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■「最新医学」2002年7月号 特集:神経疾患と再生医療

中枢神経系再生への戦略
序文にかえて
慶應義塾大学医学部 生理学教室 教授
岡野栄之


 かつて20世紀初頭に、神経科学の巨星であるラモニ・カハール博士が、「いったん発達が終れば、成長と再生の泉は枯れてしまって元に戻らない」と述べたように、成体哺乳類の中枢神経系は「再生」しないものと考えられていた。本稿で言う「再生」とは、神経軸索のみならず神経細胞そのものの再生を意味するものである。

 では、なぜ成体哺乳類の中枢神経系の再生能力が低いと考えられていたのであろうか? 

 これは、神経細胞に分裂能がないことと、ミエリンなどに由来する軸索伸長阻害因子が存在するために、中枢神経系内は軸索再生に対して概して非許容的な環境になっているためと考えられる。

 しかしながら、最近の神経生物学や幹細胞生物学の進展に伴って、この困難な状況が打破されつつある。ブレイクスルーを可能にすると考えられる次のような重要な研究成果が蓄積してきている。

@ 神経細胞死のメカニズムの解明と、それに基づく神経保護の戦略の進歩
A ニューロトロフィン、HGF、GDNFなどの重要な神経栄養因子の同定と、それに基づく神経保護の戦略の進歩
B 中枢神経系における幹細胞生物学の進展に伴う、失われた神経細胞の補充療法への可能性が高まってきたこと
C 胚性幹細胞(ES細胞)の神経分化を利用した細胞補充療法への可能性が高まってきたこと
D 非神経系組織由来前駆細胞の分化転換(神経分化)を用いた、自己細胞を用いた再生医学の可能性が見えてきたこと
E Nogo、セマフォリン、MAGなどの中枢ミエリン由来の軸索伸長阻害因子の分子的実体とそのシグナル機構が明らかになってきたことと、それに伴うドラッグデザインが可能になってきたこと
F 組織工学、医工学の進展に伴う、軸索再生促進のための足場の開発
G 遺伝子治療用ベクターの改良により、生理活性物質の遺伝子導入という形での中枢神経系へのドラッグデリバリーシステム(DDS)が飛躍的に進展したこと

 本特集では、上記の戦略をなるべくカバーするべく、それぞれのスペシャリストの先生方に執筆をお願いしている。今後、より有効な神経再生の治療戦略を産み出していくためには、上記@〜Gの方法を組み合わせていく必要があるであろう。先日(2002年3月)、私は米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市で行われた「神経移植、遺伝子療法、前駆細胞生物学の展望」に関する第3回会議へ招待されたが、ここでは、これまで臨床試験で有効性が確認できなかった因子であっても、幾つかの方法を巧みに組み合わせることにより、明らかな効果が新たに確認できたケースが報告されていた。

 例えばGDNF〔グリア細胞由来神経栄養因子〕という分子は、生体外でドーパミンニューロンや運動ニューロンへの保護作用が認められるものの、髄腔内への遺伝子組換え型タンパク質の注入によるこれまでのパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象とした臨床試験は効果も少なく、重篤な副作用のため試験は中止されていた。しかしながらこれは、GDNFという分子を用いた治療が同疾患に対して無効であるということを意味しない。

 このような病巣部位への選択性の低い非特異的な投与方法により、遺伝子組換え型タンパク質が拡散し、病巣部で治療効果のある有効濃度に達していなかったことと、髄液を介して脳の他の部位へ非特異的に作用し、予想外の副作用を来したものと考えられる。

 一方、組換えレンチウイルスやアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いたGDNF遺伝子のパーキンソン病モデルサル(MPTP‐モデルサル)の病巣部(被殻)への直接注入が明らかな有効性が示されているとともに、英国では5人のパーキンソン病の患者に対して小型ポンプを用いて、GDNFの遺伝子組換え型タンパク質の大脳基底核の被殻への直接的かつ持続的注入による第I相臨床試験が2001年1月から行われており、これまでの結果では、安全性が確認でき治療効果も期待できるとのことである。

 この方法をさらに改良するために、ウイスコンシン大学のC・スベンセンらは、培養したヒト神経幹細胞(ニューロスフェア)にGDNF遺伝子を組換えレンチウイルスベクターを用いて導入し、安定導入細胞株をパーキンソン病患者の被殻へ移動することを計画中であるという。

 いずれにせよ、被殻においてGDNFの局所濃度が高まることにより周囲へ濃度勾配を作り、それに応答して中脳黒質に細胞体を置くドーパミン作動性A9神経細胞の軸索再生や神経保護作用が期待できそうである。しなしながら、GDNFを用いた治療は軸索再生や神経保護作用が目的であり、失われた細胞を補うという細胞補充療法ではない。幹細胞生物学を駆使した細胞補充療法との新たな組み合わせにより、より有効な治療法が開発されていくであろう。

 今後、人類の英知を駆使し、カハールの金言も「成体哺乳類中枢神経系も、適切な操作を行うことにより、再生させることができる」と書き換えたいものである。




■「最新医学」2002年7月号 特集:神経疾患と再生医療

アプローチ 中枢神経再生への挑戦
慶応大学医学部
岡田洋平 岡野栄之


 要  旨

 損傷された中枢神経を再生するためには、神経幹細胞などの細胞移植や内在性神経幹細胞の活性化により失われた神経組織を補うことに加え、ニューロンを損傷から保護し軸索の伸長と神経回路の再生を促すための環境を整える必要がある。再生医療を神経疾患に応用していくためには、対象となる疾患の病態や神経再生のメカニズムを解明していくとともに、これまでの手法を組み合わせた新たな戦略を展開していくことが重要であろう。


 はじめに

 従来、中枢神経系は再生能力が低く、いったん損傷すると再生は困難であるとされてきた。しかし、最近の中枢神経の幹細胞生物学や、胚性幹細胞(ES細胞)を用いた神経再生、また神経栄養因子、成長因子の同定と機能解析の進展により、神経疾患に対する再生医学の応用が期待されるようになってきた。

 中枢神経系の再生医学の戦略としては、大きく分けて以下の2つが考えられる。

 1つは、神経幹細胞や特定の機能を持った神経細胞を移植したり、内在性の神経細胞を活性化したりすることで失われた神経の機能を補う方法。

 もう1つは、種々の神経栄養因子や成長因子を用いることで損傷されたニューロンを細胞死から保護し、さらには軸索の伸長と神経回路の再構築を促す方法である。

 これらの方法を組み合わせることで、いったん損傷された神経組織を再生し、機能を回復させることができれば、従来難治性とされてきた神経疾患の治療に新たな可能性が開けてくるかもしれない。本稿では、中枢神経系における再生医学の現状と今後の展望について紹介していきたい。


 神経幹細胞の同定

 近年、成体の脳にも神経幹細胞が存在し、ニューロンの新生が起こっていることが明らかとなり、中枢神経系の再生医学が一気に注目を浴びるようになった。神経幹細胞は中枢神経を構成するニューロンやグリア(オリゴデンドロサイト、アストロサイト)を生み出す多分化能を持ち、かつ増殖し継代を繰り返すことができる自己複製能を持つ未分化な細胞である。

 神経幹細胞のマーカー(ネスチン、ムサシ‐1)の発見と、1992年にレイノルズらにより開発されたニューロスフェア法という、選択的培養法により、この分野の研究は飛躍的に進歩した。中枢神経から分離してきた細胞を、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、プロゲステロンを含む無血清培地で、細胞分裂促進因子であるFGF2やEGFの存在下で培養すると、未分化な神経系細胞の集まりである球形の細胞塊(ニューロスフェア)を形成する。この細胞塊を単一細胞に分散し同様に培養すると、再度ニューロスフェアを形成する。また、EGFやFGF2を培地中から除いて接着させて培養すると、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3系統の細胞を作り出すことができる。

 このニューロスフェア法は神経幹細胞を未分化な状態で増殖させることができ、さらに回顧的にではあるがニューロスフェア導入細胞(NS‐IC)として神経幹細胞を同定することができる。一方で、神経幹細胞を生きたままの状態で予期的に同定することも試みられてきた。

 我々の研究室では、未分化な細胞のマーカーであるネスチンのエンハンサー制御下に、変異型緑色蛍光タンパク質(EGFP)を発現するトランスジェニック〔遺伝子改変〕マウスを作製し(ネスチン‐EGFP),EGFPを発現する細胞をFACSを用いて回収し、神経幹細胞を濃縮することに成功した。

 さらに、コーネル大学のゴールドマン教授との共同で、ヒト成人海馬の細胞にネスチン‐EGFPを遺伝子導入したり、あるいはネスチン‐EGFPと、ムサシ‐1プロモーター制御下にEGFPを発現する遺伝子をアデノウイルス〔DNA腫瘍ウイルスの1つ〕を用いてヒト胎児脳由来の細胞に導入したりして、FACS〔蛍光自動細胞分離分析装置〕を用いてヒトの神経幹細胞を分離・同定している。

 またリエツらは12ギマイクロ以上の細胞径でPNAlow,CD24lowの細胞を集めることで、内田らはヒト胎児の中枢神経の細胞をCD133+,CD34−,CD45−を指標として、ニューロスフェア形成能を持つ細胞を分離した。このような予期的な神経幹細胞の同定は、神経幹細胞研究のみならず、神経幹細胞移植を臨床応用するためにも重要な手法となってくる。


 神経幹細胞の可塑性

 神経幹細胞やそれに由来する神経細胞を細胞移植に応用していくうえで、神経幹細胞の持つ可塑性について触れておく必要がある。

 哺乳類中枢神経系における神経幹細胞は、マウスでは胎生8日目の神経板に始まり、成体に至るまで分裂を繰り返しながら主に脳室壁周辺に存在し、発生の初期にはニューロンを、後にグリアを産生するようになると言われている。

 この間、発生の比較的早い時期にさまざまな因子が作用することで、体の前後軸、背腹軸に沿った領域特異性を獲得し、さらには時間的な制約も受けて、時間軸に沿って性質の異なるニューロンを生み出すことが知られている。

 例えば、マウス胎児中枢神経の異なった場所から得られた神経幹細胞は、それぞれの部位特異的なマーカーを発現している。また、成体の神経幹細胞は、海馬歯状回と脳室下層においてニューロンの新生を行っているが、発生のごく初期段階に生み出される中脳腹側のドーパミンニューロンや、脊髄の運動ニューロンのような投射ニューロンを生み出すことはできないと言われている。

 一方で、神経幹細胞がある一定の可塑性を持つことも示されてきた。例えば、成体ラットの脊髄中心管周囲には、生体外で多分化能を示す未分化な神経系前駆細胞が存在するが、この細胞は生体内では脊髄のグリアのみを産生し、決してニューロンを生み出さないにもかかわらず、成体海馬に移植するとニューロンを生み出す。また、成体海馬由来の神経幹細胞は脳室下層に移植すると嗅球のニューロンを生み出すと言われる。

 このように、神経幹細胞はある一定の可塑性を持つ一方で、時間的・空間的に制約を受けているため、必ずしもすべての種類の神経幹細胞に分化できるわけではなく、細胞移植のドナーとしてどの疾患にでも適用できるわけではない。


             ■ 表1 細胞移植の対象疾患
    疾患      障害される細胞     候補となる移植細胞  障害部位、移植部位
パーキンソン病 ドーパミンニューロン ドーパミンニューロン 線条体、
中脳黒質
ハンチントン病 GABAニューロン GABAニューロン、
胎児線条体
尾状核、被殻、
大脳皮質
筋萎縮性
側索硬化症
運動ニューロン 運動ニューロン(?) 脊髄前角
脊髄損傷 ニューロン、グリア 神経幹細胞 損傷部位
脳梗塞 ニューロン、グリア 神経幹細胞 損傷部位
 GABA:ガンマアミノ酪酸



 神経幹細胞の臨床への応用

 さて、それではどのようにしてこの神経幹細胞を臨床に応用していくのであろうか。

 神経幹細胞は新たなニューロンやグリアを生み出す能力を持つ細胞であり、神経組織が非特異的に損傷される脊髄損傷や、脳梗塞などの疾患に対する移植細胞としても期待される。さらに、特定の機能を持つニューロンに分化することを運命づけられた神経前駆細胞や分化したニューロンそのものを移植することで、特定のニューロンが障害されるパーキンソン病などの疾患への適用も期待される(表1)。

 我々の研究室では、脊髄損傷モデルラットに胎仔脊髄由来のニューロスフェアを移植し、生着・分化させることに成功している。またネスチン‐EGFPやTH‐EGFPといったレポーターを用いることで、胎仔中脳腹側からネスチン陽性の未分化な細胞やTH陽性のドーパミンニューロンを分離し、6‐ヒドロキシドーパミン(6‐OHDA)処理したパーキンソン病モデルラットの線条体に移植する実験を行い、これらの細胞が生着・分化し、機能的な改善も得られることを報告した。

 実際に臨床に応用していくためには、これらの手法がサルなどの霊長類でも有効であることを確認するような前臨床的な研究も必要となってくる。


 胚性幹細胞(ES細胞)の利用

 胎児または成体由来の神経幹細胞がある程度の可塑性を持ちながらも時間的・空間的制約を受けているのに対して、ES細胞は体を形成する3胚葉のすべての細胞に分化することができる細胞であり、成体または胎児由来の神経幹細胞からは得られることのできない種類の移植細胞のドナー細胞として期待されている。

 さらに、胎児や成体由来の細胞は移植に十分な細胞数を得るのが困難であるのに対し、無限に増殖できるというメリットがある。ES細胞は、未分化状態を維持するために必要なフィーダー細胞や白血病抑制因子を取り除き、分化誘導因子を加えたり、他の種類の細胞とともに培養したりすることで、神経系を含むさまざまな種類の細胞へ分化誘導することができる。

 マウスES細胞を用いた今までの研究で、ES細胞由来の神経系細胞を利用した移植例が幾つか報告されている。

 例えば、ミエリン欠損(髄鞘形成不全)ラットの脊髄に、マウスES細胞由来のグリア前駆細胞を移植したところ、ミエリン特異的マーカー・プロテオリピドタンパク質に対する抗体で染色された。同様に、レチノイン酸を作用させて誘導された神経系前駆細胞を脊髄損傷ラットに移植すると、ニューロンやグリアへ分化して生着し、運動機能の改善も見られた。また、PA6と呼ばれるストローマ細胞とともに培養して分化誘導したドーパミンニューロンを、6‐OHDAで処理したパーキンソン病モデル動物の線条体に移植したところ、ES細胞由来のドーパミンニューロンが生着したことも報告されている。

 1998年にはトムソンらによりヒトES細胞が樹立され、さらに2001年には、ヒトES細胞から誘導した神経系前駆細胞を新生マウスの脳に移植し、ニューロンやグリアに分化して生着しているという報告がなされた。

 このように、ES細胞由来のニューロンや神経系前駆細胞は、細胞治療のドナー細胞として大いに期待されるが、未分化な細胞を移植することで奇形腫を形成する危険や免疫学的拒絶反応などの問題点も多い。この問題に対しては、より特定の機能細胞へ分化した細胞を移植することや、核移植などの治療クローニングの技術を用いて患者自身のES細胞を作ることで解決しようという試みがなされている。

 またヒトES細胞を用いる場合は、ヒト胚を用いるという倫理的問題も大きい。

このため、別のアプローチとして、神経系以外の組織に由来する細胞を分化転換あるいは脱分化させて利用する方法も試みられている。最近の研究では、骨髄間質の間葉系幹細胞や皮膚由来の前駆細胞(SKPS)などから神経系の細胞を分化誘導したことが報告されており、細胞移植のドナーとして重要な可能性を秘めている。


 内在性幹細胞の活用

 細胞移植以外に、損傷された神経組織を修復する手段として内在性幹細胞を利用することができる。先に述べたように、成体の脳では脳室下層や海馬歯状回でニューロンの新生が行われているうえに、脊髄中心管周囲の神経前駆細胞のように、生体内ではニューロンを生み出さないものの、生体外ではニューロンを新生することができる幹細胞としてのポテンシャルを持つ細胞が存在する。

 このような内在性の幹細胞の分化と増殖の制御を行うことで、治療へと応用することも考えられている。例えば、生体外で細胞増殖活性を持つEGFやFGF2を脳室内に投与することで幹細胞の増殖が促されることや、神経栄養因子のBDNFを脳室内に投与したりアデノウイルスベクターを用いて遺伝子導入することで、ブロモデオキシウリジン(BrdU)で標識される新生ニューロンの産生が促されたことも報告されている。


 神経栄養因子と成長因子

 中枢神経系の再生医療におけるもう1つの試みとして、神経栄養因子や成長因子を用いてニューロンを変性から保護したり、神経伝達物質やその合成酵素の遺伝子を導入することで症状を改善しようということがなされている。そのような治療の対象として、最も研究が進んでいるのがパーキンソン病である。

 1993年に同定されて以来、GDNFは生体内・外で黒質のドーパミンニューロンに対して強い神経保護作用を持つことが知られてきた。このため、黒質のドーパミンニューロンが障害されるパーキンソン病に対する治療効果が期待されてきた。

 最初の試みは、65歳の男性の脳室内に遺伝子組換え型のGDNFを投与するというものであったが、残念ながら副作用のみが見られ、パーキンソン症状の改善は得られなかった。障害されている黒質‐線条体に十分な量のGDNFが到達できなかったことが原因と考えられた。さらに、GDNFの受容体は生体内に広く存在することから、副作用を避けるためにも局所に十分量のGDNFを投与するためのデリバリーシステムが必要と考えられた。

 2000年、コルドワーらは、MPTPを投与したサルのパーキンソン病モデルの線条体と黒質に、レンチウイスルベクターを用いてGDNFを導入した。この実験では、GDNFを導入したサルでは運動機能障害が回復し、さらにMTPT処理した3カ月後にフルオロドーパによるPET(ポジトロン断層撮影 )を用いて解析すると、ドーパミンニューロンの線条体への投射が保たれていることが確認された。

 このような中枢神経への遺伝子導入の手法として、レンチウイルスのほかにアデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いたベクターが開発されているが、特にレンチウイルスやAAVは非分裂細胞にも遺伝子導入することが可能で、長期的な遺伝子発現が可能であり、病原性もないことから、中枢神経系への遺伝子導入に最も適していると期待されている。

 ラットのモデルを用いた実験では、AAVやレンチウイルスベクターを用いて導入したGDNFは6か月間以上安定に発現し、神経保護作用を示したと言われている。またパーキンソン病の患者では、ドーパミン産生に必要なTH(チロシンヒドラキラーゼ)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)あるいはGTPシクロヒドラーゼT(GCH)などの酵素活性が低下しているが、これらの遺伝子をAAVベクターに組み込んで線条体に導入することでドーパミン産生を促し、モデルラットの運動機能が改善されたことも報告されている。

 さらに、ラット副腎髄質褐色細胞腫由来の細胞株でL‐ドーパやドーパミンを産生することが知られている。PC12細胞や、GDNF遺伝子を導入したGDNF産生細胞株をカプセルの中に封入して、モデル動物の線条体に移植することも試みられており、一定の成果を上げている。

 パーキンソン病以外でも、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった神経変性疾患に対しても、このようなニューロンを保護するための治療が試みられている。

 ALSでは、障害される運動ニューロンに対して神経保護作用を示すと言われているCNTF、BDNF, GDNFなどによる臨床試験も行われてきたが、十分な成果を上げているとは言いがたい。しかし、これらの臨床試験も髄腔内投与などの全身的投与が中心であり、パーキンソン病の場合にそうであったように、デリバリーシステムを工夫することで効果が得られることも十分に期待できる。さらに、肝細胞増殖因子として同定されたHGFは、運動ニューロンに対して強力な保護作用を示すことがわかってきており、ALS治療に応用できる可能性が示唆されている。

 このような新たな神経栄養因子の同定や解析の進展、より優れたデリバリーシステムの開発により、さらに有効な神経保護効果が得られることが期待される。


 許容的な環境と非許容的な環境

 成体の脳や脊髄が損傷されたとき、損傷した軸索を再生したり、別の軸索が代償的に伸長する能力は極めて限られている。

 その1つの理由は、損傷組織周囲にグリア新生が起こって瘢痕を形成するためである。このとき,コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)、テネイシン、セマフォリン3Aなどの活性が上昇し、軸索の進展を阻害する。

 もう1つの理由は、軸索を取り巻くミエリン(オリゴデンドロサイト)からさまざまな軸索伸長阻害因子が産生されるためであり、これらの要因は神経再生にとって非許容的な環境を作り出している。

 シュワブらのグループは、軸索伸長を強く抑制するミエリンタンパク質(後にNogo‐Aとして同定された)に対するモノクローナル抗体(IN‐1)を作製して脊髄損傷ラットに投与したところ、軸索の伸長が促進され、さらに機能的にも改善することを示した。さらに、このミエリン由来の軸索伸長阻害因子に対するIN‐1抗体やミエリンによるワクチン接種により、許容的な環境が生み出されることも示した。

 このようなミエリン由来の軸索伸長阻害因子には、ほかにもミエリン関連性糖タンパク質(MAG)などが知られており、これらをコントロールして損傷神経組織を許容的な環境にすることが、先に述べた細胞移植や遺伝子治療の効果を得るために必要不可欠であろう。


 おわりに

 1987年、中絶胎児の中脳組織をパーキンソン病患者の線条体に移植する治療が行われて以来、パーキンソン病に対する細胞移植が一定の効果をもたらすことが分かってきた。

 パーキンソン病での細胞移植は、移植した細胞が単に脳内で生着してドーパミンを産生するのみでなく、ホストの線条体と機能的なネットワークを形成していることが重要であると考えられている。

 このように、神経疾患に対する再生治療は、単に機能細胞を移植するのみでなく、移植した細胞とホストの中枢神経との間に機能的な回路を形成させることが重要である。運動ニューロンが変性するALSのように、投射ニューロンが広範に障害される神経変性疾患を対象とする場合は特に、いかに機能的な回路を再建するかが重要な課題である。

 いったん損傷された神経回路の効果的な再生のためには、神経疾患の病態や神経再生のメカニズムをさらに詳細に解明し、さらに、今まで述べてきた1つ1つの手法を単独ではなく、数々の手法を組み合わせた、例えば神経幹細胞の移植にGDNFなどの神経栄養因子の導入を併用したり、細胞移植と同時に神経の再生にとって許容的な環境を作り出すために軸索伸長阻害因子の活性を抑えたりするといった、新たな戦略(図1)が必要となってくるであろう。




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