「日本の障害者・今は昔」
| ★ 書名 「日本の障害者・今は昔」 (花田春兆著、こずえ社、1990年、2100円) ★ 筆者紹介 花田氏は大正14年生まれ、本名政国、生まれつきの脳性マヒ、四肢マヒ、 言語マヒ、幼い時から家庭教師がつく。昭和14年東京市立光明学校入学、 昭和22年に身障者同人雑誌「しののめ」創刊。昭和38年に俳人協会全国大 会賞「萬緑賞」、平成7年「朝日社会福祉賞」。 現在「日本障害者協議会」副代表、城西国際大学福祉文化学科講師。 著書に「天日無冠」刀江書院、「折れたクレヨン」ぶどう社、「脳性マヒの本」、 「日本の障害者・その文化史的側面」「心耳の譜」「殿上の杖」「鬼気の人」 「幽鬼の精」以上こずえ出版など多数。 ビデオに「ゑびす曼陀羅」がある。 ★ 書評 (中島) これは歴史に埋もれてきた障害者たちの堀り起こしである。 取り上げられている障害は、脳性マヒ、ポリオ、視覚障害、聴覚障害、四肢マヒ、 筋ジストロフィー、ハンセン病、結核、サリドマイド児などさまざま。 脊髄損傷関係では八代英太氏、近藤秀夫氏、石坂直行氏などが取り上げられ ている。 そうやって「もうひとつの日本史を書こう」というのが氏のライフワークとなって いる。 その意欲は老いてもいささかも衰えることはない。 まぎれもなく日本の障害者の重鎮であろう。 この本では古代から現代までを対にしたように、特に芸能や文学の世界から 障害者運動のまでさまざまに取り上げて、障害者の果たしてきた大きな役割を 再評価している。 また能や狂言や浄瑠璃や歌舞伎や俳諧への造詣も深く、氏の幼いときからの 教養の蓄積を感じさせる。 ただ、どうしても氏と同じ脳性マヒ者や、氏の学んだ「光明学園」の関係者や、 氏の雑誌「しののめ」の関係者に着目されがちなのはいたしかたない。 そのあたりはほかの障害者たちからは異論もあるだろう。 ちなみに中島虎彦の「障害者の文学」(明石書店)もほぼ同時期に出されている が、そちらは作者と同じ頚髄損傷者が多く取り上げられるなど、誰でも自分の 障害を中心に据えて考えがちなのは変わりない。 それにしても日本史全体に投げかける氏の目配りはぬかりがない。 たとえば「古事記」のヒルコ、えびすなどの七福神始まり、ヒョットコ、ホムチワ ケノミコ、ゴゼ、くぐつ師、北山八十間戸のハンセン病者、明石検校(けんぎょう) 覚一、月見座頭、三人片輪、一寸法師、山本勘助、竹中半兵衛、黒田兵衛、 八橋検校、杉山杉風(さんぷう)、塙保己一、徳川家重、徳川家定、上田秋成、 夏目成美(せいび)、滝沢馬琴、いざり勝五郎、岩橋武夫、宮城道雄、野口英世、 正岡子規、横瀬夜雨(やう)、素木志づ(しらきしづ)、村上鬼城、富田木歩(もっ ぽ)、明石海人(野田勝太郎)、玉木愛子、中村久子、大石順教、村越化石、 糸賀一雄、箙多鶴子(えびらたづこ)などなど。 こんな人もいたのかと蒙を啓かされる。その作品にもよく目を通していて、敬服 するほかない。 花田氏の俳句も散りばめられているが、やや「どっこい生きてる式」のパターンが 多く文学の香気を欠いているものも見受けられる。 ともあれ障害者なら手元に置いておきたい一冊であろう。 後年、リメーク版ともいえる「日本の障害者・その文化史的側面」が出ているので、 そちらと合わせて読めばいい。 ★ 引用 ★「終い湯に一本足が跳んで来る」(古川柳) ★「膝っ子の人形屑にぬくもる雪催い」(富田木歩)人形作りの内職風景 ★「頑なに月見るやなほ耳遠し」(杉山杉風)聴覚障害 ★「松の木でも揉む気か」(岩橋武夫、盲人、英文学者、キリスト教の神学者、 日本ライトハウス創立者)マッサージに従事している晴眼者が視力障害者 を越してしまった危機感から、盲人にも教育が必要だと力説) ★「桜さくら散って佳人の夢に入る」(上田秋成) ★「因果な物で銭儲する見せもの師」(古川柳) 「指先の六つの点で知る天地」(古川柳) ★「あなたの肩に 舞いおちた 冷たい雪は いつとける いつとける ふり返ることなど 出来ぬと知りながら 今日も行く行く 無念坂 けわしき道 されど我が道 愛の道 押させて下さい 車椅子」 (北島三郎歌、作詞前島富子つまり八代英太夫人) ★歌舞伎「箱根権現由緒初花」(俗にいう「いざり勝五郎」) ★「按摩とりいびきを聞くと手抜きをし」(古川柳) 「弁天を除けば片輪ばかりなり」 ★「ああ 山は 筑波嶺 天(そら)低く 立てれども 命哉 ながらえて 吾終に 登りたる」(横瀬夜雨、脊椎カリエス) ★「岩倉の狂女恋せよほととぎす」(与謝蕪村) ★「胆大小心録」(上田秋成の晩年の随筆集、実父は江戸の旗本の小堀政報) ★「名月は座頭の妻の泣く夜かな」(塙保己一の妻?) ★「雨のもず昭和史決起相似るな」(花田春兆) 「海隔てて違うトイレと学校と」 「除け者とならで異形の伎楽面」 「男女七歳使う指文字違ってた」 「出ぬ杭は埋められ 出ればいじめられ」 「笑いいて笑われ役となりて幕」 「成人学級地下教室は梅雨蒸して」 「障害も当たり外れのくじの中(うち)」 「選ぶ日はいつ選ばれる身の弱さ」 「見直しも旧かなまでは廻りかね」 「怖くない親御も鬼も鬼っ子は」 ★「癩者一千おどろの寒苦負いて棲む」(増葦雄遺句集「天涯の座」から、増は ハンセン病、熊本の恵楓園に入所、俳誌「万緑」同人、ハンセン病全国組織 の会長もつとめる、この句は死の昭和60年作) ★「精神衛生法は当事者の福祉法という性格よりも、他の人々のことを重点に した社会防衛法という性格がはるかに強い」松友了(日本てんかん協会) ★「ハンセン氏病と盲、この二つが日本の障害者の二大要素となっていました。 この二つを除いては、障害者問題も障害者の歴史も語れないと言っても過言 ではないのです。 その状態はつい最近まで続いていたのです」(花田春兆「日本の障害者」) ★「「お伽草紙」の「鉢かつぎ姫」は頭でっかちの水頭症だったと解釈できるで しょう」 (花田春兆、同上) ★そろりそろりと歩いた曽呂利新左衛門は小人の道化だったという説。 ★「江戸時代の盲人保護政策は(中略)大別すれば、検校、勾当、座頭、市の 階級に分けた身分制度であり、しかも完全な売官制度でした」 ★中野正剛(中学の時のカリエスで片足に後遺症) |