| ★書名 「自分にファイト!」 (上田真弓著、南の風社、2001年、1500円) ★筆者紹介 上田(うえた)氏は1966年、高知県生まれ。体育が大好きなおてんば娘だったという。 そのあたりからすでに「体育会系」の素質は十分。中学時代からバレーボールを始め、 名古屋の中京大学へ進んでインカレなどに出場する。卒業したら高知へ帰り体育教師 になるつもりで教育実習などもつむ。そして4年生の2月、友人たちとの卒業旅行のさな か、交通事故にあい頸髄損傷となる。 それからの闘病のもようは、ほかの多くの闘病記と重なるものだから、あえて書かな いが、ひとことでいえば「がんばり屋」の本領発揮である。大学病院から高知の近森 リハビリテーション病院、兵庫リハビリテーションセンター、高知の自立グループホーム 「すずめ三里ホーム」などを渡り歩きながら、車いすへの自力でのトランスファーや、自力 での着替えや導尿ができるようになる。ワープロやパソコンを習得して手紙を書いたり、 またダイビングのライセンスをとったり、スターダスト・レビューのコンサートに通ったりする ようになる。 そうして93年(平成7年)からは、先の近森病院でソーシャルワーカーとして働きはじめ る。ワーカーには特に資格はいらないが、「社会福祉学」の単位をとるために通信教育で 勉強する。そのころから高知市人権啓発課のイベント「ヒューマンコミュニケーション」に 参加し実行委員長をつとめ、学校や福祉センターなどで講演するようになる。 95年からは周りの人たちに支えられながら、マンションで一人暮らしを始めている。 家政婦さんとの確執や同居人やボランティアの確保など苦労を重ねながらも、「ぱせりの 会」という異業種交流の集まりの代表をつとめたり、小規模作業所ウエーブの運営委員 長をつとめたり、「よさこいピックボランティア委員長」をつとめたり、NPO高知市民会議 副理事長をつとめるなど、八面六臂の活躍をつづけながら現在に到っている。 こうあらすじだけを書くと、「ああ、そうですか」としか読まれないかもしれない。 しかしこれはかなり凄いことである。 ★書評 (中島) 上田氏は高知の病院で将来を相談した医師から 「この福祉の遅れた高知で、しかも上田さんのような重度な障害者が働くことはむずかし いよ。若いんだから高知にいることよりも、同じような障害をもっている人が頑張っている ような県外に出ることを考えたほうがいいよ」 と言われてショックを受け、 「何くそ見とれ、石川先生、私は絶対にやってやるんだ!」 と胸に誓い、ついにその病院でソーシャルワーカーとして働きはじめる。 これを読んで私のような地方(ど田舎)在住者は拍手喝采である。ことほどさように、この 本の値打ちは地方在住の重度障害者にとっての自立という点にある。都会で自立する より何倍もの苦労があるのである。 もっとも上のワーカーとして働きはじめるのに、石川医師の誘いを得られるなど、 氏のなりゆきにはかなり恵まれた部分がある。それゆえ自分でも 「私は恵まれていると思う」 と認めている。しかしそういう果報を得るにはあくまで本人の人となりが大きく左右し ていることを教えられるのである。 氏は本の終わりちかくで 「障害者となってよかったと思ったことは一度もない。しかし、障害者となったからと いって不幸なことばかりがあるわけでもない」 と言っている。「障害を得てよかった」という人もいるが、これがおおかたの自然な 感じ方であろう。問題はその先にある。氏は 「今、何が一番、自分の生活の軸になっているか ー それは仕事だった」 と告白する。それも女の一生であろう。 |