〔講演会報告書パート2〕

SSK 日本せきずい基金レポート06
QOLを高める呼吸療法

−−非侵襲的呼吸療法の実際−−


J.R.バック,MD
ニュージャージー医科歯科大学
リハビリテーション科兼ニューロサイエンス科教授
通訳:石川悠加

特定非営利活動法人 日本せきずい基金

みずほ福祉助成財団 助成事業


 本書について

 〔自発呼吸なしでも非侵襲的呼吸療法に移行できる〕

 2003年11月16日(日)、東京・代々木のオリンピック記念青少年総合センター 国際交流棟にて、米国ニュージャージー医科歯科大学のJ.R.バック教授を招聘し、講演会「QOLを高める呼吸療法」を開催した。

 これは高位脊髄損傷による人工呼吸をより安全に快適なものとするために、バック教授が提唱し長年にわたり実践してこられた気管切開によらない換気法(非侵襲的呼吸療法)を日本に定着していくために日本せきずい基金が開催したものである。

 その講演は、日本では不可能とされてきた高位頚髄損傷者の呼吸器からの離脱に大きな希望を抱かせるものとなった。バック教授は、自発呼吸なしでも、カフマシーンで排痰し、舌咽頭呼吸とマウスピースを併用しての非侵襲的呼吸療法を1990年代から数多く実践してこられた。その経験が日本で活かされることを切に願っている。


 〔謝 辞〕

 企画の折衝から講演会での通訳・解説には、バック教授の共同研究者でもある国立療養所八雲病院小児科医長の石川悠加先生に全面的にご協力をいただいた。
 みずほ福祉助成財団には、私たちが念願していたこの講演会の開催および報告書の刊行に対する助成をいただいた。

 膨大で難解な呼吸器関係の論文、講義原稿、スライド原稿の翻訳は、赤十字語学奉仕団の皆様の大変なご労力で実現することが出来た(古米稔子・新谷進・鈴木みか子・関根孝江・田邉政子・渡辺理恵子の諸氏)。
 菱谷久仁子さんには事務局での編集作業に全面的に協力していただいた。
 ご協力いただいた皆様に深く感謝するとともに、本書が呼吸療法にかかわる方々の参考になれば幸いである。

2004年2月    特定非営利活動法人 日本せきずい基金



【目次】
J.R.Bach教授について (石川悠加)
講演「QOLを高める呼吸療法」(J.R.Bach)
講演会・質疑応答 / 講演会・会場アンケート
高位脊髄損傷患者に対する非侵襲的換気療法の選択
換気障害患者における気管内挿管または
気管切開チューブの抜管基準
長期の気管切開カニューレを抜くことができた
5歳の女児例(石川悠加・J.R.Bach)
非侵襲的人工呼吸について (J.R.Bach)
呼吸器関連略語表
呼吸器関係用語解説
〔付録〕呼吸器関連文献
〔付録〕日本せきずい基金の刊行物



J. Bach教授について
石川 悠加
国立療養所八雲病院小児科医長

 氏名:ジョン・ロバート・バック医師(John R. Bach,  MD)

 現職:
ニュージャージー医科歯科大学(UMDNJ)リハビリテーション科兼ニューロサイエンス科教授、大学病院呼吸管理および呼吸リハビリテーションセンター長、大学病院付属ジェリー・ルイスMDAクリニック部長

 所属学会:米国リハビリテーション学会、米国胸部疾患学会、ニューヨーク科学アカデミー会員、米国パラプレジア学会など

 略歴:
1976年 ニュージャージー医科歯科大学医学部卒業
1977年 ニューヨーク大学小児科インターン修了
1980年 ニューヨーク大学リハビリテーション科レジデント修了
1980-81年 ニューヨーク州ゴールドウォーター記念病院人工呼吸管理室部長
1981-83年 フランスPoitier(ポワチエ)大学リハビリテーション科Rideau(リドー)教授のもとに客員教授として招かれ、Delaubier(デラビエール)医師らと共に世界で初めて換気不全患者に対する鼻マスクによる非侵襲的間欠的陽圧人工呼吸の臨床効果を報告。
1984年〜現在 ニュージャージー医科歯科大学リハビリテーション科助教授、Kesslerリハビリテーション研究所人工呼吸管理および呼吸リハビリテーションセンター長を経て、1995年より現職。

 研究内容:気管内挿管や気管切開チューブを回避して非侵襲的呼吸療法を活用する神経筋障害患者のリハビリテーションのパイオニアである。
 例えば、神経筋疾患患者に対する電動車椅子上のロボットアームを初めて実用化。自力呼吸ができない患者での、リップシールによる睡眠時間欠的陽圧人工呼吸、気管内挿管や気管切開チューブの抜管基準を示した(後出)。

 器械による咳補助(MAC)を再導入。自発呼吸ができない患者で、オープンシステムのNIVが効果のメカニズムを記載。私との共同研究で、神経筋疾患における心筋症のマネジメントを初めて報告。呼吸筋力低下患者において、呼吸器合併症、入院、気管内挿管、気管切開を防ぐ呼吸筋補助手段を開発。

 これまで気管切開による人工呼吸以外では自発呼吸ができなくなる神経筋疾患(脊髄性筋萎縮症T型)の乳児で、ICUで気管内挿管チューブを抜管して非侵襲的呼吸療法を行なう方法を開発した。

 呼吸器疾患および神経筋疾患の、人工呼吸とリハビリテーションにおけるQOLとコスト効果の重要な研究成果を発表している。

 受賞の一部:米国リハビリテーション学会より、1990年と1994年に優秀論文賞、および1994年と1997年に最優秀研究論文賞、1999年The American paraplegia society(米国パラプレジア学会)A. Estin Colmer記念クリニカルサービス賞など

 論文、著書、講演:神経筋障害と呼吸医学に関する160の研究論文、80本の章、9冊の本、37カ国での講演。

 その他:全米トップドクター(The National Registry of Who’s Who)、NY市街地域トップドクター(Castle Connelly Guide)、ニューヨークマガジンによるNY地区ベストドクターとしても紹介。
石川 悠加 医師〔略歴〕

1985年:札幌医科大学卒業
米国チューレン大学医学部 研究員
1988年:
北海道立小児総合保健センター小児科
1990年:国立療養所八雲病院小児科
     (94年より同小児科医長)
1994年:J. Bach研究室へ留学



高位脊髄損傷患者に対する非侵襲的換気療法の選択
Noninvasive Options for Ventilatory Suppor
of the Traumatic High Level Quadriplegic Patient
Chest 1990; 98:613-19

John R. Bach MD., Augusta S. Alba MD.
(訳者:赤十字語学奉仕団 鈴木みかこ、新谷進)

 【要約】

 人工呼吸器に依存する外傷性四肢マヒ者25名に対し、非侵襲的換気療法(NIV)で換気補助を行なった。25名中24名の初期管理は気管内挿管で、うち23名はNIVへの転換前に気管切開による間欠的陽圧人工呼吸(IPPV)を使用していた。

 この23名中17名には舌咽頭呼吸(GPB)の使用を除けば有意な人工呼吸器からの離脱時間がなくても1年以上NIVを使用した7名の平均使用期間は7.4±7.4年(1〜22年)である。
*注 : 換気不足または疲労のため人工呼吸補助に戻る必要があるまで、自発呼吸できる平均時間。

 最も多く使用されているNIVの形式は日中および夜間とも、マウスピースやリップシールによるIPPV(間欠的陽圧呼吸器)であった。長期にわたる呼吸補助には体外式陰圧人工呼吸器や間欠的腹圧式呼吸器(IAPV)、GPBも使われた。

 通常、外傷性高位脊髄損傷患者は、年齢が若いこと、健全な精神状態・延髄筋系、および 閉塞性肺疾患の無いことが認められれば、NIVが有益であり、適応であると結論付けられる。

〔略語〕
EPR=横隔神経電気刺激呼吸、GPB=舌咽頭呼吸、GPmaxSBC=1回の最大舌咽頭換気量、IAPV=間欠的腹圧式呼吸器、I PPV=間欠的陽圧呼吸器N I V=非侵襲的換気療法、SaO2=酸素飽和度

 病院を退院して、自宅など地域社会で療養する人工呼吸器依存の高位四肢マヒ者数が増加している。こうした患者の換気療法の選択肢として、横隔神経電気刺激呼吸(EPR)と気管切開によるIPPVとの併用、またはいずれか一方の方法があった。気管切開には長期におよぶさまざまな合併症の可能性があり、EPRは、非常に高額なうえ、使用症例の大部分で長期使用のための選択肢として効果的な方法とは認めらなかった。

 気管切開術と気管切開によるIPPVは全ての高位脊髄損傷患者の長期管理に必須であると考えられてきた。EPR使用患者には睡眠中に上気道の虚脱を起こす傾向があり、突然警告なしに横隔膜のペースメーカーが故障したり、その結果無呼吸となることがあるため、通常は気管切開も施される。これらの方法に伴う合併症発生率と致死率は高い。Whiteneckと同研究班は、気管切開によるIPPVかEPRを行なっていて、慢性的に人工呼吸に依存している脊髄損傷患者76名のうち55%に毎年、年平均22日の入院を要する肺関連の問題が発生したと報告した。生存率は、受傷後1年:86%、3年:70%、5年:63%、7年:59%、9年:63%であり、受傷後5年から9年でそれぞれ約40%の患者が死亡している。

 Splaingardと同研究班は、C1-2の四肢マヒ者20名を含む気管切開によるIPPV使用の外傷性脊髄損傷患者26名の3年以内の致死率を37 %と報告している。うち2名は突然の人工呼吸器回路(蛇管)の接続部のはずれによる死亡であった。

 Carterと同研究班は、気管切開によるIPPVやEPR下にある人工呼吸依存の四肢マヒ者35名のうち17名は各々平均して受傷後1.5年、または横隔膜ペースメーカー装着後4年で死亡したと報告しており、こうした死亡患者のうち少なくとも9名の突然死は気管切開自体に関連したものであると考えられる。

 これら2つの方法に共通の危険事項には人工呼吸器回路のはずれ、急性気道閉塞に伴う粘液栓、気管軟化症、気管狭窄、出血、苦労して行なうチューブ交換に伴う肉芽腫や痂皮(カシ;かさぶた)、化膿性気管支炎に伴うグラム陰性菌の慢性的なコロニー形成などがある。


 非侵襲的換気療法

 慢性呼吸不全患者のための、気管切開によるIPPVに替わる選択肢として、NIVの使用に対する関心が高まりつつある。NIVは大部分が筋ジストロフィー患者やポリオ患者の長期管理法として著述されてきた。

 最近まで、NIVに関する文献はほとんどが、しばらくの間は効果的だが不都合も多く、使用不可能な患者が多い体外式陰圧人工呼吸に限られていた。一部の患者は30年以上にわたりIAPVを問題なく使用してはいるが、それも他の体外式陰圧人工呼吸と同様、加齢や進行性疾患に伴う肺容積の減少や伸展性の低下により、時間と共に効果が薄れる傾向にある。我々の知る限り、体外式陰圧人工呼吸の使用のみにより高位脊髄損傷患者を完全に長期に換気補助し得たという報告はこれまでに無い。

 近年、マウスピースやリップシール、鼻マスクや鼻マスク、ストラップのない口鼻インターフェイスを通してのIPPVなどのNIVについて述べられている。肺活量がほとんど無いかゼロ、あるいは人工呼吸器を外していられる時間がほとんど無いかゼロである患者100名以上に対し、NIVによって、気管切開をせずに完全な換気補助を行ない、40年にわたり成功を収めてきた。急性上気道炎や気管支炎の際には、気管内挿管や気管内吸引をせずに、徒手や器械的補助による効果的な咳で管理する。NIVは、まだ外傷性高位脊髄損傷の管理に使用報告されていない。

 ここでは、気管切開によるIPPVからいくつかのNIVの選択肢へ移行できるためのガイドラインを呈示する。


 対象患者と方法

 1965年から現在(1990)までに、人工呼吸器離脱困難の管理と呼吸リハビリを行なうため、負傷時の平均年齢21.9±5歳、男性64名と女性16名の人工呼吸器離脱困難な外傷性四肢マヒ者80名を受け入れた。うち78名は気管内挿管で管理され、うち77名は損傷後の急性期中の一時期は気管切開で管理されていた。このうち4名が、損傷後(1例)、あるいは気管切開口が閉鎖できた後(3例)、2〜29年を経て遅発性呼吸不全を発症した。

 患者は表1に示した管理プロトコルに従った。呼気終末CO2モニターとパルスオキシメーターによる睡眠時継続的非侵襲的呼吸モニターは、カフを膨らませた24時間の気管切開によるIPPVからの離脱や低侵襲の換気補助方法への移行過程の各段階で有用であった。呼気終末CO2は、1965年以降、患者の補助換気の経時的評価にも使用されている。


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