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補 論

痛みと異常知覚の事例集

 「パイロット調査」「事例調査」の中から、いくつかの事例を紹介しておくことにする。外傷性、非外傷性、損傷部位、麻痺のレベル、痛みのタイプ、疼痛緩和治療経験、それぞれにさまざまなタイプを取り上げた。脊髄損傷後の痛み・異常知覚の実情および関連する諸問題のより具体的な理解に役立つものと思われる。

外傷性のケース

【事例1】 当初から痛かったが、受傷14年目に激痛襲来。そして抗欝剤治療。
(1) 患者:女性。43歳。受傷時年齢28歳。受傷原因:沢登りの途中で転落。
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊椎C5〜6脱臼骨折、機能レベル脊髄C8。車椅子手動操作、挙手可能。車椅子への自力移乗可能。
(3) 脊損治療経過
 救急搬入先病院で頭蓋直達牽引2週間半。酷い褥瘡を作る。リハビリ病院へ転院し、牽引器を外し、フィラデルフィアカラー装着。褥瘡の治療とリハビリを行う。約9か月入院、リハビリ加療後在宅へ移行した。復職。その後、無理できなくなり退職。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療

 第一段階:受傷4か月後位から、当初はしびれだったものが痛みへと変っていった。脚部に痙性と強い拘縮があった。腰部から爪先まで痙性に伴う痛みと走るような痛み、背部鈍痛、肩手痛、音等への過敏反応、といった症状があった。ボルタレン坐薬などの鎮痛剤はほとんど効果なし。リハビリ病院に入院中、拘縮の解除を主目的に腰髄でアルコールブロック。拘縮は解除されたが麻痺が拡大。さらに、在宅に移行して3年目位に痛みに悩まされ、疼痛緩和を目的に再度アルコールブロック。2度目はむしろ痛みが増幅した。結局は、積極的に外出や社会参加をし、痛みへの気持ちの集中を避け、痛みと折り合いを付けて生活するよう努力した。高圧電子浴も試したが効果はなかった。

 第二段階:2003年、受傷後14年目に、婦人科系の病気で手術。手術は大過なく成功し、治癒。ところが病状が落ち着いた3か月目位に、いきなり耐え難い痛みに襲われる。それまでの痛みはどうということなく、まさに受傷後14年目に痛みが来た、と思えるほど。脚部から腰にかけて締め付けられるような、脈打つような痛みがあり、足の裏、指にも痛みがある、と言う具合に、厳しい下肢痛に悩まされるようになった。また、胸・背部の麻痺境界部にうずくような、圧迫されるような痛み、手指にも痛みが生じた。
 ほぼパニック状態になり、急遽大学病院のペインクリニックを受診。まず神経ブロックを勧められるが、今までの経験から断り、抗欝剤治療を申し出ると、テグレトール、デパス、デプロメールを処方された。しかし、まったく効果なし。ついで主治医の整形外科に相談すると、ブロバリンとキョーリンAPを処方されたが、これもまったく効果なし。最後に、疼痛調査で「効果があった」との報告があった、千葉県の精神科Oクリニックの多剤多量の抗欝剤治療を試す。当初、リボトリール、アモキサン、トリプタノール、パキシル、ウィンタミンの組み合わせを処方される。後、トリプタノールとウィンタミンを止め、ユーパン(現在ワイパックス)を追加。3日目位に5割近く痛みが軽減されたと感じた。
 1か月後、痛みの緩和は3〜4割程度に留まるかなと思ったが、いずれにせよ耐え難い、と言う状態ではなくなったので、経過観測することにした。1年後、痛みがなくなったわけではないこと、依然として辛いことは感じている。ただ、自己管理できていることは確かと思われる。抗欝剤の副作用のためか、かなり太り、便秘になって下剤量が増えた。このまま自己管理できるようであれば、薬を徐々に減らしていきたいと考えている。大丈夫そうなので、現に減らし始めている。なお、ボルタレン錠剤は筋肉痛的な痛みに効くこともあり、副作用に注意しながら、たまに服用している。


【事例2】 医療・薬に頼る前にまず生活のなかで痛みをしのぐ工夫。
(1) 患者:男性。54歳。受傷時年齢38歳。受傷原因:ベランダから転落。
(2) 損傷部位と麻痺の状況 
 脊椎C5〜6脱臼。脊髄C5あたり? 四肢麻痺。パソコン操作も読書のための頁めくりもマウススティック利用。
(3) 脊損治療経過
 救急搬送先病院でまず頭蓋直達牽引を行い、ハローベスト装着。酷い褥瘡を作り、3週間入院したが褥瘡治療に終始した。リハビリのため転院した病院では、ハローベスト装着のままの褥瘡治療で、ほとんどリハビリはできなかった。2度目の転院先総合リハビリ病院で2か月ぶりにハローベストをはずし、在宅移行のための各種リハビリを行った。約7か月入院し、在宅へ移行。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 麻痺しているところ全身にしびれあり。背中および左上腕部に生活に支障をきたすほどの痛みあり。背中が剣山の上に乗っているような圧痛、上腕部にかけ電撃痛、灼熱痛がある。発熱時、胸から上が痙攣して硬直し激痛がくる。
 セルシン、ロキソニンは、多分効かないが、たまに気休めに服用する。薬・医療に頼る前に、生活の中での工夫を試みることにしている。寒冷を避け、発熱のないよう気をつける。保温、温湿布、入浴、マッサージ、除圧(背中)は痛みを和らげるのに有効である。背中の痛みは、長時間仰臥姿勢をとらないこと、車椅子の背もたれから、体を時々前方へ引いて引き離してもらうことで、だいぶ楽になる。入浴は大変体を楽にする。


【事例3】 麻痺も痛みも、居住地が地方の農村のため、どう対処してよいか思うにまかせない。
(1) 患者:女性。42歳。受傷時年齢20歳。受傷原因:自動車事故。
(2) 損傷部位と麻痺の状況 
 脊椎C4〜5、C7骨折、機能レベル脊髄C5。肩以下の随意運動は、肘が肩の高さ位まで上がる程度。装具を付けてパソコン操作可能。自筆は不可能。ほとんど四肢麻痺。
(3) 脊損治療経過
 事故後、後続車に発見され、救急搬送された病院では対応できず、他病院に転院(この間に意識喪失)、気が付いた時は頭部に装具を付けられ、頭蓋直達牽引されていた。牽引後、自己腸骨利用の頸椎前方固定手術を行う。体調きわめて不調のまま、系列リハビリ病院に転院。体調不全であまりリハビリをしないまま在宅に移行した。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 頭部も含め、全身に強いしびれに近い異常感覚あり。強い痙性あり、痙性発生に伴って痛みが襲う。首、肩、背中に痙性と固縮が重なり合ったようなこわばりと異常疼痛がある。肩手症候群的痛みが肩から上腕にかけてある。頻繁な自律神経過反射に伴って頭痛も含む全身的な異常疼痛が起こる(「神経の暴れ」)。固定手術をした頸部に違和感、圧迫感、疼痛、時にはかなりの痛み、苦痛があり、頭痛まで引き起こす。これは年々ひどくなっている。脊髄空洞症が発生しているのでは、と思うこともある。この頭痛には、セデスは効かないが、市販の頭痛薬イブが効く。気候の変化、特に寒さが痛みを増幅する。麻痺部位に通常の痛覚や触覚がまだらに残っていて、「神経の暴れ」が来た時、特に浣腸をする時、導尿の時、褥瘡部位など、そのような通常感覚による痛みも伴って、何とも表現しようのない痛みに襲われる。これを少しでも緩和するため、腸洗浄による排便と、膀胱瘻にすることに挑戦した。腸洗浄は、浣腸以上に時間がかかり過反射も厳しく、腹痛も強いうえ排便の効率もあまりよくなかったので、結局ベッド上での浣腸に戻した。膀胱瘻のほうは、その部分に強い痛みがあり、尿が溜まるにつれ過反射傾向になるものの、人手を借りてのたびたびの導尿よりも大分楽になったので結果は良かったと思っている。一歩一歩少しでも楽になれる道を手探り状態である。
 当初さまざまな鎮痛剤、安定剤等を使用したが、効果なし(薬剤名記憶なし)。可能な機会を捉えて、鍼、気功、温湿布、マッサージ等を試したが、十分な効果は得ていない。居住地が地方の農村のため、進んだ医療情報に接する機会が少なかった(苦痛を和らげるための医療機会に恵まれていない)。ただ、体を温めることとマッサージは疼痛緩和に有効であったと思う。入浴は最大の効果あり、これを日常生活のリズムに取り入れられたらと思うが、思うにまかせない。神経因性膀胱への対処薬ボラキス、プロ・バンサインと自律神経を安定させるメイラックスは必須薬となっている。


【事例4】 急性期治療に遅れ。痛みは我慢の毎日。
(1) 患者:男性。63歳。受傷時年齢47歳。受傷原因:工事現場でクレーンに引っ掛けられ高所から転落。
(2) 損傷部位と麻痺の状況 
 脊椎C7骨折。最初の病院でキチンと病状説明を受けた記憶はない。脊椎C7損傷らしいということはリハビリ病院へ転院後の話から自分で判断。車椅子自力手動操作可能。挙手できる。握ることもできる。自筆可能。自動車運転可能。
(3) 脊損治療経過
 出先の工事現場から救急搬入された病院は脊損治療の経験があまりなかった模様で診断が遅れた。手術は 受けたが、どのような手術か不明。手術の後、頭に器具を付けてしばらく牽引されていたように思う。病状や治療などについて、医師からの説明はまったくなかった。術後3か月間その病院でただじっと寝ていたような気がする。酷い褥瘡ができた。3か月後、自宅に近い労災リハビリ病院に転院し、まず褥瘡の手術治療を行って、それが治った後に本格的にリハビリを開始した。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
  胸背部から爪先までしびれの極致、電撃痛あり。背中と下肢に強い痛みがある。背部に、鋭い凹凸のあるコンクリートの上にじかに寝ているかのような痛みがある。下肢には鉄骨でも入っている感じである。さまざまな刺激で痙攣や痙性が発生し、痛みが走る。痙攣も痙性もあるが、どちらかというと痙攣が強い。
 痛み止めは当初から効かなかったので、鎮痛剤関連は副作用を考慮して飲まないことにしている。セデスやルジオミーを飲むこともあるが効果なし。市の保健課の勧めでTENSを試したことがあるが、効果はなかった。近くの医院に高圧電子浴椅子があるので時々利用しているが、とくに有効というわけではなく気休め程度。ストレッチは痙性を宥めるのに若干有効である。ここ1年半の間に痛みが非常に強まった。肩から背部一面、大腿部から足まで痛みは耐え難いほどになっている。そのためベッド上の生活が多くなったせいか、背中に褥瘡が出来た。出血があり、病院通いをしている。それも痛みを増幅している。痛みに関しては良い医療機関を知らないのでこれといった治療はしていない。基本は我慢。できるだけ外に出て日光浴をしたり、景色を眺めたり、ドライブをしたりなどして、痛みから気を紛らすようにしてきたが、今はその余裕がなくなってきている。病院通いには出来るだけ自分で車を運転するようにしている。


【事例5】 疼痛緩和に完璧に成功。
(1) 患者:男性。67歳。受傷時年齢45歳。受傷原因:職場で仕事中、倒壊物に押しつぶされる。
(2) 損傷部位と麻痺の状況 脊椎T12〜L1脱臼。下半身麻痺。
(3) 脊損治療経過
 救急搬入された病院で採用された治療法は、脱臼による背骨の歪みを是正するために、砂嚢を背中に強く押し当て強制的に逆海老反りのように反り返るような姿勢を取って背骨のズレを戻していく、というものだった。それを180日間続けたが、耐え難いほどの痛みを伴う辛い修業であった。その後も種々工夫したが、背骨は元の位置に戻らないまま固まってしまい、痛みも固定した。その病院に約1年間入院し、リハビリ病院に転院した。戸外での車椅子自走、自動車の運転など、リハビリには全力投球したが、痛みと褥瘡に悩まされ、その後、検査、リハビリ、褥瘡治療、疼痛緩和治療などのために、多くの病院を転々とした。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 腰部、腹部、大腿部付け根から爪先までの強いしびれ、膝上大腿部に電撃痛的な、走るような痛み、足の裏に剣山の上に立たされているような痛みが常時あった。テレビ等で子供が倒れるシーンを見ると反射的にたまらなく痛くなったりした。当初から服用した鎮痛剤(主にセデス)はまったく効果なく、中止。受傷2年後、疼痛緩和治療に取り組もうと思い本格的なミエロ検査(脊髄造影)を受けたが、検査をしてくれた時のドクターに、打つ手はないので、温泉病院でゆっくりリハビリするしかないと言われた。幾度か温泉病院に入退院を繰り返し、リハビリに励んだ。しかし痛みは意識の中心にあり、なかなか生活のなかでしのいでいくことはできなかった。勧められて電気針を試みたがまったく効果なし。
 最後に、思い切って脊髄後角焼灼手術に挑戦することにした。いわゆるDREZ破壊術といわれるもので、当時はまだあまり行われていなかった。1987年暮頃から年明けにかけ、執刀医から、2か月近くかけて詳しい説明を受け、さらに2か月近くかけて詳しい検査を行って施術部位を決定。成功率は最高で50%と言われた。幸運にも、術後、完璧に近い疼痛緩和を得た。受傷約7年後であった。1988年、社会復帰し、福祉関係のNPOで働いている。以来16年、ほとんど再発はないが、昨年(2003年)くらいから、寝起き体調が悪い時など、軽度ではあるが以前と同様な痛みを感じることがある(まだ後には引かないが、再発か、と思うこともある、多分大丈夫であろう)。


【事例6】 痛みと痙性に明け暮れる日々。痛みはなかなか分ってもらえない。
(1) 患者:男性。56歳。受傷時年齢52歳。受傷原因:リフォーム業(自営)で梯子から転落。
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊椎C4〜5骨折。機能レベルC6B2。装具を使いかろうじて自筆可能。手にすべり止めを使っての車椅子手動操作が、室内のみかろうじて可能。
(3) 脊損治療経過
 救急入院した病院で検査、2日後脊損専門病院に転院、翌日より頭蓋直達牽引を開始。その20日後に頸椎前方固定術手術(C4〜5)を行った。その3週間後リハビリを開始。入院中、腱移植による上肢機能改善の目的で左上肢モバーク手術、ピンチ機能再建手術を行う。1年8か月入院してリハビリを行い、在宅に移行した。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 肩以下全身にしびれあり。全身的に痙性が強く、わずかな刺激で不随意の伸展・屈曲が出現。強制的に体が左側に“く”の字に傾く。伸展時全身に強い痛みが走る。痙性が来た時、両肩、両足に切り裂かれるような痛みがくる。両上肢、とくに右肩から右腕にかけて鉄板が入っていて内側から槍ででも突かれるような痛みがある(とくにモバーク手術後、同手術は効果なし)。触れられた瞬間や風や振動で痙性が発生し、痙性に伴い痛みも発生する。年々痙性が強まっており、最近では、左足の痙性が特に強く、勝手に右足に乗り上げ、左右がからまって解けなくなることがしばしばある。痙性が弛んで次第に解けることがあるが、ベッド上では自分で体勢を調整するのは困難である。また脚部が突っ張り硬直し、鋭い痛みが走ることもある。また、車椅子上でも、脚足部が勝手に跳ね上がり、体がずれてしまうこともしばしばある。最悪の場合は体が床にずり落ちてしまう。
 手術直後から痛みがあったので、初め、ロキソニンの服用や肩への鎮痛剤(薬剤名は不明)の注射を行ったが、半年続けても効果なく、副作用で胃をやられたため中止。急性期の入院中の主治医によれば、痙性、しびれ、痛みは治らないもので慣れるほかない、とのことであまり取り合ってもらえなかった。温湿布、マッサージ、ストレッチは、痙性・痙性痛に若干効果あり。マッサージ師に当初は週4回、最近は毎日の訪問マッサージを受け、1日2回の温湿布貼替えで何とか対応してきたが、最近は限界を感じている。リンラキサー、ムスカレノム、タントリウムといった急性期から服用してきた抗痙性麻痺剤を飲んできたがあまり効かず、副作用の方が心配である。最近はムスカレノムを止めている(著しい血圧低下とむかつき、食欲減退のため)。二度と手術はしたくないので、手術が必要な治療はやりたくない。在宅移行後、当初、ホームドクターや訪問ナースは、「痙性はあるが痛くはない人」と思っていたようで、痛みについて理解してもらうのはむずかしい。現在主治医はホームドクターの内科医なので痙性や痛みへの対応は難しい。話しても無駄なので、家族ともほとんど話さない。


非外傷性のケース

【事例7】 痛みのタイプと疼痛漢和治療経験(および教訓)の集積例
(1) 患者:女性。61歳。罹病・治療時46歳。疾患名:脊髄腫瘍(星状細胞腫−アストロサイトーマ)
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊髄C6〜8、T1〜3(MRIフィルムで紡錘状の腫瘍の残滓と液状貯留物の影が見える)。鎖骨下あたり以下麻痺。挙手可能。手の親指と人差し指で何とかパソコン操作可能。自筆可能。(当初、手の動きが悪く、挙手もできず、握力もほとんどなかったが、何とか本を読みたいと文庫本を必死で胸の上まで持ってくるようにし、字を書くために、3Bの鉛筆を親指と人差し指で操っているうちに仰臥状態で何とか目的を達せるようになった。)
(3) 脊損治療経過
 受診2か月ほど前から強い肩凝りがあった。肩凝りが背部痛になりかかり、上腕に腱鞘炎的しびれと痛み、若干の排尿困難を感じたため、外来受診。全身緊急検査によって脊髄腫瘍発見。症状の進行が早かったことから、悪性腫瘍が疑われ、その日のうちに即入院。2日後に手術。生検用組織のみ採り、星状細胞腫と判明。腫瘍を切除する手術は行わず、C2〜T2の椎弓を切除して、神経細胞許容上限量のコバルト照射を受ける。しばらく意識があるのかないのか分らない日々が続く。当初、余命3〜6か月と言われた。
 徐々にリハビリを開始したが、痛みと褥瘡でリハビリは挫折。重篤化した褥瘡の治療を最優先して褥瘡がほぼ治癒するまで1年半入院。その後、待機入院、検査、在宅に備えてのリハビリ入院などで3病院を経て(この間約1年半)在宅へ移行した。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 肩以下爪先まで強いしびれ。鎖骨以下乳頭以上胸部麻痺境目がバンド状に締め上げられるような厳しい痛み。体幹部から爪先まで踏み潰されるような、灼熱痛的痛み、しびれの極致。脇腹から上腕部にかけ走るような痛みがある。背中は剣山の上にでも寝ているが如き。両上肢とも厳しいしびれあり。下肢痛は、年々痛みが増悪している。痙性に伴って痛みが全身に走る。本来は痛みを呼ばない刺激によって異常な知覚・痛みが発生する。いわゆるアロデニィア、カウザルギーである。求心路遮断痛を主体とするニューロパシー痛が全身的に重複して発現しているといった状況である。
 当初、全身が激しく反り返るような痙性があり、しばしば足が突っ張り、全身がぐらりと揺れ、背中も頭もベッドに叩きつけられるような不随意運動が起きた(バレリーナ症候群と名づけた)。そのたびに頭頂部から爪先まで突き抜けるような痛みが走った。これに対しバクロフェン錠剤(ギャバロン)30mg/日を3週間服用したところ、激しい不随意運動は消えた。その後3年間服用し続けたが、ギャバロンを止めても再発はなさそうだったので徐々に止めた。痙性は潜在化し、体の前屈は不可能である。体位交換のたびに脚部は痙攣とともに突っ張ろうとする。しかし激しい痙性に伴う痛みはコントロール可能となった。
 投薬治療としては、疼痛緩和治療の第一選択肢として、さまざまな鎮痛消炎剤(セデス、バッファリン、ロキソニン、ボルタレンの類)を試したがまったく効果なし。ボルタレン坐薬(100mg/日)では直腸潰瘍副作用あり。
 ついで、第二選択肢として、抗痙攣剤、抗欝剤、精神安定剤、局所麻酔剤などの鎮痛補助剤各種を、本人にとっての有効最低量と判断された量を2週間〜1か月服用してみるというテストを行ったが、いずれも効果なし。さらにこの中で、文書データで有効であるとの報告が多いトリプタノール、トフラニールの1日上限量を約6か月試したがこれも効果なし。トリプタノールには薬疹の副作用あり。また、主治医の経験から、テグレトールの中毒上限量600mg/日を3か月試したが効果なし(主治医の患者で、1日600mg服用で幻肢痛が消えた例あり)。
 さらに第三選択肢として、オピオイド剤(塩酸モルヒネ、硫酸モルヒネ−MSコンチン、レペタン、ソセゴン、フェンタニールなど)を試したが効果なし。MSコンチン大量投与で効果を得た脊損者の事例を聞き、挑戦したが、140mg/日まで増量した時点で、疼痛緩和効果得られないまま麻痺性イレウスでダウン、中止する。ニューロパシー痛の新しい治療薬とされたケタミン点滴(およびキシロカインやフェンタニールをプラス)をこの分野の若手トップランナーと言われたドクターのもとで試したが、効果を得られないまま意識朦朧状態が続き中止。
 さらに、「疼痛調査」で「効果あり」との報告があったリボトリール、アモキサン、パキシル、ワイパックスの組み合わせの処方では、発熱、嘔吐、湿疹、発赤、口内炎の症状が出た。検査の結果、リボトリールの中毒症状とのことで、体質的にリボトリールは禁忌となった。服用を中止し、痛みは増悪した。その他東洋医学的治療法(鍼灸、気功、漢方薬)を北京の「名医」の指導から日本の「名医」の指導まで、いくつかのタイプを試したが効果なし。鍼灸はむしろ、アロデニィアやカウザルギーを呼ぶ傾向があった。複雑なニューロパシー痛の治療は本当にむずかしい。
 以上、多くの治療法を試したが、すべて効果なく、むしろ副作用や合併症で痛みは増悪した。結果としてドクターショッピング症候群を呈している。脊髄再生が語られる時代、人為的に追加的脊損を作る外科的手法は、あえて避けた。現在は、夜は睡眠薬を利用してしっかり睡眠を確保し、昼間は何かの仕事で気を紛らすことに集中し、諦めず焦らず安全な治療法の開発を待つ心境である。


【事例8】 抗欝剤治療で7年ぶりに異常疼痛から解放される。
(1) 患者:男性。54歳。罹病・治療時年齢46歳。疾患名:脊髄動静脈奇形瘤破裂。
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊椎T11〜L2あたりで突然出血。脊椎T11〜L2の椎弓切除。疾患部位などの詳細は不明。下半身麻痺。
(3) 脊損治療経過
 突然麻痺と激痛に襲われ、救急搬入された病院では原因が判明せず、痛み止めとして、モルヒネの脊髄硬膜外注射の処置のみ続く。2週間以上してから脊髄動静脈瘤ではとの診断が出て、他の病院に転院。転院先で、椎弓切除と止血の手術を行う。椎弓は切除したままである。術後2か月後にリハビリ専門病院に転院。1年間入院してリハビリ加療後在宅に移行した。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 両脚足大腿部付け根、股間節から爪先まで灼熱痛。リハビリ開始後1〜2か月(術後3か月位)で痛みが出てきた。当初はあまりひどくはなかったが、在宅に移行してから激化していった。痛みのため、動くのも大儀で、ほとんど自室内ベッド上の生活となった。当初さまざまな鎮痛剤を服用してみたが効果なくそれらの薬剤名も記憶していない。その後、脊髄硬膜外の何箇所かで麻酔薬か痛み止めの注射を試みたが効果なし。さらに、腰の部分(たぶん下位胸髄か腰髄)での神経ブロックを、フェノールグリセリン、テトラカイングリセリン、アルコールとブロック剤を変えて3度試したが効果なし。また、腰の部分でのTENS、腰より少し上での電極埋め込みもまったく効果なし。電極は1か月後に取り外した。東洋医学的治療も鍼灸、気功、漢方薬ともに定評ある病院で試したがまったく効果なし。大学病院麻酔科でのケタミン治験でも効果なし。
 手詰まり状態の時、インターネットで精神科Oクリニックの抗欝剤治療が成果を挙げていることを知り、早速外来受診した(2002年)。カウンセリングを受けたうえ、薬剤を処方されたが、その効果は、それまでにない疼痛緩和を実感できるものであった。処方は、アモキサン、ユーパン、リボトリール、パキシルの組み合わせである。初回処方量では効果が見られなかったが、2週間後に再度カウンセリングのうえ、調整増量した結果、次第に痛みの軽減を見て、1か月後には痛みのレベルは4分の1から3分の1まで低減した。お陰でドライブに外出できるまでになった。1年後、痛みが若干強まり、パキシルの量が増えた。しかし、痛みはパキシルとはあまり関係がないと思われ、今(2004年)はパキシルを服用していない。効いているのはリボトリールのようである。依然として痛みはあるが、ともかく痛みと折り合いを付けて生活している。


【事例9】 発症後、正しい診断がつくまで5か月、手術治療まで7か月。医療不信の思いを禁じえない。
(1) 患者:男性。73歳。発症時51歳。疾患名;脊髄動静脈奇形。
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 疾患で損傷した脊髄の正確な部位は不明。治療のため脊椎T6〜L2の椎弓を切除。椎弓は切除したままである。下半身麻痺。
(3) 脊損治療の経過
 出勤途中、左足がつり、痛みを感じたのでクリニック受診。牽引治療と並行して整体師によるマッサージ等整体治療を受けたが、右足も痛み出したので4か月後大学病院の整形外科外来受診。1か月後同病院に検査入院。2か月後脊髄動静脈奇形と判明、同大学病院の脳外科にて手術。執刀医によれば、80%の成功率とのことであったが、結局胸髄損傷で下半身麻痺。9か月入院したが、リハビリに消極的な病院であったので、リハビリ病院へ転院。その病院でのリハビリも1か月で切り上げ、在宅移行とともに即復職した(車で通勤)。復職が最高のリハビリとなった。定年退職後も在宅でストレッチを中心にリハビリを行っている。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 発症時から異常知覚と痛みはあったが、術後強まった。腰部以下チカチカ、ピリピリした異常感覚に覆われている。両脚足脹脛から爪先まで灼熱痛、時に切り裂かれるような痛み、膝の裏側に電撃痛、足の裏が剣山の上に乗っているような痛みがある。時に膝周りから脹脛に耐えがたい痛みがくる。この類の痛みは常時あるが、いつも生活に支障を来たしているわけではない。しかし、時々大いに支障来たすほど増悪することがある。下肢痛が大変厳しくなったので、本年(2004年)さる大学病院の脳神経外科でMRI検査をしてもらったところ、脊髄疾患部に癒着が生じており、それが痛みを増幅させているのではないかとの診断であった。ただ、癒着剥離手術などはリスクの方が高いのでこのまま放置し、痛みと共存の努力の方がベターということになった。鎮痛消炎剤を長期間服用したがまったく効果なく、今は自分の判断で服用していない。多くの医師はこちらの状態を聞くこともなく、ただルーティン作業のように同じ薬を処方し続けるだけであった。治療に当たっての医師の対応や薬剤の処方の仕方に不信感を禁じえないので、完全に納得出来ないかぎり、医療機関で治療する気になれない。積極的に社会参加することにより、痛みを忘れるように努力してきた。


【事例10】 痛みはなかなか理解してもらえない。訴えても病院は真剣に取りあってくれない。日々我慢。
(1) 患者:男性。54歳。手術時47歳。疾患名;脊髄腫瘍(上皮細胞腫)
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊髄C7,8〜T1部位に脊髄腫瘍あり(頸髄C8中心に上皮細胞腫の発生が認められた。)不全麻痺。
 自力で歩行は無理だが、自力立位はなんとか可能ではあるものの最近は転倒による怪我が多い。端座位はおぼつかない。日常生活に必要な最低限の動きは排泄関係を除いて、ほぼ自力で可能。
(3) 脊損治療の経過
 後で振り返ると、予兆は5年位前からあった。最初は右足太もも部分に違和感を感じ始め、それが左足にも広がって、両脚ともしびれに悩むようになった。どこの病院に行っても、腰のヘルニアとの診断であった。整形外科や国立病院でもさまざまな治療を試みたが、基本はヘルニアを前提とする治療であった。鍼灸等も試みたが、いっこうに良くならず、さらに背中に痛みを感じ、ある大学病院を受診して、脊髄腫瘍と診断され、手術に至った。手術自体は、腫瘍全摘で成功と判断された。2か月入院し、系列のリハビリ専門病院に転院して1年半リハビリを行って在宅に移行した。在宅移行とともに復職した(自分の手動式自動車で通勤)。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 最初は何も感じなかったが、術後半年後位からしびれのような痛みが次第に強くなった。鎮痛剤があまり効かない痛みを鋭く自覚したのは1年後。麻痺部分に強いしびれと氷水に漬けられたような鋭く刺す痛みが常時ある。胸部の感覚麻痺境目あたり10cm位に絞りあげられるような痛みが波状的に来る。常時臀部以下脚足部にかけしびれが強く一種の灼熱痛あるいは氷に漬けられたような痛みがある。振動で下肢全体に痙性が来ることがあり、痙性に伴って痛みがくる。 また触れられると電気が走るような感じ。突発的、予期せぬ刺激や接触で過敏反応が起き、痛みが増悪する。寒さ、低気圧、便秘なども痛みの増強要因である。とくに便秘には要注意。その他さまざまな刺激が痛みを誘発するようになってきた。年々痙性と拘縮が強まり、痛みも持続的になっているような気がする。最近は車椅子操作などでの腕や肩の使い過ぎで肩が痛い。また車椅子が合わなくなったためか、座位での仕事が長いためか、腰の痛みも激しくなってきた。ひどい時は、死にたくなるほどの時もある。年々痛みが強くなってきているのを実感している。痛みへの対処は特別なことはしていない。リスクの多い外科的手法などよりできるだけ緩和させる工夫をしながら我慢で対応している。生活が掛かっており、仕事は続けているが、仕事をしている時のほうが忙しさに紛れて痛みを分散できる。
 初めのリハビリ病院の退院処方と同じ鎮痛剤(ボルタレンSR)と鎮痛消炎湿布薬を処方してもらっている。ボルタレンSRはあまり効いている気はしないが気休めで服用、常用に近くなっている。湿布薬は、少しは効いていると思われる。麻痺境目の胸部、肩、腰に貼っている。痛みを訴えても病院は真剣に取りあってくれなかった。痛みはなかなか理解してもらえない。


【事例11】 バクロフェン髄腔内注入で激しい痙性は治まったが、痛みは未解決。
(1) 患者:男性。50歳。受傷時年齢47歳。疾患名;脊髄梗塞(潜水中の減圧症)
(2) 損傷部位と麻痺の状況
 脊髄T10〜12で脊髄梗塞が起きた。下半身麻痺。
(3) 脊損治療の経過
 救急で搬入された現地病院では、潜水による減圧症に対する適切な救急処置をしてもらえず。手遅れの感を抱きながら他の病院の脳外科に転院。そこで、脊髄梗塞による脊髄T10〜12損傷という診断が確定した。3か月後、リハビリ総合病院に転院。痙性や痛みに苦しみながら、在宅移行のためのリハビリを行った。リハビリと痙性、疼痛緩和のための投薬治療を約7か月行い在宅に移行した。その時点では厳しい痙性は在宅に持ち越したまま。
(4) 主な痛みの症状と疼痛緩和治療
 当初、大腿部から爪先まで激しい痙性あり(あたかも魚の活作り状態の伸展・屈曲・硬直・痙攣がくる)。
 この痙性に伴う痛みは厳しかった。そのほかに、常時大腿部と爪先にジンジンと強いしびれがあり、時々爪先に灼熱痛がくる。肛門周りに締め上げられるような不快な鈍痛と会陰部にアイスピックか錐ででも突かれるような痛みがある。冷たい風に当たると大腿部が
 ピリピリし、膝上から膝下脹脛にかけて走るような痛みが起きる。寒さ、低気圧、肉体的疲労、振動によってこれらの痛みが増幅する。ともかくも激しい痙性を何とかしなかれば、平静な日常は得られなかった。入院中、痙性を抑えるため、リオレサール、セルシン、ダントリウム、テルネリン等を試したが、まったく効果なし。在宅移行後、紹介を受けて中医学専門の診療所や薬局で鍼灸と漢方薬を試したが、漢方薬はまったく効果なく、鍼灸は効果がないばかりでなく痙性としびれを増強した。また疼痛緩和治療のため、大学病院の麻酔科で、筋弛緩剤、抗不整脈剤、抗欝剤、各種鎮痛補助剤の処方を受けて試したが、まったく効果を得られなかった。
 その過程で、痙性を抑えるためのバクロフェン髄腔内注入治験の話を聞き、試すことにした。バクロフェンは痙性を抑える薬剤である。体内にポンプを埋め込み、髄腔内に注入するバクロフェンを自己管理できるシステムであり、在宅で行うことが可能である。ポンプ埋め込みと投与量調節のため1か月入院、有効との診断が確定し、在宅生活で経過観測となった(2002年7月以降治験参加中)。
 目下、麻痺部分の伸展・屈曲・ツッパリ、激しい不随意運動はコントロールできている。しかし注入量が多すぎるとグニャリとなり、痙性を利用して体位交換や車椅子への自力移乗できていたのができなくなる。量の調節は結構むずかしい。この治療法の評価は未だ確立しているとは言えない。一方、痛みに関しては効果なく、依然として悪戦苦闘中である。なお、マッサージやストレッチは痙性や痙性に伴う痛みに有効であり、そのために整体師の訪問治療を受けている。



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