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[研究解説]

慢性異常疼痛発症に関与する
新たな蛋白質の発見


 英国の科学専門誌「ネイチャー」の2003年8月14日号で、日本の国立医薬品食品衛生研究所の研究者を中心としたグループが、神経障害性の異常疼痛(末梢性ニューロパシ−痛、特にアロデニア)の発症に関与する原因物質を突き止めた、と報じられた。その論文も同号に紹介されている。

 その要点は、脊髄のグリア細胞の一つ、ミクログリアに発現する「P2X4受容体」という特定の蛋白質が、疼痛シグナル伝達に関与していることを解明したことである。

 近年、脊髄再生研究と疼痛研究が進むに伴い、かつてはニューロンの単なる支持細胞と見られていたグリア細胞の様々な役割が明らかになり、グリア研究が大きく前進した。この研究もその流れにあると思われる。神経因性異常疼痛の原因物質の一つが突き止められたことで、難治性疼痛の緩和治療の前進が期待されている。この研究の概略を紹介する。

〔要約:阿部 由紀〕




 異常疼痛発症に関与する新たな原因物質

 通常では、痛みは、身体が危険にさらされていることを知らせる警告信号となる。しかし、なんら実際の明白な疼痛刺激なしに発生する痛みは、我々にとって有害なものとなる。もし、この事態が持続すると、個人の生活は、活動不能になることもありうる。

 「ニューロパシ−痛」と呼ばれる、よく知られている慢性痛は、しばしば、手術、背骨の圧迫、糖尿病や感染症等によって神経が傷害された時に発症・悪化する。

 痛みをテーマとする殆どの研究は、神経細胞同士のコミュニケーションが如何にして長期的に増強するのかを解明しようとする点で、記憶の研究に類似している(痛みの場合は、疼痛シグナルの伝達にかかわるニューロン同士の)。

 これまでの研究でも、少数派ではあるが、免疫システムの細胞と神経システムの免疫に関連するグリア細胞に焦点を当て、それらが神経細胞間の情報伝達に影響を与えていることを提示する見解があった。

 この見解は、今や、新たな研究によって有力な支持を得ることになった。国立医薬品食品衛生研究所の井上和秀部長以下津田博士等の研究グループは、脊髄のミクログリア細胞が、P2X4受容体(従来この分野に関連があることは知られてこなかった分子)を利用してニューロパシー痛を誘発することを示した。慢性痛研究におけるグリア生物学の重要性は、現在、無視し得ないものとなっていると見られる。

[註] @. グリア細胞:ニューロンとともに中枢神経に存在するもので、ニューロンの生存条件やニューロン間の情報伝達を様々な方式で整える役割を果たしていると見られるが、その機能についてはまだ充分に解明されてはいない。進化論的には白血球同様マクロファージから分化したものと言われる。脊髄のグリア細胞には、ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの三種がある。特にミクログリアは免疫に関与していると言われる。
[註] A. P2X:ミクログリアの表面にある蛋白質。


 痛みの伝導路

 痛みは末梢の痛覚神経(侵害受容器)によって知覚される。侵害受容細胞は脊髄神経とのシナプス接続によって疼痛信号を脊髄に伝える。疼痛信号を受け取ったニューロンの幾つかは脳まで達し、他のニューロンは脊髄内で伝導回路を形作る。この痛みの伝導路における一次シナプス接続は、痛みの「関門」として最も重要な部位とみなされる。

 そこで慢性疼痛の基礎研究の大きな到達目標は、侵害受容神経と脊髄神経がどのように接続することによって痛覚過敏が起こるのかを理解することにある。

 このグループの研究は、侵害受容神経からの疼痛信号が進入する脊髄後角で何が起きているか、明らかにするものであった。


 動物モデル実験

 この研究では、古典的なニューロパシ−痛の動物モデルが使用された。ラットの末梢の感覚神経(L5脊髄神経につながる神経)を切断すると、ラットは、一週間後、軽くタッチするだけでとても嫌な刺激であるかのように足を引っ込めた。この接触への過敏さは「機械的アロデニア」、またはニューロパシー痛の深刻さを示すものである。ヒトにおいては、それは靴の上にちょっとしたものが置かれただけで耐え難いことを意味する。

[註]B. アロデニア:通常では痛みを感じない刺激で痛みを感じること。(この実験では、単なる接触によってラットが疼痛行動を示している。)

 研究グループは、脊髄内にあるP2X受容体に注目した。P2X受容体はイオン・チャンネルであり、特定の細胞の細胞膜に存在する。それらはATP分子によって触発され、正常には閉じなくなり、ナトリウムイオンNa+及びカルシウムイオンCa2+の大量の細胞内への流入を許してイオンバランスを変化させ、疼痛信号を増幅させると考えられている。P2X受容体には7種のサブタイプがあり、P2X3、P2X2は特定の侵害受容ニューロンに多数存在している。

[註]C. ATP:アデノシン三燐酸。すべての細胞に共通するエネルギーの源になる蛋白質。

 そこで、この二つの受容体をブロックすることが判明しているPPADSという拮抗剤を脊髄に注入してみた。しかし、この拮抗剤ではアロデニアを阻むことは出来なかった。ただ、P2X1〜4の四つのP2X受容体を抑制すると考えられている高濃度の不活性化ATPに類似した物質、TNP−ATPによってブロックされた。

 ついで、PPADSに反応しないことが判明しているP2X受容体、P2X4を認識する蛍光剤をつけた抗体を、アロデニアをもつ動物の脊髄に注入してみた。その抗体は切断した末梢神経の脊髄の入り口のみに強い蛍光作用を発現させた。そして、この蛍光作用を発現させているのは脊髄内のどの部分であるかを確認するために、ニューロン、脊髄内に多数存在する他のグリア細胞アストロサイト、そしてミクログリアにマーカーを付けた。すると、ニューロンでもアストロサイトでもなく、ミクログリアにのみ蛍光作用が現れていたのである。

 ミクログリアがP2X4とP2X7を合成し、そのうちP2X4受容体のみがPPADSに反応しないことは既に知られている。

 これらの実験結果から、末梢で切断されたニューロンが進入する脊髄後角のミクログリア細胞にP2X4受容体が産生されることが判明した。すなわち脚の神経を切断され、アロデニアを起こしているラットの脊髄後角のミクログリアには、どこからともなく湧いてきたATPによって活性化されたP2X4受容体が発現していたのである。この受容体を抑制する拮抗剤TNP−ATPを脊髄に注入することによって、アロデニアは抑えられた。

 また、P2X4受容体が発現しないように遺伝子操作する蛋白質を注入することによってアロデニアは抑えられたのである。

 さらに、ATPによって活性化しP2X4受容体が産生しているミクログリアをあらかじめ培養しておいて、それを正常なラットの脊髄に直接注入してみると、アロデニアが発症した。また、この培養ミクログリアを拮抗剤TNP−ATPで抑制したものを注入した場合にはアロデニアは抑えられた。

 これら一連の動物実験は、ミクログリアにおけるP2X4受容体の発現・活性化が、神経損傷後のアロデニア発症の必要十分条件であることを明らかにしている。

 従って、ミクログリアにおけるP2X4受容体のブロックが、神経損傷後の異常疼痛緩和のための新たな治療戦略となろう。


 本研究の意義と今後の課題

 この研究は、ミクログリアにおけるP2X4受容体が疼痛信号伝達に関与していることを発見した点において、その意義は大きい。しかし、恐らく、この研究のさらに一般的な重要性は、ミクログリア細胞の機能を明白に示したことにあろう。

 「グリア(glia)」という用語は、glue(にかわ、接着剤)を語源とし、グリア細胞を単に受身的なニューロンをサポートする格下の役割を担うものと思わせているかもしれない。しかし、ミクログリアは「傍観者」などでは全くなく、むしろ、免疫システムの細胞のような行動をとる。それらは損傷部位サイドに集合する化学物質の濃度勾配に沿って引きつけられて移動する。そして休眠状態から活動状態に変化することができる。活性化したとき、細胞の表面に免疫細胞の性格をもつ蛋白質を産生し、細胞片を貪食する。活性化したミクログリアもまた、インターロイキン、腫瘍壊死因子(TNF)、一酸化窒素(NO)を含む、隠れたシグナル発信分子であり、そのことは、ミクログリアが神経の興奮性向を変化させ、ニューロンの成長やニューロン間のシグナル伝達を変容させうることを示唆する。

 慢性疼痛に関連してグリア細胞が重要性を持っているという事実は、神経システムにおける長期的変化の一般的原則に固有の例かもしれない。神経の変化に関する理解において、ニューロンとグリア細胞の相互作用を考慮に入れないものは、全く不完全なものと言ってよいであろう。

 慢性疼痛におけるグリア細胞の役割に関して、現在、三つの段階が考えられている。

 第一に、損傷したあるいは炎症を起こした末梢神経は、いずれにせよ、脊髄のミクログリアと交信する。

 第二に、これらのグリア細胞は、集合し、活性化され、新たに産生されたP2X4受容体を活用することでATPへ反応していることを示す。

 第三に、ATPによって活性化されたグリア細胞は、脊髄ニューロンとの間の交信を変容させる。

 こうした想定は、多くの疑問を引き起こすであろう。それらの問いへの一つひとつの回答が、新たな疼痛緩和への道を示唆するであろう。例えば、脊髄のミクログリアは末梢の神経損傷をどのようにして「知る」のか。ATPはどこからくるのか。P2X4受容体が引き金となって、ミクログリア内の信号伝導路の何が変わるのか。ミクログリアは脊髄ニューロンとどのように交信し、どのように脊髄ニューロンを変えるのか。そして最後に二つの最も差し迫った質問:もし神経損傷後のミクログリアの活性化が抑制されるのであれば、ヒトの慢性疼痛を減少させるのに有望なものは何か?  精選されたP2X4受容体阻害剤は、それができるのか?

 これらのいくつかの問いは、疼痛関連神経生物学者の専門領域にあるが、答えを得るには、免疫学者、グリア専門家のこの研究領域への参加が必要である。そのことによって、長年の苦しみ―痛み―の低減、というゴールをすえることができよう。


 [典拠参考文献]

 Nature 誌 (14 Aug.2003 号)掲載の以下二論文:


佐々木ひでお
花の詩画展示館
http://homepage3.nifty.com/sasakihideo/

母が好きだと  言っていた

  アザミの花が  咲いている

  辛い農作業の  帰り道

  夕日に輝く  アザミの花が

母の疲れを  癒してくれたのかも

              知れない

                ひでお




 〔お知らせ〕

Yes, You Can !

脊髄損傷者の自己管理ガイド


【増補改訂版】


 昨春、同書を刊行しましたが、大幅に改定された原著第3版(2000年)の翻訳が赤十字語学奉仕団のご協力で完成しました。せきずい基金のホームページから各章ごとにダウンロードできますのでご利用下さい。

 〔新規に追加された章〕

 22章 受傷後の痛み    
 23章 薬物乱用と脊髄損傷 
 24章 運 動      
 25章 代替医療
 26章 介助機器
 27章 健康管理と睡眠
 〔付録〕 ウェブサイト一覧他

 これ以外の各章でも増補改定されています。ワード版CDをご希望の方は事務局までご連絡下さい。(無料配布)。


 ヒューレットパッカード社
 は、今年度の社会貢献事業として実施した自社製品の寄贈先の一つに日本せきずい基金を選定。当会で希望したサーバー、大型カラープリンター、プロジェクター、パソコンなど約600万円相当の製品の寄贈を受けました。


 〔新刊紹介〕

『車いすのリアル』


 山口県在住の石川ミカさんが車いすの生活体験をエッセー集『車いすのリアル』にまとめた。サブタイトルの《私たちはそんなに気の毒じゃないし、かわいそうでもない》、が石川さんの生き方をよく物語っている。

 25歳の時に駅の階段から転落。その後の体験の一端は朝日新聞「ひと」欄(8月25日付)にも紹介された。

 現在は、バリアフリー推進コンサルタント、 福祉住環境コーディネーターとして全国を講演で回る。「障害があってもオシャレをしたい」「夏はゆかたを着たい」と立ち上げた「バリアフリーゆかたプロジェクト」の事務局長でもある。

大和書房、2003-8刊 本体1400円





 〔講演会予定〕

再生医療推進センター第2回講演会

頸髄・脊髄損傷と再生医療


10月3日(金)17時〜19時
京都全日空ホテルにて(地下鉄二条城前駅下車)

 再生医療の情報提供や臨床応用に向けての活動を行なっているNPO法人再生医療推進センター主催の講演会です。慶応大学の岡野栄之教授と、せきずい基金理事長が講演。一般参加が可能です。

(HP:http://rm-promot.com、電話:075-754-0120)


 〔脊損医療〕

 頸髄損傷後のマヒの推移

 総合せき損センターに受傷後7日以内に搬送され、6ヶ月以上経過観察した430例(1991〜2001年)のマヒ予後について、同センターの猪川輪哉・植田尊善医師が報告している(「脊椎脊髄ジャーナル」2003年4月号)。

 内訳は明らかな骨傷ありが226例、明らかな骨傷なしが204例である。入院時から退院時のマヒの推移は、

 ・A(完全マヒ)
    →D(運動不全・歩行可)以上の改善は3%

 ・B(運動不全/下肢自動運動なし、感覚不全)
    →D(運動不全・歩行可)以上の改善は44.6%

 ・C(運動不全で有用でない、歩行不可)
    →D(運動不全・歩行可)以上の改善は78.4%

 ・D(運動不全・歩行可)→D以上の改善は100%であった。
  同じB群(運動不全・感覚不全)であっても、

 ・B1(仙髄領域のみ触覚残存)
    →D(運動不全・歩行可)以上の改善は33%だが

 ・B3(仙髄・下肢の痛覚残存)
    →D以上の改善は80%、と有意差を認めた。


430例すべての帰結、機能評価尺度、及び本稿の改良フランケル分類については基金ホームページに掲載(医療・福祉欄の評価尺度の項)。





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