| 脊髄伝導路の再生 |
今度は脊髄を損傷するときに、鋭利に損傷して、いろいろな手掛かりを失わないようにしたら、脊髄伝導路は再生するのではないかということを確かめた実験についてお話しします。
図1(参照) 神経細胞と神経結合の模式図
個々の神経細胞はそれぞれが入出力装置のついた情報処理装置である。樹状突起はもっぱら入力を受信する。細胞体は入力も受信するが、それらを統合して出力に変換する。抑制性細胞の神経終末 1 からの入力は抑制性後シナプス電位( 1の実線と点線)を発生し、興奮性細胞の神経終末 2 と 3 は興奮性後シナプス電位を発生する(2 および 3 の実線と点線)。
これらの電位は入力信号の強弱によって段階的に変化するアナログ信号であり、加重される。加重された結果、後シナプス電位がある一定の電位(しきい値)を越えれば活動電位を発生し、これが出力となる。出力はインパルスとして軸索を伝わる。
インパルスは全か無、すなわち、1 か 0かのデジタル信号であり、伝えられる情報はインパルスの生起する時間的パターンである。シナプスはデジタル信号を加重可能なアナログ信号に変換する場である。
図2(参照) 正常な投射と再生した投射
A: 正常なネコの脳幹水平断の切片、白く見える線維の束が
順行性軸索輸送によって標識された小脳遠心投射、中央が
正中線 (体の真中)、右側の小脳核から出て正中線を交叉
して左側にいき、ほとんど直角に屈曲して上行する。
B: 正中線で切断後、再生した小脳遠心投射、正常な
投射線維と同じように走行する。
図3(参照) 成長円錐の変態
再生した小脳遠心投射線維の成長円錐はAのような形で伸びてきて、終止部位で昆虫が幼虫から成虫に変態するように、B→C→D→Eの順序で分岐し、粗い未熟型の神経終末(C、D)から細かい成熟型の神経終末に変化する様子をスケッチで示したもの。
Fは顕微鏡写真、未熟型と成熟型が見られる。
図4(参照) 錐体路の再生
8日齢ラットの橋と延髄の移行部を腹側から切断し、術後23日目に調べたもの。A〜C:脳幹の矢状断切片、矢印は切断部(凹部)と切断の方向を示す、大脳皮質に注入した小麦胚芽凝集素結合ホースラディッシュペルオキシダーゼにより順行性に標識された錐体路を示す暗視野像(A)、その線描図(B)には写真では見えない背側に向かう異所性投射が描かれている、 Holzer 染色をした同一切片の強拡大明視野像(C)の矢じりは切断面に生じた軽度のグリオーシスを示す。D、E:腰髄(D)と仙髄(E)の横断面切片、暗視野像、再生した錐体路は正常な投射と同様に密な線維束を形成して対側の後索最深部を下行し、Rexed 3〜7 層に終末を分布している。スケールは500mm。
図5(参照) 後索路の再生
(A) 胸髄(T12-13)の矢状断切片、再生した後索路が標識されている、暗視野像、左が吻側、上が背側、9日齢で胸髄を切断し術後 9日目に検索。
(B) 同じ切片の切断部近傍の拡大図、成長円錐が切断部を越えて伸びているのが観察される。
(C) 同じ切片の明視野像、(A)と (C) のアステリスクは同じ部位。
(D) 同じ切片の GFAP染色像、(C)の枠で囲んだ部位、アストロサイトの突起が切断の方向に向いており(矢じり)、切断面と推測される部位に斑状に僅かなグリアの増生が認められる(矢印)。
(E) 頚髄(C5) 横断面、再生した後索路が密な線維束として正常な部位を通っているのが見える。暗視野像。
(F) 正常な動物(15日齢)の薄束核における微細な終末(成熟型)。暗視野像。
(G) 再生した後索路の薄束核における終末、(F) と比較して粗い終末(未熟な終末に特徴的)であることが判る。暗視野像。
(F) を除いて(A) - (G) は同一の動物から得られた切片。
スケール (A、D)、500mm;(B) 200mm;(F)100mm。
A のスケールはA、C、 Eに共通、FのスケールはF、 Gに共通。
実験的に脊髄を切断しますと、通常は損傷部に浮腫が生じます。脊髄が膨れてくるのです、そして後にグリアの瘢痕や空洞ができてきます。人の脊髄損傷の場合にも同じようなことが起こると思われます。こういうグリアの瘢痕や空洞ができますと伝導路の再生は起こりません。ところが幼若ラットで脊髄を非常に鋭利に切断しますと浮腫は生じてきませんし、後にグリアの瘢痕を生ずることもありません。こういう状態を作ると伝導路は著明な再生を示すのであります。
スライドに示すのは、順行性に標識した錐体路です。先にもお話ししましたように、手や足を動かそうとしたとき、その運動司令を大脳皮質から脊髄に伝える伝導路で、ネズミの場合には後索といわれる背側の白質の一番深部を密な線維束を形成して走り、その走行の途中の全髄節で灰白質に枝を出して神経終末を与えております。これを切断すると切断の仕方によって再生の程度がどう変わるかということをお見せします。
このスライドに示すものは僅かな再生が起こったものです。切断された線維のほとんどは切断面を越えて伸びることができませんが、それでも一部の線維は切断面を越えて伸びております。それらは再生した線維ですが、正しい経路を辿らずにばらばらと分散し、短い距離で止まってしまっております。「異所性投射」 というものです。
クリストファー・リーブのメッセージの中にも出てきましたスイスのシュワッブたちの有名な仕事があります。彼らは軸索の成長を阻害する因子を見出し、その抗体を使って阻害する因子を中和することにより、錐体路の再生が促進されることを報告しました。
彼らの報告を見ると、このスライドのバラバラと分散して伸びているものと非常によく似た形をしています。確かに再生しているのですが、 伸びている量も少ないし、伸びる距離も少ないし、正しい経路を通らずにばらけているのです。
次のスライドに示すものでは、一部の線維は正常な投射と同様に正しい経路を通ってずっと伸びていきますが、一部の線維は異所性投射でバラバラと分散して間違った所へいってしまいます。もっと鋭利な切断を行いますと、このように正しい経路を通っていきますし、次のスライドに示すように非常に鋭利な切断ですと、どこを切断したのか判らない、再生した線維なのか、正常な線維なのかも判別し難い。切断していない正常な錐体路と見較べていただくと、正常な動物では見られない側索を走る線維や反対側を走る線維が僅かに認められるくらいです。このようにほとんど正常と変わらない再生が起こりうるのであります。
腰髄に標識物質である蛍光色素を注入しますと、逆行性軸索輸送によって大脳皮質の錐体路細胞の細胞体が標識されます。ここから、手を動かせ、足を動かせという運動司令が錐体路を通って頚髄や腰髄に降りてくるのですが、錐体路が再生しますと正常な動物と同じように錐体路細胞が標識されてまいります。これまで、お見せした例は錐体路を胸髄で切断したものですが、脊髄よりももっと上の方で、橋と延髄の移行部で切断しても著明な再生が起こります。
錐体路は大脳皮質を出て大脳脚となり、橋、延髄の腹側を密な線維束を形成して伸びてきて、延髄の錐体で交叉して背側に移り、反対側の後索の最深部を下行する伝導路ですが、橋・延髄移行部で切断した場合には、正常な伝導路と同様に錐体で完全交叉して、反対側に移り後索の最深部を下行して、仙髄の先まで正しい経路を伸びていきます(図4)。そうして走行の途中で沢山の枝を出して灰白質に神経終末を与えます。
今の話は運動司令を伝える伝導路の再生でしたが、今度は感覚情報を伝える伝導路の再生についてお話しします。
手に何か物が触れた、あるいは足で何か触っているということが解るのは、「後索路」 という伝導路がそのような情報を大脳皮質に伝えるからです。錐体路が再生するという報告がいくつか出されたあとでも、後索路は再生しないという論文が出され、感覚系の伝導路と運動系の伝導路とは再生能力に違いがあるのだという議論がなされました。その後索路も、私たちが切断してみますと再生することが判りました(図5)。
脊髄損傷の神経修復による機能回復では、現在のところ、もっぱら運動機能の回復に注意が向けられておりますが、私は感覚機能の回復も非常に重要であろうと思います。
後索路は標識して見ますと、錐体路の背側を走っていることが判ります。このスライドに示すように、切断したところから軸索が伸び出しております。その先端は成長円錐ですが、自分の経路を探して伸長し、自分の終止する場所を見出すのです。切断部にはグリアがわずかに増えておりますが、瘢痕は形成されておらず、注意深く観察しないと、どこを切ったのかよく判りません。痕跡的な変化しかないのです。再生した線維は延髄の薄束核に終止します。
正常な神経終末と見較べてみると、この時点(切断後9日目)では再生した神経終末は非常に粗い、すなわち未熟なものであることが判ります。これが時間の経過につれて、だんだんと成熟して細かくなっていくのです。延髄の薄束核に標識物質を注入すると、逆行性軸索輸送により後根神経節の細胞が標識されます。こちらが正常例で、こちらが再生例です。一見して違いが判ります。再生例では細胞の核が大きく偏在しております。一時期だけですが、軸索が切断されたときに起こる変化です。このような変化がありますから、切断部を越えて伸びている線維は切り残したのではなくて再生しているのだという証拠になります。
このことは再生の証明の根本の問題なのです。再生したときには当然のことですが、軸索はつながっていて離断されたという所見はありません。しかし、再生したというからには離断されたという証拠を出さなければなりません。再生した時点ではそんなものはありませんが、そのないものの存在を示さないと再生したという確証にはならないのです。
中枢神経伝導路が再生するという報告はラモニ・カハールの時代から繰り返し出されていたのですが、それらが広く受け入れられなかったのは切り残しの可能性を排除できなかったからです。