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 【福岡講演1】

 勃起のメカニズムと性機能障害

 労働福祉事業団・総合せき損センター泌尿器科副部長 木元 康介

* 九州大学医学部泌尿器科講師、日本性機能学会評議員・幹事、アジア太平洋性機能学会理事

 どうも、皆さんこんにちは。暑い中、たくさんお集まりいただきまして、ありがとうございます。それでは、デュシャーム先生の講演の前座としてお話をしたいと思います。


 ED

 勃起障害ということで、最近、泌尿器科の外来でもポスターを張っており、それを見られた方、新聞広告を見られた方などいらっしゃるかと思います。前はインポテンスという言葉を使っていました。しかし1994年に、アメリカでいろいろな専門家を集めて協議し、病態をよく表さないということと、かなり軽蔑的な表現ということで、そういう言葉はやめて、「ED」(エレクタイル・ディスファンクション)という言葉を使おうということになりました。世界的な定義として「満足のいく性行為に十分な勃起を達成できない、もしくは維持できない状態」としています。そして日本でもこれを用いることになりました。

 デュシャーム先生がいらっしゃるボストン大学のグループが、1994年に調査をしました。マサチューセッツ州で男性に質問を送りまして、1,290 人から回答を得ました。その結果、勃起障害は非常に多いということが分かりました。軽いものも含めると、40代で4割、50代で5割、60代で6割、70代で7割と、年齢と同じぐらいのパーセンテージであることが分かりまして、世界的に非常に衝撃を与えました。

 そして、当時東大におられた丸井先生が、日本で同じような調査をされました。住民台帳の中から無作為にやりましたところ、少なく見積もっても780 万人、多く見積もって970 万人の患者がいることが分かりました。これは男性だけの数ですから、非常に患者数の多い病気ということが分かったのです。

 そういうことで、一昨年、パリで、WHO主催の会議が行われました。専門家を世界中から集め、どういうふうに診断してどういうふうに治療するか、世界的に共通のものを作ろうということで行われました。幸い、私も参加させていただきました。そういった一端をお話ししようと思います。




 勃起のメカニズム

 勃起のメカニズムですが、いろいろな刺激が脳に入ってきます。目からの刺激、におい、音、触覚や空想、そういったものが視床下部というところに集められまして、その刺激が脊髄を伝わって勃起を起こすわけです。脊髄損傷の方は、その通路である脊髄がいろいろなレベルで障害を受けているわけです。しかし、勃起は起こります。なぜかというと、神経に反射弓というのがありまして、上からの信号が来なくても何らかの刺激で、反射的に勃起が起きます。ただし、それは長続きしません。

 ペニスを輪切りにした絵で考えますと、普通の状態では動脈血が入ってきて、海綿体内に入り、そして出ていくのです。いざ勃起せよという信号が入りますと動脈が開きますし、海綿体も非常に柔らかくなります。そうすると血液がどんどん入っていって、動脈血がたまって、大きくなった海綿体洞と、それを取り囲む白膜の間で、静脈を押さえつけられます。血液の入るのは増えて、血液が逃げていくのが少なくなりますから、硬くなって勃起するということになります。

 もっと細かく、細胞のレベルまで話をさげていきます。性的刺激が起こりますと、神経のほうから、NOx(大気汚染物質)と同じ一酸化窒素(NO)というガスが出ます。これはガスですから、細胞内に簡単に入っていきます。そして、サイクリックGMPという物質を増やします。そうすると平滑筋が緩み、血液を中に放り込んで閉じ込めます。このサイクリックGMPという物質は、海綿体の中にあるホスホジェステラーゼタイプ5という酵素で分解されて、勃起がおさまっていきます。これが、この10年ぐらいの研究で分かったことです。

 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、1998年のノーベル医学生理学賞は、バイアグラの原理となった一酸化窒素の発見に対して贈られました。ムラド、イグナロ、ファーシュコットの3人が、一酸化窒素が生体内で働きをしているということを見つけて、ノーベル賞をもらったのです。私はこの方たちと会ってお話をしたことがありますので、自分のことのようにうれしかったです。特に、ファーシュコットさんは80歳を超えていますので、早く取らないとノーベル賞をもらえないと、毎年毎年、心待ちにしていました。ノーベル賞は死んでしまうともらえないので……。

 今から10年ぐらい前に、ファーシュコットさんの講演が福岡でございました。その時から、彼は将来ノーベル賞を取ると分かっていましたので、私はちゃっかり写真を撮らせていただきました。非常にいいおじいちゃんです。

 後で話が出ますが、今までの勃起障害の主な治療法は、プロステーシスという手術で埋め込み、陰圧式の補助具、注射器、あるいは日本にはないのですが尿道菅注入など、かなり面倒くさいことしかなかったのです。そこで、バイアグラという薬が出てきたわけです。




 バイアグラ

 なぜ飲み薬でそういった作用ができるかと言いますと、先ほどお話をしましたように、一酸化窒素が入ってきてサイクリックGMPが増えるのですが、患者さんというのは、一酸化窒素が少ししか出ないのです。ですから、サイクリックGMPがあまりたまらず、すぐに分解されて、勃起を起こすことができないのです。 そこで、いろいろ方法はあるのですが、分解酵素を抑えてやれば、これがたまるというところに目をつけたのです。この分解酵素を抑えるのがバイアグラです。したがいまして、一酸化窒素が出ないと、バイアグラの効果が発揮できないのです。そして、ホスホジェステラーゼは、生体内に11種類あることが分かっています。特にバイアグラはこのうちのタイプ5に非常によく効くことが分かっています。ほかに対してはほとんど効かず、バイアグラを飲むことによって、タイプ5があるところだけに選択的に効くという特長です。

 その効果ですが、バイアグラは脊髄損傷の患者さんがいちばんよく効くのです。プラセボという何も入っていない薬で約7%ですが、バイアグラを見ると75%の人に効果があるという報告があります。これは非常によいです。対照的に、例えば勃起障害をよく起こす糖尿病の場合ですと、56%ぐらいしか効かないですね。先ほど言いましたように一酸化窒素が出ないと効果を発揮しませんので、糖尿病の患者さんは神経そのものが障害されてますから、なかなか効きにくいということになります。

 皆さんご存知と思いますけど、マスコミ、テレビ、新聞、週刊誌等で、バイアグラを飲んで死人が出たと大騒ぎになりました。1998年、1999年にかけまして、我々、性機能学会、心臓病学会、循環器学会、救急医学会が協力して、私も加わりいろいろ検討いたしました。そうすると、心臓の病気と勃起障害は、非常に共通することが分かりました。 高血圧、糖尿病、コレステロールが高いとか、たばこを吸う、そういうことがあると、血管の内皮細胞が障害を受けるのです。そうすると、ある者は心臓病になるし、ある者は勃起障害が起こるということで、非常に心臓の病気と共通項が多いということで問題になっています。

 そして、いろいろ文献を見ていきますと、アメリカはすごい国で、いろいろなことを調べてあります。アメリカで心筋梗塞になる方は非常に多いのですが、そういった方は、少し元気になると主治医に聞くのです。「いつから性交渉を再開していいか」と。そう聞かれてもデータがないと困りますから、例えば、1マイル(1.6キロメートル)1時間で歩いたら大体これぐらいだとか、ちゃんとデータを集めています。「METs」という単位は酸素の消費量で、これが大きいほど、負担が大きいということになります。窓ふきだと大体3〜4METs、性行為で5〜6METsというのをちゃんと調べています。この5〜6METsという運動は1時間に5、6キロで歩くぐらいの負担と同じです。だから、これぐらいの運動ができないような人は、性交自体が危険だということになります。逆に言えば、これぐらいの運動ができていれば、性行為は安全です。

 バイアグラは心臓に悪いのかということを、実際に心臓病の患者さんで調べたのです。心臓を栄養している冠動脈の予備能で調べてみますと、バイアグラを飲むとむしろそれはよくなる、心臓にとって非常に優しい薬だということが分かっています。 さらに言いますと、イギリスが非常に優れたところなのですが、サリドマイドでいろいろ奇形児を生んだ反省から、医薬品の安全性を確かめる組織というものを作ったのです。イギリスでは、患者さんは最初に開業医のところに行かないといけなくて、それから専門医を紹介されるというシステムになっています。必ず開業医のところに集まってくるのです。新しい薬が出ますと、グリーンの用紙がありまして、何か事故が起こったら、必ずそれを出すというシステムがあります。これで、どれぐらい死人が出た、けがが出たということが分かるのです。 それでいきますと、心臓病で死んだ人でバイアグラを飲んでいた人の発生率とこれまでのデータとは差がなかったのです。心筋梗塞の発生率にも差がなかったということで、薬剤安全調査機構は、バイアグラは安全な薬であるということを宣言したのです。

 鹿児島に行って開業されている西先生のエピソードですが、高血圧で勃起障害になった63歳の人ですが、バイアグラで人生が明るくなったということでした。61歳の会社役員の方は、人生がよみがえって、74歳の方は大変喜んでいるということで、非常によかったという話がありました。

 この間の5月に、福岡で市民公開講座をやりました。その時、福岡在住の作家の高樹のぶ子さんが「バイアグラは性の老眼鏡である」と言われました。障害者の人にとっては「性の車椅子」という感じだと思います。 性のことをお話ししますと、セックスと死亡率は関係があるのか、セックスすることは健康にいいのか、悪いのかということをイギリスのほうで調査しています。918 人の中年の男性を10年間ずっと追跡調査したら、セックスの回数が多いほど死ににくいということが分かったのです。ですからこの結論は、男性の健康にセックスは非常にいい影響を与えるということが、こういった医学的な調査からも分かるのです。

 医療保険の問題ですが、ご存知のように、日本ではバイアグラは私費で、保険がききません。外国では、アメリカは州によって違うのですが、ある程度お金が戻ってくるというか、保障されます。イギリスでは病気によって違い、例えば脊髄損傷や糖尿病だったら保険がききます。オーストラリアでは、退役軍人だけ、国のために尽くしたからタダにしようという話です。

 日本では、保険でカバーされるようにしたらいいかどうかを調査しました。そうすると、7割ぐらいのお医者さんが、全部保険にすべきか、あるいは脊髄損傷といったことであれば保険でいいのではないかという意見を持っていました。そして、一般の男性2,000 人、女性1,800 人に聞いたのですが、こういう疾患の人は保険でバイアグラを出してもいいのではないかということで、やはり脊髄損傷がいちばん上に上がっております。そして糖尿病などが続くわけです。脊損連合会が厚生省に働きかけていますが、なかなか抵抗が強いです。しかし、保険がきけば、皆さん、安く手に入れられるということで、治療を受けやすくなるのではないかと思っております。

 以上です。どうもご清聴ありがとうございました。



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