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特定非営利活動法人 Japan Spinal Cord Foundation日本せきずい基金ニュース
No. 23
−【目次】− ● 追悼 クリストファー・リーブ
● 読売医療フォーラム;脊髄損傷を考える
● 討論・動き始めた再生医療
● ボディウェイトサポートセミナー報告
● 疼痛調査報告書;要点紹介
● ICCPにせきずい基金が加盟
● 激痛走る神経障害 痛みをほぼ解消
● 催事案内:リハビリ講習会
● 第4回脊髄再生促進セミナー
● 神戸製鋼ラグビー部より募金
追 悼 クリストファー・リーブ
2004年10月9日、リーブ氏は自宅で心臓発作を起こし翌10日、ニューヨークの病院で逝去した。あまりにも突然の死、享年52歳であった。ここ数週間床づれが悪化していたが5日にはシカゴの脊髄損傷の研究会に出席していたという。
1999年10月の基金設立総会には「日本の皆さん、決してあきらめないで下さい。もはや脊髄再生は夢ではありません」とのビデオメッセージが寄せられた。
当基金からダナ夫人への哀悼のメールに、リーブ財団(CRPF)からは以下のメッセージが送られてきた。
「我々はみな、クリストファー・リーブ氏の死を悼んでおります。彼の家族とファンデーションはあなたがたのお気持ち、志に感謝すると共に、彼の家族にお伝えします。彼の信じた研究は、彼を記念して今後も続けられます。」
「スーパーマン」を演じた俳優は
マヒ研究のチャンピョンとなった
(CBS News Oct. 12 04より)
読売医療フォーラム
◆ 「脊髄損傷」をテーマに9月5日、府中市立グリーンプラザで開催されたフォーラムの概要を、再生医療を中心に以下にまとめた(読売新聞社主催、当基金後援)。〔文責:事務局〕
基調報告 柴崎 啓一
(国立医療機構村山医療センター院長)
柴崎 啓一 先生
脊髄は、背骨の中を走る中枢神経です。転落事故や交通事故、スポーツ傷害などで背骨を折ると、その影響で中の脊髄が圧迫されて損傷する。これが脊髄損傷です。破壊されたところが出血したり、血管が破れて中の液体成分が周りに出てむくみになると、さらに損傷は広がります。脊髄損傷になるのは年間5000人〜6000人。犬の散歩途中や家の中でつまずいた高齢者に起きる場合が増えています。
脊髄には運動神経、知覚神経と自律神経の中の交感神経が走っています。脊髄を損傷すると、このすべてが壊れ、運動ができなくなったり、感覚がなくなったり、体温調節が困難になったりします。どれだけの機能が残るかは、損傷した部位によって異なります。
首を損傷した場合を考えてみましょう。首には八つの節があり、ある節を損傷すると、それより下部の節もきかなくなります。例えば、上から四番目の節の損傷では、その節から出ている神経を中心に動く横隔膜がだめになり、腹式呼吸ができなくなる。さらに下位神経に支配される肋間筋も動かないため、呼吸まひになります。 五番目の節まで生きていても、両脚は動かず、手もほとんど動かない。七番目がきいて初めて、ひじを伸ばせ、車いすを使ってかなりのことができます。八番目になれば、手の障害はわずかになりますが、呼吸はまだ腹式呼吸だけ。腹筋や背筋もきかず、両脚も完全まひです。治療は脊髄と背骨両方に必要ですが、現状では脊髄の有効な治療法はありません。
損傷した背骨を治療すれば、あとは残っている機能を最大限に強化するためのリハビリテーションに期待するしかありません。まひした関節を動かし、関節可動域を維持する訓練や動く場所の筋力強化訓練をする。車いすの操作も覚え、上肢にまひが残っている場合は、手の機能訓練も行います。まひの結果として排泄動作ができなくなるので、排尿訓練も必要です。
また、拘縮、床ずれ(褥瘡)、尿路感染などの合併症を起こさないことも大切です。拘縮はまひしている関節が固まって、動きが悪くなってしまうことで、リハビリを十分にしないと起きてしまいます。床ずれはお尻と、車いすに乗って当たる座骨の部分、体を横にすることが多ければ股関節横の出っ張っている骨にできやすく、放っておくと骨髄炎や、まれにガンになることもあるので、気をつけなくてはいけません。
■ パネルディスカッション
動き始めた再生医療 読売医療フォーラム
パネラー 柴崎啓一(村山医療センター院長)
中村雅也(慶応大学医学部整形外科講師)
大濱 眞(日本せきずい基金理事長)コーディネーター 大谷克弥(医療ジャーナリスト)
━━大濱さんにまず、脊髄損傷を負ってからのご苦労をうかがいたい。
大濱 私はラグビーの試合中にまったく動けなくなりました。病院では補助具を使って上体を起こすだけで、すぐ気を失ってしまう。精神的にもつらく、もう治らないと分かった時には本当に苦しみました。人と
会うのもいやで1、2年は家に閉じこもっていました。
━━そんな時の精神的な支えは何だったのですか。
大濱 「医学が発展する中で希望を持って生きていく」と考えられるようになり、自分にできる何かを見つけようと思いました。それが、私自身が社会に出て多<の人に見てもらい、脊髄損傷について考えてもらうことでした。
中村 脊髄損傷の苦しみは木当に厳しいもので、患者さんや家族以外には、なかなか伝わりません。私が脊髄損傷の研究を始めたきっかけは、大学2年生のとき、1年後輩がスキー中の事故で脊髄を損傷したことです。その一瞬を境に、彼の手足は動かなくなりました。ほかの病気がこれだけ治るようになったのに、どうして彼のけがは治らないんだ。こうした思いからです。
━━医療現場では、患者の心のケアはどう行われているのでしょうか。
柴崎 患者さんの心の変化を見極め、精神的衝撃が和らぎ、患者さんが自身のまひを自覚するようになって初めて、不治、あるいは治る可能性が非常に少ないことを告げます。そしてその厳しい現実を受け入れられるように助けてい<。退院直前には、社会への不安から、もう一度不安定な時期が来るようです。
大濱 私も退院の時は不安でしたが、実際に車いすで社会に出ている人に会うことが励みになりました。
━━大浜さんはラグビーでしたが、交通事故などに遭った時、どう救急措置をとればいいのでしょうか。
柴崎 脊髄損傷では、けがの瞬間からまひが出ます。呼吸が止まっていた場合だけ人工呼吸などをし、あとは触らないで、固定することです。
中村 直後の処置で、患者の一生にかかわる差が出ます。最初はひじが曲がったのに、不適切な処置でひじが動かなくなったりする。首の安静を守ることが重要です。
━━脊髄損傷は、誰にでも起きる司能性があるとのことですが、今は高齢者が増えていますね。
柴崎 その年代の人口が多くなったこともありますが、軽いけがによるものが増加しています。
中村 脊髄を包む脊椎は、加齢とともに変形して、脊髄の通り道が狭くなる。また、脊椎に余計な骨が出っ張ってくる後縦靱帯骨化症(コウジュウジンタイコッカショウ)という病気もあり、この場合、ほとんど症状が出ないうちに脊髄の圧迫が強くなります。そこにきて、転ぶ、首がガクンと後ろに反ったといった軽微な外傷を負うと、一線を越え、重いまひを起こしてしまう。
大濱 最近、2階のトイレのドアを開け損なって階段から落ちたという相談を受けました。日本の家屋状況や歩道の狭さといった環境的な問題もあると思います。
柴崎 日本では、車道に向かって傾斜のある歩道も多く、車いす利用者の体も傾き、不安定になります。まだ、十分なバリアフリーとは言えない。それと注意してほしいのは、後縦靱帯骨化症には家族性がある点。家族にこの病気の人がいれば専門家を訪ねるべきです。
━━では次に再生医療の現状についてお話ししていただこうと思います。
《脊髄のしくみ》
中村:脊髄損傷がなぜ治らないかを理解するためには、脊髄とはどんな組織かを理解していただくことが必要です。手足を動かす命令は大脳から、脊髄を通って手足へ行きます。手であれば肩から指に行って末梢神経を通って筋肉に行く。足の場合は、腰まで脊髄が来て枝が出て末梢神経を伝わって筋肉へ行く。そして初めて手足を動かすことが出来るわけです。
脊髄の太さは人差し指くらいで、硬さはタマゴ豆腐くらいで非常にやわらかい。その中に大脳の命令を伝える神経が入っています。脊髄はくも膜や硬膜という膜で包まれ、膜で包まれたチューブの中に髄液という水が入っていて脊髄はその中に浮いています。さらにその周りを脊椎という骨で取り囲まれています。それだけ保護された環境にあるわけです。
神経細胞は脳の命令を伝える中継点です。もう1つ大事なものは神経から延びている軸索です。軸索は神経の命令を伝える神経の線維です。
分かりやすくいえば、大脳は発電所のようなところで、命令を作る、つまり電気を起こす。その命令が脊髄の中の送電線である軸索を通ってきます。脊髄の中にある神経細胞はいわば変電所で、そこから末梢神経である電線を伝わって筋肉というモーターに行きます。そこで初めて運動が出来るわけです。
脊髄を損傷すると、送電線が切れてしまう。すると脊髄の中にある変電所、つまり神経細胞が壊されてしまいます。
そうすると何が起こるのか。軸索という送電線が断絶すると2度とつながらないんだということ。もう1つ、神経細胞という変電所が壊れると、これも2度と作られないと考えられてきた。ですから長い間、脊髄損傷は治らないんだという通説が信じられてきたのです。
《脊髄の再生医療》
ところがここに来て注目を浴びているのが幹細胞を用いた再生医療です。では再生医療によって何をやろうとしているのか。目的は、神経細胞が作られないのであれば移植して幹細胞から導いてあげればいいのではないか。あるいは損傷した軸索の再生、これはけして送電線である軸索が伸びないのではないですね。伸びないような環境にあるから軸索が伸びない。環境を与えてあげれば伸びる力を持っているんですね。その再生を移植した幹細胞によって導いてあげようではないか、こういう幹細胞を用いた再生医療が出てきたわけです。
中村 雅也 先生
《神経幹細胞の可能性》
その移植材料として私たちがいちばん注目しているのは神経幹細胞です。もちろん、ほかにもES細胞(胎性幹細胞)や骨髄から採った幹細胞などいろんな施設で研究されています。個々の細胞に長所短所はありますが、現段階で細胞の分化誘導、つまりどんな細胞になるのかという安全性という点では、神経幹細胞というのは神経系になるよう運命付けられた細胞ですから他の細胞にはなりません。ES細胞はどんな細胞にもなる力がありますが、逆に言えば移植した後どんな細胞になるか分からない。腫瘍になるかもしれない。脊髄には本来あってはならない骨になったり髪の毛になったりするかもしれない。そういう分化誘導という面がすべて解決すれば、もちろんES細胞はとても有力な移植材料になると思います。ただ現在の段階ではそういった問題があるため、私たちが注目しているのは神経幹細胞です。
神経幹細胞は、1つ細胞があると特殊な培養の条件下でどんどんマリモのように膨らんでいきます。つまり幹細胞は自己複製能、自分自身で自分を作り出していく能力をもった細胞です。この細胞をバラバラにして、培養条件を変えて、分化誘導すると神経系のメジャーな細胞である神経細胞やそれをサポートする神経膠(コウ)細胞になる、いわゆる多分化能を持った細胞です。ですから今まで再生しないといわれてきた神経細胞を導くことができるわけですね。
《移植に適した時期》
ただ、移植というのは移植する細胞と移植される脊髄の両方でおこなわれることですから、損傷した脊髄がどういった変化を起こすのかが大事になります。
脊髄を損傷した1週間以内は、出血が起こったり脊髄の中にひじょうに強い炎症が起こって、そのときには神経細胞が脱落したり電線が切れたりしているわけです。こういった時期は移植細胞にはひじょうに厳しい環境です。ただもっと待って1ヶ月以上になってしまうと、損傷部の周囲には空洞が出来ます。穴があきます。空洞の周りには送電線を伸ばそうとする力を阻害するグリア瘢痕(ハンコン)というものができます。そうなると移植の条件が厳しくなります。そこで損傷後1週から2週のあたりの移植がよいのではないかと考え、ラットでの研究を始めました。
《ラット脊髄損傷への神経幹細胞移植》
まずラットの頚部を潰すような脊髄損傷モデルを作ります。そして9日間待って、出来始めた空洞の中に神経幹細胞を移植します。すると、移植した細胞は非常によく生着して、さらに頭部や尾部方向に移動して神経細胞に分化して、さらに軸索の再生が見られた、という結果が得られました。上肢の運動機能を「エサ取りテスト」でみると、正常なラットが単位時間当たり80個取れるのに対して、損傷すると6割くらいに落ちる。移植すると8割5分くらいまで上肢の機能の回復が得られました。つまり、ラット脊髄損傷に対するラット神経幹細胞移植の有効性が証明できたのです。
ラットはげっ歯類であり人は霊長類です。遺伝的にも神経機能解剖学的にも非常に大きな隔たりがあります。そこで行ったのがヒトとおなじ霊長類であるサルの脊髄損傷に対してヒトの神経幹細胞を移植して本当に有効かどうかを確かめる研究に移りました。
《損傷サルへのヒト幹細胞移植》
実験に用いたのはヒトと同じ真猿類であるコモンマーモセットというひじょうに小型の体長30、40センチほどのサルです。これは実験用に飼育されている、遺伝的なバックグラウンドも感染のコントロールなどもしっかりなされている実験用動物です。日本にはこのサル世界に誇るコロニーがあります。このサルの頚部に損傷を起こしてそこにヒトの神経幹細胞を移植し、そこにどのような変化が起きるかを検討しました。
神経幹細胞を移植をすると画像上も、空洞が非常に白くなるわけです。グリア瘢痕が小さくなって移植した細胞が神経に分化している。組織切片でもこの空洞の縮小を確認できました。
では機能はどうか。ケガをする前の運動量を100とすると、損傷により5%くらいまでに落ちます。移植をしなかった群はだいたい4割程度の回復で平衡状態になりますが、移植群では約8割程度まで回復します。移植したサルは、もちろん正常なサルほどの素早さではないですが、三次元的に動くことが出来る、という結果が得られました。これは手の力に何か変化があるのではないか、と考えて、バーを引っ張る力を測定しました。その平均値では、損傷前は30ニュートンくらいの力がありますが、損傷で5ニュートンくらいまで落ちます。非移植群は約10ニュートンで平衡状態に達しますが、移植群ではその倍の20ニュートンまでできました。〔ニュートン(N)は力の単位。1kg の重さを引く力が約 10ニュートン〕
またエサ取りテストでは、損傷して移植をしなかったサルはエサを取ろうと一生懸命手を伸ばすのですが掴めません。移植したサルは非移植群と比べると、エサを取る手の動きが早くしっかりとエサを手元まで持ってきています。
こういったMRIや組織像、機能評価から言えることは、ヒトと同じ霊長類のサルの脊髄損傷に対してヒト神経幹細胞移植の有効性が証明できたことです。これは近未来における脊髄損傷に対する神経幹細胞移植療法の確立に向けた非常に大きな一歩であると私たちは考えています。
《再生研究促進の課題》
今後の課題を、3つの立場で考えてみましょう。
我々研究者は何をしなければならないか。脊髄損傷の患者さんの大部分は慢性期の患者さんです。我々の最終目標は、当然のことながら慢性期の患者さんを車いすから立って歩かせたいという思いです。そのために、慢性期の患者さんに有効な移植療法を開発し、確立しなければなりません。それには移植細胞だけではまだ不十分だと考えています。損傷部に存在するグリア瘢痕組織をいかに克服するかの基礎的な研究を今実際に行っています。薬剤と移植細胞との併用によってかなり手ごたえある結果が得られてきています。次は移植した細胞が本当に安全かどうかですが、もう1年以上にわたってMRIで観察しています。今のところ腫瘍化などの変化はいっさい見られません。
もう1つ大事なことは政府の対応です。我々はもうここ1、2年、国の神経幹細胞臨床研究ガイドラインの作成をずっと見守ってきましたが、審議が二転三転してきてまとまっておりませんが、やっとここにきて少し動きが出てきました。さらに研究を進める上で、その作成が第一条件であると思います。
またこういった再生医療は高度先進医療であるゆえに費用がかかります。研究や「脊髄再生医療センター」といった施設に対するサポートが重要になってくると思います。
最後に私がお伝えしたいことは、今皆さんが出来る最大限のリハビリをやっていただきたいということです。当然、関節の拘縮の予防、褥瘡を作らない、尿路感染を起こさない、あるいは実際の再生医療を行った後のリハビリにはたいへん厳しいものがあると思います。そのためにも、今残っている機能を最大限まで高めておくことが非常に大事だと思います。そういった面を患者さんが頑張っていただければ、私たちがずっとお話してきた研究の結果が皆さんを車いすから立ち上がらせる日が近いと私は考えております。
━━なぜ政府の対応が二転三転したのでしょうか。
中村 倫理的な問題です。我々が使う神経幹細胞や、受精卵から取り出すES細胞などは、生命倫理での話し合いの結論がなかなか出ない。
《鼻粘膜(OEG)細胞移植とは》
━━中絶胎児のOEGの移植手術を受けに中国に行く
ケースがありますが。
柴崎 私の病院を退院した患者さんも2人、受けています。移植直後から良くなったと自覚していると聞きましたが、疑間を持っています。
━━中国で中絶胎児の鼻粘膜の移植手術を受けに行っているということが新聞でもかなり大きく報道されていますが。
中村 今日会場に見えている脊髄損傷の患者さんもこのOEGにひじょうに関心を寄せられていると思います。ただ中国でどんな治療を受けているのか。そのあたりに関してみなさん、あまりご理解していらっしゃらないかもしれませんので、実際に中国でどのような治療が行われているかを私たちが知っている範囲でお話します。
まず向こうでOEGと言っているものは嗅覚の嗅神経鞘(ショウ)細胞といいます。これはまず、鼻粘膜に臭いを嗅ぐ神経細胞があります。それが突起をのばして嗅球というところにいって、さらに頭のほうへ行って臭いを嗅ぎ取るわけです。
鼻粘膜には嗅神経があります。この嗅神経の特徴は一生再生を繰り返している非常にまれな細胞です。この細胞が嗅球のほうへ突起を延ばしていく。この突起=神経線維を伸ばしていくのをサポートするこの小さい細胞がOEGです。ですから嗅神経の軸索=突起の伸展を一生にわたってサポートする細胞です。中枢神経の突起を伸ばす非常に特異な細胞と言うことで、この細胞を脊髄損傷の神経突起を伸ばすのに使えば有効ではないかということでやっているわけです。
鼻腔の概念図
《中国OEG移植の問題点》
中村 実際に中国で行われている移植療法の詳細な手順はまったく公開されていない。というのは実際にいくつの細胞(50万個とは出ているが)をどこに何ヶ所くらい打っているのかとか、手術の際に他にどういった操作を加えているのかとか、ということが明らかにされていないのが第一点の問題点です。
実際に移植する細胞の安全性や品質管理に関する情報がありません。学会レベルでの報告では、この細胞を培養するのにウシ胎児の血液成分である血清を加えて培養しているといっています。これは狂牛病の問題や未知のウイルスの問題をクリアできていないわけです。こういった細胞が将来にわたって安全性に全く問題がないか、これは我々としては疑問視せざるを得ない。
実際にヒトに移植する細胞は培養条件が非常に厳しいです。私たちも近い将来、神経幹細胞移植を行うために慶応大学では今すでに神経幹細胞の培養系を立ち上げています。ただその細胞培養の施設基準から細かい手順まで、非常に厳しいです。極めて厳しい基準を超えなければならないのですが、そういった細胞の品質について情報がないので我々にも分かりません。
また術後の患者さんの系統だったしっかりした中・長期的な経過観察がありません。ですから、医療レベルからみて本当に有効なのかがまだクリアになっていないというのが実情です。
《慶応大学におけるOEG研究》
中村 ただし、我々はけっしてOEGの可能性を否定するものではない。ひじょうにユニークな細胞で、1つの将来の移植材料の候補であることはまちがいありません。ですから私たち自身、実際に今、オーストラリアのグループとの共同研究を始めています。このグループでは2年前に、鼻粘膜からとった細胞を4名の脊髄損傷者に移植しています。中国がそうした基礎的なデータを出さないのであれば、我々がはっきりさせたい、ということです。実際にサルの実験系を持っているのは世界で我々だけですから。オーストラリアのグループとはお互いの利害が合ったから共同研究が始まったわけですが、そちらの細胞をサルに移植して、実際に我々が得てきたような神経幹細胞と同じ有効性が見られるのかどうかを確認する実験をすでに開始しています。
ですから皆さんに言いたいことは、我々の結果を待ってからでも遅くはないですよということで、それが私のOEG移植に対する個人的意見です。
━━柴崎先生、ご質問が何かあるのでは。
柴崎 中国で移植手術をしてきた患者さんのことでは、非常に疑問に思ったことがあります。移植直後から患者さんが良くなったと、ご本人や家族も自覚しているということなのですが、少なくとも移植であればまずそれが生着すること、次に初めて機能的な再建が始まるわけですから、時間的には移植細胞が生着するまで数週間かかる。それから神経が伸びるにしても、軸索が伸びるのは1日1mmというのが我々の世界の常識で、数ヶ月かからなければ何ら新しいことが起きないはずだと思いますが、中村先生いかがでしょうか。
中村 中国側の医師のコメントでは、移植した細胞が何らかの因子を出してそれが脊髄によい影響を与えているのではないかと言っていますが、それにしても効果が出るには早すぎます。例えば何らかの神経の生存、あるいは突起を伸ばすのをサポートするような神経成長因子はいくつかありますが、そういったものを出していたとしても、手術を終わった次の日に機能的に何らかの回復が得られるというのは、基礎研究をやっている人間からはそれがかえって逆効果なんですね。どうしてそういうことが起こるんだろう、ということです。そうすると、では細胞以外に何かしているのではないかと考えたくなるんです。今の段階では実際に彼らが何をしているかはまったく分かりませんから。ただ次の日に起こるというのは移植細胞の効果としてはどう考えても不自然です。
━━この問題に対するせきずい基金のスタンスは
大濱 安全性の問題、移植細胞が本当に安全なものか、中国は1人子政策の関係で、非常に胎児を取得しやすいという環境があるようです。中国で移植手術をしている北京の首都医科大学の黄紅雲先生は、胎児組織の安全性を調べていると言っていますが、その安全性はどこまで確認されているのかが第一点です。〔母体の検査項目としては、A型・B型肝炎、肝炎ウイルス、梅毒、エイズを挙げている。遺伝疾患は口頭で質問、と回答〕
次に、プロトコルの問題です。今まで日本人では11人目の人が8月に移植して帰国しています。経緯を見ていると移植の手法がだんだん変わってきている。最初は背中にかなり大きな穴を開けていたが最近は小さな穴になったとか、1ヶ所だけでなく2ヶ所に注入しているなど、注入方法も変わってきている。それがなぜそう変わってきたのかがまったく開示されていないことが問題です。中国の黄先生のほうには情報を開示するようずっと申し上げてきました。
慢性脊髄損傷に対するこの鼻の粘膜の細胞移植は現在、中国以外ではロシア、ポルトガル、オーストラリアで行われていますが、オーストラリアとポルトガルに関しては自家移植つまり自分の鼻の粘膜を培養して移植しています。自分の鼻の粘膜ですから、免疫不全の問題がなく非常に安全であると私たちは考えています。そこで、自家移植を何で行わないのかを黄医師にいま聞いています。培養に問題があるのか、成人の粘膜ということに問題があるのか、そのへんも含めて教えていただければ。
中村 鼻の細胞を使う一番の長所はやはり自家移植ができるということです。免疫拒絶の問題をクリアできることが一番大きい。ですから中国でどうして中絶胎児から採っているのかということも我々はずっと疑問に思ってきました。ただ基礎研究において、成体から採った鼻粘膜からのOEGと胎児からのOEGに何か細胞の性質に差があるのかということはまだ明らかになっていません。私たちが着目しているOEGはやはり自家移植で、オーストラリアのグループと組んだのもそれが理由です。実際に患者さん、つまり成体から取った細胞を培養して入れているわけですから。
培養系において成体は胎児に比べて何か問題があるということはありません。培養条件さえ整えば、成体から採った細胞もしっかり増えてくれるので、胎児組織を使う意味はないと、私は考えています。ただ、今後この2つの細胞の性格がどう違うかということは研究レベルではっきりさせていかなければならない。私たちもそれに着手しています。
━━最後にワンポイントアドバイスを。
大濱 私たちも、慢性期の患者に効くといわれるOEGには期待しています。ただ、中国での手術はリスクが大きい。安全性を確かめられるまで移植を待ってほしい。
柴崎 私の現役時代にまさかここまで行くとは思っていませんでした。私の時代には電気的な機能再建しかないのかな、生理学的な再建はないのかな、と諦めかけていたところでした。それができるようになりつつあります。これから朝日が昇ろうとしているのです。皆さん、希望を捨てないで下さい。
中村 今日皆さんに一番伝えたいメッセージは、我々の脊髄損傷に対する再生医療の研究もここまで来ているんですよ、けして治らない病気ではなくなりつつあるんですよということをお伝えしたかったわけです。それに向けての努力をこれからも我々は続けていきます。
これだけ情報が氾濫する時代です。OEGもその1つですが慎重な対応をしていただきたい。治療法がないという脊髄損傷ですから、皆さんがどこに行ってでも、たとえリスクを背負っても中国にでも行きたい、という気持ちは私は理解できます。ただ、もうすぐです。我々のサルの実験結果は1年以内に出ると思います。慢性期の患者さんにとって、今行われるのと1年後に行われるのとは、そんなに違いがないと私は思います。皆さんにとっての1年の意味を簡単に言うことが出来ないかもしれませんが。ただ今リスクを背負って中国に行くのであればもう少し待ってくださいと言いたい。我々自身でOEGの有効性をしっかり確認できれば日本で移植をできるようにします。それまで、今自分にできることを精一杯やって待っていただきたいというのが、今日の私のメッセージです。◆
〔歩行リハビリ〕 ボディウェイトサポート
(免荷)
セミナー報告
9月12日、新しい歩行トレーニング戦略に関するセミナーが東京・本郷の酒井医療竃{社で開催された。
これは体重の免荷装置であるアンウェイシステムとトレッドミル(回転盤)を組み合わせた機器による歩行訓練により、脊髄損傷者の歩行能力の再学習をめざすものである(会報17号、2003年も参照)。その理論的背景をなすセントラル・パターン・ジェネレーター(CPG)、および歩行訓練の実践例を中心にこのセミナーの概要を紹介する。
■ 脊損でなぜ歩行が可能なのか
セントラル・パターン・ジェネレーターとは「中枢パターン生成機」とも訳されるが、北里大学衛生学部の柴喜崇(シバヨシタカ)講師は次のように解説する。
@ CPGは下肢に自動的にリズミカルな協同的動作を発生させる神経回路である。 A 歩行運動は上位中枢(大脳)からの入力がなくても可能である。 B CPGは(末梢神経からの)求心性入力なしで作動しうるが、CPG活動はその場で利用できる感覚入力によって絶えず変化する。
CPGの存在についてはすでに1911年にネコの脳を切断した実験によって予測されていた。また、下位脊髄を切断したネコの実験では、足先からの刺激など求心性入力があると正常なステッピング・パターンに似てくることがForssbergら(1980)によって示された。
ヒトにおけるCPGの存在は、1985年の Science 論文「脊髄に歩くことを教える」(会報7号で紹介)で広く知られることとなった。
Dimitrijevicら(1998)は脊髄損傷者の脊髄に電極を挿入し、硬膜外刺激をした。すると歩行のような運動が誘発された。第2腰椎の片側を刺激すると、片側の脚のステッピングが誘発され、両側を刺激すると左右交互のステッピングが誘発された。このことから脊髄のある部分に脳からの刺激なしに歩行運動を作り出す機能=CPGがあることが明らかにされた。
〔注記〕 CPGは1つの器官として腰椎2番レベルに存 在しているのではない。歩行リズムを作り出す回路がこの部分の神経系に脚ごとに散在していて、大脳で考えるまでもなくほとんど無意識な歩行運動を可能にしていると考えられる。
これを運動療法へ応用したものが「免荷式トレッドミル訓練=ボディ・ウェイト・サポート(BWS)訓練である。患者の体を吊り上げてその体重を免荷しながら、トレッドミル上を歩かせる訓練をすると、歩行様の運動を誘発させることが出来た。
歩行には中脳の歩行誘発野が関与しているが、その刺激は中脳ではなく下肢からの末梢の感覚入力で代用が可能である。末梢からの感覚入力が脊髄のCPGの活動を誘発するが、トレッドミルが動いていないと周期的活動が見られない(Dietzら1994)。
免荷トレッドミル訓練は、患者の筋力を改善するものでも、自然回復を促すものでも、上位中枢(大脳)からの影響を受けるものでもない。この訓練はあくまで末梢からの求心性入力によってCPGが活性化され、それが脊髄損傷者の歩行を誘発することを意図したものである。またこの訓練により完全マヒの脊髄損傷でも筋電図の振幅が増大することが明らかになっている。
■ 脊損者の歩行訓練の事例から
北里大学東病院のPTである上出直人(カミデナオト)氏は免荷トレッドミル訓練を実施した5症例の報告をされた。そのうちの2例とその考察を紹介する。
〔注記〕 FIMは機能自立度(Functional Independence Measure) の指標で、1は全介助、3は中等度の介助、7が完全自立。
◎ 事例1:26歳の女性。転落により第2腰椎粉砕骨折および馬尾神経損傷・不全マヒ。
L2椎体置換及び固定術施行。術後30日目の下肢筋力は左は良好・右は不良、立位保持は可能で、屋内は膝装具を着け歩行器による歩行介助(FIM3)、階段昇降不可(FIM1)であった。
術後30日目から免荷トレッドミル訓練を週3〜4回、全23回実施した。1回の訓練時間は5分から20分まで徐々に延長し、速度も漸増、免荷量は漸減した。
最終回の術後107日目には、装具・杖なしの歩行が可能で、歩行能力は著しく向上した(FIM7)。
この訓練は筋力に対する効果は少なく、あくまで歩行を目標とした特異的な訓練であり、不全脊損の歩行再学習訓練としての有効性を示唆したものと結論付けている。
車イスからハーネスで直接吊り上げることが出来る。
PTは患者の足の振り出しを脇でサポートする。
◎ 事例2:47歳の女性。第11胸椎の腫瘍により不全マヒ。第11胸椎の摘出術及び固定術を施行。
術後40日目には立位保持可能だが、歩行は平行棒内で見守りが必要だった(FIM1)。術後4ヶ月目から免荷トレッドミル訓練を週3〜4回、全34回実施。速度・免荷量・時間の設定は事例1に準じて実施。
術後6ヵ月半には、杖で屋内・屋外の歩行が可能となり、歩行速度も時速4qまで回復した。この事例では痙性や疼痛、しびれなどの問題から歩行能力の回復は不良であったが、トレッドミル訓練により、痙性を増強せずに協調的歩行パターンを誘発し、結果的に効率的なトレーニングが可能となった。
◎ 免荷トレッドミル訓練の適応基準(上出)
◎ 免荷トレッドミル訓練の利点・効果(上出)
- セーフティハーネスが装着できること。
- 1人のセラピストで訓練が実施できること。(初回には複数のセラピストがつくこともある)
→手すりをつかみ体幹の動揺を補助できる上肢機能があること。下肢の振り出しが介助により、または自分で可能なこと。- 重度な感覚障害がないこと。→体性感覚(触覚・痛覚)、深部感覚(位置覚)、荷重感覚があること。
- 著明な関節変形や弛緩、失調症状がないこと。
@ 安全性が高く、セラピストは介助に集中できる。 A 下肢の伸筋活動を促し、体重支持機能を向上。 B 下肢の強調的なステッピング運動を促す。 C 歩行制御に必要な感覚情報が入力されやすい。 D 歩行パターンの繰り返しによる課題志向型訓練。 E 呼吸循環器系の訓練にもなる可能性がある。
◎ 速度・免荷量・時間の設定(上出)
@ トレッドミルの速度:初期速度は床面での最大歩行 速度を参考に設定し、トレーニングごとに速度を設定する。設定に当たっての留意事項は、下肢の振り出しが速度に対応できていること、体幹が前傾しないこと、膝折れしないこと、歩行姿勢が乱れない、脈拍・血圧・疲労度などの主観。 A 免荷量:免荷は体重の40%までとし、かならずしも40%免荷から開始する必要はない。免荷量は少しずつ減らしていく。 B 訓練時間:初回は3〜5分を上限として実施 し、漸増させていくが、20分間連続歩行を最終上限とする。
左右の脚を交互に動かすことが、歩行運動出力の発現に大きく貢献しており、この神経出力は、脊髄CPGの存在に負うところが大きい(河島報告より、Dietz 2002)。
■ マヒした部分への効果
国立身体障害者リハビリテーションセンターの河島則天(カワシマノリタカ)研究員は「脊髄損傷者の残存神経機能と潜在的歩行能力」について報告された。
脊髄損傷後の身体機能の変化としては、運動感覚機能の麻痺により、
という2次的な障害のリスクにつながっていくことを示し、歩行訓練の意義を次のように要約した。
@ 立位姿勢からの隔離→起立性低血圧、骨・筋萎縮へ A 関節運動の減少→関節拘縮、異所性骨化へ B マヒ領域の循環低下→静脈血栓症、褥瘡、浮腫へ C 身体活動量の減少→生活習慣病の発現リスク増加
◎ 脊髄損傷者の歩行訓練の意義
@ 全身運動による健康・体力の増進→生活習慣病の発現リスクの軽減 A マヒ領域の神経‐筋機能低下の防止→合併症の予防 B 歩行機能再獲得
筋活動発現に伴うマヒ領域への効果としては循環亢進を挙げている。
随意筋収縮が困難な部位でも受動的に動作をさせることで、反射性筋活動が発現する。すると筋活動発現に伴って酸素化ヘモグロビンが増加し、血流量を反映する総ヘモグロビン量が運動終了後に増加する。
マヒした身体部分の循環が高まることは、受傷後の脊髄損傷の二次障害の予防に貢献することであり、新たなリハビリテーション方法の可能性を示すものであると述べている。
※ 脊髄CPGの理論を背景とする免荷式トレッドミルトレーニングの不全脊髄損傷の歩行に対する効果は、欧米においてほぼ例証されていると言えよう。頚髄損傷者のほうが潜在的可能性は高いという報告さえある。しかしこの訓練法は、我が国においては一部の医療機関で極めて限定的に行われているに過ぎない。
リハビリ現場のマンパワーの問題はあるにしろ、脊髄損傷者の歩行能力の再獲得の可能性を我が国においても多施設共同研究の中で実証し、脊髄損傷の標準的リハビリテーションとして実施されていくことを願ってやまない。