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 〔講演会報告書パート1〕

SSK 日本せきずい基金レポート06
QOLを高める呼吸療法

−−非侵襲的呼吸療法の実際−−


J.R.バック,MD
ニュージャージー医科歯科大学
リハビリテーション科兼ニューロサイエンス科教授
通訳:石川悠加
特定非営利活動法人 日本せきずい基金

みずほ福祉助成財団 助成事業

【開会にあたり】

 藤木(日本せきずい基金事務局長):バック先生をお招きするためにこれまでもいろいろな助成金申請をやってきたのですが、今回みずほ福祉助成財団の協力を得て、念願がかないバック先生の講演会を開催することができました。なぜこの講演会を3年も前から熱望していたかというと、第一にバック先生が呼吸療法に関する最先端の技術を持った方であること、また映画「スーパーマン」のクリストファー・リーブが事故直後にケスラー・リハビリテーション病院(ニュージャージー大学)に入院した際に呼吸器の担当をしていて、最先端の治療をなさっていたということ。

 そういう方を日本にお招きして、私たちの仲間である呼吸管理のさまざまな問題を抱えている方々のQOLの向上に役立てたい。そういう想いでバック先生に今日講演をしていただけることは何よりありがたいことだと思っております。

 われわれ頚髄損傷の問題では、つい最近までは治療に当たる場合には何かと医学モデルが適用されて医者の立場から生命の安全を第一に重視した対応がなされてきたように思われます。しかし、われわれ脊髄損傷者であっても、外に出たり電車に乗ったりという普段の生活が多々あります。そうした普段の生活を重視したさまざまな治療法が広がることを、私たちは望んでおります。

 バック先生は、日常生活を送る上で生活の質(QOL)を向上させるような呼吸療法を開発して下さり、私たちに提供して下さっています。

 やっと私たちの世界にも医学的モデルから日常生活を重視した生活モデルの治療法が登場してきた。そういう意味でも私たちに画期的な思考の転換をもたらしてくれる講演になるのではないか、と大変楽しみにしています。

 これからバック先生にお話していただきますので、どうかよろしくお願いいたします。


【はじめに】

 バック: 今回の講演を実現してくださったせきずい基金の皆様、みずほ福祉助成財団、そしてプルモネテッィク社にお礼を申し上げます。私は1994年に来日したときに甲子園球場で観戦して以来10年来の阪神タイガースファンですが、地元ではニューヨーク・ヤンキースファンです。今日は野球殿堂を後楽園で見まして大変感激しました。


  1. 『非侵襲的呼吸療法ガイドブック』は非侵襲的人工換気に関するもので昨年出版された。私の新しい著書『神経筋疾患患者の管理』は先月出版された。

  2. この15歳の少年は脊髄損傷の急性期に換気不全になり補助換気を必要としたが気管内挿管は受けなかった。彼は非侵襲的人工換気を持続的に必要とした。初めは体外式陰圧式人工呼吸器(NPV)による換気を受けていた。装具の装着のために外科医が胸部に接触する必要がでてきたため、従量式人工呼吸器による鼻マスクでの換気を試みた。

    図2

 脊髄損傷者への換気療法

 バック: スライド2番の15歳の少年は脊髄損傷の患者で2002年の私の本にのっています〔図2〕。

 彼はこのとき気管内挿管や気管切開ではなく体外式呼吸器をまず使いました。ただ、頭頚部から胸部にかけての頚部固定の装具をつけるためにはチェストシェル、つまり胸郭の胸当てのほうは取らなければならないので、今は鼻マスクのほうに一時的にチェンジしています。

 だいたいの脊髄損傷の患者は、病院に入る前ではなく、病院に入ってから人工呼吸器を使用することになります。

 頚髄損傷ですとたいてい気管内挿管および気管切開されますが、一部では非侵襲的(気管切開なし)に体外式の呼吸器をつけることがあります。

 彼は装具をつけるために胸当てを取るということで、今一時的に鼻マスクにチェンジしているところです。その後、マウスピース経由の補助呼吸も試してみました〔図3〕。

3. その後マウスピース経由の補助呼吸を試みた。

図3

4. 次にはリップシールを使ってみました〔図4〕。

図4

 入院したときに使っていた胸当てのほうを取り除くと、胸の部分が部品の圧迫により褥瘡になっているのが分かります〔図5〕。

5. 胸当て(chest shell)が外され、皮膚には部品の圧迫による潰瘍が認められる。患者は昼間はマウスピースを使った人工換気を選択した。

図5

 彼はまったく肺活量はなく、自発呼吸もないのですが、気管内挿管ではなくマウスピースできちっと呼吸管理されています。マウスピースをくわえているだけです。

 脳神経外科医が頚部固定のためにブレース(装具)をつけているところです〔図6〕。

6. 外科医が装具を装着する。

図6

 リップシールを普通は頭の後ろで止めるのですが、どうせブレースがあるのでそこに止めています。少しずつ肺活量が戻ってきて、呼吸器から離脱することができるようになりました。彼はむしろ気管切開をされなかったこともあり、喉の分泌物が管の刺激で増えるということもなくそれで離脱ができました。急性期にもし気管切開をされた場合でも、それから離脱(ウィーニング)していくためにもマウスピースによる非侵襲的換気療法を覚えていくことができます。

 気管切開をふさいだ後、患者さんが好むのは日中にマウスピースを使って、夜間にはリップシールか鼻マスクを使うことです〔図7〕。

7. 睡眠中の人工換気では鼻マスクよりもリップシールの使用を選んだ。

図7

 何日かそれを試して大丈夫だということになれば、1、2日で気管切開チューブを取ってしまいます。初期では3日くらいで気管切開口を閉じることができます〔図8〕。

8. この患者も脊髄を損傷しており自発呼吸がなかったが、マウスピースやリップシールを経由した非侵襲的換気を練習する目的で気管切開チューブのキャップを閉じた。チューブは抜去され継続的な非侵襲的換気の使用に切り替えられた。

図8


 酸素療法への誤解

 むしろ脊髄損傷患者が酸素療法を必要とすることはまずありません。脊髄損傷の患者は肺そのものは健常なはずです。そこにたいていのドクターが酸素をやってしまうと、それがむしろ問題になってしまいます〔図9、10〕。

9. 肺機能障害の患者は、主に肺と気道の疾患のために酸素化(oxy-genation)をする能力に障害があるか、または呼吸筋が弱いために肺の換気を適切に行なうことができないかのいずれかである。酸素化の障害を主とする患者では酸素療法を受けることで延命する場合も多い。

 それに対して、主に換気に障害をもつ脊髄損傷(SCI)患者では酸素による治療を受けた場合に、より高い発生率で呼吸が病的状態になったり死亡したりする。しかしこれらの患者は酸素化に障害があるかのように判断され、呼吸筋の補助を受けるのではなく酸素による治療を受けるのが通常である。
呼吸不全

 * 換気の不全
   動脈血炭酸ガス分圧〔PaCo2〕 
   の上昇(pHの低下)

 * 酸素化の障害
   PaO2の低下
図9


10. いずれの医師も低酸素血症症状は熟知している。
低酸素血症の症状

・呼吸困難
・意識障害
 (cognitve changes)
・チアノーゼ
・頻脈
図10

 気道とか肺の実質が病原を持ったり障害を持った場合には酸素を当てることが必要ですが、脊髄損傷ではむしろそういうことは必要ありません。換気が悪くなる場合は、換気補助をして、咳を出して痰を出すことを補助してあげれば大丈夫です。

 でも脊髄損傷の患者は、たいてい肺実質障害の患者のように治療されてしまいます。そして呼吸不全に対して、酸素だとか吸入療法をされてしまうことがあります。大事なことは、十分な息をして咳を出す筋肉を補助することです。

 酸素が足りなくなるとどんなことがあるかといえば、息切れとか不穏状態になることがあります。もしちょっと酸素が下がったからといって酸素をやってしまうと、その時点で今度はCO2が上がって高炭酸ガス血症の症状が出てきます〔図11〕。

11. しかし、SCI患者は遅発型の換気不全を起こし高炭酸ガス血症の症状を示すことがあるが、それらの症状が無視されることも多い。さらに酸素療法が高炭酸ガス血症*1を悪化させ、症状が悪くなることすらある。これらの症状には疲労、昼間の眠気、午前中の頭痛、集中力のなさ、抑うつ感が含まれる。このような患者は、吸気補助がなされない場合は、酸素療法によるCO2ナルコーシス*2から昏睡状態となることが多い。

注1:動脈血CO2分圧(PaCO2)が正常値(35-45mmHg)以上の状態

注2:不十分な肺胞換気量によりCO2体内蓄積をきたして
   呼吸性アンドーシスとなり、中枢神経症状を呈した病態  
慢性肺胞低換気の症状

・ 頭痛(特に朝方の)、疲労、息切れ、
・ 昼間の眠気(睡眠過剰症)
・ 夜間頻繁に目覚める、特に息切 れ、頻脈、夜尿症を伴う
・ 寝つきと目覚めが悪い
・ 悪夢(特に呼吸が苦しい夢など)
・ 集中力の低下、記憶力の低下
・ 成績が下がる、知力低下、
・ 不安、人格の変化
・ 体重の変化・気道分泌物の制御困難
・ うっ血性心不全症状(頻脈、顔面蒼白、浮腫)
・ 嚥下困難
・ 性欲低下
・ 筋肉痛
・ 腹部不快や便秘
図11


 患者は自力呼吸で疲労がたまり、さらに夜間何回も低酸素で苦しくて起きてしまって昼間は逆に眠くなってしまい、慢性肺胞性換気、つまり筋力低下によって換気が悪いという状態になります。

 たいていの医師はたくさんのエラーをしています。その1つは、症状の解釈の誤りです〔図12〕。

12. 最も一般的なエラー (A〜G)

12‐A. 症状解釈の誤り:
最も一般的な誤りは、症状を間違って解釈することである。肺の障害をもち歩行が可能な患者は、慢性閉塞性肺疾患でも筋強直性ジストロフィーでも、息切れを訴える。SCIで車椅子を使用している患者は、呼吸不全を起こしかけている時でも息切れを訴えない場合がある。彼らが訴えるのは、不安感や眠れないことである。これは、眠ってしまえば呼吸調節系の駆動力(drive)、呼吸筋、咳が抑制され、生命を維持できないことを脳が理解しているからである。このような患者が救急治療室に入室して鎮静剤や酸素による治療を受けると、換気不全を起こし挿管されることになる。

12‐B. 不適当な肺機能検査の実施:  
肺疾患の患者に対して行なわれる肺機能検査はSCI患者には適さない。

12‐C. 睡眠モニターを実施しない:  
SCI患者では、中枢性および閉塞性無呼吸の問題が後から出てくることも多い。しかし通常ポリソムノグラフィー(睡眠ポリグラフ)は必要ない。睡眠時の呼気終末炭酸ガス分圧(EtCO2)と酸素飽和度の計測が役に立つ。肺活量の低い患者が夜間に低換気症状を示す場合は、夜間に鼻からの換気を試みる必要がある。

12‐D. 動脈血液のガス分析に過剰依存:
これらの患者の管理には動脈血のガス分析は必要でない。患者は苦痛のため過呼吸をするので炭酸ガスの測定値は信頼できない。

12‐E. 気管切開に過剰依存:
SCI患者のリハビリは、気管切開チューブの抜去が試みられ、非侵襲性の補助への移行が完了するまで終わりではない。

 気管切開が必要となるのは、非侵襲的換気を継続して使用し、器械式補助による咳を行なっているにもかかわらず、酸素飽和度のベースラインが95%未満に留まっている場合のみであり、SCI患者がこのような状態になることはほとんどない。

12‐F. 吸引への過剰依存:
上気道またはチューブを経由して吸引するより、徒手式および器械式補助によって咳をするほうが、より効果的であり、気道に対するダメージもより少ない。

12‐G. 酸素療法の誤った使い方:
まず炭酸ガス濃度を正常化し、補助によって気道内分泌物を取り除くことで酸素飽和度が正常化できるかを試みる。その上で、患者に挿管する用意があるのならよいが、そうでなければ酸素療法を考えるべきではない。家庭での酸素療法は命の惜しい患者には決して適さない。

 もし歩ける患者であれば「歩いて息切れがする」ということを訴えることができます。でも車椅子に乗っている人は息切れを訴えることは少ないと思います。

 患者の一番多い訴えは、眠ろうとするのだがなかなか眠れないということです〔図12-A〕。なかなか眠れない理由は、眠ってしまうと呼吸の駆動(ドライブ)、それから呼吸筋とか咳が抑制されて、もう生命を維持できないといことを脳が感じてしまうからです。

 このように眠れないと訴える患者に対して、ドクターはしばしば酸素を与えたり、催眠剤を与えたりしますが、それは間違っています。アメリカの救急室でも、車椅子の患者が眠れないと言ってきた時によくされてしまうミステイクです。特に救急室へ「息苦しいのだが」と言いに行くと、大体は酸素を与えられてしまいます。

 苦しいということで酸素を与えられてしまうと、息が止まってしまい、CO2が上がって、今度は本当に意識を失ってしまいます。そうすると意識がないということで気管内挿管をして、当然そのあとは気管切開をしましょう、ということになってしまう。

 本当に介助してあげなければならないのは、息をする筋肉、いわゆる息を吸って息を吐く、咳をするという筋肉の補助が必要なだけなのです。


 肺機能検査は脊髄損傷者には適さない

 医師が侵しやすい二番目の間違いは、一連の複雑な呼吸機能検査だと思います。この検査は神経筋疾患や脊髄損傷のために作られたのではなくて、肺実質疾患のために作られたものなので、役に立たない数値が出てしまいます〔図12−B 〕。

 最近SAS、つまり睡眠時無呼吸症候群が、新幹線の運転士でも問題になりました。この確定診断のために行われる睡眠ポリグラフも、力士などでは有用かもしれませんが、脊髄損傷のためにはそれ程有用ではありません。

 もっと簡単で効果的に脊髄損傷患者の呼吸を評価してきちんと補助することができます。睡眠ポリグラフをやらなくても、呼気の炭酸ガス濃度の測定とパルスオキシメーター〔肺での酸素化状態を計る〕を指に当てるだけ、両方とも非侵襲的なモニターですが、その2つを付け1晩寝ていただくだけで評価することができます〔図12−C、D〕。

 本当に気管切開チューブが必要な患者は、喉咽頭機能が非常に悪くてしゃべることができず、うまく飲み込むことができないで唾液が常に気管のほうに誤嚥して入ってしまい、酸素飽和度が95%を常にきってしまう患者だけです。そういう状況になるということは、脊髄損傷ではほとんど稀なことです。

 呼吸に関して、いわゆる呼吸リハビリテーションということで考えますと、気管切開チューブを抜去して初めて、呼吸リハビリテーションというものが、ある程度コースに乗るということになっていくと考えてください〔図12−E〕。

 痰を取るのが吸引(サクショニング)だけだと考えてしまうと、チューブを介しての上気道などからの吸引とか、チューブからの吸引ということになってしまいます。

 吸引をすることによって、気道の粘膜とか繊毛を破壊するので、自然に痰が上がってくることもなくなりますし、チューブを入れることでそこに炎症が起きますし、その刺激でかえって分泌物が増えてしまいます〔図12−F〕。

 吸引では95%くらいは右の肺からの痰の吸引になってしまうので、脊髄損傷で気管切開もしくは気管内挿管の患者は左の肺炎になりやすいのではないでしょうか。

〔注:右気管支は、正中線の気管に対して25゜で太く、左気管支は45゜でやや細い。したがって気管内チューブが気管分岐部を越えると右気管支に入りやすい。〕

 分泌物でお悩みの方がいらっしゃれば、気管切開チューブを除去することで、刺激による分泌物が減って、分泌物から解放されるということもあります。
 だいたい気管切開による吸引は平均して1日8回と言われています。当然、風邪を引いたりすればその回数はもっともっと増えます。分泌物の管理にはもっと快適でもっと効果的な管理法をお示しできると思います。

 脊髄損傷で呼吸の問題のある方はできれば自宅にパルスオキシメーターを置くとよいと思います。特に普段はなんでもなくても、風邪を引いた時にそれで酸素飽和度をモニターすることが重要です。風邪を引くと分泌物が増え、酸素飽和度が低下することがありますので。パルスオキシメーターは皆さん、もうご存知でしょうか。酸素飽和度を指とか耳とかで測るものですが。正常の酸素飽和度は95%以上といわれています。


 換気悪化の3つの要因

酸素飽和度が95%を切った場合は3つの異常が考えられます。

1つの原因は呼吸がうまくたくさん吸えてなくて、酸素が下がって炭酸ガスが上がって、という状態です。

2つめは、分泌物つまり痰によって気道が塞がってしまっていることです。痰によって呼気が下がるだけでなくて、そのままにしていると肺炎になり、入院しなければならなくなります。ですから酸素飽和度がうんと下がりひどくなってから病院へ行くのではなくて、家にパルスオキシメーターがあって排痰の介助のガイドとして持っていれば、逆に病院に行くことは少なくなるでしょう。

 痰が出せなくて酸素が下がっているのに、それで病院にいってしまうと、最初に病院で会うのはナースだと思うので、ナースはすぐに酸素をあげてしまうのではないでしょうか。酸素の下がった脊損患者に酸素をあげることは、ガンの病巣の上にバンドエイドを貼るようなものだと考えてください。痰が詰まっているわけですから、その痰を取り除かないと、酸素だけをあげても何の解決にもなっていません〔図12−G〕。

 たいていは、痰を出してあげれば酸素をとれるようになるわけですから、酸素を与えるということは考えないほうが良いです。もしどうしても酸素を与えなければならない非常に悪い状態になった場合(これが、3つ目の異常で、肺炎などによる酸素化障害をきたしている場合)には、挿管をするという前提で酸素を与えることになると思います。

 肺活量は19歳でだれもがピークを迎え、それから1年に1〜1.2%ずつ減っていきます〔図13〕。特に19歳前に脊髄損傷になった方ですと、19歳のマキシマムの肺活量がたいてい低めになっています。それからどんどん肺活量が下がっていった場合に、わりあい早めに換気が不十分になって、呼吸の補助を用意したり、咳の補助を用意したりということがあると思います。たいていは睡眠時の換気補助と日中の咳の補助だけで良いと思います。

13. 人は19歳を過ぎると体の臓器のあらゆる機能が低下する。このとき肺活量〔健常成人で4〜5リットル〕は毎年1〜1.2%が失われ、肝機能、心機能、腎機能などあらゆる機能も同様である。このため、ベースラインがより低いSCI患者は、加齢により遅発型の換気不全を起こす可能性がある。

      肺機能と年齢

 * 正常の場合は、

 肺活量(VC):
   19歳以後、毎年30cc減
 努力性呼気肺活量1秒量  (FEV1):
  19歳以後、毎年30cc(1〜1.2%)減
 最大随意換気量(MVV):
   30歳以後、毎年0.8%減
 動脈血酸素分圧(PaO2)
  = 109 −(0.43 ×年齢)

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の場合、機能低下は上記の
 各値が2倍になる。
 神経筋疾患の場合は、さまざまである。
               図13
〔注:動脈血酸素分圧(PaO2)は全身への酸素供給レベルの生理学的指標で、空気吸入時のPaO2正常値は青年で約100mmHgで、年齢とともに低下する。〕


 肺活量を増やすために

 肺活量がだんだん下がっていった場合に、皆さんは咳の能力をあまり評価していないのですが、咳の能力もどんどん下がっていきます。

 普通の咳をするためには、一般的には、もし1回換気量が600ccだとしても、咳をする時には2400ccまで吸気する必要があります。ですから吸気が減ってしまうと、最初に入るエアが少ないので咳も弱くなってしまいます。

 咳をするときには、皆さんも必ず深呼吸をしますよね。それと同じで、最初に深呼吸をできなければ咳を強くすることはできません。咳の強さで1分間で160リットル(咳の最大流速PCF、160?/分)を切ってしまうと、痰をうまく上げることはできません。もし160リットル/分を切ってしまうと、風邪をひくとまず肺炎になったり急性の呼吸不全になってICUに運ばれてしまうのではないでしょうか〔図14〕。もちろん、きちんとした咳の介助をすればこういった方(自力の咳でPCFが160リットル/分以下)でも突然急性呼吸不全になることなく過ごせます。

14. 咳の能力は咳の最大流速(PCF)の測定値で評価され、これは肺活量の減少につれて減少する。肺活量が40%以下に減少すると咳の最大流速は160リットル/分以下に減少し、咳の効果がなくなり患者が風邪を併発した時に、肺炎と呼吸不全を起こすリスクが高い。
横軸:肺活量(%)
縦軸:PCF(リットル/分)

40人のデュシェンヌ型および脊髄性筋萎縮症(SMA)
患者の咳の最大流速(PCF)及び%肺活量(%VC)
図14

 治療のゴールとしては、四肢のROM(可動域)はよく知られていますが、手足だけでなくて胸郭と肺のROMについても皆さん考えてください。それから成長との関係も考えてください。
 それから咳の強度を高めること、そして換気を正常化することが重要です〔図15〕。

15. したがって、呼吸不全、入院、挿管や気管切開チューブの留置を予防するために、肺と胸壁を定期的に動かすことで、その弾力性を保つこと、咳の流速をできるだけ大きくすること、正常な肺換気を保つことを目的に治療を行なう。
呼吸治療の目的

・胸壁と肺において、可動域を最大限に広げ、
 身体的成長を最大限に促す。

・咳の流速を最大限に高める。

・正常な肺胞換気を維持する。
図15

 子供では、特に泣いたりして肺に圧がかかると、胸郭にも圧がかかり、それをもとにして胸郭は17歳まで発達していきます〔図16〕。うまく深呼吸をたくさんしないと、肺のほうが硬くなって小さくなってしまいます。特に小さなお子さんの場合は成長発達そのものが妨げられてしまうことがあります。

16. 子供の肺と胸壁は肺を定期的に動かさなければ正常に成長しない
図16
 動物実験では、生まれてまもなく横隔膜の神経を遮断されると、横隔膜の発達不十分で、慢性的に換気過小となり肺と胸郭の発育も不良となる。




 会場にPT(理学療法士)の方はおりますか。手足の関節の拘縮予防のことはPTの皆さんはすごく熱心にされますね。アメリカではそうですが日本でもそうですね。手足のROMはすごくやりますね。

 PTの方は、もし肺を理学療法で動かすときにはどんなことを目的にしていますか。手足のROMをやるときにはフルの動きをやるように努力されますよね。肺は予想肺活量、いわゆる深呼吸したときの肺活量というものがありますね。それがいわゆる肺のフルのROMになるかと思います。

 肺活量が500ccしかない方の場合、通常、成人男性では5000ccくらいあるものですが、その方は一見肺と胸が動いているように見えて、実は本来の可動域のうち、わずかな範囲の動きしかしていないことになってしまう。

 結局、手だけ〔徒手的介助〕では肺活量が500ccの人に5000cc吸わすということはちょっとできません。外からきょうぶ胸郭を引っ張って5000ccまではできないものですから。そこで、中から空気を入れてあげて、いわゆる肺と胸郭のROMを保つということをするわけです。


 息溜め

 その人の500ccの肺活量よりもっと動かしてあげるということで、ようやく可動域を広げてあげることができます。けっこう簡単な方法としては、救急蘇生用バック(アンビューバック)で自力での肺活量を超えて、もっと肺と胸郭を動かしてあげることができます。この方法は「息溜め(エアスタッキング)」と言われています。

 普通に自力で吸った上に、外からバッグで送られて来た空気をさらに溜めて声門を閉じます。最初に肺活量まで吸い込んで、その上に1回、2回と息を溜めるだけ溜めて声門を閉じます。口からも鼻からもできますが、せっかくですから肺活量以上に入ったかどうかを調べるために、換気流量計でどれくらい入ったかを見ます。もし唇のほうがくわえるのに適していない方は、マスクで息溜めをすることができます。もっと口の周りを保持してリップシールで、という方もおります〔図17−21〕。

17. 一日数回、肺に吸気できる最大量の空気を供給することで、肺の可動域(lung rnge-of-motion)が維持される。空気は救急蘇生用バッグまたは従量式人工呼吸器から供給され、ここに示すような簡単なマウスピース経由で供給される。
図17
図18
図19
鼻マスク経由の息溜め
図20
21. リップシール経由の息溜め。患者は深呼吸をして息を止める。次に救急蘇生用バッグまたは従量式人工呼吸器から供給される空気を吸い、声門を閉じてまた息を止める。そしてまた空気を吸い、最大強制吸気量(MIC)に到達するまでこれを繰り返す。これを「息溜め(air stacking)」という。最大強制吸気量は息溜めのできる空気の最大量であり、肺の中に溜められて肺活量計の中に吐き出される空気の最大量である。
図21


 舌咽頭呼吸(カエル呼吸)

 それから、まったく道具を使わない方法として舌咽頭(ゼツイントウ)呼吸(GPB)があります〔図22〕。「カエル呼吸」とも言われています。実は私のネクタイの模様は細かいカエルの模様が描かれています。カエルは横隔膜がないので、喉を動かして呼吸をしています。

22. 最大強制吸気量に到達するもうひとつの方法は舌咽頭呼吸(GPB)である。舌咽頭呼吸は図のように息を吸い込んで肺に入れることである。いっしょにやってみてほしいが、このとき横隔膜や首から下の筋肉を使ってはいけない。球筋群(喉咽頭筋を含む頭と首の筋群)が損なわれていないSCI患者は舌咽頭呼吸に最適であり、これを覚えて人工呼吸器を使わずに呼吸することができる可能性も大きい。
舌咽頭呼吸(GPB)指導の要約
(まず息を吐ききる。図中の○印は空気の塊が移動する様子)
図22
第1段階  
舌、下顎、喉頭を下げ、口腔と喉頭一杯に空気を取り入れる。咽頭は閉じておくこと。多量の空気を取り入れるには、唇を「ウープ(oop)」と発音する形にするとよい。
第2段階 
唇を閉じ、軟口蓋を挙上して、空気をとらえる。「アー(ah)」や「クー(coo)」と発音するような気持ちで行うとよい。鼻から空気を漏らさないこと。
第3段階 
ここで喉頭を開ける。下顎、舌など口腔下部、喉頭を挙上する。同時に舌を動かして、空気を喉頭から気管へ押し込む。
第4段階 
できるだけ多量の空気を喉頭から気管へ押し込んだ後、喉頭蓋を閉じ、第1段階に戻って繰り返す用意をする。舌は後方に引っ込める。口腔は「アップ(up)」と言うような動きをする。


 舌咽頭呼吸では、肺活量がゼロの方でも3000ccまで息が入ります。ぜひ皆さんに今、この方法を習得していただきたいと思います。首から下の筋肉や横隔膜は使わないでいてください。リラックスしてください。もう息を吐ききってしまってください。15回、喉のあたりの筋肉を使ってやってみてください。そしてそれをフーと吐いてください。そうやって吐いた空気は皆さんがカエル呼吸で得られた空気だと思ってください。準備ができれば、皆さんといっしょにやってみましょう。ハーと吐いて。

 皆さん、だいたいちゃんとできていました。誰か最後に息がフーと出てこなかった人はいませんか。その方にはスペシャルコーチをします。

 最後に吐いたときにちゃんと息が出てきましたか。皆さん、すごく上手ですね。横隔膜は使わないでください。首から下は完全にリラックスしてダラーンとしてください。

 ゲーと吐くときに使う筋肉を使う感じですかね。この呼吸法はポリオ(小児マヒ)で肺活量がゼロになった方が1950年、60年代に自分たちで見出した方法です。それをニューヨークのドクターたちがみつけて記載したのが舌咽頭呼吸法の始まりです。

 もし流量計があれば吐いた量を測ってどれくらい入ったかが分かるのですが。ノーマルの人は判定できないのですが、肺活量がけっこう下がっている人であれば、肺活量が500ccの方に今のように舌咽頭呼吸をしてもらって、それが800ccだとか1000ccもしくは1500cc、中には3000ccまで達する人もいますが、そうするとカエル呼吸がうまくできているということが分かります。

 ただ、喉の筋肉を使ってエアを押し込むものですから、気管切開をしていると、気管切開口の周りからせっかく口から入れたエアが漏れてしまいますから、なかなかうまくカエル呼吸ができなくなってしまいます。

 舌咽頭呼吸ができれば、肺活量がゼロの方でも、呼吸器が故障したり回路がはずれても、何とか舌咽頭呼吸で換気ができます。しかし、気管切開している方の呼吸器が故障したり接続が外れると、そのとたんに息ができなくなります。

 ですから、気管切開している方は、いつ呼吸器が故障したりはずれたら心配だということがあると思いますが、肺活量がゼロでも気管切開チューブを取ってさえいれば、今のカエル呼吸をすることによって何分間、あるいは何十分間は息をすることができるようになります。肺活量ゼロで自発呼吸がまったくできない患者で、夜間の停電や器械の故障などで、呼吸器が急に止まったとして、患者は呼吸器が止まって苦しくなって起きるのではなくて、カエル呼吸ができるのであればカエル呼吸をしながら、自分がカエル呼吸をしていることに気づいて初めて起きることになります。

 肺活量がゼロで弁護士をしている方もおります。肺活量はゼロなのですが、日中は人工呼吸器を使わないで、裁判所に行ってちゃんと弁護活動をおこなっております。カエル呼吸で一日中過ごして弁護活動をしております。彼のカエル呼吸では1回に200ccにもなります。普通は1回量は50〜150ccと言われています。ですから3回カエル呼吸をすれば十分に話すことができます。

 この患者の肺活量は800ccですが、舌咽頭呼吸をすると2800cc、ほとんど3000ccまで深呼吸することができます〔図23〕。この患者は800ccだけ入るよりも1800ccまで入ると、叫ぶことも強い咳をすることもできて、肺と胸郭の可動域を広げて、肺と胸郭をより健康に保つことができます。それを呼吸器も救急バックも何も使わずに、今皆さんが学んだ舌咽頭呼吸だけでできてしまいます。

23. この患者の肺活量は800mlであるが、舌咽頭呼吸によってほぼ3リットルまで肺を膨張させることができる。これにより患者は深呼吸できるので、咳をし、叫び、肺を健康な状態に保つことができる。
図23

 この患者は1952年から肺活量がゼロなのですが、舌咽頭呼吸だけで1日中400ccくらいの換気をちゃんと保っております。51年間、気管切開をせずにカエル呼吸だけで過ごしてきております〔図24〕。こういう患者はこの方だけでなく結構たくさんおります。
 大事なことは、肺の可動域を維持する動作です。肺の可動域を維持するためには「息溜め」とカエル呼吸、深吸気が必要です。

24. この患者は、首から下の筋肉の機能が失われており、測定できるほどの肺活量はないが、昼間は舌咽頭呼吸によって生命を維持できる。呼吸筋の機能がないにもかかわらず、人工呼吸器を携帯する必要すらない。この患者は51年間ずっとこのような状態であり、気管切開チューブを付けたことはない。

 もし気管切開チューブを付けていれば、自力で呼吸することはできず、常に人工呼吸器の故障を心配しなければならなかっただろう。以前、睡眠中に人工呼吸器が故障したとき、彼は人工呼吸器が動いていないことに気づくよりも早く眠りから覚めて舌咽頭呼吸をしていた。
図24


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