「障害者が恋愛と性を語りはじめた」

★ 書名
「障害者が恋愛と性を語りはじめた」

障害者の生と性の研究会・河原正実代表編集
かもがわ出版
1994年、2200円
★ (書評・中島虎彦)

 これはさまざまな障害者たちの性の悩みと、その対処法を可能なかぎりリサーチした労作である。代表の河原氏は車いすとして初めて司書の資格をとり、長らく図書館に勤務してきた人である。また研究会には障害者だけでなく新聞記者など幅広い人たちが含まれているのも、この本を深みのあるものにしている。
 彼らの体験談を読んでいると、「ほんまかいな!?」と首をかしげるところもあるし、どんな介護機器や風俗産業をとり揃えても、一人のふつうの女性にはかなわないのだなあ、と思い知らされるところもある。しかし、それは彼女らを一生燃料も維持費もいらぬ(性的)介護機械なのだとしてありがたがる、というような見方もどこかに潜んでいやしないか、と不審に思うところもある。
 なにぶん、まだまだ世間に十分に認知されていない領域であるし、変な予断を与えるより、今回はできるだけ本文からの引用を多くして、皆さんに自由に判断してもらおう。

 「喜多川邦夫にかぎらず、障害者が健常者のボランティアに恋をするという話はよくあることだ。(中略)邦夫にしても、『別に意識したわけではないが、好きになるのはきまって健常者の女性だった』と語る。(中略)障害者男性の恋愛や結婚は、相手が健常者の女性である場合がかなり多い。無論、日常生活を考えればそのほうが効率的だという面もあるが、障害者の中では、健常者とつきあっていたり結婚している者は尊敬と羨望の眼差しで見られ、障害者間におけるステータスが格段に向上するともいわれる」

  「障害者男性は成人しても母親に身の回りの世話をされていることが多く、(中略)彼らに理想の女性像を聞くと、『お母さんみたいな人』という答えが圧倒的に多いという」

 「母親といる時しか排泄もできないような典型的なマザコン男性も少なくないという」

  「健常者の男女だって、誰もが自在に恋愛を楽しんでいるわけではない。(中略)
失敗を恐れない勇気と経験に加え、相手を引きつけるために自分を磨く努力が必要なのは、障害者も健常者も変わらないのではないだろうか」

  「障害者が自立を目指すのならば、障害をもつ子の親だって、子離れが必要なのではないか。『もう親にできることはかぎられてきているのかもしれない。あとは友達に育ててもらおうかと思っています』」(母親君枝)

  「(剛は)週二回ほどの入浴時でも、看護婦らが体を洗ってあげると必ずピンと大きくなってくる。ただ、たまにケースワーカーの男性が洗うと全く反応しないのは、わかっていても何となくおかしかった。(中略)しかしだからといって、『仕方ないわね』と許してしまう気にはなれなかった。やはりいやなものはにはちがいない。看護婦としては受け入れられても、女性としては許せる行為ではない。自分たちを仕事ではなく、性的な部分で見ている患者がいるのは悔しかった」(看護婦栞)

  「そんな時だった。村岡は思い切ったように口を開いた。『堀田君、ちょっともんでくれんか』  堀田は愕然とした。勃起しているペニスを他人の目の前にさらしているだけでも信じがたいのに、オナニーしてくれとは・・・・。〈こんなこと普通言うかなあ〉ぞっとするような嫌悪感が背筋を走った。(中略)村岡はただ風呂につかるだけでなく、『チンチンの皮をむいてちゃんと洗ってくれ』とか『尻の穴も』とためらいもなく指示して、念入りに体を表せた。(中略)アダルトビデオにしてもそうだ。女優名とタイトルを何本か指定して『頼むわ』とひと言。」

 「村岡さんのことは知らないけれど、俺はやってあげたことがあるよ」とぽつりと言われ、ショックを受けた。(中略)ある程度経験も積んだ今なら、その気持ちが理解できる。

 『自分からもち出すのはやはり恥ずかしいが、今度頼まれたらやってあげると思います』


  「時代の流れもあるのだろうが、入所者がマスターベーションをすることについては、施設も許容する方向だ。しかし、いざセックスとなると、『障害者のくせに』という考えが依然として強いという。このような状況の中、川村は男性入所者を関西方面のソープランドに連れ出すこともあった。もちろん施設職員としてではなく個人の立場で。すべてが水面下のことだ」「スウェーデンやデンマークといった“福祉先進国  では、障害者のセックスを介護するヘルパーが存在する。川村は、二〇年以上前にそのことを知った。『私も一度、そのようなヘルパーをやってみたいなあと思っていますよ。(中略)興味本意というわけではなく、当然、そうあるべきだろうと思っています』

 「セックスはお酒を飲むことより贅沢だという認識なんですから」(職員川村)

  「実際のところ、女性障害者の子宮摘出は、施設の中では公然の秘密。昔から何例もあったんですよ」(施設職員山中)

  「良子(脳性マヒ)は、六歳の時、養護学校に併設された施設に入って以来、家に帰るのは、(中略)そんな時母親に、必ず言われることがあった。「良子ちゃん、『男女のこと』は絶対あかんよ。妊娠したら、自分がつらい思いをするんやからね」。(中略)「もし結婚するなら、健常者の人を探しなさいね」と言う。」

  「私は自分のことは自分でできるけど、幸一さんはできないから、私が全部してあげなければいけない。(中略)私がリードするなんて絶対いやなの。テレビに出てくるみたいに、普通にデートして、優しくキスされてっていう、普通の恋がしたいだけなの。女性ならみんなそう思うでしょ」(良子)

 「このまま結婚もせず、処女のまま老いていくのかなあって思うと、寂しい時もある。赤ちゃんを見たら、自分の赤ちゃんをだっこしてみたいと思うし、自分の赤ちゃんの顔って、どんな顔してるのかなあって思ったりもする」

 「千明は、テレビで障害者の結婚を追ったドキュメンタリーが流されると、すぐにチャンネルを替えるようにしている。『テレビで流される出来事と現実を一緒にすべきではないもの。テレビに出てくるのはたまたま恵まれた人だもの』(脳性マヒの朝倉有希子)

  「女性を対象にしたソープランドのような所があったら、女性は行くかしら?」(山崎ゆかり

  「別にいやだと思ったことはないけれど、言葉がうまくしゃべれない人の時はつらいですね。体が不自由な人でも、普通の人と同じに接すればいいと思ってますから。(中略)
でも心を込めて接すれば、素直だし本当に喜んでもらえるので、いちばんいい客だなと、という気もします」(ソープランド嬢みき、三一歳)

  「妙に甘えてきて、あれもしてほしい、これも、といったふうにさまざまなことを要求してきたり、命令調であれこれ指図する人がいるのは困るわね」と笑った)(ソープランド・ルナ嬢)  「身障者が年金はたいてソープランドに行くことに対して、世間の人はおそらくいい印象を持たないだろうと思う」 「二十九歳にして初めて知った快楽の瞬間。僕にとってそれがプラスになるかマイナスになるかまだハッキリしない。(中略)まぁ、どっちにしてもこれっきりで引き下がるようなことは絶対しないつもりだ。今まで閉ざされていた世界を開拓する意味でも、僕はどんどん行きまくりたい」(メインストリイム通信、鎌田俊二代表) 「『よくぞ勇気を出して障害者の性を取り上げてくれた』という応援の声が思っていたより強かったという。
 「谷口 もうひとつ私の友達に、何でソープランド行ってるのか聞いたら、体をきれいに洗ってくれるからと言う。お母さんに風呂入れてもらっても、チンチンの中まで洗ってくれへん。ボランティアに頼んでも、いやでしょう。人のチンチンめくってまで洗うの、いややと思う。けど男性障害者のにおいのうち、八割ぐらいまでがそのにおいなんですもん」「w)谷口 うちの奥さんの場合だったら、車いす押す時に、ジーパンでリュックサック担いでね、そういうスタイルで押すの、絶対いやだと言ってます。障害者と結婚して、ぼろぼろになってやっている、というようなのは私は絶対いやだって」「やっぱりソープに行って差別の片棒を担ぐよりは、器具を使ってでも自分で頑張ってもらう方がいい」  「悟はもらったものの、コンドームなど置いておくところは自分の部屋にはない。母親が一週間に一度、隅から隅まで掃除をする。だから、悟のプライバシーはあるようでない」 「 障害者向けの体位まで図解してある」  「障害者にとってはいい匂いをさせること、見かけをきちんとすることがとても大切なんです」(エーバルト・クロー、デンマーク人、「クローさんの苦労ばなし」、ぶどう社) 「デンマークの障害者の男性は、(中略)非常に細かいことまで気を遣う。忍耐強く、ものごとに対して心優しくするという性格を障害者の方がより多くもっている。また、体が動かない分だけ、イメージを働かせる。つまり想像力を使って性を楽しむんです。性はいわば無限の想像の世界」(クロー)「エーバルトは他の男性に比べて時間をかけて優しく愛撫してくれます。体全体をとても気遣ってくれる。他の男性の場合は性行為そのものだけに気を遣うでしょ。彼と愛し合うと、小指の一本も性感帯になるんです」(恋人でヘルパーのアナタ)  「障害者が自立するのをだれが望んでいるんだ、結局だれも望んでいないんじゃないか、(中略)親はだれでも、子どもが変わっていくのを、実は求めていないんじゃないか、(中略)それでは施設職員が望んでいるかといえば、それも望んでいない。(中略)だから障害者が変化すること自体を望んでない世の中だと思うんですね」(座談より、谷口明広、脳性マヒ、同志社大卒)  「でも、健常者とやったら偉いというのだったら、数からいうと、健常者に障害者とやったら偉いと言われる方が、もっとすごいと思いますね」(谷口) 「ひと時、障害児教育の世界では『働ける障害者になろう』とか言ってたように思いますが、これからは、そういう意味では『セックスができる障害者にろう』というのが、障害児教育の世界にも出てくるかもしれないな」(河原)「行政は何かというと、すぐ『障害者の集い』とか『触れ合い祭り』とか言うけど、障害者自身が求めているのはそういうものじゃない」(谷口w)) 「この「性」だけはほかの実生活とちょっと違うような気がするんです。行政などに訴えていって勝ち取る問題じゃない気がするんですね。これこそ「ノーマライゼーションへのきっかけ」じゃないか」(谷口) 「寝とったら税金払えない(笑)。だから、町の中でエロ本買ったらええんです。立派な納税者です。そしたらもっと解放されていくでしょう」(谷口) 「障害者の芸術・文化的なところは勘違いされやすいですね。障害者がいい詩を書いたりすると、まちがった指導者なんかは、障害もってたらみんな詩が書けるというように」(谷口) 「ぼく、「わたぼうしコンサート」というのは、昔から嫌いで・・・・」 ちなみに、続編として「知的障害者の恋愛と性に光を」(障害者の性と生の研究会・河原正美代表、かもがわ出版、1996年、2200円)も出ているので、ご参考までにそちらからもいくつか引用しておこう。 「アムステルダムの南、ザイスト市郊外の二階建て公団住宅。障害者の性の悩みを心身両面からサポートすることを目的とするボランティア団体「SAR(選択的な人間関係財団)」事務所がここにある。(中略)車いすの男性が穏やかに微笑んでいる(中略)w)SAR設立者で代表のレーネ・フェルクート(五四)だ。八二年の財団設立以来、利用者は年々増えており、昨年は一三〇〇件をこえた。利用者の98%が男性という。一方、サービスを提供する側はさほど多くなく、女性一二人、男性二人、ゲイの相手をする男性一人。大半が看護婦だが、セラピスト、ソーシャルワーカーなどの医療関係者もいる」(全国障害者問題研究会北海道支部のオランダ視察団に同行した北海道新聞記者の森奈津子の記録) 「知的障害者の場合、結婚の機会は昔から圧倒的に女性のものだった。(中略)身体的に障害がなく、健康で素直な気質の彼女らにはある意味で一定の゛需要¨があった。しかし逆に、知的障害のある男性を婿にもらおうというケースはまずない。結婚したいと思う男性はまず、共稼ぎするにしても経済的に自立し、なおかつ自分で相手を見つけるしかない。当然、恋愛結婚が前提になる」 「障害児のお母さんたちもいつか、他者のことばかり考えてきたが、自分のためにどう生きたのか、と思う時がくるにちがいない、と考えました。それで、今はグループカウンセリングで、〈偉い、賢い、障害児の母〉はやめましょう、と言っています」「小山内 九〇になってもこの子とw)離れて暮らせないという、本当に残酷な現実がありますから、見て見ないふりしてくれる親になってもらえないものだろうかと・・・・早く死んでくださいとは言えませんからね、なかなか親は長生きしちゃうから。(笑)」「痒いところに手が届くっていう快感とは、セックスの快感じゃないかなと思うんですけど。頭が痒くて掻いてもらった時、本当に心と体が楽になる。それはセックスの快感と似ているんでしょうね。だからソープランドに行ってきれいに洗ってもらって、しばらく体の臭いがしないというところ、すごく良かったです」 



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