★ 「いま命輝いて」(野尻千穂子著、熊本日日新聞社)

★ 書名
「いま命輝いて」

野尻千穂子著
熊本日日新聞社
★(書評、中島虎彦)

★ 「いま命輝いて」(野尻千穂子著、熊本日日新聞社、)

 野尻氏は1947年、熊本県阿蘇郡白水村生まれ。11歳のころから原因不明のマヒで歩くのが次第に困難になる。最後の修学旅行から帰って、12歳のときまわりの勧めで脊髄の手術を受け、医師の失敗でさらに致命的なダメージをうけ、事実上の脊髄損傷となる。実に気の毒な例であろう。
 しばらく自宅で窓を閉ざしていたが、ブラザーの編み機を習って一人でセーターなどを編めるようになり、近所から注文も受けるようになり自立の意識が芽生える。
 その後人から勧められて天草のリハビリテーション病院で歩行の訓練を受ける。そこで恋も経験する。また菊池市の授産施設にも入り、訓練を受けながら友人たちとバンドを組んだりする。そのころから自己表現というものに目覚めはじめる。車の免許もとり、活動範囲が広がり、そこで仲間の一人と結婚し、昭和54年には女児を出産する。それらの苦労話を各方面からせがまれて何百回もの講演をこなす。
 それらの活動の一方で、人から勧められた聖書を断続的に読みつぎ、次第に信仰を確かなものにしてゆく。そして同行者である三浦綾子氏や星野富弘氏とも文通をかわし、ついに北海道や群馬を訪れて対面を果たしている。同じ宗旨を奉じるもの同士だからこその厚遇もあるだろうし、やや「有名人好き」のような上昇志向や自己顕示欲も感じるが、かつての苦悩時代を思えば無理もない。
 他人のせいで障害を負った者の場合、その恨みや憎しみから自由になるのは至難の業であろう。しかし、平成8年に、自らも関わった「熊本県いのちの懇談会」発足にともない、記念講演の中で次のような感動的な話を紹介している。
 12歳のとき手術を受けた医師が園長をしている学園の総会に、講師として招かれて講演をした中で、語ったものである。
 「今日は先生に会えるのを、とても楽しみにしてきました。先生のことを最初は恨みました。でもこの動かない体が、人としての生き方を教えてくれました。どうぞ私の分の十字架は降ろしてください」
 すると、その園長が歩み寄ってきて
 「この手があなたを悲しませたのですね! その同じ手で、今日はあなたと握手ができます。本当に今日はよかった。ありがとう」
 と言って手を取り合っている。人生の長い回り道をへて、和解に至る経過は読むものに人生の意味を深く考えさせてくれる。


★ 詩作品から
「白百合の花」
だれのせいでもないからと
動かなくなった体を恨む私です
今日もいつものように縁側で
床ずれを太陽にあてました
寂しくてみじめな私です
何気なく庭を眺めてみました
そこに毎年咲く白百合の花をみつけました
しなやかに美しく精一杯に咲く
白百合の花が、その時私の心に
優しさを届けてくれたようです
だれかにほめられようとほめられまいと
今日咲くこの日のために
雨の日も風の日も人知れぬ土の中で
美しさを育て続けてきたんですね
黙って咲きながら多くの大切なことを
教えてくれた自然の豊かさが
胸にしみます


(現在所 〒860 熊本県八王子町840 兼営団地9棟101号)
      電話 096-378-9684


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