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〔学会報告〕 第20回日本脊髄外科学会シンポジウム
「脊髄損傷の修復と再生」
2005年6月8日、札幌で開催されたシンポジウムには基金からもスタッフを派遣したので、その概要を抄録をもとに以下に紹介する(文責:事務局)
報告1.脊髄損傷の修復――瘢痕形成前の早期修復と軸索再生西尾健資〔京都大学・認知行動脳科学〕
成熟哺乳動物の中枢神経系が損傷を受けた場合、切断された有髄神経軸索は損傷部を越えて伸長することか出来ず、ほとんど機能回復は起こらない。しかし、成熟哺乳動物の中枢神経細胞は決して軸索再生能力を失っている訳ではないし、成熟哺乳動物の中枢神経白質も軸索再生に対し非許容的ではない。
問題は損傷部の環境であり、ここには損傷後一連の組織修復反応の結果としてグリア瘢痕が形成され、同時に軸索伸長誘導機構も失われている。
我々は、この損傷部の環境を改善しなければならない。
一方、幼若哺乳動物では、損傷後早期に未熟アストロサイト(神経系を支持・保護するグリア細胞の1つ)が白質に動員され、軸索伸長誘導機構が修復され、24時間以内に損傷部を超えて再生軸索が伸長することが可能である。
従って、損傷局所の環境は、未熟アストロサイトにより修復可能と考えられる。しかも、損傷後に局所に形成され軸索再生を阻害すると考えられるグリア瘢痕も、先に未熟アストロサイトが局所を修復してしまうことにより、結果として形成されなくなる。
早期未熟アストロサイトの動員は、軸索伸長誘導機構の再構築だけでなく、グリア瘢痕の形成阻害という副産物もあることが判った。
それでは成熟ラットにおいてはどうであろうか?
成熟ラットでもほぼ同楳と考えられる。ただ、幼若ラットとの違いは、幼若ラットでは損傷修復に十分な未熟アストロサイトが、自然に損傷部に動員されうるのに対して、成熟ラットでは自然には動員されず、何らかの処置を加えなければ動員されないということである。
そこで、成熟ラットの脊髄切断モデルにおいて、損傷直後に胎児脳抽出液もしくは培養未熟アストロサイトを投与し、早期に損傷部に未熟アストロサイトを動員することにより、早期に損傷部を架橋し、再生軸索を誘導し、著明な機能回復を導くことができた。
■ Q&A
Q: 幼若ラットの一回切断モデルの再生の度合いの違いはカットの違いによるものか? A: 損傷の度合い(出血等)による。
Q: なぜニューロンがもとの家にもどるのか、めちゃくちゃなニューロンになるのではないかという危惧を抱いているが、うまく回復するのはなぜか。 A: ショートレンジのキュー(誘導機構)が失われていてもロングレンジキューが残っているのではないか。末梢神経だと失敗する。軸索が自分自身を忘れるのではないか。
Q: 臨床へのパラダイムは? A: アダルトラットに幼若ラットの細胞をいれる臨床では骨髄を使いやすい。アダルトの脊髄からとったアストロサイトを使ってみた。培養に時間はかかるが効果的。臨床では、患者の負担は大きいが、一次手術で骨髄採取して培養、二次手術で架橋および移植を考えている。
Q: やはり液性因子が有効か? A: 液性因子が有効と考えている。
報告2.脊髄損傷に対する神経幹細胞移植療法の確立に向けて中村雅也〔慶応大学整形外科〕ほか
Stem cell biology〔幹細胞生物学〕の目覚ましい進歩により、これまで不可能と考えられてきた中枢神経系の再生は、もはや夢物語ではなくなりつつある。
本シンポジウムでは、損傷脊髄に対する神経幹細胞移植を再生療法として確立するために、これまでわれわれが行ってきた基礎的研究の紹介と今後の展望について言及したい。
まず成体ラット損傷脊髄に対するラット神経幹細胞移植を行ったが、損傷直後の移植では移植細胞の生存率は低く、生着した細胞のほとんどがアストロサイトに分化することから、損傷脊髄内の微小環境が神経幹細胞の分化誘導に影響を及ぼしたと考え、損傷脊髄内の各種サイトカイン〔主に細胞の成長と分裂を促進するタンパク質〕の発現の変化を検討した。
損傷後1週以内は種々の刺激促進pro-inflammatory サイトカインの高い発現がみられ、損傷脊髄内の微小環境は炎症期にあり、移植神経幹細胞の生存には適していないと考えられた。
一方、損傷後2週以降になると、損傷部には軸索の再生を阻害するグリア瘢痕組織が形成されることから、損傷後1〜2週が神経幹細胞移植の至適時期と考えた。
この結果に基づき、成体ラット損傷頚髄に対するラット神経幹細胞移植を損傷後9日目に行った。移植細胞の生存・移動、ニューロン・オリゴデンドロサイト〔中枢神経系に特異的に存在するグリア細胞で、神経軸索にミエリン鞘/髄鞘を巻いている〕・アストロサイトへの分化、移植細胞から分化したニューロンとホストの脊髄軸索とのシナプス〔ニューロンの接続部〕形成がみられ、さらに、移植後の上肢運動機能の有意な改善がみられた。
次に将来の臨床応用を視野に入れ、ヒトと同じ霊長類であるサル損傷脊髄に対するヒト神経幹細胞移植を行った。損傷後9日目に移植されたヒト神経幹細胞はホスト脊髄内で生着・移動し、ニューロン・オリゴデンドロサイト・アストロサイトへと分化した。さらに、運動機能の有意な回復もみられた。
この結果は、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の臨床応用の有効性を示唆するものであり、将来のヒト脊髄損傷に対する神経幹細胞移植に向けた大きな一歩と考えている。
前述のように、神経幹細胞が優れた移植材料であることは疑いの余地はないが、脊髄再生には解決しなければならない問題が山積している。その一つは中枢神経系に存在する軸索再生阻害因子である。
今後は、軸索伸展阻害因子として注目を集めているミエリン関連蛋白やグリア瘢痕組織に存在するコンドロイチン硫酸やセマフォリン(神経軸索を標的細胞まで導く代表的なガイダンス因子)などを抑制する化合物を神経幹細胞と併用して、さらなる損傷軸索の再生や機能回復が得られるかを検討中である。
■ Q&A
座長(宝清札幌医大教授):西尾氏と中村氏のアスペクトが違う点は?
西尾:瘢痕が形成されると著明な再生は困難と考えている。そのため瘢痕を切除して架橋すれば元々あったようなグリアの再構築、著明な再生が可能になると考えている。
中村:西尾先生のモデルはシャープなカットで、臨床では挫滅が多いので、そちらの実験を期待する。
Q: もっと重度のモデルで実験しなかったのはなぜか A: やりたかったが、重度モデルだと実験動物の長期生存が困難であったため断念した。最近は胸髄完全モデルでやっている最中である。機会があれば発表したい。
Q: 臨床応用の場合を考えると、損傷後10日で移植というのは非現実的である。現実的にはクロニクル〔慢性〕まで経過を待って、インフォームドコンセントを経て瘢痕を切除する流れが現実的ではないか。 A: 最初にトライできるのは慢性期の胸椎完全損傷レベルが候補と考えている(安全性の見地からも)。
不全損傷は移植より薬剤などの方法を考えている。
座 長: もうhuman〔ヒト〕でも、次のステップ可能ではないか? A: やはり倫理的問題が課題になっている。厚生労働省の委員会が3年前から設置されていて、岡野先生も委員であるが、水掛け論に終始している。そのため最近では倫理的問題をクリアするために神経幹細胞を他のところから採る、胎児からではなくほかのソースから採ることを考えて、現在幅をもって研究中である。
報告3.脊髄損傷再生治療をいかに開始するか
―脊髄損傷の急性期治療に関する臨床研究実施計画書鈴木義久〔京都大学形成外科〕
はじめに:脊髄損傷の治療に関して、人工材料、神経幹細胞、骨髄間質細胞、骨髄単核球などを用いて検討を行い、それぞれの長所、短所について報告してきた。また、培養細胞の投与法についても、損傷部への直接注入法、脳脊髄液を経由した投与法を検討し報告してきた。これらの中で、現時点で臨床応用可能な治療法は、骨髄間質細胞の脳脊髄液を経由した移植であると判断し、第1―II相臨床試験のプロトコール〔臨床研究実施計画書〕作成をすすめている。
プロトコール:急性期脊髄損傷の治療を積極的に行っている関西医科大学高度救命救急センターに搬入された脊髄損傷患者の中で、ASIAの分類A、B、Cの患者を対象とする。
* 対象患者は若すぎると承諾を得るうえで困難であり、高齢者も脊損以外の要因が関わってくるので、どちらも除外する。
脊椎整復手術時に腸骨より骨髄海綿骨を採取し、GMP〔優良医薬品製造基準〕に準拠した細胞プロセッシングセンターで間質細胞の分離培養を行う。培養した問質細胞を腰椎穿刺の要領で脳脊髄液内に投与する。
* 直接注入は手術が必要となり、ラットでは症状悪化した例がある。
投与後経時的に機能回復、有害事象の発生等を調べる。
受傷後6ヶ月目のISCSCIのmotor score〔ASIAの運動機能スコア〕の変化量を主要エンドボイント〔治療行為の評価項目〕とする。統計学的考察により目標症例数を23例とする。データセンターは先端医療振興財団・臨床研究情報センター内におく。実施に先立ち、実施機関の過去の実績は外部委員により評価される。
また、患者団体へ試験の概要を説明し、患者団体と医師が情報を共有して推進する。すでに私たちは過去2回、脊髄損傷の患者団体に対する説明会を開催してきた。
考察:すべての臨床試験に共通することであるが、動物実験のテータがそのままヒトにあてはまるとは限らず、予測不可能な未知の部分は常に存在する。
従って、先端医療に関する臨床試験の実施にあたっては、科学的根拠に基づいたプロトコールの作成が行われ、患者団体への十分な説明が行われた後実施されることが、基礎研究を臨床へ発展させるトランスレーショナルリサーチを推進していく上で重要と考える。
* 不全引き抜き損傷に対して応用できないかをラットで実験した結果、修復に関与していることを確認した。
* 今後の課題:骨髄間質細胞をシュワン細胞に分化させての移植も良好な結果が得られている。骨髄間質細胞をニューロンに分化させる方法も実験中。
■ Q&A
Q: 移植する細胞数は10の6乗でよいのか。 A: ラットの体重換算では10の8乗が適切だが、安全性を考えて6乗以上とした。
Q: 倫理委員会(IRB)は通ったか。 A: 現在、IRBで審査中である。 ……………………………………………………………
注記:2004年12月に関西医科大学倫理委員会に再申請され7月1日に承認された(12頁参照)。