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■ マイアミプロジェルト・ホームページ2003より
治癒のための5段階 <要旨>ダルトン・デートリヒ(マイアミ・プロジェクト 科学ディレクター)
はじめに
「まひ治療のためのマイアミ・プロジェクト」のサイエンス・ディレクターとして、私は脊髄損傷による機能修復をいつの日か可能にするというこの科学的コミュニティの前例のない楽観主義に強い感銘を受け続けている。中枢神経系は修復できないという古いドグマは今日、正しくないことが証明された。世界中の多くの治験医は、複製できない脊髄神経組織を許容的にコンバートする新たな方法を提示している。
実にエキサイティングな事実は、再生を可能にするには複合的な方法があり、成人の中枢神経系に誘導することができ、それどころかいつの日か慢性脊髄損傷者の神経再生というゴールを達成することが出来るであろうことを示している。
とは言っても、ただ1つの発見が直ちに脊髄損傷の治癒をもたらすものではないことが、私にとってはますます明白になってきている。ある1つの研究が魔法のような解決法をもたらさないであろうという概念は、神経再生の成功や脊髄損傷の治癒をもたらすものが物質的なもの(materialize)ではないということである。逆に言えば、小さなステップを重ねていくことが我々に治癒の切り札をもたらすのであり、そのことは多分、脊髄損傷の治癒という我々のゴールに出合うであろうことを意味している。
このことは「まひ治癒のためのマイアミ・プロジェクト」がまさしく専門的であり重要なプログラムであるということである。プロジェクトでは、広範な研究者、臨床医、セラピストが脊髄損傷の課題に共に兆戦している。電気生理学、移植、外科処置、再生医学、分子生物学の各分野の専門家が、治療を成功させる上での多くの難題を解くために必要とされている。研究の開始以来、マイアミ・プロジェクトの目標は脊髄損傷に対する我々の基本的理解を深め、その過程は再生をもたらすために必要なものであった。研究者がヒト脊髄損傷と動物モデルについて研究することによって、我々は研究室での移植の成果を臨床応用にすぐに生かせるよう努力している。
ゴールに達するための我々の研究方法は、組織の損傷について、またヒトの受傷後の回復の自然経過のよりよい評価技術を同時に開発することである。類似した損傷を研究し、臨床的に関連した動物モデルの治療戦略を革新し、移植用のヒト細胞を成長させて同定し、さらに動物実験の結果をヒトの損傷研究に応用していく。これは新たな治療法の有益な結果を、厳密で客観的に評価することによってのみ達成される。
現在までの成果は;
* ヒトの受傷後の脊髄に関する画期的な病理学研究 * 新たな手術中のモニタリング技術および神経保護戦略の開発 * 歩行動作の協応、及び受傷後の新たな回復途上の反射の同定を確実にする脊髄回路についての鋭い生理学的研究であり、それは成人の脊髄は機能的再結合できることを意味している。 * 分離法、および増殖した大量の成人シュワン細胞(成長支持細胞)の有効な開発が、ヒト中枢神経系組織由来の神経線維の再生をもたらすこと。 * 挑戦的な新たな研究によって、移植細胞の多様な結合と、(神経)成長因子が前例のない脊髄神経の再生を引き出すことを示している。
第1段階:患者の選定および事前訓練
脊髄損傷の小グループの人々が移植試験を提案する最も適した対象となるだろうことを論議し決定していくことは重要である。脊髄損傷はきわめて異質の神経学的疾患であり、特定の損傷は治療戦略を確かに、より適切にすることは明白である。例えば、最初に治療されるべきは不全まひ者か完全まひ者かの論議が現在ある。
損傷していないが非機能的な脳脊髄の白質領域の存在は、リハビリプログラムと関連付けられた薬理学的戦略が一定の機能回復をもたらすのに最も有効であろうことを示唆している。しかしながら完全障害の患者においては、細胞移植か傷害した神経部位を超えて神経線維の成長を誘引するブリッジ(橋渡し)技術を含む戦略とは別の外科的介入を必要とするだろう。
他の論点は、頚部か胸部の障害において、介入の第一目標はどちらにすべきかに関するものである。頚部障害をターゲットにすることには明白な理論的根拠がある。損傷部位の短い距離を超えて再生することから、四肢まひ者の主要筋群のコントロールを修復することや、呼吸や腕の運動機能を修復することが出来る。
しかしながら我々が考慮しなければならないことは、移植戦略は侵襲的であり、手術中や術後に合併症を引き起こすことがあり、健康や個人のQOLレベルを低下させることである。
このため外科的手法の対象者としては、胸部あるいは頚髄の下位レベルにおいては安全性に基づいた判断をしなければならないだろう。生命維持のキーとなるシステムが手術部位の近くに存在すること、呼吸のような決定的機能を手術により危機に瀕することはできないからである。マイアミ・プロジェクトの研究者や世界中のシンポジウムに集う者はつねにこの種の論点を共有している。これらの論点は現に論議され、それぞれのアプローチに対する賛否両論をへて明白な理解とコンセンサスへと導かれるであろうことを、我々は願っている。
もし我々が今後、慢性脊髄損傷者の完全な再生を実現できたら、個人は立ち上がり歩き出すための心臓血管や完全な骨格を持つ必要がないことは明白だろう。従って、我々が慢性患者への個別の訓練プログラムを促進し発展させることを、外科手術前に実施すべきことはきわめて重要である。これらは患者の能力を最大化することであり、侵襲的移植戦略後の感覚の回復ないし運動コントロールに寄与するだろう。マイアミ・プロジェクトのリハビリ研究所である「バントレ・センター」を訪問する多くの慢性損傷患者は、心臓血管や筋肉の状態を改善するさまざまな訓練戦略に積極的に関与し成果を得ることが出来る。
従って、我々のゴールのひとつは、明確な外科的介入をターゲットとした事前訓練戦略を確定することであり、特定の脊髄回路の再生をしやすくなるよう助長することにある。
第2段階:外科的介入および神経保護
どのように細胞やブリッジを効果的に慢性脊髄損傷者に埋め込むことが出来るかは、現在のところ具体的に明確ではない。目下の戦略は相対的に侵襲的な手法を含む再生を引き出すためのテストが行われ(第3段階以降)、髄節の外科的曝露および瘢痕組織の除去の可能性が要求されるだろう。最低限、髄腔内への細胞注入あるいは成長促進因子の導入がおそらく必要だろう。
これらは脊髄損傷の部位に限定されないが、しかしまた比較的損傷されていない神経組織の上位や下位の一部の損傷された部位を含むものである。開発された手法、あるいはマイアミ・プロジェクトの研究所での生理学的モニタリングや脊椎手術中の運動神経機能の評価、MRIによる損傷した脊髄部位の解剖学的研究の連関は、外科的操作の安全性を確保し、細胞の懸濁液(volumes of cell suspensions)の量――それは嚢胞で満たされるか脊髄挫傷領域にあることが必要だろう――の予測を助けることを目標としている。
胎児組織片を脊髄損傷者に入れる最近の臨床研究から情報を得ることは可能であり、これらの外科的介入妥当なプランを開発する助けとなるだろう。
マイアミ・プロジェクトで活発に検討されている領域は、神経保護戦略の開発であり、それは急性期に脊髄を保護するものである。この研究は一次損傷レベルを拡大させない戦略への信頼性に基づくもので、これは外傷や機能回復を招くことを増強させることによって厳密にみた神経学的欠損を一部に留めることになるだろう。
さまざまな研究所からの最近のデータは、神経保護戦略は現在のところ急性期の処置が再生を標的とした移植戦略にも有益な効果をもたらすことを示す。長年にわたる文献的に見た細胞移植の課題は、胎児神経細胞あるいは幹細胞が成人の神経組織に注入されたときにわずか数パーセントだけが生き残るにすぎないことである。
神経保護物質と結合させた移植戦略が移植細胞の生着を導き、再生をさらに容易にすることになるかもしれない。
マイアミ・プロジェクトで特筆される1領域は、外傷後の炎症に関係した移植の成功の効果である。したがって、他の神経保護戦略に先立つ炎症抑制物質の使用や外科的介入との組み合わせは脊髄神経再生の分野であらたな重要な戦略となるであろう。
第3段階:移植/再生
現在のところ2つの主要な戦略が、脊髄損傷の再生誘導のために世界中の研究所で行われている。それは、脊髄への成長誘導された細胞や作用物質の導入と、神経の成長を阻害するその他の要因に関するものである。
第一の方法は、障害部位の受容環境をブリッジング戦略により置き換えるもので、特に末梢神経を用いるものである。この戦略は20世紀末から論議されているものであるが、カナダや英国の研究所では1980年代早期より再生研究の革命の契機をなすものものとなった。
スウェーデンからの1996年の研究データは、脊髄損傷モデルとなったげっ歯類の再生の成功と機能回復とを示した。それは複合した移植戦略によるもので、神経栄養因子を複数の末梢神経にともに投与するものであった。残念ながら、公表されたこの研究の再生および回復レベルについては、他の研究機関の研究者が再現できるものではなかった。その結果、末梢神経によるブリッジが完全損傷された脊髄神経の間隙をブリッジし再現する最良のアプローチであるかどうかは、現在のところ明らかでない。
世界中の治験医と同様、マイアミ・プロジェクトは再生を導くことに関連するアプローチとしてヘルパー細胞を用いている。再生に導くためにシュワン細胞を用いることはマイアミ・プロジェクトがパイオニアとなった。これらは、末梢神経内の細胞の伸長と再髄鞘化(remyelination)を導くものである。人の自己移植に必要とされる細胞数を獲得する手法はすでに開発され、これらの細胞はヒト成人中枢神経細胞から効果的に神経突起の成長を導くことができることをわれわれの研究は示している。
再三示されたように移植研究は、脊髄損傷モデル動物において移植されたシュワン細胞は再生を導き出した。しかしながら、移植片の及ぶ限りを超えて軸索再生を可能にする増殖能力は限定され、最近のデータは、目標とする部位の中に シュワン細胞とともに嗅神経鞘細胞(OEG)をともに使うことによって、標的エリアの中に移植片をはるかに超えて再生をもたらすことを示唆している。
ニューロトロフィック因子(神経成長因子)もまた再生を導き、最近の研究のにおいて興味深いことは、遺伝的操作されたシュワン細胞あるいは線維芽細胞は合成され特定の神経栄養因子(neurotrophin)を分泌し、より活性のある再生を導くように試みることを示している。
研究は継続中であるが、細胞の結合と神経成長因子は再生と機能修復をどのように可能なように導くかを決定している。これは極めてアクティブな研究であり、そして科学者たちは移植と神経成長因子の投与の結合がおそらく治癒のために必要とされるであろうことに同意するだろう。
第4段階:再生への課題
抑制因子の証明を含む近年の研究の重要な進展は、脊髄損傷における軸索再生の自然発生的あるいは移植-誘導に帰する。この再生の阻害は元来、構造的なバリア(グリア瘢痕)によるにも関わらず、より最近のデータは生化学的バリアが損傷部位の周囲に作られ、正常組織から損傷組織が分離されバリアを越えて増大することを予防することを示唆している。現在、抗体と酵素は大学の科学者によって開発され、バイオ企業はこれらの抑制分子の形成を標的にして、これらの分子が損傷環境を除去するときに力強い再生を引き起こすことを目的として研究が進められている。このように、抑制因子の除去と結合した形で成長促進因子(上記、第3段階)を加えることは、我々の目標である再生の実現において極めて重要なアプローチである。
第5段階:リハビリテーション
膨大な量の実験や臨床文献から、中枢神経損傷後の運動・感覚機能の改善のための回復戦略は明白である。臨床治験は現在、マイアミ・プロジェクトや他の研究施設で不全及び完全まひの脊髄損傷患者の運動機能の改善へ向けた新たな戦略を開発中である。
受傷後のいくつかの脊髄回路の自然な修復は、脊髄の「学習」する能力として示されている。同様に、反射やトレーニングによる脊髄の移動運動リズムの発生のような既存の神経パターンの強度として示されている。それは、感覚情報の入力量や、回復パターンにおける主要な役割の出現を含む損傷動物の外部環境に関する実験的な脳研究の文献から明白である。本当に有効な損傷脊髄の再生をもたらす上で、十分なリハビリテーションが新たな脊髄再生を導き修正するために必要とされることも明らかである。
実際に、目下マイアミ・プロジェクトでテストされている運動リハビリテーション訓練は、基準となるデータを得る助けとなることが期待される。それは、我々の将来の多くの移植や薬理学的戦略の効果を評価する極めて重要なデータである。5段階のプランの第一ステップとしてまとめられた事前訓練手続きは 直接、手術後のリハビリテーションとワンセットに実施するために、目下バンテル・センターでテストされている。
要約すれば、この5段階のプログラムは個別のステージとして記述される。それは、我々の究極的なゴールである脊髄損傷後の機能回復を促進する上で極めて重要である。繰り返して言えば、論議されてきた多くの技術と処置は、治癒へ向けての過程を加速するためのマイアミ・プロジェクトにおいて詳細に調べられ、同時に評価された。実施中のプログラムの主要な長所は、世界中の他の研究機関からの新奇な情報や新たな発見はこの5段階のプランに組み込むことを容易にできることであり、それゆえ有効な再生と治癒の方法を将来見出すことが出来るだろう。
〔JSCF事務局訳〕
★ 特集にあたって
■「脊椎・脊髄ジャーナル」2003年2月号 要約
脊髄再生・移植に関する基礎知識
岩崎喜信(北大・脳神経外科)
最近、国際学会などで「ここ10年間は ”decade of spine” <脊椎の10年>である」とよく言われる。脳神経外科領域でも脊髄の重要性が強く認識されるようになった。
この分野での現在の最大の注目すべき研究は、脳、脊髄をターゲットにした中枢神経系の再生である事は間違いない。ここにきて中枢神経系の再生の可能性が一気に現実味を帯びてきた。
この特集で再確認できた事は、移植された幹細胞が生体内で確かに生着および分化する能力を有しており、〔末梢神経である〕シュワン細胞移植により神経軸索へと誘導することが可能である事である。
★ 中枢神経再生の最近の動向
黒田 敏ら(北大・脳神経外科)
* 中枢神経系損傷への2つのアプローチ
@ 損傷の進行を軽減するもの:効果を期待できるものはカルシウムチャンネルブロッカー*1、フリーラジカルスカベンジャー*2、ステロイド、免疫抑制剤が挙げられてきた。
*1:細胞内外のカルシウム代謝の阻害剤
*2:大食細胞の遊離基
損傷の軽減には治療の有効な臨界期〔タイムリミット〕が明らかになり、救急体制や専門医制度の確立、早期診断、早期専門治療の必要性を強く示している。A 慢性期の神経症状の再建:神経機能の回復過程が見えるようになり、その実態がこれまで以上に明らかにされるようになった(MRI・PET・赤外線分光法/NIRS)。最近では細胞移植による中枢神経再生・機能再建への機運が非常に高まっている。
* 中枢神経再生への2つのアプローチ
@ 再生誘導療法:成体の脳・脊髄に多分化能力を持つ神経幹細胞、神経前駆細胞の存在が確認された。この神経幹細胞の潜在的自己再生能力を促進し神経機能を再建させる(セルフ・リペア)研究が注目されるようになった。
しかし脊髄では神経幹細胞がニューロンへ分化することは確認できず、脊髄の〔損傷部位〕の微小環境が神経幹細胞の分化誘導に大きな影響を及ぼしていると考えられている。
A 修復療法――外来細胞の移植:
1) 既存の細胞を移植する;パーキンソン病で行なわれたが1件の移植に5,6体の胎児細胞を要するなど倫理的な問題がある。
2) 未分化で増殖・分化可能な幹細胞を移植する;1992年にウエィスらが培養法を確立(ニューロスフェア法)して現実化した。この方法で培養した幹細胞は自己複製能力と神経組織を構成するアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ニューロンへと分化する能力を持つだけでなく、さまざまな神経伝達物質を生み出し、レセプター(受容体)の発現やシナプス(神経の樹状突起)の形成が確認された。
しかし、移植細胞をどこから求めるか、移植細胞をどのようにコントロールして機能的な再生ができるかが課題としてある。
最近は、さまざまな細胞に分化する能力を持つ間葉系細胞*の1つの骨髄の間質細胞(BMSC)がドナー細胞として注目されている。
*:胚的結合組織を形成する中胚葉性の細胞。組織間物質中に埋没して散在する。
脳梗塞、脳挫傷、脊髄損傷、パーキンソン病などの動物実験で、移植された骨髄間質細胞が中枢神経系細胞に分化していることが確認され、神経症状も改善されたという報告も出ている。コントロールや長期の安全性などが今後の課題。
* 中枢神経再生の次の課題=神経回路の再生
移植後に機能再建するには神経回路の再構築が必要だが、そのためには神経突起が伸びる事を抑制する因子の影響を除去することが必要である*。
*:神経突起伸張抑制因子はミエリン〔髄鞘〕やオリゴデンドロサイトに存在し、NagoやMAG〔ミエリン関連性糖たんぱく質〕と呼ばれる。
この抑制因子の働きを無効にする研究が進められているが、そこで再生された神経回路は現在のところ正常な機能を果たす事ができない(異所性投射のため)。
しかし最近、損傷部の状態が良好に保たれれば、哺乳動物においても軸索の伸張が十分かつ正確に生じるという報告もある(井上・川口、1998)。すなわち、神経回路を正しく導く戦略が、神経再生・機能再建の実現にきわめて重要であることを示している。
■ 「脊椎・脊髄ジャーナル」2003年2月号 要約
★ 脊髄損傷に対する再生医療金子慎二郎、中村雅也、岩波明生、小川佑人
岡野栄之、戸山芳昭(慶応大学医学部)
1.脊髄損傷に対する神経幹細胞移植
脊髄損傷に対する胎児脊髄移植の有効性に注目してきたが、ドナー不足と倫理的問題のため、それに代わり大量培養が可能な神経幹細胞に着目し研究を行ってきた。
2.神経幹細胞の最適な移植時期
生体外で神経幹細胞の分化誘導に影響する種々の因子が損傷脊髄内でどう変化するかを明らかにすることは極めて重要である。そこで、損傷脊髄内で神経幹細胞の分化に影響する神経栄養因子の発現がどのように変化するかを検討した。
神経幹細胞の移植至適時期は受傷直後ではなく、損傷後あまり経過すると損傷部周囲にグリア瘢痕が形成され軸索の再生を阻害するため、損傷後7〜14日頃であろう。
3.脊髄損傷への移植の現状と課題
われわれはラットの脊髄損傷モデルへのラットの胎児由来の神経幹細胞を亜急性期(受傷後7~14日頃)における移植の有効性を立証した。
この結果を人への臨床応用につなげるためには、霊長類を用いた実験系で立証することが重要である。移植の有効性を高めるためには、移植細胞の分化の方向性を誘導する神経栄養因子や移植細胞の足場(scaffold)の併用も検討している。
移植後の中枢神経において軸索の伸張を阻害する因子としては、
@ 中枢神経軸索を取り巻くミエリン関連タンパク
A 損傷部に形成されるグリア瘢痕組織に由来するセマフォリン、コンドロイチン硫酸に大別される。ブレグマン(1995)は阻害因子への抗体を併用し、損傷軸索の良好な再生と運動機能の回復を報告している。
またグリア瘢痕組織に存在する軸索伸展阻害因子を抑制する化合物が開発されれば、その意義は大きい。これらの中和剤の併用も検討している。
慢性期の脊髄損傷への治療の応用についてはさまざまな戦略を駆使した集学的治療が必要であり今後の課題である。
4.中枢神経系の再生医療における今後の課題
@ 神経栄養因子および関連遺伝子導入により神経を保護する。 A 神経軸索の伸展を阻害する因子の機能を抑制し軸索を再生させる。 B 患者自身に内在する神経幹細胞を活性化させる。 C 神経幹細胞や胚性幹細胞(ES細胞)由来の細胞を移植する。 D 骨髄の間質細胞などの神経細胞ではないものを神経細胞に分化・転換させる。
マクドナルドら(1999)はES細胞から神経幹細胞を分化・誘導して損傷9日目のラットに移植し、2週間後に移植細胞がニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトになることを確認した。
しかし我々は、腫瘍化などの安全性の問題や倫理的問題を考慮すると、現時点では胎児由来幹細胞のほうがより臨床に近い移植材料と考えている。
図1 ニューロスフェア法による神経幹細胞培養 固体から採取した神経幹細胞を含む細胞に対し、EGFまたはbFGFあるいはその両方の存在下で浮遊培養を行うと、自己複製能・多分化能を持つ神経幹細胞が選択的に増殖し、ニューロスフェアと呼ばれる細胞塊を形成する。
この細胞塊を再度分離し培養を行うと、神経幹細胞は再びニューロスフェアを形成する。
亜急性期の損傷脊髄内の微小環境が、移植細胞にとってより適した環境であると考えられる。
図2 損傷脊髄内微小環境の変化からみた神経幹細胞の至適移植時期
図3 中枢神経疾患への細胞移植におけるさまざまな戦略
増殖させた神経幹細胞をシングル・セルにばらして、またはニューロスフェアのままで、あるいは神経幹細胞やES細胞などから特定の細胞を分化誘導して移植を行うなど、さまざまな戦略が存在する。
■ 「脊椎・脊髄ジャーナル」2003年2月号 要約
★ 神経再生医療の基礎知識佐々木祐典、本望 修、宝金清博
(札幌医大脳神経外科)
1.成熟脳由来神経幹細胞
移植したヒト成熟脳由来の神経幹細胞は、ホスト(移植先)神経組織内でドナー細胞として以下のような優れた性質がある。
@生着率が高い、
A正常な脳組織内での遊走能力が高い、
B増殖・分化はホストからの制御を受ける、
Cホスト神経組織の状況が要求している方向へと分化誘導される、
D損傷部位(瘢痕形成部位)においても高い遊走能力を示す、
Eホストの神経再生を促進する、
Fホストの神経再生を促進する、
G損傷部位においてもホストの神経再生を促進する。
2.胎児由来神経幹細胞
成人由来神経幹細胞がホストの微小環境に依存した増殖・分化を行うのに対して、胎児由来神経幹細胞は内因的(遺伝的)にプログラムされた時間経過で増殖・分化が進む傾向が強い。
胎児由来神経幹細胞を使う場合、倫理的・社会的受容の問題と、必要細胞量の確保の問題がある。現在でもある程度増殖技術が確立されているが、強力なサイトカインや長期間の培養が必要であり、神経再生能力を保持したままで生体外で安全に増殖するのは今後の課題と思われる。また、他人からの移植には常に免疫拒絶反応と感染症の危険性がある。
3.胚性幹細胞(ES細胞)
受精後の初期胚の胚盤胞の内部細胞塊を試験管内で培養して得られる非常に未分化な細胞で、強い多分化能力と自己増殖能力を示す。このES細胞をドナーとして使用する場合の問題は
@ 神経以外の組織にも容易に分化し、腫瘍を形成しやすい。 A ES細胞の可塑性の問題で長期間培養すると神 経系以外への分化が認められる。 B 免疫拒絶反応を完全に抑制できない。また、ES細胞を作る際に細胞核の移植を行うが、この操作の過程で遺伝子に無視できない損傷が起こる事が報告されている。受精卵由来のES細胞研究では予測できない危険性を秘めている。 C 倫理上解決しなければならない問題が多数存在する。日本では2001年9月の「ヒトES細胞指針」で、ES細胞の作成と基礎研究への利用が認められている。
4.骨髄細胞および臍帯血由来細胞
骨髄の中にある細胞が血球系以外の細胞へ分化することが、近年報告され始めている。
これらをドナーとした移植の最大の利点は、中枢神経組織の損傷した局所への直接投与のほか、静脈内投与でも効果が期待できる事である。また、自己の細胞である事から、免疫拒絶反応、感染症、倫理的な問題が少ない。
* その他に、脂肪由来の細胞、毛根由来の細胞、鼻腔粘膜由来の細胞などのドナー候補細胞があるが、その可能性は明らかでない。
★ 神経再生研究の最新知見
グリア細胞移植による脊髄再生の現状と展望高見俊宏・露口尚弘・原 充弘(大阪市大・脳神経外科)
* 細胞移植による脊髄再生の試み
再生困難な理由:急性期に脊髄2次性カスケードが展開→損傷範囲の拡大→損傷部の自己修復として空洞が形成される。空洞の周囲に損傷に反応してアストロサイトが増殖しグリア瘢痕が形成される。これが再生の際に神経の軸索が伸張する大きな障害になる。
また、損傷局所に存在するオリゴデンドロサイト由来の中枢性ミエリン(髄鞘)関連因子も軸索が伸張する大きな障壁になる(図1)。
細胞移植による脊髄再生の試み:
@ 損傷部位の神経細胞およびグリア細胞の補填を行い、機能的にシナプスをつなぐ事を目的とした神経細胞補填。 A 損傷神経の軸索を伸長を誘導するために、軸索伸長経路の構築を目的として神経軸索を誘導する。細胞移植治療による神経軸索誘導は、シュワン細胞および嗅神経鞘細胞移植が代表的。
* 損傷脊髄における神経軸索誘導
1.損傷脊髄へのシュワン細胞移植
シュワン細胞は成体の末梢神経から大量に純粋培養でき、神経の再生能力がある。シュワン細胞を移植すると中枢神経を髄鞘化することについては申し分ない効果を期待できる。しかし神経軸索を正しく誘導していく効果は限定的といわざるを得ない。
つまり、軸索成長は、主に脊髄内の神経回路に限定され、神経機能にとって重要な大脳皮質あるいは脳幹からの神経軸索に対しては限界が示唆された。さらに、切断された中枢神経の軸索がシュワン細胞移植部位内に効果的に誘導されても、移植部位から離れて脊髄遠位部へさらに伸長することは困難であった。
2.嗅神経鞘細胞(OEG)の登場
嗅細胞から嗅索への神経投射は、生涯を通じて細胞死と神経再生を繰り返すきわめて特異な神経回路である。いまだ不明点が多いが、特筆されるのは神経軸索を誘導する能力である。
シュワン細胞と大きく異なるのは脊髄内での遊走能伸びる能力)であり、移植から離れた部位まで軸索を誘導することが可能であった。特に運動機能においてもっとも重要な神経回路である皮質脊髄路の効果的な再生誘導が観察されており、脊髄を完全切断したラットが嗅神経鞘細胞の移植により効果的な機能回復を果たしたことは特筆に価する(Ramon-Cuetoら、2000)。
3.シュワン細胞と嗅神経鞘細胞のどちらが有効か
我々のラットの急性圧迫損傷モデルを使った亜急性期の移植実験では、シュワン細胞のほうが嗅神経鞘細胞より神経軸索誘導における優位性が示唆された。しかし、局所微小環境の克服という点は不十分だった。嗅神経鞘細胞が期待されたほど機能しなかった点は判然としない。
ヒトからヒトへの移植治療そのものが準備段階ではあるものの、安全に行える可能性が示唆されており、注目に値する(Wirth E.D.3rdら、J. Neurotrauma 18, 2001)。
細胞移植治療を効果的にするためには移植補助医療の研究も重要であり最適な組み合わせが求められている。移植補助医療としては、神経保護、神経栄養因子の局所投与あるいは発現、グリア瘢痕抑制などがある。
図 末梢神経(a-c)と中枢神経(d-g)
における神経再生の違い末梢神経では、神経軸索が切断されると(a)、切断より遠位部はWallerian変性に陥り、局所マクロファージ〔 〕によりすばやく処理される(b)。
軸索を失ったシュワン細胞は髄鞘部分を分断して、増殖・肥大してビュグナー・バンドを形成する。このビュグナー・バンドにより、神経軸索伸張のための環境が整えられ神経再生が達成されるc。
中枢神経では神経軸索が切断されても(d)、損傷遠位部の処理は遅延し、神経軸索伸張にとって好都合な環境は構築されない(e)。むしろ、崩壊したミエリン産物(●)や局所で増殖したアストロサイト(☆)が神経軸策伸張に阻害的に作用する(f)。そこで、末梢神経の神経再生機構を中枢神経に導入すべく、培養シュワン細胞移植などが実験的に試みられている(g)。
図 嗅神経系における嗅神経鞘細胞の役割 嗅細胞から嗅索への神経投射は、細胞死と神経再生を繰り返すくわめて特異的な神経回路である。
嗅神経軸索(矢印)の再生能力は、嗅神経鞘細胞によるところが大きいと考えられている。
【おわりに】 著者らの研究成果の一部は、「マイアミ・プロジェクト」のBunge及び Oudega 研究室で行ったものである。脊髄再生に関して全世界から発信される成果は膨大である。特に基礎研究において日々新たな成果が生まれ、脊髄再生実現に向けた着実な歩みが実感される。しかしながら、いざ臨床応用になると、その扉は重厚かつ巨大であるといわざるを得ない。
■「脊椎・脊髄ジャーナル」2003年2月号 要約
★ 脊髄の修復伊勢田努力、西尾健資(京大大学院・認知行動脳科学)
* 許容的環境仮説と局所条件論
著者らの研究室では、子ネコやラットにおいて、種々の中枢神経路が鋭利な切断で局所の条件をできるだけ壊さないようにすれば、著明な自然再生が起こり、再生線維は正しい経路を通り、正しい部位に終止し、十分な機能回復をもたらすことを観察・証明してきた。
つまり、再生線維が非適切に伸びる異所性投射ではなく正常な投射になりうること、中枢神経は軸索再生の伸長に対して決して拒絶的ではなく、全体として許容的であり、軸索再生の成否の鍵を握っているのは損傷部の局所的な条件であることを証明してきた。
* 成熟動物の中枢神経軸索再生は可能か
成熟ラットにおいて、中枢神経を鋭利に切断しても幼若な動物のような自然再生が起こらないのは損傷局所の問題ではないか。
そこで、脊髄・脊椎短縮を行った成熟マウスの切断部局所に、培養したグリア細胞の移植を試みた。その結果、下部胸髄の完全切断により対まひを示した成熟ラットは、四肢の協調歩行まではいかないが、体重を自力で支えることができるまで回復した。
これは成熟動物でも切断部局所の条件を改善すれば、軸索再生が可能であるとともに、脊髄損傷の慢性期での治療の可能性をも示唆している。
* 神経修復による機能の回復
2種類の神経投射:
@ 広範性投射:比較的少数の神経細胞が、明白な体部位の局在なしに脳の広範な領域に終末を送り、シナプス環境の維持や神経細胞の活動性の調節を行っている。ドパミン、ノルアドレナリン〔共に神経伝達物質〕、コリン作動性〔アセチルコリンが神経伝達物質であるシナプス〕の投射など。パーキンソン病への移植では、神経回路としての機能よりは、ドパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリンなどを局所的に供給するミニポンプの役割と考えられる。 A 点対点投射:個々の神経細胞が精密な体部位局在をもって限局的に投射し、感覚や運動の時々刻々の情報処理に関わる。
脊髄損傷では、広範性投射も障害されるが、主たる障害は運動神経路や感覚神経路の点対点投射の障害である。点対点投射の線維が再生して異所性投射になった場合には高い機能回復は起こらないと考えられる。
脊髄損傷において随意的に手を動かしたり歩行できるように期待するには、体部位局在性の上行性ならびに下行性の脊髄伝道路の再構築が必要である。
我々の幼若動物の切断実験で、体部位局在の再現された伝導路の再生に、損傷局所の幼若アストロサイトが不可欠であることが分かった。
さらに、成熟動物において、培養した中枢グリアを移植し損傷部の局所の条件を改善することで、体部位局在を伴う軸索再生が可能であることが示された。
これは、脊髄損傷を含むあらゆる神経疾患を伴う中枢神経障害の神経修復的治療を考える上で、新たな展望につながる画期的な成果であると考える。