〔再生研究〕 受傷後の回復をめぐって
ICCPガイドライン草案から
世脊髄再生研究の促進を目指す世界6カ国、9団体からなるICCP(Int. Campaign for Cures of Spinal Cord Injury Paralysis)では、2004年から脊髄再生に関する臨床試験ガイドラインの作成作業を進めている。
その中から、受傷後の自然治癒率に関する文献学的まとめをドラフトとして公開したので、その要旨を紹介する。全訳は基金ホームページに掲載しており、原文もダウンロードできる(翻訳は赤十字語学奉仕団:坂本剛、渡辺理恵子さんによる)。
治験計画上の問題
脊損後の回復の概略については、よく知られている。脊髄損傷直後に重度の初期マヒをきたした患者の大部分は、神経学的に部分的あるいはほぼ完全に回復する。損傷後の時間が経過するほど、より確定的な最終的アウトカム(帰結)を予測することができ、このことは神経学的に完全マヒの脊損患者において特に当てはまることである。
したがって、損傷後24時間以内に適用される治験では多くの被験者の参加を求めなければならないが、一方、損傷後の回復期に適用される治験では、損傷後、一定期間経過後に介入することで、より正確にアウトカムを予測することができるため、被験者はより少なくて済むことになる。
既に始まっているか、近く開始される治験は、脊髄における軸索再生と可塑性の双方またはその一方を促進させる治療法を主として用いるものである。損傷レベルより1つ下の髄節で、こうした治療の主要な効果が発現すると思われる。したがって、このような髄節での回復パターンに関するデータ、および回復と損傷レベルからの距離との関係についてのデータが特に重要となる。
用語の定義:損傷の記述に使われる専門用語から、自然回復の事柄に若干の混乱がある。
(ASIA分類で定義される)「神経学的損傷レベル」とは、体の両側で正常の機能を有する最も下の部分である(ASIA:アメリカ脊髄損傷協会の略で、同協会がまとめた脊髄損傷の評価尺度の略語も意味している)。
「運動レベル」とは、筋力が3以上の最も下の部分と、そのレベルより上で筋力が5以上の部分である。
知覚レベルとは、ライトタッチ及びピンクリップで両側に正常の知覚を有する最も下の部分である。
一部残存の領域とは、検知可能な運動・知覚機能が残っている最も下の損傷学的レベルの最も下の部分を含む。
ASIA分類は損傷の完全さについて述べている。
ASIA‐A: 仙髄節S-4〜S-5に運動・知覚機能がまったくないもの。 ASIA‐B: S-4〜S-5を含む神経学的損傷レベルより下に何らかの知覚機能を残しているが、運動機能がないもの。 ASIA‐C: 神経学的損傷レベルより下位に何らかの運動機能は残っているものの、主要筋群の半分以上が筋力3未満であるもの。 ASIA‐D: 神経学的損傷レベルより下に何らかの運動機能を残しており、主要筋群の半分以上が筋力3以上のもの。 ASIA‐E: 運動・知覚機能共に正常なもの。
回復率に関する主なデータ
発表されたデータのほとんどは、患者の神経学的状態及びASIA分類における回復率について述べている。
- 全米急性期脊髄損傷研究(NASCIS:National Acute SCI Study)の3件の治験:メチルプレドニゾロン、ナロキソン、tirilazad mesalate の効果測定。
- Sygen社(GM-1 ganglioside)の治験:自然回復に関する大規模調査(760人; Geisler ら2001)と合わせて実施された。
- モデルシステム研究(Marinoら1999):数ヶ所の脊損センターの入所者4365人を調査。
- Watersら(1993 Arch Phys Med Rehabil 74):C4 -C7の完全マヒ者61名のアウトカム。
- メチルアスパルテート(NMDA)受容体ブロッカーについてのフランスの治験:大規模治験で、現在刊行準備中。
対象研究のほとんどにおいて、機能の一部残存区域に回復が限定されているか、または一部残存区域より下部で回復が起こったかを判断することはできない。
自律神経の機能回復を詳細に測定した研究はない。中心性脊髄損傷に関する研究では、ASIAスコアの筋肉の機能回復を予測するものとして、膀胱機能の有無が利用されている。
回復率
機能の回復率及び回復期間についてすべての研究でかなり一貫したデータを認めることができる。受傷後3ヶ月間は急速な回復がみられ、その後、回復は9ヶ月でほぼ完了する。完全損傷者に比べ、不全損傷者のほうが回復率及び回復の程度が高い。BurnsとDitunno(2001年)による図は標準的な回復像を示す。
●:不全四肢麻痺 ○:不全対麻痺 ■:完全四肢麻痺 □:完全対麻痺
受傷タイプ別の回復度(Burns & Ditunno 2001)
横:受傷後月数 縦:年率(点数/年)
また、神経学的損傷レベルより下の脊髄レベルにおける筋肉について、回復率を調べた研究(Ditunnoら、2000年)もある。このグラフを転載する。
運動レベルC4分類される患者の右上腕二頭筋の回復(%)
受傷後経時的に上腕二頭筋が等級3/5まで回復した患者の百分率。曲線はGEE分析による回復モデルを示す。●運動完全マヒ/実線 △運動不全マヒ/破線
対象患者は運動完全マヒ27名と運動不全マヒ13名である。このデータからは、回復は進行性であり、最初の3ヶ月で最も急速に回復し、受傷後に大部分(90%以上)の患者で、運動機能が有用な程度まで回復していることが分かる。
受傷後24、48、72時間時検査の予後の価値
治験計画にとって、いつ治療を開始するべきかは重要な問題である。72時間時点での検査は、予後を予測する上で価値が認められ一般的に受け入れられている。Brownらは特にこの問題について調査した(1991、Arch Phys Med Rehabil 72 546-548)。24時間と72時間の間で、47%の患者に選択した筋肉で等級3から等級1または2に下がる筋力低下がみられた。72時間時点では、等級3の全患者に等級4または5まで上がる筋力回復がみられたが、一方、等級1または2の患者では等級3以上に回復したのは27%のみであった。
結論として、運動完全マヒ患者(ASIA‐A及びB)に対して、72時間時点の検査を行うことにより、かなり優れた予後予測が可能になるが、24時間時点の検査は十分に信頼できる結果を得ることができない。
損傷レベル以下の機能および距離における変化
バンクーバー・スタディ(Fisher CGら2005)では、ASIA基準により神経学的レベルを求め、このレベル以下の隣接遠位レベルにおける運動機能の回復について研究した。バンクーバー脊損ユニットの入院患者のフォローアップで注目すべきことは、運動機能の回復はほとんどが、ASIA基準の運動レベルより、1つ下のレベルで起こっていることであり、3つ下やそれより下の脊髄レベルではほとんど起こらないことである。
運動レベル
以下運動等級
ベースライン回復あり 回復なし 第1レベル
27名0
1−29
117
0第2レベル
30名0
1−24
121
4第3レベル
27名0
1−21
026
0
Watersらによる1993年の観察は脊髄損傷後30日以内に行った評価に基づいているが、この観察によると、88症例のうち57%が受傷後1年で、当初隣接レベルにおいてゼロと評価された筋力が1/5に改善し、27%が3/5以上の評価まで改善した。
損傷レベルより2つ下の隣接レベルでは、何らかの測定可能な改善を示したのは4%の患者しかいなかった。また、筋力が3/5まで回復したのは1%(1名)のみであった。
モデルシステム化した別の研究によると、知覚レベルが入院時と比べて変化したという患者はごく一部しかおらず、神経学的運動レベルのほうが神経学的知覚レベルよりも変化が起こりやすいと結論付けた。
■ 作業グループからのコメント
ほぼ全患者で、最初にASIA基準で評価した損傷レベルより下で何らかの機能回復がみられる。完全運動マヒ患者では、機能回復の多くは部分的残存機能のある区域で起きる。したがって、損傷後の早期にある程度の機能を有する筋肉は有用な機能まで回復する可能性が高い。回復は、特に知覚が残存する神経筋単位で起きると思われる。回復はほとんどの場合、最初の3ヶ月で起き、なかには少数であるが、最長1年にわたり回復が続く場合もある。
完全損傷者の場合は運動機能の回復についてはかなり予測することができ、不全損傷患者の場合は、回復はさまざまである。したがって完全損傷者の場合は、比較的小規模の治験が可能であるが、不全損傷患者の場合は、多数の患者を対象とした治験にする必要がある。
今回の分析では胸髄損傷や腰髄損傷における受傷後の回復を扱っていない。また、性差があることが知られているが(Sipskiら、2004)*、性差についても取り上げていない。
注:Sipskiらは、米国のモデル脊髄損傷システムに登録された14,433人の機能回復における性差を評価した。女性は男性より自然な神経学的回復の可能性があるが、男性のほうがリハビリを上手に機能的にする傾向があることを指摘。
今後の治験計画に必要なデータについては、神経学的レベルを正確に示し、このレベル以下の髄節という観点から患者のデータを提供することが不可欠となる。各患者において、部分的に機能が残存している区域を明確に求め、これとMRI画像による損傷レベルと相互に関連付けてみることも重要であろう。
上述のデータの多くは統計学的分析が添えられていない。統計学的分析の情報がなければ、これらのデータを統計学的数値を求める計算に用いることはできない。
治療後、損傷レベルの直近下で集中的に機能回復が起きるという観点から、既存の治験データを発表する方法として、神経学的損傷レベルとそのレベル以下の距離とを関連づけて、機能回復を示すようなフォーマットを用いるのが有用だろう。