります。なかなか人には聞けないことも多く、このような講演が開かれる事はすごく有意義だと思います。
  そろそろ私も子供が……とは思いますが、妻と話し合う時間を作って、前向きに考えたいと思います。本当にありがとうございました。


▼ このテーマは以前より興味のあるテーマで、今までにこのような講演会はなかったと思うので、よい機会であった。興味のある講演があれば聴きに行きたいと思います。



国際パラプレジア医学会に役員を派遣

     コペンハーゲン 1999年6月19日〜20日

  脊髄損傷医療の世界的動向を把握するために、本年6月にデンマークで開催された第39回国際パラプレジア学会に日本せきずい基金の役員を派遣した。

そのプログラムは――

* 事前会議

「尿失禁」の研究発表;トピックス、薬学と前方背走刺激を含む外科的対策
発表者: Helmut Madersbacher, MD/Austria Graham Creasey,MD/USA 
  1. 脊髄損傷における循環コントロール、代謝障害
    演者: William A. Bauman, MD/USA

  2. 脊髄損傷者の豊かな性生活
    演者: Jens Sonksen, MD, Ph.D/Denmark

  3. パラ関節の骨化
    演者: M. J. Drake /UK ら

  4. 体感麻痺した人のファミリー(夫婦関係)
    演者: Margaretha Kreuter, Ph.D/Sweden

  5. 脊髄再生
    演者: Ake Seiger, MD,Ph.D/Sweden

  6. 自由討論: (脊髄損傷のケアとその費用、
    有効性及びクオリティー)
    演者: Ingvar Karlberg, MD/Sweden
 



■ 派遣した役員が長時間の空の旅で褥創となり、新宮先生をはじめ同行の皆様にお手数を煩わすことになってしまったことは残念でした。
  この医学会の抄録(英文、A4版20頁に約40論文を掲載)は、事務局にあります。 (文責:編集部)

心の傷 PTSD
  「心のケア」 が、 阪神大震災後叫ばれるようになった。 「いのちの電話」 で有名な 長谷川浩一著 『実践!心のケア』(朝日新聞社刊)によると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は 1980年、米国精神医学会発行の「DSM-III」(精神障害の診断・統計分類マニュアル第3版)で、初めて使われた用語で、広い意味では不安障害の下位概念だと言う。

  心理的外傷となるストレスにさらされた半年後 ないしは1年後に、 いわゆる不安神経症的な症状が現われると。どこの学校でも、この問題を重要視して、障害者や患者の状態を把握する時に、PTSDの状態を記録するようにと、教えられるようになった。流行語である。

  しかし、私には、カウンセリングが本当に癒しにつながるのか疑問である。 私の場合、 進行性筋萎縮症で生まれ育ち、小さい頃から、歩くと転び、頭を打ち、筋肉が失われて行った。 13歳でトイレで立ち上がれなくなった時が、 一番ショックであった。 多くの進行性筋萎縮症患者は、同様の経験をして、心に大きな傷を負っている。そして私は、 13歳のトイレショックで、 精神発達が止まってしまった。

  この病気の特徴であるが、同時期に、性欲の高まりが生じ、母の死にも出合った。 それ以後、だれかにやさしくしてもらいたいという、コジキ根性が身についてしまった。
現在の妻に出会うまでは、傷は癒えなかった。 結婚して、妻と 「優しさ」を分け合いながら、知らず知らずのうちに 「癒されてきた」 と感じている。それでも、心の傷はいつまでも残っていて、会話の中で「イヤミ」として、 他人攻撃になったり、自虐的な態度となったりする。

  人は、多かれ少なかれ、全てが「心の傷PTSD」を負っているのではないだろうか? 特に、親の離婚、イジメ、性的虐待など。大人であれば、 傷つかない些細な事でも、心の未熟な人ほどショックとなる。その差は大きく、理解を超えている。そして、瞬間、誰にも話す事ができなくて、以後の人生に、ショックを引きずりながら、生き長らえる事になる。

  いつも、不思議に思うのは、 なぜ人は 「手を握ってほしい」 と願うのか?ということ。多くの進行性筋萎縮症患者が、そんな自分の辛い思いも表現できないまま、じっと耐え続けていると想像するだけで、心の科学は遅れている、未発達分野だと感じる。「愛」や「人の肌」以外に、薬は無いというのが、私の本音である。 それが、 宗教的な響きを持っても、 やもう得ない事である。事実、愛やスキンシップが、「心の傷PTSD」 には薬になる。

  その後、旅行に興味を持ちはじめたが、多分、旅行で自然の美に出会う事で、心の治療を行なっているのかもしれない。 さみしさや苦しさも、 旅行の中でかなりまぎらすことができる。 セラピーとしても「心の傷PTSD」には役立つ。問題は、旅行介助者が必要な事と、資金的なこと。 「自然は、 心を癒す」 薬であるというのも、障害者の旅行好きを見れば、明らかである。

  旅行に出られなくなった患者の事を考える。 ねたきりで80歳を超えた熟年者が 「手を握ってほしい」と言ったら、心を理解できる場合以外は、受け付けるのが無理であると思う。 カウンセラーは、 そのようなことをどこまで受け入れているのだろうか? スキンセラピーも、盛んになってきている。手にオイルをぬって、さすってあげる療法である。それなりに、効果はあるであろう。この場合も、男性は異性でも構わないが、 女性はいやがるであろう。これらの理由も、科学的に究明する必要がある。

  病院では、看護士たちが、朝、カーテンを開けて「おはよう」 と明るく声をかけ、 指先や髪をかるくスキンシップしていくだけで、1日中気分良くすごせる。こんな日常の中に、すでに 「心の傷PTSD」 治療は行なわれていた。

  「心の傷PTSD」の問題は、かなり各地で意識されてきた。それでも、実践は少なく、科学的なはっきりした結果報告は、さらに少ない。私の場合、個人的には「いまさら、聞かないでください」と答えたいところだが、健さんの「人生、 傷だらけよ…」が、 実際の多くの人の本音ではないだろうか?

 「貴方は強い心を持っているから、きっと耐えていけます。がんばってください」、これが、今までで一番適切な言葉であった。解決不可能な「心の病気」である以上、このような勇気づけの言葉を、 心が落ち込むたびに、かけてあげるしかない。21世紀に、だれもが心のショックを治療でき、 さびしさをやわらげられる 「心理学」 が生まれる事を期待している。

  蛇足だが、長年の経験で、遊び心が、障害者には必要と感じる。同じショックでも、遊び心を持っていると、深く傷つかなくて済む。「遊び心」も、実にあいまいな言葉で、持っているか否かを問うても、すぐに答えられる人はいない。しかし、それでも、遊ぶのが好きな人は、危機に強いと思う。





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