「夢をたぐり寄せながら」
成瀬 正次 脊損ニュースより

★ 書名 「夢をたぐり寄せながら」
      (車イス三十五年わだちの跡、浜野 博 著、ふきのとう文庫)

★書評 (中島)

また一つ何かが変わるきざし

  言葉が伝わってくる

  表題は、浜野博さんの『夢をたぐり寄せながら』から引用した。著者は小説家。
頸損になったのは昭和三十四年、高校三年生の秋のこと。学校行事の体育祭で
クラス 単位のムカデ競争に出場した。彼は先頭にいて、前のめりに転倒。後ろの
九人が押し てくる力で首をへし曲げられた。骨の折れる鈍い音をはっきり聞い
た、と書いている。

  この本は不思議な本である。すごい本である。読んでいるうちにいつの間にか
彼の 世界に引き込まれている。そして、著者と読者がいくつもの経験を共有して
いること に気がつくのだ。僕は彼の小説を一行たりとも読んだことはない。まだ会
ったことも なければ、話しをしたこともない。けれども、距離はすぐ近くにあること
を実感する。

  彼は施設に入ったり、家にもどったりした挙げ句、再び施設入所に踏み切った
りし ている。遠くから、彼のやむを得ない決断が伝わってくるのだ。本を読んでい
ると、 いても立ってもいられない気持ちが、手に取るようにわかる。

  学校災害補償法を

  あまりページを割いてはいないが、学校災害について著者は次のように主張し
てい る。

  校内や通学経路で起きた災害の被害者の生活を生涯保障する法律が必要
だ。 学校の管理下で起きた事故について、責任の有無を問わず一律に完全補償
する 「学校災害補償法」を制定させなければならない。生徒や親が告訴し学校や
先生の 過失を立証しなければ補償を得られないという現在の悲劇は、無過失責
任を中心理念 にしない限り、繰り返され続くだろう。放っておくことはできないとい
う著者の思い には全く同感である。被害者の数は百五十万を越えるというが、重
度障害者は千人ほ ど。管轄官庁は文部省である。 昭和35年4月に発足した「学
校安全会」という共済制度だけが頼りというのが、 現状なのである。

  彼の学校災害から三十五年経過した。いまも、彼は求道者の姿勢を崩さない。
「自分はいったい何をしたいのか」「自分には何ができるのか」という、つねに問い
かけてくるどこか深いところからの声。これがこの一冊の本を貫き、まとわりつい
て 離れない、彼の業なのであろう。

  著者は、「やれそうなことを見つけだしてはぶつかってみるが、ことごとくはね返
され、無視された。」こうして様々な試行錯誤をくりかえす。彼は書いている。 「私
の場合、何をしようとしてもつねに半年から十年ほども早すぎるのだった。 事故の
補償も、リハビリも、通信教育も、自立も、事故が十年遅く起きるか、自分が もう
十歳若ければ、障害者としての私の生き方も、どこかが変わってきているはずだ
った。」

  読んでいながら僕は思わず声に出した。そんなことはないよ。経験はすべて現
在の 創作活動に役立っているじゃあないか。 きみには無理だと言われても、挑
戦を続け ている。「お前にはできないと言われて、そうですかと従っていたら、どち
らも私に は無縁のものになっていた」…。

  浜野さんはいま自立の実験中である。うまく運べば、彼は自分に言い聞かせる
はず だ。「もういいだろう。明日は、施設を去ろう。」





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