「駅と車椅子」

(近田洋一著、晩声社、1985年、1500円 )


★書評(中島)

 これは埼玉新聞記者の近田洋一氏(1938年、ロタ島生まれ、健常者)が、埼玉県の
国鉄(現JR)高崎線鴻巣(こうのす)駅の近代化にともなう橋上化に反対する障害者グ
ループ「多角形」(関根善一代表)の活動を追ったルポルタージュである。埼玉新聞に
長期連載され、1984年度の「日本ジャーナリスト会議奨励賞」を受けている。
 
 「多角形」は脳性小児マヒ(関根氏)と、脊髄性小児マヒ(関根氏の妻由紀氏)、脳
性マヒ(沖田博氏)らを中心とする七人ほどの急造のグループ。駅の橋上化というのは
今でいう「高架化」である。それまで駅の玄関から改札口、ホームと平坦に行けてい
たものが、高架化によって階段を上らなければならなくなり、危機感を抱いた関根氏
たちが駅前でビラ配りをしたり、署名活動をして訴えてゆくのだが、さまざまの紆余
曲折をへて結局かれらの願いは聞き届けられなかった。ハッピーエンドではないとこ
ろがずしりとした重みを残す。

 しかし、かれらの活動を通して目には見えない変化が起こりはじめたのではない
かと、近田氏は評価するのである。それは近代化と言いながら障害者への視点をもち
えない国鉄関係者ひいては為政者たちの実態をあばき出した、ということでもあろ
う。こういう活動がなければそれすら意識されることなしに過ぎていたかもしれない
のである。

 関根氏は「青い芝の会」の機関紙で綱領を知り、脳性麻痺者であることの自覚を
得て、それまでの授産施設などで働くことをきっぱりとやめた。この有名な綱領につ
いては、この書評欄のうちの「BOOK ENDLESS」の「母よ! 殺すな」の
回に詳しく紹介しているので、参照していただきたい。

 「生産力が価値観の絶対的基準であるいまの社会で、おれたちがふるえる手を動
かしてどうがんばっても健全者に対抗できるはずはない。社会的な寄与が人間を評価
する物差しだとすれば、おれたちはゼロだ。しかし、好んでそうなったのではない。
どうしようもなく、たまたま、こういう身体で生まれてきたのだ。なら、この身体を
さらして、ありのままを生きるしかない」

 「半日かかってジャガイモの皮をむき、あとの半日で玉ネギを刻み、つまり、一
日かかってカレーをつくることが、自分の労働と心得る。車椅子でちょっと買い物に
出るといった、ごくふうつに生きることさえ、障害者にとってはすでに重労働だ。こ
のうえ仕事に就き、働く喜びを強制されることはない」
 
  と言うのである。なんとも明快な施政方針演説である。最近の総理大臣からこれ
ほど遠大なビジョンを聞くことはとんとなくなっている。それもこれも「青い芝の
会」の影響による理論武装のいかめしさのためである。それほど横塚晃一氏、横田弘
氏らによって創設された「青い芝の会」のインパクトは強烈であった。日本の思想史
の上でも特筆すべき出来事だったと言ってよい。それほどの指針を私たち脊髄損傷や
頚髄損傷者は持ちえているだろうかと考えてみると、いささか心もとない気がしてくる。
 
 しかしながら、障害者関係の本をたくさん読んでいてこの会の名が出てくる
と、正直いって「ああ、またか」と思ってしまう。というのもこの会の影響を受けた
脳性マヒ者たちの風貌がみんな同じに見えてきてしまうのである。彼らの選民意識
(特権意識 )のようなものも気になる。

 ひとくちに脳性マヒといっても障害の程度はさまざまであろろうし、問題意識も
さまざまに異なっているはずだから、もう少しちがった風貌が見えてもよさそうなも
のだと思えてしまうのである。「働く」ことに関しても、脳性マヒ者自身から異論が
出てこないのだろうかと、多くの障害者たちは素朴な疑問を抱いているのではないだ
ろうか。借りものの思想はいつかはメッキが剥げてしまう。その点について彼らはど
う考えているのか聞いてみたい。







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