★ 書名 「上 の 空」(藤川景 著、三五館、1993年) (筆者紹介) 藤川景氏は頸髄損傷、一九四九年、東京生まれ、 元出版社勤務、早稲田大文学部卒、八七年に神経 科の睡眠治療中ベランダから転落、椎名誠の推薦を 受けて闘病記「上の空」「五秒間ほどの青空」を出版、 「はがき通信」のレイアウトなど担当) (内容) ほとんどのケイソンに思い当たりのありそうな闘病のもようが描かれて、身につ まされる。動かない腕のベッドへの置き方ひとつでも痺れが耐えられなくなる、と注 文をつけるような神経質な作者は、家族をも次第に神経質にしてゆく。しかしこの 本の尋常でないところは、その透徹した眼で自らの欺瞞をも追求してゆくところで ある。さすがは元編集者というべきか。 (中島評) タイトルの「上の空」とは、見舞い客などがきて話しこんでいると、次第に背中の 痛みが気になってきて、客の話など上の空になる、という事情からきている。よく わかるなあ、と思う。藤川景氏はたいていの障害者たちに思い当たりのあることを 指摘している。 「ごく稀に車椅子の人に出会うと妙な気分になる。(中略)はげましたりするよう なことは決してなく、会釈をすることもない。向こうもまた同様である。これはいった いどうしたことなのだろうか。お互いに自分の醜い姿を見るような気がしてイヤな のだろうか。(中略)最初私は自分の心の揺れにいささか疾しいものを感じてい た。自分の姿が見えにくいのをいいことに、障害者を蔑視しているのだろうか。自 己嫌悪の影を他の障害者の上に投げかけているのだろうか。 姿形が醜くなった上に、心まで醜くなったのでは救いようがない。(中略)そして あるとき、ごく単純な答えを見つけた。結局これは、自分の服と似たような柄の服 を着た人とすれ違ったときに感じるバツの悪さのようなものではないだろうかと。そ う考えると少しだけ気持ちが楽になった」 というのだ。障害をえてまもないころは、 どうしても被害者意識を抜けきれないから、こんなひどい目にあっている者は他に はいるまい、と内心ひそかに奢るほどであり、病院の奥で同情を一身に集めてい たが、やがて表へ出歩けるようになり、他にも似たような障害者はゴマンといるの だ、という事実を見せつけられて顔色をなくしているように見える。 同じ障害者たちの本や記事や講演に対しても、なかなか素直に聞き入ってゆけ ないことに、悩まなければならなくなる。ぶっちゃけて言えば、ケイソン同士といえ ども早くも競争社会における「闘い」が始まっているのだということかもしれない。 生物学的にはいわゆる「近親憎悪」のことで、「すべての生物は自分の遺伝子 を残してゆくことを最優先に考えるから、自分に似た者と出会うと本能的に邪魔に なると忌避する」のだと考えられる。良くも悪くも自分のような者は一人で十分なの だ。ともあれ、遺伝子レベルからはるかに旅だってきた私たちだ。街でおなじ服を 着た者とすれちがうときに味わう嫌悪は、確かにひとすじ縄ではゆかないものにな っている。藤川氏の直感はやはり何らかの深淵を衝いているのだ。 |
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