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資料4 海外文献概説紹介
4-1. 脊髄損傷後に発症する痛みに関する「研究概説」の紹介
近年、脊髄損傷後に発症する慢性疼痛に関する研究が発表される機会が増えている。シドニー大学ペインマネージメント研究センターのP.J.シダール等がこれらの研究動向及び現行治療法の概説を行っているので、その概要を要約紹介する。ここでは、特に疼痛のタイプと治療法に焦点を当てて概説を試みる。対象は、主として外傷性脊髄損傷であるが、非外傷性脊髄損傷のケースにも示唆的である。[なお、日本でも使用されている薬品名を、適宜、例として、または注として注記しておく]
慢性疼痛は、脊髄損傷〔SCI〕に続発する重要な問題であり、リハビリテーションの効果を妨げる主原因である。患者の生活の質〔QOL〕も低下させている。
近年、多数の研究によって、脊髄損傷後における疼痛の発生状況に関するデータが報告されてきた。脊髄損傷者における疼痛の発生率は、研究方法や研究の対象となった患者集団の構成や特色の違いにより、大きく影響を受ける。この影響を考慮しても、各研究データを総合すると、脊髄損傷者の約65%に疼痛体験があり、疼痛体験のある患者の3分の1近くに重度と評価される慢性疼痛がある、と判断される。しかし、疼痛が脊髄損傷者に比較的よくみられる問題であることが実証されては来たものの、脊髄損傷後における疼痛発症に関連する諸要素や機序については未だ解明されていない。
過去20年の間に、脊髄損傷後疼痛の生理学的機序の解明と治療上有用な疼痛分類法の開発に対して、医学者や医療の現場の関心が高まってきた。疼痛のタイプによっては、その痛みを発症因子に基づいて正しく分類すれば、広く受け入れられている標準的な治療法で治療できるものもある。特異なタイプの脊髄損傷後疼痛の軽減については、新しい治療法の可能性が期待されている。
ここでは、疼痛のタイプと治療法に焦点をあてて概説を試みる。
T.脊髄損傷後の疼痛症候群のタイプ
1.患者の疼痛タイプの評価
慢性疼痛をもつ脊髄損傷患者について、その病歴を詳細に検討し、適切な理学的検査、造影画像検査、電気的検査等を行なうことにより、損傷した脊椎の安定性、脊髄の損傷レベル、患者の神経学的な状態を正確に判定することが出来る。それに基づいて、疼痛は幾つかのタイプに分類することが出来よう。患者の疼痛症候群のタイプを出来るだけ正確に分類することにより、的確な治療の計画および実行が可能になる。脊髄損傷患者は2種類以上の疼痛タイプを併せもつことがある。
2.疼痛症候群のタイプ
(1)脊椎の機械的不安定性による筋骨格性疼痛
脊柱および脊柱支持構造に大きな外傷を受けることにより、骨構造の異常な移動が発生したために起こる筋骨格性疼痛〔頸椎の損傷後で最も一般的〕と動作や姿勢に関係する筋骨格性疼痛とがある。いずれも受傷直後から発症する急性期疼痛である。前者の場合、頸椎損傷後で最も一般的であり、稀に損傷後に間隔をおいて起きることもある。
こうした脊椎の機械的不安定化に続発する筋骨格性疼痛は、固定することで軽減される。通常、オピエート(アヘン系鎮痛剤)及びNSAID(非ステロイド系抗炎症鎮痛剤)に感受性を示す。自然治癒までの固定または外科的固定術のいずれも、ほとんどの患者で有効である。一方、脊髄損傷後の早期に脊椎の固定術を行っても、慢性疼痛の発生率は変わらないことも指摘されている。
〔注〕
- オピエート:アヘン剤、アヘン由来の鎮痛剤。モルヒネ、コディン、モルヒネ半合成誘導体。ここでは、オピオイド(オピオイド受容体に作用するモルヒネ様作用を持つ天然及び合成の薬剤)をさしていると思われる。燐酸コディン、塩酸モルヒネ、硫酸モルヒネ(MSコンチン)、フェンタニール、ペンタジン=ソセゴン、レペタン等。
- NSAID(非ステロイド系抗炎症鎮痛剤):ロキソ ニン、セデス、ボルタレン、ポンタール等。
(2)筋痙攣痛(あるいは痙縮、痙性痛 )
感覚が一部残存している、不全脊髄損傷者だけにみとめられる。脊髄損傷の損傷レベルまたは下のレベルで生じ、筋痙攣に伴って発生する。 通常、脊髄損傷後に間隔をおいて発症し、筋痙攣の緩和により軽減される。鎮痛薬が有用なことがあるが、十分な軽減を得ることは稀である。この種の疼痛に対して、バクロフェンのような抗痙縮剤を、経口または脊髄髄腔内注入で投与するのが、主要な治療法となっている。
〔注〕
経口バクロフェン薬としては、ギャバロン、リオレサール。髄腔内注入は、2002年より治験中。
(3)過用または圧迫による続発性疼痛症候群
対マヒ者に多くみられ、四肢マヒ者ではさほど多くはない。遅発性であり、受傷後数ヶ月あるいは年数を経て発現する。疼痛は、過用部位または圧迫部位での「うずくような痛み」と表現され、この部位に関わる関節の使用や、この部位への圧迫により増悪する。典型的に車椅子使用者の両肩と手根管にみられる。車椅子を走行させるために肩が過用されるからである。神経因性疼痛〔ニューロパシー痛:神経組織それ自体に生じた損傷や病変、機能障害により出現する痛み〕ではない。疼痛が、神経圧迫によるものである場合は、診断法として電気生理学的検査とMRIが有用である。
本タイプの疼痛は、疼痛部位の安静や保護によって緩和される。末梢神経圧迫に対しては、外科的除圧により緩和されることもある。非ステロイド系抗炎症鎮痛薬や、場合により、オピオイドが有用である。
(4)内臓痛
このタイプは、脊髄損傷者の慢性疼痛の範疇に入るかどうか、必ずしも明確ではない。
患者の訴えは、灼熱痛、痙攣痛、膨満痛、変動性持続痛などである。脊損患者のなかには間欠的な内臓痛〔胸腔、腹腔、子宮、膀胱などの痛み〕をもつ者もいるようである。通常、遅発性であり、受傷後に数ヶ月あるいは年数を経て発現する。正常な求心性インプット〔末梢から中枢への感覚刺激〕でも、交感神経および迷走神経〔延髄に発する知覚・運動・副交感神経を含む混合神経で主に内臓に作用する〕を介して内臓痛を発症しうる。腹部神経筋機能の不全や求心性インプットの不均衡、あるいは前述のような脊損後疼痛が起因となることもある。自律神経関連の諸要因が関与している疼痛であるとも考えられている。
残念ながら、本タイプの脊髄損傷後疼痛に対する治療法について、情報は実質的に皆無である。
(5)神経根絞扼痛
神経根絞扼〔コウヤク〕は、一本の神経根〔脊柱管内で脊髄節から枝分かれした神経根糸が集束した部分。各脊髄節から身体各部位末梢神経につながる脊髄神経の起点を形成〕の分布域に根性〔神経根起因〕の疼痛をもたらし、稀ではあるが、両側性のこともある。
本タイプの疼痛は、脊髄損傷レベルと同レベルで起こり、通常、損傷時から発現する。神経根絞扼と脊椎の機械的な不安定性は関係することがあるが、必ずしも随伴性ではない。
筋電図〔EMG〕や体性感覚誘発電位〔SSEP〕検査またはX線撮影、CT、MRIなどの画像などにより、神経根の罹患状況が診断される。通常、刺すような痛み、あるいは灼熱痛と表現される。
神経根傷害性の疼痛は、オピオイドあるいは抗痙攣薬や三環系抗うつ薬のような神経因性疼痛緩和薬により軽減されることがある。脊椎の不安定性に関係している場合は、固定術により軽減され、椎間孔〔椎体と椎弓の間の、脊髄神経が出て行く孔〕をなす椎骨や椎間円板〔各椎骨間にある軟骨性の円盤状部分〕に関係している場合は通常、手術による除圧が有効である。
本タイプのうち重要なものに、馬尾神経損傷後にみられる疼痛がある〔馬尾神経:脊髄節の末端が第二腰椎あたりで終わるため、第二腰椎部以下、各髄節から出た脊髄神経が脊柱管の中を馬尾状に下行している部分〕。
馬尾損傷後の疼痛の原因として、以下の点が考えられ得る。第一に、脊髄の求心路遮断によって、中枢との結合性と神経活動に変化が生じて疼痛が起きる。第二に、馬尾の罹患神経根が自発活動をし、疼痛として解釈されるような信号を発する。馬尾損傷に後続するくも膜炎は、神経根の運動を制限し、きわめて微細な運動で神経根の機械的刺激をもたらすようになる。第三に、末梢の刺激が損傷軸索部位の異常な活動を引き起こす、等々。
馬尾損傷後の疼痛は、下位腰髄と仙髄支配の皮膚分節部位でみられる。痛みは、持続的で、神経活動や自律的発痛作用により変動する。通常、「刺すような痛み」、灼熱痛などと表現され、難治性である。脊髄刺激法が有効な場合がある。
(6)脊髄空洞症による痛み
外傷後に発生する脊髄内の空洞の影響で慢性疼痛が起きることがある。脊髄空洞症〔髄液が溜まる空洞が生じたため起こる脊髄障害〕による疼痛は、遅発性であり、脊髄損傷後、年数を経て発症する場合がある。空洞は、受傷時の損傷レベルより上のレベルで発現し、上行して新たな神経学的欠落を発症させる。温痛覚の脱失が、特徴的であるが、他の感覚機能と運動機能が影響を受けることもある。
この痛みは、「持続的な灼熱痛」と表現され、アロデニィア〔正常な場合、痛みを感じないはずの刺激によって感ずる痛み〕を伴うこともある。
診断はMRI検査によって行なわれる。最も有効な治療法は、損傷レベルのくも膜の瘢痕に対しての除圧手術である。髄液が脊髄周辺を自由に流れるようにする。
脊髄空洞症の治療法として、くも膜下腔あるいは腹膜腔に空洞内の髄液を排出する管を挿入する方法があるが、手術に比べ、長期の治療効果は得られない。また空洞が形状上「消失」しても、疼痛が軽減されるとは限らない。空洞の「消失」後に、脊髄空洞症による疼痛が持続する場合は、神経因性疼痛緩和薬の投与が有効とされる。
(7)麻痺境界領域帯状疼痛(TZP)
帯状痛あるいは分節性求心路遮断痛とも呼ばれる。疼痛は、感覚が正常な部位と感覚が消失した部位との境界に起きる。このタイプの疼痛は、灼熱痛、「うずく痛み」と表現され、疼痛部位のアロデニィアおよびヒペルパチー〔痛覚過敏、痛点での刺激が異常に強い痛みを引き起こす状態〕を伴うことが多い。疼痛部位は、2〜4の脊髄分節で帯状であり、両側性で周囲まで及ぶ。疼痛を訴えるSCI患者のうち、やがてこのタイプの疼痛が生じる者は3分の1もおり、通常、受傷後数ヵ月で起きる。
このタイプは通常、オピオイドに反応しないが、抗痙攣薬や抗うつ薬のような神経因性疼痛緩和薬が有効な場合がある。疼痛部位の感覚を消失させる硬膜外ブロックや体神経根ブロックにより、疼痛が緩和されることがある。通常、脊髄後根進入部〔DREZ〕破壊術がこの種の疼痛緩和に有効である。脊髄刺激法によって疼痛が緩和したという報告もある。
〔求心性の知覚シグナルは脊髄後根を経て枝分かれした根糸を通り脊髄後角へ進入する。後角は疼痛シグナルの修飾機構をもつとされる。脊髄後根から後角部分が脊髄後根進入部:Dorsal Root Entry Zoon と呼ばれる〕
(8)中枢性異常知覚症候群
脊髄損傷後疼痛症候群のなかで最も治療が困難な疼痛である。主に、損傷レベル以下で感覚が消失している部位にみとめられるが、ある程度機能が残存している患者にもみとめられる。このタイプの疼痛には、内臓痛、異常知覚痛、表在痛、CRPS(複合的局所性疼痛症候群)様疼痛 などがある。 [CRPS=しばしば灼熱痛と表現され、知覚の皮膚分節に一致しない過敏な局所性の痛みが複雑に絡み合って発現、カウザルギーと呼ばれる疼痛症候群もこのタイプ]。
患者が訴える表現にはさまざまなものがあり、「刺すような痛み」「しびれ感」「うずく痛み」「脈打つような痛み」「締めつけられるような痛み」「吐き気を催すような痛み」「切り裂かれるような痛み」などである。患者は独特な表現を使うことが多い。
疼痛は通常、両側性であることが多く、持続的であり、気分や活動により変動することがあるが、姿勢や動作には無関係である。このタイプの疼痛は、損傷直後より発現し、慢性疼痛を訴える脊髄損傷者の3分の1にみとめられ、中枢性疼痛、幻肢痛、中枢性異常知覚症候群、異常知覚痛などとも呼ばれる。また伝染病や他の疾患を併発すると、疼痛が悪化することがある。
このタイプの疼痛には、オピオイドや他の薬剤を経口投与してもあまり効果はないが、オピオイドのくも膜下投与が有効であることがある。それだけで効果がない場合は、ブピバカイン、クロニジン、オピオイドの併用投与で効果が得られることもある。この疼痛に対して、脊髄切除術〔コルデクトミー〕、脊髄前側索切離術〔コルドトミー〕、その他、各種外科的方法が有効であることは稀であり、脊髄刺激法や脳刺激法も有効ではないと思われる。このタイプの疼痛をもつ患者の多くは、現在利用できる治療法では、著しい疼痛緩和を得ることができない。
(9)認知・情動・環境要因疼痛症候群
いかなる疼痛も、認知に関わる因子、情動的因子、環境上の影響により変容する。前述した8つのタイプの疼痛も、この一般法則の例外ではない。実際、慢性疼痛を原因とする障害は、これら3つの要因が相互に大きく関係している可能性が高い。しかし、全ての患者に共通するわけではない。
脊髄損傷者は、身体的にも精神的にも破壊的な受傷をもつことが多い。苦痛は、疼痛が原因であることも、あるいは他の脊髄損傷関連の影響であることもある。
疼痛は、脊髄損傷の麻痺症状以上に、生活の質に対して大きな影響力をもつと報告している研究者もいる。疼痛の訴えや疼痛起因の障害については、心理学的要因など、脊髄損傷以外の因子が果たす役割についても看過出来ない。脊髄損傷関連のいかなる疼痛症候群も心理学的疼痛管理戦略を適用することで、患者に利益をもたらし得る。
(10)疼痛の分類法
以上のような疼痛を区別するために、多数の分類法が用いられてきた。しかし、いずれの分類法も、臨床所見、治療反応、推定機序に基づいた有効性が確認されていない。
国際疼痛学会〔the International Association for the Study of Pain:IASP〕のSCI疼痛分科会(the SCI Pain Task Force)は、最新の分類法を提案している(表1参照)。この分類法では、第1段階では、侵害受容性疼痛〔末梢神経への侵害性刺激に対して感受性の高い受容体が過度に刺激されて生じる痛み。通常は組織損傷や炎症反応により発痛〕と神経因性疼痛とに分ける。第2段階では、それぞれに対応して、筋骨格性疼痛、内臓痛、損傷レベルより上のレベルでの神経因性疼痛、損傷レベルと同じレベルでの神経因性疼痛、損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛のいずれかに分類する。第3段階では、可能であれば、特定の構造と病態に基づいて疼痛のタイプを確認する。これらを正確に分類することによって、対応する治療法を展望できるであろう。
表1 脊髄損傷関連疼痛の分類案
広域タイプ 広域システム 特異的構造・病理 (第1段階) (第2段階) (第3段階) 侵害受容性 筋骨格性 骨、関節、筋肉の損傷または炎症
機械的不安定性
筋痙攣
続発性過用症候群. 内臓性 腎結石、腸機能、
その他括約筋の機能障害など
自律神経過反射、頭痛神経障害性 損傷レベルより
上のレベル
損傷レベルと
同じレベル圧迫性モノニューロパシー
複合的局所性疼痛症候群(CRPS)
神経根圧迫
脊髄空洞症
外傷性脊髄損傷/脊髄虚血
(分節性求心路遮断痛、麻痺境界帯状痛など)
外傷性二重レベル脊髄・神経根損傷
(二重損傷症候群). 損傷レベルより
下のレベル外傷性脊髄損傷/脊髄虚血
(中枢性異常知覚症候群、中枢痛、幻肢痛など)
U.治 療 法
1.薬物治療
脊損患者の疼痛の特質について十分に検討し、有効な臨床試験技法を用いて実施した、適正な治験はほとんど存在しない。各種の慢性疼痛に対して使われる全薬物について、制御なく、脊髄損傷後に生じるさまざまな疼痛症候群に対しても適用となってきた。脊髄損傷後疼痛の治療法としては、薬剤評価報告の殆どが、少数サンプル、非無作為、非盲検、対照設定なしの症例報告を特徴とする。EBM〔科学的根拠に基づく医療・薬剤〕として確立している投薬法はほとんど無い。〔薬剤評価法については65ページの注記を参照のこと。〕
(1)オピオイド
オピオイドの全身投与が有効となる患者もいるが、これは一般的なことではなく、例外と思われる。脊髄損傷者の慢性疼痛として最も多くみとめる異常知覚タイプの疼痛は、オピオイド剤を高用量で投与しても無効であることが多い。脊髄損傷者の神経因性疼痛を対象としてきちんとしたオピオイドの薬物評価をしたものは少ない。アルフェンタニルの静脈注入に関する無作為対照設定試験〔RCT〕と、これとは別のモルヒネ硬膜外投与に関する非無作為単純盲検の交差試験において、脊髄損傷起因の神経因性疼痛の緩和が認められている。また、モルヒネのくも膜下投与が疼痛を十分に緩和するという症例報告もある。
(2)α-アドレナリン受容体作動薬
クロニジン〔αアゴニスト=α受容体作動剤〕を単独で、あるいはモルヒネとの併用で経脊髄的
に投与すると有効であることを示唆する事例がある。硬膜外に投与すると、クロニジンが、モルヒネよりも脊髄損傷後疼痛の緩和によりよい効果を示すことから、αアゴニストの有用性が指摘されるようになった。例えば、10名の被験者についての症例報告と、クロニジンの硬膜外注射によって、6名中3名に50%以上の疼痛軽減が認められた。あるクロニジンの硬膜外投与に関する非無作為単純盲検による交差試験では、神経因性疼痛をもつ脊髄損傷者15名中10名に疼痛軽減の効果を認めた。モルヒネとクロニジンをくも膜下に投与する無作為対照設定試験を行なった研究によると、単剤の場合は無効であったが、双方を併用した場合は有効であった。
(3)抗うつ薬
特に損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛に対しては、三環系抗うつ薬が有効な場合もあることを示す多数の症例報告がある。疼痛を緩和する作用機序として、三環系抗うつ薬には、中枢神経系の抑制性神経伝達物質セロトニンおよびノルアドレナリンの再取込みを阻害する作用があるため、疼痛抑制機序を増進すると推定されている。例えば、損傷レベル以下のレベルでの神経因性疼痛に対して有効性を示す以下のような症例報告がある。メリトラセン〔三環系抗うつ薬〕をフルペンチクソール〔ドーパミン拮抗剤の抗精神病薬〕と併用投与した場合、11名中5名に著しい改善がみられた。アミトリプチリン〔例:トリプタノール等、三環系抗うつ薬〕に加えてカルバマゼピン〔例:テグレトール等、抗痙攣薬〕を投与すると、それぞれの単剤投与より有効であることもある。
また、脊髄損傷者の神経因性疼痛の緩和には、アミトリプチリンと他の多数の薬剤や治療法との組み合わせ(クロナゼパム〔抗痙攣剤、精神安定剤としても使われる−例:リボトリール、ランドセン等〕)、NSAID s、TENS〔経皮的電気刺激〕、5-ヒドロキシトリプトファン〔5‐HTP:ハーブ由来等のセロトニンの材料〕、脊髄刺激法の組み合わせ)が有効であったという報告もある。この併用療法は、他の、非無作為対照設定試験によっても脊損者の慢性的な神経因性疼痛に有効であることが示唆されている。一方、無作為対照設定試験で選択的セロトニン再取込み阻害薬であるトラゾドン〔例:デジレル、レスリン等〕を投与する治験では、疼痛緩和の効果は、プラセボ〔偽薬〕投与との比較で著しい差は認められなかった。
〔注〕
抗うつ剤:わが国で、神経因性疼痛に有効であると考えられて試される抗うつ剤には、以下のようなものがある。三環系抗うつ剤のアミトリプチリン(例トリプタノール)、イミプラミン(例トフラニール)、クロミプラン(例アナフラニール)、アモキサピン(例アモキサン)、四環系抗うつ剤のマブロチリン(例ルジオミール)、選択的セロとニン再取り込み阻害剤のトラゾドン(例デジレル、レスリン)、マレイン酸フルボキサミン(例デプロメール)、パロキセチン(例パキシル)、選択的セロとニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤ミルナシプラン(例トレドミン)。
(4)抗痙攣薬
カルバマゼピンのような抗痙攣薬が、根性あるいは分節性の疼痛管理に有効であることを認める症例がある。特に、鋭い痛みや脈打つような痛みがあるとき効果的である。抗痙攣薬が他のタイプの中枢神経系や末梢神経系の損傷に関連する疼痛に対して有効性が推定されて使用されたことから、抗痙攣薬による治療が広く行なわれるようになった。
カルバマゼピンを、脊髄損傷における神経因性疼痛の治療法として、薬物評価を行なった報告が2件あるが、いずれもその有効性をみとめているものの、アミトリプチリンとともに用いられており、単剤での薬物評価を行なった研究はない。バルプロ酸ナトリウム[例:デパケン等]やクロナゼパムのような抗痙攣薬も使用されているが、有効性を示す証拠は限られており、バルプロ酸ナトリウムの有効性については否定されている。
ギャバペンチンは、新しい抗痙攣薬であり、現在、脊髄損傷に伴う神経因性疼痛の治療に広く使用されている。調査した症例の一部に有効性を示す症例証拠があった。しかし、脊髄損傷後の神経因性疼痛の治療法として、ギャバペンチンの薬物評価を行なった症例調査および無作為対照設定試験は皆無である。
〔注〕
抗痙攣剤:わが国で、神経因性疼痛に有効であると考えられて試される抗痙攣剤には以下のようなものがある。カルバマゼピン(例テグレトール)、クロナゼパム(例リボトリール、ランドセン)、バルブロ酸ナトリウム(例デパケン)、フェニトイン(例アレビアチン)。ギャバペンチンについては、ある製薬会社が2004年4月、帯状疱疹後神経痛も含む慢性疼痛も適応症とすることを申請したと伝えられる。(米FDAは2002年、帯状疱疹痛を適応症として承認)。
(5)局所麻酔薬
局所麻酔薬は、中枢神経の異所性活動を減退させる作用をするため、抗痙攣薬と同じような作用のしかたをすると思われる。脊髄損傷後疼痛への局所麻酔薬リドカイン〔例:リドカイン、キシロカイン等〕の効果について無作為対照設定試験により行なわれた評価が2件ある。その1件では、静脈内投与が脊髄損傷後疼痛の治療に有効であった。他の1件では、くも膜下での投与をプラセボ投与と比較し、損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛の著減を認めた。しかし、あるメキシレチン〔例:メキシチール等、抗不整脈剤として使われる〕の薬物評価研究では、脊髄損傷後の神経因性疼痛に対して有意な効果を認めなかった。
(6)NMDA受容体拮抗薬
脊髄損傷後の神経因性疼痛の治療法として、NMDA受容体をブロックするケタミン投与について、薬物評価を行なった無作為対照設定試験がある。この研究によると、脊髄損傷に関連して誘発的あるいは自発的に生じる神経因性疼痛に対し、ケタミンの静脈注入を行なったところ、著しい疼痛軽減が得られた。近年ケタミンに関する治験報告が増えている。
〔NMDAは興奮性アミノ酸の1種。脊髄後角部分でグルタミン酸等の神経伝達物質が活性化、大量放出されると後角にあるニューロンのNMDA受容体が正常に遮断されなくなり、ニューロンへCaイオンも大量流入。興奮毒性、脊髄の過緊張を引き起こし、異常疼痛をもたらすと考えられている〕
(7)バクロフェン
バクロフェンは、くも膜下投与により、筋痙攣痛を軽減することがあるが、神経因性疼痛に対しては、実際に痛みが増すこともあり、無効と思われる。
2.神経ブロック(麻酔薬使用)
数カ所のレベルに麻酔薬を用いて行なうブロック療法は、脊髄損傷後疼痛の軽減に有用な場合がある。この療法には、交感神経、硬膜外、脊髄などのブロックが含まれる。しかし、神経ブロックは、疼痛を軽減するのは一時的でしかなく、局部麻酔によるブロックを数カ所に行なっても、長時間の疼痛軽減は得られず、効果が持続する証拠はない。
3.理学療法
過用や圧迫に関連する疼痛症候群は、理学的な方法だけで改善されることが多い。脊髄損傷治療の専門医は、対マヒや四肢マヒによって生じる問題に精通しており、疼痛の軽減に有用な、プロテーゼ、装具、日常の運動などについて計画を作成する。しかし、理学療法は脊髄損傷の神経因性疼痛には有用ではない。
4.脊椎手術療法
受傷直後に脊椎を安定させ、障害を受けた神経根の除圧を行なう目的で、整形外科的および神経外科的な処置を行なうのは、構造不安定性の疼痛や神経根の圧迫による疼痛を取り除くという点で、きわめて有効なことがある。
一方、積極的な脊椎の手術を受けた患者の方に、慢性疼痛を有する傾向が強いという報告もあるが、異論もある。また、脊髄空洞症関連の疼痛は、空洞が「消失」しても軽減されないが、脊髄損傷部位の癒着剥離を行なう除圧手術は脊髄空洞症の治療にも有効である。
5.電気的刺激療法
(1)経皮的電気神経刺激法(TENS)
感覚を消失した皮膚に刺激を与えても疼痛軽減は得られない。
損傷レベルでの神経因性疼痛に対し、部分的に感覚が残存している疼痛部位に刺激を与えると、ある程度の疼痛軽減をみとめる患者がいる。ある研究によると、根性疼痛や損傷レベルより下位のびまん性疼痛に対して行なったものよりも、損傷部位の疼痛に対して行なったもののほうが、より効果的なようである。ただし、この研究で損傷部位の疼痛をもつ患者のうち何名が筋骨格性疼痛をもっていたのかについては明らかではない。
別の研究では、損傷レベルの神経因性疼痛治療に功を奏しないのは、神経根の関与が原因であるという推定が報告されているが、神経根の関与を確認した方法についての記述はない。この療法は、不全脊損者の疼痛に有効なこともあろう。
(2)脊髄刺激法
電極埋め込みによる脊髄刺激により、くも膜炎等由来の神経因性疼痛の治療を行なって成功したという報告がある。不全脊髄損傷で有用と思われるという報告があるものの、通常は、脊髄損傷後疼痛に対して治療効果はあまり期待できない。脊髄刺激法は、脊髄損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛に対してよりも、麻痺境界帯状痛および根性疼痛に対して有効であろう。
現在入手し得る研究報告のすべては、症例報告と症例調査であり、他の病態をもつ被験者も含むものが多いので、脊髄損傷後疼痛に限定して分析をすることは困難である。神経因性疼痛をもつ患者10名を対象とした早期の症例調査によると、5名のみが電極埋め込みによる脊髄後索刺激の適用となり、このうち1名だけが術後12カ月の時点で十分な疼痛軽減を得ることができた。
末梢神経損傷に起因する疼痛での使用例とは対照的に、多くの症例で疼痛部位での何らかの知覚回復は困難であり、疼痛部位で疼痛軽減をみとめたが、感覚が全く失われた事例が2件ある。これらの治療効果評価ついては、治療初期に多少の改善がみられたのは患者の20〜75%であったが、長期的効果でみると、その比率は10〜40%に低下した、ということが後の研究で確認されている。
(3)脳刺激
脳への電気刺激法は、脊髄損傷後の神経因性疼痛の治療法として、視床、第3脳室周辺灰白質、内包、運動皮質に対して使用されてきたが、他の治療法で改善がみられない場合に有用なことがあった。
脊髄損傷後の神経因性疼痛治療について報告したものの多くは、多数の病態を対象とした症例を収集して調査したものであり、情報の抽出が困難である。しかし、6件の研究(症例調査と症例報告)の累積データからは、早期に疼痛軽減を得る患者がいるものの、長期間の効果については概して不良、との立証が行われている。これらの症例で報告された疼痛は損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛である。
6.解剖学的破壊術(脊髄実質への外科的手法)
SCI患者の疼痛を軽減するために様々な外科的手法が試みられ、成功例があることから、持続痛のコントロールに対して強く勧められてきた。しかし、これらの様々な手法による成功例は失望させるものが多く、成否は疼痛の性質により異なってくる。
良い結果を得るためには、神経外科的な治療は疼痛症候群のタイプに合わせて行なわれる必要がある。SCIの損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛に対し、@脊髄前側索切離術〔コルドトミー〕、A遠位の脊髄切除術〔コルデクトミー〕、B視床破壊術、Cフェノールやアルコールのような薬剤のくも膜下投与など、破壊的外科手術を行なっても成功率は低い。
しかし、D脊髄後根進入部破壊術〔DREZ lesion〕およびA脊髄切除術〔コルデクトミー〕の2つの手法に限り、損傷レベルと同じレベルでの神経因性疼痛の治療で効果が期待できることがある。以下有効な場合があると考えられる療法を取り上げる。
(1)脊髄後根進入部(DREZ)破壊術
2〜3髄節にわたって脊髄後角焼灼等を行なう手術であり、脊髄損傷後疼痛の治療に有効であるとされてきた。しかし、この手術を行なった事例に関する研究から得た症例証拠は、良い結果がでるかどうかは疼痛の性質に大きく依存することを示唆している。根性疼痛および損傷レベルと同じレベルでの神経因性疼痛をもつ患者は、よい除痛効果を得る可能性が高い。
一方、損傷レベルより下のびまん性疼痛、灼熱痛、脊髄空洞をもつ患者はよい除痛効果を得る可能性が低い。この手術には、知覚レベルまたは運動機能が変化(悪化)するという危険ならびに髄液漏という危険も伴う。
(2)脊髄切除術(コルデクトミー)
この方法については議論のあるところである。早期の研究では、長期間にわたる疼痛軽減を得るには無効であったことが報告され、最近の症例報告でも、脊髄完全離断を確認した後でも痛みが感じられたと述べられている。また数件の症例報告は、手術による脊髄の完全横断切除を行なっても、損傷レベルより下のレベルでの神経因性疼痛に対して、効果は不良または無効であることを示唆している。
しかし、最近の研究では、損傷レベルより上の髄節で少なくとも2〜3分節にわたり切除を行なうと除痛の成功率が高いことが示唆され、損傷部位より高位での脊髄切除術(コルデクトミー) の結果について調査したある研究によると、手術を受けた対マヒ者の56%が疼痛軽減を得ている。損傷レベルと同じレベルの神経因性疼痛に対しても、高位レベルで脊髄離断を行なうと疼痛軽減を得る患者もいる。脊髄の異所性神経活動の中心部を除去するため、除痛効果があるのではないかと推測される。
この手術で疼痛軽減を得たという報告がある反面、脊髄損傷者の多くが脊髄の切除をためらうのは理解できることである。
(3)その他の手術
前述の他に、脊髄前方除圧術、交連切開術〔右脳・左脳からの神経線維の交差部分の切開〕、外科的交感神経切除術などのような手術が脊髄損傷後疼痛に対して行なわれてきたが、治療効果はさまざまである。機械的に圧迫された神経根に対して除圧することができない場合は、脊髄後根切断術が有用のことがある。
7.心理学的療法
重度のSCI患者は通常、著しい心理的苦悩を抱えている。脊髄損傷患者は人間関係、ライフスタイル、職業、自己イメージ等の諸問題において、新たな事態に適応していくという大きな難題に直面しなければならい。慢性疼痛は、重層的ストレスとなり、リハビリテーション効果、復職や家庭生活復帰を妨げる大きな要因である。
患者の評価の際には慢性疼痛がいかなるタイプであっても、全患者に対して心理学的評価を行なうべきである。ペインマネージメント戦略と認知・行動療法を併用すれば、ペインマネージメントや気分改善を促進し、長期にわたる疼痛への適応や最大の機能状態への復帰をより効果的に行なえる。脊髄損傷患者グループとの交流も多くの患者にとって有益である。
〔注記〕 薬剤評価法
@ 無作為対照設定試験(RCT):薬剤の治療効果を評価する方法の一つ。出来るだけ大量の被験者を無作為に選び、更にそれを無作為に、目的とする治療薬を服用するグループと対照薬(プラセボや他の薬等)を服用するグループにわけて服用効果を比較評価するもの。これによって恣意的に被験者を選ぶことによるバイアスを減らす。無作為化の方法には、様々な要因による偏りを避けるための工夫があり、幾つかの方法がある。更に、被験者も評価を行う医師や医療スタッフも誰がどの薬剤を服用しているか知らされない「二重盲検法」が取られると、双方の主観が排除されてより客観的な評価が得られる。 A 非無作為対照設定試験:無作為化作業が出来ないとき、一定の患者を、目的薬を服用するグループと対照薬(プラセボや他の薬等)服用するグループに分けて服用して貰い比較評価。 B 非無作為単純盲検:無作為化作業が出来ず、二重盲検体制も取れないとき、被験者だけが治療薬の中味を知らない状態(医師は知っている)で二つのグループに分け、それぞれに目的薬と対照薬を服用して貰い評価するやり方。被験者の主観的バイアスをある程度排除出来る。一方、評価・担当医師が知ることによるバイアスも否定出来ない。 C 交差試験(クロスオーバー比較試験。二重盲検等他の方法とも併用される):二つのグループに、目的薬と対照薬を、時間をずらして交互に服用してもらう。
例: 時期T 時期U グループA 目的薬 対照薬 グループB 対照薬 目的薬
この結果について、薬剤の比較評価分析(それぞれでA、B間比較、時期T、U間比較を交差比較)を行う。個々の被験者には、症状の変動が激しく無く、薬に対し不可逆的反応が無いことが求められる。比較的長期の期間がかかる。時期と治療の相互作用分析が困難。
翻訳:渡辺理恵子(赤十字語学奉仕団)
要約・〔解説〕・〔注〕:阿部由紀
典拠参考文献:P.J.Siddall, J.D.Loeser, Pain following
spinal cord injury; Spinal Cord 誌 Vol.39, 2. 2001