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| SSKU 特定非営利活動法人 Japan Spinal Cord Foundation |
| 日本せきずい基金ニュース No. 11
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【目次】
報 告:「人工呼吸器使用者の自立」
朝日新聞社説:「せき髄損傷……日本では二重の不幸」
参加者募集:「障害者のセクシュアリティ」講演会
再生研究紹介:「再生研究に遺伝子研究の成果を利用」
疼痛研究の動向:
フィットネス案内:スタンディングリフトを設置
トピックス:自動車事故による介護料の支給範囲の拡大
カナダと日本 呼吸器使用者の格差 浮き彫りに
講演会報告:「人工呼吸器使用者の自立」
6月2日(土)、東京・麹町の弘済会館でウオルト・ローレンス氏を招いて、講演会を開催した。
当事者・家族や医療関係者など200名が参加。講演会ではカナダと日本の状況を対比する形で、ローレンス氏と日本の当事者がそれぞれの経験を報告、その後、大熊由紀子氏(大阪大学教授)の司会で討論を展開した。
カナダでは−−
ローレンス氏は1968年、17歳の時に川に飛び込み頚髄の2、3番を損傷した。受傷後すぐに脊損センターに運ばれたが、当初は24時間呼吸器使用で、施設から出ることは無理だと言われた。しかし1年半後に呼吸器の離脱訓練を受けて、呼吸器は夜間だけの使用となり、療護施設から大学に通学した。
その後、呼吸器使用者のグループホームですごし、結婚して郊外の家に移り、現在は4歳の養女とともに暮らしている。
日本と違い、呼吸器を使用していても話すことが出来、自力排痰も可能。気管切開した孔は今では小指ほどの大きさである。
現在まで10年間、脊損病棟の常勤ピアカウンセラーとして働き、福祉手当は受給していない。
ローレンス氏は、C2の13歳と15歳の女性たちの事例を紹介した。2人は在宅に戻った後、1人は大学院のドクターコースに在籍し歴史学を研究中、もう1人は高校の教員になったという。
「私は希望を与えることができる。自分の経験をピアカウンセラーとして、教えてあげられる。障害があってもこういう生活を送ることができることを、多くの方々に教えてあげたい」
日本では−−
大濱眞氏は25年前、29歳の時にラグビーでC4完全麻痺。受傷時に首の固定はなく、搬送されたA救急病院では「ダメですよ」「5年生きていればよい」と家族は宣告された。その病院に6ヶ月在院し、B総合病院に1年入院。その後、Cリハビリ病院の脊損病棟に6ヶ月入院後、改造した自宅に戻った。
A・Bの病院では寝たきりだったが、C病院では、転院後数日で車いすを使用しリハビリが開始された。退院後2年間は閉じこもり生活であった。
せきずい基金の介護調査では、在宅呼吸器使用者の1日の介護に要する時間は27時間。
厚生労働省はヘルパーの医療類似行為を好ましくないと指導しているため、ヘルパーが排痰や呼吸器の調整、摘便ができず、家族が過酷な負担を負っているのが現状である。
討論から−−
パネラーには、司会の大熊由紀子氏の他、桝屋敬悟(厚生労働副大臣)、松井和子(国立看護大学校看護学部長)、平岡久仁子(帝京大学病院医療相談室)の各氏が参加。
松井氏は、カナダでは呼吸器をつけて話せないのはC1の場合だけであること。ローレンス氏のように呼吸器を使用している場合も、当事者がアテンダントに操作を教えていること、15分ごとに排痰しなければならないのはICUだけであることなどを述べた。
日本の医療では、ICUの呼吸器管理の考え方が在宅にも持ち込まれていること、また日本では医療上の配慮を重視するため、呼吸器をつけていても話すことができるカフなしのカニューレが奨励されていないという、医療文化のあり方の問題が明らかとなった。
平岡氏は医療ソーシャルワーカーの立場から、患者の受け入れ後、在宅までを見据えたプログラムが医療スタッフに欠如していること、当事者が病院を訪問しその実態を医療スタッフに見せることの重要性を語られた。
討論終了まで熱心に参加された桝屋厚生労働副大臣は「一私人として」と断りながらも、拠点施設としての脊損センターの整備が必要であること、アテンダントの直接雇用も含め、政治家として今後研究していかなければならない課題であると述べた。
会場から−−
札幌から駆けつけた日本ベンチレーターネットワークの佐藤きみよさんは、人工呼吸器ということばが人々にとても重過ぎる印象を与えるので、自分はこれを換気扇のような単なる道具の意味で「ベンチレーター」と呼んでいると発言。ベンチレーターをつけた車いすの佐藤さんに、ローレンス氏は「ファンタスティック」と一言。
神奈川総合リハビリセンターの元スタッフの方からは、3次救急センターから2週間程度で入院できるようになりつつあること、昨年にはC1の方を在宅復帰させることができた経験が語られた。これはボランティアまで含めた地域の社会資源を最大限引き出した貴重な経験であるが、ローレンス氏からは「バンクーバーでは、公的な援助なしに家に戻ることは失敗だと評価される」との発言があった。
C2の呼吸器使用の息子をもつ女性は、呼吸器使用者のグループホーム建設を呼びかけているが、横浜市の障害者グループホーム助成には、医療の管理下にないことが条件にされている現状が報告された。
(この講演会の報告書は、本年秋に刊行予定である)
講演とパネルディスカッションに参加して
松井 和子(国立看護大学校看護学部長)
今回の企画は、日本の人工呼吸器使用者の自立にどのような医療ケアシステムや社会的サポートが必要か、その課題を明確にできたと評価する。
人工呼吸器使用者、気管切開による人工呼吸であっても、自立が可能であるとウオルト氏の来日と講演は実証した。健常者と同じ姿勢で長時間講演し、質問に適切に答える氏の存在は、適切な医療ケアシステムがあれば人工呼吸器使用の高位頸髄損傷者であっても社会生活が可能なことを実際に示してくれた。
その自立の条件は、司会の大熊由紀子氏が適切に交通整理し抽出されたように、つぎの7点である。
1つ、急性期に脊髄の損傷を最小限に留める専門医療体制の整備である。カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州では事故現場に駆けつけた救急隊がまず脊髄損傷を疑い、近隣の医師が外傷の有無を確認、脊椎に外傷があれば固定し脊髄損傷センターへ転送、急性期の専門治療を開始する。
2つ、急性期にピアカウンセラーの活用によって、患者や家族に絶望や諦めではなく、社会復帰の目標を実感させる。人工呼吸器使用のピアカウンセラーによって、人工呼吸に依存した状態であっても退院し、社会生活が可能という希望を与えることができる。
3つ、急性期から社会生活を目標にしたリハビリテーションによって、長時間車椅子に垂直に座れる姿勢の保持、一人で移動可能な電動車椅子の操作、音声コミュニケーションが可能な自力発声を可能にする。BC州では、気管切開で話せない人工呼吸器使用者は稀である。
4つ、人工呼吸器使用者の在宅生活は24時間公的介助保障である。BC州では、家族に介護依存する自宅退院は人工呼吸器使用者の社会復帰失敗例とみなす。家族は家族本来の役割を担ってもらう。
5つ、自立した地域生活とは、人工呼吸管理の点でも当事者の自己管理と自己責任である。BC州では自己健康管理ができるよう急性期に専門施設でリハビリテーションを受けて地域生活を開始する。
6つ、自立した地域生活はコスト的に低く、社会にとっても負担の少ない有効な選択肢である。BC州の脊髄損傷者協会は、その点で一般の人々の理解を得るよう運動してきた。その成果として現在BC州では、療護施設、グループホーム、一般住宅、公的賃貸住宅など多様な選択肢を持つ地域生活が可能になっている。
7つ、人工呼吸器使用者であってもパッチワークの1つとして社会の不可欠な構成員であり、自立によって社会の有用な構成員として役割を担える存在である。
以上7点の必要条件の実現には、当事者はもとより多様な専門職や関係機関の協力が必要である。私たち医療看護職にとっての課題は、ウオルト氏のような人工呼吸器使用ピアカウンセラーを日本でも実現することではないかと考えた。