| 仔ネコの小脳遠心投射の再生 |
ここで、先に中枢神経伝導路が著明な再生を起こすことの確証として紹介致しました私たちの仕事について、少し説明しておきたいと思います。仔ネコの小脳遠心投射が再生するという話です。
(図2) 「小脳遠心投射」 は運動に関する情報を小脳から大脳へ伝える伝導路で、小脳から出た何万本もの軸索が集まって密な線維束を形成して脳幹に入り、交叉して反対側を上行します。この交叉部を真中で、切断しました。再生すると、正常と同じような線維束が、正常と全く同じ経路を辿って同じ終止部位に終止します(図2)。
(図3) 時間経過を追って見てみますと、切断後15分もすれば、軸索の断端が膨れてきて 24時間後には非常に沢山の新しい枝が伸び出してきます。その先端は「成長円錐」 と呼ばれる特徴的な形をしておりますが、それが経路を探しながら伸びて行き、終止すべき場所を見出すのです。成長円錐は終止すべき場所にくると枝分かれをして神経終末に形を変えます。昆虫が幼虫から成虫へ変態するように、成長円錐から未熟型の粗い神経終末になり、さらに成熟型の細かい神経終末へと変形していきます(図3)。
終止すべき場所というのは視床前腹側-外側腹側核群ですが、ここは小脳から送られてきた情報を受けて大脳皮質に送る中継核で、この中継核に存在する視床-大脳皮質投射細胞にシナプス結合をします。再生した軸索は自分の戻るべき家と家への道を知っているのです。
私たちは、その後、この伝導路の個体発生を、すなわち、胎児期のどの段階で、どのようにして形成されるかということを調べました。その結果、小脳から出た新生軸索は非常に速やかに迷うことなく正しい経路を辿り、正しい終止部位に終止することが判明しました。このことは、胎仔の脳の中には伝導路の形成に先行して、あらかじめ予定の経路に新生軸索を誘導するような手掛かりが存在することを示唆します。
また、先にお示ししたように、一度できあがった伝導路が、切断したあとで再生し、再生軸索が正しい経路を辿って正しい終止部位に終止することは、そのような手掛かりは伝導路ができあがった脳の中にも存在することを示唆します。
そうであれば、胎仔の脳や脊髄にある手掛かりを移植すれば、切断された軸索はその手掛かりを使って再生し、正しい神経結合をつくることができるのではないか?
あるいは伝導路ができあがった脳の中でも、手掛かりをなるべく壊さないように鋭利に切断したら、軸索は再生して、再生軸索は正しい経路を伸びて正しい終止部位に終止するのではないか? 、損傷によって手掛かりが乱れて再生できないとしたら、損傷部に何らかの操作を加えて損傷部の軸索環境を改善すれば、軸索の再生を導き正しい神経結合を再構築できるのではないか?、私は自分達の実験結果に基づいてそのような仮説を立てたのであります。
このスライドは実験結果とそれに基づく仮説を漫画で示しております。これを書いた当時は、恐らくそういう手掛かりが存在するであろうと予想して書いたのでありますが、現在では、そのような軸索を誘導する手掛かり物質としていくつかのものが同定されております。
手掛かり物質には伸びてきた軸索に対して、こちらにいらっしゃいという指示を出すもの (誘引活性を示すもの) と、来てはいけないという指示を出すもの(反発活性を示すもの) とあることが判ってまいりました。しかも物によっては、一つの物質がある種類の軸索に対しては誘引活性を示し、別の種類の軸索に対しては反発活性を示すことも判ってきました。
軸索の再生から神経結合へ
前置きが長くなりましたが、これから本題に入らせていただきます。
最初の話は軸索を誘導する手掛かりを移植すれば、切断された軸索はその手掛かりを使って再生し、正しい神経結合をつくることができるのではないかということを調べたもので、生まれたばかりのラットで、脊髄の髄節を取り替えるということをやりました。
そのためにラットの脊髄から胸髄の 1.5〜2髄節を取り除きます。脊髄をソーセージに見たてますと、 2ヵ所を輪切りにして、スッポリと取り除くのです。取り除いた部分には運動司令を伝える伝導路や感覚情報を伝える伝導路が通っておりますから、その部分より下へは運動司令は行かず、その部分より下からの感覚情報は伝わらなくなります。そうしておいて、取り除いた空所に胎仔ラットの脊髄の髄節を移植します、つまり髄節を置換するのです。 胎仔ラットの脊髄の中にあると考えられる軸索を誘導する手掛かりを利用しようとするものです。
対照実験としては、空所に坐骨神経を移植したり、何も移植しないで空のままにしておきました。移植した胎仔ラットの髄節はどうなったかといいますと、きれいにつながり、再び切れ目のない一本のソーセージになってしまいます。移植した髄節から脊髄神経も出ております。
断面を見てみましょう。脊髄は断面で見ますと、蝶々の形をした灰白質と呼ばれる部分が中央にあり、その外側を白質が取り囲んだ構造をしております。灰白質は神経細胞の細胞体が沢山集まっているところで、白質は運動司令を伝える伝導路や感覚情報を伝える伝導路が走っているところです。置換した髄節の断面では、蝶々の形はしておりませんが中央に灰白質があり、その周囲を白質が取り囲んでおり、伝導路のできていることが判ります。
軸索は順行性に細胞体から神経終末へ、また逆行性に神経終末から細胞体へ物質を輸送しますので、そのような軸索輸送を利用して伝導路を標識したり、起始細胞の細胞体を標識することができます。大脳皮質に標識物質を注入すると順行性軸索輸送によって錐体路が標識され、スライドに示すように、標識された錐体路は移植した髄節を越えて腰髄から仙髄にまで伸びていることが判ります。錐体路は私達が随意的に手を動かし、足を動かすときに、運動司令を大脳皮質から脊髄に伝える伝導路です。
腰髄に標識物質を注入すれば、逆行性軸索輸送により脊髄を下行する伝導路の起始細胞が標識されます。スライドに示すのは脳幹にある前庭神経核と縫線核とですが、この方法によって、多くの上行性、下行性伝導路が移植した髄節を越えて伸びていることが判りました。
それでは、そのような伝導路は機能的に活動性をもった神経結合を作っているでしょうか? そのことを調べるために、大脳皮質や赤核を刺激して坐骨神経から応答を記録したり、逆に坐骨神経を刺激して大脳皮質から応答を記録します。そうすると、正常と同じような応答が記録できますので、下行性伝導路も上行性伝導路も移植した髄節を通り越してつながり、機能的に活動性をもった神経結合を作っていることが判りました。
こういうネズミがどういう行動をするかということを見てみますと、非常にうまく動きます。一見すると正常なネズミと区別できないほどです。金網(ラットのケージの蓋)を登らせると、どんどん登って行って、また下りてくるということができる。それから立ち直り反射といって、動物の体を引っ繰り返して手を離すと、ひっくり返って正しい姿勢で着地する反射がありますので、これを調べて見ます。
これは最初に頭を正しい位置にもってくる反射が働き、そのことによって前肢を正しい位置にもってくる反射が働き、それによって今度は後肢を正しい位置にもってくる反射が働くという一連の反射で、胸髄が切断されていると、頭と前肢は正しい位置にきても、後肢はひっくり返ったまま落ちてきますが、髄節を移植したネズミは後肢も正しい位置に戻り、四肢で着地できます。
脊髄損傷の神経修復により機能回復が起こったという論文はいくつか報告されておりますが、論文によってまちまちなテストをしているので相互に比較することができませんし、機能評価の物指しの取り方によって、高くも低くも評価できるので、どれだけ機能回復が起こったのか、その程度を判断することは難しいのであります。
しかし、これまでに試みられた神経修復の方法を改良し、新たな方法を開発し、臨床応用につなげるためには、それぞれの成果を比較し、優劣を判断することが不可欠であり、そのためには再構築された神経結合が正常な投射か異所性投射か、投射の量と延長、機能回復の程度について、それらが相互に比較できるような形で報告されることが必要と思われます。
いろいろなところでグローバルスタンダードということがいわれますが、この研究についても、とりわけ機能評価の標準化は必要であろうと思います。
そういう意味で、広く使われ始めた機能評価法に「BBBスケール」というものがあります。BBB というのは 3人の提唱者の頭文字をつけたものですが、非常に細かいスケールで、完全な麻痺を 0、正常を 21として 21段階に分けております。スケール8までは這い這いで後肢で体重を支えることができない、スケール9 を越えるとなんとか体重を支えることができ、14を越えると前肢と後肢の協調運動が認められ、 19、20 になると一見しただけでは正常なネズミと区別し難くなります。私達の行った脊髄髄節を移植したネズミでは 19までいきました。対照実験として行った末梢神経を移植したものでも、何も移植しなかったものに較べると少し良くなり、10ぐらいのところまでいきます。
先ほど、脊髄髄節を移植したものでは、移植髄節を越えて正常と同様な上行性・下行性伝導路ができることをお示ししましたが、坐骨神経を移植するとどうなるのでしょうか? 坐骨神経は中枢神経軸索のよい足場になり、その中を沢山の軸索が伸びてきます。しかし、移植した坐骨神経を越えて、もう一度、宿主の脊髄に入ろうとすると、そこで大部分は止まってしまう、一部は入りますが、入ってもそれから先に伸びることができないで、境界の近傍に留まります。正常な神経結合ではないのですが、それでもいくらかの機能回復が起こってまいります。
移植した胎仔脊髄組織の中を通った軸索は、その後も自分の進むべき道を知っており、行き先も知っている。それに対して、坐骨神経の中を通った軸索は、その後、自分の進むべき道と行き先を忘れてしまったかのようです。どのような軸索環境に曝されたかという履歴によって成長円錐は性質を変えていくのだと思います。
機能評価法の一つとして歩いているときの筋電図を記録してみました。スライドに示した正常なネズミでは右後肢→左後肢→右前肢→左前肢というパターンで動いていることが判ります。髄節を置換した動物でも、同じようなことが起こっております。よく見ると異常があることはあるのですが、前肢と後肢はよい協調性を示します。脊髄髄節を置換する実験は、胎仔の脊髄組織に存在する手掛かりを移植して、その手掛かりを使って伝導路を再構築しようとする試みでした。