「ガベちゃん先生の自立宣言」

★書名 「ガベちゃん先生の自立宣言」
     (曽我部 教子著 樹心社 1996年)

★書評 (中島)

(筆者紹介)

  曽我部教子氏は一九四三年、尼崎市生まれ、
八九年にアフリカで熱気球事故による頸髄損傷。
中学校理科教諭、のち条件付きながら復職、気
管切開によるベンチレータ使用、三年後に理科講
師として公開授業、「がべちゃんニュース」誌発行、
短歌も作る。


(内容)

  アフリカ旅行中に熱気球の事故でケイソンとなる。海外で重体となった場合、
日本へ帰ってくるまでの折衝の困難さが描かれている。人工呼吸器が必要なほど
の重度ケイソンでありながら、「もう一度教壇に立ちたい」というあくなき願いを貫
いた強靭な意志。また「施設には行きたくない」と街頭でビラを配って介護者ボラを
探し、マンションで自立する。


  曽我部氏は条件つきながらケイソンとしては日本で最初に教師に復職した女
性である。よっぽど子どもたちと理科が好きなのだろう。また外国旅行するのに総
額六千万円もかかった、などという武勇伝もある。なにごとも最初にやりとげた者
は強い、と感じざるをえない。それらの経過を「がべちゃんニュース」という冊子に
して発行していたが、その集大成として「ガベちゃん先生の自立宣言」が出版され
ている。タイトルはちょっと含羞を覚えさせられるが、ともあれ、本人の意志の強さ
もさることながら、募集されて集まってきたまわりのボランティアたちが、彼女の行
動力によって感化されてゆく。そこがもうひとつの重要な意義として読みとれる。復
職しなくても実はそれこそが彼女の「人生の教師」として最大の教育なのかもしれ
ない。

  蛇足ながら、ところどころ自作の短歌がまじえられているが、できれば自重して
ほしかった。闘病の苦労は十分に伝わるが、残念ながら習作の域を出ていないと
思われるからである。しかしケイソンの苦痛と出版への熱意で真っ黒になっている
彼女に、それを自己批判せよというのはあまりに酷かもしれない。だとするなら、
出版に関わった周辺のジャーナリズムにも責任の一端がある。障害者に対して苦
言を呈したり忠告をくれたりするのは、猫の首に鈴をかけてくるネズミのような損な
役まわりだが、誰かがつとめなければならないことである。 





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