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★ 書名
「句集 伊賀の奥」
北村 保 著、
角川書店 1997年
★ 書評 (中島) |
(筆者紹介)
北村保氏は上野高校卒業後、伊賀町役場に勤めていた昭和四八年、交通事
故によってケイソンとなる。五年間のリハビリをへて自宅療養、父母の手厚い介護
を受けている。昭和五三年の秋、二六歳のときに俳句を志し、俳誌「風」に入会、
澤木欣一に師事する。また「山繭」に入会して宮田正和にも師事する。 昭和五八
年にはすでに第二九回角川俳句賞次席に入り、翌五九年には三重県文学新人
賞を受けている。「ありのまま記録大賞」にずいそう入選などもある。
(内容)
これは、全脊連の会員でもある、三重県伊賀町に住むケイソン北村保の処女
句集である。ここには、北村が一二回の挑戦のすえ平成二年の第三六回「角川
俳句賞」を射止めた「寒鯉」五〇句をはじめ、昭和五三年から平成八年までおよ
そ二〇年間に及ぶ俳句四五〇句が収められている。今や俳壇の新人としてまぎ
れもない地歩を固めている北村の待望の句集である。氏はMRSAで二度入院。
北村氏の作風は正岡子規に連なる「自然の写生」である。師の澤木某は解説
で「即物具象と造化随順」などと小むずかしいことを言っているが、要するに伊賀
の山奥の四季おりおりの農作業や自然が、見たまんま素直にスケッチされてい
る。伊賀といえば、言わずとしれた松尾芭蕉のふるさとである。事実「猿蓑の峠は
雨と秋刀魚売り」などと詠まれている。また霧も風物詩となっており「朝霧の目に沁
む伊賀に住み慣れて」などと詠まれている。
農作業に的を絞っているところが真骨頂である。自然の景物だけの写生なら他
の俳人にも優れた句はいっぱいある。氏にはこの方向をもっと磨いてほしい。氏
の観察眼はさながら高級カメラのレンズのようだ。私も佐賀の農家の小倅だか
ら、都会人にはわからぬ細部、たとえば「稲の花咲く水口の遠くより」などが十分
味わえる。私の一番好きな句も「日の落ちてよりの輝き雲の峰」であった。佐賀も
伊賀も風物や農作業の手順はあまり違わないようだと変な感心をしたりするが、
狭い日本、当たり前のことだろう。
氏は「境涯を越えた純粋俳句を目指して俳句作りを続けてきた」というが、その
志や喝采である。なるほど個人的な事情には頓着せず自然とともにある喜びに耽
っているのは楽しいだろう。そうは言っても現実の圧倒的な障害と無関係に芸術
が存在するはずもなく、車いすや闘病を詠んだ句が「片側の野火にほてりし車椅
子」などと混じっている。
このうち「初夢の中」「斑猫に」「蟇出ずる」「看護婦の里」「転院」などはまだどう
しても境崖と受けとられる。しかし氏の尋常でないのは、単に車いすや闘病を詠っ
ていても、「煤掃き」「片側の」「猟犬」「つゆいり」「やさしくなりぬ」などのように立派
な写生となっているところ。嬉しいとも悲しいとも言っているわけではない。そこが
多くの「障害者の文学」にみられる「お涙ちょうだい」や「どっこい生きてる」式のパ
ターンとはひと味違って、境崖を軽やかに超えているところである。「障害者の文
学」の一つの到達点といえるだろう。それでも同じケイソンなら何かが懸命に堪え
られているのがわかる。
惜しいことには、三分の一くらいのところで月並みに落ちかけて中だるみがみら
れる。平成二、三年あたりからか。そんな中に「寒鯉五〇句」の句が突然変異の
ように混じっているのだから、戸惑ってしまう。それが「骨正月」あたりからにわか
に息吹を盛り返してくる。ちょうどそれがMRSAで入院した頃と重なるのだから皮
肉である。闘病の始めの頃のポエジーが再び病を得て呼び戻されたのだろうか。
人間には圧倒的な不可能の前で立ちすくむとき、初めて見えてくる世界があるらし
い。「骨正月」の一章は身につまされる。
ところで、角川俳句賞にケチをつけるわけではないが、氏が俳句作りのはじめ
から中央の賞を狙っていたこと(そこには指導者の意向もあったのだが)、それは
ケイソン間もない氏にとって「生きる糧」であったのかもしれないから、うかつなこと
は言えないが、文学というものは自ずから自身の権威や秩序を破壊しようとする
方向に向かうものだ。賞も取ったのだから、これからは自分の思いのまま自由な
句作りを深めてほしい。
写生の可能性と問題点については、私の「脊損ニュース」における連載「障害者
の文学」の中、「大いなる自然に身を任せて」「自然の最大の敵は想像力である」
の章で述べているとおりだが、氏の句の中にも、自ずから写生を超えようとしてい
るものがある。「自転車に揺られし金魚酔ひゐたり」などは、擬人法と言えば身も
ふたもない。それだけでない「想いのたけ」が読みとれて余韻を感じる。「自然」に
対するところの「想像力」に、「障害者の文学」の活路を見いだそうとしている私な
どには、こういう方向も伸ばしてもらいたいものだ。写生は「拘束衣」ではないのだ
から。
なお、「泊夫藍」「慈姑」というような漢字にはルビをふってもらいたい。「読めな
い者は近寄るな」とでもいうような高踏的ふんいきに反発を感じて、そのトバ口で
引き返す若者も多いだろうと案じられるからである。 |
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