「冥冥なる人間」

可山 優零 氏のホームページ 「とまと」
http://www.normanet.ne.jp/~TOMATO/

★書名 「冥冥なる人間」  (可山 優零 著、川島書店、1992年)

★書評 (中島)

(筆者紹介)

  可山優零(本名、藤木徳雄)氏は頸髄損傷、一九五七年、茨城県結城郡生ま
れ、東京理大理工学部卒、日立物流社員であった八二年に交通事故、長らく養
護施設に入っていたが、待遇改善を求めてきた。松井和子(東京都神経科学総
合研究所)医師などとの交流から、著述を始める。九二年から東京都「かたつむり
の家」で自立、同じ重度障害者たちの自立の手助けを始める、セキソンの大濱眞
氏らの「日本せきずい基金」の委員。

(内容)

  一流企業の社員としてさっそうと仕事に明け暮れていた者が、突然寝たきりの
障害者となったとき、その最大の苦痛は身体の辛さ痛みではなく「無為」にあると
いう。それもワーカホリックの反動であろうか。長い茫然自失の末、少しでも人間
らしい生活をしたいと要望するが、おいそれと聞き入れられない障害者施設の頑
迷な実態が赤裸々に告発されている。そして同室者やボランティアの力を借りて
記述をし、一冊の本にまとめて出版し大きな反響を得る。そこから世間との回路を
開き、ケイソンとして生きる新たな意味を見いだしてゆくまでの刻苦が描かれてい
る。習作の詩もまじえられている。


  作者はなすすべもない仰臥の生活の無為をひとときでも忘れまぎれさせるため
には、激痛や呼吸困難などにたまには見舞われてもよい、とさえ考えるに至って
いる。苦痛というのは、駆け込み寺にしようと思えばいくらでもできるのである。障
害からくる直接的な苦痛のみならず、「灼熱痛」や「ゴースト・ペイン」や「幻影肢」な
どという幻覚にも見舞われて、青息吐息になりながらも、それすらまだしもだとい
う。いったいそれほど屈折した苦悩の中から、まっとうな思考や思想が生まれてく
る余地はあるのだろうか。

  文学の世界でいえば、宮沢賢治もカフカも十分には「世間並み」ではなかった。
だからかれらの文学は一流になりえないのだ、と決めつけるのならこれ以上議論
はできなくなる。しかし、かれらの文学が今でも読みつがれているのは、やはりそ
こに何らかの魅力が尽きないからだろう。彼らがこれほど長く取りざたされるの
は、ひとえにその文学のせいであることは論をまたない。とかくの批評を超えて「そ
れでも賢治は面白い」という発見から絶えず再出発させられてきた。つまり、必ず
しも世間並みに生きなくても、秀れた文学は残されるという理屈になる。逆に世間
並みの人間たちからいつも秀れた作品が生み出されてきたともかぎらない。

  たとえば次のような暴露には思わず息を呑んでしまう。 「浴室の前まで行った
途端、地獄に突き落とされた思いがした。とくに糞尿の匂いは、私を逡巡させた。
眼の前の三畳のほどのスペースには身体をくっつけ合って瓦礫と化した真っ裸の
人間が、五人も横たわっていた。(中略)

  ムンムンする熱気と糞尿の臭いが混ざって、浴室中に充満していた。眼と鼻の
先では、七,八人の人が洗ってもらっていた。泥どろの湯垢が、スポンジマットの
上や洗面器にこびり付いていた。褥瘡で肉が腐りきった尻や背中、手術あとの傷
だらけの頭、痩せこけて骨と皮だけの身体、奇妙に曲がったままの手足があっ
た。焼けただれたような黒ずんだ皮膚や、血の気を失ったような真っ青な皮膚で
あった。このような容態になっても死ねないのかと、生命の醜悪な根強さが呪わし
く思えた。(中略)

  口元には汚水が漂っている。それには垢がプカプカ浮いていた。人体の油も浮
いていた。石鹸の泡も浮いていた。光線を反射して虹色の油膜を作っていた。お
ぞましさのあまり眼を閉じないではいられなかった。誤って汚水を飲まないように
口を結んでいた」

  これらは、大学付属病院などの最新鋭の看護とあまりにもかけ離れた療護施
設の実態をなんとか解消して、同病者たちに日の目を見させたいという誠意から
書かれたものであるが、自ずからたぎるような告発の熱気を帯びている。具体的
には、施設を改善するには「まず第一に職員の量と質の確保が不可欠であり、職
員の経済的処遇を改善し、自ずと仕事への評価が高まることが必要」と提言され
ている。こういう例は日本にとどまらず、福祉の先進国といわれる英国にさえ今世
紀半ばまでみられたという。もし自分もそういう施設へ入らなければならなくなった
らと思うと可山の告発と提案が一日も早く実ることを祈らずにはおれない。

  ところで作者は「なんの変哲もない平凡な寝たきりで一生を過ごす障害者は、ニ
ュースにならないのであろうか」という面白い問いを投げかけている。なるほど一
度エイプリルフールかなにかに、NHK七時のニュースの冒頭でキャスター嬢が
「佐賀県のケイソン凸山凹雄さんは知人の勧めで漢方薬センナを試したところ、
今朝九時三十分、六日ぶりで立派なうんこが出たそうです。よかったですねえ」と
でも読みあげてくれれば、おそらく日本じゅうの茶の間が一瞬ぽかんと口を空いた
あと、ほがらかな洪笑の渦へと包まれてゆくことだろう。

  また「重度四肢麻痺者就労問題研究会報6号」では、「私にとっての就労とは、
重度障害者が町中のアパートの一室で一人暮らしをする社会的な意義を、明確
にすることである。一般の人が暗黙の了解として身に付けている就労など、つまり
お金を稼ごうとする行為など、興味が湧かない。飢え死にしなければ、それで満足
である。重度障害者は就労よりも、もっと意義のある、『愛と優しさ』を社会に広め
なければならない責務があるのではないだろうか」と述べている。

  最重度の障害者の社会参加をいう場合、女性や外国人や被差別部落民への
差別の解消が「働く人間としての平等性」から論じられるのと比べて、根本的な違
いが横たわっているのである。つまり「働けない」「何もできない」という丸裸の立場
から、周辺の健常者たちに介助をしてもらうことで、かれらに愛の意識を芽生えさ
せることができ、そうしてお互いに高めあってゆけるという。特別な仕事をしていな
くても、それで十分に意義のある人生だと肯定される。こういう考え方には、明治
生まれで「国から補助を受ける前に、残された機能を最大限に活かして働きなさ
い」という中村久子(両手足切断)など目をむきたくなることだろうが、平成の世で
最重度の障害をかかえる者たちのたどり着いたぎりぎりの知恵なのである。

  それを傷痍軍人(視覚障害)の歌人山崎方代は「働かねば生きねばならぬ運命
をある夕暮れどきに思ふよ」と詠ってみせている。つまり人間にとって働くことと生
きることは必ずしも同じことではないのである。

  最後に、技術的なことをいえば、(障害者の文学全体に批評の風通しの悪さも
あって)本文中に硬い漢語や旧弊な言いまわしを多用したり、いたずらに衒学的
になったりするところが見うけられる。もったいないことだ。 


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