第2部
パネルディスカッション
カナダの経験から学ぶ
【パネラー】
大熊由紀子(司会、大阪大学大学院教授)
桝屋 敬悟(厚生労働副大臣)
松井 和子(国立看護大学校看護学部長)
平岡久仁子(帝京大学医学部付属病院・医療福祉相談室)
大濱 眞 (日本せきずい基金理事長)
総合司会 第2部は、パネリストにより討論を始めたいと思います。司会は、大熊由紀子教授にお願いしたいと思います。大熊教授は、朝日新聞に入社され社会部記者を経てその後、科学部記者、科学部次長、さらに論説委員となられ、福祉、医療分野の社説を担当されました。今年(2001年)の4月から大阪大学の大学院教授として、ボランティア人間科科学講座ソ−シャルサ−ビス論を担当されていらっしゃいます。
大熊(討論司会) 大熊由紀子でございます。この春に商売替えをして、大学に行っておりますけれども、大学では絶対に「先生」と呼ばないで「由紀子さん」と言え、というふうに学生に言っており、これはほぼ定着していますので、きょうも皆さんを「さん」づけで、差別しないでお呼びしようと思っております。
呼吸器使用者への7つの大罪
大熊 これからのお話は、例えば頸髄損傷でいえば、事故に遭って首の骨を折ってしまったというところから自宅での暮しまでの間、カナダと日本ではどのような差があって、それを桝屋さんのお力などもあって、どのように変えていけるかということを、みんなで話し合っていきたいと思っております。
極ごく大雑把に考えると、例えばベンチレ−タを利用する身になる人について言うと、日本は7つの大罪を犯しているのではないか。
@ まず、受傷直後に、首をちゃんと固定しないでぐらぐらさせるものですから、もっと悪く
してしまう。
A お医者さんが、「あなたはもう人生をあきらめて下さい」などと、ろくでもないことを言って絶望させる。
B 「人工呼吸器をつけると声が出なくなるのは仕方がないことだ」というふうに、みんなが思っている。でも、人工呼吸器を使っているロ−レンスさんは、あんなにすばらしい発声をしていらっしゃいます。
C 今日ここに来ていらっしゃる方の多くは車椅子に乗っていらっしゃいますが、ここに来ることができずに、寝たきり状態で人工呼吸器と呼ばれるベンチレ−タにつながれている人たちがいっぱいおられる、これが4番目です。
D それから、ヘルパーさんが、啖をとるカニュ−レを扱えないのは理不尽だ、看護婦さんだけではなくヘルパ−さんにもやらせろ、というような話があります。松井さんによると、そもそも15分ごとに啖をとるということが、どうも日本は非常識なのではないか。
E 人工呼吸器と呼ばれている大がかりな装置で病院にいる人が、無慈悲にも「さあ、退院してください」と退院勧告をされる。でも、お家へ戻ろうとすると、ご家族はへとへとになってしまう、これが6つ目の大罪です。
F そして最後に、この人工呼吸器は大変物騒なもので、よく止まってしまい、人が亡くなるというようなことがあります。
このそれぞれについてカナダと日本を比べながら、お話を展開していこうと思っています。
受傷時の対応の相違−−日本とカナダ
大熊 最初に、受傷直後、日本ではどういうことになるのかを、大濱さんからご体験を話してくださいますか。大濱さんは「日本せきずい基金」の理事長です。
大濱 こんにちは。みなさんのお手元に、カナダと日本の比較についての資料をお渡ししてあります。受傷直後の話をということですが、今大熊さんの言われましたように、討議の時間を多くしたいと思いますので、簡単にお話しします。
受傷したのは私が29歳のときで、約25年ぐらい前です。ラグビーでけがをして救急車で運ばれたのですが、もちろん首は固定されていませんでした。私が運ばれた病院は全くそういうことを知らない病院だったために、約1年半近くほとんど寝たきりという状態で、ドクタ−もどういう治療をしたらいいのかわからないというような状況のままその病院で過ごしました。その後、たまたま運よくケ−スワ−カ−の方に神奈川リハビリテ−ション病院(県立の施設、厚木市)を紹介していただき、そこに入院して数日後、私は初めて車椅子に乗り、現在に至っています。
例えば、きょうは私どもの事務局長の藤木は来ておりませんが、彼の場合などは非常に不運でした。約10年間、寝たきりの状態で入院しており、リハビリも何もしない状況が続きました。それが長いこと、私たち日本の重度の脊髄損傷者の状況でした。
大熊 ありがとうございました。カナダでは、例えば水泳で飛び込んで首に損傷を受けたり、自動車事故に遭って首に損傷を受けたりすると、どのようなシステムで受け止めてくれますか。
ローレンス 現在、ブリティッシュ・コロンビア州には急性の脊髄損傷ユニットというものがあります。例えばバンク−バ−市内にいる方であればすぐにそのまま運ばれますが、ブリティシュ・コロンビア州の遠いところの場合は、飛行機とかヘリコプターで運ぶという体制ができています。
脊髄損傷ユニットには、脊椎関係の整形の専門医が4人います。呼吸器も含めての脊髄損傷の専門家です。また、特別に脊髄損傷に専従といういろいろなスタッフもいます。最初の6週間のゴ−ルとしては、少なくとも4時間は座位で過ごせるようにすることです。それから、ある程度状態が安定したらリハビリテ−ションのほうへ送ります。
大熊 日本では、首をぐらぐらさせて、なお損傷をひどくしてしまうというようなことがあると聞いていますけれども。
大濱 例えば交通事故で田んぼの中に落ちたと。首を固定しないまま無理やり車から引きずり出されたために、事故を起こした直後は手が動いていたのに、病院で気がついたときには手が全然動かなかったというような状況が何件か報告されております。
大熊 松井さん、専門家の立場から、これはどういうことでしょうか。
松井 日本では、脊髄損傷の急性期から治療できる病院が非常に限られています。福岡県飯塚市にある労働福祉事業団の「総合せき損センタ−」は、事故があるとヘリコプターで運ぶ段階から、今ロ−レンスさんが話されたように、もう何百例と患者さんを診てきた専門医が即対応します。看護婦さんも急性期の患者さんのケアに十分慣れているので、急性期に起こりがちな二次的な障害を予防するための十分な知識と技術を持って対応しています。
しかし、残念ながら、急性期の対応ができる病院は日本でここ1ヵ所だけです。あとは大学病院に運よく入れればいいのですが、急性期の脊髄損傷の患者さんの治療経験を持つドクターが10数人、むしろ珍しいというのが現状です。日本では、急性期の臨床経験を積み重ねたドクターが少ないという問題があります。
大熊 今、首を固定するとおっしゃいましたが、全く素人の方もいらっしゃると思いますので、具体的にはどういうふうに固定するものなのでしょうか。
松井 まず、受傷者を発見したら、頭部を動かさないようにしてストレッチャーで運ぶこと。どうも脊髄損傷らしいという情報が入った場合は、頸部を少しでも動かさないように固定する装具を持参して、事故直後に転送する段階で二次損傷を起こさないように固定して運ぶということが必要です。しかし、事故が起きた場合にいろいろなケガがあるので、脊髄損傷かどうか、なかなか知識や経験の積み重ねがないと判断が出来ず、どうしても動かしてしまうんです。
そして、結局、脊髄を守るための脊柱、私たちが背骨と言っている部分は、大事な脊髄神経を守る円柱になっていて、ちょうど積み木を重ねたようになっています。脊柱が折れてしまうと、それがナイフの役割をしてしまうので、折れたところがずれないように固定装具をすぐに装着すれば、二次損傷を防ぐことはできます。 現場に駆けつけて、まず倒れ方や事故直後の状況から、これは脊髄がやられているというふうに判断します。最近は日本でも救急医療体制が進んできましたので、かなりこの判断できるようになってきましたが、まだ病院や急性期専門医が即対応する体制にはなっていません。結局、対応できる施設が点在してしまっているのです。
ロ−レンスさんのように、ブリティッシュ・コロンビア州のどこでケガをしてもバンクーバーのジェネラル・ホスピタルに運ぶ、そこに専門医がいて対応するというシステムが日本ではできていないということも、救急時に首固定の対応が進まない一つの要因かと考えております。
大熊 首を固定しなかったために、本当は手が動くはずだった人の手が動かなくなってしまうという、もったいないことになってしまうのですか。
松井 結局、一次損傷つまり事故による外傷と、それから事故後の対応次第では二次損傷の可能性があります。首を固定することによって、この二次損傷を防ぐことができると考えてよろしいかと思います。
大熊 ありがとうございます。桝屋さん、今のことはすでにご存じのことかと思いますが、どうしたら日本でそういう体制をつくることができるでしょうか。桝屋さんは、普通の副大臣ではなく、専門家が副大臣になられたということなので、お答えには大いに期待をしております。
桝屋 こんにちは。厚生労働副大臣の桝屋敬悟でございます。最初に申し上げておきますが、私は厚生労働省を代表して、この会場の議論をしっかり受け止めたいということで来たわけではありません。もちろん、そうしたい気持ちは十分ありますが、それよりも何よりも、私は大濱さんと長いおつき合いであり、きょうは「日本せきずい基金」の企画があるということなので、ぜひ友情にお応えしたいということ。
それから、ローレンスさんから、カナダにおける人工呼吸器をつけた生活者のお話を聞かせていただけるということなので、それでは我が国も参考にできることはしっかり勉強させていただこうという思いでまいりました。
さて、受傷されたときの救急の体制をどうするかということで今お話にもございましたが、一つには、我が国の救急医療はやっと徐々に体制が整いつつあるということで、脊損あるいは頸椎損傷の方々に対するきちっとした救急対応をトレーニングできた体制があるかというと、恐らくまだ厳しいだろうと思います。
今度、厚生省と労働省が一緒になりましたが、今までは、労働省所管である労働福祉事業団の労災病院が車椅子使用者、あるいは脊損の皆さんの医療の部分で、拠点の役割を担ってきました。リハビリもしてきまして、相当蓄積もあるので、救急体制の中で、労災病院あたりがきちっと役割を果していくという形が必要だろうと思っております。
しかし、ともすると我が国の救急医療体制は、どうしても地域ごとに、例えば二次医療圈ごとにそれぞれの機関で力を出し合ってやろう、満遍なくやろうということですから、脊損とか頸椎損傷の方に対する対応は、やはり一般的には薄くなってしまうのかなという気がいたします。そこは情報の伝達の問題であり、これほどのIT化が進んだ時代ですから、今少し救急体制の整備をしなければならん、と思っているところです。特に、脊損のみなさんの声−−首を固定するという知識すらない現場の方がいらっしゃるということも大濱さんに以前から聞いていましたので、これは改めてそうしたことも入念に体制の中でできるようにしなければいけない、と思っているところです。
脊損センターの整備を
大熊 私が朝日新聞にいたときに書いた社説を集めた『福祉が変わる、医療が変わる』(ぶどう社)という昔の本を今引っ張り出しているところなんです。1992年の9月9日、「救急の日」ですけれども、「救急車で運ばれる先が心配だ」という社説を書きました。当時の数字ですけれども、救急病院と一口にいうけれども、それはピンからキリまであって、救急指定病院という看板を掲げているけれども、別に救急医療の腕を見込んで指定されたわけではなく、病院や診療所の申し出を都道府県がそのまま受け入れるのが慣例となっている。そこでいろいろなことが起きるわけですが、桝屋さんには今日せっかくここにいらしていただきましたので、本格的にこれに取り組んでくださることを、もう一遍お約束いただけますでしょうか。−−はい、お約束いただけたと思います。
ローレンスさんのブリティッシュ・コロンビア州でも一遍にそういうシステムができたわけではないと思うのですが、最初はどのような状況から、今のような一か所の脊損センターに集められるというように、変わっていったのでしょうか。
ローレンス 受傷直後に、最初に到着した救急隊がいちばん気をつけることは、脊髄損傷があるかないか、ということです。脊髄損傷の疑いがあるという程度でもすぐに固定し、いちばん近い病院に搬送します。その病院の救急専門の先生が、外傷があるかどうかを診るわけです。そして、救急隊よりもしっかりと固定して、すぐに脊髄損傷ユニットの方へ送ります。
つまり、頸部あるいは脊髄への何らかの損傷の疑いがあるときでも、すぐに固定します。そして、脊髄損傷の疑いがあるときは、それ以上脊髄を損傷してはいけないので、それを恐れて、何もしないで車の中に何時間もそのままにしておくこともあります。それは、先ほど松井さんがおっしゃったとおりです。
大熊 日本では、救急隊は自治省の管轄になっていますが、何か厚生労働省と自治省の間での話し合いなどはすでにありますか。それともまだだったら、これからやりましょうという話はあるでしょうか、桝屋さん。
桝屋 私は救急のほうはあまり専門ではないのですが、自治省は今は総務省ですが、当然ながら消防と連携しなければならないことですから、救急救命士の体制とか、さまざまな体制を両省一緒に研究しながら体制を整備していますが、今日は改めてその必要性を感じました。
それから、先ほどローレンスさんからお話しいただいた脊髄損傷ユニットはどの程度のエリアで体制が組まれているのか、ぜひ重ねて教えていただきたいと思います。
ローレンス 脊髄損傷のスペシャルユニットがカバーしているブリティシュ・コロンビア州は、人口は約 350万人、面積は大体 1,600キロ× 3,400キロです。事故が起こった場所からスペシャルユニットに運ぶための、特別な事故用の救急ジェット機があります。
桝屋 人口 350万人に対する体制、それから面積も相当ありますね。日本の場合は、人口約100万人に1カ所ぐらいの割合で高度救急救命センタ−を整備しようということになっているので、この救急救命センター単位ぐらいで脊損、あるいは頸椎損傷の方の内容をきちんと押さえると。多分、これは今の労災病院を今後どうするかということもあって、救急救命センターと労災病院が連携することによって、大きな役割を発揮できると思います。
それから、今ジェット機の話がありましたが、日本の国では最近やっとドクタ−ヘリが動きだしたという体制ですから、そうした中で、今の脊損のみなさんへの初期対応という、この蓄積をしっかりしなくてはならないと感じました。
大熊 さらには、お医者さんたちがこの問題にちょっと無知蒙昧だということもありそうなので、今日いらっしゃっているメディアの方には、そのこともぜひ書いていただきたいと思います。
当事者が患者をサポートする
大熊 それでは次の不幸ですが、脊髄損傷になって病院に入り、そこで先ほどローレンスさんがおっしゃったように絶望的な気持ちになるわけですが、例えば大濱さんは、お医者さんや看護婦さんからどんなふうに言われましたか。またお友達のご経験も含めてお願いいたします。
大濱 私自身の話をしますと、20数年前ということもあり、ケガをして急性期のときは3回ぐらい、「もうだめですよ」ということで家族が集められました。その後何とか退院しましたが、ドクターからは「5年か10年ぐらい生きられればいいかな」ということをはっきり言われました。「あなたは一生手も足も動かないし、車椅子に乗ることができたら本当にいいのかな」ぐらいのレベルでした。 現在では、私と同じC4レベルだったら車椅子に乗せようとなってきています。ただ、人工呼吸器使用者については、まだそこまでいかないのが現状です。 最初にある程度手足が動いている段階でも、一部のドクターは「もうあなたは一生車椅子ですよ」とはっきりおっしゃいます。日本の整形のドクターの方々は、リハビリの可能性を追求するということが遅れているのではないかという認識を、私たちは最近の相談の中では受けております。
大熊 カナダの場合は、そこにローレンスさんのようなピアカウンセラーがいて、ご自分の経験をまじえて希望を与えてくださるわけですが、ピアカウンセラーの人たちはどうやってカウンセラーとしての方法を学び、身につけていくようになっていますか。
ローレンス 今の質問にお答えする前に、ちょっと言いたいことがあります。私の場合は、受傷する前の自分の経験が、受傷後の私をとても助けてくれました。例えば、私が受傷する前のことですが、レフェリ−をしている腕が1本しかない方を見て、あれでどうやって生きていけるのだろうと思っていました。一人ひとりが持つことのできる生活の質に対する認識に欠けているところが自分にありました。だから、医師とか医療を提供する方々は、患者の生活の質というものを十分に理解しなければいけないのです。
今思うと、私は受傷前に車椅子に乗った人を見たことがありませんでした。もし、車椅子に乗った人を見たとしたら、「ああ、もうこれでこの人の人生は終わりなんだ、かわいそうに」というふうに考えたと思います。だから、「車椅子に乗っていてもすばらしい生活ができるんだ」という、そのような生活の質があるのだということについて私はまるで無知でした。
先ほども言いましたが、ケガをしたとき、自分以外のだれかに代わりたいと思いましたが、今は、だれにも代えられない自分の人生だと思っております。
ピアカウンセラーとして知っておかなければいけないことは、その方の家族がどういうふうに感じているのか、ご本人が人生に対してどういうふうに感じているのか、それを知ることだと思います。つまり、受傷によってこれまでの暮らしぶりがまるで引っ繰り返ってしまったわけですから、これからどうやって家族をサポートしていけばいいのか、どこで暮らしたらいいのか、どこで働いたらいいのか、すべてが不安です。例えば私の場合、ベッドから起き上がって出ることができるだろうか、呼吸器をつけなければいけないし、導尿カテーテルもつけていなければいけないし、これまでとは全く違った暮らしになってしまいました。未知の世界というものは非常に恐ろしいものです。
ピアカウンセラーとしては、自分で経験してきたことを踏まえて、新しく受傷した人たちに、「今はこうですけれども、こうなりますよ」ということを伝えて、希望を与えることができます。例えば、いろいろな膀胱の管理の仕方などに関しても、ユーザーの観点から教えてあげることができます。だから、「障害があってもこういう暮らしができるのですよ」というヘルプをしてあげることによって、ほかの人たちも心地よくなれるようにしてあげる。「皆さんは、例えばジグソ−パズルのピ−スの1つなんですよ、必ずそこにぴったりとはまる場所があるんですよ」と伝えています。
大熊 ブリティッシュ・コロンビア州では、脊髄損傷の分野でのピアカウンセラーは、ローレンスさんただ一人でしょうか。それとも、ほかにもお弟子さんとか弟分、妹分はいらっしゃるんでしょうか。
ローレンス すばらしい質問をありがとうございます。私は病院に採用され、病院からお給料をもらっているただ一人のカウンセラーです。呼吸器依存のリハビリテーションのところでは、呼吸器を使っている人たちに対して特別なコンサルタントをしておりました。その前の13年間ぐらいは、受傷して治療を受けていた人たちが、リハビリテーションをしていく上で実際に経験した人がいないとできないということをおっしゃったので、今度は常勤ということで採用されました。
総務関係の仕事や教えることもしています。カウンセリングは、患者さんにも病院のスタッフの人たちにもします。それから、大学で医学生や看護婦さんになる人たち、ソーシャルワーカーになる人たちにも研修をしています。今は、病院で採用されている唯一の当事者の職員ということになります。
コミュニティの方では、「パラプレジック協会」のほうで採用され、雇用されているカウンセラーもおりますが、それはブリティッシュ・コロンビア州内だけのお話です。ちょっと訂正しますが、ブリティッシュ・コロンビア州全部では、23人ぐらいいるかと思います。
大熊 23人のうち、病院から雇用されているのがローレンスさん。それから、パラプレジック協会からちゃんとお給料をもらっている人は何人ですか。
ローレンス 全員がそうです。パラプレジック協会は、ほとんど政府から資金が提供されています。それから、脊髄損傷のカウンセラーのボランティアは何百人もいて、1週間に1〜2時間ぐらい仕事をしております。
大熊 ローレンスさん自身のお給料は、例えば看護婦さんとか、ほかの職種と比べてどのくらいですか。
ローレンス 初めてナースの仕事に入る方と比べると、プラス5%ぐらいの金額だと思います。ソーシャルワーカーのお給料と比べると10%ぐらい低いと思います。
大熊 確認ですが、何年前にそのような身分になられたんですか。
ローレンス 1992年です。
大熊 ありがとうございます。先ほどの対麻痺(パラプレジア)というのをわからない方もいらっしゃるかもしれませんので、松井さん、簡単に説明をお願いします。
松井 パラプレジアという用語は、対麻痺と訳しておりますが、ロ−レンスさんがおっしゃった「ブリティッシュ・コロンビア州パラプレジック・アソシエーション」(BCPA)というのは、日本の脊髄損傷者協会と言ったらよろしいでしょうか。パラプレジアというのは対麻痺というよりも、脊髄損傷といったほうが実態をより正しく反映しておりますね。医学的にはパラプレジアは対麻痺ですが、実態は四肢麻痺の人も含めているので、脊髄損傷者ということでよろしいかと思います。
治療とリハビリの断絶
大熊 ソーシャルワーカーさんのお給料がかなり多いということが結果的にわかったんですが、平岡さん、今のお
話を聞いていらっしゃって、日本の状況をお話くださいませんか。それから、平岡さんはALSの専門家でもいらっし
ゃるので、それについてもふれてください。
平岡 今、ALSというお話がありましたが、筋萎縮性側索硬化症という、全身の体の筋肉が萎縮して最終的には呼吸筋が働かなくなるので、呼吸器をつけないと生きていけないという病気です。最近は呼吸器をつける方が多くなり、概算ですがこの病気で 2,000人近くの方が呼吸器をつけているのではないかと言われております。そういう方たちも現実には在宅が非常に難しくて、施設にいらっしゃる。でも、日本の病院の現状では長期入院が非常に難しいということで、呼吸器をつけたくてもつけずにあきらめて亡くなっていく方もたくさんいらっしゃいます。それもありまして、今回、呼吸器に関してのお話も出るということで、大濱さんに呼ばれてここにまいりました。
実は去年、ALS協会の国際同盟がデンマークであり、呼吸器をつけた方3人と12時間のフライトでデンマ−クへ行き、一緒に参加してまいりました。今年はサンフランシスコで国際同盟があります。「1度行けたのでまた行きたい」「あの人が行けるのなら私も行きたい」ということで、やはり皆さんが社会参加を非常に求めていらっしゃるということがわかりました。今年は10人近い患者さんが名乗りを上げておりまして、なんとか飛行機に乗せて、サンフランシスコまで行けるようにと、今、準備をしている状況です。
我われの病院でも、頸髄損傷の方や呼吸器をつける方をたくさん見ます。救命センタ−に運ばれて、その場では整形外科の専門医が診るのでなんとか救命措置はできるのですが、残念ながら、その後のリハビリテ−ションにつながるところが空白状態という感じがいたします。
原則的に救命センタ−で診られる期間は2週間です。これは、一般病棟と違い、救命センターが東京都の補助を受けて運営されていることもあって、自治体の言い分としては、皆さんに平等に使ってもらうために、救命措置が終わったらできるだけ次の救急の方にベッドをあけてくれということなのです。
それで次に行こうとすると、なかなか次の施設に移れない。皆さんよくご存じの神奈川県総合リハビリテ−ション・センタ−−私は以前そちらで働いておりましたけれども−−に転院するためには、少なくとも1日に何時間か車椅子の座位が保てる状態にしてから行かないとリハビリテ−ション・プログラムに乗れない。しかし、救命センタ−の2週間ではそれはとてもできない。そのつなぎをどこがやるのかというと、そうした医療機関がほとんどなくて、仕方なく整形外科のある関連の病院や老人病院のリハ病棟などに行っていただくことになる。そこでは車椅子では病室に入れないような状況で、結局、やっとベッドをアップするのが精々という状況です。そうすると、神奈川リハビリテーション・センタ−のような所に行くのがどんどん遅れて、逆に寝たきりになってしまう。あるいは、そこで肺炎を起こしてしまうというような状況があり、我われだけの力でくい止めるということは難しい。
呼吸器をつけて在宅でなんとかみたいとおっしゃっても、在宅のための指導ができるドクタ−やナ−スがいません。今、ロ−レンスさんもおっしゃいましたけれども、バルーンカテ−テルの管理から呼吸器の気管切開の管理などさまざまな点を含めて、ト−タルに自分の体を十分に理解して、自分のところに来てくれるケアスタッフにどれだけの指示を出して、自己管理ができるか。そのためには、看護婦さんとお医者さんが、「あなたの体は今こういう状況なのでこういう管理が必要ですよ」と教えられること。そして、なぜそういう管理が必要なのか、きちっとした教育的な指導ができるスッタフが必要なのですが、そのスタッフがあまりに少ないのではないかという気がします。
病院が忙し過ぎるのも現状だと思いますが、そういうことで医療からリハビリへとつながるところがぶつぶつと切れて、次につながるまでの空白期間の間にへたをすると命を落とす方もたくさんいらっしゃるのではないか、という気がしております。
大熊 今、お話に出ました神奈川県総合リハビリテ−ション・センタ−(神奈リハ)から、宮内康子さんというナ−スがいらっしゃっておりますが、今のぶつぶつ切れてしまうという問題について、今は神奈リハの看護学校の先生ですが、いかがでしょうか。
呼吸器使用者を在宅へ
宮内 私は、神奈川県総合リハビリテ−ション病院の脊髄損傷病棟勤務を12年間ほど経験いたしました宮内と申します。今、ケ−スワ−カ−の方が、神奈リハでは座位が3、4時間できないと入れないとおっしゃっていました。10年ぐらい前までは、座位がとれないとすぐにリハビリに移行できなかったので、座位が保てる状態にしてから来てくださいと言っていた時代がありました。しかし今は、それはほとんどなくなりました。
特に県内の場合は、そばに北里大学病院や東海大学病院等の3次救急病院があるので、受傷後のスパイナルショック期(脊髄ショック期)を過ぎると、入院の申し込みがあります。ドクターを始め、コ・メディカルスタッフは、受傷後早い時期にリハビリを開始したいという希望を持っていますので、できるだけ早く入院できるようベッドの調整をしております。
それから、4年前に、新しく40床の脊髄損傷病棟が2ユニットできた時点で、お待たせしても待機期間は1ヵ月から2ヵ月になってきています。特にパラプレジア(脊損)の方は1ヵ月ぐらいで、早い人は申し込みをして1週間ぐらいのうちに入院できるようになりました。ただ、頸髄損傷の方は入院期間がどうしても長くなるので待っていただくことが多いのですが、それでも早ければ1ヵ月以内、長くとも2、3ヵ月あれば入れると思います。
それから、もう一点、神奈リハのことをお話しいたします。去年の2月に、C1で人工呼吸器をつけた患者様を自宅に帰すことを目標に、コ・メディカルスタッフが協力し、実施いたしました。神奈リハとしては、自分たちのセンターの役割というものを見つめており、少しずつ進歩していると私自身は感じておりますので御期待いただきたいと思います。
大熊 つまり、日本の中でもモデルをつくろうと思えば、こことここをこう参考にすれば……、カナダに一々行かなくてもうまくつなげばできるのかな、という気もしてきました。
呼吸器は生活の道具
大熊 ピアカウンセラ−のお話をしばらくしていたわけですが、日本もそういう方が全くいないわけではなくて、この会場にきておられる佐藤きみよさんは、実際以上にピアカウンセリング的なお仕事をしていらっしゃいます。佐藤さんの場合は人工呼吸器という言葉を使わずに、「ベンチレ−ター使用者」という言葉を意識的に使っていらっしゃいますので、その点も含めて教えてくださいますか。
佐藤 わかりました。札幌からまいりました佐藤きみよです。私は10年前に自立生活を始め、「ベンチレ−ター使用者ネットワ−ク」という人工呼吸器をつけた方たちのネットワ−クづくりをしています。現在は 500名ぐらいの会員が、北海道から沖縄までいらっしゃいます(ホームページ http://www.jvun.org)。
私は、現在24時間、もう25年ぐらい人工呼吸器を使用しています。12歳のときに肺炎をこじらせて人工呼吸器を使用したとき、お医者さんから「あなたは一生病院でしか生きられない、将来に夢を持ってはいけない」という宣告を受けました。しかし、どうしても自立したいという夢があきらめきれなくて、10年前に周囲の反対を押し切り自立生活を始めました。「何かあったらだれが責任を取るんだ」「あなたの生き方はクレイジ−だ」という医療専門家の方たちからの批判もかなりありましたが、1度しかない人生だから私は私らしく生きると言って、地域の中に出てきました。それから10年たちましたが、あのとき「あなたは一生病院でしか生きることができない」といったお医者さんが、今の私の姿を見たらどう思うのかな、と思います。本当に、今は週に3回から4回ぐらい外出もするし、こうやって日本じゅう飛び回って、旅行もよくしています。
先ほど大熊さんがおっしゃったように、私は、なぜ人工呼吸器と言わないで「ベンチレ−ター」と言いたいかということを、少しお話したいと思います。日本では人工呼吸器という言葉に対するイメージが、すごく間違ってとらえられている部分があると思います。人工呼吸器というと、本当に重病の患者さんがつけるもの、脳死の方がつけるものというイメ−ジがあると思うんです。けれども私はそうではなくて、ベンチレーターというのは、車椅子や眼鏡と同じように日常生活の中で使う道具なんだ、元気に生きるためのパワ−のもとがベンチレ−ターなんだ、というふうに人工呼吸器に対するマイナスのイメ−ジをプラスに変えていきたいと思っているのです。だから人工呼吸器ではなく、ベンチレ−ターというふうにちょっと軽い呼び方をしています。
人工呼吸器をつけることで人生が不幸になる、マイナスになるというようなとらえ方ではなく、車椅子と同じように、自分の体の一部として、自分らしく命を輝かせるための道具なんだということで、ぜひこれから呼吸器をつける方たちにも呼吸器と共に人生をエンジョイしていただきたいと思い、そういう考えを広めていきたいと活動しています。
大熊 もう少しロ−レンスさんや会場の方にも、車いすのどこに呼吸器が乗っているのか、呼吸器が見えるようにお披露目をしていただけますか。
佐藤 車椅子の下に積んであるのがPLVというベンチレ−ターです。これは、今家庭で一般的に多く使われているベンチレ−タで、自宅にいるときは電源を使って動いています。今は外出中なのでバッテリ−を使っていますが、バッテリ−を使うと、大体12時間から20時間近く呼吸器は動いています。ベンチレーターとバッテリーを積みながら、こうやって旅行をしたり、外出したりしています。私は座位がとれないので、このようにオ−ダ−メイドで寝たまま乗れる車椅子をつくり、車椅子の下にベンチレ−タ−を積むようにしています(注:PLVはレスピロニクス社製、販売元はフジアールシー社、従量式換気設定)。
大熊 ロ−レンスさん、初対面だと思いますが彼女のお話を聞かれて、何かコメントがありましたらば……。
ロ−レンス すばらしいですね。佐藤さんはこれまでに随分たくさんの仕事をしてきた方だと感じました。佐藤さんがおっしゃったことに、私も本当に同感です。ベンチレ−タは道具にすぎないんだということを、ちゃんとわかっている方がいることを知って、とてもうれしく思いました。 私は、自分のケアスタッフを採用するために面接をするとき、ベンチレ−タを使っていることなど言いません。なぜかというと、それを聞いただけでとても怖がるのです、佐藤さんがおっしゃったとおりなんです。つまり、ベンチレ−タというと、ICUの何かの設備、機械だというふうに捉えてしまうのです。でも、私にとっては、呼吸を助けてくれるエアポンプにしか過ぎないのです。
だから人々に、これはポンプに過ぎないということを、教育する必要があります。そうすると、もう怖くなくなります。そして、今度は人間として見てくれるようになります。つまり、私に関わり始めてちょっと時間がたつと、障害が見えなくなって人間として見てくれるようになります。佐藤さんはそれをみんなに気づかせてくれるように、いろいろな仕事を十分していらっしゃると思いました。だから、いいモデル、いいお手本だと思いました。
大熊 桝屋さんが、何か感動しておられます。一言どうぞ。
桝屋 佐藤さん、初めまして。厚生労働副大臣の桝屋でございます。お話を聞いて感動いたしました。私も、これからはベンチレ−ターという言葉をできるだけ使おう、と思いました。車椅子は道具と同じなのだという発想に、私もいささか気持ちを変えなきゃいかんな、と感じました。ありがとうございました。
大熊 それでは、これから15分ほどお休みを取りたいと思います。今、出て来られたローレンスさんも佐藤さんも、いわゆる人工呼吸器をつけていながらちゃんと声を出しておられました。その秘密については、休憩後に続けたいと思います。
大濱 その間、クリストファ−・リ−ブからのメッセ−ジのビデオテ−プを流していますので、どうぞごらんください。
・・・・・15分間休憩・・・・
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