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              右端の数字は本誌のページ番号です。
【目次】
Walk Again 2006報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
川人光男/p 2、伊佐 正/p 3、宮井一郎/p 4
横井浩史/p 5、山海嘉之/p 6、討論/p 7
ICCP総会報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
脊損後の異常疼痛の緩和治療の前進を・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大阪大学・嗅粘膜移植の公開説明会報告・・・・・・・・・・・・・・・・・
リハビリ環境の改善・リハビリ講習会予告・・・・・・・・・・・・・・・・・・
在宅リハビリDVDの頒布について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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◆Walk Again 2006報告
 10月9日、第2回脊髄損傷者支援イベント“Walk Again 2006”を開催した。会場は汐風薫る横浜みなとみらい地区のランドマークホール。快晴のもと、全国から400人の方々が参加された。
 第1部では、脳科学による運動機能再建の可能性が報告され、学際的な<協同>の可能性を語り合った。第2部は、天性の歌声をもつ川嶋あいさんのライブコンサートで、癒しの時間を共有した。


協賛: 日本損害保険協会
後援: 脳を活かす研究会、日本脊髄障害医学会、
「運動器の10年」日本委員会、日本抗加齢医学会
文部科学省、厚生労働省

熱唱する川嶋あいさん

 冒頭に放映した、重度のマヒからの回復に挑戦し続けた米国の俳優クリストファー・リーブ氏の追悼ビデオは、改めて彼の大きな足跡を伝えるものであった。

 来賓挨拶で、日本脊髄障害医学会の井形高明理事長は、学会設立から40年を経た現在、脊髄再生医療がもう手中にあること、わが国の科学研究の国策に「脊髄再生」という大きなテーマが入れられたことは日本せきずい基金という研究の支援グループの存在が大きなきっかけとなった、と述べられた。さらに治験を開始する段階にきた現在、当事者・開発者・専門医の緊密な情報交換や意思疎通こそが再生医療の扉を開くことになると述べられた。
井形高明先生

 第1部「脳科学から運動機能再建へ;新しいアプローチ」は、今春、脳科学への社会的啓発と学際的研究の展開を目的に設立された「脳を活かす研究会」の協力を得て企画された。
 司会を快諾していただいたのは、先端医療やロボット工学への造詣が深い科学ジャーナリストの東嶋和子さん。東嶋さんは、日本の脳科学が目覚しく発展したおかげで、身体の失った機能を回復したり、再建したりという可能性が出てきたこと。コンピュータやロボットの研究、先端医療や細胞の研究、そうしたさまざまな研究が統合されて、私たちの機能をもっと活かそうとする方向へ進もうという「ワクワクするようなパラダイム〔科学的枠組〕が変わる瞬間」に私たちは立ち会っていると述べ、5人の先生方の報告と討論に入った〔次頁以降に紹介〕。
〔司会〕
東嶋和子さん

 川人先生は、脳科学とIT技術の融合が切り開く運動機能再建へのアプローチを示し、米国では5年程度で上腕の操作が可能であろうと述べられた。さらに脳神経科学がうつ病や薬物依存など現代社会のかかえる様々な心の問題の解明にも大きく寄与できる可能性を示して、その重要性を改めて強調された。
 伊佐先生は脊損サルの研究から、回復に果たす自然治癒力や本来持っている力を引き出すことの重要性を指摘された。
 宮井先生は脳科学の臨床応用の現況を報告し、集中的リハビリテーションの効果を指摘された。
 横井先生は、筋電位を読み取り随意にコップを握るロボットハンドを紹介し、さらに触覚センサーがいかに脳活動として現れるかを示された。
 山海先生は、ロボットスーツにとどまらない医療福祉との連携を現在進行形で示された。特に開発段階から当事者が関与することが、開発のスピードを上げる上で意味があり、また歓迎したいと述べておられた。

 ロビーでは写真展「視野~失ったもの・得たもの」のパネル展示と福祉機器・福祉用具の展示が行なわれた。
第3回脊髄損傷者支援イベントWalk Again2007は来年10月8日、本年と同じく横浜ランドマークホールにて開催予定です。ご期待下さい。



報告1.ブレイン・マシン・インターフェイスと
     脳を活かす研究会
川人 光男:国際電気通信基礎技術研究所
        “ATR”脳情報研究所長

 脳と脳の外を繋ぐ3種類のインターフェース
1) BMI〔ブレイン・マシン・インターフェイス〕:脳内に多数の電極を刺し入れ、脳内のニューロンの電気的な活動を記録し、そこからヒトがどんな運動をしたいと思っているのかを推定して、それを色々利用する。
2) BCI〔ブレイン・コンピュータ・インターフェイス〕:脳の表面から主に脳波、電位を記録し、これに信号処理とユーザーの訓練を組み合わせ、例えばコンピュータのカーソルを制御する。
3) BNI〔ブレイン・ネットワーク・インタフェース〕:私達の造語で、非侵襲の脳活動計測を複数組み合わせ、脳内の活動を時間と空間を高度の分解能で推定し、ユーザー訓練を大幅に低減し性能UPを目指す。

 BMI研究:サルからヒトへ デューク大学のミゲル・ニコレリスが、サルのBMIを世界で初めて成功させた。サルが左手でレバーを動かすと画面上のカーソルが動き、それが大きな円のところにくるとジュースがもらえるという訓練をした。この時に大脳皮質の第一次運動野から100個ほどのニューロンの活動を測り、このカーソルの動きを予測する。やがてサルは、手を動かさなくても脳活動だけで、カーソルを動かして餌を得ることが出来るようになった。これが2000年、6年ほど前に実現した脳科学・神経科学の成果です。
 アメリカでは2004年、頚髄C4レベルの脊損の患者の大脳皮質の運動野に100本ほどの電極を埋め込みました。その電極から得られた脳活動を比較的簡単な方法で信号処理をします。すると、この人の意思に基づいてカーソルを画面上で自由に動かすことで、テレビのチャンネルを変えたり、図形を描いたり、あるいは義手を動かしたりが可能になってきました。FDAの許可を得て、20人に実施予定で、すでに10人の慢性患者に実施したようです。これには、電極の性能劣化、脳への電極埋め込み手術の危険性、患者さんが使えるまでの訓練という3つの問題が残されています。

 非侵襲的な脳活動の計測 一方BCIとしては、ALSの患者の頭に表面電極を貼り付け、その電位を読み取り長文を書くことに成功した、という論文が約7年前にドイツで発表されました。また2年前にはニューヨーク保健局のウォルポーとマクファーランドが、思考によるコンピュータ操作の実験に成功しました。大脳皮質の運動野あたりの電極から脳波の成分を取り出し、それを使って被験者がカーソルをCRTの画面上で自由に動かすものです。2/3の方がある程度自由にカーソルを動かせたが、この場合も、数十日の訓練が必要なこと、全ての患者でうまくいくわけではないなどの問題があります。私たちは特に非侵襲の、脳を傷つけない方法で脳活動を取り出して、インターフェイスをさらに高性能化することを考えています。

 脳活動の情報を活かす 私達ATRの神谷之康研究員は本田技研の研究子会社と一緒に、脳活動をfMRI(機能的MRI) で非侵襲的に測り、訓練も全くなしにロボットハンドに「じゃんけんぽん」をさせることに成功しました。ただし実際に‘ぐー’と思った時から血流の変化まで約4秒の時間遅れがあり、どうしてもロボットの動きがヒトの動きに遅れてしまいます。この時間遅れの問題を解決するために、MEG(脳波計)とfMRIを組み合せ、MEGから時間情報、fMRIから空間情報を採るという研究も私達は行っています。
 BMI、BCI、BNIの技術には、①ユーザーの訓練・学習、②コンピュータのアルゴリズム〔処理手順〕自身の学習、③脳内の表現をそのまま上手く使ってあげる、という3つの重要な要素があります。fMRIで「じゃんけんぽん」は、ユーザー訓練は一切必要なく、学習アルゴリズムと脳表現を上手く使った方法なわけです。これにより、現在のインターフェイスよりずっと使いやすくて高性能なものが、苦労せずに使えるようになるだろう、と私達は考えています。

 日本のBMI研究の将来 日本には非侵襲型に強みがあり、システム神経科学は歴史的に非常に強い分野で、ロボット技術は多分世界一です。ただし、医工連携、あるいは医学部でも基礎と臨床の連携が、アメリカと比べるとまだまだです。「脳を活かす研究会」などで、この連携を育てる必要があると思います。
 NHKの番組で、立花隆さんに「日本の脳科学は基礎ばかりで応用が出来てない」と言われて、私は非常に不服でした。1つの理由は、BMIの研究予算が日本ではあまりに少ないことです。日本は今、BMIと名のつく研究費がここ最近でも5000万円程度しかなく、アメリカではDARPA〔国防総省の民間研究支援部門〕とNIHを合わせて毎年100億円前後のお金が、もう10年間に渡って注ぎこまれています。
 日本ではライフサイエンス研究関係が3500億円で、そのうち脳研究の競争的研究資金は1/35の100億円弱しかありません。ところがアメリカはライフサイエンス4兆円のうち実に9500億円、約1/4が脳科学につぎ込まれています。日本ではどういう理由か分からないのですが、とにかく脳科学とか、BMIなどの研究に対する公的な支援が非常に薄くなっております。
 こういう中にあっても私達は、「セントラル・パターン・ジェネレータ〔CPG〕」という、脳神経系にあることが分かっている神経振動子*を使って、ロボットを歩かせることに成功し、BMIと結び付けようとしています。サルに2足歩行させた時に大脳皮質運動野を中心に400個くらいのニューロンの情報をとってきて、その時の足の動きをほぼ再現したミゲル・ニコレリスの研究を先に紹介しました。そのニコレリスの研究室と私達は、サルの脳活動から我々の2足歩行ロボットをインターネットで繋いで両方を歩かせる、脳とロボットを繋ぐ共同研究を進めることになっています。

*注: CPGの神経回路内に見られるニューロン間の興奮・抑制メカニズムをモデル化したもの。
ヒューマノイドロボットDB



報告2.動物モデルを用いた
     脊髄損傷からの機能回復研究
伊佐 正:自然科学研究機構
      生理学研究所教授
      認知行動発達機構研究部門

 本日はサルを使った研究で、運動を制御する一番主要な回路である皮質脊髄路が脊髄レベルで損傷された場合に、手指の運動がどういった形で回復し、その過程で脳の中で本当に何が起きているのについて最近分かってきたことを紹介させて頂きます。

 動物モデル(サル)による研究 サルは他の下等な動物より手指が格段に器用であり、親指と人差し指を独自に使って、独立した動きをしながら細かいものを掴むことができます。しかし皮質脊髄路〔随意運動指令を伝達〕が損傷されると、まとめた手指で掴むことは可能ですが、指を一本一本動かす能力が失われてしまうとされてきました。
 ところが最近の我々の研究で、皮質脊髄路が脊髄の運動神経細胞に至る経路には、直接の経路の他に脇道があることが分かってきました。この皮質脊髄路は脊髄の側索を走っていますが、側索の半分以上を切って、脇道だけ残すことが実験的に可能です。脊髄損傷が部分的であった場合に、残った経路をいかに復活して機能が回復できるかを調べたわけです。

 ニホンザルによる実験の内容 サルは事前にイモのかけらを親指と人差し指でつまんで取るように訓練します。非常にすばやく器用に餌を取ります。それで先程のような手法で障害をつくりました。
 5匹のサルの回復過程ですが、サルによって多少違いますが、早いサルで1、2週間、遅いサルでも2ヶ月以内で指を一本一本動かすというパフォーマンスがほぼ100%回復してきます。要するに、直接の経路がなくなっても間接経路が何とか残っていることで、これは訓練によってある程度の機能回復が図れるということを意味していると思います。

 回復した側に起こる多くの脳活動 浜松ホトニクスさんと共同研究で、PET〔陽電子放射断層撮影〕を用いて血流測定をしました。手指で物をつまむ時の活動を調べましたが、3ヶ月以上たってかなり安定してきた時のサルの脳を上から見ると、左側の反対側の大脳皮質の運動野と感覚野とか頭頂葉に活動が見られます
 そこで実際に、いつの時期に脳のどの場所の活動が増えていたかを調べてみました。頚髄C4、C5のレベルで損傷すると、全例においてだいたい数週間から2ヶ月程度で回復が見られたこと。その場合、回復初期は両側の一次運動野の活動が増加し、回復の後期には反対側の一次運動野の活動領域の増大と共に、両側の運動前野で活動の増大が見られたことが分かりました。つまり回復の時期に依存して脳のそれまで使われていた以外の様々な部位が使われてくることが分かったわけです。

 脳活動増加と機能回復 因果関係を確かめるために、ムシモールという脳活動を一時的にブロックする薬を局所に注入し、脳活動の増えた場所の活動を落とした時にどうなるか、を調べてみました。サルの脳で、どの場所が指や手、顔を動かす場所かを調べた上で薬を注入します。
 回復初期においては、反対側の一次運動野は重要な役割を果します。回復安定期にその効果があまり見られないことは、より広い領域を使うようになったためではないかと考えています。また回復初期には同側の一次運動野も重要な役割を果し、より安定期には同側の運動前野、あとは個体差はありますが反対側の運動野も実際に使われて運動に寄与していることが分かります。また回復には切断が脊髄のどの高位(レベル)かもやはり大事であるということです。つまり、より高位であるC1-C2レベルで起きた場合には器用な手指の運動は回復しにくくなります。
 このように、脊髄損傷からの回復過程は必ずしも脊髄レベルだけで起こるわけではなく、残ったシステムを何とか作るためにいろいろな上位中枢が頑張っていることが分かってきました。その時に実際に脳内にどのような変化が起きているのか、脳の可塑性が本当に起きているのかを調べてみました。
 可塑性の1つのマーカーであるGAP43〔神経成長マーカー〕というタンパクの遺伝子の発現を、サルで調べてみました。その結果、やはり同側の運動前野より反対側の運動前野で遺伝子の発現が多くなっています。このことは実際にこれらの場所で神経細胞が非常に活発に突起を伸長していることを示しています。
 回復初期には、とにかく使える物は使って動かすことは非常に大事なわけですが、多分同側の運動野をそのまま使い続けることには何か支障があるのでしょう。そこで、その後可塑性的な変化が脳の中に起きて、そもそもより使いやすい経路であった反対側の運動野、ないしはその延長としての運動前野あたりを使ってゆく経路が最終的にはより強化されるようになるのではないかと考えられます。

 神経系の自然治癒力 これまで神経系の自然治癒能力についてはかなり過小評価されてきたように思います。今回の実験結果は、残存する回路が存在している場合には、どの経路がどの位残存しているか、切断がどの高位で起きているかによる違いがありますが、訓練によってある程度の機能回復が期待できることを示しています。 
 このような自然治癒力を十分に発揮させるためには、リハビリテーション訓練を行うと共に、回復を阻んでいるいろいろな因子に目を向ける、そういったものを緩和する総合的なケアが必要であると思います。
 少なくとも神経系に限局している場合には、残ったシステムにはかなり代償能力がある。私の研究では、その部分が1つ明らかになってきたわけです。ただそれだけでは必ずしも脊髄損傷の患者さんの現状全部がそのとおりになっている訳ではありませんので、こういった様々な観点からの治療も合わせていくことが、今後は必要であると考えております。



報告3.神経リハビリテーションで
     脳は変わる:fNIRS研究を中心に
宮井 一郎:森之宮病院院長代理
        神経リハビリテーション
        研究部長〔大阪市城東区〕

 NIRS〔ニルス〕とは「近赤外線による光イメージング法」です。赤外線の一種の近赤外線を脳に当てますと、酸素を運ぶ役割をしている酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモゴロビンに吸収されます。その変化を捉えて脳の活動を見るものです。これはMRIやPETと違い体を横にする必要がなく、光ファイバーを頭に固定すれば歩いたり走ったり、リハビリテーションをしながら脳活動を測ることが出来ます。
光イメージング装置による
トレッドミル歩行時の脳賦活測定

 運動麻痺から回復時の脳の変化 脳卒中後に運動野からの経路が遮断されると、機能回復と同時に「脳の機能的再構成」が起こり新たな神経回路が形成されることが最近分かってきました。その中で強調したいことは、それは使用に依存していることです。つまり新たな神経回路が形成されるには、何らかの形で麻痺した手足を使っていく必要があるということです。
 ヒトの手の運動時の脳活動をPETで撮影すると、左手を動かした時に右の運動野付近が活動することがわかります。健常なサルの実験から、運動機能を獲得すると一次運動野の手の領域が拡大したしたことが分かりました。リハビリテーションによって神経レベルで脳が変わることがわずか10年前に証明されたのです。この実験をしたカンザス大学のランディ・ヌードなど4人で、こうした内容を『脳から見たリハビリテーション』(講談社ブルーバックス)にまとめました。
 ここでもう一つ大事なことは、簡単に出来ることを繰り返しても残念ながら脳の地図は変化しないこと。つまり段階的に、出来ることから難かしいことへ、という練習の移行が大事であるということです。

 手を動かすリハビリ 先程のサルの餌を取る訓練を人に応用したのが「CIセラピー」〔強制使用療法〕です。右麻痺では、左側の使えるほうの手をミットで拘束して、右手を使わざるをえない環境を作るわけです。それを段階的使用(シェーピング)で進めていきますと、発症後1年たった患者さんでも良くなった例が得られました。
 では、動かせない時にはどうするか。他動的に動かす場合は、脳は活動しますが活動の仕方は少ない、と言われています。また運動を想像しても脳は働きます。鏡で脳を騙すという方法もあります。右脳の病変で左手を動かしにくいある患者さんが、よく動く右手を鏡を見ながら動かすと、なんと動かしていない左手のほうを支配する感覚運動野から頭頂葉にかけて働く。脳は左手が動いていると錯覚しているわけです。また左の運動前野には「ミラーニューロン」と呼ばれる、人の行動を真似したり見たりする時に働く場所があると言われてます。この方の場合、その部分と実際動いていない左手を動かす右の感覚運動野の部分が働いたわけです。

 歩行運動と脳活動 歩行が手の場合と違うのは、階層性をもって運動が支配されていることです。特に歩行の開始や環境の変化に対しては、大脳が非常に大きな役割を果しますが、自動的な歩行運動では、大脳よりむしろその下の脊髄レベルの関与が大きい。
 脊髄の完全損傷の患者さんが足を動かそうとすると、脳の足の動かす部分が働いています。さらに、もっと積極的に足を動かすぞ、と努力するほうが活動が増えるということもわかってきました。脳とコンピュータや機械を繋ぐことは、共に<脳が手足を動かすための信号を出せる>ことが前提です。一次運動野に手を動かす神経が集まっていて、BMIではその部分に電極を持っていくわけで、その部分を鍛えておくことは非常に大事なことです。

 脊髄へのアプローチ・免荷とスピード 従来から、体重を免荷して支えまして、トレッドミルの上での練習が行なわれてきました。最近はロコマット等の訓練ロボットも出来ています。これは脊髄損傷や脳卒中、脳性麻痺やパーキンソン病などにも最近は使われています。この場合、体重を免荷した時としない時を脳卒中の患者で比べると、免荷したほうがよりオートマティックに足が出るようになり、むしろ大脳の活動が減ることが分かりました。
 次にスピードですが、なかなか面白い側面があります。小脳に病変のある若い患者さんの下腿の筋電図をみると、速く歩くとただスピードを上げるだけで綺麗な発火パターンが出てきます。90秒くらい歩くと、初めあった活動が途中からだんだん減ってきます。特に時速9km、12kmとなるとベースラインまで下がってくる。ということは、その活動のコントロールが、おそらく大脳皮質から脊髄をはじめとしたより自動的な歩行運動を司る回路部分に活動の中心が移るからであろう。これは一昔前のScience論文でいう“Teaching Spinal Cord”、つまり「脊髄に歩くことを教える」ということに繋がっているだろうということになります[1998年1月号、基金HPに掲載]。

 まとめ 運動麻痺は運動神経の損傷によって起きますが、脳は場所によって機能が違いますので、その起こり方や損傷サイズによって症状が違うという話をしました。そして運動麻痺から回復する時、脳の機能的再構成が起こること。回復をさらに促進するには、やはり使っていくこと。その使い方にもシェービングという段階的な使用が大事ですよ、とお話をしました。
 それから4つめが、歩いている時の脳の活動です。大脳が歩行の環境に合わせた調整を司っていること。歩行機能が回復すると脳や脊髄に関しても再構成が起こってくる、という希望的な兆候も分かって来ました。



報告4.個性適応型筋電義手利用後の
     一次体性感覚運動野の変化
横井 浩史:東京大学大学院工学研究科
        助教授 認知発達機械研究室

 「人‐機械相互適応系」 学習機能を搭載した機械のほうが人間の特性を理解しようとするものが「人‐機械相互適応系」と呼ばれる新しい概念です。機械が情報処理的に学習してくれる能力を持っているのですが、これがぶつかることがあり、人間が学習に行き、機械も学習します。両方が上手くコラボレーションすることが必要です。
 さて、今回は“非侵襲”ということで、筋肉の活動を外から身体の表面から取り出します。筋肉の運動は、脳・脊髄からの運動ニューロンの信号を介して、筋肉の表面で「筋放電」という電位を発生します。この筋放電はある運動電位として出てきます。これを特殊なセンサーで取り出すと、その時の人間が意図した動作が筋放電を計測することで取ることが出来ます。
 
 個性適応型義手の実用化 NHK―TVで紹介された患者さんは手首の部分での欠損で、各筋肉をすべて手首の骨に固着させる処方がなされていました。筋肉をねじることで発生させた力を外側の筋電位センサーで取ることが出来ます。残念ながら5本の指が動いているのではなく、人差し指と中指、薬指と小指がワンセットで、親指も含め3本の指が動いている形です。手首等の運動もあり全部で10個のパターンで動けるようになっています。指先で上手く物を掴むことは日常生活に当然必要な動きですが、技術的にレベルが高過ぎて、残念ながらまだ出来ていません。
 過去の機械と比較すると、ロボットハンドは非常に沢山の指があり、複雑なものになっています。また全てのアクチュエーター〔作動装置〕が腕のところに納められ、実際に人間が動かせるようになりました。
 実際に使えて人間がそれに適応できる。そして機械の情報処理の中に個性適応型の情報処理が入って人間のことを理解してくれる。となった途端に、これが機械ではなくて身体の一部になってくるわけです。
 過去の義手の筋電位システムでは、ただ握ったり開いたりだけをするのに1ヶ月ものトレーニングを必要としました。ところが、今回のこのシステムでは1分で可能です。この被験者は、当初は廻内、廻外、握って、開いて、という4パターンだけしか出せませんでした。これは大型の筋肉が適当に動いている状態です。60歳近い方ですが今現在は10パターンのほとんど全部をすばらしいレベルで実現することが出来ます。
 この情報処理は非常に簡単なシステムで、筋電位のパターンを周波数のパターンに焼き直して「情報処理ニューラルネットワーク」という20年ほど前の情報処理システムを使い、ロボットハンドの動きに直します。我々が新しくやったことは、ニューラルネットワークに学習させるときにどんなデータを学習させたらよいか、どんな筋電パターンを覚えさせたらよいかをいろいろな方法でやってきたことです。

 触覚フィードバックと脳内変化 触られているのがどこかを全部分かるシステムを組み込みました。指先を触られた力に対して電圧レベルが変わるシステムです。下肢マヒの患者さんでも触覚フィードバックの実験をしています。触覚フィードバックを備えたロボットハンドにより、自分が握った感覚と、自分の意思で手を握りたいという信号がコンピュータで自動処理されて、手の運動が実現されています。
 この患者さんは右手切断ですが、その脳内変化をfMRIで見てみました。電気刺激を左手に返すと触覚刺激は脳の反対側に出てきますが、刺激に対して「ミラーリング」が起こり、右側にもやはり信号が出てきます。それから、筋電義手を使いながら電気刺激を入れますと、あるべき場所に信号が出てこないで、自分が主体的・能動的に握ったほうに信号が触覚刺激で返ってきます。脳はこれほど柔らかいんですね。
 握った状態で手首を回すことが出来るようにトレーニングしました。右側を握った時には脳の左側に出てくる脳の領域は最初はとても小さい。ところが3ヶ月間でとても大きくなります。この現象を昔は「適応」とか「脳の可塑性」と呼んでいたようです。
 ところが触覚フィードバックを入れて3ヵ月後、脳の領域はずっと小さくなります。これは恐らく、本当に使い易いセッティングで完全にそれに慣れた場合には、脳はほとんど働かなくても触覚刺激で返ってくるので、目で見る必要もない。脳の運動野と感覚野もかなり出力を下げている状態、すなわちこういう形の適応が起こったと理解することができます。

 今後の展開 研究の難易度を3つのレベルに分けてみました。まず今の義手研究に関しては、個性適応の情報処理を掛けることで、随意的に動きます。その人がこう考えたらそれを工学システムが理解してくれればいいので、わりと簡単なレベルです。
 次に、その時に脳がどう活動し、本当に脳がその工学システムが良いと考えているかどうか、それは分かりません。これを研究すること。
 脊髄を損傷しても反射系が脊髄反射のレベルで一杯残っており、これが外から機械やロボットでアシストしようとすると邪魔をします。ぐっと力を掛けようとすると踏ん張ったり足が跳ね上がったりとかします。これが、今の下肢麻痺の患者さんに一番難しいところです。ただし、救いは再現性があることです。同じことが何度も起こるので、これを上手く利用して反射系の再組織化をさらに進行させていくこと。さらに脳と同期して信号を与えることにより、脊髄の結線をもう少し強化していく、または別のルートを開拓していこうという方針が取れるのではないかと思います。

筋電義手(左)と触覚センサー(右)



報告5.人体密着型ロボットスーツHAL
山海 嘉之:筑波大学大学院
        システム情報工学科教授

 医療福祉分野への展開 開発したものをいかに商品化するかを考えているうちに、ロボットスーツHAL〔ハル〕がとうとう今年の「グッドデザイン賞」金賞をこの10月に受賞することになりました。自分の専門分野でないところでの受賞は、少し嬉しかったです。
 このロボットスーツには、例えば大きな力を出しながらの重作業支援とかエンターテイメントとかいろいろな用途がありますが、私が特に力を入れているのが医療福祉の世界です。特に神経難病の分野でチャレンジをしております。最近は精神神経難病の研究で、厚生労働省の特定疾患研究ではQOLの向上に関する研究班に関わっています。
 また、脊髄神経の再生医療の分野でもご一緒にチャレンジさせていただける段階に入っています。
 私の研究は、人間と機械と情報系を1つの分野として捉えている。そうした分野を作るためにどうしたらよいかを大学でずっと研究して来ています。やっと最近になって成果が出始めていて、それを世の中にちゃんと投げていくには、法律とか経営とかを含めてやっていく必要があり、先ほど述べましたようないろいろなチームを組んでやっています。 
 私が言いたいのは、神経だけではなく全身系もみておく必要があること、使える体の機能はどんどん使っていくことがかなり重要だということです。いろいろな症状の患者さんがある中で、新たに脳の活動を見ていくことは、総合的に攻めていく必要があります。

 ロボットスーツの開発から販売へ このロボットスーツでは、人間の神経信号がちゃんと筋肉を動かしています。そういう部分を活用しながらロボット全体が動いていきます。こういう方法とロボットの自律的な機能の2つが混在したものとがあります。原理的には「体を動かしたいなあ」と思う信号が最終的に筋骨格系を動かしてくれるわけです。そこで発生する非常に微弱な生体電子信号を活用しロボットを動かすわけです。信号をうまく処理していくと非常に素早い動きをとることができ、ロボットが人間よりちょっと早く動いてやることを実現してあげなければなりません。
 また、長い間体を動かしていなかった方が、突然いろいろな動きをすぐにはできないので、ロボット的な動きを機能的に組み込み、混在しながら制御するというのがロボットスーツの1つの売りになっています。
 ハビリテーションに使う場合、ロボットがただ単に動くだけでは、人間の動かしたいという意思がなかなか反映されません。体のどこかを多少動かすことが出来る場合、それを活用しつつ体を動かしていくことに慣れていくことも出来ます。車いすとのコンビネーションにもチャレンジしています。介護動作の支援でも活用したいと思います。
 現状では、この10月から病院へ1台、また次の1台という形で納品される段階になっています。こういうものを基盤技術として作り、いろいろな方に提供しながらブラシュアップしていきたいと考えております。

 当事者との連携が重要 大切なのは実用化に向けた研究体制です。「産官学民」の連携の中でも、「民」が基礎研究の段階でいろいろな意見を出すことがとても大切です。 
 生後11ヶ月でポリオになった46歳の方は、足は体を持ち上げてもらうとプラプラするような弱い力で、自分ではほとんど動かせません。最初はロボットが動くところまで行きませんでしたが、だんだん慣れてくると、使い始めて10分もしないうちに自分が思うところで止めることができるようになりました。 
 上腕の部分がきれいにまとめてできあがってきていますが、ハンドの部分は非常に機構的に難しい点があります。先ほどの横井先生の報告のように非常に精密な世界で、そういうものを活用させていただきたいと思いながら、ここの手の部分は開けてあります。
 アームの部分はできており、これでいろいろなことができます。インターフェースは何でもいいんですが、これは音声です。「スプーン」とか「食べる」と言うと、これをもって口に運んでいきます。
 22年前に交通事故に遭い脊髄損傷になった方は、スイスアルプスの登山を強く望んでいました。そのために開発した新しいロボットスーツは、設計仕様では300kgまで持ち上げられます。これで「山海先生―!」なんて、とても喜んでいただいて、とても素晴しかったのですが、ここのときに「それまではああしんどかったな」と。結局途中で下山になったのですが、その方と同じ重量の荷物を背負っていただき4時間以上登って、いろいろな研究成果が得られました。
 現在、ヨーロッパ展開ということで、オランダとかで対応するために色々話を進めています。ヨーロッパのブランチを今年立ち上げて、ヨーロッパの進んだいくつかの福祉制度ともすり合わせながら、国内でも進めていきたいと思っています。2007年の4月ころに北米でも準備しようと思っています。
 実は、このように並行して進めていくことが重要で、研究開発のスピードも大分早まってきています。現状は、とうとうここまできました。こういうものを動かすための力を発生させるユニットも、どんどん小型化していかなければいけません。
 2004年に1.6kgだったものがとうとう今は600gになって、今後もっと軽量化していきたいと思います。世界遺産に脊髄損傷で車いすの方がロボット・スーツで入っていければ、また別の意味のQOLの向上になるのではないかと思います。
 現在、ヨーロッパ展開ということで、オランダとかで対応するために色々話を進めています。ヨーロッパのブランチを今年立ち上げて、ヨーロッパの進んだいくつかの福祉制度ともすり合わせながら、国内でも進めていきたいと思っています。2007年の4月ころに北米でも準備しようと思っています。
 実は、このように並行して進めていくことが重要で、研究開発のスピードも大分早まってきています。現状は、とうとうここまできました。こういうものを動かすための力を発生させるユニットも、どんどん小型化していかなければいけません。
 2004年に1.6kgだったものがとうとう今は600gになって、今後もっと軽量化していきたいと思います。世界遺産に脊髄損傷で車いすの方がロボット・スーツで入っていければ、また別の意味のQOLの向上になるのではないかと思います。

ロボットスーツHAL-5



Walk Again 2006
第1部 パネルディスカッション

 司会の東嶋和子さんが、それぞれの研究が実用化にいたる時期や課題について、また医工連携にとどまらないコラボレーションの可能性について問題提起し、パネリストの方々からさらに発言していただいた。

 川人先生
  運動機能の再建を、画面上のカーソルを動かしてボタンをクリックするという機能だけに限定すれば、「BCI 2000」というシステムは米国で製品化されています。本当に上腕が3次元的に自由に動けるようにすることは、アメリカでは5年ほどで可能かもしれません。一番難しいのは歩行再建です。非侵襲的にパワースーツを体の外につけ完全切断の患者さんがあと10年間で歩けるようになることは不可能ではないでしょう。
  fNIRSとEEGを組み合わせ、時間と空間を高度の精度で読み取り、簡単なモーターで手足をパワーアシストする。これを再生医療と組み合わせることでリハビリ効率が非常にアップする可能性があります。
  日本の脳研究の予算がなぜ極端に少ないのか、こちらこそ聞きたいというのが本音です。これが、BMIとか脊髄損傷、脳卒中などの問題に対応する施策の根本的な遅れにつながることを危惧しています。また何らかのハンディを負ったときに、我々はこれを回復することにもっとずっと貪欲になってもいいのではないか。 

 伊佐先生
  基本的には治療とか装具とかは、本来その患者が持っている力をいかに助けて強化するか、部分的な損傷であれば残ったシステムをいかにモチベーションを高めて学習して治すかということです。BMIにしても、全く本人の努力なしに動かせるものではない。やはり限られた情報を抽出しそれをうまく使えるように本人が学習していくプロセスが重要です。機械に合わせて学習して自分の脳を変えていく、というプロセスがとても大事だと思います。機能回復には、基本的にはまだ残されている自分が持っている力を何らかの力で助けていくことが、重要なコンセプトだと思います。

 宮井先生
  リハビリにはモチベーションが重要ですね。端的な例では、嚥下障害で何も食べることのできない患者さんに特上の大トロを持っていくと、いとも簡単にするっと飲み込んでしまいます。回復への回路を回す力は外因的にもかなりあることが分かります。
  今後非常に有望な方法が臨床現場に入ってくることを考えると、まず2次障害を起こさないことが結構だいじな問題です。拘縮や廃用症候群とか、例え筋肉が動いても関節が固まってしまってはそのテクノロジーを使えません。もう1つは、脳と繋ぐインターフェースを機能させるには、やはり頭を柔らかくしておくこと、自分の中の学習や運動のイメージを形成するようなトレーニングをすることが大事でしょう。
  回復促進のプロジェクトで欠けているのは、どれだけ集中的リハビリテーションを並行して行うかです。治験や新しい医療を始める上では、ぜひ1日3時間~5時間のリハビリテーションを行ってほしい。

 横井先生 
  バーチャルリアリティのゲームをリハビリに応用することは十分ありうることだと思います。ただ人間の適応は早いので、3ヶ月もすれば飽きるのではないでしょうか。それは電気刺激にも共通する部分で、できるだけ飽きたり慣れたりしないシステム構成を考えなければなりません。
  筋電義手の習得には、患者さんは切断してから4、5年ほど、全く何もしないで状態で始めましたので、4パターンは1日でできましたが10パターンの習得には2ヶ月ほどかかりました。 
  実用化において、私の分野では情報処理機器の開発がかなり大きなネックになってくると思います。大脳の運動野全体ではおよそ2000のパターンを処理しなければなりません。ところが現在使っているものは1ギガヘルツで100パターンを扱うのが精一杯です。単純計算で20倍の速度が必要です。そう考えてしまうと昔の人工知能研究のワナに落ちてしまいます。そこで大きくパラダイムシフトして、人間の情報処理はもっと柔らかいはずだ、と考えていかなければなりません。

 山海先生
  今日、この5人が顔を合わせたのはほとんど奇跡的なことだと思います。こういうものを進めていくには総合力で攻めていくことが重要で、コラボレーションをかなり期待できるのではないかと思います。
  ロボットスーツで10年くらいで歩行という宿題が川人先生から出ましたが、7掛くらいのスピードでやりたい。〔理事長の大濱から「3年でお願いしたい」と言われて〕――分かりました、3年という宿題を頂戴して頑張りたいと思います。
  ロボット技術だけに頼るのではなく、臨床研究による脊髄再生にチャレンジしていただいた後、今度は私どものフィールドにポンと飛んで治療効果を高めていくことを考えていきたい。  〔文責:基金事務局〕



ICCP総会報告

 10月15日に米国アトランタで、各国の脊髄再生研究ファンドからなるICCPの総会が開催され、基金役員も参加した。各団体の活動報告の後、「脊髄再生に関するICCP臨床研究ガイドライン」及び今後実施予定のプロジェクトについて提案があった。このガイドラインについては「Spinal Cord」誌に受理され、来年夏までに掲載の見込みである。 
 脊髄再生の臨床試験に関する当事者向け解説冊子については草稿を完成済で、今後細部を検討のうえ最終版を完成させ、ICCP加盟団体に配布する予定である。
 今後のプロジェクトは、(1)不全麻痺の回復を評価する新たな評価基準の開発、(2)外部専門家と共同のガイドラインの更新(術後リハビリプログラムなど)である。これらの所用期間は2年程度で、計6回程度の会議を開催する必要があり、そのための費用負担(10万ドル程度)も含め、各団体で検討することになった。



〔投稿〕
脊髄損傷後の異常疼痛の緩和治療前進のために

 脊髄損傷において、知覚機能麻痺は自明のこととされ、知覚異常や痛みはなかなか理解されてこなかった。近年では、この知覚異常や異常疼痛に焦点を当てた研究も増えつつある。
 2003~2004年の日本せきずい基金の調査プロジェクト「脊髄損傷後の異常疼痛に関する実態調査」でも、回答者の75%以上が何らかの痛みに悩まされ、26%;1/4以上が厳しい痛みで生活に支障を来たしていた。ほとんど痛みがない、という回答は20%弱に留まった。
 痛みに慣れ、痛みを飼い慣らしつつ元気に社会参加できている脊損者がいる一方で、痛みを理解されずに悩み治療法を求め続ける脊損者も多い。また有効な疼痛緩和法がなかなか見いだせない事実も再確認せざるを得なかった。我慢や工夫で乗り切れる場合もあるが、しのぎきれない場合もある。この事実は社会的にも、当事者の中においてさえ、十分認知されているとは言えず、医療的対応の遅れも否めない。
 そこで、この痛みを広く知ってもらい、医療に対しても問題提起となることを願って出版の企画を模索し、幸いにも実現の運びとなった(『痛みと麻痺を生きる』日本評論社)。本書の概要は以下の通り。
第Ⅰ章: 脊椎・脊髄の仕組みと脊髄損傷について、知覚伝導、痛みに主眼をおいた、大まかな解説。
第Ⅱ章: 痛みを抱えて生きる人の事例集。様々なタイプの脊損者をカバーできるよう12例を紹介。
第Ⅲ章: 難治の慢性痛や脊髄損傷後痛のメカニズムと治療法に関する研究の歴史を大まかに振り返り、現在おこなわれている様々な疼痛緩和法の背景を探る。
第Ⅳ章: 脊損痛とどう向きあい解決していくか、医療サイドと患者サイドへの問題提起。

 緩和治療法は、脊損痛への適応としては確立したものは極めて限られており、予定した章は断念した。
本書で模索したことは、第三者によく理解されないこの痛みを、われわれ自身どのように理解し、どのように向きあっていくか、である。当事者自身のさまざまな痛みとの向きあい方を伝え(痛いけれど皆冷静だ)、今後に一つの提案、または望みを伝えたい。 
 脊髄損傷者が抱える痛みはさまざまな痛みのタイプの複合である。その発症メカニズムや相互関連は未解明の点が多い。そのため、治療にはあらゆるタイプの痛みへの対応薬や治療法が無秩序に試される傾向がある。幸運な治療効果を得られることも、リスクもある。
 今後、このような痛みとじっくり向きあっていくうえで、以下のことが整備されることを望みたい。
(1) 在宅脊髄損傷者の痛みへの疼痛緩和治療法適用のガイドライン:従来、脊損痛に対して、急性痛、慢性痛、あるいは癌疼痛に適用されるあらゆる治療法が、痛みのタイプや、病態、疾患としての特色を考慮することなく施術される傾向があった。機序が明らかでないにせよ、既に判明している範囲での適用の妥当性がまず検討されねばならない。痛みのタイプに対応しつつ、侵襲性が少なく低コストの治療法からスタートする「治療の段階的手順〔アルゴリズム〕」を検討すべきだろう。在宅の個々の脊損者の疾患状態に適した系統的、継続的フォローの条件整備と適用指針。薬剤の場合、投与上限、副作用管理、止め方なども含めて。
(2) 痛みの自己管理サポートシステム:患者は治療法がないとき、また治療法を見出すまで、「我慢できる痛み」へ自己管理せざるを得ない。そのための適切な鎮痛法、睡眠薬、または忘痛法、リラクセーション、生活リズムの再検討などが必要となるかもしれない。
 欧米では「痛み治療センター」があり、カウンセラーがいる。また、慢性痛に関する当事者参加のサポートグループもある。脊損痛のような厳しい痛みの自己管理には納得できる情報が必要となる。そのニーズに応じたシステムを作れないか。
(3) ニューロパシー痛の解明と治療法開発:脊髄疾患に伴う特有のそして最も厳しい痛みはニューロパシー痛である。その機序の解明が進むことを願う。

 これらの総合的な対応を可能とするためには、例えば、脊髄疾患の急性期から慢性期まで一貫して病態と治療を把握し得る「総合脊髄医療センター」のような研究医療機関の存在が必要ではないだろうか。
 同じ脊損者でも痛みに苦しむ者とそうでない者がいる。その違いの徹底的な比較のなかに脊損痛の発生と予防のヒントがないか。異常疼痛は受傷後半年~1年の間に発症するケースが多い。急性期からリハビリ期、在宅への移行期に慢性期まで持ち越さずに済んだ痛みはなかったか。
 また、受傷後数年以上経過してからニューロパシー痛が発症するケースもある。受傷時が高齢のほど痛みが発生する傾向があり、また加齢とともにニューロパシー痛が増悪するケースが多い。患者が緩和治療を求め出すのは慢性期に入ってからである。ニューロパシー痛の発生の機序は? 耐えられないほど厳しいケースとそうでないケースの相違は? 増悪を予防することは可能か? 脊髄由来のものと他の末梢性ニューロパシー痛の相違は? 
 脊損医療と疼痛治療の専門家の連携により、急性期から慢性期までの一貫した脊髄疾患医療の一環として脊損痛を学際的に研究治療できる仕組みが望まれる。痛みの問題はいずれ再生医療でも問題になろう。特に慢性期の場合には。広い視野で細部を見つめておきたい。
 2004年の調査以降、国際的には、脊損痛緩和治療の道を開くわずかな前進がみられる。中枢性ニューロパシー痛、脊損痛に対応する幾つかの薬剤の臨床試験が始まったこと、脊損痛に対する治療の段階的手順の試案が提案されだしたことである。その行方を見守りたい。 

 本書『痛みと麻痺を生きる』の内容について、当事者からこれまでに次のような意見が寄せられた。
  ①この本元気でないよ。気が滅入る。益々痛くなる。
  ②自分の痛みとこれまでの経過がこれで分かって貰える。 
  ③当事者自身の言葉は重い。
の三点に集約されるかもしれない。おそらくこれはどれも当たっている。これからの出発点であろう。痛い話は書く方も読む方もますます痛くなる。しかし逃げては前に進めない。脊損の一つの重要な症状である。   [阿部由紀]



〔臨床研究〕
自家嗅粘膜移植に関する公開説明会

 慢性期の脊髄損傷者の鼻粘膜を損傷部位に移植し、運動機能回復を試みる臨床試験を計画している大阪大学脳神経外科(吉峰俊樹教授)による公開説明会が、11月26日に開催された。会場の大阪市立舞洲障害者スポーツセンターには全国から80人近い参加者があり、この治験に関する関心の高さを示すものとなった。〔文責:基金事務局〕

 今回の治験の基本的位置づけ(吉峰俊樹教授)
移植効果は充分とはいえない。
副作用の解明も完全とはいえない。治療ではな
く臨床研究の段階である。
脊髄がもと通りに再生されるわけではない。
脊髄機能が一部回復するが、完全ではない。

嗅粘膜移植移植後のラットの脊髄

 研究計画の概要(岩月幸一助手)〔基金HPも参照を〕 
対 象 者: 受傷後6ヶ月以上、両下肢の完全運動麻痺、脊髄のギャップがMRIで3cm以下、7~40歳以下、その他心身に基本的な問題がないこと。
約5年間で40人に実施予定。
手   術: 椎弓切除し損傷脊髄を開き、顕微鏡下で瘢痕を除去し患者の嗅粘膜を1.5mm角に刻み移植する。
実施は早くても来年4月以降になる。
副 作 用: 海外でこの夏までに127例実施されたうち、髄液貯留11例を含め約21例。
重度のものなし。
エリル注S: 神経線維の伸張を阻害するロー・キナーゼを抑制する作用があり、移植効果を高めることを狙う阪大独自の手法。5例目以降、適格の成人のみに使用していく予定。
従来、くも膜下出血に処方されてきた。

 術後リハビリテーション(大沢傑・大阪労災リハ科部長)
 術後に関節可動域訓練から開始し、筋力増強のリハビリは1ヶ月に開始予定。重力を除いた状態で全ての筋肉(上下肢、体幹)に対して実施。
 機器を用いた訓練も行う。1日の訓練は相当長時間になる。プール、電気刺激による筋収縮も実施。損傷レベル、筋肉の状態に応じた訓練を実施。歩行訓練は可能な施設では吊り下げ式トレッドミルも使う。
 五輪を目指す運動選手のように毎日トレーニングする。
リハビリ中には、足の負荷による骨折、エコノミー症候群(肺血栓)、膀胱括約筋協調不全、痙縮の増大、筋肉痛などの可能性がある。深部感覚の回復があった例が報告されている。

 未来医療センターの役割(看護師・飯田 妙)
 大阪大学医学部付属病院の一部門として2003年4月に開設され、臨床研究を支援している。特に基礎研究から臨床研究への橋渡しとなるトランスレーショナルリサーチ、医師主導の臨床試験を支援している。
審査は医学倫理委員会と審査評価委員会とで行われ、本研究はこれらの審査を経て実施となった。
 この治療法はまだ効果が明らかでなく、厳しいリハビリも必要で、臨床試験に参加する患者に対して研究を説明する際の補助、スケジュール管理、精神的支援などを行う。
 本研究は副作用などの発生の可能性もあるが、特別な保障制度はない。通常医師主導の臨床試験には特別な保障制度はないが、万一そのような事態が起きた場合には最善の治療を実施する。
 費用について、特別な費用の請求はなく、通常の入院や手術と大きく変わらない費用負担となる予定。

 質疑応答(司会 科学ジャーナリスト・東嶋和子ら)
 適応患者:収縮時血圧90以下だとエリル使用を再検討する。患者の損傷レベルは、瘢痕切除の際に上肢機能にかかわる部位の切除には踏み込めないので、今回は完全下肢の運動麻痺の患者を対象とする。上肢機能の回復は期待できない。どのレベルでどの程度の回復があるかは、海外のデータを解析中。

 瘢痕切除の影響:切除による残存機能への悪影響は一旦でる可能性はあるが、患者の目に見える悪化は下肢に関しては少ないと考えられる。瘢痕組織の除去のみで効果は期待しにくい。再生医療とは細胞、足場と因子の三点セットが必要である。
 瘢痕組織の除去は、ある意味で新しい脊髄損傷を作っているともいえる。髄膜炎が起きた場合には、術前より悪化する可能性もある。

 リハビリテーション:少なくとも2年間継続しないと、効果が判定しにくい。保険診療による180日の上限問題に関しては、大阪の2施設については自己負担なしで実施。地域によっては上限として費用負担が生じることも考えられる。一般的なリハビリは介助者がその方法を覚えるのにそれほど困難はない。

 嗅粘膜移植の効果:作用している細胞は神経鞘細胞か基底細胞と考えられる。今回は純化された細胞ではなく組織移植となるが、その複合的な効果を期待している。組織移植により神経鞘細胞が活躍できる場を与えていると考えている。
 移植により神経がランダムに繋がる可能性はある。それを是正するのがリハビリテーションと考えている。

 〔付記〕 
 9月28日に基金役員に対して行われた第2回目の懇談会では、臨床研究の実施までに海外でこれまでに実施された事例の治療効果をまとめるというお話であった。今後とも、情報の公開とさらなる公開説明会の開催を要望したい。



〔リハビリ研修会〕
リハビリ環境の改善

 2006年10月27日(金)~29日(日)、在宅リハビリサポートの会「レッツ」のリハビリ研修会が神奈川リハビリテーション病院を会場に、70人以上の方々が参加して開催された。
 第1日目は水口副院長が「脊髄損傷者の生活習慣病予防について」と題して講演したほか、ロコマット体験などの報告がなされた。
 2日目と3日目の2日間は実技研修で、OT・PTなど多数のセラピストによる実演と個別指導が行なわれた。その一端を参加者のFさんに報告していただいた。

 ▼ まず自己紹介ですが、私が損傷したのは2004年2月、損傷部位は胸髄Th10で、28歳です。
 今回は「呼吸からみる機能評価とアプローチ」というテーマで研修が行われたのですが、最初は私自身、損傷部位がTh10なので、この研修がどれほど自分に関係するのか半信半疑でした。
 しかし実際に研修が始まると、呼吸器機能の重要性、危険性、そして問題へのアプローチ方法など、すべて初めて知る知識、経験でした。

呼吸訓練
 私が入院していたときには、リハビリと言ってもただただ上肢の筋トレだったので、今回の体験はとても新鮮でした。その中でも特に印象に残っているのが、仰向けになった際、自分の肩胛骨から尾骨にかけて異常なほどに弯曲していたことが指摘されたことです。 
 今までなんの考えもなく生活していましたが、OTの方からご指摘をいただいて、初めて自分の体の弯曲に気づかされました。原因は、自分が力を抜いても麻痺している部位は緊張しっぱなしの状態になっていて、麻痺していない部位を無意識のうちに支えているからだということでした。
 このままこの状態を続けると体にどんどん負荷がかかり、いずれ腰痛になる可能性があると言われました。そして、OTの方のご指導のもとで他動的胸郭ストレッチや体幹ストレッチを施した後もう一度仰向けになってみると、ついさっき計ったときよりも明らかに背中の弯曲が低くなっていました。
 今回の研修会は短い時間でしたが、この身体と上手く付き合っていくのにとてもためになったと思いました。同時に、自分の体を自己管理するための最新の知識や技術を身につけるには、このような研修会に定期的に参加する必要があると感じました。■

体幹保持



〔予告〕
リハビリテーション講習会
(レッツ協力事業)

 日 時:2007年2月3日(土) 12:30~16:40
 会 場:横浜市総合保健医療センター
     〔新横浜駅より徒歩10分、TEL045-475-0001〕
 主 催:神奈川県リハビリテーション支援センター
      脊髄損傷リハビリ講習会実行委員会
 講 師:澤村 誠志 
      (兵庫県立総合リハビリセンター顧問)
      清家 一雄
      (NPO法人ワーキングクォーズ代表)
 発 表:旅日記……垣内啓之/白井長興
 申 込:FAXにて上記、支援センターまで
       <046-249-2601>



「在宅リハビリDVD」の頒布について

 独立行政法人福祉医療機構から平成18年度助成(540万円)を受けて、脊髄損傷当事者が自宅で生活する際にどのようなリハビリテーションを行えば良いか理解し、実践するためのテキストとなるDVDを制作中です。 
 撮影には医師、PT、OTと当事者6名に御協力いただき、当事者が抱える課題を抽出し、関節の拘縮予防から装具歩行訓練などの在宅リハビリメニューや自立生活を送る上での工夫なども紹介する(約100分)。
 DVDは来年2月に5,000枚作製し、会報読者のうち、当事者家族やセラピストに限定し無償配布予定です。
 それ以外の方で配布を希望する方は、せきずい基金事務局にメールかFAXを(住所、氏名、障害レベルまたは職種を明記して下さい。締切2007年1月末日)。



基金の活動はカンパで支えられています

▼振込先(口座名は「日本せきずい基金」)
    郵便振替 No.00140-2-63307 
    銀行振込 みずほ銀行 多摩支店 
           普通口座 No.1197435
    インターネット イーバンク銀行サンバ支店 
        普通口座No.7001247 ニホンセキズイキキン
★ 同封の振替用紙は、カンパやこの機関紙購読料の支払
   いを求めるものではありません。


発行人 障害者団体定期刊行物協会
     東京都世田谷区砧6-26-21
編集人 特定非営利活動法人 日本せきずい基金・事務局

〒183-0034 東京都府中市住吉町4-17-16
TEL 042-366-5153  FAX 042-314-2753  
E-mail jscf@jscf.org
URL http://www.jscf.org/jscf/
この会報はせきずい基金のホームページからも
ダウンロードできます。      頒価 100円