| ★ 書名 「五秒間ほどの青空」 (藤川
景 著、三五館、1997年) (内容) 前作「上の空」は主に入院中の闘病の苦心が描かれていたが、今回は自宅療 養の生活に入ってからの、さまざまな工夫が実に具体的に描かれている。たとえ ば背中をベッドや電動車いすに触れるだけで猛烈な痛みがあるという作者が、い かに工夫を重ねてそれを軽減していったか、珍しいイラスト付きの説明がある。ま た「本好き」の作者が読書の仕方にもさまざまな工夫をしている。涙ぐましいばか りである。 タイトルの「五秒間ほどの青空」とは、退院して自宅へ運びこまれるとき、車と玄 関のあいだの青空が五秒間ほど見えた、という感動からきている。それほど病室 や自室に閉じこめられた生活であったということである。しかし現在は完全装備を すればしばらくは電動車いすの散歩に出られるようになっている。 それにしても闘病が長引くにつれて、介護の妻(もともと神経症を病んでいた) が次第にストレスをためて神経を病んでいき、子どもたちも疎遠になり、家庭内が 「現世の地獄」と化してゆく。あれほど愛し合った家族同士なのに、どうしてこうなっ てしまうのか、その修羅場から目をそらさず綿密に書き込んであって、そのあたり の迫力は並みの障害者本とは一線を画されている。その勇気は特筆すべきもの である。「書く」ということはこのように誰かが傷を負わずにはいられないものであ る。長年、本作りに携わってきた作者はそこをよくわきまえている。 本文から印象的な箇所を抜き出してみよう。 「おぼつかぬ足どりで台所にもどった妻が、なにかをテーブルから落とし、こま かいもののちらばる音とちいさな悲鳴がきこえた。ぶつぶつ言いながらかたづけて いるのだが、目もよく見えず意識も蒙篭としているためうまくいかないらしく、そのう ちカンシャクをおこして金属製のものを投げつけるするどい音がして、ついで泣き 声がきこえはじめた。飛んで行ってたすけてやりたいが、それができない。地獄だ なあと思う。 地獄は現世にあり、と天井のくらやみにむかってつぶやいてみる」 「私が最初の本『上の空』の執筆を引き受けたのにはいくつかの理由があり、そ れについては前書きなどに高邁なことを書いておいたが、ほかにつまらぬ魂胆も あった。(中略)退院当時、子供はまだ小学生だったが、いずれ進学や就職の際、 履歴書の『父親の職業』という欄を記入する必要が生じるにちがいない。無職とは 書かせたくない。一冊でも本を上梓すれば、著述業と称してさしつかえあるまい。 そんな思いもあったのである」 |
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