「口からうんちが出るように手術してください」

★ 書名
「口からうんちが出るように手術してください」

小島直子著、
コモンズ、
2000年、1700円
★ 書評(中島虎彦)

 いやまあ強烈なタイトルである。以前に取り上げた「こんな夜更けにバナナかよ」(渡辺一史著)もインパクトは強かったが、そのはるか上手を行っている、と言おうか放送コ―ドぎりぎりという感じである。おそらく出版のときひともめしたのではないだろうか。下手をすれば「売らんかな」の下心さえ見透かされるかもしれない。

 本人はそれについて次のように言っている、

 「朝ご飯を食べれば、生理現象として、数時間後にはしたくなる。でも、ひとりではできない。いつも誰かがいっしょとはかぎらないし、外出先のトイレが使えるわけではない。だから、食べたくても、食べられないのである。

 『口からうんちが出るように手術してください』って、病院の先生にどれだけ頼みにいこうと思ったかわからない。毎日のことだから切実な問題だけれども、なかなか簡単に解決のつけられない難問だけれども、今は自分でコントロールしていくしかない」

 タイトルのあまりの強烈さにたじろぎなかなか読めずにいたが、昨年テレビドラマ化されて話題になった脊髄小脳変性症の「1リットルの涙」(木藤亜也著)と合わせて、あらためて取りかかってみた。こちらは脳性小児まひの話だが、排泄の苦労や自立のノウハウなど脊(頸)髄損傷)にとっても重なり合う部分が非常に多いので、あえて取り上げることにした。

 小島氏は1968年、東京生まれ。出生時の酸素不足により脳性小児まひとなる。療育園で機能回復訓練を受けながら養護学校に通っていたが、小学校二年生でふつうの学校へ転向し、級友たちの親切と母親の献身に助けられて中学・高校と楽しい学校生活を送る。89年に日本福祉大学社会福祉学部に入学。設備が整わないためしばらく自宅待機させられたが、またもや級友たちの「直子さんを入学させられないなら福祉大学の意味がない」と24時間介護体制に支えられて通学、一人で暮らし始める。在学中にバークリーなどに行き、建築に興味をもち住宅デザインの勉強をつづける。96年から世田谷区で二度目の一人暮らしをしながら、「バリアフリーまちづくりハウス」の事務局長として調査研究や執筆講演活動をしている。

 これもまた私など及びもつかないスーパーウーマンの物語であるが、おしっことうんちの苦労話が散りばめられていて嫌味は感じない。なにしろ作者は仕事場に行くときもデートをするときも紙おむつをしているのである。気取ったって始まらない。

 それにしてもこんなに自分の写真を載せる作者は珍しい。よほど容姿に自信があるのだろう。脳性まひといえばたいてい顔や手足がひきつった人が多いのだが、なるほど彼女の顔や身体にはあまりそれが見られない。

   そのせいでもないだろうが、自立生活もついつい惰性に流されておざなりになる。

 「ある子に突然、言われた。『なおちゃんのありがとうには、心がこもっていない』正直ショックだったが、彼女はそう感じたのだから仕方がない。言われてみれば、してくれたことに対するお礼の言葉としてしか伝えきれていなかったのかもしれないと反省した。あわせて、母にトイレをさせてもらっても、『ありがとう』を言っていなかった過去も反省。この日を境に『ありがとう』を言うときは、お礼のみならず感謝の意としても使うようにしている。たった5文字のこの言葉のもつ意味は深い」

 これなどは耳の痛い人が多いのではないだろうか。私もちょくちょく母親から「あんたは感謝の心が足らん」と言われている(笑)。もともとプライドの高い者はそうなりがちなのではないだろうか。そのため身体じゅうを絞り出すようにこの言葉を発している。

 そんな作者だから、恋愛や性についても赤裸々に語っている。この本の中で一番の見どころは、付き合っている男性の母親から次のような台詞をぶつけられるところであろう。

 「ある日、決定的なダメージをくらってしまった。『いつかは言われる』と心がまえができていたつもりでいたのに、突然やってきたこの出来事は、想像を絶するくらいに辛かった。彼が不在のとき、電話したことがきっかけになって・・・・。

 『あなたが直子ちゃん? うちの子をそっとしておいてあげてほしいの。別れてくれないかしら。親戚にも相談したけど、結婚なんて絶対に認められないわ。あなたの身体で、子どもが産めるの? もし産めたとしても、育てていけるの? うちの子は長男だから・・・・・ごめんなさいね。もう、手紙も電話もやめてちょうだい。お願いよ』

 『それだけは、できません』

 その一言を伝えるだけで、精一杯。想いを言葉に変えて返答してしまったら、自分が壊れてしまいそうで、ずっと黙って聞くことしかできなかった」

 これは読むほうも辛い。作者は自分がもしその母親だったら、やっぱりそう言ったかもしれない、と深く苦慮して結局は別れてしまう。この話から私はかつて農家の親は自分の娘を農家に嫁がせたがらなかったという話を思い出してしまった。ふだんはどんなキレイ事を言っていても、いざ自分の問題としてふりかかってくると現実的で利己的な選択をしてしまうものである。

 しかしキャリアを積んだ今現在の作者だったら、そう簡単には引き下がらないだろう、と力強い言葉で締めくくっているのに救われる。



書評TOP    HOME