講演会報告集 ページ3


 在宅向けの呼吸療法を

 大熊  第1部は「医療」を中心に進めましたので、後半は「生活」を中心に進めたいと思っています。 「人工呼吸器をつけると、もう声が出ないんだ」という常識について、最初に話してみたいと思います。その常識を覆す情報を最初に日本にもたらしたのがいちばん前にいらっしゃる成瀬さんだという話を、この間、松井さんからうかがいました。

 松井さん、その話をしてくださいますか。

 松井  現在でも、日本ではかなりの医療関係者の方が、気管切開をしていると声が出ない、話せないと思い込んでいる状況があります。私も10年ぐらい前は、人工呼吸器で気管切開していると声は出せないのだと思い込んでいました。でもそれでは、とても不便なんです。

 今、ロ−レンスさんのこれだけはっきりした声を聞いていると、ロ−レンスさんは普通の人ではないか、と思われます。外から見ても、姿勢もとてもよろしいし。皆さん、ロ−レンスさんの喉元をごらんください。ロ−レンスさんは、紛れもなく気管切開をされています。そして、ロ−レンスさんの気管切開部はとても小さいのです。日本では、いかにも呼吸器を使っているという感じで、呼吸回路がとても大きいのです。ロ−レンスさんのは切開部はとても小さいのですが、声は非常にはっきり出ます。

 そのことを日本に最初に伝えてくださったのが全国脊髄損傷者連合会で、カナダの自立生活会議(Independence 92) −−障害者の自立生活に関する会議−−に出席されました、こちらにいらっしゃる成瀬正次さんで、とても英語がお得意なんです。

 「バンク−バーへ行って、呼吸器を使っている人と話してきましたよ」と平然と言われるんですね。それでは、「呼吸器を使っている人の喉元はどうでしたか」と聞くと、「喉元には穴があいていて、呼吸器の回路が見えたけれども、そういう人が話をしていた」というので、どうして話せるんですか、ということから始まったのです。成瀬さんは、どうしてか分からないけれども、とにかく話せるんだ、ということでした。それで、そのとき成瀬さんに紹介していただいて、ロ−レンスさんも活躍していらっしゃる「ブリティッシュ・コロンビア州脊髄損傷者協会」(BCPA)に手紙を出しました。

 そして、そこで専門家のアイリ−ンさんという、ナ−スで呼吸療法士の方を紹介していただき、スピーキングバルブを送っていただきました。それは、アメリカの筋ジスの方がご自分の経験から開発した外づけのスピ−キングバルブで、それをつけると、気管切開をしていても声が出せるという装置でした。今、ロ−レンスさんはスピ−キングバルブを使わないで話をしています。

 その後、私がバンク−バ−へ行ったところ、ほとんどの人はスピ−キングバルブを使わずに話しています。それはなぜかというと、バンク−バでは、この人はずうっと呼吸器が必要だという診断をすると、話すことは人間の生活にとって基本的な条件なので、話せるようにということで、長期用のカニュ−レを使うことになります。それは、空気が声帯に流れるような形になっています。専門的に言えば、「カフなしのカニュ−レ」を使って声が出せるということです。日本でも、スピ−キングバブルを使って声が出せるようになった方がいらっしゃいます。

 大熊  今日は会場に昭和大学藤が丘リハビリテ−ション病院・リハビリテ−ション科の笠井史人さんがいらっしゃっています。このあたりのことを、お医者さんの立場からお話くださいますか。

 笠井  私も、何年か前から高位頸髄損傷の患者さんに携わるようになりました。私も当初は、人工呼吸器をつけているとしゃべれないという、一般のドクタ−と同じような認識を持っておりました。松井先生のお話にもありましたように、スピ−キングバルブをとりつけると、非常にきれいな発声ができるようになります。ただ、こういったものが、あっという間に日本の中で普及しづらい環境にあるというのも、いろいろな今までの経験の中で感じてきたことです。

 というのは、このスピ−キングバルブを使うときは、先ほどのお話にもありましたが、カニュ−レにカフのないものを使う、もしくは、カフつきのカニュ−レの場合は、カフの空気を抜きます。そうすると、ベンチレ−タから送り込んだ空気は基本的には肺に行きますが、返ってくる空気はベンチレ−タのほうには来なくて、上のほう、つまり声帯のほうへ流れていきます。これは、ICUでの人工呼吸器の管理からすると、いわゆる「リ−ク」という言葉を使いますが、洩れです。空気の洩れを使ってしゃべるわけですから、いわゆるICUでベンチレ−タを使っている場合では、基本的に送り込んだ空気が送り込んだ分だけ返ってこない。つまり洩れているということで、その状態でしゃべっているということは、危険であるということにつながってきてしまうんです。

 それは、当然のごとく危険なわけはないのですが、実際には問題になる点もあります。つまり、送り込んだ空気が必ずしも 100パーセント肺に行っているという保証はないのです。つまり、 100パーセントの保証がほしいために、ICUでカフなしのカニュ−レを使うことは、日本の医療ではほとんどありません。

 つまり、どこに問題点があるかというと、ベンチレ−タはICUで使うものだというイメ−ジがどうしてもぬぐいきれない部分が、こういったところにも影響がきているのではないかと思います。 実際のところ、先ほどのビデオにも出ておられたクリストファ−・リ−ブさんはしっかりとした発声をして、テレビにも出ておられるというようなことが、先進国では当然のごとくなっている。この面で日本が立ち遅れているのは、やはり、どうしてもベンチレ−タがICUから出ていくということが、医師の中でも広まっていない部分だと思います。

 大熊  先ほど平岡さんが、日本のお医者さんはいろいろ知らぬ、無知蒙昧で、とおっしゃったかどうか、もうちょっと上品におっしゃったと思いますが、問題点が多いと言ってもいいかしらとおっしゃいましたので、どうぞ。

 平岡   別に自分の病院のことに限定した話ではなくて、いろいろなところで皆さんも経験されていると思います。最初に皆さんが出会うのはお医者さんだと思うのですが、その時の一言というのは、多分、後までずうっと影響が大きいのではないかと思います。その最初に出会った方が、患者さんの生活まで考えて、今何をすべきか、というのをしてくださるかというと、なかなか現状ではそれが難しい。

 例えば、救命センタ−に入院したときに、呼吸リハができるPTがいるのに、担当のドクタ−が、呼吸リハを導入するという意味を十分に理解できないまま、従前の急性期医療しかしなかったために、救命センタ−の中で肺炎を起こしてしまい、治療が長引いてしまったために、後々までいろいろな影響を残すということがあります。

 患者さんを受け入れたら、まずどういうプログラムにのっとって、今ここで何をすべきかという問題を整理して、それをきちんと次につなげるために自分がどう働けばいいのかということが、まだ、さまざまな医療の現場でできていないのではないか、という気がしております。

 そういうときに理想としては、ロ−レンスさんがピアカウンセリングをしていらっしゃるように、ドクタ−に見せる、あるいは医療スタッフに見せるという意味も含めて、呼吸器をつけている、あるいは頸損で非常に重い状態でありながらも当事者の方が車椅子あるいは自動車に乗って病院にお見舞いに来るという簡単なことでも、それは医療スタッフに対してのかなり大きなアピ−ルになります。

 私どものところは近くに頸損の方も住んでいらっしゃるので、頸損の方が入院なさって、いずれは家へ帰りたいという話をしたときに、患者さんのためというよりは、病棟スタッフのためにぜひお見舞いに来て、自分はどういう経験をしたかということをおりに触れてお話してほしいということをお願いして、快く来ていただいております。できればそういうものもピアカウンセリングのような一つの地域ケアシステムの中に位置づけて、地域の救命センタ−とか、いくつかの病院との連携システムを協力してお互いにつくっていければ、たいへんありがたいと思っております。

 大熊  笠井先生が話してくださいましたが、みんながこのようになるといいなということですね。それでは医療を少し離れ、生活をどうやって支えているかということで話を進めて行きます。桝屋さん、お話しください。

 桝屋  笠井先生にお聞きしたいのですが、私も、ベンチレ−タをつけた方を随分いろいろな形で見ているのですが、今のような会話ができるようなセッティングというのは、先ほどのスピ−キングバルブの話も含めて、できる方とできない方があるのでしょうか。そのへんの線引きというのは、障害の状態でどのように整理するのでしょうか。

 笠井  やはり、基本的にはベンチレ−タの仕組み上、送った空気が 100パーセント肺に行って、それが 100パーセント出てくることを確認できてこそ、安全が確保されるという部分があると思います。

 つまり、この人にはこれだけの換気量がなければ呼吸不全に陥るという設定が、医療的に必要な場合は仕方がないと思います。でも、こういう方は当然、ICUで管理されなければならない方です。このようなスピ−キングバルブをつけて在宅に移る方というのは、そういうところを脱した方、つまりある程度安定している方に適用しているのが事実です。

 その場合の設定としては、1回の換気量をふやすということを行います。これは当然のことなのですが、リ−クがある状態でベンチレ−タを使うので、リ−ク分を見越して1回換気量を多めに設定します。そうすると、スピ−キングバルブを使わなくても、送り込んだ空気のリ−クでしゃべることができるので、実際のところスピ−キングバルブは必ず必要なものではありません。むしろ、逆にこれは1方弁なので、問題がある場合はそこで肺の圧力を高めてしまうこともあります。だから、1回の換気量の調整で、バルブがなくてもしゃべることができるというものです。


 コミュニケーションが取れる呼吸療法を

 ロ−レンス  これは、私にとって興味深いことなので、笠井先生にお話しいただいてとてもうれしいのですが、ICUでの状況は随分違います。つまり、ICUでは非常に重篤な状態にある患者さんを診ているわけですから、ドクタ−は入った量と出た量を、医学的に測定したいわけです。

 しかしながら、医学的に安定な状態になっていちばん重要なのが、コミュニケ−ションです。呼吸器に依存している方々は、いろいろなコミュニケ−ションの方法を失っている人ですから、コミュニケ−ションが取れなければいけません。声が出せる、話ができるということが、基本的に非常に必要になるわけです。ICUで働いている方々にとっては、1回換気量の入る量と出る量を測定したほうが非常にやりやすいのですが、私たちは急性期を過ぎてからの生活を考えているのです。急性期を過ぎた場合の入っていく空気と出ていく空気を考えると、カフの部分を通って出なければいけないし、カフの部分のところも、正確に計りたいのであれば測定しなければならないでしょう。カフは空気がまるっきり声帯を通らないようにしているわけですから、入った空気と出ていく空気の量は同じですが、話すためには
空気が声帯を通らなければいけないのです。

 私が受傷した当初、カフの問題が大きくありました。私の体は麻痺していましたし、こういう機械を体につけられ、そのような施設にいました。

 そればかりではなく、私はしゃべることができませんでした。どういうことをしてほしいということを、誰にも伝えることができないので、まわりの人は私が言いたいことを一生懸命想像して、読み取ろうとしていました。だからこれから、どんなに愛していようとも、それを伝えることができない暮らしになるんだろうか、と思いました。でも、カフをとってもらったら話せるようになり、声も出せるようになりました。それはまるで新しい人生のようでした。

 私の呼吸器の換気量は、カフアップで 500でした。カフダウンにしたときは、ちょっと空気が足りないのではないかと思いました。たくさん洩れているので少しずつ換気量を上げていったら、呼吸も話しもできるようになりました。呼吸も話しもできることは、とてもすばらしい組み合わせです。

 私の国では、呼吸器をつけているのに話せないという人はおりません。C1の方を除いては話しができます。呼吸器に依存している方が声帯に空気を通して話さなければいけないときは、ちょっと間隔をおいてから次の言葉を出します。でも、今の先生のお話しをうかがって、非常によく理解してくださっていることが分かったので、とてもうれしかったです。

 生活の質というのは、機能的に、いろいろな身体的な面での測定をするばかりではなく、コミニケ−ションがとれて、そこに出かけることができるということなのです。だから、松井先生がおっしゃられたように、ICU以外では、カフ使用はそんなにいいものではないということです。

 私は、サイズ8のトリックインということでやってきましたが、今はサイズ4になりました。つまり、みなさんの親指よりも少し大きいくらいのサイズから、小指くらいのサイズにダウンしてきたので、たくさんの空気が声帯を通ります。だから、医師のみなさんにも、これだけの空気が声帯を通ることによって声が出るということを、理解していただくことが必要だと思っています。つまり医師の方々は、患者さんの生活の質を上げたいという理解は非常にあるのですが、どうすればそれが可能になるかということが、まだ分かっていない方がおられるということです。

 きょうはお越しいただいて、いろいろと教えていただきましてありがとうございました。

 1つ質問したいのですが、先ほど、看護学校で教えていらっしゃるという神奈川リハビリセンタ−の方が、C1の方を在宅に戻すことができたとおっしゃいましたね。在宅になったことはとてもうれしいのですが、その患者さんのヘルパ−さんとかケアの内容なんですが、公共の負担で、ケアしてくださる方がきちんといて、在宅生活しているということでしょうか。在宅で、生活の質もある程度確保できている暮らしであればうれしいんですが、どうでしょうか。

 宮内  ロ−レンスさんが京都でお会いになった方のお写真をきょう差し上げましたが、彼女がその人です。お分かりでしょうか、京都でお会いしています。

 彼女が昨年の2月26日に退院されたのは、受傷して11ヵ月のことです。アメリカで受傷した直後に処置をされて、1ヵ月以内に日本の総合病院に移りました。そこから神奈川リハビリ病院に来るまでに4ヵ月ほど時間を要したのですが、その病院のドクタ−から私どもの病院のドクタ−のほうに連絡が来たので、リハビリテ−ションのケ−スワ−カ−、看護婦の代表として私、そしてリハビリ科のドクタ−とPTとの4人で、チ−ムを組んで訪問しました。 その後、うちの病院の役割として何ができるか、ICUの婦長とICUの麻酔科のドクタ−、そのほか病院でチ−ムを組み、カンファレンスを何回か持ってから、彼女を受け入れました。受け入れたのは8月の末で、ICUに1週間ほどおられましたが、すぐに私がいる病棟に来ていただきました。

 ハ−ド面としては、スタッフコ−ルという看護婦を緊急用に呼ぶコ−ルはあるのですが、私たちも正直いって初めてのケ−スだったので、呼吸器が何かの関係で切断したときに鳴るようにナ−スコ−ルに直接接続しました。それから、舌タッチのナ−スコ−ルがなかったので、舌タッチ・ナ−スコ−ルを準備して、彼女を迎え入れました。

 その前に、非常に正直なところ、ソフト面の問題として私たち看護婦はICUのようなトレ−ニングされているナ−スではありませんので、何かトラブルがあったらどうしようという恐怖感はものすごくありました。頚損になってからのクリストファー・リーブの呼吸器をつけて、トラブルのおきたビデオも見ながら、もし呼吸器にトラブルが起きたらこうなるのだというところまで見て考え、シュミレーションをし、私たちは彼女を迎え入れました。

 「家族指導」と私たちは言っていますが、お母様のほうに、いろいろな生活指導やカニュ−レ交換の仕方、それから非常時のアンビュ−バッグの使い方、呼吸器をどのように扱うか、呼吸器の管理の方法、回路の交換の方法まで全て指導しました。

 同時に、ケースワ−カ−に地域の方に連絡してもらい、公のもので何が使えるかを、まず考えてもらっています。彼女の家は厚木市なので、厚木市の担当の方と相談しながら、地域として何が使えるか、どういうものがあるかということで、ヘルパ−や訪問看護ステ−ションなどいろいろなところをチェックしていただき、どこで診ていただくかを相談します。それが決定したところで、今やっている看護を在宅に継続するために、そこのナ−スに何回か来ていただきました。

 それから、公ではありませんが、隣の平塚市に有料の看護ボランティアがありまして、公の援助だけでは足りないと家族が感じた場合、必要に応じて対応できるよう連絡し、看護の継続をはかりました。ヘルパ−の人たちや入浴サ−ビスの方たちにも来ていただき、私たちが入浴を提供しているところを見ていただきました。

 私の病院はリハビリテ−ション病院なので、救急の体制はありません。緊急時は以前の病院で対応していただけることになりました。退院前には、緊急時に対応する病院と私どもの病院、それから訪問看護ステ−ション、ヘルパ−ほか、C1の患者様をとりまくスタッフが全部1ヵ所に集まっていただいて役割の確認をいたしました。コーディネートは当院のケ−スワ−カ−にしていただきました。

 大熊  それよりも、結果として、今その方をヘルパ−さんがどういう体制で見ていて、家族はどんなふうに見ているのでしょう。

 宮内 今は週に3回、訪問看護ステ−ションのナースが入ってくれています。入浴サ−ビスは週に1回です。お母さんの都合でいろいろ時間等は変わりますが、ヘル−パ−さんも週に1、2度入っています。後はいろいろな形でボランティアの方たちや、そばにある看護学校等の方たちが、時々行って見てくださっています。それから、先だっては私自身もボランティアとして7時間ほど時間を提供して、お母さんに休んでもらったりしました。先日のように京都まで行くぐらいの外出もでき、桜を見に行ったりもしました。公共のサービスで現在使えるものは、最大限使っているはずです。

 大熊  しゃべることはできますか。

 宮内  お話しすることはできます。先ほど言われたように、カフのエアを抜いてお話しています。

 ロ−レンス  C1レベルという重い障害の方が、リハビリの結果、コミュニティにまた戻って来られたということをお聞きしてうれしいです。ただバンク−バ−の場合は、政府負担のいろいろなヘルパ−のサ−ビスがない状況で退院することは、失敗と見なされます。今お話しの患者さんが家に帰っていろいろなことができるということは非常にうれしいのですが、例えばバンク−バ−では公共の負担によるヘルパ−の方々は、1日10時間ということで仕事をしています。それくらいの内容のケアがなければいけないと思うのですが、これはだれが責任を持ってするべきことなのでしょうか。母は母であり、父は父、弟は弟、ケアをする方はまた別の方です。


 ヘルパーとの関係

 大熊  ありがとうございました。では、そのケアの見本としてローレンスさんのヘルパ−さん語っていただきたいのですが、今はちょっとおられませんね。

 ロ−レンス  こちらにいるのはブリティッシュ・コロンビア州の北部に住んでおります、私の弟ロドニ−です。もう一人一緒に来ている女性は、エスメラルダという私のアテンダントといいますか、ヘルパ−をしてくださる方です。

 私は、自分のニ−ズにあったことをしてもらうために、アテンダントを自分で教育します。リハビリテ−ションセンタ−で受傷したばかりの方々を教えるのは私たちですから、私たちがいちばんよくニ−ズをわかっているわけです。だから、自分で雇う方は、自分のニ−ズをアテンダントに伝えて、教えていくべきです。

 リハビリテ−ションということから言うと、自分の体についてよく知らなければいけない、自分の体のことを人に話して教えることができなければいけない。つまり、雇用主であると共にマネ−ジャ−でもあるという二つの役割を持つわけです。だから脊髄損傷となった方々にとって、リハビリセンタ−ではこのことを身に付けることが非常に大事です。自分で独立した、自立したライフスタイルが送れるように、ということを意図しております。だから、上手に教えれば、アテンダントの方も上手に学んでいろいろなことがよくできるようになります。アテンダントはお世話をしてくれるためにいるのではなく、助けてくれるためにいるのです。あなたが自分のニ−ズが満たせるように、そこでサポ−トするための人です。

 いろいろな医学的な観点からいうと、アテンダントはケアをする人ということになるかもしれません。しかし、病院の状況と在宅の状況は違います。在宅においては、完全に自立したライフスタイルが送れるように、そのヘルプをするのがアテンダントです。退院して初めてコミュニティ−に戻ったときは、私はICUで訓練を受けたナ−スがいいと思いました。いろいろと面倒を見てもらわなければいけないからと思ったのです。でもすぐに、そういう人はいちばんほしくないのだということがわかりました。

 態度がよくて、非常に学ぶ意欲があって、一緒にいて楽しい方がいい。例えば、自分の右手と左手が一緒にいるのを嫌がったらとても困りますよね。だから、私がアテンダントを採用するときは、医学的な経験は全く問題にしません。学びたいという態度があるか、一緒に居て楽しいかどうかを基準に選びます。


 ヘルパーは自分で選ぶ

 大熊  では私の撮ったスライドで、世界の状況を見ていただこうと思います。

 <1> これはカナダの「ノ−ブルハウス」というところです。松井さん、ノ−ブルハウスのことを紹介してくださいますか。ここにはポリオの後遺症の方もおります。

 松井  ノ−ブルハウスは、ロ−レンスさんたちが最初に地域で自立生活を始めたクリ−クビュ−というベンチレ−タ使用者のグル−プホ−ムの次、2番目にできたグル−プホ−ムです。

 まずクリ−クビュ−のグループホームで、ロ−レンスさんたちが地域で安全に暮らし、なおかつ経済的にも非常に効率的な生活ができることを実証した。その5年後に、もっと重度な人たち−−進行性疾患でかつ呼吸器を必要とする人たちのグル−プホ−ムを建設することになり、それがこのノ−ブルハウスです。

 ここに住むジャネットさんは気管切開をして40年になりますが、大変おしゃれな方で、姿勢もとてもいいですね。そして、すてきなスカ−フをパンタロンと対にしてつけていますが、これは単なるおしゃれではありません。気管切開しているので、呼吸回路が見えないようにカモフラ−ジュの役割もしています。皆さん、ジャネットさんをごらんになって呼吸器を使っている人に見えますか、呼吸回路が見えないでしょう。非常にラフな上着の下に、胸元がちょっとふくらんでいますね。ここに呼吸回路が入っています。そして、座席の下がベンチレ−タです。ジャネットさんは、ほとんど24時間、人工呼吸器が必要な方です。

 大熊  5年ぐらい前でしたか、私は偶然そこで松井さんと会ったのです。ジャネットさんは人工呼吸器を使っていますが、英語がよくしゃべれない移民のために、電話で英語を教えてあげるというボランティア活動をしておられました。ノ−ブルハウスのすべての階が人工呼吸器を使っている人の部屋ではなくて、一般の住宅街の中にこの建物が溶け込んでいて、別な階には一般の人も暮らしているので、屋上でいろいろな人と混じり合っておしゃべりしているようでした。

 <2> この方はンマ−クのクラウス・バックさんという人で、日本に来たときは、先ほど話題に出た成瀬さんがあちこち案内してくださいました。後ろにベンチレ−タを積んでいます。デュシャンヌ型のジストロフィ−です。バックさんは、今ロ−レンスさんがおっしゃったのと同じように、自分の家で気の合うヘルパ−さんを選んで生活しています。お金は国と自治体から半々出て、自分の負担はありません。

 コ−ヒ−などを飲むときのも、なるべく自分のペ−スで飲めるように、カップの下におそろいの上げ底になるような感じに皿をそろえています。そして、喉のところにやっぱりおしゃれなスカ−フをして、そこに気管切開してあるというわけです。

 <3> これは、日本ではかなり有名な方で、NHKなどにも取り上げられたことのある筋ジストロフィーの方です。パソコン通信で看護婦さんと恋をして結婚したという話題の主であります。筋ジストロフィーや人工呼吸器をつけている人はベッドに寝ているもの、という常識の中に今までは生きていました。

 <4> 先ほどのデンマ−クのクラウス・バックさんのように、自分の家で、自分が選んだヘルパ−さんの助けで暮らせるというようなシステムは、オ−フス方式といって、このエ−バルト・クロ−ドさんがつくり上げたものです。この車椅子もなかなかおしゃれで、王様の玉座のような感じで、色も自分で選べるということでした。車椅子の高さもいろいろ変わります。日本に講演旅行に来ていただいたときも、夜はベンチレ−タを使い、昼間も途中、途中で呼吸器を補助的に使っています。このヘルパ−さんは、彼がギタ−が上手な音楽学校出なので、その点を買われてヘルパ−さんになりました。

 ダイアナ妃をもっときれいにしたようなこの方もヘルパ−さんです。彼女は通訳志望の人でした。本当におしゃれで、毎日お色直しをしていました。このヘルパ−さんは車のエンジニアなので、クラウス・バックさんが筋ジストロフィ−・ヨ−ロッパ協会の会長として動き回るのに、非常に車に堪能なのでいい、ということで選ばれました。スライドは霞が関ビルの上のほうにあるレストランでのものですが、彼が少しでも手が動かせるように、このヘルパ−さんが「お皿を10枚持って来てね」レストランの人に言って、即席で補助器具をつくってしまいました。

 <5> これも同じデンマ−クですけれども、お歳を召した方のヘルパ−さんは、自分で選ぶというよりも、市町村が責任を持って派遣してきます。自立して暮らしたい人たちの場合は自分で選ぶのですが、お金は公的に保証されています。日本では、先ほど神奈リハから出られた方がたくさんのボランティアの支えで生活するというお話が出ましたけれども、そう誰でも彼でもボランティアさんが助けてくれるというわけにもいかないので、こういうところで過ごすということになってしまいます。

 <6> これは、イギリスの有名な物理学者でALSの、ホ−キングさんです。

 <7> これは、フィンランドのキョンキョラさんという国会議員の方ですが、夜は呼吸装置を使っています。 このようにロ−レンスさんのお話にもありましたが、カナダでは、自分と気が合う、一緒にいると楽しいというヘルパ−さんを雇うことができる。そして、そのやり方はご本人が決めていく。この公的に保証されているという仕組みは、どこかの国にたまたまあるものではなく、先進国と呼ばれるところでは、今や常識になりつつあるということをお見せしました。

 今、ごらんになって、日本ではこういうふうにしたいという希望がありましたら、大濱さんからお話しください。


 障害者が介護者を雇うことへ

 大濱  まず、私自身のアテンダントの話をします。私の場合も、私自身で募集して選びました。やはり私と気の合う方、今私の後ろにおりますが、彼女はプロの歌手を目指しているようです。それはちょっと余談ですが、そういう何人かのアテンダントを私自身が選んで、区のほうに登録して、区のほうから彼女たちに支払いが行くというようなシステムがありますが、それには上限がありとても足りない。

 今、副大臣がきておられますが、厚生労働省では「ヘルパー派遣の給付額の上限を撤廃しなさい」という通知を各市町村に出しております。しかし実際問題として、国は2分の1、後の半分を各市町村が持つわけですが、それを実行している市町村は大変少なくて、まだ全国で数えるぐらい、20〜30ぐらいの市町村という程度です。

 私の住んでいる街でもやはり上限があり、「上限を撤廃してください、厚生労働省では上限を撤廃しなさいといっているのですよ」というお話しを毎月1回ぐらいはしています。それで、この6月中にはなんとか上限を撤廃するような方向で話してきています。

 それから、昨年度、私たちの団体では、在宅の重度の頚髄損傷者がどれぐらいの介護時間が必要なのかという調査を全国で実施しました。(『在宅高位脊髄損傷者の介護に関する実態調査報告書』として、2001年春に刊行)。

 その結果、人工呼吸器をつけているC4レベル以上では1日に27時間。これは最低の数字だと思うのですが、1日に27時間から30時間の介護量が必要だという数字が出ています。C4レベルでは24時間、C5、C6、C7というように次第に介護量が減ってきます。人工呼吸器使用者の場合は、30時間前後の介護量が必要になります。なぜかというと、私もそうなのですが、入浴時にはやはり2人とか3人の介護者が必要です。私たちは常に排泄の問題を抱えており、排便のときも、やはり2人とか3人の介護者が必要です。

 ここで若干医療のことに触れますが、私自身は、医療行為として禁止されている膀胱瘻についている管の交換−−これはカテ−テルが入っているのですが−−もアテンダントにしてもらっています。それから、摘便についても医療行為ということで法律的には禁止されているんですが、何度か訪問看護婦に手伝ってもらい、やり方を教えていただいた後は、アテンダントにしていただいております。

 したがって、私もロ−レンスさんと同様に、全く介護についての知識のない人で、むしろ私と気が合う人に教えて、やってもらった方が気が楽ですし、実際にいい介護をしてもらっています。その人が本当にどれぐらい介護をすることに興味があるかで私たちの介護は決まってきますので、やはり自分自身で介護者を探すということが、本当に必要だと思います。

 それから、ロ−レンスさんの話を聞いて思ったのは、ダイレクト・ペイメント(介護給付を直接当事者に支払う)のことです。ここに桝屋先生がおられるのでお話ししたいのですが、ぜひ日本でも、自己責任において、私たち自身が雇用主になってアテンダントを雇う直接支払いの形態をぜひやっていただきたいと思います。特に、2003年度から障害者の支援費制度ができるということで準備をしているようなので、その中でこの方式を取り入れていくことを積極的に考えていただきたい、という点が1点です。


 障害者と介護保険制度

 ちょっと長くなりますが、介護保険との絡みについてここで述べさせてください。

 2000年度から日本で介護保険制度が導入されましたが、障害者についてかなり混乱している状況があります。身体障害者でも65歳以上になると介護保険だよ、身障者制度ではないんだよ、というような扱いが各市町村でかなりされています。65歳以上の障害者の方に、「あなたは日常生活用具をレンタルにしなさい」というようなことを、市町村ではかなり言っています。よく情報を知らない人たちは、「ああ、そうなんですか、困りました、私は今までの車椅子は使えないんですか」ということで、かなり戸惑っているのが現状です。

 私たちは、「介護保険優先」という言葉は身体障害者についてはできればはずしていただいたほうがいいのではないかと思います。身体障害者福祉法という従来の法律があるのであれば、障害者には身体障害者福祉法をちゃんと適用して、死ぬまで保障してほしいということです。

 やはり介護保険というのは、高齢者のための保険制度であって、加齢で本当に介護が必要な人が保険制度を利用する。ところが障害者の場合は、例えば80歳でも健康な人は介護はいらないわけですから、当然介護保険の適用は受けないわけです。70歳になっても80歳になってもぴんぴんしてあっちこっちに飛び回っている障害者もいっぱいいます。ここに来ている脊損連合会の前会長の荻野さんはもう70歳を過ぎていると思うのですが、本当に元気で、今日も写真を撮ってもらって手伝ってもらっています。ねえ、荻野さん。

 荻野  脊損連合会の<青年部>におります。

 大濱  それぐらいお元気です。彼も介護保険の対象だということで、車椅子はレンタルでいいんじゃないかと言われたそうです。荻野さんにはいろいろな知識があったので、「私はこのまま身体障害者福祉法でいいはずですよ、そういう通達がちゃんと厚生労働省から出ているじゃないですか」と言って、普通にオ−ダ−メイドの車椅子を使っているというのが現状です。

 そういう混乱を防ぐためにも、介護保険と身障関係の法律を全く切り離して、本当に介護保険が必要な場合は、自分たちでチョイスできると、この部分は介護保険を入れてくださいと。

 私たちは保険料を払わないというわけではなくて、高齢者を支えるために保険料を払ってもいいと、私は個人的には思っています。普通に保険料を払ってもいいから、65歳を超えたら介護保険と身体障害者福祉法のどちらを選ぶか、自分たちで判断できるシステムを取り入れていただきたいと思っています。これは桝屋先生のいるところで、ぜひお願いしたいと思っております。

 大熊  多分、このことでいちばん知識があるのは……普通は副大臣というのは何も知らないはずなのですが、珍しいことにこの副大臣はよくご存じなので、今のことも全部ご理解いただいたと思います。今、差し当たり言えることだけでも結構ですからどうぞ。

 桝屋  それでは、いちばん悩ましい話がいよいよ出ましたので、副大臣というより個人的な立場で申し上げます。

 先ほどのロ−レンスさんの話を聞いて一つ感じたことは、重度の障害者の方々が、ベンチレ−タをつけて、なおかつ自分で独立したライフスタイルを確保したいというお気持ちの中で、ヘルパ−さんを自分で雇って、自分でトレ−ニングし、自分で教育をすると。変に知識がなくてもいいから、本当に気持ちが相通ずる人がいいというのは痛いほど分かります。しかし、その言葉は極めて重たい言葉であり、わが国の今のホ−ムヘルパ−制度とは、ずいぶん距離のある話です。ただ、ローレンスさんのお話を聞いて、私は頭を金槌でぶん殴られたような気がしており、ちょっと研究しなければならんな、というふうに思っております。

 と申しますのは、今、大濱さんからご指摘がありましたが、介護保険が始まり、これも動いているのですが、わが国の介護労働者の働く形態として今介護保険でやっているのは、「請負い」です。利用者の指示ではなく、派遣をする側の指示でもってホ−ムヘルプサ−ビスを実施するという形でないと、介護保険の対象にならないということがあります。そのいちばん対極にあるのが、わが国の労働法制では職業紹介ということで、自分で家政婦さんを雇うという形態があります。

 その中間型で、これからは恐らく労働者を派遣するということは、先ほどロ−レンスさんがおっしゃったように、身分は派遣元の会社の従業員ですが業務はヘルパ−を利用される方の指示に従うという形であり、これは重度の障害者の方には必要ではないかと感じております。一気にはいかないにしても、これからはそういうことを思い切って検討していかなければならないのではないか、と感じました。

 大濱さんからのご指摘がありましたように、平成15年には身体障害者に対する政策が変わります。今はその仕込みをやっている最中ですが、今日はそういう意味でも極めていいご指摘をいただきましたので、私も以前から疑問に思っている点でしたから、自分の仕事としてやってみたいなと思います。今日はもう1人国会議員、黒岩ちずこさんが参加しておられまして、迂闊なことを言うと即、来週国会で私は追求されて、「おまえはああ言ったではないか」と言われるわけです。言われても結構ですが、ぜひこれは研究したいと。 介護保険が始まってからの混乱は、痛いほど感じています。国会でも多くの議員の方からご指摘をいただいており、その都度分かったような答弁をしておりますが、実態としては大変に困っていると。

 今、65歳以上の障害者の場合、介護保険と身体障害者福祉法とどちらが優先なのかという話がありました。実は、私はALSの方が介護保険の対象になったことを一時は喜んだ一人ですが、その喜びは、実はあまり分かっていなかったということを今感じております。しかし、今の制度としては、いいところもあるわけですから、ぜひ、どちらが優先なのかということを、きちっと取り組みたいと思います。介護保険も、3年後の平成15年には全部見直しをするということがありますから、皆さんのご指摘をいただいて頑張ろうと思います。

 ただ、ロ−レンスさんがおっしゃった1日10時間、最低でも10時間とおっしゃいましたが、それぐらいのサ−ビス量が確保できる日本の国にしたいというのは、私も同感です。厚生労働省は、ヘルパーの利用制限はありませんと言いますが、実態は大濱さんのいわれる通りです。実際に現場に行くと、ない袖は振れないという状況があります。これも小泉体制の下で、必要なところには必要なお金をしっかりと回していただくように、総理にもお願いをしようと決意いたしました。だんだん小さい声になりますが、頑張りたいと思います。

 大熊  日本の中でも全くそういう制度がないわけではなくて、東京都田無市(現、西東京市)の田無方式とか、立川方式とか、要するに、すごく頑張る障害を持った人がいるところでは、介護実態に即した天井なしに近いぐらいの給付ができていますが、行政との「戦い」があまりにも大変で、高橋治さん(元、自立生活センター事務局長)のように亡くなってしまうとか、そういう累々たる犠牲者の下にカナダなみの介護保障というようなものが一部の自治体レベルではできています。今ここでご紹介したような自治体でも、お年寄りのための制度と、障害を持っている人が自分で雇用してプランできるという制度が並立して存在することができるので、どちらかに統一する必要は全くないのではないか、という気がしています。

 例えばデンマ−クの場合は、学校へ通っている人、職業を持っている人、それからボランティア組織といいますか、例えばせきずい基金の組織の会長さんであるとか、そういう人は現実に自分で選んだ人をどのくらいのお金でとか、どのくらいの勤務でとか、やりくりしてやっています。ですから、これくらいの知識と真心を持った副大臣が存在することは滅多にないので、ぜひ、その桝屋さんのいらっしゃる間になんとかしていただきたいというふうに思います。


 ヘルパーの「医療類似行為」

 桝屋  もう1点、私が悩んでいることで、ALSの方からも要望をいただいているんですが、ヘルパ−さんの医療類似行為の問題ですね。今日は笠井先生もいらっしゃいますが、医師法17条(非医師の医業禁止の規定)をどう考えるかということです。大濱さんがおっしゃったように、ご自分で雇われて、ご自分でヘルパ−さんを活用する場合に、排泄のときにもこれは医療行為に近い……。

 この前、おもしろいことがありました。人工呼吸器をつけた方が副大臣室に来られて、「ヘルパ−さんが痰を吸引することは、いけないんです、なんとかしてください」とものすごい勢いで怒られました。「あなたはどなたですか」といったら、「ヘルパ−です。やってはいけないのですけれども、やっています」とおっしゃっていました。医師法の解釈としてはやってはいけないということですが、厳格に考えていくと、「業」としてやっていなければいいという、わけのわからん議論です。

 ここにはお医者さんもいらっしゃいますし、いい加減にやってもいいとは思いませんが、今、特殊教育、盲・聾唖・養護学校の現場などで、医療行為の研究を実験的にやっていただいております。研究して3年になりますが、重度でない方については、必ずしも医療行為ではないという考え方も成り立つということがあります。これと合わせて、ヘルパ−さんの業務として一定のトレ−ニングを積み、一定の研究をされた方については、こういう仕事も生活行為としてできる道が模索できないかということを、今、大臣と共に悩んでいるということだけはご報告しておきたいと思います。

 大熊  ロ−レンスさん、カナダではどんな状況でしょうか。

 ロ−レンス  たくさんの大きな問題を同時にカバ−していますが、最後の点についてお話します。例えば、ナ−スもしくはドクタ−が痰の吸引を15分毎にしなければいけないというのは、ICUにおいての救命救急時のやり方です。だから、ベンチレ−ターをつけてコミュニティ−に戻っている人がICUと同じやり方をしなければいけないというのは、全く理屈に合わないのではないでしょうか。

 だから、最初のICUにいる救急の時期に、これはいいアイディアだ、と医師は思ったのだと思います。しかし、コミュニティ−に戻ってまでもそれをやるというのは、ばかげたことです。吸引がよく分かっていない人にとって、それはものすごく大変な、ICUでやるような重大なことになります。

 私の場合は、吸引のとき、ドクタ−からナ−スに吸引の仕方を教えてくださいと言いましたので、ドクタ−がその場を去ってから、こういうやり方なんですよ、と伝えました。私はコミュニティ−に戻ってから、私のヘルパ−に、どういうふうに交換したらいいのか教えました。その交換というのは、まるで衣服の着替えと同じで、何の不思議なことでもないし、ICUでやるようなことでもありません。1回出して、清潔であるかどうかをきちっと確認して、また戻すだけのことなのです。これをドクタ−に言ったら、ドクタ−はびっくり仰天してしまうでしょうが……。

 松井  ちょっとよろしいでしょうか。今のは吸引ではなく、気管カニュ−レの交換です。気管切開している人はカニュ−レを挿入しているので、定期的にカニュ−レを交換する必要があります。笠井先生のご専門ですが、日本ではカニュ−レ交換はドクタ−がします。在宅の人も病院に行くか、あるいは自宅にドクタ−が定期的に訪問して交換しています。

 今、ロ−レンスさんが話しているカニュ−レ交換は、バンク−バ−では、本来ドクタ−ではなくナ−スがやる仕事になっていますが、さらに自立している人はアテンダントに教えて、アテンダントにしてもらうということで、今ロ−レンスさんが話しているのはそのことです。


 自力排痰法 

 大熊  ありがとうございました。それから、吸引についても、日本のようにやたらに吸引をしなくてもいいような、自分で啖を出すことを身につけるとうかうがったのですが、ヘルパ−さんがしているのでしょうか。

 ロ−レンス  必要であると感じたときだけ、してもらいます。

 大熊  やり方を彼女と一緒に教えて下さいますか。

 松井  ロ−レンスさんは気管切開していますが、吸引はしません。もちろん排啖の必要性はあります。皆さん、ロ−レンスさんは先ほどから体を動かしていますね。これは、バンク−バ−でポリオの生存者の方たちが編み出した独特な呼吸法なのです。この呼吸法で、効率よく日中はベンチレ−タを外して自力で呼吸ができている、その補助呼吸法なのです。横隔膜を上げて、下げて、という形でしています。それから、排啖も吸引ではなく、独特な排啖のテクニックをマスタ−して、それをアテンダントの方に教えてしています。ここでローレンスさんに自力排啖の仕方を見せていただきます。口から排啖します。

 ロ−レンス  こんなふうに咳をします。もう吸引は25年していません。4年前に肺炎になったときも、吸引はしませんでした。こんなふうにします。呼吸器をつける方にも、こういうふうに教えています。最低限の吸引が必要な人もおります。最初のうちは1日に10回ぐらい吸引するというリハビリテ−ションから入っていきます。家に戻ったら3週間に1回ぐらい、こんなふうに私はしています。たくさんしなければいけないときは、私のヘルパ−であるエスメラルダさんに強く押してもらいます。

 風邪をひいて胸のあたりの状態がよくないときは、前と後ろから押してもらいます。何も問題がなかったら、自分で必要なだけ咳をします。こういうふうに助けてもらって咳をするというやり方を、みんなに教えています。でも、胸を強く押すのは、だれにでもできるわけではありません。そうすると、今度は弟のロドニ−に、横隔膜を押してと頼みます。お腹がとても小さいので(笑)押すとすぐに咳が出ます。ちょっとお腹とのつき合いがうまくいかないようです。これは自分でやるときの方です。こちらは助けてもらうときです(咳をする)。

 外に出ているようなときで咳がしたいときは、心臓マッサ−ジを受けているのじゃないかと誤解されてしまうことがあります。例えば、夕食でレストランに行ったとき、レストランの外で押してもらおうとしたときがありました。レストランで私はロドニ−と言い争いをしていました。私が咳をするために押してもらっているとき、2人の人が私たちの横を通りました。その人たちに聞こえるように、「お金は持っていっていいから殺さないで」と言いました。そうしたら、今度はその人たちが「助けてあげようか」と私に聞いてきました。その後、ロドニ−はとても私に優しくしてくれました。助けてもらって咳をするというのは、こういうことなのです。

 人はそれぞれ違いますから、必ずこうしなさいというような、医学的なモデルに従ってやっているわけではありません。何がいいかということを探しながらやっています、私たちは受けた傷と共に生きていかなくてはいけないわけですから。こんなふうに私は息をしていますね、松井さんがおっしゃったように。後ろに反ったときに息を吸い込んで、前に傾けたときに出しています。

 大熊  ありがとうございました。実演つきでした。少し質問を受けたいと思いますが、では、北村淑子さんが手を挙げていらっしゃいます。北村さんは『退院勧告』というご本を書かれたナ−スであり、お母さんです。


 呼吸器使用者のグループホームを

 北村  子供が15歳のとき、高位脊損、C2の障害になりました。私は母親であり、看護婦であるという目で見ながら、その子を36歳の現在まで生存させていると言いますか。その過程で最初に看護婦としていろいろな文献を見たところ、「C4以上は予後不良」、たったこれだけしか書かれておりませでした。リハビリの本です。したがって、先ほど神奈リハの看護婦さんがいらっしゃいましたけれども、当然、私もそこへまいりました。「リハビリをした結果、社会に貢献するメドの立たない人はだめ」、「どんなに懇願しても現在ではそういうリハビリはない」、と断られたことを覚えております。現在は、もう20年たちましたので、先ほどのお話しではどのような方もリハビリをすると聞いて、非常にうれしく思いました。

 私は専門職であるし、自分の勤務する病棟に子供を預かりましたので、両方の信頼関係が大きかったということもあり、その当時ほとんど不可能といわれていた呼吸器のウイニング(離脱)に成功しました。このときは、若い優秀なドクタ−に示唆いただいたこともありますが、24時間つきっきりで看護し、働きながら、それでも1日1分ぐらいずつ手探りでウイニングを試みた覚えがございます。

 そして、最初にいちばんショックだったのは、先ほどどなたかがおっしゃったように、「もうだめ、見込みがない」という言葉−−こういう文言がいちばん生きる意欲を損なったと、私も介護する力がなくなったような思い出を持っています。しかし、我が子のことなので母は強しですから、専門性を加えて見事に16年たちましたが、そのときにいろいろな障害が生じました。最初に自分の病棟に引き取ることには、医長も病院の経営者も、短命に終わるであろうから、長年勤めた看護婦の子供だしと、暖かい心で迎え入れていただきましたが、それも1年が限度でした。

 そのうちに医療費の抑制という政府の考え方もあり、どんどん退院を勧められました。医療費の増大は、老人人口が増えたということもあるかもしれませんが、全ての面について医療経済が優先して考えられるようになったと思います。その時期と相まって、3年目ぐらいから厳しい退院勧告を受けました。

 本に書いた題名そのものですが、強制に近い退院の勧め方をするグル−プもあるやに聞いています。事実、そういう方から相談も受けています。退院する期日だけを示し、人工呼吸器をつけた人が家に帰ってどんな環境で生活するべきか、どのように家族は介護するべきかという指導をまったくなしに、期限だけ定めて家に帰す。そのとき、「入院するとき病院の指示に従う」という入院誓約書が大抵の病院にございますから、それを盾にとられました。けれども、呼吸器をつけたまま、何の指導もなしに病院を出たら、そのときから大変なことになるのは目に見えています。

 その次には、患者さんのたらい回しです。引き受けるところは3ヵ月。3ヵ月たつと入院費が少なくなるので、それに従って3ヵ月から6ヵ月ごとに患者さんのたらい回しが行われるわけです。けれども、患者さんのいろいろな情報を踏まえた上で、最初からおしまいまで看護を継続して初めて、患者さんのいろいろなニ−ズ、生命の維持が、QOL(生活の質)が拡大すると思うんですが、いずれも3ヵ月ごとに千切れ千切れで、ついには亡くなることを期待しているのかなとさえ、私は思いました。厳しい言葉ですが、それでも私は頑張っているわけです。

 しかし、私は子供を無理に頑張らせて、自分はそのまま職業を続けているわけですが、先ほどからうかがっているように、私は母親であり、この子の介護者ではありません。憲法25条(国民の生存権と国の保障義務)で示されるような国民の権利の一つとして、なぜ母親だけが責任を負わなければならないのかと。一人でも頑張ればいろいろな方法を社会が考えてくれるのではないだろうか、そのきっかけになりたいという思いがいちばん大きいのです。

 そういういろいろなことがありましたが、私としては、障害者のグル−プホ−ム−−老人のためのグル−プホ−ムというのがありますが、それを障害者に準用していただきたいということを3年前ぐらいから考えるようになりました。

 横浜市の住人なので、横浜市の福祉課に随分通いました。その結果というわけではなく、社会全体が考えてくれたのですが、横浜市には障害者のためのグループホ−ムが、もう何年か前から、幾つか助成されてできています。

 ただし、昔から私と一緒に活動していた仲間がここに2人来ていますが、その方たちと一緒に(財)横浜市在宅障害者援護協会にうかがったところ、そのグループホ−ムの助成規定の最後に、「医療的ケアを必要とする者は除く」とありました。なぜですか、と言いましたら、それらをカバ−するほどの費用は出せないので、責任の取りようもないので、だめです、と言われました。

 しかし、私は看護婦として、医療者として、そういう部門をカバ−しながら、呼吸器をつけた障害を持った方が社会に出てちゃんと生活できるように、全てを対象に考えていただきたいと言いました。具体的に言えば、障害者のグル−プホ−ムに特別の制限をつけないでいただきたいこと。そして、その方たちが自由に生きられるように、掛かる費用は本人に支給し、現物給付はなるべく避けていただきたいということです。実際に社会で生活していらっしゃる重度障害の方たちはよく分かりませんが、私は看護婦としてそう思います。

 実際のところ、グル−プホ−ムの計画を進める時点で、ボランティア20名を組織しても、5年ぐらいたったら7名になってとてもできなかったという事例もありますし、5名で発足したらゼロになってしまい、栄養障害となって意識不明で入院してきた障害者の方を預かったこともあります。ですから生命維持に関しては、どうしても行政に責任を負っていただきたいと思います。

 それから、QOLの幅を広げる部分は、ボランティアと家族と本人の努力によるものかと思いますので、ぜひ生命の維持、生活の安定の部分については、行政が関与したグル−プホ−ムの中で進めていただきたいと思っていま す。

 大熊  「日本せきずい基金」のほうでも、こういうことは考えておられますか。

 大濱  私どもがこれからもずうっと提案していきたいと思っているのが、そのグル−プホ−ムなんです。お手元 にお配りした資料は、「横浜市在宅障害者援護協会」の仲間からいただいたものです。横浜市では独自施策として、実際に障害者のグル−プホ−ムができています。それによると、施設に入っているときの費用は大体1人当たり月額50万円、グル−プホ−ムで生活すると1人当たりの費用は23万円ぐらいという数字が出ています。

先ほど、ロ−レンさんのお話の中で、グル−プホ−ムに入って4割ぐらい費用が減ったと言われましたが、やはり、グル−プホ−ムで障害を持った人を介護する生活の場合は、費用面でも安くなります。そういう意味も含めて、病院としっかりと連携がとれた形のグル−プホ−ムをつくっていくことを提案していきたい。できればそういうモデル事業の予算を今年度あたりでつけていただき、来年度から実験的にやっていただければというのが、私たちの思いです。

 例えば、神奈リハの近くにグル−プホ−ムを1つつくり上げて、神奈リハから人工呼吸器の方が退院されるときは、まずそのグル−プホ−ムに1回入って、そこである程度本人の自信がついた時点で在宅に戻るというようなシステムもあるのではないか。そういう形で、人工呼吸器の方だけではなく、重度の障害者や脳性まひ者も含めて、いろいろな方たちが一緒に住めるようなグル−プホ−ム。しかも、その中でしっかりと病院との連携を取っていけば、逆に、私たち自身が病院でピアカウンセラ−として、ロ−レンスさんのように普通の人のように生きている、暮らせるモデルがあるのだということを、しっかりと世の中に提案していけるわけです。私たちは、そのために、ぜひここで国に一つのモデルケ−スとして予算づけをしていただくことを、お願いしたいのですが。

 大熊  さあ、どうでしょうか、桝屋さん。

 桝屋  今、北村さんからお話をいただいたグ−ルプホ−ムですが、みなさん方の要望もあって、制度だけは形ができておりますが、ご多分に洩れず、介護保険のグル−プホ−ムと同じように、わが国の公が用意しているグル−プホ−ムという制度は、おっしゃるように比較的手の掛からない方を対象とした形だと思います。これが制度の現実のの姿だと思います。恐らく、私のいる厚生労働省で、今のように人工呼吸器をつけた方々が入られるようなグル−プホ−ムをという話をすると、なぜそんな方がグル−プホ−ムなのですかと。それは病院もしくは医療機関、あるいは身体障害者療護施設というような、きちっとした体制の中でやっていただくのが筋ではないかという、非常に簡単な答弁が出てくると思います。大濱さんからもぜひグル−プホ−ムをやりたいと言われ、カナダでの事例も聞いておりますから、私も大分意識が変わり、ぜひそういうことも研究しなければならないと感じます。

 しかし、こういうサ−ビスは、良質の医療がバックアップしない限り絶対にできないというのが私の信念です。大濱さんがおっしゃったようなバックアップ体制をわが国ではどうすればできるのか、ぜひ考えなければならないと思います。ある意味では、大濱さんたちがNPOということでこのような活動を進めれるということは、本当に敬意を表したいと思いますし、しっかり応援していきたいと思います。「これはすぐにでも来年の予算からやります」などということは私の口からは言えませんが、しっかり研究していきたいと思います。

 大熊  ありがとうございました。次に高々と「欠格条項をなくす会」の望月宣武さんが手を挙げておりますので、これでフロア質問はおしまいにしたいと思います。


 障害者に対する欠格条項

 望月  「障害者欠格条項をなくす会」というNPOの望月と申します。先ほど大濱さんがおっしゃった「24時間介助の上限なし」ということについて、厚生労働省が上限なしと言っているにもかかわらず、上限を定めている自治体がほとんどであるという問題に関して、うちの会ではありませんが、7月1日に「どうして24時間介助を保障できないのか」ということについて、シンポジュウムを企画していますので、よかったらお問い合わせいただきたいと思います。

 それから、最初にロ−レンスさんが、施設よりも地域での自立生活のほうがコストが掛からないということを国が認識して、在宅へ移ることを支援してほしいとおっしゃいましたが、コミュニティ−に戻って社会に貢献した方が総合的に見たらコストが安いということを、どうしたら分かってもらえるかといつも悩んでいます。 僕は、脳性麻痺(Cerebral Palsy)の人たちを支援する自立生活センタ−(CIL:Center of Independent Living)のスタッフなどもしているのですが、あくまでも、先ほどおっしゃっていたグル−プホ−ムは通過点であって、できることならちゃんと自立して地域で暮らせるようにしてほしいと思っています。グル−プホ−ムは通過点にしか過ぎないということを、ぜひ分かってほしいと思います。

 大濱さんのように自由に動いていらっしゃる方を見ると、どうも我われ市民側……行政側もそうかもしれませんが、一部の「エリ−ト障害者」だけがそうやっているように見えてしまう。そうではなくて、みんなもこういうふうにできる可能性があるということを社会に納得してもらうのはすごく難しいのですが、だれでも大濱さんのようにできる可能性を持っているということを、行政側にも市民のみなさん方にも分かってほしいと思います。

 ロ−レンスさんにぜひ知って帰ってほしいことなのですが、日本においては、障害者の方々が地域に戻って社会に貢献するときに、欠格条項(Disqualifying Clause)の問題がとても壁になっています。例えば、障害があるがゆえに、いろいろな資格や免許などが取れない。この問題については現在の国会で43の医療職関係に関して審議中なので、副大臣もよくご存じだと思います。障害者というだけでその社会参加を阻む法律や政令が実に多い。我われの会の調査では 300の法律や政令、地方の条例などによって制限があり、このことが障害者の社会参加を阻んでいる。ぜひ、これはもっと徹底的に見直していただくことを副大臣に要望したいと思います。

 それから、先ほど大濱さんも、ピアカウンセラ−は医療の現場に必要だとおっしゃっていましたが、もちろん、障害当事者は医療の現場に、そしてそういうことを決めていく政治の現場にも必要ですが、日本の現状としては、ピアカウンセラ−は単なるNPOの自立生活センタ−にしかいません。ロ−レンスさんのように、ちゃんと病院に雇われているピアカウンセラ−が本当に重要なのだということを、市民の方々にも、副大臣にも分かってほしいと思います。

 できればロ−レンスさんにお答えいただきたいのですが、障害者が施設ではなく、地域で暮らしていくほうが効率的であるということをみんなに分かってもらうには、どんな説得の仕方をしたらいいと思いますか。ぜひ聞かせてほしいと思います。

 松井  先に私のほうから、カナダ初のベンチレータ使用者専用のグループホームを設立するとき、その有効性をどうやって実証したのかについてお話したいと思います。プロジェクトとして療護施設よりも地域生活がケアの質、健康の質、コスト的な点でも有効だと実証するため、地域に出る1年前に、療護施設での1年間と地域に出た直後の1年間を、6人を対象にその生活実態を社会学者に調査を依頼しました。

 その分析の結果、施設よりも地域、すなわちグループホーム、クリークビューでの生活は健康とケアの質が高く、かつコスト的に効率的だったと実証しました。その報告書がPatricia Ryan & Associates:Creekview 202 Project Evaluation Report です(発行は1987年5月、Health Services Consultants 発行)。


 自立して生活することの意味

 ロ−レンス  大変よいコメントをありがとうございました。先ほど来、申し上げておりますように、カナダでは障害者がコミュニティ−に戻って生活する費用を政府が負担しているわけですが、そのほうが施設にいるよりもずうっとコストが安いわけです。

 コストだけではなく、生活の質が非常に改善されます。コストの節約の点ばかりではなく、障害者がエンパワメントされることを考えても、コミュニティ−に戻って、政府の負担のもとで自立して生きていく満足感、その生活の質はすばらしいです。このようにコミュニティ−に戻って生活している障害者は、その地域の人たちにその障害を見せるのではなく、一人の人間としてその能力を見せることができるのです。どういうふうにコミュニティ−に貢献できるのか、社会から貰ったものをどのようにして社会に返せるのか、その力を示すことができるのです。

 先ほどの北村さんでしょうか、お子さんがC2だというお話をなさいました。制度全体と非常に一生懸命に戦ってこられました。本当は制度のほうが北村さんやお子さんのことを助けてあげられなければいけないのです。

 私は、13歳と15歳のときに受傷した二人の女性を知っています。一人はC2、もう一人はC3で、二人とも呼吸器依存です。リハビリテ−ションの後在宅に戻り、政府の負担でアテンダントケアを受けました。二人は高校を卒業し、大学に進学しました。そして現在、一人は歴史の博士課程におります。もう一人は高校の教師となり全体の4分の3ぐらいの時間を受け持って教えています。

 カナダでは能力によって個人を採用したいと考えています。障害があるということよりも、その人の能力を見たいということです。車椅子に乗っているからといって、それが即、障害という意味ではありません。たまたま車椅子を使うようになったのです。自分の能力を持って前に進むために、たまたま車椅子が必要なのです。だから、そういう意味では障害があると言えるかもしれませんが、能力は無限にあるのです。だから、障害があるからといって自分を低く見てはいけません。ほかの人も最初はそういう目で見るかもしれませんが、自分がこういう人間だということを、ほかの人も分かってくれるようになるでしょう。

 それから、きょうは桝屋さんに参加していただいて、大変よかったと思っております。私たちのかかえる問題を理解しようと、努めてくださいました。笠井先生にお越しいただいたことも、とてもすばらしいことと思っております。やはり、呼吸器使用者のことを理解したいと思って、来てくださいました。それから、「日本せきずい基金」自体がこのような企画をしてくださったことを、すばらしいと思っております。これによって、人々の理解が高められると思います。

 人間というものは、あなたが抱えている問題を解決したいと思っていることを理解すれば、ヘルプしてくれます。私が受傷したときには周りの人はみんな「一生病院から出られないだろう」と言いました。しかし、今では同じようなレベルを受傷した人に対して、「あなたはコミュニティ−に戻って、ちゃんとしたケアを受けて、自立して生きていけますよ」と言います。そして、自分たちが先生になり、ソ−シャルワ−カ−になるのです。
 本日はどうもありがとうございました。

 大熊  ありがとうございました。今のはとてもいいまとめになっていましたが、話の流れから、平岡さんにも今日聞いておられての感想と、ALSの人たちの抱えている問題をちょっとお願いいたします。

 平岡  発言の機会をいただきましてありがとうございます。ローレンスさんの今のお話は、病院にとっては非常に遠いというのが実感でございます。やはり、いちばん申し上げたいことは、医療モデルでやるべきことは必要最小限としてとして、患者さんの意識があれば、その意識のもとに判断したことをできるだけ社会へと広げていく社会モデルを、病院という組織の中にも入れなければいけないと実感しております。

 そのためには、患者として生活をした方たちが社会に出たら、今度は患者としてではなく、患者さんの支援者として、あるいはお医者さんたちへのある意味では教育者として、いつもこんなに元気にやっていますよ、ということを病院に見せに来てもらえるようなシステムを「日本せきずい基金」などでつくり、地域にそれぞれ拠点を置いて、病院に困った問題があったときはいつでも駆けつけるというようなモデルを、ぜひ、皆さんと共に医療の場につくっていければ大変ありがたいと思っております。

 大熊  ありがとうございました。本当は医療がやるべきことなのに医療がやっていないことがたくさんあって、医療がやるべきでないほうへしゃしゃり出て、医療モデルを押しつけているような気もしますが、今度、国立看護大学校の看護学部長さんになられた松井さん、どうでしょうか。


 地域で暮らす医療ケア

 松井  今日は貴重な機会を与えていただきましてありがとうございました。今、お話にありましたように、やはり急性期の治療と地域で暮らす人々の治療とケアとは違うのだということです。私は、日本のベンチレ−タ使用者が受けているケアは、残念ながらまだ、生命維持を目的としたケアにかなり重点が置かれていると思います。それを、ロ−レンスさんのように、自立して地域で暮らせるケアに切り換えていくことを目標にしながら、ここ数年、看護教育に携わってきました。

 ロ−レンスさんのようにベンチレ−タを使っている人、同じ障害のレベルの人でなければ、ピアカウンセラ−としての役割が果たせないのです。必要条件は同じ障害のレベルです。だから、日本でもできるだけ早くベンチレ−タを使って−−佐藤きみよさんにその役割を果していただいておりますが−−もう少し手も足も動かないレベルの頸髄損傷者の人たちがピアカウンセラ−になれるように、まずは自分で話ができるように、それもとぎれとぎれではなく長く話せるようになればと思います。

 それから、ロ−レンスさんのように、電動車椅子を使って自力で動けるようになること。また、24時間ベンチレ−タを使っているとしても、安全のために少しの時間は自力呼吸ができること。それから,地域で暮らせるようなケア、スキルを何とか日本にも定着させて、ベンチレ−タユ−ザ−のピアカウンセラ−を生み出せるような教育をしていきたい、と考えております。

 大濱  パネラーの先生方、今日はどうもありがとうございます。先生方が言われたように、本当に今日はロ−レンスさんがモデルではないですが、重度でも普通に暮らせる、呼吸器でもそうです。ベンチレ−タは車椅子と同じ道具だという感覚で、佐藤さんもそうだと思いますが、私たち自身も、普通に暮らせる世の中をぴしっとつくっていくために、声を挙げていくことが必要ですし、ぜひ今後とも厚生労働省副大臣にも、ご協力をよろしくお願いしたいと思います。

 大熊  みなさんの期待の星、桝屋さんに最後の一言を、どうぞ。

 桝屋  きょうは本当にありがとうございました。私は生来負けず嫌いであり、先ほどから、ロ−レンスさんの、「〜イン・カナダ」……の後に続く言葉をすごく重たく受け止め、それに負けない日本をつくりたいという思いで、小泉政権のもとで頑張りたいと思います。

 ただ1点、先ほど望月さんがおっしゃった、施設と在宅をどう比較するかということも、私は今日皆さんからいただいた話をぜひ帰ってからお役人の方にもお話ししたいと思います。

 もう1点、介護保険が始まり、従来の施設と在宅の比較論、コストパフォ−マンスを比較する場合においても、施設そのものが変わってくる、施設が施設でなくなってくる。刑務所のような施設ではなく、本当に施設が極力在宅に近くなるような、そんな時代に今後なるのではないかと思います。したがって、今までの在宅と施設との比較も大分変ってくるのではないか。随分時間は掛かりましたけれども、今は大きく様変わりしております。障害者の支援費制度を仕込む作業では、今日いただいたご意見をしっかりと活用させていただこうと思っています。今日は本当に長い時間聞かせていただきまして、ありがとうございました。

 大熊  私も随分いろいろなシンポジュ−ウムに出ていますけれども、このように副大臣が最初から最後までいらっしゃって、耳を傾けられたのは初めてです。大抵、演説をするや否や、よんどころない用がどういうわけかできて、いなくなってしまうわけですが、さらに、あちらの黒岩ちづこさん、さきがけの参議院議員も終始聞いていてくださいました。与党、野党、両方とも大変心強いことだと思います。

 それから、先ほどローレンスさんが、美しい妻と4歳の娘がいてとおっしゃいましたけれども、本当にチャ−ミングな奥様です。4歳のお子さんというのは、中国系の養子さんです。養子さんを貰い、それから人工呼吸器をつける身になってから恋愛をなさいまして、看護婦さんをされている奥様と結婚されたと。本当にすばらしい人生の質をこの地球上で実現できた、そのカナダが日本よりもものすごくお金持ちというふうにも見えませんので、ぜひ、日本の富をこういうことにも使ってほしいと思います。

 先ほどのスライドにありましたデンマ−クの場合も、GDPの 2.4%ぐらいの介護費用の中には、重介護を必要とする方の費用も入っているのです。ですから、「福祉にお金を掛けると国が傾く」などという迷信に決して惑わされずに−−それは政治家だけではなく、我われも遠慮をしないで−−ここに集まった方たちでこれからの本当の日本をつくっていきたいと思います。

 ロ−レンスさん、何か一言だけ我われに励ましの言葉を…。

 ロ−レンス   今の私についてのコメントなども含めて、ありがとうございました。やはり、ステップ・バイ・ステップということで、私たちの国も以前は今の日本のような状況でした。それほど遠い昔ではありませんでした。ここでやはりいろいろなことを主張してかなえてくださった方がおられます。そしてまた、たくさんの資源もお持ちです。それで物事は変わります。力を合わせて1歩1歩前に進んで行くのです。

 また、私も大熊先生がおっしゃったように、桝屋副大臣がずうっとここにおられて、私たちのいろいろなニ−ズを聞いていてくださったことに感銘を受けております。それから、「日本せきずい基金」のみなさん方も、桝屋さんとの一致協力ということが必要だと思います。皆さま方が主張していくことを、彼に伝えていくことが非常に重要だと思います。

 それから病院で働いている先生方、笠井先生なども含めて、障害者の皆さま方の生活の質を知る必要がありましょう。同僚の医師の皆さま方にもお話しをして、理解をしてもらうことが必要でしょう。

 これが必要なのだ、変わらなければいけないんだ、ということが認識されると、本当に変化が起こります。別に日本政府に破産してと言っているわけではないのです。皆さま方がより豊かな自立した生活ができるようにということで、資源の配分を考えて、別な所から適切なところへ移していただいたら大きな節約ができますよ、と日本政府に言いたいのです。だから、日本政府には節約してほしいのです。皆さんが十分に社会に貢献できて社会の完全な一員になれることを、政府は望んでいるはずです。

 本日はこのような場を得ることができまして、大変光栄に思っておりますし、いろいろすばらしいディスカッションができまして、とてもうれしく思います。ありがとうございました。

 大熊  皆さま本当にご苦労様でございました。では討論はこれで終了とさせていただきます。

 総合司会  パネラ−の皆さま、長い間どうもありがとうざいました。お話をうかがっていく中で、カナダと日本の状況が、ケガの発生時から生活まででこんなにも違うものかと、改めて思い知らされました。日本でもカナダのような社会的システムが早く構築され、重度の障害者にとって生活の場やチャンスが与えられるように、実際に外に出て活動できる私たちが変えていかなければならないと、決心を確認するよいきっかけとなってくださればと念じております。長い間にわたるご参加、どうもありがとうございました。

 当基金の監事の妻屋明から、最後に一言ご挨拶を申し上げたいと思います。

 妻屋  本日は長い間おつき合いいただきまして、ありがとうございました。いかに重い障害を持っていても、医療とか福祉制度、そして社会環境が変われば普通に生活ができる、それどころか社会に貢献できる、という話がよくおわかりになったと思います。私たちは、これからも脊髄損傷者を本当に応援していきたいと、頑張っております。よろしくお願いいたします。■



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