「 随筆集 はまゆう 」
![]() 吉川 政彦 氏 |
| ★ 書名 「随筆集 はまゆう」(吉川政彦ら著、随筆クラブはまゆう発行、1953年創刊) ★ 書評(中島虎彦) これは長崎県内の愛好者たちでつくる随筆の同人雑誌(橋本清主宰)である。 1953年に創刊され、現在六十人弱の会員を誇っている老舗である。年三回の発行 で、2000年現在で72号まで出している。事務局は芸文堂(佐世保市山祇町9-13)と いう印刷所に置いてある。戦争体験談なども多くあり、大学教授の寄稿などもあり、 中堅どころの書き手がそろっている。 会員はほとんどが健常者のようだが、その中に脊髄損傷の吉川政彦氏が入って いるので、ここに取り上げることにした。障害者で詩や俳句や短歌や絵を書くひとは 多いが、随筆に的をしぼっているひとは珍しいので、貴重な存在であろう。いつかは 一冊にまとめてほしいものだと願っている。 吉川氏は1945年、名古屋市生まれで、佐世保市在住。1967年に受傷している。 1986年から車いす製造販売のタキ商会に入社して、改造車で営業に飛び回ってい る。私も一度手こぎの車いすをあつらえてもらったことがある。いつ会ってもにこやか な好青年という感じである。さぞや営業で鍛えられてきたのだろう。1991年に信仰を 同じくする女性と結婚。母親と三人で住んでいる。クリスチャン。全国脊髄損傷者連 合会長崎県支部の会員としても地道な働きをしている。 「はまゆう」には数編寄稿している。その中で、60号の「動植物園に行く」は例の三 人で近くの園に行く様子が楽しく書かれている。家にこもりがちな母と妻を慰労しよう というので、脊髄損傷の妻、足の弱った母ともども、車いすを三台つらねての野次喜 多道中となる。随所での車いすの使い勝手や、売店のおばさんの親切や、はじめは 乗り気でなかった女性達が次第にはしゃぎだすさまが面白い。 65号の「忘れる」は、子どものころから忘れ物の多い性分であったことをふりかえっ ている。それは現在も治らないそうで、 「仕事は一応営業と呼ばれるものだから、Yシャツにネクタイをしめて家を出る。 出先で靴を履いていないことに気づく。家に引きすわけにはいかない。その日一日 を靴無しで営業しなければならない。グーッと覚悟を決める。お客さんへの言い訳が すぐに思いつく。 『足の指が少し炎症を起こしているので今日は靴を履いていません』 車椅子に乗ってマジな顔をしている私を見てお客さんは、そんなものかと全然私を 疑わない。彼らには靴を履き忘れるわけがないという思いこみがあるらしい」 最後の行など、脊髄損傷ならではの鋭い観察と言えるだろう。私など足指が変形 していて靴が履けないから、いつもソックス二枚履きだけで出歩いているが、ふつう のちゃんとした社会人から見ればそれはやっぱりおかしいことなのだなあ、とあらた めて教えられたりする。 ことほどさように、吉川氏は車いす使用者でもふつうに定職につき、結婚をして、 親と同居し、動物を飼い、車を運転し、夕食時にはワインを飲み、ゴミ出しもする、 というような市井のつつましい生活を淡々と描いてゆく。 そこには世界中を飛び回る旅行家のような興奮もないし、テレビキャスターをつと める両手足のない青年のような華々しさもないが、読むものをしっとりと落ち着いた 「素」の気分に引き戻してくれる。生活者の「静かな強さ」がある。 かくいう私も以前の私信の中で、聖書から培われたものであろうが「多くを望まぬ」 という態度をそれとなく教え示してもらい、それは今でも心の灯火のようなものに 育っている。もっとも、私のような居候の独り者からみれば、氏はかなりたくさんの ものを手に入れているようにも映るのだが(笑い)。 ☆ 連絡先は佐世保市吉岡町1724−1 eメール yoshikan@h8.dion.ne.jp |