「まぶたでつづるALSの日々」

★ 書名 「まぶたでつづるALSの日々」

土居巍(たかし)、土居喜久子共著、白水社、1998年、1800円


★ 書評 (中島)

 これは大分県に住む平凡な夫婦の妻のほうに、ある日突然ALS(筋萎縮性側索硬
化症)という原因不明の難病が襲いかかる話である。医師からは
 「お気の毒ですが、十万人に一人発生する病です。宝くじに当たったと思ってくださ
い(中略)このまま進むとあと半年もつかどうか」
  と宣告される。平成元年のことであった。妻はもちろん夫のショックもいかばかりだ
ったろう。妻はもともと日本舞踊が趣味で、花柳久鶴氏のもとで花柳久鶴実の名前を
もらった名取でもあった。それらの艶やかだった日々が走馬燈のように彼らの脳裏を
かけめぐるのだった。
  
  この病は栄養障害で筋肉がなくなり、脊髄の外側にある神経経路・側索が、脳軟
化症のような軟化ではなく、硬化している疾患であるという。ALSとは「Amyo
trophic Lateral Sclerrosis」の頭文字である。
  アメリカでは大リーガーのルー・ゲーリックが発病したことから、「ルー・ゲーリック
病」とも呼ばれる。イギリスの理論物理学者ホーキング博士もそうである。40代、
50代の男性に発生することが多く、本書のように妻に発生し夫が看護するという例は
珍しいそうである。
 
  たいてい働きざかりの者が寝たきりになるので、夫婦どちらかが付ききりで介護に
当たらねばならなくなり、経済的に困窮する場合が多い。巍氏の場合は幸い職場の
理解を得られて、彼が介護に専念するようになる。障害者本人だけでなく、介護する
側の人間にも全く新しい人生が始まるのである。
  
  初めは右奥歯上や舌に激痛が走り倒れ込んだり、バスから降りるときやエレベー
ターから下るときにつんのめったりする。腕がだるくなってきて、嚥下障害も出てきて
ふつうの食事が難しくなってくる。筋肉が脱落してゆくときの痛さは猛烈なものである
という。この病の壮絶さに読む者も声を失ってしまう。いったいこのような難病がどうし
て存在しなければならないのかと、何者かに向かって深甚な畏れを抱いてしまう。
しかしその答はこの夫婦自らがやがて示してくれる。
 
  症状は情け容赦なく進んでゆき、いよいよ気管切開をし、胃ろうの手術をして、
人工呼吸器に繋がれて生きるようになる。呼吸器に繋がれると息は楽になる代わり
に、声が出せなくなる。そのショックで妻は再び死を思うようになる。
 治療法もわかっていないので、せいぜい肺炎にならないように気をつけたり、毎日
何度か横を向いて痰を出しカニューレが詰まらないように気をつけるくらいしかないと
いう。呼吸器に繋がれてからは話せなくなり、書けなくなり、文字盤を使って夫に目線
を読みとってもらうようになる。それも透明な盤に変えたり工夫するのだが、時間がか
かりお互いにイライラすることも多くなる。

  そんなとき、医師から「まぶたで打つワープロはどうだろうか」と奬められる。
これはアイセンサーをメガネにとりつけて操作するもので、ワープロの画面に並んだ
五十音順表の上をカーソルが左に動いてゆくのを、まばたきをして止め「か行」などを
定め、次にカーソルが下へ動いてゆくのをまばたきで止め「け」などと確定し、漢字変
換して文章にしてゆく装置である。新潟県に本社のある竹井機器工業の製品で、
五十万ほどしたという。もちろん役所に補助を願い出たがなかなか時間がかかった
という。しかし前例ができて以後は早まったともいう。

 これによって妻の表現力は格段に進歩し、お互いに意志の疎通がすばやくなり、ス
トレスもたまらなくなった。するとみるみる妻に生気がもどり、なにごとにも積極的にな
ったという。たとえば友人たちの見舞いにいちいち丁寧な返事を書けるようになった。
自己を表現する、とりわけ「書く」という営為のもっている根源的な力を再認識させられ
る。この本には夫の解説文と妻がワープロで書いた日記や手紙が交互に載せられて
いる。 

  体力もついて外泊を許され、初めて自宅で大晦日から新年を迎える喜びを、
「あらたまの 年のはじめをわが家にて 祝う悦び ありがたきかな」
という短歌にも詠んでいる。 

  また、かつての日本舞踊の師匠や朋輩たちとの交遊も復活し、平成九年、花柳流
いづみ会の本会が大分文化会館で開かれたおり、土居夫妻をモデルにした異例の一
番「夫婦坂」が上演された。それを聞きに出かけるさまが新聞社などに取り上げられ
る。以後日本舞踊は妻のさらなる生きがいとなる。
 
  やがてお互いの情報をもっと密接に交換したいと願うようになり、日本ALS協会
大分県支部を結成し、それを新聞社やNHKに何度もPRし、取材されるようになる。
結成会には患者と関係者80名ほどが集まり、全国で13番めの支部となった。
以後はALS協会機関誌「JALSA」などを通して、在宅患者支援の体制や医療ネツ
トワークづくりを訴えかけるようになる。得意のワープロを活かして、「大分県支部だ
より」を4号まで発刊し、大分合同新聞社福祉機関誌コンクールで「努力賞」を受け
たりもする。

  自分の身の回りのことだけで精一杯だった妻が、他人のために働こうとするよう
になるとは、なんという起死回生であろう。これだから人生には味がある。それを支
えている夫にも大きな悦びが訪れたことだろう。ここまで妻を支えた夫の存在は大き
い。彼は
 「多くの方の善意に支えられ、生かされて、一人一人に与えられた使命のようなも
のを、強く感じております。(中略)こんなにべったり一緒に暮らすようになろうとは、
予想もしなかったことでした。(中略)この病気を通して人生のレッスンをしているの
だと、しみじみ思いました。
(中略)たしかに妻は『喋ること、食べることもできず、手も足もまったく動かない丸た
ん棒人間』です。しかし逆に考えれば、妻はそれができないだけの『ふつうの人間』
です」と述懐している。こう言える心境になるまでの苦しい日々を、多くの関係者たち
が現在も闘っていることだろう。

  ただ最後に苦言を呈すると、これらの逸話があまりにも起承転結のはっきりした、
いわば他の闘病記などにありがちな、パターン化した物語に陥っているのではない
か、という杞憂もわく。マスコミへのもたれかかりも気になる。そのことにどれだけ本
人が自覚的かつ懐疑的になれるか、そこらあたりが課題となろう。 

  蛇足ながら、このあいだの新聞で、唐津市の筋金入りの百姓で作家である山下
惣一が「インターネットによる情報交換は人間の身につかない」と決めつけていたが、
それはあくまで健常な者たちの話であって、この夫婦のような例をみると、重度障害
者たちにとってパソコンやワープロがどれだけ画期的な福音となっているか測り知れ
ないことがわかる。その程度の認識は硬骨漢の山下といえど持つべきだろう。




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