| せきずい損傷の神経修復 |
| ――車椅子からの解放を目指して―― |
| 京都大学大学院医学研究科・認知行動脳科学
川 口 三 郎 教 授
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過分なご紹介をいただきまして大変恐縮しております。川口でございます。私たちのやってまいりました研究を、このようなタイトルで、脊髄損傷者の方々とそのご家族、あるいはそのご支援をしておられる方々の前でさせていただけることを、大変光栄に思います。このような機会を与えて下さいました大濱理事長はじめ、関係者のみなさまに厚く御礼を申し上げます。光栄に思うと言いましたけれども、同時に、こういうタイトルでお話しすることの責任の重大さ、私がこれから将来に向かってしていかなければならない研究に対する責任、そういう責任の重圧に押しつぶされるような気持ちでいるということも偽らざるところです。
このタイトルでお話しするのに先立ち、歴史的な背景をお話ししたいと思いますが、その前に、脳や脊髄がどのような仕組みで働いているかということをお話しするほうが、本題の話を理解をしていただくのによいのではないかと思います。しかし脳や脊髄がどのようにして働くかということをお話ししようとしますと、たっぷり1時間はかかります。それでは本題の話ができなくなりますので、かいつまんでごくごく圧縮して話させていただきます。
生物の体が細胞から成り立っているということは、皆様もご承知のところであると思います。細胞が集まって組織を作り、組織が集まって器官を作る。肝臓も器官、心臓も器官、肺も器官であり、そういう器官が集まって私たちの体を作っております。脳もまた体を構成する一つの器官であり、それは組織から成り立っている。そしてその構成要素は神経細胞といわれる細胞です。神経細胞は肝臓や心臓の細胞とは違って、大きさも形もさまざまで、非常に多くの種類からなっております。
(図1) ここに二つの例を示します。こちらは小脳のプルキンエ細胞で、こちらは大脳皮質の錐体細胞です。形もこのように違っておりますが、大きさもさまざまで小は数ミクロンから、大は100ミクロンを越えるものがあります。 神経細胞はこのようにさまざまな形や大きさをしておりますが、それにも拘わらず、原則的には共通のモデルを当てはめることができます。すなわち、一個の神経細胞は細胞体、樹状突起、軸索、神経終末という4つの形態的機能的に異なった部分に分けることができます(図1)。
細胞体と樹状突起は沢山の神経細胞から情報を受け取って、それらを統合して出力信号を出す、いわばコンピューターのようなものです。出力はインパルスといって1か0かという電気信号の形で出てきます。軸索はその出力信号を伝送する通信ケーブルで、中を流れるのはコンピューターと同様、1か0かというデジタル信号です。神経終末というのは軸索の末端ですが、ここから伝達物質が放出されて次の神経細胞に情報が伝わります。
神経終末が細胞体や樹状突起につく場所をシナプスと云いますが、これは情報の受け渡しをする場所です。軸索の長さは短いものなら数百ミクロン、長いものでは1メートルくらいあります。私達が足を動かす場合には大脳皮質から運動司令の信号が腰髄に送り出されているのです。軸索は1か0かというデジタル信号を伝えるだけでなく、細胞体で作られた物質を神経終末の方に順行性に輸送したり、神経終末が取り込んだ物質を細胞体の方に逆行性に輸送することもします。
順行性とは信号の伝わる方向、逆行性とはその反対方向のことです。このような軸索は同じ種類のものが何万本も集まって束になって脳や脊髄の中を走っており、それを伝導路と云います。運動司令を伝える伝導路や感覚情報を伝える伝導路があるのです。脊髄損傷の症状はこの伝導路が切断されることによって、切断されたレベルより下へは運動指令が行かない、下からの感覚情報が上に伝わらないということによって生じます。
軸索は細胞体から出るときは 1 本ですが、その後に沢山の枝分れをして、同じ情報を何百、何千といった数多くの神経細胞に伝えます、このことを「発散」といいます。一方、一個の神経細胞は樹状突起と細胞体で、非常に沢山の神経細胞、場合によっては 10万をこえるような神経細胞から情報を受け取ります。このことを「収束」 といいます。大脳皮質だけでも100億を越える数の神経細胞があるといわれておりますが、脳や脊髄はそのような神経細胞が発散と収束によって織りなす神経回路網であります。
以上、お判りにくかったかも知れませんが、脳や脊髄がどのようにして働らいているかということを、かいつまんでお話し致しました。
歴史的背景:悲観論から楽観論へ
今度は歴史的な背景をお話ししましょう。スライドの写真はラモニ・カハールという、1906年のノーベル賞受賞者で神経解剖学の神様みたいな人ですが、彼は神経の変性と再生に関しても非常に詳細な研究を行い、この領域では記念碑的な本を出し、その後の研究に大きな影響を与えました。彼はその本の中で結論的に「いったん発達が終われば、軸索や樹状突起の成長と再生の泉は枯れてしまって元に戻らない。
成熟した脳では神経の経路は固定されていて変更不能である。あらゆるものは死ぬことはあっても再生することはない」と述べました。しかし彼は、脳や脊髄を損傷すると、損傷した軸索から突起が盛んに萌出してくることを観察して潜在的な再生能力があることは知っておりましたから、先のような結論を述べながらも、その後に続けて「この再生不能という過酷な判決を覆すことができるとしたら、それは将来の科学に託されている」と書いております。この仕事を源流として、彼に続く人達によって「哺乳動物の中枢神経伝導路は再生しないか、たとえ再生したとしても極めて微々たるもので機能的意義を有しない」と定式化され、これが通説として長らく広く信じられてきました。
しかし、この通説は間違いでした。 最近 20年程の研究成果は哺乳動物においても機能的意義をもった中枢神経伝導路の再構築が可能であることを明らかにし、神経修復の可能性に道を開いたのです。これは、1987年に出版されたMolecular Neurobiology of the Mammalian Brain ( Eds. McGeer PL., Eccles JC., McGeer EG, 2nd Ed., Plenum, New York) という教科書で、教科書として初めて「中枢神経伝導路が著明な再生を起こす」 ことを述べたものだと思います。その確証として、私達の報告した仔ネコの小脳遠心投射の再生の論文を引用しております。
この本が出た当時のことを後にアメリカの神経内科学の教授から伺ったことがあります。神経内科学会では多くの人達がこの教科書の記載に懐疑的であった、しかし、一方、ヒソヒソ話で再生するという話もされていたが、公の場でそれをいうのは憚られる状況にあったということでした。この仕事については後で少し説明したいと思います。
それから数年後、1995年にはフランスで「哺乳動物の脊髄における軸索の再生」 ということをテーマにして、国際シンポジウムが開かれました。その翌年、オーストラリアで 「脊髄損傷の神経修復」 ということをメインテーマにしたシンポジウムが開かれ、車椅子から立ち上がる人がロゴマークに使われました。少し前ですと荒唐無稽として一笑に付されたであろうテーマで国際シンポジウムが開催されたことは、中枢神経伝導路の再生を不可能であるとしてきた積年の悲観論から、再生しうるという楽観論へ状況が大きく変わってきたことを物語るものとして、その開催年と共に記憶に留めておいてよいかと思います。
ニューヨーク大学のヤング教授が学術雑誌Science (273: 451, '96 ) に、脊髄損傷の神経修復について 「効果的な再生的治療の可能性はもはや憶測ではなく現実的な目標になった」 という見通しを述べたのは状況の変化を如実に示すものだと思います。以上、歴史的背景をお話し致しました。