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5.考  察

 今回の脊髄損傷に伴う異常疼痛に関するアンケート調査は、回答の有効回収数が1659にのぼり、わが国ではめったに実施する機会が得られない規模の調査となった。ただ、結果として、回答者の層が、50歳代以上が70%以上という、かなり高年齢層に偏ったこと、損傷歴が長い回答者が多かったこと、損傷部位では、胸椎以下が60%以上で、残存運動機能レベルがあまり低くない層に偏ったこと、受傷、治療年代が1980年代以前で過半を占めるため、最近の脊損医療のあり方(麻痺レベルの診断やインフォームド・コンセント等)とは若干の相違はあり得ること、などの点で、本調査の回答者分布を、必ずしも、現状の脊髄損傷に一般化できないという限定は必要であろう。
 とはいえ、50歳代以上の、20年以上という受傷歴の長い脊損者が多いということは、自らの麻痺や痛み・異常知覚を対象化できており、受療経験も多様なサンプルを確保し得たことも意味する。結果的に、今回調査目的に適合した回答者群であった。さらに、脊損治療施設を中心に行われてきたこれまでの研究と対比して、受傷後長期間経た後の患者の痛みや異常疼痛の状況も観測できたことになる。また、残存運動能力の比較的高い層が多かったことで、痛みや異常知覚の患者自身の認知・感受性への麻痺レベルの影響をある程度排除できたという点も指摘できよう。

今回調査から得た、調査対象者中における異常疼痛・異常知覚の発生率は以下の通りである。
  1. 脊髄損傷後に疼痛や厳しい異常知覚の発症をみた者は75.3%に達する。そのうち、自然軽減・治癒した者は7.9%、疼痛緩和治療に成功し再発もしていないケースが1.3%である。当初から痛みの発生をみていない者は19.2%である。生活に支障を来たすほどの痛みを抱えている者が26.1%、痛みはあるが生活に支障を来たしているほどではない者が40.1%である。NAは5.5%であった。
     したがって、全回答者の中で、現在痛みがほとんどない者は28.4%、痛みに悩まされている者は66.1%になる。この数字は、他のさまざまな調査における疼痛発生頻度と対比して大きくかけ離れたものではない。
     この痛みの発生状況についてあらためてまとめてみると、以下のようになる。

  2. 性別については、有意差はない。

  3. 現在の年齢でみると、年齢が上がるにつれ、痛みを訴える者の比率が有意に上昇する傾向がある。

  4. 受傷時年齢では、青壮年期(30〜50歳代)に受傷した者に疼痛発生比率が高い。とくに40代、50代。疼痛発生をみないケースの比率は20歳未満受傷では高く、40〜50代では大幅に低下する。

  5. 受傷時年代(時代)はあまり関連ない。

  6. 受傷後を経年で見た場合、有意な関連はないが、経時的に疼痛発生率が低下したり、痛みが次第に軽減するということはない。即ち「時間とともに痛みは消えていく」事例は多くはない。

  7. 受傷原因との関連、外傷性、非外傷性の相違との間で、有意差はない。(疾患によっては疼痛発生率の高いものもある。)
     これらの諸点は、回答者に高年齢層が多い今回調査の疼痛発生率を平均より若干底上げしている可能性を示唆する。

発症している痛みの特色についてまとめてみると、 以下のようになる。
  1. この種の異常疼痛の発症時期からみると、受傷後手術治療後数か月までの間に発生しているのが79.5%で圧倒的である。一方、受傷10年後、15年以上経ってから発症するケースもあった。

  2. 痛みが現れる時間的観点からみると、「常時」と「睡眠時を除いて常に」を合わせると、日常的に持続的痛みに悩まされている者が55.9%あり、間歇的、突発的に発症するのが20.6%である。その他、一定の時間帯(夕方、目覚め時、周期的に)というのもある。四六時中痛いケースが半分以上を占める。

  3. 痛みのタイプで見た場合、回答者自己申告ベースであるが、筋骨格性疼痛(大方は侵害受容性)が40.6%、神経が傷害されている・自然発火(ニューロパシー痛)が53.8%、本来痛みを呼ばない刺激による痛み(アロデニィア、カウザルギー)が25.6%、自律神経過反射に伴う痛みが18.6%、痙性・痙攣に伴う痛みが35.0%の比率で発生している。疼痛の発生状況と痙性・痙攣の有無との間には有意な関連が認められた。これらを重複して抱えている当事者の痛みはシビアで難治である。これらのタイプの判断は、治療方針を立てるうえで重要であろう。

  4. 痛みの発症部位を脊髄の損傷部位を基準に見た場合、20.2%に損傷部位と同レベル、70.8%に損傷部位より下位レベルに異常知覚・疼痛を発生させている。損傷部位より下位レベルは明らかに身体の麻痺領域であり、麻痺域に異常疼痛を持つ者が70.8%に達する。さらに損傷レベルと同レベルも多くのケースで麻痺域である。これらの痛みの多くはニューロパシー痛に分類される。
     今回調査への協力者が胸・腰椎損傷者で6割以上占め、多くが異常な下肢痛を抱えていることを反映していると思われる。
     (全国労災病院の調査における、「リハビリに支障を来たす麻痺域の痛み」の発生頻度が44%という結果との差は、労災病院調査のデータが、入院・リハビリ期の「リハビリに支障を来たす求心路遮断痛」という基準で絞られているためと思われる。)

医療のさまざまな局面と、痛みとの関連については、以下の点が指摘できよう。
  1. 急性期脊損医療、初期リハビリ期、疼痛緩和治療のいずれの段階においても、インフォームド・コンセントがきわめて不十分であった。そのため、患者は自分自身の損傷状態に関する正確な知識を持つことができず、異常疼痛についても、納得できないまま在宅生活の対処方法を模索せざる得ないことになる。

  2. 脊損医療の初期において、痛みが起きる可能性について、医師から説明を受けた患者は少ない。説明を受けた経験がある者は28.1%、疼痛緩和治療法について医師から説明された者は26.7%、リハビリで疼痛管理のトレーニングを受けた経験のある者は7.5%、リハビリで痙性管理のトレーニングを受けた経験のある者は8.2%に過ぎない。これは、疼痛・異常知覚が脊損医療の課題として十分には認識されてこなかったことを示唆する。

  3. さらに急性期医療のあり方や初期リハビリのレベルなどと疼痛発生状況との間に有意な関連はなかった。すなわち、急性期治療の選択された方法、手順、治療開始までの不手際の有無、初期リハビリが早期に開始されたか否か、などに関する事柄と痛みの発生状況、痛みの有無との間には有意差はなかった。脊損専門病院で治療を受けたかどうかについても、痛みの発生との間に有意な関連はなかった。
     現状の脊損医療では、そうならざるを得ないのかもしれない。

疼痛緩和治療については、以下の諸点が指摘できよう。
  1. 患者の疼痛緩和治療の受療率は、49.2%である。在宅患者の約半数が、医療機関に対してサイレントである。その背景には、急性期以来の医療機関への不信と諦めがある。このサイレントな患者群の実情は医療に反映されない。

  2. 今回調査に参加した回答者の受療行動は消極的であり、保守的である。試した薬剤や治療法は限られており、効果の評価をするには不十分である。ケース紹介に留まる。しかし、一定の傾向性を見ることは可能であり、ケーススタディが必要であろう。

  3. 患者のなかには、痛みに関する十分な知識と疼痛緩和のトレーニングを得る機会が与えられなかったために、治療を諦めるグループと無闇に治療を求めるグループ(今回調査では少数派だが)に二極分解の傾向がある。前者については、現在の治療法でも適切な対処が出来れば痛みを緩和できるケースもあると思われる。後者については、疼痛のタイプ、治療法の侵襲性に応じて、治療法の選択と実施優先順位に考慮が必要なケースがある。できるだけ疼痛のタイプに適合した侵襲性の低いものから試すのが原則である。疼痛緩和治療に関するインフォームド・コンセントも改善されねばならない。今回調査の結果は、医師による治療法に関する説明責任が十分果たされていないことを示唆する。

  4. 表1に見られるように、脊髄損傷に伴う異常疼痛の発生率がかなり高いものであることは、すでに早くから専門家の間では周知のことであった。
     しかし、それに対する十分な対処は未だ行われ得ないでいると言わざるを得ない。そのことが、痛みの評価や疼痛緩和治療に関する混乱を生んでいると思われる。(国際疼痛学会が、1997年に「脊髄損傷後疼痛に関する作業部会を発足させ、概念規定や疼痛のタイプ、治療法の現状について交通整理を試みたのは、前進への一つの手がかりになったと考えられる。専門家によるピアレビューが進むことが期待される。)

  5. 疼痛行動(痛みを頻繁に訴える、鎮痛剤をやたらに服用する等)の有無は必ずしも痛みそのものの有無を意味しない。諦めから痛みを訴えない事例、さまざまな理由から疼痛行動より社会参加を優先させている事例が多々あった。また、薬剤服用も、効かないことや副作用を理由に止めてしまう事例が多々ある。痛みがないわけでも治ったわけでもない。しかし医療者でも、疼痛行動がないことで、「痛みがない」、あるいは「緩和した」「あっても大したことではない」と見なす傾向があり、患者の医療不信の背景になっている。

  6. 高い疼痛発生率が認められる一方、治療法が確立していない現在、痛みの有無をあいまいにするのではなく、治療法の選択優先順位、リスク判断、薬剤の利用の仕方、日常生活における工夫も含め、「痛みの自己管理」の方法の工夫が、脊損医療において、より積極的に位置づけられてしかるべきと考えられる。

  7. 治療法が確立していない痛みの典型はニューロパシー痛である。その発生メカニズムも十分に解明されていないようである。最近では、医療者も患者自身もその難治性は理解するようになってきている。(しばらく前までは、このタイプの痛みでも、「そのうち治るから我慢するよう」という医師、効果に関わりなく非ステロイド系鎮痛剤:NSAIDを処方し続ける医師、NSAIDが効かない患者の痛みを「気のせい」と結論付ける医師がいたことを今回の調査は示唆している。) 基礎研究から臨床データの体系的集積まで、研究が本格的に進められることを望む。

最後に、この調査の第二の目的であった、痛みを持つものと、痛みを持たないものとの間の差異については、以下の点が指摘される。

 強い痙性・痙攣を有する者に痛みの発生が有意に高かった。これは痙性・痙攣に苦しむ者の日常から、容易に推測できることであった。また、受傷時年齢が若年層に痛みの発生率が低く、中高年齢層に発生率が高くなる傾向が認められた。すなわち、痛みを持つものは中高年時受傷が多く、持たないものには若年時受傷が多いという傾向が示唆された。この理由は明らかではではない。
 一方、損傷部位、損傷のタイプ、麻痺のレベル、受けた医療、ADL等に関して、特に有意な関連は見出せなかった。痛みの程度の違い(経時的に軽減、生活に大きな支障なし、生活に支障ありの区分)の間にどのような差異があるか、という点でも、同様である。当初われわれは、麻痺のタイプや、急性期医療、初期リハビリと関連があるのではないかと考えたが、前述のように、その関連性は明らかではなかった。このこと自体考えるべき課題を残した。この論点の見極めは、今回調査からの情報の統計的処理のみでは限界は否めない。あえて言えば、「当初から痛みを発生させていない」ケース19.2%について、個別データに立ち返り、定性的類型分析が必要かもしれない。それは今後の課題としたい。
 過去十年ほどの期間に、わが国において行われた脊髄損傷に伴う異常疼痛に関する調査・研究論文を拾ってみた。10本余の調査報告を見出した。多くは全国各地の労災病院のリハビリテーション科が、主として、それらの施設に関連する入院ないし退院患者を対象に行った調査報告で対象数は35例程度から三百数十例程度のものであった。目的は、リハビリとADLの制約となる痛みの発生率を調べてみる、というものにとどまっている。発生率を出し、痛みのメカニズムを外国の研究者や他の研究者の研究結果を引いて解説するか、対象者のいくつかのケースに知られている治療法を試み、結果を評価するというパターンが主流である。そのうえ、結語が「難治の痛みを抱える患者は我慢の日々である」といった程度では患者としては大変残念である。せっかくリハビリテーション科の専門家による調査なので、痛みを予防ないしコントロールするためのリハビリをどうするか、痛みを持つ患者の効果的なリハビリのあり方、と言った観点からの調査・研究を是非お願いしたい。
 痛みの問題も総合的な脊損医療の一環として位置づけられないだろうか。



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