「負けてたまるか車椅子」


★ 書名 「負けてたまるか車椅子」
      (八代英太著、日本図書センター、2001年、1800円)

★ 筆者紹介

 八代英太氏は1937年、山梨県八代町に農家の三男として生まれる。
本名前島英三郎。1956年、県立石和高校卒業後にラジオ山梨入社。1968年に
上京してタレントとなる。森繁久弥の物まねで売り出し、「お昼のワイドショー」の
司会をつとめるなど売れっ子となる。

 しかし1973年愛知県刈谷市で公演中に舞台から転落して脊髄損傷(胸椎12番脱
臼・骨折)となる。しかし素早い立ち直りをみせ、翌年には車いすでテレビに復帰。
「車いすタレント」として再び脚光を浴びる。

 しかし、美談に対する中傷を受けたり、閑職に回されたり、各地の施設を慰問し
て回るうちに、福祉行政に対する疑問をふくらませてゆく。そうして障害者の仲間
の輪を広げてゆく中で、全国脊髄損傷者連合会の新田輝一会長らから、参院選
出馬の熱烈な要請を受けて思い悩む。しかし「障害者の声を直接政治の舞台へ」
という自他ともに認める必要性から、ついに1977年、40歳のとき参院選全国区に
立候補する。

 全国の障害関係者らの手助けを得ながら手作りの選挙戦をくりひろげ、見事
837675票を得て20位で当選。全国初の車いす国会議員となる。その年、毎日新
聞社からの依頼を受けて選挙戦のもようを書いた「負けてたまるか車椅子」を出
版する。

 81年からの「国際障害者年」ではDPIアジア太平洋議長となる。以後参院比例
区で三選を果たす。しかし、国民の声を国会へ反映させるためにはミニ政党では
駄目だと思い知らされ、虎穴に入らずんば虎児を得ずとばかり、いったん旗揚げし
た「福祉党」から自民党に鞍替えして支持者の反発を浴びて、1995年には初の
落選も味わう。

 しかし翌96年には衆議院東京12区からすぐに再選を果たし、党外交部会長をつ
とめるなどして、自民党の看板議員の一人となる。99年には第二次小渕改造内閣
で郵政大臣となり「初の車いす大臣」として三度脚光を浴びる。以後も各種の障害
者団体の要職をつとめるなど、重鎮として活躍している。全国脊髄損傷者連合会
の顧問としてもおなじみである。

 この本は日本図書センターの「障害とともに」のシリーズ第10巻として、再録され
ている。


★ 書評(中島虎彦)

 言わずと知れたわれらが「日本初の車いす国会議員・大臣」八代英太氏の半生
記である。初の国会質問の登壇のとき、時の大平首相に「感動的な質問」と称え
させたことは今なお私たちの記憶に新しい。

 この書評欄は「医療」「研究」「闘病記」「交通アクセス」「旅行記」「芸術」「文学」の
ジャンルに分けているのだが、この本は前半は闘病記だが後半からにわかに選挙
をめぐる内実にのめりこんでゆくので、初めての「政治」ジャンル物といってよい。
障害者ものの幅を広げてくれる貴重な一冊であろう。森繁久弥氏や秋山ちえ子氏
や青島幸男氏やコロンビアトップ゜氏などタレントの話題も豊富である。
 
 全国脊髄損傷者連合会の新田輝一氏らの要請を受けて立候補してから、大政党
の公認を受けた他候補とはちがい、各地の障害者たちのボランティアを受けて手作
りの戦いをくりひろげてゆくさまが誇らしく書かれている。

 マスコミの下馬評では高橋圭三氏や丸山雅也氏や磯村尚徳氏らほかの華やかな
タレント候補に埋没して「泡沫候補」という予想さえ囁かれていたが、開けてびっくり
86万票ほども獲得し上位当選を果たす。その背後には多くの仲間たちの命がけの
支援があった。

 中でも選挙参謀の一人大石氏が自らの縟瘡を仲間たちにさらして、予防の大切さ
を示すところなどは凄みがある。そうやって全国の障害者仲間たちとのつながりを深
めてゆくところが、この本の真骨頂といってよい。

 それにしても25年前の駅や階段やトイレや建物の段差など、これほどひどかった
のかとあらためて驚き呆れさせられる。現在はそれよりかなり改善されてきている
ように見えるのは、こういう先輩障害者たちのたゆみない働きかけのおかげなの
だということがわかる。今度は私たち若い世代の障害者たちがハード面のみならず
ソフト面での改善を推し進めてゆく番だろう。

 巻末の略年譜では、例の福祉党から自民党への鞍替えの記述が省かれている。
そこに氏の深い心の傷が読み取れる。私にしてもあのときは違和感が抜けなかっ
た。花より実をとったということなら、たとえば懸案の無年金者問題などどうしてもっ
と早く解決しないのかという不満も残る。しかし政治の世界では「一寸先は闇」と言
われるほどだから、その評価は後世に待ったほうがいいだろう。

 最後に「負けてたまるか」というタイトルを始め、各章の節目節目に散りばめられ
ている短歌や作詞など、初めからしまいまでとことん「どっこい生きてる」式に貫か
れている。「お涙ちょうだい」式よりは前向きだからいいようなものの、ちょっと威勢
がよすぎるのではないかというはにかみもよぎる。
かつてテレビ番組によく出演していたころの扱われ方にもどこかしらはにかみがつ
きまとっていた。障害者も十人十色だからもう少し毛色のちがったアクセスも読み
たいという人も出てくるだろう。そういうものもソフトの改善の一つであろう。






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