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★ 書名
「句集 少年地図」
柴崎昭雄著
文芸社
2004年、1155円 |
★ (書評・中島虎彦)
たんぽぽの綿毛どこまで少年期
光る舟を隠し持ちたる少年期
熟れてゆく少年 錆びてゆく少年
父は子の梯子をはずす夏銀河
産声や蔓いっぽんに兄よ姉よ
作中から「少年」にかかわるものを幾らか取り出してみた。前句集よりも読みやすい感じがする。句集名からも連想させられるように、なつかしく爽やかなリリシズム(抒情)が香り立ってくる。しかし他の句をみると、相変わらずのカッ飛んだポエジー(詩情、詩精神)に溢れているから、一筋縄ではゆかない。
さて、川柳作家の柴崎昭雄氏の 「木馬館」(私家版、1995年、1200円)につづく、待望の第二句集が出た。心待ちにしていた人が多かったろう。前回は私家版だったが、今回は中央の文芸社(〒160-0012
東京都新宿区新宿1.10.1 電話03-5369-3060)からの公刊である。本のコード番号もあるから全国どこの書店からも注文できる。それだけ彼の自負と力量が文学関係者にひろく認められてきたのだろう。
内容は「少年地図」「父点滅」「ダブルクリック」「つゆくさ」「疾走」「ゆうらり」など10章からなり330句ほど。表紙の里山の春の風景が心を和ませる。雪深い地方だけに冬の忍従と春への思慕は、私のような南国の者にはとうてい窺いしれないものがあるのだろう。作品からもそれが読み取れる。
もうひとつ前句集のような障害者本にありがちなおエライさんの「跋」文を排しているのも好ましい。あくまでも作品本位で見てほしいという心意気が感じられる。解説がないと味わい方がわからないという読者もいるだろうが、たまには読み手が感性の自立を迫られるのも悪くない。
柴崎昭雄氏は1965年、青森県生まれ、18歳のときの交通事故で頸髄損傷となる。以後車いすの生活。90年頃から北野岸柳のラジオ川柳番組への投稿をきっかけに、本格的に川柳を始める。障害後の研鑚としては群を抜いている。
現代川柳の「新思潮」「川柳公論」「点鐘の会」「紫波川柳会」「野辺地川柳社」などの会員。また「かもしか川柳社」幹事。私と一緒にインターネット上の歌仙サイトにも加わり、連句を楽しんでもいる。その旺盛な参加意欲に舌を巻くが、ちょっと入りすぎじゃないかという気もするくらいだ(笑い)。
師の北野岸柳氏は「木馬館」の前書きで「川柳で詩を書くことのできる数少ない作家の一人として、これからも見続けていきたい」と評していた。そのため川柳関係者だけでなく、俳句や短歌や詩の世界の人たちからの関心も高いようだ。
また柴崎氏は結社の先達である佐賀県伊万里市の酒谷愛郷氏を敬愛していて、その影響も読み取れることは、「木馬館」の書評でもふれているので、参照していただきたい。今回はさらにその趣きが深まっている。それは父を詠んだ句がさらに増えていることから言える。
あとがきで、氏は少年のころ激しく父親とぶつかり合ったと述懐している。しかし障害を得てからはいやおうもなくその関係が変容せずにはいなかったことだろう。重度障害者の場合ある意味で生殺与奪を握られているのだから、親の顔色を窺がうような「お涙ちょうだい」式や「どっこい生きてる」式、単調な感謝の念や、自然の写生への逃避などの作風がみられがちだが、氏の場合そこにも一流のポエジーへの昇華がみられるのはさすがである。
しかしながら当然、屈折だって秘められているはずである。まさしくそういうところから文学は生まれてくる。そんな深まりを期待したい。
それから川柳と俳句の境い目についても、前句集と同様に考えさせられる。やはり障害者で俳句を作る女性はこれらの川柳に対して、
「こんな句集は初めて。軽くはなく、それでいてうっとうしくない。私もしょっちゅう『お前の句は川柳だ』と言われているが、川柳と俳句どこがどう違うのか。作品を読んでいよいよその感を強くしている」
と称えている。私も誰かにその違いを教えてほしい。
その他、氏はインターネット上でも活躍の幅を広げていて、
「すぴか」という二人誌(詩人佐藤満里子氏とのコラボレーション)のサイトを開いている。
http://www.aoba.sakura.ne.jp/~akio/
また「木馬館」という短詩系の投稿サイトなどへも発表している。
http://www.jomon.ne.jp/~ayumi/
合わせて参照していただきたい。
最後に幾つか抜き出しておこう。私の勝手な一押しは「茶漬け食うひとりの海をゆらしつつ」である。皆さんはどれを選ばれるだろう。
完璧な空へ落書きしたくなる
何度でも転んでもよし春の地図
一つも雲がなくなってゆく午後の不安
沖は曇天かもめをまねているのだが
菜の花は笑い袋をひた隠す
頭上晴天 右に歪んでいる背骨
永遠の月を手にして影踏みかよ
父の咳ところどころに闇が生まれて
春眠や身体の破片から擬音
ダブルクリックされて振り向いている僕
揺りかごのごとくある朝の水葬
水栓を抜いて朝までどうしよう
月を撫で終えたる妻のあおいゆび
人形のうなずく記憶 さくらの記憶
くちびるで唇つまむ月のかたち
たてがみや闇をいくつも抜けてきて
闇ばかり見て来たじゃがいものかたち
石ごろり人のかたちのはじまりは
笑い上戸の満月なんて砕きましょう
颯爽と郵便屋さん臥す身にも
体中を叩くと谺しておりぬ
脆い月だったよ 飲んだくれだった日
寒月白し いざ嘶いてみせようか
春の樹もわれもはげしく産声す
梳る母よ剥き出しのひまわりよ
沖が凪いで父の薬の時間なり
茶漬け食うひとりの海をゆらしつつ
すすき野に膀胱圧の極まれり
晴れた死体がつるんと喉を過ぎてゆく
夕焼けも僕も断片 通販カタログ
寝転んでみても喫水線がある
不覚にも青い枕で熟睡す
初雪も肉体もまだ日の匂い
なぞなぞが解けた順から時雨れてゆく
芽吹かんと水をたらふく飲み込みぬ
一灯を生きつらぬかん点灯夫
展げれば父の海図の深き呼吸
木枯らし鳴って父ことごとく囚われる
ひまわりの影もはげしく呼吸する
雲梯を家族一列進むべし
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