| 第 24 章 |
| 運(エキササイズ)動 |
日頃の運動が多くの点で有益であることは毎日のように見聞きすることである。快調で健康的な生活習慣を身につけることの精神的・肉体的な利点については、詳しく書かれた書物がたくさん出版されている。脊髄損傷を負った場合には、運動はさらに重要な、生活にとって欠かせないものになる。
損傷を受けた直後から始まる入院中のリハビリテーションの中では専門家の指導の下に規則正しく運動することになるが、ひとたび退院すれば、自分自身で身体能力と健康を可能な限りよい状態にするために日常生活の一部として運動を続けることが不可欠である。
◆ 運動の種類
脊髄損傷者のための運動は下記のように分類され、健康と身体機能の改善のためには、これらをバランスの取れたプログラムで実施することが重要である。
ストレッチについては「関節可動域」の章で詳しく扱っている。従って、本章では脊髄損傷者に勧めたい筋力及び持久力強化のための運動、及び心肺機能強化のための運動について述べる。
- 筋力及び持久力強化のための運動:筋力の強化は筋肉が最大限の力で収縮できる能力を向上させる。持久力の強化は筋肉が繰り返し収縮できる能力、及び、繰り返しても疲労に対して抵抗性を持つ能力を向上させる。
- 心肺機能強化のための運動 (エアロビクス):心肺機能の強化によって身体が酸素をより有効に利用できるようにし、長時間に及ぶ活動もより効率よく行なえるようにする。
- ストレッチ:柔軟体操は筋肉の萎縮を防ぎ、可動範囲を維持、あるいは増加させ、可能な限り自然に自分の身体を動かせるようにする。
◆ 運動の効用
筋力及び持久力を強化する運動は、以下のような理由で重要である。
- 手動の車いすを自分で押す場合、手や頭で電動車いすを操作する場合、歩く場合、いずれでもある場所から別のある場所への移動が可能になる。
- できるだけ自立して自分で動いて身の回りのことができるようになる。
- 自分自身をけがから防ぐことができる。
- よい姿勢を保つことができる。
心肺機能を強化する運動は以下のような理由で重要である。
- 安静中、活動中を問わず心肺機能が向上する。
- 血行を改善し、筋肉と皮膚への酸素の供給が高められる。
- 心臓疾患のリスクを減らす。
- 身体の脂肪燃焼効率を改善する。
- 身体に日々の活動のためのエネルギーをよりたくさん供給する。
一般的な健康の観点からも運動はさまざまな点で有益である。
- 骨を強くする。
- 理想体重を維持する。
- 血糖値の調整能を改善する。
- 自分が楽しむことのできるレジャーやレクリエーション活動への参加を可能にする。
- 熟睡できる。
- 精神面・身体面いずれでも快適な気分でいられる。
◆ 筋力及び持久力強化のための運動
どの筋肉が自分の意志で動かせ、どの筋肉が動かせないかは、脊髄損傷の部位と種類によって異なる(「脊髄損傷の解剖学及び生理学」の章参照)。損傷部位より上位にある筋肉は神経学的には障害されていないが、損傷後、長期間病床についたり、活動が制限されることで弱体化することもある。
完全損傷あるいは機能の不全や運動機能完全マヒの場合には、損傷部位以下の筋肉はもはや動かず、強化することはできない。運動機能の不全損傷の場合、損傷部位以下でも、ある程度の筋肉は動かせるが、通常よりはかなり弱くなっている。筋力強化運動の目的は可能な限り自分の意志で動かせる筋肉を強化することにある。
入院中のリハビリテーションでは理学療法士及び作業療法士が強化を必要とするすべての筋肉を対象とした運動プログラムを立てることになる。運動プログラムは脊髄損傷の部位と程度に応じて一人ひとりに合わせて作成される。例えば、頭と首以外を動かすことのできない人には首と呼吸器系の筋肉の強化運動のプログラムが、一方、全ての手足を動かせる人には全身の筋肉を強化するための広範囲にわたるプログラムが作られる。
脊髄損傷後、すぐにリハビリテーションを開始した場合でも、損傷を負ってからしばらくたってしまった場合でも、筋力強化運動には一般に次のようなことが勧められている。
- 身体の全ての筋群を対象として考慮すること
- 軽い負荷から始め徐々に強くしていくこと
- 無理をせずに最初の1セット8回が繰り返せる程度の運動強度にすること
- 8〜12回の繰り返しで2〜3セット行なうこと
- セットの間は最低1分以上開けること
- 12回の反復で3セットが軽くこなせるようになったら、次のいずれかで次の段階に進むこと
* 負荷を上げる
* セットの間の休憩を短くする
* その筋群をさらに強化する運動を追加する
筋肉や筋群に対する持久力強化運動には、上記の筋力強化運動の勧めを次のように読み替えればよい。
- 15〜20回の反復が楽にできる程度の軽い負荷にする
- 20〜30回の反復を3〜5セット行なう
- セットの間の休憩を1分未満にする
機能訓練とは
多くの場合、「機能的」な運動、言い換えると、日常生活に必要な動作を真似た運動が、最もよい運動である。作業療法士や理学療法士がこのような訓練を勧めるのも、筋力と持久力を強化する中で動きを組み合わせることを習得するのに役立つからである。
例えば、小さなものを指を使って別な場所に移す訓練は、自分の日常生活での手の筋肉の使い方を改善する機能訓練である。また、車いすの乗り降りを練習するのは、肩の筋肉で自分の体重を支えて移動する適切な技術を習得するための機能訓練である。リハビリテーションの中で習得しようとするスキルにはどれも目的がある。何かの訓練や活動について、なぜそれを行なう必要があるのか解からない場合には、療法士に説明を求めること。
機能訓練とは、日常生活で身の回りのことをしたり、動き回るのに必要なあらゆる活動をすることでもある。着替えのために足をうまく動かしたり、車いすを操作したり押したり、乗り移ったり、物を書いたりといった日常の活動は、筋肉が適切に働くことを維持する機能訓練となる。
◆ 心肺機能強化のための運動 (エアロビクス・コンディショニング)
エアロビクス・エキササイズというと、ジョギング、サイクリング、エアロビクス・ダンス教室、その他の、受傷前にやっていたような運動のことを示すように思えるかもしれない。しかし、脊髄損傷者が心肺機能を高めるために行なうエアロビクス・エキササイズの場合には、上記のような通常のものとは異なる方法を考慮する必要がある。損傷部位によって自分に適した運動の選択肢は異なる。
そのうちのいくつかを示す。
- 手動の車いすを押すこと
- 座って行なうエアロビクス運動のビデオトレーニング
- 腕エルゴメーター(腕の負荷運動を計る筋力計)
- 手漕ぎ自転車
- 座って行なうボート漕ぎ運動
- 車いすでのロードレース
- 水泳
- 座って行なうクロスカントリー・スキー
- 障害者向けスポーツ(バスケット、4人制ラグビー、テニス等)
心肺機能強化のための運動は、心臓と肺が通常に生活を送っている時より、より活発に働く状態にさせることを目的としている。米国スポーツ医学会は、脊髄損傷を考慮した場合、下記のような条件で心肺機能強化運動を行なうことを奨励している。
- 運動強度:最高心拍数の50〜80%
- 頻度:週3〜5日
- 継続時間:1回の運動当たり20〜60分間
心拍数の計り方
心肺機能強化運動を行なう場合、心拍数(脈拍)をモニターすることは重要である。自分で心拍数を計ることができない場合は他の誰かにやり方を教えて、計ってもらうとよい。以下に心拍数の計り方を示す。
- 秒針のある時計を用意する
- 人差し指と中指で次の2か所いづれかの脈を探る
(a)手のひらを上に向けた時の手首の親指側、手首の関節のくぼみのすぐ上
(b)首の中程、気管のすぐそばに接する右側- 10秒間の脈拍を数える
- 数えた脈拍に6をかければ1分間の心拍数が求められる。
<例>:10秒間に20回脈が感じられた時、
20×6= 120 拍/分 となり、これが心拍数である
最高心拍数と運動強度範囲
上記に推奨されているように、心肺機能強化運動では最高心拍数の50〜80%の運動強度が必要である。ここで述べられている最高心拍数とは、「220−年齢」 で定義されている。即ち、40歳の人であれば適切な運動強度は以下のように計算される。
220 - 40 = 180 (最高心拍数)
180 の 50% = 90 拍/分 (0.5×180 = 90)
180 の 80% = 144 拍/分(0.8×180 = 144)
従って、40歳の人の運動中の心拍数の範囲は90〜144拍/分になるようにすべきである。
自覚的運動強度(Rate of Perceived Exertion: RPE)
もう1つの運動強度を計る方法は、本人が実際に感じた運動の強さを、スケールに当てはめて評価するもので、自覚的運動強度(RPE)と呼ばれている(図24ー1)。
健康増進のために心肺機能強化運動を行なっているのであれば、RPEスケールのレベル4(ややきつい)からレベル7(非常にきつい)の間で行なう必要がある。もし現状の運動が「ふつう」と感じたら負荷を上げ、逆に、「非常にきつい」のレベルを超えていると感じたら負荷を下げなければならない。RPEスケールは、運動中の心拍数の変化とよく相関することが研究で示されている。
図24ー1 ボルグの自覚的運動強度(RPE)スケール
0
0.5
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
Nothing at all
Very, very weak
Very weak
Weak
Moderate
Somewhat strong
Strong
Very strong
Very, very hard
Maximal
何も感じない
最高に楽である
非常に楽である
楽である
ふつう
ややきつい
きつい
非常にきつい
最高にきつい
限界
Med. Sci. Sports Exerc.誌 1982年 Vol.14, p.377
運動強度の測定に心拍数ではなくRPEを使うべき場合
脊髄損傷が胸髄のT6あるいはそれより上位で起きている場合には、心拍数を制御する部位の神経系が障害されている。このため、運動してもそれに対応して本来あるべき通りに心拍数が増加しないので、心拍数を基に正しい運動強度範囲を求めることは困難である。その代わりRPEスケールを使ってどれだけの負荷を感じるかを基に運動強度を求める方がよい。また、RPEスケールはT4より下部の損傷に対しても信頼性が高く、特に脈を計るために運動を中断するのが困難な場合には、より簡便な負荷を計る方法としてしばしば利用されている。
準備運動・整理運動の重要性
急に激しい運動を開始したり、停止したりしないこと。筋肉、関節、心肺器官を正しくウォームアップ及びクールダウンするには、通常の強度での訓練を始める前と終わった後それぞれ少なくとも5分間、低い強度の運動を行なう必要がある。ウォームアップやクールダウン時に軽いストレッチを行なうことは、運動中のけがを防ぐことにも役立つ。
◆ 運動生理学の基礎
心肺機能及び筋力・持久力の強化のために知っておくべき運動についての一般的概念を以下に述べる。脊髄損傷を負って間もない場合、あるいは長期間経過している場合、いずれであっても、新たに運動プログラムを始める際には、運動の原理原則を知っておくことが重要である。この原則は障害を持った人だけではなく、運動で身体を鍛えようとする全ての人に当てはまるものである。
- オーバーロード(過負荷)の原則:運動によって身体的な向上をもたらすには普段の生活より強い運動強度で訓練しなければならない。運動強度は徐々に増加させていくことが必要なため、より負荷の大きい運動を継続して取り入れていく必要がある。与えられた訓練をより負荷の大きいものにするため、運動の頻度、強度及び持続時間を変えてもよい。一般的に、約2週間ごとに運動強度を上げることが推奨されている。
- 運動の特異性の原則:ある運動に対する身体の反応はその運動の目的に基づいたものであり、他の運動の目的を満たすものにはほとんどならない。例えばウェイト・リフティングは筋力の強化には役立つが、心肺機能の向上にはほとんど貢献しない。また、ある活動を行なうための最善の訓練法は、その活動そのものを行なうことである。例えば、速く泳げるようになるためには、水泳の練習をよりたくさんするべきである。
- 可逆性の原則:「使わないと衰える」と言われるように、基本的に、運動から得られる益はそれを続けていれば維持され、運動の中で向上するが、運動をやめてしまうとすぐに力が弱くなっていき、ついには訓練に投入した全ての努力が無に帰してしまう (その上、鍛えるのにかけた時間よりずっと速く元に戻ってしまう)。また始めからやり直さずに済ませるためにも、運動プログラムへのやる気を保つことが重要である。
◆ 脊損者が運動する際の留意点
- 皮膚の保護:皮膚の同じ部分を圧迫したままにしないこと。長く同じ姿勢を続けると皮膚を傷める恐れがある。
- 骨密度:長期間脊髄損傷を患っている人は、骨が弱くなる、骨粗しょう症になりやすい。重い物を身体の上に落とさないよう、また運動中に転ばないように注意すること。
- 体温調節:脊髄損傷によって体温調節機能が障害されている可能性があることに注意すること。極端に暑い、あるいは、寒い環境で運動を行なうときには特に注意が必要である。着ている衣服の枚数を調節し、必要に応じてスプレー式のボトル水を利用して身体を冷やすこと。
- 水分補給:運動の前、最中、及び後に、それぞれ充分な水分を取ることを忘れないこと。膀胱管理と水分摂取のバランスを取ること。
- 膀胱と腸:膀胱または収尿袋を運動の前には空にし、継続的な腸管理プログラムを行ない、自律神経過反射の減弱や運動中の事故を避けること。
- 身体の安定と手による支え:体幹の筋肉がマヒしている場合は、運動中に身体を支える専用のひもやベルトが必要になることがある。握力に障害がある場合は、専用の手袋、ゴム製の肩掛け、マジックテープ付の腕輪などで手と運動器具をしっかり固定すること。
- 病気:病気になった時は良くなるまで運動プログラムは休むこと。
- 低血圧:安静時の血圧が80/50未満である場合は、腹部用バインダーや圧迫性の靴下を着用して運動するとよい。脊髄損傷者が運動中に低血圧を起こすことは良くあることなので、低血圧症の症状を覚えて自分が運動中にどんな感じになるかを気を付けてみること。
- 高血圧:胸髄T6より上位の脊髄損傷者の中には、ある種の運動が自律神経過反射を引き起こすことがあるので注意する必要がある。その場合の症状をよく知り、もしそれらの症状が現れたら、運動を中止して適切な医療指導を受けに行くこと。
- 痛み:痛みが強くなるような運動は続けないこと。
運動の耐久性に影響を及ぼす薬物
脊髄損傷自体やそれに伴うその他の症状を治療するために、さまざまな薬を服用することは珍しくない。薬の中には運動に対する身体の耐久性と反応に直接影響するものもある。医師に使用している薬を確認してもらい、特に、運動する際にそれらの薬に特別に注意を払うべき条件があるかどうかを聞いておくこと。
◆ その他の留意点
- 自分の好きな運動を選ぶようにすること。気に入れば継続しやすくもなる。楽しく続けるために友人や家族といっしょにやることも考慮してみる。
- 頑張り過ぎないこと。「労なければもうけなし」とは、頑張りなさいと言う意味ではあるが、決して自分を傷つけてまでやれと言う意味ではない。ただし、運動プログラムを始めたばかりの時や運動負荷を上げる際には軽い筋肉痛が出たりもするが、こうした不快感は2、3日で消えるのが普通である。
- 健康と機能は、「見た目」よりずっと大切なことである。ボディビルダーのような隆々とした筋肉をつけることではなく、疲労や痛みを起こすことなくやりたいことがやれる程度の健康とそれに見合った身体になることを目指すべきである。
- 必要充分な栄養を摂取することは運動プログラムにおいて重要な観点である。「栄養摂取」の章を参照し、疑問があればかかりつけの栄養士に相談するとよい。
- 人の助けを借りること。何かの運動についてやり方が分からなかったり、新しい運動を始めるに当たって指導を受けたいのなら脊髄損傷の専門医に相談し、正しい方針を示してもらうことがよい。
損傷部位には関係なく、運動は身体を可能な限り健康に保つために必須である。最大限に自立できるようにするため、筋肉は強く、心臓は正常に、そして身体は柔軟にしておく必要がある。健康的な生活の一部として、運動を続けることを自分に向かって宣言しよう。
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