| SSKU 特定非営利活動法人 Japan Spinal Cord Foundation |
| 日本せきずい基金ニュース No. 21
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特集:臨床試験段階を迎えた脊髄再生研究
図:OEG細胞 フライドエッグ型
■ 脊髄損傷の臨床試験に関する第1回国際ワークショップ(ICCP)
2004年2月、カナダ・バンクーバー市においてICCP(International Campaign for Cures of Spinal Cord Injury Paralysis)の主催する国際フォーラムが開催された。
過去数年の間に、脊髄損傷の修復のための細胞ベースや薬物療法の多くの実験的研究が劇的に増加した。一部の臨床試験はすでに開始され、さらにこれまで以上に多くの臨床試験が近い将来計画されている現在、臨床試験デザインの様相をすべて議論することができる国際フォーラムが必要となり、今回開催された。
* 長期的目的:すべての国際的実践を踏まえて、@臨床試験開始以前に、何が前臨床試験のエビデンスとなるかの十分な検討。A脊髄損傷の臨床試験のため、結果評価の妥当性の確立。Bすべての臨床プロトコルの最良の実践を討論し促進すること。
* このワークショップの目的
会議には各国の一線級の研究者など100名以上が参加し、日本からは岡野栄之慶応大学教授のほか、コンドロイチナーゼABCの開発を進める生化学工業の研究者など4名が参加した。
- この国際フォーラムで、脊髄損傷の臨床試験のデザインと実施を討論し確立すること。
- 現在の臨床試験の先進的取り組みの経験を国際社会に利用可能にすること。
- 基礎科学者、規制機関、脊髄損傷治験医、脊髄損傷者の間の情報交換と協力・協働を促進するための論議を開始すること。
- 臨床試験イニシアチブのために規定する必要条件を治験担当医に知らせること。
* 慢性期脊髄損傷の再生医療
- 鼻粘膜細胞移植(OEG):中国、豪州、ポルトガルの医師が参加し、大きな関心を集めた。
- 4-アミノピリジン:細胞間のイオンチャンネルの1つであるカリウムチャンネルのブロッカーで、第T相試験に入った。髄鞘脱落した軸索の信号伝達を改善し、痙性の減少、筋力・感覚・歩行の向上に関係する。
* 急性期脊髄損傷の再生医療
- フランスのAlan Privatらは、NMDA受容体阻害剤(phencyclidine:神経伝達物質の1つで興奮毒性をもつアミノ酸であるNMDAの受容体をブロックし神経細胞保護作用を示す)を用いた急性期の臨床研究が第III相へ進んでいる。但し、4-アミノピリジンやphencyclidineは、各々、劇薬あるいは麻薬に準拠された取り扱いになっており、これらの薬剤の使用については、まだ慎重な対応が必要であろうという意見もあった。
- イスラエルの活性化マクロファージ療法は多施設共同研究として第?相試験が進められている。
岡野教授は感想を次のように述べておられる。
「今回出席をして感じたことは、我々の基礎研究のレベルは国際的にも誇れるものがあると自負を深めましたが、我が国が欧米諸国と比して本当に出遅れているのは、新しい臨床研究を実践していく際の(詳細なガイドライン等の政府側の取り組みも含めた)ノウハウや、臨床試験を始める際に必要とされる前臨床試験で要求されている事柄の理解、治療効果の判定にいたる各種評価法、各科や多施設の共同体制等、今後かなり気合を入れて整備していくことが必要であると痛感致しました。
例えば、米国では、新規の治療法開発について、FDAはかなりのものについて臨床試験の開始を認可していますが、どんなものでも認可するという訳では無く、安全面に関するreasonableなチェックが行われています。我が国において、再生医療や幹細胞治療の指針作成が遅れているのは、由々しき問題でありますが、私達としては、開発を進めている基礎研究の内、有効性と安全性について角度の高いものから臨床試験を始めていくつもりであります。今話題となっている鼻粘膜細胞移植(OEG)については、各国からより詳しい情報を収集し、皆様にお伝えするとともに、私達もサルを用いた前臨床研究により、検討を加えていく予定であります。」
■ 脊髄損傷研究の希望の根拠
Base for Hope in SCI Research, Dec 23, 2003
ワイズ・ヤング(米国ラトガーズ大学教授)
昨年末、ヤング教授の主宰するインターネットサイト「Carecure Community」に現在の再生研究の動向を21項目にまとめた表記ガイダンスが掲載された。本号では、いくつかのテーマに絞って紹介する。
〔事務局〕
現在の臨床試験
亜急性期の脊髄損傷:
- 活性化マクロファージの移植(イスラエル;プロニューロン社)、エラスムス病院(ブリュッセル)、クレイグ病院(デンバー)、マウント・サイナイ病院(ニューヨーク)、ケスラー・リハビリセンター(ニュージャージー)
- 交流電気的刺激;パーデュ大学(インディアナ)
慢性期の脊髄損傷:
* いくつかの臨床試験が実施されている。Acorda Thera-peutics社は、慢性脊髄損傷に対する4-アミノピリジンの効果に関する第V相試験を多施設で実施中である。先行した第U相試験は、4-アミノピリジンが慢性脊髄損傷の約3分の1の患者の神経学的機能を改善し、痙性を減少させることを示唆している。 プロニューロン社は、活性化マクロファージ移植の多施設での第U相試験を開始した。テルアビブとブリュッセルで行われた最初の第T相試験では、マクロファージは血液から採り、活性化させて受傷後2週間以内の患者に安全に移植できた。
- Fampridine SR(4-アミノピリジン)の慢性患者への投与(Acorda社);米国・カナダの82の脊損センターで第V相試験実施中。
- ブタ神経幹細胞を慢性患者へ移植(Diacrin):アルバーニ医療センターおよびワシントン大学セントルイス校
- OEG移植:ブリスベーン(成体OEG使用)、リスボン(鼻粘膜)、北京(胎児OEG)
- 骨髄幹細胞移植:慢性患者への移植 ブラジルのSao Paulo大学(Erika Barros)
Diacrin社は、ワシントン大学セントルイス校とアルバーニ医療センターにブタ胎児神経幹細胞移植の治験を依頼している。ブタ由来の胎児神経幹細胞は慢性脊髄損傷者に移植された。パーデュ大学(インディアナ)の治験は、受傷後2週間以内の患者に交流の電気刺激療法を行い、その効果をアセスメントしている。 OEG移植は、北京、リスボン、ブリスベーンで実施された。北京では350人以上の患者が、中絶胎児の嗅球から分離したOEG細胞を移植された。ブリスベーンでは3人の患者が鼻粘膜から培養されたOEG移植を受けた。リスボンでは慢性脊髄損傷患者の脊髄に直接、鼻粘膜が移植された。
新たな有望な治療法
コンドロイチナーゼ:
* コンドロイチン-6-硫酸塩プロテオグリカン(CS PG)は細胞外基質タンパク質であり損傷部位の軸索成長を強力に抑制する。コンドロイチナーゼABC(CA BC)は細菌性酵素であり、GSPGを破壊する。これはラットの機能向上を伴う再生の可能性を示唆した。
- コンドロイチン-6-硫酸塩プロテオグリカン(CS-PG)は脊髄の軸索成長を抑制する(Silver, et al., 1993)
- 細菌酵素であるコンドロイチナーゼABC(ChaseABC)はCSPGを破壊し修復を刺激する(Bradbury et al., 2002) グリア由来神経栄養因子(GDNF)
- グリア由来の成長因子であるGDNFは、神経保護的に現れ(Cheng et al., 2002)、軸索成長を刺激する(Xu, et al., 2003)。
- GDNFはパーキンソン病の臨床治験が実施中。OEG:OEG細胞は脊髄に移植すると再髄鞘化と修復を刺激する(Raisman, et al., Ramon-Cueto, et al, Kocsis,et al.,他、1998-2003)。
グリア由来神経栄養因子(GDNF)はグリア細胞が産生する成長因子である。GDNFは神経保護的であり、神経再生的であることが示唆されている。すでに、GDNFはパーキンソン病の臨床試験が実施中である。
計画中の臨床治験
IN-1(抗ノゴ抗体):Novartis社
ノゴ受容体ブロッカー:Biogen社
IgMカッパ抗体:Acorda社
イノシン:ボストン・ライフサイエンス社
Cethrin(C3 rho阻害剤):Bio Axone社
骨髄幹細胞:Neuronyx社
胎児神経幹細胞:岡野ら、慶応大学
臍帯血幹細胞:Stemcyte社
コンドロイチナーゼABC: Acorda Therapeutics社、生化学工業、他
グリア由来神経栄養因子(GDNF):サンディエゴのAmgen
エリスロポエチン(赤血球生成促進因子EPO):ジョンソン&ジョンソン社
* IN-1は阻害因子中和抗体、ノゴ(Nogo)は軸索成長を強く抑制するミエリンタンパク質で、C3も含めノゴの作用を阻害する化学物質の開発が進んでいる。
Igは 免疫グロブリン。イノシンは錐体路再生を刺激する。臍帯血幹細胞移植の第T相試験が開始された模様。コンドロイチナーゼABCは、損傷部位の軸索成長を強力に抑制するコンドロイチン(GSPG)を破壊するもので、ラットレベルで有効性が明らかになった。
グリア由来神経栄養因子は、パーキンソン病の治験が行われ、脊髄損傷に対しても実施見込み。エリスロポエチンもヒトへの治験が予定されている。
脊髄損傷治療の第1世代
4-アミノピリジン(Acorda社)
成長刺激物質:GM1(Fidia)、AIT-082(Neotherapeutics)、交流電気刺激(Purdue大)
細胞移植:胎児脊髄移植(UFG) マクロファージ (プロニューロン社)
胎児幹細胞:ブタ(Diacrin)、ヒト(ロシア、中国)、末梢神経移植片(台湾)
OEG移植:中絶胎児(北京)、鼻粘膜自家移植片(リスボン)、鼻OEG培養細胞(ブリスベン)
ニューロトロフィン〔神経栄養〕?繊維芽細胞を分泌する
歩行訓練:免荷トレッドミル訓練(ボン、チューリッヒ、UCLAほか)
歩行FES(機能的電気刺激):(アリゾナ、ウィーン)
* 現在は第一世代の治療法の段階にあり、1ダースもの治験が行われている。その幾つかの治療法はその一部の人々の機能を残存させることができるだろう。
脊髄損傷治療の第2世代
免疫療法:M1抗体(Acorda社)、共重合体copaxone(Teva)
成長抑制ブロッカー:、ヒューマナイズドIN-1(Novartis社)、Rollipram(PDE-4阻害物質)、C3 rho阻害剤(Bio Axone社)、コンドロイチナーゼABC(生化学工業)、ノゴ受容体ブロッカー(Biogen社)
成長因子:ニューロトロフィン(Regeneron)、イノシン(BLSI)、neuregulins(Acorda社)
細胞移植:骨髄幹細胞;臍帯血幹細胞、遺伝子改変幹細胞、腸グリア幹細胞
* 第2世代の治療法は2004年から実施される。ほとんどすべての治療法は、実験動物では機能回復をもたらしたことが報告されている。明らかなことは、治療に用いられる物質には多数の候補があり、第1世代と第2世代の治療法の分岐点はまさに治療効果を描き出すことになる。第2世代の治療法がどうなるかは、第1世代の治験の結果に左右されることは明らかである。
第3世代の治療法
コンビネーション〔組合せ〕療法
再 生:損傷部位の架橋、成長因子、抑制の克服、標的への軸索の誘導
再有髄化:髄鞘形成刺激、シュワン細胞による髄鞘形成、OEG、O2A、胚性幹細胞
回 復:4-アミノピリジン、バイオフィードバック療法、強制使用療法、
Activity-induced plasticity
新たな治療法:
ワクチン:再生ワクチン、神経保護ワクチン、再有髄化ワクチン
幹 細 胞:神経置換、萎縮の逆転、運動神経の置換
生体内の遺伝子療法:遺伝子療法による神経栄養因子や他の成長因子の発現、細胞接着分子による直接の軸索成長、ephrinsとsonic hedgehogによる軸索成長刺激。
* 第3世代の治療法は、おそらく再生・再有髄化・回復の治療法を組み合わせたものとなるだろう。
いくつかの真に新たな治療法は、治療的ワクチン、失われた神経の幹細胞の交換と軸索成長の誘導法を含むものを織り込んだものであろう。これらの治療法は1995年の科学者の目にはかすかな光でさえなかった。
遺伝子療法の概念は1995年に転換されたにもかかわらず、生体内での遺伝子療法を行うためのツールは入手できなかった。可能性のある遺伝子としては、神経栄養因子や他の成長因子、細胞接着分子、ephrinsとsonic hedgehogがある。
結 論
* 過去8年において、脊髄損傷医療は革命的に変化した。多くの再生療法や再有髄化療法が脊髄損傷後の機能回復を向上させたことが報告され、臨床試験を待つばかりである。この分野には、多くの研究をベースとした希望がある。それは「治療法が利用可能だとしても、それはいつになるのか」ということではない。
- 1995年には唯一つの治療法(メチルプレドニゾロン)が受傷した際に投与され回復を向上させた。研究室レベルのいくつかの有望な治療法が示された。
- ここ8年間〔1995-2003〕、外科療法・薬物療法の進歩は、脊髄損傷医療の革命をもたらした。集中的訓練は歩行能力の回復をもたらすだろう。
- いくつかの臨床試験で限られた結果しか示さなかったが(胎児脊髄移植、GM1)、その他の実施中の治験は明らかな成果を挙げるだろう(現在の4-アミノピリジン、OEG、交流電気刺激法)。
- 動物において機能回復を向上させた多くの再生療法や再有髄化療法は、治験が開始されたかまもなく着手される。
■ 関西医大での骨髄間質細胞移植 ━ 研究者との懇談会を開催 ━
〔はじめに〕
2003年12月11日、共同通信社が「細胞移植で脊髄損傷を治療 関西医大、国内初実施へ」と報道した。
これは京都大学の研究グループが関西での代表的な救命救急センターのある関西医大と共同で臨床研究の実施を計画したものである。
受傷直後の脊髄損傷患者の腰の腸骨から骨髄液を採取し、その中の骨髄間質細胞を培養後に注入し、損傷脊髄の再生を促進しようとするものである。この治療法は世界で4グループほどが研究を進めているというが、人への臨床研究では世界初のトライアルとなる。
〔*本稿は2月の疼痛調査特別号の掲載内容を改変した。骨髄間質細胞については、p10のキーワード解説参照を〕
〔懇談会にて〕
私たちとしては国内で初めての脊髄再生のための臨床研究であることから、京都大学の鈴木助教授らに、臨床研究を実施する前に可能な限りの情報公開と研究計画に関する話し合いを要望した。
それを受けて共同研究者が上京し、当事者団体との懇談会が開催された。
2004年1月18日(日)の午後、共同研究者である中谷壽男教授(関西医大救急部)、井出千束教授(京都大学機能微細形態学)、鈴木義久助教授(京都大学形成外科)が上京され、日本せきずい基金(主催)、全国脊髄損傷者連合会、頚損連絡会(代理)との懇談会が3時間にわたって開催された。
懇談会では、人への臨床研究の前提となる動物実験の内容、今回の臨床試験計画の概要について報告していただいた後、事前に送付した30項目近い質問事項について先生方に説明していただいた。
懇談会の席上、
- 培養細胞の安全性確保のための医薬品の製造基準であるGMP基準に合致した施設で培養するため、関西医大倫理委員会に再申請すること、
- インフォームドコンセント文書は事前に当事者団体が患者に面会する際に公開できること、が明らかにされた。さらに私たちの要望に応え、
- 臨床研究の実施前に一般市民を対象にした「公開セミナー」を開催すること、で合意した。
〔動物実験の概要〕
ヒトへの臨床研究に当たっては動物実験においてその科学性、安全性が確認されていなければならない。
鈴木助教授には、今回、ヒトへの臨床研究を計画するにいたった「前臨床研究」の内容について約1時間にわたって報告していただいた。鈴木助教授らの脊髄再生研究は、@損傷部位をブリッジする人工材料のアルギン酸塩スポンジ、A神経幹細胞、B骨髄間質細胞の3つを柱に進めてきた。その中で骨髄間質細胞の研究は以下のようなものである。
脊髄を挫滅させたラットに別のラットの骨髄間質細胞をシャーレで培養。シャーレに付着した細胞をくも膜下腔の脳脊髄液経由で投与し、脊髄に骨髄間質細胞が時間と共に広範囲に付着し、その後、注入細胞は消滅して行ったが、行動学的に機能改善が確認された。
投与した脳脊髄液をニューロスフェア(神経幹細胞の塊、神経前駆細胞)にかけてみたところ、神経突起の伸張が確認でき、何らかの液性成分が作用して神経再生をもたらしたものと考えられる。
* サルによる安全性試験:受傷していないカニクイザルの腰椎付近のくも膜下に骨髄間質細胞を注入した。1週間後、脊髄だけでなく延髄や小脳表面にも移植細胞が広がっていた。1ヵ月後に移植細胞は殆ど消失しており、腫瘍化など移植細胞が無限に増殖する危険性はない。
1ヵ月後の検査では大脳、血管、脊髄液にも炎症の発症はなく、髄液・血液検査でも大きな病的変化は確認されなかったことから、骨髄間質細胞移植の安全性を確認した(8ヶ月経過後も変化はない)。
〔臨床研究計画の概要〕
受傷直後の患者の骨髄から骨髄間質細胞を採取→増殖→患者の脳脊髄液に注入する。
通常の脊髄損傷急性期治療のプロセスにこの段階を組み込む。2月以降に関西医大ICUに搬入される脊損患者の治療にあたって、脊椎固定手術のための腸骨を採取する際、その腸骨片から骨髄液を採取、それを培養設備で治療必要量まで培養増殖する(10日〜2週間かかる。神経幹細胞に分化させるのではない)。その後、培養した間質細胞を腰椎穿刺によりクモ膜下に注入し、脳脊髄液の還流過程に乗せる(細胞数は10の6乗〜7乗;100万〜1000万個)。注入された間質細胞が、脳脊髄液の流れに乗って損傷脊髄部位に到達して付着し、損傷脊髄の修復・再生をサポートする。(この方式については、ラットで成功しており、サルにおいて安全性を確かめている。)
骨髄間質細胞を脳脊髄液中に注入しても神経系の細胞に分化しない。脊髄修復と機能回復が見られたが、それは「骨髄間質細胞から液性の有効成分が出ている」ことによると思える。
移植細胞が時間と共に減少することで、腫瘍化、異常な分化の可能性はほとんどない。なお、関西医大では骨髄間質細胞を心筋梗塞の心臓の細胞に移植し、大きな副作用がなかった。
少数の移植細胞が脊髄損傷部に進入する。これが機能回復の大きな要素かどうかは現在のところ不明。 損傷レベルにより効果に差が出ると思われる。インフォームド・コンセント(IC)には万全を期す。
ラットレベルで効果を確認、サルの脳脊髄液への注入という操作の安全性の確認→臨床応用レベルにあることを文書化して患者に示し同意を得る。採取時(受傷直後)に1回目のインフォームド・コンセント(家族の代諾)、受傷10〜14日頃に移植するか否か2回目のインフォームド・コンセント(本人に)を実施する。
〔質疑応答から要約〕
(以下、研究者の回答部分のみ記す)
* 詳細はホームページに掲載予定。
- 注入した骨髄間質細胞から「何らかの液性成分」が出て、行動学的・組織学的効果が認められる。
- 機能回復の評価は多面的な検査項目で実施するが、1例のみで論議するには難しい点もあり、将来的には多施設で比較対照が必要である。
- サルの実験では腰椎穿刺でも、広範な脊髄表面に移植細胞が付着していることが確認された。
- 骨髄液は1立方センチ位でも可能である。培養はフィーダー細胞を使わず、まったく普通の培養法であり、そのプロセスは安全である。
- 移植細胞と同様のヒト骨髄細胞をサルやラットに注入しての安全性試験は、異種間移植になるため行わない。
- 髄液経由での骨髄間質細胞の有効性は、ラットの挫滅タイプの損傷で確認している。
- 倫理委員会の承認は1例のみのものではなく、同様の研究手続きにより随時・適宜実施できる。
- 免疫不全マウスでガン化や細胞の骨化しないことは、事前に確認する予定である。100例以上のラットの実験で炎症発生はなく、移植細胞の骨化はない。
- 細胞注入で予測される最悪の事態は「何の効果もない」ことである。
- 対象患者は、高位損傷や高齢者でなく、肺・循環器障害や慢性疾患のない人が対象としやすい。 C3、4レベルでも単独損傷なら対象になる。中学生・高校生などの未成年者も対象としたい。初回には、不全麻痺者は避けたい。
- インフォームド・コンセント(IC)は初めは中谷教授が行い、その文書は患者に渡す。細胞注入する2回目のICの前に、可能であれば当事者団体が患者・家族と接触して、第三者として情報提供して頂くことが望ましい。〔後日、IC文書に患者の相談機関として当基金名を記載することで了承している。〕
- 急性期のICは、当事者団体の意見も入れて、より良いものとしていきたい。
- フォロー体制は、関西医大ICUに脳神経外科医、整形外科医がおり、また各科のサポートが得られる。再生医療が開始された暁には、学内の他科での病棟で経過を見て行きたい。急性期以降で、院内で経過観察できない場合でも、関連病院も含め症状が落ち着く半年程度は経過を見て行きたい。
* 臨床研究の実施前に研究者とのこのような懇談は極めて異例であり、対応していただいた先生方に謝意を表したい。■
〔投稿〕
関西医大の本邦初ヒト対象
脊髄再生治療試験計画に関して
- 確実な治療のために:なお残されていると思われる問題点 -
阿部 由紀
昨年12月、共同通信が報じたビッグニュース以来、わが国の脊髄再生医療を巡る論議は、いよいよ具体性を帯びるものとなりました。並行して、中国の黄紅雲医師による胎児の鼻腔粘膜臭神経鞘を用いた脊髄再生治療実施のニュースが流れました。2004年は、間違いなく、わが国の脊髄再生治療の元年になると思われます。また、共同通信の情報が流れてから間もなく、この治験を実施する研究者・医師と患者団体との間で、情報交換と質疑応答の懇談会が持たれたことも、大変意義あることであったと思われます。重要な治験の前に、治験実施者から患者団体にその実施内容についての詳しい説明があり、且つ実施計画についての一定の変更と、治験実施前のいわば情報公開とも言える「公開市民セミナー」開催が、両者の間で合意されました。
私は、このような機会が実現したこと自体、画期的なこと、と考えています。従来、医師サイドにおいては、「難しいこと」は患者には無用、という傾向があり、患者サイドも、「難しいこと」を勉強する機会を与えられないまま、「医療過剰依存症」と「医療不信」の間を揺れ動く傾向がありました。その結果、「医療過誤問題」を不毛な形で引きずるケースも多々あったと思います。私は、今回、患者サイドも、それこそ「脳に汗して」考える機会を与えて頂いたことに感謝したいと思います。 今回治験について、患者の立場から、論点整理を試みたいと思います。
注:私の脊髄損傷は、外傷によるものではなく、頸髄から胸髄にかけての数髄節にわたるアストロサイトーマによるものです。限界ギリギリの放射線量のコバルト照射を受けました。それ以外の治療手段は無かったと思います。急性期に生命を危ぶまれさえしましたが、危機を乗り切り、15年生き延びました。今再発期に入り、再発の際は、悪性化は必至で半年の命という、大方の事例報告を覚悟に生きております。この15年間、麻痺と全身的激痛を抱え、脊髄という中枢神経の複雑な構造を日々実感して生きてきたように思います。おそらく今回試験される治療法は私のようなケースには適用とならない、ということと、脊髄の構造的複雑さを過剰に実感して生きてきた、ということが背景にあるため、少々クールな論点整理になったと思います。
しかし、私は、必ずしも再生医療について超慎重論者ではありません。脊髄治療の重要な選択肢の一つであり、むしろきわめてエキサイティングなことであると考えております。医学・医療の発展は、あるとき、劇的なブレークスルーを超えて飛躍的に発展するものです。医学の発展のためには、そうしたブレークスルーは不可欠とさえ言えるでしょう。ブレークスルーが確定するまで、多くの治療法が淘汰されていきます。そのときは、決まって激しい賛否両論が巻き起こるし、生命倫理に関する結論なき哲学的論争も顕在化します。ただ、客観的にはそれはあってしかるべきだし、医学・医療の健全な発展のためには、研究者も患者も(行政も)それにきちんと自らの答えを出し、きちんと超えていかねばならないだろうと考えております。
1.有効性についてのエビデンスについて
◇今回試験計画を端的に要約すれば以下のようになる。
▼ 成体ヒトの骨髄間質細胞を約2週間かけて培養した後、受傷2週間後の当人の脳脊髄液に注入する。培養された骨髄間質細胞から脳脊髄液中に分泌された液性因子が、(ラットベース2日後のタイムスパンをおいて)受傷当人の損傷脊髄部位(成体ヒトの内在性神経幹細胞か、残存しているニューロンやグリア細胞)に作用を及ぼして、損傷によって欠損した脊髄神経(ニューロンとグリア)を補填するだけの、ニューロンやグリアの修復・増殖が行われる。機序は必ずしも明らかでないが、臨床応用の意義はある。そのように判断される論拠は、以下の動物実験による。
成体脊髄損傷ラットに他の成体ラットから採取した骨髄間質細胞を脳脊髄液中に注入すると、注入4日目から骨髄間質細胞が脊髄の損傷部位を覆い始め、7日まで増大し、3週間後には消失した。この間に損傷部の空洞は縮小しており、その結果BBBスコアによる運動機能評価は改善した。また骨髄間質細胞自体が、ニューロンやグリア、他の細胞に分化したとの所見はない。この傍証として、ラットベースで、骨髄間質細胞注入後2日後の脳脊髄液をニューロスフェア(胎児由来の神経幹細胞)に加えると、ニューロスフェアがニューロンやグリア細胞に分化・増殖し始めたという、生体外実験の結果を挙げることが出来る。
以上を踏まえて、
@ ラットでの実験から、いきなりヒトへの臨床応用への必然性に関して以下の点が懸念される。
@.ラットレベルにおいても、「有効性」が必ずしも十分解明されていない余地が残る。移植群が対照群に比較して損傷部の空洞もBBBスコアも平均して改善した、とされているが、「治療成功」とされるのはどのレベルか、また「成功率」も明示されていない。
「再生」の評価は目視でのBBBスコアによる後肢の動きの評価のみであるが、すべての脊髄機能(知覚、自律神経、排泄機能等も)をそれに一元化できるかどうか。
A.動物実験研究報告も周到に読み込むと、全て「示唆される」という推測である。最大のポイントは液性因子が同定されていないことにあると思われる。この同定は、現在多くの研究者の課題になっており、骨髄からの骨髄間質細胞の分離方法等によって、液性因子の作用の方向づけも変わってくるかも知れない。そのへんのことについては何ら触れられていない。今後の解明を待つ、とされているが、今の研究段階は、「ヒトでやって見なければ前に進めない」という段階なのか?単にヒトでも試してみるということなのか。
B.急性期の脊髄損傷治療に要する時間のラットとのタイムラグについて。
以上の液性因子の作用のヒトへの応用を妥当だとしても、治療の効果は2週間+ラットベース2日+ラットベース4日〜3週間となる。ラットベースのタイムスパンは成体ヒトではどれ位になるのか。急性期治療が出来る限り早期に適切な手段で行われるか否かが、麻痺や異常知覚の程度を左右すると考えられる。この時間と評価の関係をどのように考慮しているのか不明である。通常の脊損医療との兼ね合いも不明である。(この治療法の効果の判定にのみ焦点を当てれば、アグレッシブリハはやらない方が明確になる。一定の治療効果はリハビリだけでも可能という場合もある。)
C.薬剤治験の場合などでは、動物実験レベルで有効であり、害作用が無くとも、ヒトレベルで害作用が現れることがある。逆に、動物レベルで害作用があっても、ヒトでは害作用が現れず有効な場合もある。今回は、そのようなことを考えなくともよいのか。
A 有効性の判定基準があいまいであることは否めない。ラットでは、術後のオープンフィールドでの目視によるBBBスコア評価となっているが、これがそのまま、ヒトにあてはまるか。運動機能改善がこの治療によるものか、早期アグレッシブリハによるものか、自然改善によるものか判断不能の場合もあろう(中谷医師はラットでは自然治癒もあったと言われていた)。ヒトの場合、医師宣告「完全麻痺」でも立ち歩けるケースもある。不全頸損の場合、立ち、歩けるケースが結構ある。立ち歩けても激痛持ちのケースも多い。「評価方法は目下検討中、今後多施設での結果を積み上げる必要あり」とのことであるが、初めにある程度明確な「有効性」判断の基準が提示されていないと、「有効性判断」の有意性は揺らぐのではないか。
B ニューロン、アストロサイト、オリゴデトロサイト、ミクログリアがバランスよく再生され、正しくシナプス形成が行われなければ、脊髄は正常には機能しない。これを証明ないし論証出来るか。自分はアストロサイトーマなので、このことが気になる(動物実験で、腫瘍因子の発現は無いとの知見が得られたとしても)。
2.安全性について
@ 骨髄から骨髄間質細胞を分離、培養増殖させるプロセスについて、「安全な普通の培養法」と言われているだけで、明示されていない。恐らく、これは研究者のノウハウに属することであり、専門家間では論議のあるところだと思われる。GMP基準準拠設備での培養に切り替えられたのは妥当だと思われる。
A 骨髄間質細胞は、現在、様々な細胞への分化が期待できることや、他の幹細胞の分化を促す作用を持つ可能性があることで注目されている。何らかの契機で、神経以外の細胞が出現することはないのか。
B 上記の1‐?に関連して、アストロサイトやミクログリアは異常疼痛の発症に関与しているとも言われているので、部分的な再生の仕方によっては、仮に運動機能がある程度改善しても、強い異常疼痛や異常知覚、自律神経過反射が残ったり、強まらないかどうか。その場合「再生は絶対善」ではない。「望まれない再生」のような「中途半端な」再生はないかどうか。
C 「最大のリスクは何の効果も無いことであり、炎症が考えられる程度」と言われるが、「駄目もと」に過ぎないのを敢えてやってみるといった程度の臨床試験なのかどうか。「考え得る炎症」が髄膜炎や脊髄炎である場合、麻痺レベル、知覚レベルは確実に低下すると思われる。その点は考慮されているのかどうか。脊損の治療結果の評価が、本来の受傷の深刻度と急性期・亜急性期治療での合併症の影響とが区別出来ない場合もある。
3.治験の位置づけ が明確でないように思われる。脊髄再生治療の全体的な治験計画のデザインが見えてこない。今回治験が第何相に位置するか。これからの治験計画、または、展望があいまいである。取り敢えず単発的に積み上げていく、ということなのだろうか。
4.インフォームド・コンセントについて
脊髄損傷という、本人・家族ともに狼狽せざるを得ない事態の救急段階で、本来のインフォームド・コンセントが成立するかどうか、極めて難しいと思う。「リスクは何の効果もないことであり、炎症が考えられる程度」という説明はフェアでないと思う。また、この治療法の評価が確立していない段階で、患者団体がインフォームド・コンセントの一環に巻き込まれるのは妥当ではないと思う。ただ、患者のフォロー、患者サイドからの情報確認に患者団体に対して公式に道を開いている点は、新たな方向性の模索と考えられる。出来るだけ説得的なインフォームド・コンセントの形式を作り上げることは重要な課題となろう。また患者団体にとっても今後、様々な治験を受ける患者に対して、どのような立場をとり得るか、重要な検討課題となろう(第三者性を維持出来ることが望ましい)。
5.脊損医療における「再生医療」の位置づけ
脊髄の損傷部位の神経を修復することのみが脊髄損傷治療の必要条件ではないであろう。仮に脊髄パーツの修復が得られても、筋萎縮や関節硬縮の影響が全末梢部位から襲ってくることもある。慢性期患者の場合、それは不可避であり、脊髄が治癒しても末梢の不具合と痛みで歩くことも立つことも出来ないかも知れない。損傷脊髄部位の修復がまずスタート台であることは言を待たないが、適切なリハビリプログラムと組み合わされることが必須ではないかと思われる。今回の場合、どの程度その点が考慮されているのか。術後のフォローアップ体制がもう少し明確に示されてもよいと思う。 新たな治療法の開発は、ポジティブ要因の発見を最優先して動物実験を積み上げていくほか無い、ということを理解した上で、ヒトにとっての有効性、安全性の観点からあえて論点を挙げさせて頂きました。[了]
〔研究紹介〕
関西医大臨床試験の前臨床研究
Bone marrow stromal cells infused into cerebrospinal fluid promote functional recovery of the injured rat spinal cord with reduced cavity formation
Masayoshi Ohta, Yoshihisa Suzuki, Chizuka Ide, et al.
脳脊髄液に注入された骨髄間質細胞は、脊髄損傷ラットの脊髄における空洞形成を縮小させることによって、脊髄の機能回復を促進する。
関西医大における脊髄再生治療の臨床試験を計画している研究者・医師グループは、この治験に先立って、四つのタイプの動物実験研究をおこなってきた。それぞれ以下のようなものである。(1)ラットの脊髄切断部分に人工材料アルギネート・ゲルを直接注入、(2)脊髄損傷ラットの第四脳室から脳脊髄液中に同系統ラットの神経幹細胞を注入、(3)脊髄損傷ラットの損傷脊髄に同系統のラットの骨髄間質細胞を直接注入、(4)二系統の脊髄損傷ラットに対して第四脳室から脳脊髄液中にラットの骨髄間質細胞を注入、である。これらのラットを用いたいずれの実験においても、損傷した脊髄が修復され、運動機能が回復していることが示唆された。すなわち、方法的には、脊髄損傷ラットを用いて、その損傷部位に、人工材料、もしくは同系統のラットの骨髄間質細胞を直接移植する方法と、第四脳室から、同系統のラットの神経幹細胞もしくは骨髄間質細胞を注入して脳脊髄液経由で損傷部位に移植する方法が試みられた。
これらの方法を具体的にヒトに臨床応用することを考えた場合、アルギネート・ゲルは治療材料としてまだ確立しておらず、神経幹細胞は未決の問題があるだけでなく、事実上必要量の確保は不可能である。また、損傷部位への直接移植は、移植のための外科的手技によって追加的脊髄損傷を与える可能性がある。最もリスクが少ないのは、骨髄間質細胞を脳脊髄液経由で移植する方法であると考えられた。(4)の実験研究が、今回の臨床試験の直接の前提になっていると思われる。本稿は、この動物実験を報告する研究論文である。海外専門ジャーナルに受了済のものを、鈴木助教授から直接手渡されたものである。ここでは、その概要を紹介しておきたい。
なお、以上の四つタイプの動物実験に関する論文を全て全訳し、「日本せきずい基金」のホームページに掲載する予定である。本邦初の脊髄損傷治療の前臨床研究であるという観点から、是非目を通して頂きたいと思う。
〔要約概説・注:阿部由紀〕
骨 子
脊髄損傷の治療法として、細胞移植は最も効果的な方法であると考えられている。神経修復・再生のための移植材料としては、これまで、幾つかの種類の細胞が有望視され、実験で使用されてきた。例えば、シュワン細胞、鼻腔粘膜嗅神経鞘細胞、胎児神経幹細胞、脈絡叢上皮細胞、マクロファージ、神経幹細胞、等々、数種の細胞である。一方、骨髄由来の間葉系幹細胞(MSC)や成体多能性前駆細胞(MAPC、多分化能を持つ幹細胞)が様々な細胞に分化し得ることが明らかになっている。最近では、骨髄由来の間質細胞(BMSC)が、MSCやMAPCほど均質ではないが、中枢神経細胞のニューロンやグリア細胞に分化する能力を有することが報告されるようになってきている。
近年のラットを用いて行った研究では、骨髄間質細胞を脊髄の損傷部位に直接注入することによって、損傷脊髄の修復が促進されることが示唆された。これは、移植された骨髄間質細胞が神経系細胞に分化するわけではなく、何らかの液性因子が骨髄間質細胞から放出されるためではないかと考えられる。
本研究では、脊髄損傷ラットに脳脊髄液を通じて投与した骨髄間質細胞が、損傷した脊髄の組織修復とラットの行動機能回復に有益な効果を及ぼすかどうかを調べた。
胸髄T8〜9に錘を落として脊髄挫傷を負わせたラットに、同系統の他のラットの骨髄から採取した骨髄間質細胞を、第四脳室経由で脳脊髄液中に注入した。骨髄間質細胞は脳脊髄液を介して脊髄に運ばれ 伝搬され、大部分は脊髄表面に付着したが、少数が損傷部位に侵入した。移植を受けたラットは、対照群のラットと比較すると、BBBスコア(行動改善の評価)がより高く、損傷部に生じた空洞体積はより小さかった。移植した細胞は徐々にその数が減少し注入後3週間で脊髄から消失した。骨髄間質細胞の作用を調べるために、骨髄間質細胞注入2日後のラットから採取した脳脊髄液を、ニューロスフェア培養の実験槽に加えると、ニューロスフェア細胞が培養皿に付着し周辺に拡散する(末梢方向に伸びていく)のが認められた。これらの結果は、骨髄間質細胞が脳脊髄液中に何らかの栄養因子を産生することによって、あるいは宿主の脊髄組織と接触することによって、損傷部に生じる空洞の縮小とラットの行動機能の改善に効果を及ぼす可能性があることを示唆する。
骨髄間質細胞を自家移植のために使用できること、移植材料の脳脊髄液への注入という方法は患者へ与える負担が小さいこと等を考慮すれば、本研究の結果は重要であり、脊髄損傷治療において骨髄間質細胞の臨床使用が有望であることを示唆するものである。
実験の概要
実験対象の移植を受けるラット(レシェピエント)としては、4週齢のSprague-Dawley (S-D)系ラット(70〜90g)と同じく4週齢のWistar系ラット(70〜90g)を使い、注入する骨髄を採取するドナーラットとしては、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するよう遺伝子操作された8週齢の SD系雄ラット及び遺伝子操作しない同様のWistar系ラットを使った。
ドナーラットを殺してその頸骨と大腿骨から骨髄を採取した。その骨髄から骨髄間質細胞を分離し、培地で培養した。ドナーとしてのWistar系ラットはGFP遺伝子操作したものを入手できなかったので、その骨髄間質細胞にはレトロウィルスを用いてGFP標識をつけた。こうして、いずれのタイプのドナーラットの骨髄間質細胞も動態を緑色蛍光で追跡観察できるようにした。
ついで、骨髄間質細胞を注入した脳脊髄液の神経再生に対する効果を生体外実験で確かめるためのニューロスフェアを作成した。SD系ラット胎児の脊髄、及びWistar系ラット胎児の海馬から組織(神経幹細胞)を採取して培養し、脊髄由来と海馬由来双方のニューロスフェアを形成させた。
動物実験は、全て京都大学動物実験マニュアルに従って行った。レシピエントとして使用したのは、SD系ラットが合計54匹、Wistar系ラットが62匹であった。それぞれ、麻酔後に椎弓切除して胸髄T8〜9部位を露出させ、そこに金属棒の錘を落として脊髄挫傷を負わせた(ニューヨーク大学方式脊髄損傷動物モデル)。それらを移植群と対照群に分けた。骨髄間質細胞移植群には骨髄間質細胞を含んだPBS溶液(燐酸緩衝液)を、対照群にはPBS溶液のみを、第四脳室から注入した。その後決められた時期毎にラットの運動機能を測定して評価し、またその時点ごとに屠殺したラットの組織標本を作成して観察した。
また、ニューロスフェアの培養において、骨髄間質細胞を注入したラットの脳脊髄液を添加した場合と骨髄間質細胞を注入しない対照群のラットの脳脊髄液を添加した場合について調べ比較した。
実験の結果とその観察・評価
1) 骨髄間質細胞の移植後の経過観察:骨髄間質細胞を脳脊髄液に注入4日後に、脊髄の表面に細い線状の集落をなす細胞群が認められた。細胞群は、主に頸髄、胸髄、損傷部位に顕著に認められ、背側より腹側のほうが多かった。細胞群の数は7日目まで増加を示し、その後は次第に減少して3週間後には脊髄表面上からは消失した。損傷を与えたSD系ラット、Wistar系ラット、無傷のラットいずれの場合においても、同様な細胞群のパターンが見られた。
時間経過とともに、GFP蛍光の細胞は、損傷部に出来る空洞辺縁に局在するようになるのが認められた。
骨髄間質細胞自体がニューロンやグリア細胞に分化したという所見はない。
2) 病巣部の空洞の縮小:移植されたラットでは、対照群に比べ、病巣部の空洞が小さかった。
3) 運動機能評価:運動機能をBBBスコアで評価した。骨髄間質細胞を注入したラットでは、全ての時点において対照群に比較して、統計学的に有意に改善を示していると判定された。
4) ニューロスフェア培養に対する骨髄間質細胞の効果:ラット胎児の脊髄由来、及び海馬由来のニューロスフェアは、培養液の中を浮遊しているが、骨髄間質細胞注入2日後のラットの脳脊髄液を加えられると、培養器の中の培養皿の底に付着し、周辺に向かって細胞突起を伸ばし始める。一方、対照群のラットからの脳脊髄液はこうした作用を引き起こさなかった。またこうした効果は注入5週目のラットからの脳脊髄液でも認められなかった。このことは、骨髄間質細胞を注入した脳脊髄液中では、1-2週間の間に何らかの修復促進因子が生成され、その後次第にその修復促進因子の効果は減少し、5週目にはゼロになるのかもしれない。
考 察
脳脊髄液に注入された骨髄間質細胞は、脊髄表面に付着し、一部は損傷部位に浸入するとみられる。その結果、損傷後の空洞形成が縮小し、運動機能の改善が促進されたと考えられる。
空洞の辺縁の組織は、主にアストロサイトとオリゴデンドロサイト、それにいくらかのニューロンで構成されていることが観察された。このことは、骨髄間質細胞が軸索の成長、グリア細胞の回復と増殖に働く何らかの修復促進因子を産生している可能性を示している。骨髄間質細胞を注入したラットから得た脳脊髄液が、ニューロスフェアの培養皿への付着と分化を促したという今回の生体外実験の所見は、この仮説を支持していると思われる。現在、骨髄間質細胞から産生されたいかなる物質が、損傷脊髄の空洞形成の縮小・減少を含む組織修復に寄与しているのかは知られていない。
結論・臨床的意義
骨髄間質細胞の第四脳室からの注入は、明らかに損傷ラットの組織修復と行動機能改善に寄与したと思われる。脳脊髄液を介しての移植物質の注入は、損傷を受けた脊髄に更に追加的損傷を与えるということはない。腰椎穿刺による注入は重大な侵襲なしに行われうるので、効果を持続させる為に、骨髄間質細胞を繰り返し注入することが出来る。
今回の研究は、初めて、脳脊髄液を介しての骨髄間質細胞の移植が脊髄損傷治療に有効であること、そして、患者に追加的な重度の外科的苦痛を与えることなく骨髄間質細胞の自家移植を行う為の臨床的道筋を示した。
(以上)
〔注〕: キーワード解説
@ 骨髄間質細胞(BMSC):骨髄には、造血幹細胞が存在し、骨髄間質細胞が産生する液性因子やその他諸要因の作用で血液へと分化・増殖する。また骨髄間質細胞には間葉系幹細胞(MSC)や多能性成体前駆細胞(MAPC)も含まれている。間葉系幹細胞からは骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞が分化し、多能性成体前駆細胞は特殊な条件下で骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞、骨格筋繊維、心筋、肝細胞、神経細胞、肺及び腸管の上皮細胞に分化する。近年、細胞治療のための幹細胞のソースとして、骨髄間質細胞を用いる研究が進んでいる。
A 神経幹細胞(neural stem cell):多様な神経に分化し得る多能姓を持つ細胞で自己複製性を持つ。神経(特定の神経)にのみ分化するよう方向づけられたものを神経前駆細胞と呼ぶが、両者は厳密には区別され難いので、両者を含んだものが神経幹細胞と呼ばれている。成体哺乳動物の神経幹細胞の局在部位は、脳の海馬歯状回の顆粒細胞層下部、前脳の脳室下帯、脊髄の中心管周囲(上衣細胞を含む)。
B 中枢神経幹細胞:分裂を開始すると、神経(ニューロン)前駆細胞、グリア前駆細胞に分化・増殖し、ニューロン前駆細胞は幼弱ニューロン、成熟ニューロンに、グリア前駆細胞はアストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化・成長・増殖する。(末梢神経の場合、オリゴデンドロサイトはシュワン細胞になる。)
C ニューロスフェア(neurosphere神経球):Weissらによって開発された、分裂を続ける神経幹細胞の球形の浮遊塊。実験で神経幹細胞の同定に使われる。この培養法をneuro-sphere法と呼ぶ。神経幹細胞、分裂を開始した神経幹細胞、神経前駆細胞など多様な細胞を含む神経細胞集団である。
D 中枢神経の再生:現在のところ、主に以下のような三通りの道筋で考えられている。
(1) 細胞体、軸索の再生を促すような、あるいは再生を阻害する要因を排除するような蛋白質を投与する。
(2) 内在性神経幹細胞を賦活化→分化・増殖。
(3) 外部から目的の部位への細胞移植:2タイプある。
E GFPトランスジェニックSprauge-Dawley (S-D)系ラット:遺伝子操作された研究用ラット。卵核にオランクラゲのDNAを組み込み、オランクラゲの持つ緑色蛍光発色蛋白質(GF P)がラットにおいても発現するようにしたもの。緑色蛍光を標識にしてラットの組織や細胞の動態を追跡観察できる。
- 神経幹細胞自体を必要な神経に分化させて宿主に移植。あるいは、移植した神経幹細胞自体が分化して宿主の中に組み込まれる。
- 移植した神経幹細胞から分泌される液性因子(栄養因子)が宿主の細胞の再生を助ける。(この因子は未同定)
今回の試験は、(3)のAの考え方に立脚していると思われる。
F Wistar系ラット:研究用動物として、同一の一般的遺伝子構成で、厳格兄妹交配によって作られたラット。殆どの遺伝子座がホモ結合の近交系ラット。米国の生物学者Wistarによって開発された。
G BBBスコア:後肢運動機能の評価法の一つ、オープンフィールドBBBスコアリングシステム(Basso-Beattie-Bresnahan Locomotor法)に基づい
て運動機能の評価を行った時の評価点。
■ 鼻粘膜細胞(OEG)による脊髄再生 ━ 慢性期治療法 ━
鼻の粘膜部分にある嗅神経鞘細胞グリア(OEG)の特異な再生能力に着目し、これを脊髄再生に用いる治療が世界各国で行われ始めている。ここに関係論文とともにその動向を紹介する。〔OEG細胞の特性についてはp13,15参照を〕
北京に「脊髄損傷者国際回復支援センター」開設
2004年1月、中国の脊髄損傷国際回復支援センターから、脊髄損傷者国際回復支援センター開設との連絡が当基金にあり、3月には北京事務所が開設された(日本語版ホームページ:http://www.zoukiishoku.com)。
これは、北京の首都医科大学朝陽病院の黄紅雲医師(脳神経科)らの開発した、胎児の鼻の粘膜細胞(嗅神経鞘細胞/OECグリア=OEG)を受傷後6ヶ月以上経過した脊髄損傷者に移植する治療法を日本人患者を含む外国人を対象に実施することを目的としている。
過去3年で300数十人の中国人に実施し、一定の機能回復を見た、と報告している。現在の中国人の手術予約者は6000人との情報もある。米国では昨年秋からこれまでに13人が手術。中国での長期滞在が困難なため、ミシガン・リハビリ研究所が帰国後のリハビリや経過観察し、1年後に黄医師が訪米する予定という。
また、イギリス・カナダ・カザフスタンからの患者の手術が行われ、日本人第一号患者Y氏の手術も2月13日に実施し、成功したとの連絡が同センターからあったが、その詳細は不明である。引き続き訪中している患者もおり、年内には10人単位で日本人が手術を受ける可能性がある。MRI画像を北京にメールし、適応ありと判断され経費を振り込むと訪中となる。日本人の治療に要する総費用は1ヶ月のリハビリや諸経費も含め280万円(渡航費は含まず本人のみ)。
各国でのOEG移植:慢性脊髄損傷者への移植
@ リスボン(ポルトガル):Carios Limaは、10人以上の患者の脊髄に鼻粘膜を移植した(自家移植)。
A ブリスベーン(豪州):Tim Geraghtyと AlanMckay-Simsは、鼻粘膜由来のOEG細胞を1500万個培養し8人の患者に移植した。第U相試験に入り、わが国の研究機関と共同研究が実施される見込みである。
B 北京(中国):黄紅雲医師は、中絶胎児嗅球由来のOEGを培養し、300人以上の患者に移植した。わが国の研究・リハビリ機関との連携を望んでいる。
C ノボシビルスク(ロシア):S. Rabinovichは胎児由来のOEGと神経幹細胞を混合し、15人(18-52歳)の完全麻痺の患者に移植した。内6人はフランケル分類AからC(不全)へ、5人はAからBへ、4人には何の効果もなかった(Biomed Pharmacother.2003 Nov;57-9)。
〔研究論文〕
脊髄損傷への嗅神経鞘細胞移植後の
機能回復における患者の年齢の影響黄紅雲ら Chin Med J 2003;116(10)
これまで多くの研究によって、脊髄損傷の治療法としてOEC移植の可能性が強調されてきた。in vitro〔試験管内〕でOECは、細胞接着分子や神経成長因子を通して、軸索を(延長や伸長するなど)盛んに成長させることができた。脊髄損傷動物モデルでは、脊髄への鞘細胞移植により、軸索の再有髄化と再生とを加速することがみとめられた。本研究で我々は、in vitroおよびin vivo〔生体内〕における一連の実験的研究を基に、機能回復に脊髄損傷患者の年齢がどのように影響するかを検討した。
(赤十字語学奉仕団・渡辺理恵子訳)〔〕内は事務局による
1.方 法
対象患者:本研究には、男性139名、女性32名からなる脊髄損傷患者(外傷性損傷患者および硬膜外血腫による急性圧迫症患者)171名が参加した。患者の年齢は2〜64歳で、平均34.9歳であった。受傷後の期間は6ヶ月〜18年である。脊髄の損傷レベルは、頚髄114名、胸髄52名、胸腰椎移行部5名であった。全患者は神経栄養因子、神経成長因子〔の投与〕、脊髄除圧術などによって、相当する治療を受けていた。
以下の場合にOEC移植の適応とした。すなわち、MRI検査において脊髄圧迫所見を認めず、脳脊髄液以外に断裂などの空隙を認めないこと、損傷から入院までの期間が少なくとも半年であることである。
細胞培養:〔中絶胎児の〕嗅球糸球体層由来のOECを、10%ウシ胎仔血清を加えたDMEM-F12培地で3〜4日間培養し、その後、DMEM無血清培地(Gibco社製 BRL) で2〜3週間培養した。後者の培地(Gibco BRL)を週2回投入して培養してからトリプシン-EDTAを用いてOECを分離し、続いて(血清を加えた)DMEMに1 ×104 cells/μ?の細胞密度で懸濁し、これを脊髄に移植した。
手 術:患者を全身麻酔下で脊髄フレーム上に腹臥位で乗せた。正中切開を行ない、適切なレベルで筋肉を骨膜下に剥離した。硬膜開口中、筋肉、骨、硬膜外腔を慎重に扱った。脳脊髄液ドレナージは徹底して硬膜の静脈を減圧し、これにより漏出血液が術野を満たすことができたため、硬膜が縫合されるまでくも膜は保護された(訳注:脊髄虚血を防ぐことができた?)。病変部全体にわたる範囲で椎弓切除を行なった。外科的処置による脊髄変形を避けるため、かつOEC移植後に構造的な再生が可能となるように、椎弓の全体を切除(椎弓切除術)した。培養したOEC(約50万個)の懸濁液(50μ? )を、脊髄の病変部における頭側端と尾側端に隣接した部位に注入した。術中、運動機能と体性感覚の誘発電位をモニターすることにより、瞬時に患者の神経学的状態を評価することができた。必要があれば、OEC移植後2〜4日間、止血性抗生物質および予防性抗生物質を投与した。頚髄損傷患者は術後12週間、硬性カーラー〔ネックカーラー?〕を使用した。
機能評価:OEC移植の術前および術後2〜8週目に運動スコア、表在触覚スコアおよびピン痛覚スコアについて、機能評価を行なった。評価基準として、アメリカ脊髄損傷協会(ASIA)および国際パラプレジア医学会(IMSP)のInternational Standards for Neurological and Functional Classification of Spinal Cord Injury (1992年改訂)を用いた。
統計分析:統計分析ソフトSPSS 8.0を使い、一元分散分析(one-way ANOVA)およびqテストで5グループを比較した。全データを標準偏差で表し、P<0.05を統計的に有意とみなした。
2.結 果
ASIAおよびIMSPの評価尺度に基づいて神経学的機能を評価した。OEC移植後、20歳以下(9名)、21〜30歳(54名)、31〜40歳(60名)、41〜50歳(34名)、51歳以上(14名)の5グループにおいて比較した。
51歳以上のグループはピン刺激の回復度が21〜30歳グループを除き他のグループより高かった〔注:この記述には確認が必要〕。
- 術後、運動機能スコアは次のように向上した:
20歳未満(5.2±4.8) 21-30歳(8.6±8.0)
31-40歳(8.3±8.8) 41-50歳(5.7±7.3)
51歳以上(8.2±7.6) (F=1.009, P=0.404)
- 表在触覚は以下のように向上した:
20歳未満(13.9±8.1) 21-30歳(15.5±14.3)
31-40歳 (12.0±14.4) 41-50歳(14.1±18.5)
51歳以上(24.8±25.3) (F=1.837, P=0.124)
- ピン痛覚は、以下のように向上した:
20歳未満(11.1±7.9) 21-30歳(17.2±14.3)
31-40歳(13.2±11.8) 41-50歳(13.6±13.9)
51歳以上(25.4±24.3) (F=2.651, P=0.035)
3.考 察
脊髄損傷が麻痺をもたらすのは、成体の中枢神経系(CNS)では損傷した軸索は再生できないという事実と関連している。成体中枢神経系では正常な再生がみられないことを説明する要因がいくつかあると思われる。脊髄損傷部位やその周囲に対して、末梢神経、胚性幹細胞、マクロファージ、およびOECのようなさまざまなタイプの組織の移植が行われてきており、これらの移植は、損傷軸索の自発的な再生に寄与していることが示されているが、なかでも、より有望な役割を果たすと思われるのはOEC移植である。
OECの特徴
嗅神経系は、生涯を通じて軸索が嗅上皮から中枢神経系へと持続的に成長するという点で特異的である。嗅神経系では軸索伸長と標的特異的なシナプスとが相互に作用しあう能力がみとめられるが、これは嗅神経鞘細胞の成長を促進する機能によるものとされている。鞘細胞は、アストロサイトとシュワン細胞の双方に重要な役割を果たし、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血小板由来成長因子(PDGF)および神経栄養因子(NT)であるNT-3、NT-4、NT-5の分泌を担う。これらはp75神経成長因子受容体に対し抗体免疫反応を持ち、p75神経成長因子受容体は成長する嗅神経軸索の成長円錐にも発現する。
鞘細胞は、神経成長因子の他に、ラミニン、L1〔共に、神経接着分子〕、フィブロネクチン、S100、グリア由来ネクチン、神経ペプチドY、ポリシアリル化した神経細胞接着因子(PSA-N-CAM)および神経細胞接着分子(N-CAM)を発現し、これらはすべて軸索の誘導と伸長を促進する。OECは、その他にも重要な働きをしており、損傷部位やグリア性瘢痕でも越えて行くことができ、末梢神経系(PNS)と中枢神経系(CNS)を遊走する。一方、OECは、脊髄に移植された後でもこれらの特性を維持する。
OEC移植の実験的研究
これまで数名の研究者により、OECが損傷脊髄の修復を促進することができたと報告されている(例えば、錘体路損傷、横断脊髄損傷、脱髄、脊髄挫傷において)。Liの研究では、成体ラットの上位頚髄錘体路を片側で横断損傷し、成体ラット嗅球由来の鞘細胞の懸濁液を損傷部位に注入した。術後、切断された錐体路軸索において、枝分かれのない伸長をみとめた。軸索は移植部位を越えて成長し、神経支配を絶たれた宿主伝導路の尾側へと再生し続けた。損傷部では移植細胞が持続的に架橋を形成し、ラットは患側の前肢をまっすぐに伸ばす動きを見せた。しかし、OEC移植を行わなかった完全横断損傷ラットでは前肢にこのような動きは見られなかった。
Ramon-Cuetoらの研究では、GAP43、抗カルシトニン遺伝子関連ペプチド、およびセロトニン-免疫反応性線維のような神経線維が多数、グリア性瘢痕を越え、これらの神経線維は、OEC移植を受けた脊髄横断切断ラットで、脊髄と移植細胞の双方の細胞界面(interface)にみとめられた。上脊髄性の(supraspinal)セロトニン作動性軸索は結合組織の架橋を渡り、脊髄横断部の間隙を越えた。
別の研究によると(Ramon-Cueto ら)、完全横断損傷の成体ラットにOEC移植を行なったところ、機能的かつ構造的な回復に成功した。Luらは、鼻(訳注:鼻粘膜か嗅粘膜かは不明)のOECが脊髄を修復する治療的可能性について試験した。Luらの研究によると、嗅粘膜由来のOECを横断切断した脊髄に移植したところ、ラットは移植3〜10週間後に後肢と関節の動きに部分的な回復があったが、2回目の脊髄横断切断により部分的な回復の効果が消滅した。組織検査により、横断部位を越えた神経線維をみとめ、横断切断部位より遠位の脊髄にセロトニン陽性線維をみとめ、注入部位より遠位脊髄に脳幹の縫線核ニューロンの軸索と巨細胞ニューロンとが逆行性の標識をすることをみとめ、これらの実証は下行性経路の再生を示した。以前の我々の研究では、ヒトの脊髄損傷の臨床的模擬体として脊髄挫傷モデルを用いたところ、OECは損傷した軸索の再生および神経学的な機能回復を促進することができた。
Imaizumiらの著述によると、免疫抑制されたラットの脊髄を横断切断後、ヒト補体制御蛋白のCD59を発現するトランスジェニックブタ由来のOECをラットの脊髄後索の損傷部位に移植し、軸索の再生を導いた。トランスジェニックブタ由来OECからのインパルスの伝導速度を測定したところ、損傷部位を越え、1cmを上回るところまで届くほど回復した。標識された細胞により、ドナー細胞が宿主のなかで神経支配を絶たれた伝導路まで遊送〔突起伸張?〕したことが示された。
以上のような結果すべてから、前述の細胞について、ヒトでの異種移植の有望な移植材料として研究しようと考えた。Katoらによる重要な研究では、成人患者の前頭蓋底腫瘍(frontal base tumor)の術中に嗅神経からOECを採取して調製し、このヒト成体嗅神経由来OECを免疫抑制された成体ラットの脱髄した脊髄に移植したところ、損傷部位で再髄鞘化(有髄化)が広範囲に観察された。髄鞘形成は末梢神経型であり、大きな核と細胞質が軸索を取り囲んでいた。このような研究結果は、ヒト成体由来OECは、成体哺乳類の中枢神経系において脱髄した軸索の周囲にin vivo〔生体内〕でシュワン細胞様の髄鞘を形成させることができるという証拠を提供するものである。
OEC移植後の機能的回復に及ぼす年齢による影響
現在までのところ、OEC移植後のリハビリテーションの結果と年齢との関係を正確に述べた文献はない。
DeVivoの研究チームは、異なる年齢のSCI〔脊髄損傷〕患者866名を対象としてリハビリテーションの結果を比較した。術後、61歳以上の患者は、16〜30歳の患者に比べ、肺炎、胃腸出血、肺塞栓、腎結石を発症する傾向が強かった。2年生存率については、61〜86歳の患者では59%、16〜30歳の患者では95%であった。したがって、著者らは高齢のSCI患者の予後は比較的不良となるであろうと結論づけた。
Yarkonyらは、6〜88歳の患者708名に対し、15項目で評価を行なう修正版Barthel Index(MBI)〔日常生活動作の評価法〕を用いて、脊髄損傷後のセルフケアとモビリティについて機能評価を行なったが、共分散分析の結果、年齢とMBIスコアとの関係は示されなかった。高齢になるに伴って介助の必要度も増加したのは完全対マヒ患者だけであり、この相関が認められたのは(入浴、上・下半身更衣、階段、椅子・トイレ・浴槽への移乗など)7種類の機能スキルのみであった。他の患者、すなわち完全四肢マヒ、不全対マヒ、不全四肢マヒの患者、およびMBIのその他の機能項目では、年齢と機能評価スコアとの関係は示されなかった。この研究の結果により、年齢に関係なくSCIの全患者に対し、総合的なリハビリテーションサービスの提供や実行が支持される。
我々は本研究で、SCI患者へのOEC移植により、患者の年齢に関係なく、脊髄の機能が部分的に回復することを見出した。運動スコアと表在感覚スコアについては、年齢別の5グループ間で有意な差はなかった。ピン痛覚スコアについては、51歳以上のグループが、21〜30歳グループを除いた他のグループより有意に回復度が高かった〔要、確認〕。このような結果をもたらす機序および長期経過後の結果について、さらに研究が必要である。
〔文献及び文献Noは基金HPの全文参照を〕
OEG移植概念図
(中国・脊髄損傷国際回復支援センターのHPより 一部改変)
実験的治療法として知られるOEC(嗅神経鞘細胞)グリア移植では、無数の胎児嗅球細胞を、脊髄損傷者の損傷部位の上下に注入する。
左:嗅球の位置、中央・上から:嗅球、嗅神経鞘細胞、鼻粘膜の皮膜
右:OEG細胞は脊椎の損傷部の上下に注入
■ 注記:治療成績の評価
〔事務局〕
この抄録を日本の大学病院の脊髄専門医に読んでいただいてのコメントは以下のようなものであった。
「OEGの細胞の起源、術後経過観察期間が明示されていないなど科学論文として問題が多いと思います。 データそのものは現時点ではほとんど無効ということです。運動機能のみについて言えば集中的なリハビリテーションを行えば、移植をしなくてもこれぐらいは稼げるかもしれません。 ただ痛覚で有意差ありというのは将来を期待させます。それは痛覚の伝導路が運動の伝導路に近接しているからです。記事にもあるように適切な時期、適切な損傷形態を選べば将来は可能性はあると思います。」
今、言えることは・・・
現段階ではこの治療法の効果のバラツキが何によるものかを判断するための基本的データに欠けている。 黄医師からは、今秋訪日し、講演や医療リハビリ関係者との接触したいとの意向を伝えてきている。
私たちは、培養や手術法の安全性、個々の治療成績、半年以上の経過観察データを提供していただけるなら、講演会の開催などに協力したいと回復支援センターに伝えている。 なお、本年12月の大阪でのアジア・太平洋神経再生シンポジウムには黄医師の参加が予定されている。
〔論 評〕
OEG移植の背景ワイズ・ヤング教授 提供(2002年10月)
嗅神経鞘細胞(OEG:olfactory ensheating glia)は脊髄損傷の治療に期待のもてる再生療法である。OEGはきわめて特異的な細胞で、嗅覚情報を脳に伝搬する器官の嗅神経および嗅球に存在する。嗅神経は成体哺乳動物に継続的に再生する唯一の脳神経である。この再生能力はOEGの存在に由来すると考えられている。現在少なくとも6ヵ所以上の研究所がOEGを脳または脊髄に移植した場合に機能的神経再生を促進すると報告している。
OEGは軸索再生に特化されたように思われるきわめて特殊な細胞である。
第1に、OEGは成長する軸索に惹きつけられるように見える遊走細胞であり、その標的に軸索を誘導しているかのように見える。
第2に、OEGは、軸索誘導に刺激を与える多彩な細胞接着因子、すなわちL1やラミニンのような因子を発現する、長い突起を有する多極神経細胞を形成することができる。したがって、OEGは、軸索の適切な伸長を導くガイドラインの働きをすると思われる。
第3に、OEGは軸索の髄鞘化(有髄化) をもたらすことができる。したがって、その細胞名に「ensheath-ing」(「鞘でおおう」の意)という語を含んでいる。
これまでに動物に対し実施した試験により、OEG移植は機能回復を改善することが示唆されている。しかし、現在までの回復は安定していない。移植を受けた動物の多くは治療を受けなかった対照群の動物よりは回復しているが、すべての動物が回復したわけではなく、その多くは完全に回復していない。回復の相違あるいは制約には移植の時期や使われた損傷の種類に関係していると思われるものもある。例えば、試験の大部分では受傷後間もなく、脊髄を半側もしくは全部離断された動物に対してOEG細胞を移植している。
解決しなければならない主要な問題は移植のためのソースの問題である。次のようにいくつかのソースが可能であることが示されている:成体嗅球(自家移植)、成体嗅粘膜(自家移植)、胎児嗅球(同種移植)、ヒト死体嗅球(同種移植)およびブタ胎児嗅球(異種移植)。すでに中国と豪州で臨床試験が始められており慢性脊髄損傷へのOEG移植の可能性と安全性の評価を行っている。米国では、いくつかの研究機関が臨床試験開始の可能性を検討している。
・・・〔中略〕・・・
OEG移植の臨床試験の資金はきわめて限られている。いくつかのOEGソースのうち、現在ブタ胎児OEGのみが企業支援を受けている。その結果、臨床試験には政府または民間の支援が必要である。試験には手術、入院およびリハビリを要するので、その費用は多額でおそらく米国で患者1名当たり5万ドルを超えるであろう。したがって、100名の患者の試験には数百万ドルかかる。
要約すれば、多くの動物関係データはOEG移植が脊髄損傷後の動物に機能を回復させることができることを示している。OEG細胞は嗅神経の軸索再生を促進するのに重要な役割を果たし、損傷した脊髄に移植すると機能回復を促進するものと考えられる。ヒトにOEG細胞を使うことの主な障害は細胞のソースである。OEG細胞は同一個体からの自家移植片、胎児ソースからの同種移植片、もしくはさらに動物からの異種移植片とすることができる。OEG移植の有効性を立証するための臨床試験には他の療法との比較が必要であり、臨床試験費用は手術、入院およびリハビリのために高額となる。〔訳:赤十字語学奉仕団、全文は基金HP参照〕
〔リハビリ〕
在宅リハビリ研修会 2004
〜自立生活を長続きさせる為のリハビリ〜
今回は、米国ワシントン大学医療センター〔シアトル〕理学療法士のポール・マレック氏を招聘して、在宅で継続的に行うリハビリやストレッチを中心に、ポール式リハビリを学びます。ポール氏は理学療法士として脊損患者のリハビリを中心に20年勤務、全米から同大学に研修に来るPTの指導や、渡米した日本人患者の多くを担当しているスペシャリストです。
期 日:2004年5月7日(金)〜9日(日)
場 所:神奈川リハビリテーション病院2F研修室
PT訓練室 (神奈川県厚木市)
1.リハビリ講習会
5月7日(金) 13:00〜17:00
日本で受けたリハビリ・米国で受けたリハビリの体験談 。研修会参加者はポール氏によるPT(Physical Therapist)評価を受けます。 *定員:70名、参加無料
2.在宅リハビリ研修会
5月7日(金)〜9日(日)
基本ストレッチとROM(関節可動域)エクササイズ・座位バランス・ 立位訓練の実技・実習。ポール・マレック氏(ワシントン大学病院脊損リハビリ病棟のPT)の個別指導 (通訳あり)。神奈リハ・玉垣努OTほか多数のセラピストによるサポート があります。
*[募集人数と参加費]
障害者と介助者:15組 1組2万円(2日間)
見学費:(20名) 介助者・学生5千円、その他専門職1万円
◎ 予約先〔3月20日より受付、先着順〕:「レッツ」事務局:垣内 優起子
電話・FAX:045-934-4560 Eメール:yukiko_kk@hotmail.com
主 催:全国脊髄損傷者連合会神奈川県支部
在宅リハビリサポートの会「レッツ」
共 催:神奈川県リハビリテーション支援センター
後 援:NPO法人日本せきずい基金
〔シンポジウム〕
再生医療の医学的評価
骨髄と胎児由来の幹細胞臨床研究を例に
日 時:2004年4月3日(土) 13:00〜16:15
場 所:共立薬科大学(港区芝公園)8号館11階1101教室
共 催:研究対象者保護法制を考える会、科学技術文明研究所、くすりネット・くすり勉強会
[プログラム](演題は仮題)
1 骨髄由来の幹細胞臨床試験の医学的評価
岡野 栄之 氏 (慶應義塾大学医学部生理学教室教授)
2 胎児由来幹細胞臨床研究の科学的・倫理的問題点
福島 雅典 氏 (京都大学附属病院探索医療センター検証部教授)
コメンテーター:渡部基之(JSCF)・打出喜義・松本佳代子
問題提起:研究対象者保護法制を考える会:
光石忠敬、島次郎、栗原千絵子
〔参加要項〕 参加費1000円、懇親会4000円。
氏名・所属またはお仕事など・メールアドレス・懇親会参加/不参加・当日参加者名簿配布する際に記載してほしくない個人情報があればその旨を明記して、e-mailにて申込む。chieko.kurihara@nifty.ne.jp
■ ライフ・ETCカードに加入してせきずい基金に募金を!
ライフ・ETCカード に加入すると当基金に協賛金が入ります。
これまでに加入された方々の分として10万円以上が寄せられ、貴重な活動資金になっています。
会報20号に申込書を同封しましたが、引き続き加入を受け付けておりますので、皆様方のご協力をお願い致します。所定の申込書を必要な方は基金事務局までご一報下さい。
(一般のカードとしても使えます)
以上 ■