神経系幹細胞
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■ 「最新医学」54巻12号・1999年12月【要旨】
神経系幹細胞を用いた神経機能再生京都大学大学院医学研究科 脳神経外科 高橋 淳
幹細胞とは、成熟個体に至るまで存在し続ける未分化な細胞のことで、@多分化能、すなわち複数の違った種類の細胞に分化する能力を持つ、A自己複製能、すなわち対称的あるいは非対称的な分裂によってまた新たな幹細胞を生み出す能力を持つ。
これに対し、ある分化細胞の系譜に入り、限られた回数の分裂の後に分化を遂げるように運命づけられた細胞は前駆細胞と呼ばれる。神経系幹細胞は自己複製能を持ち、またさまざまな因子に反応し、前駆細胞を経てニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへと分化する(図1)
分化および自己複製の方向を矢印で示した。このように幹細胞は多分化能と自己複製能を持つ。
1999年、成体脳神経系幹細胞の由来について、2つの報告が相次いでなされた。まずカロリンスカ研究所のJohanssonらは、脳室壁の上衣細胞由来であると報告した。
これに対しロックフェラー大学のDoetschらは、脳室下帯(SVZ)のアストロサイト由来であると報告した。成体脳に幹細胞が存在するという点、では一致しており、興味深い。
このように神経系幹細胞の由来や分布がはっきりせず生体外での解析が進まないのは、その特異的マーカーが存在しないのも一因である。しかし近年、神経系幹細胞に発現するタンパク質が幾つか報告されている。それらは、nestin,musashi, NotchI受容体などで、これらを組み合わせることにより神経系幹細胞が同定できると考えられる。特異的マーカー、特に表面マーカーの発見が重要な理由は、細胞の同定に有用であるばかりでなく、脳組織を分散培養する際にそのマーカーを利用して神経系幹細胞だけを選別し培養効率を上げることができるからであり、現にそのような試みがなされ始めている。
成体脳の幹細胞
成体哺乳動物の中枢神経系においては神経新生は起こらないとされるが、例外の領域が2つある。1つは、側脳室外側のSVZと呼ばれる部分で、嗅球における神経新生などに関与している。もう1つは海馬の歯状回で、歯状回自身における神経新生に関与している。これらのことから、成体ラット・マウスのSVZや海馬の培養が試みられた。
1992年、ReynoldsとWeissによって成体脳に幹細胞が存在する可能性が初めて報告された。しかしこの時点では、細胞の多分化能が証明されただけであった。Crittiらは、単一細胞由来の細胞塊から得たサブクローンで同様の実験を行い、やはりニューロンとアストロサイトとオリゴデンドロサイトに分化すること、すなわち自己複製能も確認した。これによって、成体の脳にも多分化能と自己複製能を持つ幹細胞が存在することが証明された。その後Weissらは、同様の方法で脊髄にも幹細胞が存在することを示した。
図2 ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化
単一細胞由来のクローンを分化誘導した後の3重免疫染色、ニューロフィラメント(200kD)陽性のニューロン(矢印)、GFAP陽性のアストロサイト(星印)、GalC陽性のオリゴデンドロサイト(矢頭)が認められ、この細胞が多分化能を持つことを示す。青はDAPIによる核染色。
GFAP:グリア繊維状酸性タンパク質
DAPI :ジアミジノフェニルインドール
GalC :ガラクトセレプロシド
成体ラット海馬の幹細胞
Gage研究室からは、成体ラットの海馬に幹細胞が存在することが報告された。これらの細胞はbFGF〔塩基性繊維芽細胞増殖因子〕存在下で増殖し続けて凍結保存も可能である。また、成体ラットの海馬に移植すると、ニューロンおよびアストロサイトに分化しうることが確認された。
この細胞が幹細胞としての性質、すなわち多分化能と自己複製能を持っているかどうかを調べるために、我々は実験により、成体ラットの海馬から得られる細胞は、多分化能、自己複製能を持つ幹細胞であることが示された。
次に、この細胞がRA〔レチノイン酸〕によって分化する際の変化を検討したところ、臭化デオキシウリジン(BrdU)取り込み細胞すなわち分裂増殖している細胞の数が減少していることが分かった。特にニューロンへの分化に注目して神経栄養因子受容体(trk受容体およびp75)の発現を調べると、成体ラット海馬由来の神経系幹細胞は、bFGF存在下で自己複製し、RA存在下でニューロンへと分化し、神経栄養因子の作用によって成熟すると考えられる(図3)。また、この神経系幹細胞由来のニューロンが培養下においてシナプスを形成しうることが電気生理学的にも観察されており、幹細胞由来のニューロンが神経回路の再構築に寄与しうることが期待される。
図3 成体ラット海馬由来神経系幹細胞からニューロンへの分化
これらの細胞はbFGF存在下で増殖し続けて凍結保存も可能である。また、成体ラットの海馬に移植すると、ニューロンおよびアストロサイトに分化しうることが確認された。
この細胞が幹細胞としての性質、すなわち多分化能と自己複製能を持っているかどうかであるが、我々の実験により成体ラットの海馬から得られる細胞は、多分化能、自己複製能を持つ幹細胞であることが示された。
次に、この細胞がRAによって分化する際の変化を検討したところ、臭化デオキシウリジン(BrdU)取り込み細胞すなわち分裂増殖している細胞の数が減少していることが分かった。
特にニューロンへの分化に注目して神経栄養因子受容体(trk受容体およびp75)の発現を調べると、成体ラット海馬由来の神経系幹細胞は、bFGF存在下で自己複製し、RA存在下でニューロンへと分化し、神経栄養因子の作用によって成熟すると考えられる(図3)。
また、この神経系幹細胞由来のニューロンが培養下においてシナプスを形成しうることが電気生理学的にも観察されており、幹細胞由来のニューロンが神経回路の再構築に寄与しうることが期待される。
神経系幹細胞の移植
神経系幹細胞を用いた中枢神経機能の再生に関する実験には、大きく分けて以下の2つのアプローチがある(図4)。
@ 幹細胞を移植し、生体内での神経やグリアへの分化を期待する。この際、幹細胞あるいは前駆細胞を移植材料として使う利点は表1のような点にあると考えられる。 A サイトカインを脳室内に投与して生体内の幹細胞を刺激し、神経やグリアの新生を促す。
図4 神経系幹細胞を用いた中枢神経機能の再生
A : 幹細胞移植。幹細胞を胎仔あるいは成体の海馬やSVZから分離・培養し、遺伝子導入や分化誘導の後に脳に移植する。脳内での移動・分化によって、シナプス形成や髄鞘形成を期待する。 B : 内因性幹細胞の活性化。脳室内にbFGFやEGFなどのサイトカインを脳室内投与し、ニューロン新生、グリア新生を期待する。 SVZ: 脳室下帯、bFGF:塩基性繊維芽細胞増殖因子 EGF: 上皮増殖因子
脳内に移植された幹細胞がどのように振舞うのかを解析するために、成体ラット海馬から得られた幹細胞を成体ラット脳内に移植する実験がGage研究室で行われている。Suhonenらは、ラット海馬由来の幹細胞を成体ラットの海馬、小脳、RMP(脳室周囲帯から嗅球へ神経前駆細胞が移動するときの通り道)に移植し、その後の移動・分化について調べた。幹細胞を海馬に移植した場合、歯状回顆粒細胞層においてニューロンへの分化がみられたが、小脳に移植した場合はニューロンへの分化はみられなかった。
RMPに移植された幹細胞はその通り道に沿って嗅球に移動し、嗅球に特徴的なカルビンディンまたはTH陽性ニューロンやNeuN〔神経核?〕陽性ニューロンへと分化していた。このことは、移植された幹細胞が内因性の前駆細胞と同様にRMPに沿って嗅球に移動し、そこで局所的な因子に反応して特異的な細胞に分化したことを意味する。
内存性幹細胞の活性化
ラット海馬歯状回の門と顆粒細胞層との境界部に分裂細胞が存在することは以前から知られていた。外因性の因子によって幹細胞あるいは前駆細胞の増殖を促進させて、ニューロン新生やグリア新生を促す試みも行われている。これらの実験から言えることは、外界からの刺激によって内因性の幹細胞を活性化しニューロンやグリアの新生を促進しうるということであり、それに関与する因子の同定や機構の解析などが今後の焦点となると思われる。
表1 神経系幹細胞を移植材料として用いる利点
長期間の培養が可能なので、
均一かつ充分な量の細胞が得られる。
予定を立てておくことができる。
細胞の性質を前もって知ることができる。
増殖速度や分化の方向を操作することができる。
レトロウイルスを用いて遺伝子導入が可能。
神経系由来の細胞なので、
神経系特異なタンパク質を発現する。
神経系特異的なプロモーターを持つ。
宿主細胞と正常な細胞構造を構築する。
(シナプス形成など)
その他
腫瘍をつくらない。
多様な細胞に分化する。
ヒト由来神経系幹細胞
将来の目標として臨床応用を考える場合、ヒトにも神経系幹細胞が存在することが大前提となることは言うまでもない。Svendsenら、Flaxらの結果から、ヒト胎児脳には少なくとも多分化能を持つ細胞が存在すると考えられる。
成人脳に関してKirschenbaumら、Erikssonらの実験は必ずしも成人脳における幹細胞の存在を証明するものではないが、少なくとも成人脳においてニューロン新生を起こす細胞が存在することを示唆する。
■ 「最新医学」54巻12号・1999年12月【要旨】
ヒトES細胞株の樹立とその意義京都大学再生医科学研究所 発生分化研究分野 中辻 憲夫
マウスES細胞とEG細胞
実験動物として広く使われているマウス(二十日鼠)のES細胞(胚幹細胞、胚性幹細胞)株が初めて樹立され発表されたのは1981年であり、生殖細胞由来のテラトーマ(奇形腫)が自然発症する129系統というマウス近交系統の初期胚(胚盤胞)内に存在する未分化幹細胞である内部細胞塊を培養して樹立された。哺乳類の胚と胎児の発生に伴って分化する細胞系譜とその中でのES細胞の位置づけを図1に示す。
この細胞株は、培養下で未分化状態のまま増殖継代することが可能であるが、免疫拒絶を受けない同系マウスや免疫抑制系統マウスの皮下や精巣内などに移植すると多種類の組織が入り交じったテラトーマ〔奇形腫〕を作ることから、多種類の細胞への分化能、特に外胚葉、中胚葉、内胚葉の3胚葉に属する細胞への多分化能を保持していることが分かる。
また培養下で遺伝子導入と選別などの操作を加えられた後にも、胚盤胞に注入されると胚発生に参加してキメラマウス〔2つ以上の遺伝要因をもつ〕を作ることができる。この際に生殖細胞を作る基になる始原生殖細胞に分化することができれば、キメラマウスの交配によって、遺伝子操作を受けたES細胞由来の動物個体を作ることができる。このようなES細胞株の特色を図2に示す。
ES細胞からの細胞分化
マウスES細胞の培養条件を変えたり細胞魂を作らせたりすると、さまざまな細胞種に分化させることが可能である。特に注目される点として、多種類の血球細胞を作る造血系細胞が分化すること、また神経細胞やグリア細胞を作る神経系細胞も分化することが知られている。すなわち、培養下など人工的な環境で、図1に示した細胞系譜に類似する分化を誘導することができる。
ES細胞は、多分化能が高いために単一種類の細胞へ分化させることは困難で、同時に多種類の細胞へ分化してしまう。このような細胞群から特定の細胞種を得るためには選別が必要である。これらの方法については表1にまとめた。
表1 ES細胞から各種の機能細胞を作る
ES:胚性幹細胞、LIF:白血病抑制因子
幹細胞としての維持・増殖
フィーダー〔栄養〕細胞使用、LIF添加(霊長類ES細胞では不必要?)
細胞塊の解離による頻繁な継代
細胞分化の誘導
フィーダー細胞除去、LIF除去(霊長類では効果なし?)
レチノイン酸添加
細胞凝集塊の作製
胚様体(embryoid body)の作製
動物への移植によるテラトーマの作製
分化細胞の選別
表面抗原による細胞ソーティング
特異的プロモーターと蛍光遺伝子発現を用いた細胞 ソーティング
特異的プロモーターと薬剤耐性遺伝子発現を用いた細胞選別
分化させる機能細胞の種類
造血系細胞、神経系細胞、心筋細胞、間充繊細胞、軟骨細胞、膵島細胞? 幹細胞?
霊長類ES細胞株の樹立
このようなES細胞株をヒトにおいても作ることができれば細胞移植などに利用できる可能性があり、将来の移植再生医療にとって重要な材料を提供できる(図3)。
霊長類のES細胞株はマウスES細胞に比較して、幾つかの相違点があるようである。まず培養下で頻繁に栄養芽細胞へ分化することが、胎盤性ゴナドトロピンの分泌などによって確認されている。もう1つの違いは、マウス細胞においては分化抑制に効果を持ち、培養液に添加されるLIFが霊長類ES細胞の場合は不必要で効果もないらしいことである。
ES細胞と細胞移植
造血幹細胞の移植はすでに白血病治療に用いられ、神経細胞の移植はParkinson病の治療方法として検討されているが、このほかに心臓などの筋肉細胞の移植や膵島〔ランゲルハンス島〕移植などは新たな移植再生医療の可能性として注目されている。これまでの研究成果をヒトES細胞株に応用すれば、培養下で分化させた造血系幹細胞や神経系細胞を細胞移植に用いて、白血病治療における骨髄移植や、Parkinson病治療におけるドーパミン産生神経細胞の脳内移植などへの応用は直ちに想像できる。
ところで細胞移植を行う場合に問題になるのが、移植免疫による拒絶反応をどう克服するかという点である。拒絶反応を免疫抑制薬などによって克服できる可能性はあるが、移植免疫の問題は最後まで残るであろう。
これらとは全く別の方向から移植免疫の問題を解決する可能性が提起されている。すなわち移植を必要とする患者の組織から採取した体細胞の核を、除核受精卵に移植することによって受精卵と初期胚を作り、患者本人のゲノムを持つES細胞を作る可能性である。
一方米国のベンチャー企業などから発表された方法は、除核ウシ卵子にヒト体細胞核を移植して作った初期胚からES細胞株を樹立しようというもので、細胞移植に用いることのできる造血系細胞などが正常に機能しさえすれば使える可能性がある。
これらの核移植による方法を実行する場合の問題点としては、治療が必要となった患者の体細胞採取に始まり、ES細胞株樹立と細胞移植に用いるための細胞分化誘導のプロセスのために必要な日数である。治療に間に合う期間内にこれらの操作を確実に成功させることは、果たして可能であろうか、もし間に合わない場合は、将来必要になる場合を想定してあらかじめ各人からES細胞株を樹立しておく必要が生じる
倫理的側面
現在米国においてはヒト胚を用いた研究に対しては公的研究費の使用が禁じられているが、民間資金を用いた研究は行える。暫定的に公的資金は使えないが、それ以外の資金では研究を行えるという特異な状況になっている。世界的なコンセンサスとなりつつあるのは、受精2週間後に当たる原条期以前のヒト初期胚については、場合によっては研究に用いることができるというものである。
将来発生してくる胎児の正中線軸が決定する原条期以前は、医療や福祉にとって明確なメリットが存在する研究目的には使用できるというのが、現在広く受け入れらている立場である。ただし、実験に使用するのを目的としてヒト受精卵を作ることには倫理的問題が大きいので、不妊治療の際に作られて母体へ移植されなかった受精卵が研究用に転用される場合が多い。またES細胞株樹立は、研究とは無関係の理由のために中絶された胎児(5〜9週間)から始原生殖細胞を取り出して培養に用いている。