「モリー先生との火曜日」

★書名 「モリー先生との火曜日」
     (ミッチ・アルボム著、別宮貞徳訳、NHK出版、1998年、1600円)
     原題「Tuesday with Morrie」(1997年)

★書評 (中島)

  ミッチ・アルボムは1958年、アメリカ生まれ。79年にマサチューセッツ州のブラ
ンダイス大学卒。そこで社会学のモリー・シュワルツ教授の教えを受ける。
モリー先生は貧しいロシア人移民の子で、両親に早く死に別れるなど苦学してきた。
モリーは小さな身体でダンスが大好きな愛すべき名物先生だった。しかし法律や
経営の学生からは「将来のキャリアのためには役に立たない」と軽んじられていた。
ミッチ自身でさえ先生の説く「spiritual」な愛の必要性を「touchyーfeely」(ふれあい
感じあい)と冗談めかして呼んでいたのである。

  その後ミュージシャンを目指すが挫折して、コロンビア大学でジャーナリズムの
修士号を取る。スポーツ・ジャーナリストの道を歩み、「デトロイト・フリープレス」の
コラムニストとなる。分刻みの多忙な仕事ぶりで、AP通信によって全米NO.1の
スポーツコラムニストに11回も選ばれる。ジャズ歌手の妻ジャニーンとデトロイト郊外
に住む。

  いわば富も名声も手に入れたミッチであったが、決して満ち足りていたわけでは
なかった。何かが欠けているという自覚だけはあった。そんな95年の3月、偶然テレ
ビの「ナイトライン」という番組にかつての恩師であるモリー教授が出演しているの
を目にする。

  画面の恩師はALS(筋萎縮性側索硬化症、通称ルー・ゲーリック病)という難病に
冒されて、余命いくばくもない状態だったのである。しかし司会のテッド・コッペルに
対して磊落に受け答えする姿には、何か忘れていた大切なものを思い出させる力が
あり、ミッチは居ても立ってもいられなくなり、16年ぶりに恩師の家を訪ねる。恩師は
おそらく一目でミッチの抱えている悩みを見抜いたのであろう。それから1000kmの
距離を越えて毎週火曜日の講義の対話が始まるのである。

  モリー先生は自らの難病の進み具合を正直にさらけだし、のみならず「哀れむよ
り、君が抱えている問題を話してくれ」とカウンセラーの役割を果たす。そしてミッチは
それを刻々と記録していった。二人はそれを「最終論文」と称していた。モリー先生の
死を見つめた厳しい闘病の中から生み出されてくるぎりぎりの警句はマスコミの目に
も触れ、何度もその経過が放送されて世界中から励ましや相談の便りが届くように
なる。生前から対話集の出版が約束され、その前払い金が難病の介護に要する莫
大な費用の助けにもなる。先生の死後、この本は100万部を超えるベストセラーとな
る。2000年にはジャック・レモン演じるテレビドラマにもなる。
 
 ALSは栄養障害で筋肉がなくなり、脊髄の外側にある神経経路・側索が、脳軟化
症のような軟化ではなく、逆に硬化してゆく疾患であるという。ALSとは「Amyo
trophic Lateral Sclerrosis」の頭文字である。
アメリカでは大リーガーのルー・ゲーリックが発病したことから、「ルー・ゲーリック病」
とも呼ばれる。イギリスの理論物理学者ホーキング博士もそうである。40代、50代
の男性に発生することが多いという。治療法はみつかっていない。近年、病の進行を
遅らす薬はできているというが、モリー先生はそれも拒む。

  モリー先生の語る言葉は、あわただしい現代人のミッチたちにはひりひりと胸に
沁みてくるが、キリスト教や仏教の教えを本当に身に受けている者なら目新しいもの
ではない。(ちなみにモリー先生はキリスト教徒ではなく、宗教の良いところは何でも
取り入れるような懐の深いというかアバウトな人であった)。それがこんなに現代アメ
リカ人たちにとって箴言となるということは、いかに彼らのキリスト教が形骸化してい
るかということであろう。そして日本人の私が読んでもやはりひりひりしてくるのは、
日本人にとっても仏教がいかに形骸化しているかの表れであろう。

★引用

 「愛はいつも勝つ」

 「人生に意味を与える道は、人を愛すること、周囲のために尽くすこと」

 「(病気のおかげで一番教えられたことは)愛をどうやって外へ出すか、どうやって
中に受け入れるかを学んだこと」

 「この国では一種の洗脳が行われている・・・・物を持つのはいいことだ、かねは
多いほうがいい(中略)それをくり返し口にし・・・・聞かされ・・・・・ほかの考えを
持たなくなる」
 
 「みなまちがったものに価値をおいている。物質的なものを抱きしめて(中略)
おかねを神様のように崇める。すべてこの文化の一環だ」

 「互いに愛せよ。さなくば滅びあるのみ」

 「人間は、お互いに愛し合えるかぎり、またその愛し合った気持ちをおぼえている
かぎり、死んでもほんとうに行ってしまうことはない。つくり出した愛はすべてそのま
ま残っている。思い出はすべてそのまま残っている。死んでも生きつづけるんだー
この世にいる間にふれた人、育てた人すべての心の中に」

 「死で人生は終わる。つながりは終わらない」




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