「私は障害者向けのデリヘル嬢」

★ 書名
「私は障害者向けのデリヘル嬢」

大森みゆき著、
ブックマン社、
2005年、1238円
★書評(中島)

 大森みゆきはペンネーム。作者は地方から東京へ出てきて勤めていた会社が倒産したり、苦情受け付けの仕事のストレスから神経症になったりしながら、経済的にも次第に追い詰められてゆき、実家に仕送りも続けなければならずソープ嬢(半年間)となる。その後故郷に帰ったり派遣社員をしたりしていたが失恋して、雑貨屋を開くという夢に向けてお金を稼ぐために、インターネットで見かけた東京近郊の地方都市の障害者向けデリヘルとなる。

 デリヘル(デリバリー・ヘルス)というのは女性がお客の待つホテルや個人宅へ行き、性的なサービス(ヘルス)をするもの。基本的に本番行為はなしで、手や口でマッサージをしたり性処理をするもの。時給8000円から12000円ぐらいという。利用する側の料金はふつうのデリヘルよりやや高めに設定されている。

 ふつうのデリヘルではなく障害者専用を選んだのは、力ずくで犯される可能性は薄くなるのではないか、万一の場合にも逃げやすいのではないか、というあざとい計算からだったという。また「自分は誰の役にも立たない人間だ」というコンプレックスに打ちひしがれていたときに、こんな自分でも誰かの役に立てるかもしれないという発見が新鮮だったという。

 それから面接に行ったり、ホームページ用のセミヌードの写真を撮られたり、事務で運転手の女性と相性が悪くて苦労したりしながら、四ヶ月ほどの経験をつむ。四肢マヒや脳性マヒや視覚障害や難病患者などなど、初めは割りのいいアルバイトくらいの気分だったが、やがて想像すらしていなかった現実の数々に直面し、障害者の悩みや実態や風俗業界の問題点などに接する。

 たとえば性器のくびれに白い恥垢がたまり、濡れティッシュなどでいくらこすっても取れないのに「いつもヘルパーに風呂で洗ってもらっているから大丈夫」と言い張るお客や、家族が寝静まる深夜11時過ぎにこっそりガレージから呼び入れるお客や、金持ちでお金さえ払えば何でもしてもらえると思っている男性や、はるばる新幹線や特急を乗り継ぎ一日がかりで行かねばならぬ客や、母親と妹が公認していて着替えの指導までしてくれる家や、

アクロバチックな姿勢を要求する客などなど。

 それらを数十枚のエッセーとして「婦人公論」誌に送ったのがきっかけで、この本を出版することになったという。にもかかわらず障害者向けデリヘルをしていたことは誰にも言えないという。

 本文からいくらか引用しておこう。

 「私は障害者だからといってボランティアで性的サービスを行うことには疑問がある。健常者はお金を払って同じサービスを受けているのだ。裏を返せば『障害者だから』特別にタダでさせて『あげる』というのも差別の一種になってしまうのではないか」

 「もしもこの本を、風俗で性的サービスをしている女性が読んでくださっているのなら、お願いがある。障害者の人が入店しても、できるだけ拒否しないでほしい。店が断るのは、決して偏見があるからではない、という人もいる。お客様が怪我をしないかとか、女の子の不手際で痛い思いをさせたら・・・・という不安からだと。だけど、お店まで自力で来られる人ならば、日常生活には問題ないはずだから」

 「さんざんキレイ事を書いたって、じゃあお前は障害者と恋愛できるのかよ。お金をもらっているから、そういうサービスができるだけで、実生活になったら違うだろう、そう思われる読者の方もいるだろう。(中略)キレイ事でもなんでもなく、もしもこの先、好きになった人が障害を持っていたところで、それで付き合うことをためらうわけはない」

 「たいていのお客様は、最初のあいさつのときに『面倒かけてすみません』というようなことを言う。最初から謝る。すみません、ということはないのになあ、お客様なんだから」

 「この仕事で出会ったお客様は、実に繊細な人ばかりだった。こちらの感情の機微を敏感に感じ取る。心を読まれてしまいそうになる。それだけ敏感になざるを得ない世界で生きることを強いられてきた、ともいえるだろう」

 「やっぱりねえ。こういう身体だし、諦めちゃうんだよね。ふつうに結婚とかはもちろん、恋愛ももう一生無理かなあ」というお客様にも会った。でも私は強く思う。諦めないでよ、と。私はいくらイケメンでも、自分を磨いていない人は嫌だ。それは健常者、障害者などは関係ないし(中略)見た目だって関係ない」

 「気持ちいい、と言ってもらうのが一番嬉しい」



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