神経結合の再構築


  本題の最初の話は胎仔の脊髄にある軸索を誘導する手掛かりの移植の試み、次には軸索環境をできるだけ損なわないような鋭利な切断の試みでした。最後の話は損傷部に操作を加えて損傷部の軸索環境を改善することにより、軸索の再生を導き正しい神経結合を再構築しようとする試みで、今年の3月に開催された日本生理学会大会で報告したものです。

  成熟したネズミでは鋭利な切断を試みましたが、どうしても浮腫を生じないないような鋭利な切断ができず、切断部にはグリア瘢痕を生じ、再生は失敗に終わりました。切断端やその近傍から多くの枝が伸び出してくるのですが、切断部に生じたグリア瘢痕を越えて伸びることができないのです。

  ところが、切断部に胎仔ラットの脊髄組織を移植するとグリアの瘢痕形成が抑えられて再生が起こります。そのことを錐体路と赤核脊髄路で確かめました。「赤核脊髄路」 というのは運動系の伝導路の一つですが、密な線維束を形成して側索の外背側部を仙髄にまで下行しております。再生した錐体路は後索の最深部を、再生した赤核脊髄路は側索の外背側部を伸びていきます。成熟した動物でも著明な再生が起こり、再生線維は正しい経路を辿って正しい終止部位に終止することができるのです。

  スライドに示すのは仙髄の最も下の部分の横断切片で、再生した赤核脊髄路が標識されております。正常なものとほとんど同じですが、違っているのは成長円錐が見られることです。新しく伸びつつある軸索の先端です。腰髄に標識物質である蛍光色素を注入しますと、赤核脊髄路の起始細胞や錐体路の起始細胞が正常な動物におけると同様に逆行性に標識されてきます。

  この実験では脊髄の過半側切断によって錐体路や赤核脊髄路を完全に切断しておりますが、それぞれの伝導路は完全に切断されていても脊髄には他の伝導路が残っています。ネズミでは脊髄の 1割が切り残されていると後肢の麻痺は起こりません。

  そういう状態では再生した伝導路がどのような機能的意義を持っているかということを評価するのが難しいので、脊髄の完全切断によって評価しようとしました。ただし、過半側切断なら錐体路や赤核脊髄路の再生は比較的再現性よく起こりますが、脊髄の完全切断をすると侵襲が大きくなって錐体路や赤核脊髄路の再生の再現性は悪くなります。そういうジレンマがあるのですが、ともかく完全切断をすれば、後肢は完全な麻痺になり、体重を支えることができません。

  ところがこのネズミは、1週間ぐらいすると足を動かし始め、そして体重を支えて歩けるようになるのです。歩き方はぎこちないが、ともかく歩ける。金網も登ることができる。 BBBスケールでは 21が正常ですが、この場合には、せいぜい15くらいまでしか回復しません。スケール15 というのは、体重を支えて歩くことができ、前肢と後肢の協調性も少しあるという程度です。


拒絶的軸索環境仮説への疑問

  クリストファー・リーブのメッセージにもありましたように、そして私が歴史的背景でお話ししましたように、少し前までは通説として中枢神経伝導路は再生しないと広く信じられていたのが、ここ 20年あるいは 10年くらいの間に、通説は間違いであり、中枢神経伝導路は再生しうるのだということが広く認められてきました。

  それと共に、哺乳動物の中枢神経系の軸索環境は再生した軸索の伸長に対して拒絶的 (non-permissive) であり、再生を起こすために拒絶的な環境を許容的(permissive) に変えなければならないとする仮説が新たなドグマになりつつあります。

  スイスのシュワッブの話、これは非常に有名ですが、スウェーデンのオルソンのグループが行った肋間神経で脊髄の白質と灰白質を架橋する試み、あるいはイギリスのレイスマンが行った嗅神経鞘細胞を移植する試みなど多くの報告がこの仮説を支持するように見えます。しかし、ただいまお示ししましたように、私達の実験では幼若ラットであれ成熟ラットであれ、再生した線維が正しい経路を伸長するかぎり、その伸長を妨げるような所見は見られませんでした。

  これらの結果は、哺乳動物の中枢神経系は再生軸索の伸長に対して拒絶的軸索環境であるとする見方に疑問を投げかけるもので、私達はこの仮説に異議を唱え、

  「哺乳動物の中枢神経伝導路の再生を妨げるのは切断部の局所的要因であって拒絶的軸索環境という全体的要因ではない」と主張してまいりました。拒絶的軸索環境仮説に立脚した、あるいはその仮説を支持するような実験結果はいずれも再生が起こったことの確証を与えておりますが、再生線維は量的に少なく、距離(軸索の延長)も短く、従ってその多くは異所性投射と考えられるものであります。

  運動系や感覚系の神経投射は個々の神経細胞が精密な体部位局在をもって限局性に投射する点対点投射です。外界の一点が一点に見えるためには、網膜に映じた外界の一点が大脳皮質視覚野の一点に投射しなければなりません。10本の指を別個に動かして鍵盤を正確に打つためには、やはりそのような精密な投射が必要なのです。

  それでは再生した線維が異所性投射になった場合、機能回復は起こるのでしょうか。多くの報告が機能回復の起こることを確認しております。機能回復の全くないものを 0、完全な回復を 100 とすれば、1でも2 でも機能回復が起こったと云い得るわけですから、どの程度の回復かということが問題です。しかし、この評価は非常に難しいのです。評価の物指しによって高くも低くもなりますから。

  私は臨床応用への展望を与えるという観点からすれば、完全な切断で対麻痺を起こした動物が対麻痺から回復して四肢の協調歩行ができるか否かということが、著明な機能回復かどうかという評価の目安になると考えております。

  この観点からすれば、スエーデンのオルソンのグループが白質の伝導路とその終止部位の灰白質とを肋間神経で架橋し、機能回復が起こったことを報告して注目を集めましたが、彼らの標本では後肢が辛うじて体重を支えることができるという程度の回復であり、四肢の協調歩行はできないので、著明な機能回復が起こったとはとても云えないという印象をもっております。

  それでは、神経修復によって著明な機能回復を達成することはできないのでしょうか。そうではないと思います。最初にお示しした脊髄髄節を置換した動物では、置換した髄節を越えて正常と同様な上行性・下行性神経伝導路が形成され、そのような動物は前肢・後肢を協調させて歩き、走り、金網を登り降りすることができ、その運動は一見しただけでは正常ラットと区別できないほどですから、正常と同様な投射を再構築できれば、著明な機能回復を期待しうると思います。


要 約

  私が本日お話ししたいと思っていたことは以上でありますが、要約致しますと、中枢神経伝導路は従来考えられていたところとは違って、潜在的には大きな再生能力を有しており、それも単に再生するというだけではなく、再生した軸索は自らが進むべき正しい経路を見出し、終止すべき場所を探し出して再び神経結合を作り上げる能力を有しているので、その潜在能力を顕在化させれば、正常と同様な神経回路を再構築することが可能であり、再構築された神経回路によって著明な機能回復を達成できるであろうということであります。

  本日お示しした私達の実験では脊髄を鋭利に切断しておりますが、人の脊髄損傷というのは鋭利な切断ではなく、挫滅であります。脊髄損傷モデル動物として、脊髄を挫滅して完全な対麻痺にしたラットを用いて、脊髄伝導路を再構築し、再び前肢・後肢の協調歩行ができるようにすれば、人への臨床応用は可能であろうと思います。それは多くの人が考えていることであります。この目標を達成するためには多くの人達が研究に参加してくださることが必要です。

  最後に、共同研究者の紹介を致します。脊髄の髄節置換では、整形外科大学院生の岩下靖史、錐体路の再生では広島大学脳外科の井上辰志、後索路の再生では認知行動脳科学大学院生の菊川素規、機能評価では同じく整形外科大学院生の長谷隆生、この方々にやって貰いました。ご清聴有難うございました。




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