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 ◆ 会報バックナンバーより  《第7号》

 ■ 再 生:オデュッセウスの神話とのアナロジー

ワイズ・ヤング(Wise Young M.D. Ph.D.)

 脊髄損傷は電気コードや電話線を切断することと同様である言われる。しかし、電気コードへの比喩はスケールとしても、意味内容としても適切ではない。脊髄は動力を供給するわけではないからである。

 その点、電話線への比喩は的を射ている。脊髄が送り手と受け手の(運動神経と感覚神経からなる)双方向コミュニケーションのシステムであるということを適切に描いているからである。また、電話線はシステムの複雑性のニュアンスも伝えることができる。例えば、人間の脊髄の情報伝達量は、ニューヨーク・ボストン間の通信量に相当する。人間の脊髄には約2000万の軸索突起が確認できる。

 電話線への比喩は機能を回復するのに何が必要かという点になると、うまく説明できなくなる。電話線の場合には、切断された線の端と端をつなぐだけでよい。脊髄はこの決定的な点で異なっている。脊髄の中で信号をやりとりする軸索や神経線維はひとつのニューロンが伸びたものだからである。軸索はニューロンの細胞本体から養分や信号を受け取らなくてはならない。

 軸索が損傷を受けると、その軸索のうち損傷部位から末梢にある(離れている)部分は死んでしまう。損傷部位から細胞本体の近くにある部分も死んでしまうが、ニューロン自身は通常生き残っている。したがって、切断する前の目的ニューロンに再接続するために、生き残ったニューロンは損傷部位から軸索を長く再成長させなくてはならない。その作業の道のりが再生のすべてである。

 オデュッセウスの有名な神話は、いくつかの点で再生についてのより適切なアナロジーである。知っての通り、オデュッセウスは家からずっと離れたところに置き去りにされた。彼は過酷な旅行条件と敵に悩まされる。それは無風の海であったり、キュクロプスであったりする。同様に、損傷した軸索は自らの場所から遠く離れて、荒涼とした組織帯や、損傷部位に生息するマクロファージ群を無事に通過しなくてはならない。

 オデュッセウスは、サイレーンの誘惑に打ち勝つために自らをマストに縛り付け、キルケーの島から離脱した。やっとのことで彼が家に帰ったときには、彼が愛してやまないペネロペーには多くの求婚者がいたのである。

 損傷部位を通過してしまうと、今度は、軸索は美しくみずみずしいニューロンたちの誘惑を拒みつづけなければならない。軸索は1日に1mm以下という非常にゆっくりとした速度で成長し、道のりは1mを超えることもあるくらい長いので、旅路は数年を要することもある。しかし軸索は、他のニューロンからの若い軸索が目的地についてしまう前に目的地への道を見つけなくてはならない。


 <出 発>

 軸索が損傷する時には、損傷部位からの短い距離を残して死んでしまう。細胞本体タンパク質や他の原料を軸索に向かって短時間送りつづける。これらの原料はたびたび軸索の終点に集まり、球状の末端を形成する。これらの末端は細胞の廃品によって満たされて、脊髄の中に何年もの間とどまることができる。しかし、軸索は球の上のさらに枝を発芽させることができて、これらの枝や芽は損傷部位へいくらか伸びることができる。

 現在のところ、軸索を成長し始めさせる信号についてはあまりよく分かっていない。これらの信号が激しく損傷した脊髄に存在していることは確かである。なぜなら、損傷を受けた後の数日や数週間の間、軸索が生えて成長しているからである。

 激しく損傷した脊髄の中に高いレベルの炎症性のサイトカインやあらゆる種類の成長要素が含まれていることが現在のところ多くの研究によって明らかになっている。私がもっとも気にかけているのは、慢性的に損傷した脊髄である。そのため、激しい損傷を受けた脊髄から出され、慢性的な損傷を受けた脊髄からは出されていない、タンパク質や要素が何であるのかをつきとめる体系的な研究を我々は始めたところである。

 損傷を受けた多くの軸索の先端に形成される芽が出ない球について何かを調べるべきだろうか。これはそんなに重要な問題ではないかもしれない。なぜなら、軸索の多くが損傷部位の上から発芽し、その芽は損傷部位に向かって、そして損傷部位を超えてもいくらかの距離を成長することができるのを我々は知っているからである。

 成長要素や、IN-1、サイトカイン、そしてその他の要素が、そのような発芽が生じるのを刺激する役割を担っていることが証明されている。組織の修復や成長を刺激するこれらの要素の多くは、活性化したマクロファージや好中球やリンパ球を含む、脊髄を蝕む炎症性の細胞から発生している。


 <損傷部位を通過する>

 損傷部位を通過することは困難を伴なう。もし損傷によって損傷部位のほとんど、あるいはすべての細胞が死んでしまったら、組織は空洞化し、嚢種を形成するだろう。このような嚢種は多くの脊髄の中に、小さな嚢種の集合体や、ひとつの大きな嚢種の形で発生する。脳脊髄液がこの嚢種を満たし、それは時間とともに大きくなっていくだろう。嚢種はしばしば脳室上衣細胞と呼ばれる細胞に内張りされて、星状膠細胞や神経膠瘢痕の濃い茂みがあるかもしれない。軸索は損傷部位の細胞や嚢種の迷路に侵入しなくてはならない。細胞の多く、例えば星状膠細胞、は軸索の成長を抑制する物質を分泌しているかもしれない。

 科学者はこれらの問題をいくつかの点で回避しようとした。発生段階の細胞や、嗅覚の包状になる神経膠細胞、生物原料をも脊髄に移植することで空白のいくらかを埋めることができる。多くの研究所が、損傷部位の端で増殖する星状膠瘢痕や、それらが分泌する細胞外基質分子を精力的に研究し始めた。しかし、問題は成長への物質的または化学的障害よりも複雑であるかもしれない。もし損傷部位に移植された細胞によって分泌される物質が、周りの組織の分泌物よりも親和的であるとしたら、軸索はただ単に損傷部位に留まり、先に進まないかもしれない。

 親和的ないし反発的指導分子の問題を自然界がどのように解決するかを発達神経生物学は解き明かし始めている。例えば、錐体路は我々の脳から脊髄へと発達した。すべての哺乳動物において、皮質脊髄軸索の大部分は脳幹へと進み、中心軸と交差し、脊髄へと長く伸びていく路を形成する。軸索が中心軸と交差する部分は特に興味深いところである。なぜなら、これは、組織の中に勾配を作るために特定の細胞群から出されるか、分泌された3つまたは4つの接着性分子の結合を伴なっているからである。この場合、軸索がどの場所にもくっつかないようにするために、親和的細胞接着性分子に対して受容器を解除することで解決を図る。


 <家路を旅する>

 損傷部位を通過すると、軸索は細胞に満たされた組織を長い間旅することになる。これらの細胞には軸索の成長を抑制する分子を分泌するものもあれば、軸索と親和的な分子を分泌するものもある。もし軸索が、成熟した有髄軸索と接触してしまうと、接触した軸索は成長を停止してしまう。軸索がその道のりにある多くのニューロンのどれかのところで成長を停止してしまうと、もうそこから離れることはないだろう。最終的には、距離の長さが問題になってくる。頚部の脊髄が損傷した場合には、軸索はもとのところに戻るのに1m近くも成長を続けなくてはならない。胸部の脊髄が損傷した場合でさえ、成長を続ける軸索にまちがいなく合図を送るたくさんのニューロンが存在している。

 自然界はこの問題に対して面白い解決策を提示する。成長している間に、軸索は「ハイウェイ」モードとでも呼ぶべきものに入っていく。軸索はハイウェイに乗り、足をアクセルにかけ、できるだけ速く進み、道沿いにある道路標識や停止信号をすべて無視してしまう。目的地をすぎて成長した後で、軸索は道沿いにある目的地へ枝を伸ばすのである。

 例えば、錐体路の軸索のほとんどは、様々なセグメントレベルのニューロンに接続する複数の枝を持っている。同様に、脊柱の軸索も、脊髄の上部や下部のニューロンを神経支配する多くの枝を持っている。一般的に、成長中の再接続の戦略はできるだけ多く作り、動かないものは切り捨てていくことにある。

 軸索は、成長中に、細胞接着性分子であるL1を分泌する。神経栄養剤は軸索のL1の分泌を刺激する。実際、ねずみの形をしたL1は、NILEや神経成長分子に誘発された高分子タンパク質として描かれる。L1は興味深い分子で、受容器であるだけでなく、他のL1受容器をも刺激する。したがって、軸索がL1を分泌している時は、成長中の軸索は互いに束になって成長するのを好む。このプロセスは繊維束形成と呼ばれている。抗体がL1に対して適用されるときには、軸索は繊維束分離をする傾向がある。軸索が束になってそれぞれよく成長している時は、道のりにあるニューロンのサイレーンの誘惑を無視する傾向があるというのが、興味深い可能性のひとつである。


 <家を見つける>

 オデュッセウスはどのように自分の家を見つけたのだろうか。神話の中では、オデュッセウスはもちろん家も妻のペーネロペーも覚えている。実際、軸索が自分のもといた家の記憶を持っているかどうかは、我々にはまったく分からない。軸索が利用できるものを単に占有し、元の接続が行なってきたことをする新しい接続を作るために脳が変わらなくてはならないこともまったく可能である。軸索が正しいニューロンに出会うまで、単に探索を続け、多くの異なったニューロンを占有することもまた可能である。正しいニューロンは、その時接続を維持する脳によって使われるものと定義される。結局、軸索が元の家を見つける必要はないかもしれない。

 再接続はいったん作られると、その適切な接続を維持するニューロンの活動によって大いに援助される。再生のこの側面はあまり真剣に考慮されてこなかった。長く維持される接続が存在しているのに、与えられた手足を使わないことが、手足をまったく動かないものにしてしまうことを示す確かなデータがある。もし本当なら、集中的なリハビリや、麻痺した手足の強制的な使用が、軸索の再生によって生じたどんな接続をも強化し、維持するのに必要であることを示している。接続を強化し維持するためにどんな活動をするべきか。ある活動を強調しすぎることが、他の接続を失わせる結果にならないだろうか。

 出発から数日以内に、オデュッセウスの家は求婚者にひきつがれた。同様に、損傷した部位のローカルな軸索は、損傷した脊髄の中で空白になったシナプス部位を埋めるために、発芽する。脊髄が損傷を受けた後に、ローカルな軸索は接続を奪われた損傷部位よりも下のニューロンを得ることができる。しかしながら、ローカルな軸索は接続が切断されたニューロンをみつけることはほとんどない。この分野で独創的な仕事をした神経科学者のマイケル・ゴールドバーガーは電子顕微鏡を使って、片側切断や背根切断によって神経切断された脊髄の中のシナプス結合の数を数えた。驚いたことに、空白のニューロンはほとんど見られなかった。数時間ないし数日以内に空白化した部位は埋められたのである。


 <家を再建する>

 もしオデュッセウスの家が壊されたなら。脊髄への損傷は、筋肉をコントロールするニューロンを損傷するかもしれない。これは、もちろん、ポリオ、筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィー、および、その他の運動ニューロン欠損によっても起こる。力技の解決法はオデュッセウスに新しい家を建てることである。例えば、失われたニューロンを交換するために、神経幹細胞を移植して、この細胞をうまく扱って運動ニューロンにして、さらに軸索を末梢神経や適切な筋肉の中へと成長させることができる。この仕事は気の遠くなる話なので、ほとんどの科学者は問題の解決法として真剣に考えてはいない。

 他の革新的なアプローチがいくつかある。もし運動ニューロン欠損が筋肉の特定の部分に限定されるなら、運動ニューロン軸索を、脊髄の損傷を受けていない他の部位から転換することがひとつのアプローチとして考えられる。例えば、腓腹筋と腓腹四頭筋の運動ニューロンを協働させることによって、筋肉のある部分から他の部分に向けさせることが可能かもしれない。これは実際に動物の膀胱において行なわれている方法である。

 別のアプローチは、ビンの中に新しい筋肉とニューロンを成長させ、全体の回路を脊髄に移植することである。または、筋肉にニューロンを移植して、筋肉に刺激を与えさせ、そのニューロンと脊髄を再接続することも可能であろう。

 最終的には、オデュッセウスの家を再建することは、初めの場所にどのように建てられていたかを理解することから始めないとならない。我々は一度脊髄を成長させ発展させている。軸索の成長とニューロンの移住を方向付けた信号は、おそらく成長した脊髄の中にある程度今も存在している。その信号が何であるかを理解することによって、正しい細胞と接続をもたらす環境を複製することができるようになる。


 <家に住む>

 再生と家に帰ることだけでは十分ではない。オデュッセウスのように、軸索は再び最終的にコミュニティの一部にならなくてはならない。軸索は、調整された動きを生み出すために多くの他の生き残った、もしくは再生された軸索とともに働かなければならない。彼の長い不在の間に、オデュッセウスの家族が変わってしまった。

 ペーネロペー、彼のコミュニティ、そして彼の国の全体が変わり、オデュッセウスなしの生活に慣れてしまっていた。再びコミュニティの中で生活することを学び、再び機能を担うことは、多くの仕事と訓練を要するだろう。末永く幸せに生活することは何もせずに与えられるものではない。

 多くの再生された軸索は、違う家に帰って、機能を担うよりも痙攣や痛みのもとになるかもしれない。この事態をどうやって防ぎ、転換することができるか。軸索が家にたどり着き始め、適切な接続を促進維持し、好ましくない接続を減退除去するリハビリ活動を始めるかどうか、そしてそれはいつなのかを我々は認知できる必要がある。現在のところ、我々には、痙攣と痛みを効果的に評価し扱うことができる脊髄の十分な理解も、道具もない。

 再生後の機能回復のためのリハビリの重要性は、脊髄損傷研究においては真剣に主張されてこなかった。例えば、再生療法が行なわれた後のラットを運動させるようにしている研究所はほとんどない。

 ほとんどの科学者は、再生によって自然に機能を回復すると想定していた。そしてどんな種類や方法のリハビリが行なわれるべきであろうか?リハビリはどのぐらい早期に、どのくらいの期間行なわれるべきであろうか?その答えは機能回復の成功に不可欠である。 

(1999年12月17日投稿 Wise Wire/Spine Wire のHPより)
(池田 和弘 訳)



 ■ 脊髄損傷に関する組織の歴史の概略(1975−1996)

   ワイズ・ヤング 

 下記は近年20年間の脊髄損傷の研究に関与した科学・臨床・民間それぞれの分野における組織の歴史の概略である。 この10年間、あらゆる領域に変化がおとずれた。1975年に脊髄損傷を治療可能だと公言する研究者がいたとすれば、彼は国際的な会合において嘲笑をうけるか、または冷たい視線を浴びたであろう。

 当時、科学的であれ、臨床であれ、民間であれ、ほとんどの組織は脊髄損傷に対する治療はおろか、効果的な治療法についても議論しようとしなかった。1995年には、多くの科学者や臨床家が、効果的な治療が可能であるばかりでなく、10年以内に、確立する事が出来るのではないかと思っている。


 科学組織

 The Society for Neuroscience は、神経科学研究者の多くが属する主要な組織である。1980年、Society for Neuroscience は、SCI(脊髄損傷)に関する研究をひとつの領域とみなしておらず、"他方面にわたる"または"体性感覚システム"の領域に分類していた。SCI 研究者は公開討論会をする場さえもたず、また、機関紙もなかった。

 1981年、Society for Neuroscience が始まる前の週末に私的に10名程度の SCI研究者が集まったが、それがいずれ、Neurotrauma Societyとして、1988年にスタートすることになったのである。今日、Neuro-trauma Society は脊椎・頭部外傷の先鋭研究者の多くを含む、約 500人のメンバーを有している。また、機関紙(the Jornal of Neurotrauma)を発行するととももに、毎年一回の会合も今年は15回目を迎え、サンディエゴにある神経科学協会にて400名以上の参加者を見こんでいる。

 1991年、日本の福島において、最初の国際神経損傷シンポジウムが開催された(神経損傷の研究を日本とアジアに紹介した)。その後、会合はグラスゴーで1993年に、トロントで1995年に開かれており、1997年の会合にはソウルが候補地として挙げられている。今年(1998年)、年2回会合を開催する INTS (Internatio-nal Neurotorauma Society)が結成され、トロントでの INTSの会合には世界中から 800人が参加した。これらの組織が出来る以前には、SCI研究者と、頭部外傷を研究する科学者はお互いの領域について、ほとんど無知であったし、話し合おうとしなかった。しかしこれらの組織が、彼らを結び付け、研究室をこえての共同研究がさかんに行われはじめたのである。このようにして、ずいぶん発展の途をたどってきたのである。


 臨床組織

 脊髄損傷の専門家たちもまた、結びつき始めた。世界で最初の脊髄損傷専門組織は、1960年代にイングランドで始まり、年1回定例会を開催する IMSOP(International Medical Society of Paraplegia)であろう。アメリカ合衆国では1980年代初めに、理学療法士や整形外科医が集まり、ASIA(American Spinal Injury Association)が組織された。

 また、ほぼ同時に、棘手術に関する会合を年1回行っている国立の神経外科組織2つに属する神経外科医より構成される AANS・CNS 共同の外傷領域が現われた。CSRS(Cervical Spine Research Society)は、リハビリテーション、泌尿器科学や他の専門分野に重きをおいている。今や Japan Paraplegia SocietyやKorean Neurotrauma Societyなどのように、このような組織はたくさんの国にみられる。

 1979年、脊髄の観察や保護に興味をもつ臨床家を対象に the International Spinal Monitoring Society が組織され、年二回会合を持っている(最近ニューヨークで開かれた)。


 初期民間組織

 1980年、私は PVA (Paralyzed Veterans of America) と SCS (Spinal Cord Society), the Help Them Walk Again Foundation により開催されたアクティビティに参加したことがある。

 PVA は主に退役軍人の権利や、会合、そして陳情に関わっていた。SCS は当時ミネアポリスの若い一般群衆より構成されており、Dr.Chuck Carsonが作った組織を基礎としていた。そして、脊髄損傷の研究に資金を援助し始めた。PCRはワシントンDCにあるグループで、研究資金を援助しようとする、脊髄損傷者により結成されている。The Help Them Walk Again はラスベガスに本拠地を置く、患者擁護グループであり、1979年には、私自身も参加した、この頃にしては最も盛大ともいえる科学大会を開催した。

  [by D.W.][SCSは治療に目的をさだめた脊髄損傷研究の分野で進歩の littanyを生み出した。創立者であるDr.Charles Carson はアメリカ合衆国のレーガン大統領による大統領教書のなかで、合衆国の影の英雄として―脊髄損傷治療のために自らすすんで、計り知れない時間をささげたと英雄として言及された(1週間に80時間以上を越えることもしばしばであった)。SCS はたくさんの重要な研究プロジェクトに資金を援助してきた。その中で最も注目に値するものは、60分経つとすぐに、繰り返して特徴付けられる歩行動作をコンピューター処理することである。

 また、SCS は月刊で、脊髄損傷治療に関する独自の回報を出している。最後に、SCSは尽力を惜しまない人々が集まった、一般大衆による組織である。詳しい情報は

  〔218―739―5252まで電話して下さい]


 最も古い脊髄損傷基金の一つは脊髄損傷者の夫を持つ Trink Gardner により創設された。1970年代に脊髄損傷研究に関するBermuda Conferencesに資金を提供し、Walkman Awardに寄付をした。このWalkman Awardは1972年以来1年に二回与えられるもので、最も長く続いており、かつ脊髄損傷に関係する研究に対して与えられる、神経科学の中でも最も威信のある賞である。他の国では、イングランドで、1980年初頭に ISRT (International Spinal research Trust Fund) が創立され、今現在はフランスやスイス、オーストラリアにも活発な支局がある。


 莫大な数の民間基金

 北アメリカだけで見積もっても、脊髄損傷研究を支援する民間基金は40を下ることはない。古くからのグループに、Kent Waldrep Foundation と Steven J. Camhi Fund がある。1980年代に Marc Buonocanti Foundation とMiami Project がスタートし、SCI研究専門の世界的本拠地が築かれたのである。1990年にMiami Project は、ワシントン大学から Bunge夫妻(DickとMary)をマイアミに呼び寄せた。このようにして、このグループは SCI研究に関して、先導的な研究室とのひとつとなったのである。

 ほとんど全ての州で、地元に根ざした基金が設立された。NSCIA (National Spinal CordInjury Association) が1980年代に出来、SCIのケア議論の強力な擁護者となった。 1980年代後半にはニューヨークでDaniel Heumann Fund とAlan T. Brown Foundation が設立され、研究に資金提供をし始めた。

 カルフォルニアでは Ameritec Foundation(Tom and Beatrice Hollfelder)が、脊髄損傷研究を対象に、年一回賞を与えるようになった。

 カナダやヨーロッパで、いくつかの著名な基金がある。カナダではCPA (Canadian Paraplegia Association), CSRO(Canadian Spinal Research Organization), Rick Hansen Man-in-Motion Foundationなどがそれである。

 イングランドでは、ASRT (Australasia Spinal Rsearch Trust) のような支局をいくつかの諸国にもつ ISRT(International Spinal Reseach Trust) が存在する。同様に、スイスにもいくつかの基金が存在している。

 これらのグループを統合しようとする試みのいくつかは失敗に終わった。1987年に、PVAは NCSCIA (National Council for Spinal Cord Injury Association)を構成したが、このグループは決して共に活動しようとはしなかった。また、資金提供に関する言い争いはこのグループを数年役立たないものとしてしまった。

 1993年、四肢麻痺である Arthur Ullian がNCSCIA の総裁となり、NCSCIA の使命を、脊髄損傷研究の連邦政府基金に関する議会への陳情とした。 SCI研究だけに留まるのではなく、むしろ全ての神経学研究を後押しする必要があると認識し、Arthur は NCSCIA の活動に補足して、END (The National Coalition to End Neurological Disorders)を設立した。現場の影や、Dana Allianceのような教育機関と共に研究をしながらENDは議会やホワイトハウスのメンバー大勢と会見を持った。ENDとParalyzed Veterans of America はワシントンDCにおける脊髄損傷研究と神経学研究のもっとも有力な陳情組織である。   


 アメリカ合衆国の麻痺に関する組織

 1981年にPCRグループを本体として、APA が現われた。主に David Camhi とKent Waldrep によって支えられ、APA が最初に資金を援助したのは NYU Medical Centerであった。 3年間にわたる資金援助によって、ここでの実験は急性の脊髄損傷に対するメチルプレドニソロン治療を導き出した。また、慢性骨髄損傷に対する4AP治療を発展させたDr. Andrew Blightを補充した。そしてNYU Impactor(the now standard rat spinal cord injury)を発展させたDr. John Gruner を支援した。研究の管理者である Admiral Dick M.D. Van Orden と共に、Kent Waldrepは APAの総裁になった。 David Camhi や Hank Stifel, Joe/Michelle Alioto などに支えられ、 APA は一年に5〜10の研究資金を与え、またたくさんの科学集会を支持してきた。

 1985年に、APAは財政難となり、Henry Stifel Foundation (Hank and Charlotte Stifel)の指導下におかれることとなった。 Kent Waldrep はダラスに NPF(National Paralysis Foundation)を組織するために APAを去った。Aliotos はカリフォルニアに National Paralysis Projectを組織した。APA は合衆国内外で、たくさんの研究を支援しつづけた。若い研究者たちに3万ドルを援助し、研究に対して6万ドルの賞を設立した。何年にもわたりAPAは150以上の研究者に資金を与え、またこの領域に10名ほどのベテラン研究者 (Martin Schwab, Eric Shooter, Carl Cotman, Rusty Gage, Ira Black, and others)を引き込んだ。

 APAが研究へ資金援助する時には、同輩による厳しい科学的批評を参考にする。この科学的諮問委員会はこの領域において、もっとも優良である。


 The Alliance and Consortium

 1994年、Kent Waldrep は脊髄損傷研究に対して資金援助する資本合同を目的にしてAPAと同盟を結んだ。NPFとAPA はMiami Projectの代理人を含む科学的諮問委員会を併合した。この同盟は科学に資金援助するために共に活動する組織グループを引き合わせることとなった。この資金合同それ自体は、慢性脊髄損傷の新しい治療を発展を目指して合同研究をする7つの主な研究室から構成されている。

 Alliance and Consortium の本部は APA に置かれている。今のAPA総裁であるMitch Stoller の強い後押し、APAの研究管理者であるSusan Howley による立案指導, APA の指導者委員会の強力な指示を受けて、この 資本合同は仕事を開始した。これが始まりである。この資本合同の目的は離れた研究室が共に研究をするうようになることである。辛抱のある監視委員会が資本合同の活動を観察し、同盟にアドバイスを与えた。

 Consortium の研究室には分子・細胞システムにおいて、トップクラスの研究者が含まれており、彼らの科学技術や責任を考慮して選抜した科学を脊髄損傷治療に適用した。限られたスペースと記憶では、貢献した多くの人々に十分な名声を与えられるとは思わないが、少しでも手がかりになればと思っている。この領域の民間部門サイドについて詳細を述べようとするとすると一冊の本になってしまうだろう。たくさんの影の英雄がいるのだ。

 Charles Carson, Sam Maddox,
 Greg Winget, Ron Cohen, Benjamin Reeve,
 Shawn Friedkin, Ray Wickson,
 Larry Johnson, Lisa Hudgins,
 Peter Banyard, Margaret Brown,
 Marilyn Spivak, Bob Yant,
 Mary Ann Liebert, Vivian Smith,
 Cheryl Chanaud, Lesley Hudson,
 Walter Schafer, George Zitnay,
 Vivian Beyda, Tim Hanlin,
 David Mahoney, Gayle Stevenson

 の他にも、たくさんの人々がこの領域を援助するために義務をこえて、骨を折ってくれた。

 Barbara Walters, Katie Couric, Diane Sawyers, Bill Utley,そしてもちろん Christopher Reeveなど、何人かの有名人が彼らの時間を割き、心を尽くしてくれた。政府内でも多くの人々が、助言や援助を与え、グループを助けてくれた。Murray Goldstein, Margaret Giannini, David Gray, Doug Walgrenらがそれである。本当に大勢の科学者や臨床家たちが、組織のために助言を与え、基金を集めることに、惜しみなく彼らの時間を捧げてくれた。また、私は産業の側面には、言及しないで終わる。 

(Spine Wire のHP 1996年1月18日より)

http://www2.spinewire.com   (訳:山本 千尋)



 ■ 1999年:疼痛研究の当り年

     ワイズ・ヤング

  1999年は、疼痛研究において収穫の多い年であった。以下、ニューロパシー痛とその治療に関する規範的な研究であると考えられる幾つかの論文を取り上げその概要を紹介する。順不同であるが、これらの論文は、痛みに関する研究分野で大きな前進があったことを明示する実践的理論的論点を扱ったものである。


 脊髄損傷における疼痛発生率

 シダール(Sidall)、他のグループによる研究は、脊髄損傷後6ヵ月に発生したニューロパシー痛に関する最も体系的で系統的な研究の一つである。そこに示されている数字には驚くべきものがある。100人の脊髄損傷者のうち、40%が筋骨格痛を訴え、36%が損傷レベルにおけるニューロパシー痛を、19%が損傷レベル以下におけるニューロパシー痛を訴えている。結論的に言えば、全体の64%が何らかの痛みを抱えており、55%がニューロパシー痛と規定しうる痛みを、そして21%が厳しい痛みを抱えているのである。

 また筆者たちは、アロディニアを伴ったニューロパシー痛は不全頚髄損傷に多く見られ、筋骨格痛は胸髄損傷によくみられるとも指摘している。この研究は、長い間推測されてきた、脊髄損傷における痛みの発生率の高さとその厳しさを明確に示すものである。これは、決して脊髄損傷者の少数派に限定される小さな問題ではない。


  ニューロパシー痛におけるニューロトロフィン(神経栄養物質)の役割

  ミラン(Millan)は、その論文において、近年における疼痛研究の進歩について検討を行っている。彼は、従来からの炎症メカニズムの考え方に新たに追加された幾つかの疼痛伝達物質の役割を特に取り上げている。それには、陽子(水素イオン)、ATP(アデノシン三燐酸)、サイトカイン、ニューロトロフィン、NO(一酸化窒素)が含まれている。これらは、治療法として痛みの伝達を調整するための新たな目標を提供するものである。

 ついで彼は、疼痛研究分野で広く使われるようになりつつある新しい専門用語(例えば゛pronociceptive ゛=侵害受容に親和的な)を説明し、加えてNMDA受容体の役割を重視する興味深い研究について説明を与えている。すなわち、神経の疼痛刺激に対する閾値の低下と、シナプス後脊髄後角の諸経路および脊髄の疼痛認知センターを含む新たな脊髄疼痛伝達経路とにおけるNMDA受容体の役割である。その上で彼は、ニューロパシー痛の発生亢進におけるニューロトロフィンや他の神経成長因子の役割に焦点を当てている。

 この点についての彼の指摘は、われわれにニューロトロフィン治療法の無視してはならない「暗部」(問題点)を気づかせるものである。


 疼痛遺伝子

 バスバウム(Basbaum)は、脊髄の疼痛メカニズムを研究する一流の科学者の一人である。彼はその論文において、彼の研究室が過去10年間に成し遂げた業績を要約している。すなわち、P物質受容体の重要性を明らかにしたこと、動物実験で特異的な疼痛症候群を引き起こす幾つかの遺伝子を発見したこと、である。これらの遺伝子には、動物が痛みとして認知する感覚を強めるプレプロタチキニン(PPK)遺伝子やニューロパシー痛の発生に必要なプロティンキナーゼCガンマ(PKCg)遺伝子が含まれる。疼痛認知をコントロールする遺伝子の発見は、ニューロパシー痛の遺伝子治療への道を開くかもしれない。

 このバスバウムの重要な発見に引き続いて、ポルガー(Polgar)、他のグループが、PKCg遺伝子が発現するニューロンの分布を解明している。これらのニューロンの詳細な分析は、それらが抑制的であるよりも興奮性であること、その大多数はニューロテンシンもしくはソマトスタティンを発現すること、またそのうち5%しかオピオイド‐ミュー受容体をもっていないこと、を示唆している。このことはまた、何故ニューロパシー痛がオピオイド治療法にあまり反応しないのかを説明するものである。それに比べ、ニューロキニン受容体をもつ細胞でPKCgを発現するものは殆どない。

 以上のような研究と並行してヴァィリム(Vilim)、他のグループも別の一連の遺伝子(NPFF、NPAF、NPSF)を解明している。これらは、炎症性疼痛の後に発現が上方調節されるが、ニューロパシー痛ではそのようなことはない。


 炎症疼痛メカニズム

 長い間ニューロパシー痛の展開に炎症が一定の役割を果たしていると考えられてきたが、1999年の研究では、グリア細胞と脊髄におけるサイトカインの発現に焦点が当てられた。

 コルバーン(Colburn)、他の研究グループは末梢神経障害の7種の異なったモデルに対応する脊髄グリア細胞の炎症への反応をそれぞれ比較している。この研究モデルが開発され、今日広く受け入れられたことは、疼痛研究の最も重要な進歩の一つであり、この研究分野のいわばルネッサンスともいえる成果をもたらした。すなわち、さまざまな末梢神経疼痛モデルにおける脊髄グリア細胞の活性化とこれらのモデルにおけるニューロパシー痛発生亢進のための必要十分条件の同定である。

 同グループは、別の論文で、ある末梢性炎症疼痛モデルにおいて、疼痛に呼応してグリア細胞が脊髄におけるインターロイキン1−βの発現を変化させる一連の反応関連について記述している。

  一方、イグナトゥスキー(Ignatowski)、他の研究グループの以下のような研究成果は決定的な意味を持つものであった。すなわち、TNFα(腫瘍壊死因子)に対する抗体が末梢神経結紮に伴う疼痛を完全に排除すること、さらに、これとは逆に、この炎症性サイトカインの注入によって脳に変化が生じ、そのことがニューロパシー痛を亢進させかつ疼痛と一致する神経興奮を誘発すること、を明らかにした点である。

 これまで多くの科学者たちが、ニューロパシー痛を発症させている動物に産生する炎症性サイトカインがニューロパシー痛に一定の役割を果たしているのではないかと疑ってきたが、この研究は主要なサイトカインの一つが原因物質の役割を果たしていることを初めて確認し、直接論証したのである。

 インターロイキン1−α、同β、インターロイキン6は密接に関連しているので、これらの炎症性サイトカインのグループは治療上のターゲットになると考えられる。これらは従来適切な取り上げ方はされてこなかった。


 神経伝達物質と疼痛

 今日の鎮痛治療法の中心をなすのは、疼痛伝達物質の調節である。例えば、オピオイド治療法、三環系抗うつ剤の投与等。疼痛に関連する神経伝達物質としては、オピオイド、P物質、グルタミン酸、GABA等が著名である。しかし近年新しいプレイヤーたちが登場しつつある。ディキンソン(Dickinson)とフリートウッド‐ウォーカー(Fleetwood-Walker)らは、脊髄における疼痛伝達に二つのペプチド(VIPとPACAP)が重要な役割を果たしていると述べている。これらは、その機能が不明であったためにこれまで殆ど無視されてきたあまり知られていない神経伝達物質である。

 一方、グルタミン酸受容体拮抗剤への関心があらためて再燃している。例えば、フィシャー(Fisher)とハーゲン(Hagen)は、麻酔医が麻酔を行う際よく使ってきた古くから知られているグルタミン酸受容体拮抗剤であるケタミンが、ニューロパシー痛を軽減することについて述べ、多くの臨床文献を論評している。この種の臨床文献は目下増え続けている。 またファング(Huang)とシンプソン(Simpson)は、ケタミンが脊髄における c-fos 癌遺伝子の発現を抑制すること、今やラットを使った疼痛研究の主要手段になりつつあること、を明らかにしている。

 いずれ、疑いもなく、疼痛モデルにおけるこれらの神経伝達物質に関する研究が膨大な規模で行われるようになるであろう。そして、それを追うように、それらの伝達物質の作動を調整する薬剤が生まれてくるに違いない。


 物理的治療法

 古くから行われている物理的治療法に強い関心を向けた研究が幾つかある。ムングラニ(Munglani)は、痛みに対して目ざましい効果をもつと思われる電磁波刺激の新しい治療法があると指摘している。過去20年以上もの間に、さまざまな研究グループから、このあまり理解されていない方法が他の治療法では手に負えない患者の痛みをコントロールしうる、という報告が行われてきている。この治療法が有効か否かの正式で厳密な判断はまだないが、ある信頼できる科学者が一流専門誌上で、この治療法の研究をさらに進めるべきであると主張している。これは侵襲的ではなく実用的な方法である。

 ラフィ(Laffey)、他の研究グループは、脊髄刺激が横断性脊髄炎に伴う痛みを軽減する、と報告している。これは、脊髄刺激治療法をより多く試してみる必要性を示唆する多くの報告の一つである。シーマン(Seaman)とクリーブランド(Cleaveland)の論文によれば、脊髄に何らかの刺激を与える臨床治療の対象の大半は脊椎(髄)疼痛症候群である。


 痛みはうつ病のせいではない

 幾年もの間、ニューロパシー痛は精神医学的状況によるもの、何か現実のものではなく、頭の中で起きた想像された痛みと考えられてきた。痛みをもつ人々はしばしば抑うつ状態に陥るため、痛みにも効く三環系抗うつ剤の優れた効き目は、しばしば誤ってうつ病の予防の結果とされる。

 一つの答えの出ない問題として、ニューロパシー痛をもつ動物はうつ病も患うかどうかという問題がある。ニューロパシー痛をもつ動物は動きが鈍くなる傾向があるため、その判定は困難である。コンティネン(Kontinen)、他のグループは最近の研究でこの問題を取り上げ、ニューロパシー痛をもったラットの不安と抑うつを評価分析する作業を行った。この研究によると、ニューロパシー痛をもったラットは何ら判断しうる抑うつや不安を示さなかったばかりでなく、抑うつや不安があるという判断基準の下でそのラットがニューロパシー痛の徴候を示すかどうかを明らかにすることもできなかった。


 要約すると――

 科学者や臨床医たちの痛みの問題に対する姿勢に大きな転換が生じてきた。ニューロパシー痛は、以前考えられていたよりもはるかに一般的であることが今日では明らかになってきている。脊髄損傷だけでも大多数の人が深刻な痛みに苦しんでいる。これは重大な求心路遮断を引き起こす他の神経傷害にも起こりうる。多発性硬化症、末梢神経損傷、四肢切断、卒中、横断性脊髄炎もそれに含まれる。科学者たちは、ニューロパシー痛のメカニズムの理解において大きな前進を成し遂げた。

 新たな神経伝達物質、疼痛伝達経路、痛みの原因等がほぼ週ベースで発見されつつある。神経栄養因子が痛みの増進の一因となっていることの発見、ニューロパシー痛に介在する遺伝子の同定、痛みの伝達物質である新しいペプチドの発見等によって、痛みを治療するための強力な生物学的基礎が与えられた。今広く認められている動物実験の疼痛モデルがニューロパシー痛のメカニズムと治療法を解明、評価分析する重要な手段となっている。さらになお物理的治療法への関心も高い。これは痛みを調整するさまざまな戦略へのよりオープンな姿勢が必要であることを物語っている。

 ニューロパシー痛は、もはや精神状況によるものとは見なされなくなっている。実際に起こっている生物学的現象である。これはまさに本質的な前進である。私は、以上でみてきたような研究の進歩の成果のうちで、多くのものが近い将来臨床治験可能な治療法へと移行していくのは十分期待できる、と考えている。

(ホームページWise Wire掲載 2000年1月7日)  (阿部 由紀 訳)



 ■ 脊髄修復における神経幹細胞

 マイアミ医科大学マイアミプロジェクト 会報8−2(2000年夏号)

  Dr. Pantelis Tsoulfas

 マイアミプロジェクト(The Miami Project to Cure Paralysis, a Center of Excellence at the University of Miami School of Medicine)は、麻痺に関する世界最大、極めて包括的な研究センターで、せきずいの損傷から生じる麻痺の有効な治療方法の確立、究極的には治癒を目的とした研究プロジェクトを推進している。

 設立1985年。会長 バース・グリーン博士(Dr.Bath Green 神経外科医)。

 科学雑誌または最近の大衆向け雑誌でさえも、開くと必ず幹細胞に関する記事を目にする。この数十年の中で最も有望で最先端科学の一分野が、社会的に強い関心を呼んでいる。組織工学、移植、神経科学の研究者たちは、胎児および成体の神経系細胞の研究をしており、それらは治療の決定打へと繋がる可能性をもっている。

 あらゆる科学的な探求でみられるように、この研究分野も急速に変動し、その分野の研究はより初期の情報の上に築かれていく。すなわち、この流れは、中枢神経系(CNS)を修復するための細胞置換術への道を開いた研究から始まっている。

 この概説は、脊髄損傷により引き起こされる諸問題や研究の新たな段階の突破口となった初期の発見に関連付けながら、今や大きな関心事となったこの研究について説明する試みである。


 幹細胞とは何か

 幹細胞は我々の身体にある全ての細胞の母と呼ばれている。幹細胞の正式な定義は極めて明確なものであるが、その言葉はより広範囲に使われることがよくある。幹細胞は未成熟なもので、新しい幹細胞を形成するために際限なく分割して行くが、一方、その分割がまた、いくつかの分化した細胞タイプに成長するように設計された細胞、プロジェニター(pro-genitors)をも形作る。

  一つの重要な特徴は、胚性幹細胞(ES細胞)の中には全能性(totipotent)のものがあることである。それらは、子宮内に着床するものも含む新たな有機体を作り出すのに必要とされる細胞全てを形成することができる。この可能性のため、人間のES細胞の使用が、(特に連邦政府出資の研究所での使用に関する規則を決定する政府レベルにおいて)、大きな議論の的となっている。

 今日研究されている幹細胞のほとんどが、成長の後期に現れる。幹細胞は多能性(multi-potent)、すなわち細胞分裂により、全てではないが多くの種類の細胞を形成することができるのである。多能性細胞は損傷された器官の再生治療に対して大きな可能性を有しており、それらを適用することにより倫理上の反対意見は減少して行くであろう。その可能性を実現するには、まず、分化した部分を適切な細胞タイプへと誘導するのはどんな要素なのかを見つけ出さなければならない。理想的なのは細胞が未熟な状態(分裂段階)で獲得でき、それがその後適切な成熟をすることである。更に、移植後に、細胞は損傷された神経系ヘと集積し、安定した機能を果たす状態を維持しなければならない。

 多能性神経プロジェニター細胞(multi-potent neural progenitor cells)はより成長した胚や、成体から取り出すことが出来る。マイアミ・プロジェクトの研究者パンテリス・ツールファス博士(Pantelis Tsoulfas M.D.)は、ES細胞ではないが、胚から取り出した幹細胞について研究している。「我々が研究している幹細胞は神経系自体からのものであり、それらは、中枢神経系に特有の細胞を生じる」と同博士は説明している。

 全く最近まで、中枢神経系でのこの分化は最終的なものであると考えられていた、と彼は指摘する。細胞の運命を支配するのは、かつて考えられていた程厳密なものではないのかもしれない、ということを他の研究者達は気付きはじめた。実験室内では神経細胞は他の組織から形成され、中枢神経系の組織は血液系の細胞を含む他の細胞タイプを生じることを示してきている。今までのところ、神経系細胞(ニューロン、及びそれを支持するグリア細胞のアストロサイト、オリゴデンドロサイト等)の最も生産的な源となるのは胚性の神経組織であることが証明されている。


 脊髄損傷の修復:幹細胞はどこに適合するか?

 脊髄への損傷は、特殊領域に損傷を引き起こす。つまり、損傷による影響ははその原因や度合により変ってくる。機能が失われるのは、@細胞がその領域で死ぬこと A脊髄神経上を自由に情報を運ぶ神経繊維が切断されること、の二点が原因である。

 頚髄損傷後における腕の特異的筋群の萎縮は、以前それらの筋群をコントロールしていた脊髄神経細胞の死が原因であろう。しかし、脚や膀胱のコントロールを失うことは、損傷部位以下の領域に以前到達していた神経繊維(軸索-axon)に損傷を与えることによるものである。現在の治療戦略は、失われた神経細胞を置き換えるのに幹細胞を用いることである。

 しかし、軸索にその損傷部位を越えて再生させるための橋渡しをさせるには、他の戦略が必要となる。軸索が髄鞘(myyelin)に正確に機能してもらいたい領域では、髄鞘を作り出すオリゴデンドロサイトへと成熟する幹細胞も役に立つであろう。

 「我々の目標は細胞をニューロンやオリゴデンドロサイトになるよう方向づけることである。なぜなら、それらが損傷した脊髄を回復する助けとなるのに最も必要とされる細胞だからである。」「もし、異なる運命に向かうこれらの細胞の成熟をどのようなメカニズムがコントロールしているかを発見すれば、そのとき、移植にとって必要となる多くの細胞を我々は再生することができる」とツールファス博士は説明する。

 幹細胞はまた、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症を含む中枢神経疾患に対し、大きな希望となるが、細胞の運命を制御する方法についてほとんど解明されていないために、幹細胞移植はこれらの症状に対して未だに使用されてはいない。


 中枢神経系における細胞置換への可能性の実現

 1980年代の初め、いくつかの研究機関は、神経細胞となることができる不死化した細胞株(immortalized cell lines)を開発した。胚の中枢神経系組織に操作した癌遺伝子を加え、際限なく細胞分裂が行われるようにしたのである。

 これが有益なものであるためには、この株が神経細胞(またはグリア細胞)にならなければならないし、移植後、腫瘍が形成されないよう癌遺伝子が消えていなければならない。

 中枢神経系の細胞へと成熟できる能力を示した最初の神経細胞株は、げっ歯類やウズラの胚から発展させたものである。1990年代の半ばに、ソーク・インスティテュート(the Salk Institute)にあるフレッド・ゲイジ(Fred Gage Ph. D.)博士の研究室は、成体のげっ歯類と人間からの細胞株を開発した。成長し続けている脳か、新たな神経細胞を形成し続ける成体脳のある領域のみに存在するニューロンへと、これらの細胞株のほとんどが到達できたのである。

 そうでない場合には、神経細胞はグリア細胞のみ(殆どアストロサイト)に変わり、そしてこのことが、脳が成熟すると、新たな神経成長を導くのに必要とされるシグナルを脳が失うという確証を強めているように思える。

 マイアミプロジェクトで研究していたスコット・フィットモア(Scott Whittemore Ph.D.)博士(現在はLouisville大学)はニューロンへと独自に発育していく細胞株を開発した。すなわち、宿主の環境に依存した細胞株の発育(ニューロンvs. グリア)と異なり、フィットモア博士の RN33B細胞は常に(正常な)神経細胞となった。

 成体の中枢神経系に移植した後でさえ、これらの神経様の細胞は明らかに正常に成熟した。これは大変重要な原理を例証した前例のない発見であった。つまり、受容性の細胞を与えれば、成体の中枢神経系は神経細胞が適切に成熟するように正確に指令を与える能力を保持するというものである。

 フィットモア博士の研究から明らかになったもう一つの原理は損傷された中枢神経系への細胞移植から得られた。損傷された脊髄や神経細胞を殺す薬剤にさらされた脳の領域にRN33Bを移植すると、この細胞は同一の神経細胞には成熟しなかった。それらはわずかに残存した宿主の神経細胞が存在する限界領域ではたしかに発達していたが、それらを成熟へと導く神経細胞がない領域では発達しなかった。

 最近の彼の論述によれば、別の不死化させた神経細胞株は異なった行動をとるという。すなわち調整規則(setrules)がないことを同博士は強調している。

 ハーバード大学のエバン・シュナイダー(Evan Snyder M.D.)博士によって開発されたある細胞株では、軸索を有髄化するオリゴデンドロサイトを形成することが示され、神経が損傷された領域で神経細胞の形成が可能があることさえも示された。

 だが、これらの実験上の発見が人間の脊髄損傷に応用される前に、細胞の運命がどのように決定されるのか、また損傷によって生じた生体環境における諸変化等に関して、更に多くのことを学ばなければならない。免疫学上の問題と同様、組織工学的に培養された細胞株で検出された遺伝学上の異常性も、もう一つの問題である。


 幹細胞に着手する

 @遺伝子工学技術およびA腫瘍を形成する可能性のある細胞により引き起こされる染色体異常が、研究者達を幹細胞研究へと向かわせた2つの理由である。

 しかし、多能性(multi-potentiality)には恩恵とジレンマの両面がある。「細胞の運命がどのようなものであり、細胞の成熟する方向性の制御メカニズムを細胞がどのように決めているかを我々は解明するよう努力している。」

 「ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトヘと成熟すべく神経幹細胞に情報を与えているいくつかの成長因子を我々は研究している。」「異なる成長因子が細胞の成熟を方向付け、異なる運命へと導いている。残念ながら、損傷された脊髄が神経幹細胞のほとんどをアストロサイトとなるような環境を創り出しているように思える。」

 「他の研究室でも同じような問題に取り組んでいるが、多くの研究室が同時に神経幹細胞に関する研究をすることは無駄だとは思わない。」と前述のツールファス博士は語っている。「細胞の成熟過程を我々はまだ知らない。そのことを発見することにより、細胞の運命を方向付けるための異なった、効果的な方法を創出することが出来るだろう。

 我々全員が、お互いの結果から学ばなければならない。」とも彼は述べている。例えば、人間の脱髄疾患または脊髄損傷の動物モデルの脊髄に移植された細胞(培養内でオリゴデンドロサイトになるベく操作されたもの)が、髄鞘を作ること、また細胞がアストロサイトに変わるのを妨げる方法にも大きな進展があったこと、が報告されている。

 同博士は次のような注意を促している。「今のところ、この技術には大きな制約があると思う。それは、異なる細胞タイプへ成熟するという幹細胞の能力のために、有益な細胞を得るだけでなく、脊髄にとって好ましくない細胞までも得てしまう可能性がある。アストロサイトがニューロン再生を阻害する瘢痕を創り出すと考えられている。これは好ましくない事実である。」

 ほとんどの共同研究者達と同じく、同博士も慎重に見ており、次のように締めくくっている。「治療的使用を検討するより前に、研究室段階および移植後の段階の両者における幹細胞の行動を理解するため、より多くの研究が必要であり、この技術は一層の研究努力により前途有望なものになろう。」


(渡邉 誠 訳) ■




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