会報11号 ページ2


高位頚髄損傷者のリハビリテーションについて

昭和大学リハビリテーション科 笠井史人

  長期療養が不可能な救急病院で人工呼吸器離脱の困難な高位頚髄損傷者に提示される選択肢は「転院」か「退院」である。当然リハビリテーションのできる病院への転院が望ましいのであるが、大抵のリハビリテーション病院からの返答は「呼吸器離脱してから来てください」である。リハビリテーション専門病院ではICUを持っているところはほとんどないので、マンパワー・施設充実度から受け入れ可能な病院は限定される。運良く転院できたとしてもその先には必ず退院が待っている。せめて退院後の安全の確保くらいは責任をとろうと、在宅療養に濃密な医療・看護・介護体制を要求する。結局ICUに近い療養環境を自宅に用意して寝たきりに近い状態で帰ることとなり、家族には身体的にも経済的にも大きな負担を強いる。以上が日本の高位頚髄損傷医療の現状ではないだろうか。

  カナダには高位頚髄損傷者向けのグループホームがあり、ベンチレーター依存者が電動車椅子で自由に買い物に出かけ、自立した生活を営んでいる。アメリカの俳優、クリストファー・リーブは俳優業に復帰している。この日本との差は高位頚髄損傷者に対するリハビリテーション医療体制にある。この対策として昭和大学リハビリテーション科ではベンチレーター依存者に対するリハビリテーションプログラムの実現を不十分ながらも試みてきた。発声法の獲得、坐位訓練、電動車椅子操作、パソコン入力訓練、ベンチレーターの離脱訓練などを進めながら、患者の可能性・潜在能力を開発し、生活におけるより多くの選択肢を提示できるように努めている。在宅療養をする際の濃密な環境整備について前述したが、重要なのは自宅のICU化ではなく、ICUの外で生活できる能力を身につけることなのである。今回はベンチレーター使用時の発声法とベンチレーター離脱訓練について具体策を示す。

  医療従事者の中にも、気管切開しベンチレーター使用時は発声不可能であると信じて疑わないものがまだ多いのが実状である。ベンチレーターを使用しながら発声する方法は@カフ上側に開口するサイドラインチューブ付カニューレ(Portex社ボーカレイドなど)を使用し、声門へ酸素またはエアを送り込んで発声する方法、Aカフのエアを抜くだけの方法、Bカフのエアを抜いて一方弁バルブ(Passy-Muir社スピーキングバルブなど)を使用する方法、がある(Bが一番効率よく大きい声が出せる)。@は人工呼吸と関係なく発声できるのだが、酸素配管もしくはコンプレッサーを必要とし在宅向きではない。AとBはカニューレのカフエアを抜くか、カフなしカニューレを使用する。つまりリーク(呼吸回路からのエアもれ)が必ず発生する。リーク分を見込んで1回換気量を多めに設定すればよいのだが、呼気量や回路内圧でアラーム感知しているベンチレーターは警告音が鳴り続けるのでアラームを鳴りにくくする設定が必要となる。またバルブを使うと呼気はすべて声門を通るので、声門の開閉がうまくできないと上手に使えない。これはコツなのでその感覚を覚えれば難しいことではなく、装着後すぐに発声できる人も多い。しかし発声のためとはいえカフのエアを抜くことに抵抗感を覚える医師が多いのも事実である。1回換気量の定量ができないこと、アラームを鳴りにくくすることは、ICUを基準に考えればずいぶん乱暴なことである。しかし自分の声によるコミュニケーションはそのデメリットを十分に凌駕するのではないだろうか。

  次にベンチレーター離脱訓練について示す。英語ではweaninngといい、習慣を断ち切るという意味の単語を使う。離乳でも禁煙でもそうだが、いきなり全面中止するよりも徐々に進めた方が効果的なのは想像に難くない。大きく分けて二通りの方法がある。@on-off法、A間欠的強制換気を併用した人工呼吸補助圧減法である。@は単純にベンチレーターを外した時間を徐々に増やしてゆく方法である。ベンチレーターの機種に依存せず、また患者自身が成果を実感できるのが利点である。疲労しやすく、最初は不安感が伴うことからある程度呼吸筋力の残存した人に向く。AはSIMVモードやPSVという特殊な仕組みを必要とし、使用機種が限定される。しかし安全に呼吸苦を感じることなく進められるので現在の主流である。全く横隔膜が動かなくとも呼吸補助筋の強化で数時間の離脱が可能になることが多いが、終日離脱には横隔膜の運動機能残存が要求される。急性期病院で離脱ができないと、後々離脱訓練に取り組んでくれる病院が極めて少ないので、外す能力があるのに永続的ベンチレーター使用を強要されることがある。運良く離脱が可能になった場合でも、弱い自分の呼吸筋に頼ることになるので、かえって危険が増すこともある。

  自立とはどう生活するかを選択する権利を有することである。自宅で生活する体力・能力を身につけ、コミュニケーションの方法にも習熟したうえで、ある程度の危険度をも含め生活パターンを選択できるようにすることが重要だと考える。よって必ずしも自宅でICUと同じ管理を求める必要はない。我が国における高位頚髄損傷者のリハビリテーションが欧米に比べ遅れているのは、医療技術ではなく、障害の捉え方・意識の違いであろう。精神的な自立を目標として可能性を引き出し、生活における多くの選択肢を提示できる医療・福祉のシステムを作り上げることが急務である。



★ ベンチレーターという用語について

  「レスピレート」(呼吸する)とは、医学的に厳密に言うと肺の中での酸素と二酸化炭素の交換までをさします。それに対して「ベンチレート」はただ単に空気を換気することなので、人工呼吸器の目的は空気の換気であり、アメリカの専門家の間でも、「ベンチレーター」という用語が80年代頃から使われるようになりました。

 <ベンチレーター使用者ネットワーク 安岡菊之進>



■ 橋本聖子(参議院議員)

  「この度の講演会におきまして、日本における取り組みと、広く先進国の国々との比較など活動の様子がわかり、大変興味深く感じました。

  また皆様の熱心なご様子を拝見し、一般の方々にも是非とも脊髄損傷についての正しい情報を広めて認識を深めてほしいと痛感いたしました。

  これからも、日本せきずい基金の皆様のご尽力が日本の福祉政策にますます生かされるよう期待するとともに、私も一緒に頑張っていきたいと思います。」


■ 黒岩ちづこ(参議院議員)

  「貴重な会に出席させていただきました。

  人工呼吸器という言葉をベンチレーターと言い換えただけで、「生かされている人間」が「生きている人間」になるのですね。大きな発見をさせていただきました。参議院の厚生労働委員として、委員会の度にお目にかかっている桝屋厚生労働副大臣と、あのような席で出会ったことも不思議です。厚生労働委員会の合間に「勉強になったねー」と語り合いました。

  札幌から来られたベンチレーター使用者の佐藤さんのお話を伺って、日本もこのような先駆者達のお力が合わさってカナダのようになっていく日も近いと確信しました。

  国会の中で私にできることがあったら何でもやっていきたいと思っています。」


■ ひぐち恵子(民主党)

  《ベンチレーター使用者の在宅の充実を!》

  「ここ数年の間にベンチレーター使用者の地域での生活が広がり、社会的に認知されてきた事をとても嬉しく思っています。

  私が、自立生活センターを始めた翌'87年のバレンタインデーに、20歳の命を終えたMさんの事を今も思い出します。筋ジスの彼は、呼吸器をつけるよう医師から言われ、そうなったら一生を病院でつながれて生きていくしかないと思い、拒否をしたのです。札幌の佐藤きみよさん、渡辺正直(静岡市議)さんなど、自立生活センターの仲間が一線で活躍してくれる事で、医療機関でのみ生きるのではない方向が見えてきました。また、ベンチレーターは最終の手段というイメージを誰もがもっていますが、ある程度体力があるうちから使用する事で体の負担を少なくし、楽に生きられる方法だという事が仲間の情報でわかってきました。

  しかし、痰の吸引は医療行為だからとヘルパーがしてはならないといわれていたり、普通学校に通う子どもたちは、親しかできないといわれて常に付き添わなくてはならない、24時間介助の上に入浴等複数の介助の手が必要など、地域での生活を円満に進めていくためにたくさんの課題があります。当事者の側に立った法整備や工夫がなされ、誰もがいきいきと生きられる100%バリアフリー社会を目指して、さわやかにしたたかに進めていきましょう。」



朝日新聞 2001年6月7日「社説」

せき髄損傷  日本では二重の不幸

▼ 交通事故やスポーツ事故で、首の骨を折る大けがをしたとする。その後の運命は国によって驚くほど違うことが、日本せきずい基金が開いたシンポジウムで明らかにされた。

  背骨の中を通る神経の束、せき髄が傷つくと、さまざまな後遺症が出る。中でも首がやられると、手足を動かせなくなり、場合によっては呼吸も自力でできなくなる。日本では、人工呼吸器が必要なこうした最重度の患者に、医療と福祉のひずみが集中する。

  救急の現場は救命に精一杯で、機能回復をめざすリハビリテーション医療に関心を持たない。欧米では当たり前の早期からのリハビリは、先ず考慮されない。

  日本でリハビリが始まるのは2週間ほどしてからだ。日米双方を体験した人によると、米国は失われた機能を回復させ、自力でできることを増やすように訓練する。日本では「無理をしない」を基本に、残った機能を強くすることに力をそそぐだけだから、回復可能な期間をいたずらに過ごしてしまう。その結果、寝たきりを余儀なくされることが多い。入院が長引き、病院から追い出されれば、家族に大変な負担がかかる。呼吸器が故障して死に至る事故も後を絶たない。

  のどを切開して呼吸器をつけたら、もう声は出せなくなると思いこんでいる人が多い。実際は、その後のやり方で声は出せるようになる。日本の医療現場では、呼吸器を長期に使う利用者にも、救急時と同じ対応をしたままで疑問に思わない。

  シンポジウムにカナダから参加したウォルト・ローレンスさんは30年余り前、17歳のとき水泳の飛び込みで首を骨折、首から下がまひした。最初は自力で呼吸できなかったが、呼吸器離脱訓練を受け、昼間は呼吸器にたよらなくてよくなった。

  施設から車いすで大学に通った。今は自分で選んだ介助者の支援を受けながら、郊外の家に妻と4歳の養女と住む。10年前からせき髄損傷患者の悩みを聞くカウンセラーとして病院で働いている。ローレンスさんが先駆者となり、いまカナダでは何人もの重度の患者が大学へ通ったり、働いたりしているという。

  せき髄損傷患者は、日本では毎年約5000人も新たに生まれる。その半数は交通事故が原因だ。シンポジウムでは、骨折のおそれがあれば首を固定しなければならないという鉄則が守られず、病院に着くまでに障害をひどくする例も紹介された。

  昨日までぴんぴんしていた人が、一瞬の事故で動けない体になる。その危険性はだれにでもある。 リハビリのやり方、在宅支援のあり方次第で、患者の回復や生活が大きく変わることは、せき髄損傷者に限らない。

  彼我の違いを知り、学ぶべきことは学ぶ。医療環境の改善はそこから始まる。■



★会報10号訂正

  会報10号第2部の「脊髄損傷患者の受け入れに関する全国主要病院調査報告」は、財団法人たばこ産業弘済会、及び社団法人日本フィランソロピー協会の「がんばれNPO!」プロジェクトの助成を得て実施した調査事業です。

  また同報告書28頁最下段冒頭に以下の文章が欠落していました。お詫びして訂正いたします。

<(…と指摘す)る。町田さんは下部の胸髄から腰髄損傷を積極的に手術しているが、早期手術なら車イスなしで歩けるようになる可能性が高い。ところが、救急センターの多くは、手術に不可欠の固定器具さえ常備していない。

  福岡県飯塚市にある労働福祉事業団・総合せき損センターは脊髄損傷治療のモデル病院だ。西日本を中心に発症2週間以内の患者を受け入れている。芝啓一郎・整形外科部長は「手術だけでは不十分。社会復帰まで見据えた総合的リハビリテーション治療が必要」(と強調する。)>





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