■ 脊髄再生研究文献
再生研究に遺伝子研究の成果を利用
マイアミプロジェクト・リサーチレビュー 2001年春
科学者たちも一般市民も、どんな大胆な予測よりも早くヒトゲノムの配列が解読されたというニュースに熱狂している。だがなお、この配列が何を意味しているか分かったわけではなく、またその情報を医療を改善するためにどのように利用したらよいのかという問題は残っている。
遺伝子は、二重らせん構造の中である特定の位置を占める一組のDNAセットであり、特定のたんぱく質や機能の青写真としての働きをする。ゲノムという言葉は、ある生物種のすべての遺伝子を指す。
1970年代にDNAの配列順序解読法、つまりDNAのサブユニットの並びを決める方法が開発された。遺伝子の配列を知ることによって、怪我や、細胞の死そして神経の成長と誘導のプロセスの研究に対する新たな道具を手にできるのである。科学者たちは脊髄損傷を含む重要な課題の研究に、この新たな道具を使うようになってきた。
マイアミ・プロジェクトの科学者たちの何人かは、遺伝子研究の成果を使って脊髄損傷の研究を行い、(神経の)再生計画を作りあげている。Daniel
Liebl博士も、遺伝子的方策の中に新たな知識を吹き込んでいる。神経組織を成長させている物を理解することで、神経再生を促す方法を理解することができる、といった考えである。「怪我や治療に対する我々が持っている最も重要な設計図は、成長している神経組織である」と彼は説明する。「成長している神経組織は、中枢神経系が適切に成長するために必要となる全ての要素と手がかりを持っている。」ひとつのステップはどの遺伝子コードが神経の成長に関わっているかを突き止めることである。
「私の目標は軸索の成長を制御しているメカニズムを解明することにある。軸索の伸張だけでなく、どこで軸索が成長するのかという点の解明である。我々はそれをguidance(誘導)と呼ぶ。軸索が(成長の)合図として感知するような環境の中での分子(の振る舞い)について理解することだけではなく、軸索が内部で自分自身を制御するメカニズムもguidanceに含まれる。」と、Liebl博士は言う---------------
遺伝子とは、ねじったはしごのような形をしている二重螺旋構造のDNAの断片である。はしごの段は特定の順序に並んでいる。そしてその順序が、細胞にどのたんぱく質を作るのかを教えるのである。このコードを解読することで、科学者は細胞の機能を理解しそれを変えるための方策を得ることができるのである。-------------
遺伝子の働きの解明
神経系の中での細胞の機能を理解するために、我々はどの遺伝子が重要なのか、そしてそれがどのように統制されているのかということを知ろうとしている。たんぱく質は特定の遺伝子が発現したときにのみ作り出される。受傷後のような特定の環境において細胞がどのように機能するのかを見極めるには、どの遺伝子が発現し、たんぱく質を生成するのかということを特定しなければならない。
人類は予想よりもはるかに少ない約3万ほどの遺伝子を持っているということが明らかになっている。これは、DNAの5%程度にしか相当せず、我々の既知のたんぱく質の3分の1以下である。Lieblは残りの95%の遺伝子は、たんぱく質を作るその5%の遺伝子を機能させたりさせないようにしたりしていると説明している。「他の遺伝子の発現を抑制したり高めたりするのを助ける遺伝子が存在するのだ。」と彼は言う。神経の成長においてどの遺伝子が働いているのかを特定することが、第一のステップである。
次のステップは遺伝子の機能、もしくはその遺伝子が規定しているたんぱく質を研究することである。これには、通常ではない状況においてその機能の発現を抑えたり(knock-out)強制したり(knock-in)する突然変異体を作り、神経系が発育したり自身を修復したりする能力を観察すればよい。Lieblは言う。「人ゲノム計画がなしえたことの一つは、knock-outという方法の計画をずっと容易にしたことである。以前は、ある遺伝子をコントロールしている遺伝子全体もしくはある遺伝子範囲を特定するには何年もかかっていた。いまではヒトゲノムのテンプレート(鋳型)があり、遺伝子の情報をただ引き出してくればよくなったので、研究の期間は大幅に短縮されることになったのだ。」
科学者たちは、ヒト以外の他の生物の遺伝子の中にも軸索の成長に関する手がかりを探している。昆虫とマウスとヒトの間に類似点があったことで、神経系がどの様に成長し、どんな時に自分自身を修復するのか、ということを理解するための重要な道が開かれることになった。これらの種の遺伝子を比較することで、多くのたんぱく質や遺伝子は構造や機能が極めて似ていることが分かったのである。最も重要な遺伝子は進化の過程のなかでずっと変化していなかった。神経を成長させている物もそうだ。研究者たちは、再生研究においてこれらの遺伝子を使い、神経を成長に導かせることで、この情報を利用できるのではないかと期待している。
遺伝子治療の脊髄損傷への応用
遺伝子操作の一つのタイプとして、その細胞が普通は持っていない機能を持たせるように作り変えるというものがある。移植につかわれる細胞は神経伝達物質や成長因子を分泌するようにつくり変えられる。Mary
Bartlett Bunge 博士はシュワン細胞(鞘細胞。末梢神経の1つ)に遺伝子を移植し、げっ歯類(マウスなど)の脊髄の損傷部分を架橋するために使った。成長因子である脳由来の神経栄養因子(BDNF)を作るように細胞に遺伝子的に指示を出すことによって、実験に使われたマウスたちの脊髄において作られたシュワン細胞が神経の成長を促進していることが分かったのである。重要なことは、怪我の部位から大分離れている部分の神経細胞を使っても、この種の遺伝子操作を行うことで補充することができるということである。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のMark
Tuszynski博士は、これを生体外遺伝子治療と呼び、シュワン細胞と皮膚細胞(繊維芽細胞)を作り変えて、脊髄神経の再生を促進する成長因子の分泌系とした。神経は移植された繊維芽細胞の中、もしくは周りに成長したが、シュワン細胞は軸索とより緊密な連携を形成し、ミエリン(髄鞘)を形成することができた。
痛みに対抗するための手段として同様の方法がMary
Eaton博士によって研究されている。遺伝子工学によって、Eaton
博士は成長因子と神経伝達物質を分泌する神経細胞株を作り出した。彼女は、怪我によって坐骨神経に発生する刺激(痛みを伴う伴わないに関わらず)に対する過敏症をなくすために、これらの細胞をラットの脊髄表面近くに移植した。Eaton博士が使ったモデルは、どのように怪我によって脊髄が伝える感覚が変わりえるかということと、どのように受傷後にそれを変えることができるのかということについての解明に光を与えた。遺伝子治療には、ヒトや動物の遺伝子を直接変えてしまうという方法もある。Liebl博士は次のように言っている。「私は、遺伝子治療を怪我や病理現象を遺伝子レベルで克服するための道具であると定義している。だから薬を足すかわりに、システムの反応の仕方を変調しうる複合物を利用しようとしているのだ。我々は細胞そのものを変化させたいのである。」
Martin Oudega博士の場合も含めて多くの研究室で追求されている遺伝子レベルでのアプローチの一つに、ウイルスの細胞感染能力をうまく利用するという方法がある。ウイルスは自分のDNAを感染した細胞に送り込むことによって、その細胞のたんぱく質作成機能をハイジャックする。ウイルスは、自らの遺伝子を細胞が今発現しようとしている遺伝子に加えているのである。そのウイルス遺伝子を治療のための遺伝子に交換することで、遺伝子の機能を向上させることができる。
たとえて言えば、ウイルスを注射器のように使うということである。通常、注射器にはある物質を入れる(つまり、感染と複製を起こすウイルス遺伝子のこと)。しかし、その中身(ウイルス遺伝子)を取り出すことができて、治療用のものを入れることができるのだ。異質なDNAを導入するためのウイルスの機能はそのままに、導入するDNAだけを治療用のものに変えるのである。
客員研究員と共同でBas Blitz博士とOudega博士は、成長因子である脳由来神経栄養因子(BDNF)とNT-3をアデノウイルスによって脊髄に導入し、脊髄の軸索の成長を評価している。
遺伝子という道具を使って
脊髄損傷の解明へ
Liebl博士は遺伝子を使う技術を使い、脊髄の中での様々な分子の働きを調査している。彼は次のように説明している。「私が研究している分子の種類の一つがephrinsとephリセプターと呼ばれるそのリセプターである。これらは軸索の誘導にとても重要な役割を果たしているようである。しかし、それが患者にとって何の意味があろうか?神経系の再生はとても重要である。しかし、その神経がきちんと目的の部位に向けて成長するように実際にできないと、機能のコントロールまではとてもできはしない。もし、誘導分子が受傷中に不活性であれば、神経は目的の場所を通り過ぎて成長してしまうかもしれない。そうなると問題なので、これらの遺伝子をある特定の細胞種の中では活性化させておくように試みる必要がある。」
Liebl博士の指摘によれば、神経系は非常に複雑であり、ephrinsのような要素はある状況では抑制に働き、またある状況では誘引の方向に働く。このことから、どうすれば神経系を決定的に制御できるかということを理解できる。彼は次のように言っている。「怪我という概念図式の中では活性化されたり不活性にされたりするのは単なる遺伝子ではないかもしれない。我々が働きかけることができる制御ユニットがあるのかもしれない。制御ユニットは遺伝子のホストをコントロールする。そして、他の遺伝子の上流に位置するホストの遺伝子を操作することで、多くの遺伝子を一度に制御できるのだ。」
この複雑な問題に取り組み始めるための一つの方法は、普通の状態、怪我をした状態、治療後の状態を含めて、ある特定の状況において機能を発現した全ての遺伝子を比べるという方法である。このような疑問を投げかけるための新たな道具がDNA−arrayとか遺伝子チップと呼ばれるものである。「遺伝子チップというのは基本的にガラス片の上に乗せられた何千もの異なる遺伝子からなる斑点である。その遺伝子は、かなり限定された段階的な系(graded
system)のものだ。そのサンプルに蛍光マーカーによってタグをつけ、タグをつけられた遺伝子のうちどの遺伝子がチップの上においた遺伝子と結びつくかを見ることができる。このようにして、どの遺伝子がどのレベルで発現しているのかを評価できるのである。」脊髄損傷のあとで関心の的となる遺伝子には、細胞の死、炎症、再生に関わるものがある。それらは、神経が成長できる系とそうでない系において比較することができる。その情報によって、これまではなし得なかったような的確で有効な新しい治療法を開発できる可能性がある。
(訳:中久喜 健司)
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